【壮絶】本当に「美人は得」か?「美しさ」という土俵を意識せざるを得ない少女・女性たちの現実:『自画像』(朝比奈あすか)

目次

はじめに

この記事で取り上げる本

著:朝比奈 あすか
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いか

この本をガイドに記事を書いていくようだよ

この記事で伝えたいこと

美しい人も美しくない人も、どちらも大変なのだと思う

犀川後藤

ただし、学生時代に限ってみれば、美しいことは圧倒的に有利だろう

この記事の3つの要点

  • 「美しさによるメリット」が「自分の望む人生と合致しているか」は何故か考慮されない
  • 学生生活を乗り切る武器としての「美しさ」
  • 残念ながらルッキズムはなくならないが、大人になれば、ルッキズムから外れた生き方も許容される
犀川後藤

美醜を正面から取り上げるのは誰にとっても困難であり、この小説はチャレンジングな挑戦をしている

自己紹介記事

犀川後藤

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

「美しい」という事実は、本人にとって本当に喜ばしいことなのだろうか?朝比奈あすか『自画像』が突きつける難題

「美人って大変だろうな」とずっと思ってきた

私は男で、特にイケメンということもなく、これまでモテてきたわけでもないので、「美しい人は大変だ」というのは私自身の実感ではありません。ただ、これまで関わってきた女性から話を聞く中で、「『美しい』というのは本当に良いことなんだろうか?」と疑問を持つようになっていきました

だから私は、相手がキレイな人であっても、容姿を褒めたりしないように意識しています。「明らかに容姿を褒められたいと思っている」みたいに感じる人も中にはいますが、必ずしもすべてのキレイな人が「キレイ」という言葉を褒め言葉と受け取るとは限らないと思っているのです。

犀川後藤

シンプルに、「容姿を褒められても嬉しくない」って口にする女性もいたし

いか

でもこれも、「普段から褒められ慣れてるからでしょ?」みたいな見られ方をされちゃうから難しいよね

性別に限りませんが、やはり女性にとって「美しいかどうか」はとても大きな問題でしょう。そしてそれ以上に、取り上げるのが難しい問題だとも考えています。

男がこの問題を取り上げようとする場合、どうしても「男はどうせキレイな人が好きなんでしょ」という見られ方を拭えません。実際にそういう人が多いと思うし(私も決して否定はしません)、となれば男が何を言ったところで「キレイな人を擁護する or キレイな人を好きな自分を弁解する」ような意見としか受け取られないでしょう。

じゃあ、女性が取り上げればいいかと言えばそうでもありません。美しくない人がこの問題を取り上げようとすれば「妬みだ」という受け取られ方になってしまうでしょう。一方、美しい人がどれだけ「自分の人生は大変だ」という話をしても、「キレイなことによるプラスもあるんだからいいでしょ」という意見が出てしまいます。つまり、「贅沢な悩みだ」という受け取られ方です。

いずれにしても、本質的な議論がなかなか難しくなってしまう問題だと私は感じています。

また、本書のこんな文章からも、その難しさを感じ取ることができるでしょう。

わたしは少し違うことを感じています。
ミスコンを批判する人は、人間をよく知っているのです。
彼らは、美貌こそがあまりにも容易に、そして絶対的な力で、わたしたちを平伏させるということを、知っています。
警鐘を、鳴らし続けなければなりません。努力して勝ち得たものや、心のきれいさのほうが、ずっと重要なのだという価値観を、必死で植えつけていかなければ。それほどに美貌が圧倒的な権利であることを、彼らは知っていて、恐れているのではないでしょうか。

「自画像」(朝比奈あすか/双葉社)

つまり、「見た目の美しさ」を否定・批判するような人たちは、「見た目の美しさ」が持つ圧倒的な力を理解しているからこそ、それ以外のものの素晴らしさを必死に説いているというわけです。これもまた、納得できる話ではないかと思います。

このように美醜の問題というのは、提起した時点で特定の色が付きすぎてしまい、本質的な議論をすることが非常に難しくなってしまう、と私は感じています。そしてだからこそ、ステレオタイプ的な捉え方が根強くなり、美しい人を含めみんなが余計に苦しい状況に陥るという悪循環が生まれるのではないでしょうか。

犀川後藤

そもそも「キレイな人」という大雑把な括りで人間を捉えようとすることそのものに無理があると思っちゃう

いか

でも、そういう発想の人って、やっぱり多いよね、たぶん

本書はそんな「美醜の問題」を中核に据え、「美醜で物事を捉える社会」に刃を突きつけるという意味で非常にスリリングな物語です

では、内容の紹介に入る前にまず、私がどういう点で「美しい人は大変だ」と感じているのかについて書こうと思います。

「美しさ」に寄り添った人生を本人が望んでいるのか否か

「美しさ」について考える時に、常に思い出してしまう小説があります。『少女七竈と七人の可愛そうな大人』(桜庭一樹/KADOKAWA)です。

著:桜庭 一樹
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主人公は、

わたし、川村七竈十七歳はたいへん遺憾ながら、美しく生まれてしまった。

『少女七竈と七人の可愛そうな大人』(桜庭一樹/KADOKAWA)

というように、「美しく生まれてきたこと」を「遺憾」と表現しています。これは謙遜ではありません。彼女の苦悩はこんな風に綴られます。

わたしには女の友人はまったくできなかった。旭川の郊外というこの古びた地方都市において、美しいということはけして誉めたたえられるばかりのことではなく、むしろせまくるしい共同体の中ではそれは、ある種の、禍々しき異形の証なのであった。

『少女七竈と七人の可愛そうな大人』(桜庭一樹/KADOKAWA)

彼女が東京で生まれ、原宿や渋谷などにいればまた違ったでしょう。しかし彼女が生まれ育った地域では、彼女の美しさはただの「呪い」でしかありません

さて、当たり前ですが、「美しく生まれたこと」と「どう生きていきたいか」は基本的にはまったく別物のはずです。そして、「異性にちやほやされること」「恋愛に関わること」「男社会で上手く渡り歩くこと」「他人から注目されること」などにまったく興味がない場合、「美しさ」はある意味で「余分な贅肉」でしかありません

しかし難しいのは、「美しい人」に対しては「その『美しさ』に沿った生き方をすべきだ」という無意識の圧力が掛かることです。『少女七竈と七人の可愛そうな大人』でも、美しいにも関わらずその美しさを活かそうとしない七竈に対して、「どうしてその『美しさ』をもっと活かした生き方をしないのか」と軽蔑の目が向けられることになります。これは、背は高いがインドアな趣味が大好きな人に対して、「どうしてそんなに背が高いのにバスケをやらないの?」と尋ねるようなものでしょう。シンプルに、余計なお世話でしかありません。

ただ「美しさ」に関してはどうしても、この観点が抜けがちだと感じます。

もちろん世の中には、「背が高くてバスケも好きな人」も「美しくて、その美しさをフル活用した人生を謳歌している人」もいるでしょう。生まれ持ったものが自分の望む人生と合致しているのはまさに幸運であり、本人にとって何よりも素晴らしいことだと思います。

しかし、「生まれ持ったものを活かさない」ことで非難される謂れもないはずです。そこが私には理解できません。「美しさ」に付随するものに興味が持てないという人はいるはずだし、そういう場合に「美しさが邪魔だ」と感じてしまうケースも当然あるでしょう。

犀川後藤

しかしそう感じてても、「キレイな顔ってめんどくさい」みたいなことは絶対に言えないしね

いか

そういう部分での悩みを口に出来ない、っていうのもやっぱ大変だろうなぁ

「美しさは望ましいもの」という無言の押し付けに辛さを感じてしまう人は一定数いるだろうと思います。

「美しさ」によるデメリット

「美しさ」は、それをさほどプラスに捉えられない人にとっては、むしろデメリットでさえあるかもしれません。というのも、「どんなに努力をしても『キレイだから』で片付けられてしまう」という可能性があるからです。

良い企業に就職しても、仕事で成果を挙げても、起業してバリバリ働いていても、母親として奮闘していても、趣味の世界で有名になっても、「どうせキレイだから上手く行っているんでしょ」と扱われてしまうかもしれません。「美しい」というだけで個人の努力は注目されず、ただただ「キレイだからもてはやされているんだ」と見られることは想像に難くないでしょう。

これもまた、シンプルに辛いだろうなと思います。これは、「努力を評価されたい」と考える人にはデメリットだと言えるでしょう。

少し話はズレるかもしれませんが、以前、「容姿を褒められるより、自分が選んだものを褒められる方が嬉しい」という意見を聞いたことがあります。容姿は自分で選んだものではないけれど、例えばバッグや靴などは自分が選んだものだから、それを褒めてもらえることは、自分のセンスが認められたと思えるからだ、と言っていました。

また、似たような話では、「『今日は良い感じにメイクできた』という日に容姿を褒めてもらえたら嬉しい」という話も聞いたことがあります。これも、「メイクの技術やセンスを褒めてもらえる方が嬉しい」という意味でしょう。このような感覚は様々な女性から耳にしたことがあります。

いか

まあ、言われてみればそうだろうなぁという気もするけどね

犀川後藤

でも当然、「メイクなんか褒められたって全然嬉しくない」って女性もいるだろうし、人によって色々だよね

あるいは、「キレイな人は『酷い扱いを受けない』というデメリットを回避できる」という意味でのメリットがあるという風に見られることもあるでしょう。前に観たある映画では、太っていて美しくない容姿であるために「豚女」と罵られ、コンビニで食料を大量に買い込む時に店員に嘲笑される、という描写がありました。このような「酷い扱い」をキレイな人は受けない可能性が高いでしょうし、それはメリットと言えるのではないか、という意見もあるだろうと思います。

その一方で、美しいが故に様々な犯罪に巻き込まれる可能性が高くなる、というデメリットがあるとも言えるでしょう。

こう考えると、どうであれデメリットを回避できないことになります。そしてだからこそ、「美しさがもたらすメリット」が「自分が望む人生に合致する」かどうかが重要であり、合致しないのであれば、ただのデメリットでしかない、ということになるでしょう。

ルッキズムに左右される世の中

ここまで書いたようなことは、色んな女性から話を聞く中で私が個人的に感じていることに過ぎません。私はそうじゃない、と言いたいわけではありませんが、やはり世間一般では、美醜で判断するルッキズムの影響が大きいでしょう。様々なことが見た目で評価・判断されるというわけです。

本書の中で印象的だった文章があります。

「こども」としてひと括りにされる時間が唐突に終わり、ある日、私達は市場に並べられた。きれい、可愛い、持ち物のセンスがいい、優しい、お洒落、しとやか、活発、スタイルがいい、同性の上位グループにいる、発言力がある……。さまざまな要素が絡み合い、異性への訴求力に差が出てくる。差は可視化された。そのことによろこびを見いだせる子がいる一方で、戸惑う子、反感を持つ子、開き直る子もいる。気づかない子は、たぶんいない。
私が女だから感じるのかもしれないけど、思春期のあの一時期、男の子よりも女の子のほうが、自分がどう判断されるかということに緊張しながら生きなければならないのではないかと思う。
男の子は、たとえ恋愛市場で価値が低い存在であっても、ほかに得意なことや夢中になれることがあれば、自己完結して満足できているようだった。たとえそういったことがなくても、モテないことに頓着せずに、自由でいられるように見えた。女の子は、異性からの評価が低かったら、もう終わり。同性からも、同情と優越の目で見られてしまう。そのためか、自分の価値を棚に上げて、一方的に女の子のことをあれこれ品定めする発言をする男子が多かった。その声を、聞いていないふりをしながら、女の子たちは聞いていた。私たちは一緒に、彼らの視線に囚われていた。

「自画像」(朝比奈あすか/双葉社)

大人の世界は、「多様性」という言葉で様々な価値観を押し広げようとしているし、これまでよりも多様な生き方・考え方が認められるようになっていると言えるでしょう。もちろん、ルッキズムが無くなるなんていう状況にはまったくないわけですが、ルッキズムという枠組みから外れた生き方もそれなりには許容されるようになってきた、ぐらいのことは言ってもいいのではないかと思います。

しかしやはり、子どもの世界ではなかなかそうはいかないでしょう。特に、学校という閉鎖的な環境の中で、同じ制服を着た者たちが机を並べている状況においては、大人の世界よりもルッキズムの影響が強く出てしまうだろうと思います。

「美しさによるメリット」が「自分の望む人生」に合致しているかどうかが重要だ、という私の主張は変わりません。しかし、「学校というハードな環境を乗り切る武器として『美しさ』は有効だ」という考えはどうしても否定できないものがあります。

確かに引用にあるように、男子は恋愛的なステージから外れていても、別の評価軸が存在するから大丈夫なように思えます。一方女子は、恋愛的なステージから下りることが許されないような、下りてしまえば「脱落」であるかのような雰囲気が存在してしまうのでしょう。そうであればやはり「美しさ」は有効と言えます

犀川後藤

私は「勉強ができる」という1点だけで学生時代を乗り切ってきたけれど、それがなかったらキツかったなぁ

いか

女子の場合はそれが「恋愛的なステージ」で通用する要素じゃなきゃいけない、っていうのがハードすぎるよね

ルッキズムが駆逐されることは、残念ながらないでしょう。しかし大人になれば、ルッキズムから外れた世界も許容されるようになるし、ますますその幅は広がっていくとも期待できます

学校という狭い世界でルッキズムにもがいている人には、なんとか大人になるまで生き延びてほしいと願うばかりです。

朝比奈あすか『自画像』の内容紹介

物語は、結婚を考えている男女の”話し合い”で始まる。話し合いというか、女の一方的な語りと言っていいだろう。結婚前に大事な話があると呼ばれた男は、女のこれまでの来歴を滔々と聞かされることになる

わたし(田畠清子)は、面皰の目立つ少女だった。わたしはそのことが恥ずかしかったがどうにかなる問題ではなく、我慢する以外にはない。

ある日、同じ中学に入学する松崎琴美を目にしてわたしは驚いた。小学校の時と、顔が変わっていたからだ。別人かと思うほどキレイになっていた。声を掛けた私に対して、琴美はよそよそしい態度を取る。キレイになった彼女は、醜いわたしと関わりたくないということだろう。

中学のクラスでは、大体の力関係が決まりつつある。わたしは、なんとかそれなりの立ち位置を確保しようと必死になっていた。

大事なのは、真後ろに座っている蓼沼陽子とは絶対に仲良くしないこと。何故なら彼女は、わたし以上に面皰が酷かったから。彼女と同じ括りに入れられてしまったら、わたしの中学生活は終わりだと言っていい。

中学時代のわたしには、いろんなことがあった。仲の良い4人組が出来たが、後から入ってきた1人との関わりが原因でわたしはひとりぼっちになってしまう。その後、蓼沼さんと関わることになり、また、琴美の秘密を握っているという昏い悦びの感覚も意識していた。

そういうものが綯い交ぜになった学生時代だったのだ。

それから、面皰が治らないまま大学生となり、わたしは壮絶な痛みを伴う面皰治療に取り掛かることになる。

……というような話を、女は男にひたすら語り続ける。男には、彼女の意図が理解できない。君が面皰で苦労したことは十分理解した。でもそれは昔の話だろ。今は全然気にならないんだから問題ないじゃないか。

そんな反応を返したところで、女の語りは終わらない。結局男は、女の話の意図を全然理解することができない……。

朝比奈あすか『自画像』の感想

非常に面白く、そして「重い」作品でもありました。「美醜が女性の人生をどう左右するか」というテーマがそもそもなかなかハードだし、さらに「女が男に過去の来歴を語る理由」も、ここでは触れませんが相当に重いです。読み始めからはちょっと想像できないような、なかなかに壮絶な展開を見せる作品で、その壮絶さが、「女性にとって美醜の問題がいかに大きいか」を間接的に知らしめているような感じもします。

ただし、なかなか他人に勧めにくい作品だとも感じました。というのも、この作品を何らかの形で評価することは、勧めた人間の「美醜の問題に対するスタンス」を浮き彫りにする可能性があるからです。

本書は当然、女性と男性では受け取り方がまったく異なると思います。女性は、本書で描かれているようなハードな学生時代を自身も体感しているでしょうし、ある意味では「過去の追体験」というような読書になるかもしれません。一方男性にとっては、「女性がそんな世界を生きているなんて知らなかった」みたいな受け取り方をすることになるでしょう。

このように、男女で捉えても作品の受け取り方はまったく違ってくると思います。また、本書のどの部分に注目するのかは、「美醜の問題をどう考えているか」というスタンスの違いによって、女性同士であっても変わることでしょう。

犀川後藤

面皰に悩む清子、整形した琴美、面皰が酷い陽子の誰に共感するのかも人によって違うだろうしね

いか

もちろん、その3人のような学生時代じゃなくて良かったって読み方をする人もいるだろうし

そんな理由から勧めにくさはあるのですが、作品としては非常に秀逸だと感じます。特に、「中学生」という、本書のテーマを描き出すのに様々な意味で絶妙な年代を物語の中心軸としながら、一方では、作品全体にある種の「社会派」的な雰囲気をまとわせている点も見事だと感じました。中学生だからこその「無邪気さと辛辣さの絶妙な融合」、そして大人だからこその「残酷さ」をリアルに描き、恐ろしくも魅惑的な物語に仕上がっていると言えるでしょう。

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最後に

「美しさ」を真正面から描き出すことは非常に難しいはずです。しかし本書はそれに果敢にチャレンジし、ルッキズムに支配されがちな世の中に刃を突きつけつつ、物語としても面白い作品に仕上がっていると思います。男としては、「ルッキズムに支配されがちな世の中」の片棒を担いでいる自覚はあるし、当然のことながら、その刃は私自身にも向けられていると感じました

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