目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:バーバラ・ローデン, 出演:マイケル・ヒギンズ, Writer:バーバラ・ローデン, 監督:バーバラ・ローデン
¥500 (2023/09/06 23:22時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この映画をガイドにしながら記事を書いていくようだよ
今どこで観れるのか?
公式HPの劇場情報をご覧ください
この記事で伝えたいこと
ダメダメなのにどことなく素敵な魅力を放つ主人公ワンダがとても素晴らしい映画
物語らしい物語はないのに、ずっと観ていられるようなタイプの作品でした
この記事の3つの要点
- 50年以上も前の作品なのに、観終わるまで「そういう設定で撮られた現代の映画」だと思い込んでいた
- 主演のバーバラ・ローデンが監督・脚本も務めていたという驚き
- 「現実認識能力」に欠けるワンダが、生きていくために身に着けたギリギリの「処世術」
GUCCIの支援を受けてプリントが修復され、アメリカ国立フィルム登録簿に永久保存登録された注目作
自己紹介記事
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まさか50年以上も前の映画だとは思わなかったので、本当に驚かされました。
映像の粗い質感や、舞台となる街の雰囲気なんかは、「古い時代の雰囲気を再現したもの」だと思ってたぐらいだからね
1970年代の日本映画を調べてみると、『男はつらいよ』『仁義なき戦い』『砂の器』『華麗なる一族』『犬神家の一族』とからしい
古く見える部分は「意図的にそうしている」のだと思っていて、映画自体は「現代で撮られたもの」だと信じて疑っていませんでした。これはもちろん、私が「外国人の観客だから」ということも関係するでしょう。1970年代のアメリカを知っている人が見れば、やはり「古さ」を感じるのかもしれませんが、私には比較対象がないため、現代的に感じられたのかもしれません。
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この映画は、1970年のヴェネツィア国際映画祭最優秀外国映画賞を受賞するも、当時アメリカ本国ではほぼ黙殺されたそうです。その後、「この映画のファンだ」と公言する様々な人物の働きかけにより、GUCCIの支援を受けてプリントが修復されました。ニューヨーク近代美術館で行われた「修復版上映会」は行列が出来るほどの盛況で、2017年には「後世に残す価値がある作品」と認められ、アメリカ国立フィルム登録簿に永久保存登録されることが決まります。監督は、この映画の公開から間もない1980年に48歳の若さで亡くなってしまったので、恐らく、今集めているような称賛を生前知ることはなかったはずです。
脱線するけど、「生きている間に評価されるが長続きしない」のと、「死後に評価され永久的に残り続ける」のとどっちがいいだろうね
そりゃ生きてる間に評価されたいだろうけど、その代わりに作品が未来に残らないっていうなら、ちょっと考えちゃうかもなぁ
映画には、物語らしい物語はほぼ存在しません。まずはざっくり内容を紹介してみましょう。主人公のワンダは、映画冒頭ですぐに離婚を突きつけられ、バーでビールを奢ってくれた男性とモーテルに行くも、男はあっさりとワンダの元を去ります。僅かに所持していた現金は映画館で奪われてしまいました。その後、「トイレを貸して」と言って閉店後のバーに潜り込んだワンダは、そのバーにいたデニスという男と行動を共にする……という展開になります。物語の大半はワンダとデニスの逃避行に費やされ、2人が奇妙な関係を構築していく様が描かれていくというストーリーです。
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正直なところ、ただそれだけの映画の何が良かったのか、自分でも上手く説明が出来ません。不思議な映画だと感じました。
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鑑賞後に、この映画について調べて、ある事実に驚かされました。それは、「主演を務めたバーバラ・ローデンが、監督・脚本を務めている」という点です。ただ、初めは、この事実の一体何に驚いたのか、私は上手く捉えきれませんでした。少し考えて、「ワンダという女性にリアリティを感じたからこそそんな風に考えたのだろう」と思い至ったのです。
自分でも、アホみたいな勘違いをしてるなぁって思うような話なんだけど
映画を観て、あんまりこんな風に感じることないから、そういう意味でも特殊な作品だったって感じだね
ワンダは、ちょっと「ダメ」な感じの女性です。現代であれば恐らく、「発達障害」や「精神疾患」など、何らかの病名がつくようなキャラクターだと私は感じました。ワンダ自身も、自分のことを「バカなの」と口にしてしまうほどです。
例えば、ワンダが買い物を頼まれる場面。デニスが買ってくるべきものをいくつか言うと、ワンダはそれを何度も繰り返し尋ねます。すぐに忘れてしまうのでしょう。しかも、「ホテルを出て左に曲がって2軒先」という店までの道筋も何度も聞き返す始末です。さらに、部屋番号も覚えていなかったようで、帰ってくる時にはフロントの人に確認しなければならないほどでした。
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さて、私はそんなワンダをとてもリアルな存在だと捉えていたので、「あのワンダが映画を作ったなんて」と驚かされたというわけです。もちろん、冷静に考えればとてもおかしな受け取り方なのですが、自分がこんな風に感じたことで、ワンダという女性にリアリティを感じていたことがより一層実感できたとも言えます。
映画が全体的に、ちょっとドキュメンタリーっぽく撮られてるってのも関係してたかもね
「ドキュメンタリーじゃない」って分かってても、映像の感じからどうも引きずられちゃうみたいなとこあったなぁ
そして、そんなダメダメなワンダがとても魅力的に映る映画なのです。
冒頭でワンダは、離婚協議のための裁判に出廷します。しかし、「夫が離婚を望んでいるならそれでいい」と非常に投げやりな態度です。1970年代であれば、アメリカに限らず世界的に、「女性は家で家庭を守るべし」みたいな風潮が強かったのではないかと思います。そして、そういう時代背景を踏まえた場合、ワンダは、「男が結婚相手に抱く期待」を実現する存在ではありません。当時の常識では、シンプルに結婚には向いていないタイプの女性だと思います。
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一方で、ワンダはとても美しい女性です。パーマのカーラーを頭に巻いたまま、パジャマのような格好で裁判所に現れ、疲れの滲んだ表情で佇んでいるのですが、それでもどことなく美しさを感じさせています。
映画公開時点でバーバラ・ローデンは38歳だったみたいね
年齢不詳な見た目だけど、映画を観てる時は、もっと若い人なんだと思ってた
ワンダが、そんな「隙のある美しさ」を放つが故に、周りの男たちが誘蛾灯に近づく虫のように寄ってきます。そしてそのことが、彼女をギリギリのところで生かしているのです。凡そ社会生活に向いていないとしか言いようのない彼女が、どうにか社会の中でその存在を保てているのは、なんだかんだ関わろうとする男が現れるからだと言っていいでしょう。
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この映画では、そんな風にしか生きられない女性の悲哀が全面に描かれています。
非常に印象的だったのは、ワンダがデニスから褒められるシーンです。ワンダは常に、「感情などどこかに置いてきた」と言わんばかりの表情をしているのですが、デニスから褒められたこの場面では、抑えきれない嬉しさが表情から溢れています。表情らしい表情をほとんど見せないワンダだからこそ、この一瞬の描写によって、「これまでの人生でいかに褒められてこなかったか」が強調されたと感じました。
褒められて嬉しそうに笑うこの場面は、観ている側としてはちょっと哀しくなるよね
ホント、もっと別のことで笑顔になってほしいなぁって思っちゃった
物語は基本的に、「そんなワンダの弱みにつけ込むようにして近づく男たちの醜さ」が詰まったような作品だと言っていいのですが、それ以上に「ワンダの魅力」が強調される、実に不思議な映画だと感じました。
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「現実認識能力」に欠けるが故に、歩みを止めずに前進し続けるワンダ
ワンダを観ていて感じるのは、「『現実認識能力』に欠けているのではないか」ということです。例えば、100人いたら100人ともが「A」だと判断するだろう状況において、ワンダが同じように判断するような気がしません。しかしかといって、例えば「B」や「C」と言った異なる解釈をするような気もしないのです。ワンダという女性は、自分の目の前で展開される状況を、常に「解釈」という行為と無縁に捉えているように思います。彼女にとってそれは単に「光景」でしかないというわけです。額縁に入れて飾られた写真みたいなものと言えばいいでしょうか。写真の中で何が起ころうとも、見ている自分には関係ありません。ワンダからは、すべての状況をそのように、「自分に関係がある事柄」としては受け取っていないような雰囲気を感じるのです。
極端な話、目の前で爆発が起こったら、普通は「危険だから逃げなきゃ」って思うけど、ワンダは単に「爆発が起こった」って捉えてる、みたいな感じ
だからこそ、「常識的に考えて、今この状況はおかしい」みたいな判断にも至らないんだよね
私は基本的に「変人」にしか興味が持てないので、そういう意味で、ワンダのこの振る舞いはとても興味深いものに映ります。ある意味でこの点が、私にとっての「ワンダの魅力」だと言っていいでしょう。すべての状況を単に「光景」として受け取るため、自分に何か関係があるとは判断せず、それ故にただ流されるままに進んでいくというスタンスが面白いし、さらに、そういうスタンスでどうにかこうにか生きてこれてしまったというワンダの存在感が私には素敵に感じられます。
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恐らくこのスタンスは、ワンダの「処世術」と捉えるべきでしょう。普通であれば、「今この状況で自分に何が求められていて、どういう行動をすればそれが実現できるのか」みたいな思考が多少なりとも頭の中に生まれてしまうものですが、ワンダはそういう生き方が出来ません。「求められたことをこなす」という生き方が絶望的に向いていないのです。となれば、「妻」や「母」という役割を上手くこなすのは難しいでしょう。そして、そんな状態でどうにか生き延びるために、彼女が長い年月を掛けてたどり着いた「処世術」こそが、ワンダの振る舞いに繋がっているのだと感じました。
正確な知識は持ってないから的外れかもだけど、そういうタイプの人は「自閉症」って診断されるイメージがある
1970年代だとたぶん、「自閉症」っていう状態についてまだ広く認識されてなかっただろうね
一方、目の前の状況を解釈しない彼女の振る舞いは、彼女に向けられる「支援の手」(それが本当の意味で「支援」と呼べるものであるかは別として)を躊躇なく掴むことにも繋がっていきます。普通なら、「これはおかしいかもしれない」と考えて立ち止まってしまうような場面でも、「現実認識能力」に欠ける彼女は、一切の躊躇を見せずに、まるで玄関で靴を脱ぐぐらいの自然さでまったく別の世界へと足を生み出していくのです。
「求められたことをこなす」ような振る舞いができないために、彼女の人生は「安定」からほど遠いものになってしまいます。しかし一方で、まったく同じ性質によって、ノーブレーキでどこまでも突っ込んでいけるのです。それはとても「不安定」な生き方ですが、その中でギリギリ生きていくワンダには、曰く言い難い魅力が溢れていると私は感じました。
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バーバラ・ローデンについて
そのような、非常に不安定で魅力的なワンダを見事に演じているのが、監督・脚本も務めるバーバラ・ローデンです。ワンダの存在をリアルに、そして素敵に見せることはとても難しいと感じるのですが、バーバラ・ローデンはまさに「ワンダそのもの」であるかのような演技でこの映画世界の中に溶け込んでいます。
公式HPに、そんなバーバラ・ローデンの言葉が載っていました。既に亡くなっているので、この修復版の再上映に合わせたものではありません。いつどのような経緯で出てきた言葉なのか不明ですが、引用してみましょう。
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私は無価値でした。友達もいない、才能もない。私は影のような存在でした。『ワンダ』を作るまで、私は自分が誰なのか、自分が何をすべきなのか、まったく分からなかったのです。
彼女のこのような自覚は、かなり「ワンダそのもの」と言ってもいいのではないかと感じます。つまりワンダという女性は、「頭の中で作り出された虚構」ではなく、「バーバラ・ローデンの引き写しみたいな存在」であり、だからこそ、なんとも言えないリアリティが生み出されていたのかもしれないと思いました。
公式HPに載っている経歴によれば、女優としてデビューした後、23歳年上の巨匠映画監督と結婚したと書かれています。傍目には「恵まれた人生」に見えていたかもしれません。しかし本人はというと、映画『WANDA』を制作する時点まで「何者でもなかった」という感覚を抱いていたのです。そんな「不安定な存在」だと自覚していた彼女がワンダを演じたからこそ、この映画は、多くの人の心に刺さる作品に仕上がったのかもしれません。
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出演:バーバラ・ローデン, 出演:マイケル・ヒギンズ, Writer:バーバラ・ローデン, 監督:バーバラ・ローデン
¥2,000 (2023/09/22 22:48時点 | Amazon調べ)
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最後に
全体的にドキュメンタリーかと思うほど手ブレが強く、さらにざらついた画質の映像であることも相まって、フィクションっぽくないリアリティを獲得していると言えるでしょう。また、その手ブレは、ワンダの「不安定さ」を表現しているようにも感じられました。常に「安定」とはほど遠かった彼女の人生を描くのに、非常に合っていたと思います。
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この映画を観た日が、映画館のサービスデーと重なっていたこともあるとは思いますが、私が観た回はほぼ満員でした。再上映されるに至った経緯を含めて魅力満載の、なかなか稀有な作品だと思います。
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