【感想】映画『夜明けのすべて』は、「ままならなさ」を抱えて生きるすべての人に優しく寄り添う(監督:三宅唱 主演:上白石萌音、松村北斗)

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

監督:三宅唱, クリエイター:「夜明けのすべて」 製作委員会, プロデュース:西川朝子, プロデュース:城内政芳, Writer:和田清人, 出演:松村北斗, 出演:上白石萌音, 出演:光石研, 出演:りょう, 出演:渋川清彦, 出演:芋生悠, 出演:藤間爽子
いか

この映画をガイドにしながら記事を書いていくようだよ

この記事で伝えたいこと

「自分の心・身体なのにどうにもならない」という感覚は、誰しもが陥り得るものだと思う

犀川後藤

「自分もそうなるかもしれない」という気持ちを持ちながらそういう人と関わった方が良いのだろう

この記事の3つの要点

  • 日常生活が脅かされるほどの「ままならなさ」に苦しむ人たちを丁寧に描き出していく作品
  • 物語に起伏らしい起伏が無いにも拘らず、最後まで惹きつけられてしまう
  • 「夜明け前が一番暗い」という感覚を押し付けがましくなく伝えてくれる雰囲気が素晴らしい
犀川後藤

「こういう人もいるんだ」じゃなくて、「これは明日の自分かもしれない」と受け取るべきだと私は思う

自己紹介記事

いか

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません

生きていく上での「ままならなさ」を丁寧に掬い上げる映画『夜明けのすべて』は、辛い日々を少しだけ軽くしてくれるかもしれない

「自分のものなのに、心・身体が思い通りにならない」という困難さを描き出す作品

時々ですが、女友達との会話の中で自然に「生理」の話になったりすることがあります。

……みたいな話から感想を書き始めてもいいのですが、やはり止めておきましょう。確かに本作では「PMS(月経前症候群)」が扱われていますが、「生理」は本質的なテーマではないし、それは、もう1つの要素である「パニック障害」にしても同じです。そのような「病気」は本作の前景でしかなく、決して本質ではありません

いか

「生理」とか「パニック障害」の話だって思われると、観ようと考える人が減っちゃうからね

犀川後藤

そういうこととは関係なしに「もっと本質的なことが描かれている」って感じるかな

では、一体何が描かれているのでしょうか? 例えば、本作では他にも、「親しい人を自死で喪った人たちの集まり」や「障害によって身体の一部が上手く機能しなくなった人」などが描かれるのですが、それらに共通しているのは「自分のものなのに、心・身体が思い通りにならない辛さ」だと言えるでしょう。

そして、「そんな『ままならなさ』を抱えていたとしても、どうにか生きていくしかない」みたいな感覚が、静かな日常生活の細やかな描写によって映し出される作品なのだと私は感じました。

ただ本作中には、登場人物の内面が分かりやすく描かれる場面はほとんどありません。そのため、先程書いた「生きていくしかない」という「マイナス寄りの捉え方」は、あくまでも「私がそう解釈した」というだけの話です。実際のところ、「PMS」や「パニック障害」を抱えていても、「人生楽しい!」みたいに思えるタイプの人もいるだろうと思います。あるいは、そのような「ままならなさ」を抱えていなかったとしても、なかなかポジティブには生きていけない人だっているでしょう。まあそういうことは大前提とした上で、私は本作を観て、「『生きていくしかない』という感覚を抱える人たちの物語」だと感じたというわけです。

犀川後藤

私もどちらかといえば、後者の「特に『ままならなさ』を抱えていないのにポジティブになれない人」だし

いか

ホントにこれは、もうどうにもならないよね

さて、そのように受け取った理由の1つは、作中で表示された「パニック障害を患っている人の日記」の文面が関係しています。パニック障害を患っている主人公が、誰とも知らない人のブログをスマホで読んでいるという設定です。そしてその中に、次のような文章がありました。

やりたいこともやるべきこともない。
生きていたくはないが、でも死にたくもない。

主人公がこの文章に共感したのかどうかははっきりとは分からなかったのですが、このような描写があるということはやはり、彼も少なからずそのような感覚を抱いていると受け取るのが妥当でしょう。そして、パニック障害の人と同列に語っていい話ではないと思いつつも、私もその「生きていたくはないが、でも死にたくもない」という感覚が凄くよく理解できてしまうのです。

いか

昔から、「誰か殺してくれないかな」とかよく言ってたしね

犀川後藤

正直今でも、そういう感覚はちゃんとあったりするんだよなぁ

今は割と落ち着いていますが、昔の私は結構メンタル的に不安定で、別に精神科を受診したことがあるとか、何か診断名がついたみたいなことではないのですが、私は私なりに「この状態、結構しんどいなぁ」と思いながら生きてきました。だから、境遇こそまったく違うわけですが、本作で描かれる「ままならなさ」は少し分かるような気がしているのです。

誰だって、同じような状況に陥ることがある

私は「PMS」にも「パニック障害」にも詳しくなく、本作で説明されていた程度の知識しかないのですが、それでも本当に大変だなと感じました。「パニック障害」については、主人公の診察についてきた恋人(だと思う)が先生に、「電車にも乗れず、外食も美容院も行けなくて辛そうなんですけど」と訴えるシーンがあるのですが、それを見て思い出したことがあります。以前テレビで見た、パニック障害の人向けの美容院を開いている美容師の特集です。その時取り上げられていたのは少年で、とにかく「店の中に入る」だけでも相当な苦痛に襲われているようでした。何がきっかけでパニックが起こってしまうのか知らないのですが、本作でも「電車に乗ろうとして発作が起こる」「発作が起きるのが怖いから、髪は家で切っている」みたいな描写があったので、日常生活を営むのにかなり苦労するんだろうなと思います。

犀川後藤

前にテレビで、「格闘家の武尊がずっとパニック障害と闘っていた」って話を知って驚いたわ

いか

そんな状態で試合に勝ち続けてたってのが信じられないよね

また、もう1人の主人公である藤沢美紗の場合は、「PMSがあまりにもキツくて日常生活がままならない」という姿が描かれます。学生時代はそこまで生理がキツくなかったそうですが、年々酷くなっていったのだそうです。ただ、「血栓症の既往がある」という理由で、ピルを飲むことは制限されていました。そのため、医者からは普段漢方薬が処方されるのですが、彼女にはまったく効きません

そこで「アルプラゾラム」という薬を出してもらえることになったのですが、これはこれで問題でした。「強烈な眠気に襲われる」という副作用が、彼女には人一倍強く出てしまったからです。こうして彼女は、「PMSに耐えるか、強烈な眠気に耐えるか」という選択を迫られることになりました。どちらにしても、普通の人がごく当たり前に行っている日常生活を困難にするのに十分過ぎるほどで、そのため彼女はかなり辛い状況に追い込まれてしまうことになるのです。

犀川後藤

女友達と生理の話になった時、「私はそんなにキツくない」みたいに言ってたんだよなぁ

いか

ホントに、女性同士でも全然違うみたいだし、「同性にも理解されない」みたいな状況になったら余計辛いだろうね

さて、本作で描かれるのは「PMS」や「パニック障害」なわけですが、「日常生活を困難にする『ままならなさ』」は他にもいくらだってあり得るでしょう。若い世代に多いはずの「電話が苦手」みたいな話から、「カルト宗教にハマってしまった」みたいなものまで、色んな可能性が想定できると思います。つまり、今そうではなかったとしても、誰だって「心・身体が思い通りにならない」という状態になり得るというわけです。

だからこそ、本作で描かれる「ままならなさ」は決して他人事ではないと感じました。そして、「自分だって、彼らのような状態に陥るかもしれない」という想像力を持つことで、今辛さを抱えている人たちとの関わり方も変わってくるのではないかと思います。そのような作品として受け取られるべきではないかと感じました。

起伏のない穏やかな物語なのに、強く惹きつけられてしまう

本作『夜明けのすべて』はとにかく、物語の起伏がありません。これは決して貶しているのではなく、「物語の起伏がないのに観させられてしまう」というプラスの意味です。そしてそのことが私にはとても好印象に感じられました。

犀川後藤

もちろん、ジェットコースターみたいに激しい物語も好きだけど

いか

でも、「起伏が少ない物語なのに惹きつけられる」って方がレベル高いなって感じするよね

例えば、PMSに苦しむ藤沢とパニック障害を患う山添の関係性。2人は、出会った当初こそぎこちない感じだったのですが、その後、「同僚でもないし恋人でもない、かといって友人と呼ぶのもなんか違う」という絶妙な関係になっていくのです。

ただ、本作を丁寧に観ていても、「どんな風にそのような関係に至ったのか」はよく分かりませんでした。つまり、「関係が変化していくきっかけ」みたいな分かりやすい描写は無いというわけです。隣り合って生えている木が、枝が伸びるに従って絡まり合い、やがて1本の木のように見えていくみたいな感じでした。どの瞬間に何が変わったみたいなことはなく、いつの間にか自然にゆるりと関係性が変わっていくみたいな感じがあって、そのような描写が私にはとても心地よく感じられたのです。

また本作の映像は、「昔のビデオカメラで撮影したかのようなざらついた画質」であり、それもまた「起伏のない物語」の雰囲気を絶妙にサポートしている感じがしました。現代的な「肌のキメさえはっきり映るパキッとした映像」ではなく、粗っぽい感じの映像で物語が映し出されることによって、どことなく「時間がゆっくり流れている」みたいな感じがしたのです。そういう雰囲気もとても素敵だったなと思います。

犀川後藤

まあ、そういう画質を選択した真意がどこにあるのかちゃんとは分からないんだけど

いか

でも、「何らかの意図がある」ことだけは間違いないよね

そしてそんな「時間がゆっくり流れている」みたいな雰囲気は、物語の舞台となる会社「栗田科学」からも感じられました。ここは、子供向けの顕微鏡やプラネタリウムの組み立てキットなどを製造している会社です。そして、詳しくは触れられなかったものの、社長は恐らく「事情を抱えた人を引き受ける」みたいな気持ちを強く持っているのだと思います。

山添はどうも、元々は「イケてる会社」に勤めていたようなのですが、恐らくパニック障害が原因なのでしょう、「出向」みたいな形で栗田科学に籍を置いているようです。そのため当初は、やる気も無ければ会社に馴染もうと努力することもなく、元上司だろう人物に電話で「早く戻して下さい」みたいな話をしていました。ただ、パニック障害という”足かせ”は想像以上に大変で、そんな辛さを抱えながら生きざるを得ない山添にとって、栗田科学は次第に「心地よい空間」になっていき、一緒に働いている人たちにも心を開いていくことになるのです。

犀川後藤

正直私も、こういう会社で働きたいかもって思ったりしたなぁ

いか

「出世」とか「昇給」みたいなことから遠いぐらいの世界の方が生きやすいからね

さて、私は栗田科学について当初、「『繭のような穏やかさ』を体現する空間」としての役割を持たせているだけだと考えていました。「藤沢や山添のような人物がリアリティをもって日々を過ごせる場」としての存在意義しかないと思っていたのです。ただ次第に、それだけではないということが分かってきました。というのも物語の後半では、栗田科学が行う「プラネタリウム」のイベントが重要な要素になってくるからです。

普段の私なら「嫌悪感」を抱いているだろうメッセージに共感させられた

そんなプラネタリウムの描写の中でも、特に「藤沢が最後に読み上げる文章」が素敵でした。「夜明け前が一番暗い。これはイギリスのことわざだが……」から始まる文章中に、次のような一説があるのです。

夜があるからこそ、私たちは宇宙の彼方の存在を知ることが出来た。

恐らく、この辺りのメッセージが本作で最も伝えたいことなのだと思うし、タイトルの『夜明けのすべて』に繋がっていく部分でもあるのだろうと思います。

いか

確か、「栗田科学の創業者が遺した文章」みたいな感じだったよね

犀川後藤

若手2人が倉庫の奥から引っ張り出してきて、この文章をベースにプラネタリウムのイベントを自分たちなりの形で運営しようとするって展開

もちろん、先程の言及はシンプルに星や宇宙に関するものです。プラネタリウムの最中に読み上げられる文章なのだから当然でしょう。ただ同時に、本作全体のテーマと重ね合わせて受け取ることも出来ます。つまり、「『親しい人の死』や『病気』など辛いことは色々とあるけれども、そのことが何か別の発見や気付きをもたらすのではないか」ということです。そもそも、文章の冒頭の「夜明け前が一番暗い(The darkest hour is just before the dawn.)」はイギリスのことわざで、「辛い状態がずっと続くわけではない」「ダメなことの後に必ず良いことがある」みたいな意味があります。

本作でも、藤沢と山添がそんなやり取りをする場面がありました。山添が「PMSになって良かったことってないの?」と聞いたり、藤沢が「パニック障害もたまには良いことあるんじゃない?」と口にしたりする場面です。もちろん、この描写の最大の目的は、「そんなセンシティブな話も気兼ねなく口にできる気軽な関係性」なのだと示すことなのですが、別に、彼らの会話の内容をそのまま受け取ってもいいでしょう。当たり前ですが「良いこと」なんてあるはずもなく、単に「『良いこともある』と思ってないとやってられない」みたいな感覚なのだとは思いますが、それでも、「夜明け前が一番暗い」という感覚を持って生きられれば、日々の辛さが少しは和らぐのではないかとも思います。

犀川後藤

私の場合は、「ポジティブには生きられなかったお陰で、『言語化能力』や『言葉に対する感覚』が鋭くなった」みたいに思ってる

いか

「しんどいんだけど、どうしてなんだろう」みたいな思考を重ねることで、「自分の内側にあるものを言葉にする」のが得意になっていくよね

さて、正直なところ私は、「辛い状態がずっと続くわけではない」「ダメなことの後に必ず良いことがある」みたいな主張が好きではありません「しばらくしたら好転する」のが事実だとしても、「それによって『今の辛さ』が紛れるなんてことはない」みたいに感じられてしまうからです。ただ本作は、押し付けがましさみたいなものが全然なくて良かったなと思います。「そんな風に考えてみてもいいんじゃない?」みたいなふわっとした柔らかさが漂う作品で、そういう部分も素敵だなと感じました。

監督:三宅唱, クリエイター:「夜明けのすべて」 製作委員会, プロデュース:西川朝子, プロデュース:城内政芳, Writer:和田清人, 出演:松村北斗, 出演:上白石萌音, 出演:光石研, 出演:りょう, 出演:渋川清彦, 出演:芋生悠, 出演:藤間爽子

最後に

私は松村北斗が結構好きで、彼の演技を観る度に「上手いよなぁ」と思っています。特に「テンションが低めの役」に上手くハマる印象があって、映画『キリエのうた』からも似たような雰囲気を感じました「こういう人って実際にいるよなぁ」と思わせるリアリティがとても強い感じがします。そんなわけで、杉咲花・古川琴音・河合優実ほどではないにせよ、松村北斗も私の中で、「出演していたら作品を観ようと思う役者」です。

松村北斗だけではなく上白石萌音も良かったし、脇を固める役者もとても素敵でした。久々にりょうを見れたことも、私としては何となくテンションが上がる感じがあって良かったです。実に素晴らしい作品でした。

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