【映画】『別れる決心』(パク・チャヌク)は、「倫理的な葛藤」が描かれない、不穏で魅惑的な物語

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

出演:パク・ヘイル, 出演:タン・ウェイ, 出演:イ・ジョンヒョン, 出演:コ・ギョンピョ, Writer:パク・チャヌク, 監督:パク・チャヌク
¥500 (2023/12/20 22:55時点 | Amazon調べ)
いか

この映画をガイドにしながら記事を書いていくようだよ

この記事で伝えたいこと

全体的に「意味が分からない」のに、とても惹きつけられてしまった変な映画

犀川後藤

このような作品が成立しているという点に、まずは驚かされてしまった

この記事の3つの要点

  • 真面目で誠実な刑事が主人公なのにも拘わらず、「倫理的な葛藤が描かれない」という点が観客を幻惑する
  • 「背徳的な関係である」という事実以上に惹き付ける「何か」が間違いなくあるのだが、それが何なのかは上手く捉えられなかった
  • 作品全体を通じて、「理解は出来ないが、成立はしている」という感覚が強くもたらされる
犀川後藤

「物語がどう展開されるのかまったく分からない」という不安定感を是非楽しんで下さい

自己紹介記事

いか

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

倫理的な一線を超えていながら、その葛藤がまったく描かれないことに狂気を感じさせる映画『別れる決心』の衝撃

とにかく、とても奇妙な物語でした。「物語がどんな風に展開するのかまったく想像出来ない」という意味では、かなり特異な作品と言っていいと思います。なんだか強烈に惹きつけられてしまいました

いか

あんまり映画監督の名前で観るかどうか決めることはないけど、パク・チャヌクは割とそういうタイプの人だよね

犀川後藤

前に観た映画『お嬢さん』もなんか凄かったし、割と名前を覚えている映画監督かな

出演:キム・ミニ, 出演:キム・テリ, 出演:ハ・ジョンウ, 監督:パク・チャヌク
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「倫理的な葛藤が描かれない」という異様な作品

最も奇妙であり、だからこそ魅力的でもある本作のポイントは、「倫理的な葛藤が描かれない」という点にあると思います。この説明のためにまず、主人公の紹介をしましょう。

主人公のチャン・ヘジュンは、史上最年少で警部に昇進した刑事です。原子力発電関連企業で働く妻とは週末婚を選択していて、普段彼は職場から遠くないのだろうアパートで一人暮らしをしています。恐らく話し合いをして「子どもを持たない」という決断を夫婦でしたのだと思いますが、妻との関係は良好そうで、セックスも毎週するような関係です仕事ぶりも非常に真面目で、自身の部下が被疑者に暴力的な振る舞いをした際には、「俺の下で仕事をするなら、暴力は無しだ」と厳しく叱責していました。その言葉通り、彼はどの被疑者に対しても丁寧な接し方を心がけています。

主人公はこのような、非常に真っ当で紳士的な人物です。そしてその印象は、最後までほぼ変わりません。一度、作中で彼が「崩壊」という言葉を使う場面があるのですが、確かにそのシーンでの行動は決して褒められたものとは言えないでしょう。しかし全体としては、「刑事としても人間としても、非常に高い倫理観を持つ人物」だと言っていいと思います。

犀川後藤

結果的には、彼がこのように真面目な人物であることが、物語を大いに幻惑させる要因と言えるんだけど

いか

まさに「崩壊」していくギリギリのライン上にいるような振る舞いが面白いよね

さて本作では、そんな非常に高い倫理観を持つ人物が、ある事件の被疑者となった若くて美しい女性ソン・ソレに対して、恐らく普段ならしないだろう行動を取ることになります。「被疑者」と「刑事」という関係性を、完全に逸脱するような振る舞いをしているのです。もちろん、自身の言動が真っ当さから外れていることを、彼自身は間違いなく自覚していると思います。

にも拘わらず作中では、「チャン・ヘジュンが自身の振る舞いに葛藤している」という描写がほとんどなされないのです。

さて、もう一方のソン・ソレはどうでしょうか。彼女は、「年上の夫を殺害したかもしれない」という容疑で取り調べを受ける立場です。夫はクライミング中に滑落し死亡したこともあり、状況的には事故の可能性が高いと考えられてはいます。ただ、彼女が夫から日常的に酷い暴力を受けていたという事実を掴んだため、もしかしたら殺人の可能性もあるかもしれないと、任意での取り調べ中というわけです。

いや実は、取り調べを受けることになった経緯は少し違います。夫が死亡したため、手続きの一環として妻からも事情を聞くことになったのですが、取調室で夫の死を告げた時、彼女はなんと笑ったのです。夫の死を知った妻の反応としてはやはり不自然でしょう。このことを不審に思い調べたところ、暴力を受けていたという事実が浮かび上がってきたというわけです。

犀川後藤

なんでそんな不用意な振る舞いをしたんだろうって、今こうして文章を書いてると感じるんだよなぁ

いか

でも映画を観ている時には、作品の雰囲気がそうさせるのか、あんまり違和感を覚えないよね

彼女もまた、「夫の死という事実に動揺していない」わけで、チャン・ヘジュンと同様、「倫理的な葛藤が描かれない」と言っていいでしょう。

このように、主人公の2人が「倫理観」という点で境界を超えてしまっている印象がとても強いのです。しかしどちらも、周囲からの評判はとてもよく、そういう「2人だけの関係性」以外の場面では、彼らの「逸脱」は表立って可視化されません。なのに、「2人だけの関係性」においては、「倫理」という概念を捨て去ったかのように外れまくっているのです。だから、「2人だけの関係性」の場面は、とても「異常」なものとして映ることになります。

このような要素が、本作の「特異点」だと感じました。

いか

だからこそ、「物語がどう展開するか分からない」みたいな感覚にもなるんだよね

犀川後藤

最初から「逸脱」しっぱなしだから、「当たり前の感覚」みたいなものが通用しないんだよなぁ

観客を「まとも」から引きずり下ろし、「無意味」を示唆する描写をひたすら積み重ねる作品

映画を観ながらずっと頭に浮かんでいたのは、「観客を『まとも』から引きずり下ろそうとしている」ということでした。それも、「北風」のような無理矢理さではなく、「太陽」的なじんわりさでそれを実現しようとしているという感じです。非常に幻惑させられるというか、異常さが魅惑的に映るというか、不思議な感覚になりました。とにかく、「自分が踏みしめている『まとも』から引き離されることの快楽」みたいなものがあるとして、その「快楽」をずっと刺激され続けているような、そんな不思議な作品だったのです。

ただ、別にこれは「背徳感」の話というわけではありません。作中では確かに、「刑事でありながら被疑者に恋をする」とか、「妻がいながら別の女性に惹かれる」みたいな、分かりやすい「背徳感」が描かれているのですが、「自分の心が、そういう部分に反応しているわけではないんだよなぁ」という感覚もずっとついて回りました。

犀川後藤

っていうか、そういう分かりやすい「背徳感」に反応させられるだけの映画だったら、メチャクチャつまらなかっただろうなぁ

いか

「そうじゃない何かがある」みたいな感覚こそが、最後まで惹きつけさせる要因だった感じがするよね

正直なところ、チャン・ヘジュンとソン・ソレの関係性は最後の最後まで「よく分からない」という感じでした。チャン・ヘジュンは決して「ソン・ソレが『若くて美人』だから惹かれた」みたいなことではないだろうし、ソン・ソレにしても、「チャン・ヘジュンが『今まで接したことが無いような礼儀正しい人間』だから惹かれた」なんてことではないはずです。

しかし、「じゃあ一体なんなんだ」と聞かれても、なかなか上手く答えられません。ただ一方で、私には上手く捉えられなかったわけですが、「この2人の間では違和感なく成立している」という感覚は確かに伝わってきました。だから、「全然理解は出来ないけれど、この2人の関係は受け入れざるを得ない」みたいな印象になるというわけです。

いか

この「全然分かんないんだけど、そういうものとして受け入れるかな」って感覚が最後まで続く感じだよね

犀川後藤

「共感させる」みたいな分かりやすさを完全に排除している雰囲気が潔くて好きだなって思う

また作中で描かれる様々な要素が、「『無意味』という情報を伝えるためだけに存在している」と感じられたこともとても興味深かったです。

物語のメインになるのは「チャン・ヘジュンとソン・ソレの関係性」なのですが、それ以外にも様々な事柄が描かれます。チャン・ヘジュンの妻は理系出身で様々なデータに明るく、また職場である原子力発電の周辺に霧が多いこと。ソン・ソレは中国人であり、韓国語が苦手なため翻訳アプリ越しに会話をすること。ソン・ソレの祖父が「朝鮮解放軍で『満州の山猫』と称された人物」だったこと。チャン・ヘジュンは不眠症であり、それと関係があるのか頻繁に目薬を差すこと。ソン・ソレの事件とは関係のない別の捜査が進展していること。作中では、このような要素が色々と散りばめられていきます

しかしこれらの要素は「本筋」、つまり「チャン・ヘジュンとソン・ソレの関係性」にはほとんど絡んできません。正直なところ、何のためにこれらの描写が存在しているのか、私には理解できなかったのです。

犀川後藤

「理解できない要素がある」ぐらいの作品ならいくらでもあるけど、この映画の場合は、「ほとんどの描写の意味が分からない」からなぁ

いか

こんな風に振り切るのもなかなか勇気が要りそうだよね

もちろん、ただ私の理解力が浅いだけで、それぞれの要素にはちゃんと何か意味があるのかもしれません。ただ、私としてはとりあえず、「散りばめられた様々な要素は、単に『2人の関係にとっては無意味である』ことを示唆するためのものでしかない」という解釈をしました。つまり、「それだけ2人は排他的であり、お互い以外の存在を『無いもの』として扱っている」という意味を持つ描写なのではないかと感じたというわけです。

私の解釈通りだとすれば、なかなかチャレンジングな作品だと感じました。

「理解は出来ないが、成立はしている」という感覚

映画のタイトルである『別れる決心』の解釈もまた、なんとも言えないように感じます。劇中に「別れる決心」を含むセリフが出てくる場面があるので、それを踏まえれば、「決心をするのがどちらなのか」という”主語”については明らかだと言えるかもしれません。ただ、映画を観ていると、「そのセリフを口にしなかった側の気持ちだとしてもまったく違和感はない」とも感じられるだろうと思います。

犀川後藤

もちろんここには、「『別れる決心』をしなければならないぐらい相手に惹きつけられている」って意味が含まれてるわけだけど

いか

しかしまあ何にせよ、「被疑者」と「刑事」はマズいよねぇ

またそもそも、映画の後半の展開は特に、『別れる決心』というタイトルからどんどん遠ざかっていく感じさえあり、一層混沌としていくと言っていいように思います。この映画の内容を誰かに説明したら、恐らく「ん? それって物語として成立してる?」と言われてしまうでしょう。それぐらい、シンプルに物語だけを取り出したら、何がどうなっているのか分からない、結構意味不明な展開だと思います。

それでも、映画を観て私は、「理解は出来ないが、成立はしている」と感じたわけです。これは非常に不思議な感覚だし、本作が持つ抗いがたい魅力だと思いました。韓国では公開されるや、繰り返し観るリピーターが続出したそうです。確かにその気持ちも分かるような気がします。私が感じたのと同じ「理解は出来ないが、成立はしている」という謎の感覚を、繰り返し観ることで確かめたかったのかもしれません。

いか

こういう、「ストーリー」や「キャラクター」みたいな分かりやすい要素で惹き付けるわけじゃない作品って凄いよね

犀川後藤

「最終的な完成形」がかなり見えていないとこんな風には出来ない気がするから、ホント凄いなって思う

他に似たような作品をなかなか思い浮かべにくい、変だけと魅力的な作品だと感じました。

出演:パク・ヘイル, 出演:タン・ウェイ, 出演:イ・ジョンヒョン, 出演:コ・ギョンピョ, Writer:パク・チャヌク, 監督:パク・チャヌク
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最後に

劇中では、「ソン・ソレの回想シーン中に、チャン・ヘジュンが登場する」という、言葉で説明するとかなり謎の演出がなされるのですが、私はこれが結構好きでした。ソン・ソレとチャン・ヘジュンは事件をきっかけに出会ったので、事件以前の回想シーンにチャン・ヘジュンが出てくることはあり得ないのですが、そのような描写が何故か作品に上手く嵌まっている感じがします。どういう演出意図があったのか分からないのですが、私は「『チャン・ヘジュンがあまりにもソン・ソレの虜になっている』という事実が、視覚的に描写されている」という風に受け取りました

いか

ホント、面白いことを考えるものだよね

犀川後藤

それにこれも、「理解は出来ないが、成立はしている」という要素の1つと言えるだろうし

映画を観ながら、なんとなく漠然とですが、以前知ったあるエピソードのことを思い出しました『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』(桜庭一樹)に出てくる「答えられたらヤバいクイズ」の話です。それがどんな問題で、答えられたらマズいとされる正解が何なのかはここでは触れませんが、その問題と正解が持つ「ヤバさ」みたいなものが、映画『別れる決心』が醸し出す雰囲気ととても合っている感じがします。気になる方は、ネットで調べてみて下さい。

本来的には、「『形が無いもの』を捉えやすくするために『言葉』が存在する」のだと思うのですが、その理屈を逆転させ、「『言葉』にしないことによって、『形が無いもの』の存在を意識させる」みたいなことも出来るでしょう。本作は、どこかそのような印象をもたらす、実にインパクトの強い作品だったなと思います。とても変で素敵な映画でした。

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