【感想】人間関係って難しい。友達・恋人・家族になるよりも「あなた」のまま関わることに価値がある:『君の膵臓をたべたい』(住野よる)

目次

はじめに

著:住野よる
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この記事で伝えたいこと

人間関係の難しさの要因の一つは、関係性に名前がついてしまうからではないか?

犀川後藤

私は、名前がつかない関係をいつも目指していますし、多少は実現できている、かな。

この記事の3つの要点

  • 「多数派」の理屈なんかに飲み込まれる必要はない
  • お互いを「必要」としても「依存」しない関係性
  • 誰かを想う強い気持ちは、その人の人生を一変させうる
犀川後藤

とても”歪”だけどとても”美しい”二人の関係性が、私はとても羨ましいです

この記事で取り上げる本

「君の膵臓をたべたい」(住野よる/双葉社)

いか

この本をガイドに記事を書いていくようだよ

自己紹介記事

犀川後藤

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

住野よる『君の膵臓をたべたい』を読んで改めて「名前がつかない関係性への憧れ」を再認識させられた

私は「『多数派の考え』に沿わない生き方」を目指している

主人公がこんな風に考える場面があります。

どうして彼らは多数派の考えが正しいと信じているのだろうか。きっと彼らは三十人も集まれば人も平気で殺してしまうのではないか。自分に正当性があると信じてさえいれば、どんなことでもしてしまうのではないか。それが人間性でなく機械的なシステムであることにも気づかずに。

犀川後藤

これは私が普段感じている感覚とまったく同じだと思いました

特に日本はそういう国民性のようですが、「みんながしてるからそうする」という感覚がとても強いと感じます。この性質が良い風に働く場面もあります。コロナウイルスのパンデミック下において、みんなが当たり前のようにマスクをしたり、家から出ずに自粛したりといった行動を取ったことは、国民性がプラスに働いた好例だと感じます。

しかし当然、逆のパターンもあり得るでしょう。それこそ、「三十人も集まれば人も平気で殺してしまう」なんてことは起こりえます。

いか

いじめなんかはまさにそうだよね

犀川後藤

かといっていじめを止めようとすると自分が被害者になっちゃうってこともあるから難しいんだけれど

「みんながしてるから」という無言の圧力が強いために、みんなと違う振る舞いをする人間はすぐにはみ出してしまいます。これは、みんなの当たり前になかなか馴染めない人間にとってかなり辛い状況です。しかし実は、多数派に自然と馴染める人間であっても状況はさほど変わらなかったりするのです。

「君だけが私と”日常”をやってくれる」という印象的なセリフ

この作品における人間関係の根幹となる文章を引用したいと思います。

君は、きっとただ一人、私に真実と日常を与えてくれる人なんじゃないかな。お医者さんは、真実しか与えてくれない。家族は、私の発言一つ一つに過剰反応して、日常を取り繕うのに必死になってる。友達もきっと、知ったらそうなると思う。君だけは真実を知りながら、私と日常をやってくれるから、私は君と遊ぶのが楽しいよ

この発言をするのは、高校生にして余命幾ばくもない女の子です。治らない病気にかかり、生きられるのはあと僅か。この女の子は、クラスの人気者で友達も多く、誰とでも別け隔てなく関わる優等生です。そしてそんな女の子が、クラスの中で存在感を消している、誰とも関わりを持とうとしない主人公と、とあるきっかけで関わりを持つことから物語が始まります。

もうすぐ死んでしまうという女の子が目の前にいる場合、どういう振る舞いが「多数派」だと言えるでしょうか。恐らく彼女が予想する通り、「日常を取り繕う」ような感じになってしまうでしょう。女の子は、そうなることを嫌がります。だから、周囲には自分の余命があと僅かであることを告げません

犀川後藤

この気持ちは分かるなー。私も言わないかもしれない

いか

気を遣われるのは、ホント辛いよね

しかし主人公は、そんな事実を知ってしまったにも拘わらず、女の子に対してこれといった興味も持たなければ、取り繕うような振る舞いもしません。それは、主人公の生来の性質です。基本的に、それが誰であっても他人には無関心で、本ばかり読んでいます。他人と関わることに価値を見い出せず、自ら望んで他人を遠ざけているような、そんな人物です。

主人公と女の子は、まったく違う世界を生きる、まったく相性が合わなそうな二人だと言えるでしょう。

しかしこの二人が、実は完璧な関係性なのです。

犀川後藤

ホントに、お互いにとってお互いが存在してくれて良かった、って思う

いか

最初はともかく、最終的にはホントに、どちらにとっても無くてはならない存在、って感じになるもんね

「名前がつかない関係性」こそ最も理想的な関係性に思える

主人公と女の子の関係性には、これといった名前がつきません。「家族」では当然ありませんし、「恋人」とも違います。ただの「クラスメート」というには関係が深いし、「友達」や「親友」という表現では零れ落ちてしまうものが多い気がします。

そして私は、この「名前がつかない関係性」こそ、人間関係の究極のあり方だと考えています。

いか

ずっとそんなこと言ってるよね

犀川後藤

友達でも恋人でも家族でもない感じで関われる相手って貴重だなって思う

だから私は、この主人公と女の子の関係が、とても羨ましいと感じます。「多数派」の理屈では、彼らの関係性を理解することはできないでしょう。お前らどういう関係なわけ? と、何かの枠組みに押し込めようとする圧力さえ出てくるはずです。

でも、はっきり言ってそんなことはどうでもいい。女の子にとって主人公は、他のどんな人にも不可能な「”日常”を与えてくれる」という稀有な存在なわけです。一方、主人公にとっても、女の子の存在は非常に重要なものとなります。

主人公にとっての重要さは、物語の後半まで進まないと理解できない部分があるのでここでは触れません。何にせよ主人公にとっても、女の子と普通ではない形で関わることができたことは、人生にとってかけがえのない時間となったのです。

「必要」とするけれど「依存」はしない

二人の関係が、名前がつかない完璧なものであり続けたのには、お互いに「依存」しなかったからだと感じます。

お互いがお互いの存在を「必要」とするけれども、「依存」まではしません。もちろん、若さ故の衝動や、不安故の躊躇など、「依存」してしまうギリギリまで踏み込む場面もあります。そのことが物語の良い起伏になっているのですが、彼らは基本的には、「依存」すべきではないというスタンスで関わるのです。

そういう風に関わることができたのはやはり、女の子がそう遠くないうちに死んでしまうという特殊さ故だと思います。「今この瞬間」にお互いを「必要」とすることはできても、「この先までずっと」お互いに「依存」することは、最初から彼らには許されていなかったのです。

犀川後藤

そういう意味で、普通には成立し得ない「奇跡的な関係」だと感じました

いか

なんかちょっと寂しい感じもするけどね

恐らくですが、彼らのどちらかが、あるいは両方ともが、相手に対して強く寄りかかってしまうようであれば、その瞬間に彼らの関係性は、「友達」や「恋人」など、既存の名前のつくものに取り込まれてしまうだろうと思います。

多くの人は、関係の不安定さに耐えられなくて、名前のつく関係になろうとするのでしょう。しかし彼らは、「女の子が死んでしまう」という絶対的な条件の中で、その不安定さに耐えるしかなかったのです。

そんな関係性を、私はとても”歪”で、そして”美しい”と感じました。

自分が主人公だったらどうだっただろう?

読みながら、自分が主人公と同じ立場にいたらどうだっただろう? と考えてしまいました。

私もこの主人公と同じように、「必要」としながらも「依存」しない、名前のつかない関係にはなれそうだな、と感じました。「もうすぐ死んじゃう女の子」と、”日常を過ごす”ことはきっとできるだろうな、と。

しかし関わる中で、女の子を失ってしまうことへの恐怖がどんどんと募っていくだろう、とも感じました。名前のつかない関係を理想だと感じているからこそ、そういう関わり方ができる相手を失ってしまうことの怖さに、果たして自分が耐えられるのだろうか、と。

犀川後藤

いずれ失われることが分かっているものって、あんまり得意じゃないんだよなぁ

いか

ペットを飼いたくないのもそういう理由だしね

だから、女の子の隣にいるのが主人公で良かった、と強く感じました。私じゃなくて良かった。たぶん私が与えられるのは、”ニセモノの日常”でしかないと思います。主人公の方が、より強く人生に絶望していて、より深く人生を諦めているからこそ、「相手に依存しない強度」を私なんかよりもずっと強く持っているのでしょう。

そして、そう感じさせる主人公だからこそ、最後の最後の場面が強く響きます

女の子にとって主人公がかけがえのない存在だったように、主人公にとっても女の子がかけがえのない存在であったということを、否応なしに理解させられる瞬間。そして、そうまでして女の子が何を伝えたかったのかを理解した瞬間。その時の主人公の、「慟哭」と呼んでいいほどの強い感情には打たれました。

そしてその後の変化を見て、主人公の傍にいてくれたのが女の子で良かったと、強く感じもしたのでした

住野よる『君の膵臓をたべたい』の内容紹介

ここで改めて本の内容を紹介します(実写映画は、小説と若干違う設定になっています)。

著:住野よる
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高校生の主人公は、他人と関わらずに生きている。教室の隅で本ばかり読み、生身の人間と関わりを持たず、当然友人もいない。そして別に、その状態になんの不満もない。そんな人間だ。

ある日彼は、クラスメートの秘密を知ってしまう。いつも明るく元気で誰とでも仲が良いクラスの人気者・山内桜良は、肝臓の病気でそう遠くない未来に死んでしまうというのだ。しかしそれを知ったところで、主人公の世界には関係がない。元々関わりのなかった人物なのだし、その秘密を知ったところで、誰かに言いふらすつもりもない。

しかしそれから、主人公の予想を覆す展開が待っていた。桜良はなぜか、主人公と積極的に関わりを持つようになったのだ。まったく意味が分からなかったが、強引な桜良に連れ出されるようにして主人公は、これまで経験したことがないような日々を過ごすことになる。桜良は、主人公と同じ図書委員になって放課後を共に過ごし、休日にも連れ出し、さらには二人きりで旅行にも行く。

主人公はずっと不思議に感じている。こんなつまらない人間と一緒にいて、桜良は楽しいのだろうか? と。どうせ死んでしまうというのなら、仲の良い友人と残り少ない時間を過ごすべきなのではないか……。

住野よる『君の膵臓をたべたい』の感想

もの凄く好きな作品です。主人公と桜良は、現実には存在しなそうなリアリティの薄いキャラクターではあるのですが、そういう人物像だからこそ描ける特別な人間関係がこの物語の中にはあります。そして私にとっては、その歪で美しい関係性こそが、この物語を読む価値だと感じられました。

ストーリーだけ抜き出せば、ありきたりな物語という感じがしてしまうでしょうが、作中には様々な形で「誰かのことを強く想う気持ち」が溢れ出ていて、打ちのめされそうになります。

特に、桜良が何を考えていたのか明かされる場面は、涙なしでは読めません。

犀川後藤

自分がこれから死んじゃうっていうのに、そんなことまで考えられるとは……

いか

桜良がいなかったら、主人公はどんな人生を歩んでただろうね

この物語は主人公視点で描かれていて、桜良が何を考えているのかはなかなか表に出てきません。主人公も、桜良が自分なんかとどうして関わるのかが途中までずっと謎のままという状態なのです。しかし物語のラストで、桜良の想いがぶわーっと溢れ出て、その強さに主人公は打たれます

生きるっていうのはね、きっと誰かと心を通わせることそのものを指して、生きるって呼ぶんだよ

桜良と関わるまでの主人公は、到底「生きている」と言えるような状態ではなく、ただ「存在している」だけでした。しかし、死んでしまうまさにその直前まで「生きている」を貫き通した女の子の気持ちが、主人公の人生を大きく変えていくことになります。

その関係性は、やっぱり「完全」で、素晴らしいなと感じてしまいます。

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最後に

主人公や桜良と同じ状況になることはなかなかないでしょうし、この物語は「死」が強く意識されることによって奇跡的に成立しているので、二人と同じような形では、誰かが誰かのことを強く想う気持ちが正しく相手に届く機会は多くはないかもしれません。

しかしそれでも、彼らの物語は、こういう美しい関係性がありうるのだという希望を感じさせてくれるのではないかと私は思います。

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