目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:エシー・デイヴィス, 出演:トーマシン・マッケンジー, 出演:エロール・シャン, 出演:トニ・ポッター, 出演:ザナ・タン, 監督:ゲイソン・サヴァット, Writer:ソフィー・ヘンダーソン
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ポチップ
この映画をガイドにしながら記事を書いていくようだよ
この記事で伝えたいこと
私は、「母の愛」という言葉だけでどんな状況も押し通そうとするタイプの人が嫌いです
ただ一方で、「子育てをする親が優遇されるような社会」を望んでもいるので、その点は誤解無きよう
この記事の3つの要点
- 主人公のバニーは、その存在自体をまったく許容できないというレベルでメチャクチャ嫌いだった
- 狂気を煮詰めたようなラストシーンで一層バニーのことは嫌いになったが、作品は高評価に変わった
- 「バニーのことを『情報』としてしか捉えようとしない社会」に対する嫌悪感が、ラストシーンの好印象に繋がっているのかもしれないと思う
これほど「共感」要素を排除した主人公で物語を作ろうとした意欲と手腕に驚かされてしまった
自己紹介記事
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なかなか凄まじい映画でした。
その「凄さ」は、次のように短く表現できるでしょう。「主人公のバニーのことがとても嫌いなのだが、作品としては素晴らしかった」。
普段から「共感できたかどうか」は別に作品の評価には直結しないんだけど、本作はそれがもの凄く極端だった
「主人公の評価」と「作品の評価」がここまで乖離するのも珍しいよね
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私は、バニーのような存在がまったく許容できません。それは、「自分の身近にいたら最悪だ」みたいなレベルではなく、「バニーのような人間がこの世の中に存在すること」自体に嫌悪感を抱いてしまうような感じです。ホントにムカつく。作中では確かに、「バニーが置かれている辛い状況」も説明されます。ただそうだとしても私は、バニーのことを許すことが出来ません。彼女は、自分の都合のために平気で嘘をつき、実現できるはずのない未来について「絶対」と言い切って空約束をし、「私は母親なんだ」という言葉ですべての状況を乗り切ろうとするのです。そういう感じが、私にはとても耐えられません。
そのような人物が全編に渡って大暴れする作品であり、最初から最後まで私の中の「バニーに対する評価」は変わらなかったのですが、それでも、「良い映画を観たな」という感覚になれました。主人公を「共感」からこれほど遠ざけた上で、観る者を惹き付ける作品に仕上げた手腕には驚かされます。
「共感してもらえる主人公」で物語を作る方が普通はやりやすいだろうからね
主人公のバニーを、「母の愛に溢れた、慈悲深い人物」とは捉えたくない
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私には、本作『ドライビング・バニー』を観た人が、主人公のバニーをどう評価するか分かりません。私のように嫌悪感を抱く人の方が多いのではないかと思っているのですが、もしかして、「母の愛に溢れた、慈悲深い人物」という風にプラスの捉え方をする人もいたりするのでしょうか。
しかし私は、「もしバニーをそのように評価する人がいたら、その人さえも許容したくない」と感じてしまうほど、やはりバニーのことが受け入れられません。基本的に私は、「自分に実害がない限り、他人の意見や価値観を否定したりはしない」というスタンスで生きているのですが、自分のそのスタンスをキャンセルしてでも、バニーのことを認めたくない気持ちを強く持っているというわけです。
「どうしても許容できないタイプの人」って色々いるんだけど、バニーはホント”ど真ん中”って感じなんだよなぁ
「嫌いなタイプをぎゅっと詰め込みました」みたいな感じの人間だもんね
映画『ドライビング・バニー』を観ながら、私は、別の映画のあるシーンを思い出していました。それはラストの展開に関わる重要なシーンであり、ネタバレを避けるために作品名は伏せます。主人公は、シングルマザーでありながら宇宙飛行士へのチャレンジを続ける女性で、彼女は最終的に宇宙に行けることが決まり、地球を離れる前の「隔離期間」を過ごしている最中です。作中では詳しく説明されませんでしたが、恐らく、「地球上のウイルスや細菌を宇宙ステーションに持ち込まないように」という理由で「隔離期間」が設けられているのでしょう。
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さて、なんとなく想像できるかもしれませんが、主人公は隔離期間中に施設を勝手に抜け出し、我が子に会いにいきます。どうしても会わなければならない理由があったからです。このようなシーンが、映画のラスト付近に配置されています。
演出のされ方などから考えても、制作側がこのシーンを「感動的な場面」として打ち出したいのだと観れば誰もが理解できるはずです。「ルールを破ってでも子どもに会うことを選択した母の愛」みたいなものを描き出したいという意図があるのでしょう。しかし私はそのシーンを観て、「『母の愛』なんて理由で破っていいルールではないだろう」としか感じられませんでした。隔離施設を抜け出したことを黙ったまま彼女が宇宙へ行けば、どんな不利益がもたらされるか分かりません。もし何かトラブルが起これば、その被害は甚大なものになるでしょう。場合によっては、自分以外の誰かの命を奪う可能性だってあるのです。
これを「良いこと」のように描く制作側も、「良いこと」として受け取る観客も、どっちも最悪だよね
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このような「『母の愛』はどんな状況においても最優先されて然るべき事柄だ」みたいな風潮が私は心底に嫌いです。もちろん、「子育て」は本当に大変な行為だと思うので、「子育てをしている親が優遇される世の中」である方が好ましいと思っているし(ちなみに私は結婚していないし子どももいません)、「子どもを育てやすい社会にするために、子を持つ親が最優先される」ことはとても良いことだと思っています。しかし、バニーや女性宇宙飛行士のケースはそういう話ではありません。どんな理屈をつけても道理が通るはずもない状況を、「母の愛」を錦の御旗のように振りかざして強引に通り抜けようとしているようにしか感じられないし、そういう行為を許せないと私は感じているというわけです。
バニーは確かに、「母の愛」に溢れた人物なのかもしれません。しかし私からすれば、「だからどうした?」としか感じられないのです。「母の愛」さえあれば、どんな状況でも許容されるなんてことはあり得ないでしょう。しかしバニーは、「そうであるべきだ」とでも言わんばかりの振る舞いをしており、そのことが私はどうしても許せないのです。
正直、こういう「親」がいるから、「真っ当な考えを持っている親」まで非難されちゃうんだと思うんだよね
で、「真っ当な主張をしようとしている親」が口をつぐんじゃうから、結局世の中が良くなっていかないっていう悪循環
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そんなわけで、とにかく私は「バニーを観ながらずっとイライラしていた」と言っていいぐらいだったと思います。
狂気的なラストの展開を経て、作品全体に対する印象が変わった
意外だったのは、物語のラストで、作品全体に対する印象が一気に変わったことです。どんなラストを迎えるのかについては公式HPでも触れられているので、書いてしまっても問題ないでしょうが、一応この記事では伏せておこうと思います。とにかく「狂気を煮詰めて凝縮したような、ハチャメチャでぶっ飛んだラスト」を迎えるのです。正直なところ、この展開によって、バニーのことは一層嫌いになったと言っていいのですが、同時に、「物語に適切にピリオドを打つ」という役割は見事に果たせていたとも感じました。
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さらに言えば、こんな狂気的な展開をリアルに描くには、そもそもバニーを狂気的に描いておく必要があったんだろうとも感じたかな
だからと言ってバニーのことが許容できるわけではないんだけど、物語全体における必然性は理解できたよね
しかし、このラストの展開によってどうして作品の印象が変わったのかについては、正直なところ理解できていません。ただ、このラストの展開においては、バニーの他にあと2人この状況に関わる人物がいるのですが、この2人もまた、バニーの行動を否定しきれずにいるのです。2人の内の1人は元からバニーと関わりがある人物なのでいいとしても、もう1人はその時その場で初めて会ったにすぎません。にも拘わらず、バニーのムチャクチャぶっ飛んだ狂気に触れた後でさえ、彼女に「共感を示す行動」をとるのです。その行動は、その人物の職務に照らせば、明らかに「違反」と言える行為でした。しかしそれでも、バニーのためにそのような行動を取ろうと決めたのです。とても不可思議な振る舞いに感じられるのですが、しかし一方で、気持ちは分からないでもないとも感じました。
さて、自分の中でも上手く整理できていないわけですが、無理矢理自分の感情を説明してみることにしましょう。
この狂気的なラストの展開に好印象を抱かされてしまった理由の1つには、私がよく感じる「ステレオタイプ的にしか物事を捉えない世の中への嫌悪感」が関係している可能性があります。私の内側にずっとあるその「嫌悪感」が、バニーが発する「狂気」と相まって、何らかの化学反応を起こした可能性があるというわけです。
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「ステレオタイプ的にしか物事を捉えない世の中への嫌悪感」はホント、私が生きる上で常に中心的な問題であり続けてるからなぁ
イラッとしちゃう時って、大体この点が問題になってたりするしね
先述した通り、バニーはかなり厳しい状況に置かれています。そして私たち観客は、そんなバニーの「現状」を映像で観て実感することが出来るわけです。確かに私はバニーのことが嫌いなのですが、しかし「辛い境遇にいる」ということは理解できるし、その事実に対しては同情する気持ちもあります。
さて一方で、もしバニーのことを単なる「情報」としてしか知らなかったらどうでしょうか? ここで少し、バニーについての情報に詳しく触れておきましょう。彼女には過去に犯罪歴があります。また、定職も金も家も無く、妹の家に居候しながら「流しの車窓拭き」として路上で働き日銭を稼ぐ日々です。ある事情から、愛する2人の子どもとは離れ離れなっており、家庭支援局の職員が同席しないと子どもに会うことさえ出来ません。
それでは、バニーの日常の様子を具体的に知ることなく、このような「情報」としてしかその存在を把握できないとしたら、彼女のことをどのように判断するでしょうか? やはり「ろくでなし」「自業自得」みたいに感じられてしまうのではないかと思います。
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作中では、バニーの過去についてはあまり詳しく触れられないから正確には分からないけど、ただやっぱり、バニーの自業自得なんだろうなぁとは思う
ホントバニーを見てると、「一事が万事」って言葉を使いたくなるよね
この話がどのように「ラストの展開の捉え方」に関係するのかは次で触れることにしましょう。
「『情報』としてしか物事を捉えない社会」に苛立ちを覚えてしまう
さて、とにかくバニーは、ありとあらゆる場面で「情報」としてしか捉えられません。「目の前に存在するバニーという人物」ではなく、先述したような「『家も仕事もなく、子どもからも遠ざけられている人』という情報を有する人」みたいにしか見られないのです。そして、そんな風に「『情報』としてしか捉えられない」という状況が幾重にも積み重なったことで、ラストの展開がもたらされたと言ってもいいでしょう。
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正直に言えば、バニーが「そのような情報を持つ人」として見られてしまうのは仕方ないことだと感じられます。というのもバニーは、「『マイナスの見られ方』を払拭するような振る舞い」がまったく出来ていないからです。どういう事情であれ、バニーは「『許されざること』をしてしまった」わけで、そのような過去を抱えているという自覚を持って日々の振る舞いをしなければ、見られ方が変わるはずがありません。バニーはもしかしたら、「周囲からの見られ方が変わってくれたら、自分の振る舞いも変えられるのに」みたいに考えているのかもしれませんが、その思考はちょっと「甘え」に感じられます。やはり、バニーの方から変わらなければ、物事は何も変化しないでしょう。
まあ、そんな振る舞いが出来るなら、そもそも過ちを犯さずに済んだんだろうけど
「それが出来るなら苦労はしないよ」って感じなのかもだけど、にしてもねぇ
しかし、そのようなバニーの振る舞いの是非は一旦脇に置くとして、「『情報』としてしか捉えられない」という状況に対する息苦しさみたいなものは理解できるように思います。私も、そのようなスタンスでしか人や物事を捉えられない世の中に対して、苛立ちを覚えることがとても多いからです。
以前観た映画『流浪の月』の感想の中で私は、「『見て分かること』にしか反応できない世の中にイライラさせられる」みたいなことを書いたことがあります。「見て分かること」というのは、ここまで書いてきたような「情報」のことだと思ってもらえばいいでしょう。人や物事を「表層的」にしか捉えない人がとても多いように感じるし、そういう風潮には強い嫌悪感を抱いてしまいます。私はそもそも、「『表層』からは分からない部分」にこそ人間的な魅力があると思っていて、そういう部分を想像しようとしない世の中にはイライラさせられてしまうのです。
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映画『ドライビング・バニー』にも同じように、「バニーのことを『支援する』と言いながら、彼女を『情報』としてしか捉えようとしない人」がたくさん出てきます。もちろん、だからと言ってそういう人たちを一絡げに非難したいというわけではありません。バニーが頼ろうとしているのは主に「公的支援」であり、であれば「情報」「手続き」は欠かせないと言えるからです。むしろ、職員が個人的な感情で物事を決する方が不適切だと言えるでしょう。だから決して「職員に非がある」と考えているわけではないのですが、それでも、あまりにも「情報」でしか捉えようとしない人々ばかりで、そんな状況に嫌気が差してしまう気持ちも理解できます。
だから私は普段から、「情報」で判断されないようにどうにか意識的に振る舞ってるつもり
どこまでそれが周囲に伝わってるのかは分からないけどね
そして本作のラストシーンは、そんな「『情報』としてしか捉えない社会」にバニーが捨て身の手段で対抗しようとした結果であるように私には感じられたのです。私はそのことに対して「痛快さ」を感じ、だからこそラストシーンに好印象を抱いたのかもしれません。
私のこの感覚は、ラストシーンに深く関わるもう1人の主人公に対しても当てはめられるように思います。彼女もまた、どうにもしようがない現状に対して「絶望」を感じており、そこから抜け出せずにいることに苛立ちを覚えている人物です。
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そんな彼女はもしかしたら、「『情報』としてしか捉えない社会」にバニーが捨て身で抵抗しようとしている姿を見て、僅かながら「可能性」を感じ取ったのかもしれません。彼女の内側には元々存在していなかった「希望」が、バニーの行動によって浮かび上がった可能性はあるでしょう。もちろん彼女はバニーとは異なり、捨て身の行動を取ったりはしないと思います。しかし、実際に行動を起こすかどうかは別として、「自分の内側に選択肢として存在するかどうか」はとても大きな違いだと言えるでしょう。「自分にもその可能性がある」と信じられることが、ろくでもない現実に立ち向かう原動力になることだってあると思うからです。
「誰かの人生や生き様を知って勇気づけられる」って、たぶんそういうことだからね
「そこに可能性がある」っていうだけで、見える景色も変わってくるだろうし
バニーと同じように「最悪な状況」にいる人にとっては、彼女の行動が「可能性の拡張」に感じられるのかもしれないし、そのことが、ラストシーンへの好印象に繋がっている可能性があるのではないかと考えているというわけです。
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最後に
シンプルに捉えれば最低最悪としか言いようのないラストなのですが、作品としてはきちんとした終わりを迎えられたと思います。また、バニーではないもう1人の主役の方も、新たな選択肢が増えたことにより、また違った感覚で翌日からの世界を歩いていけるようになったはずです。結局バニーは最後まで「狂気」のままであり、私は彼女のことを嫌いなままだったわけですが、作品としては見事な展開、見事な終わらせ方だったと言っていいと思います。
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そんな、とても不思議な作品でした。
最後に1つ。もう1人の主役を演じた女優に見覚えがあるなと感じつつどうにも思い出せなかったのですが、後で調べて、映画『ジョジョ・ラビット』に出演していた人だと分かりました。だから何だよという話ではありますが。
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巨匠パク・チャヌク監督が狂気的な関係性を描き出す映画『別れる決心』には、「倫理的な葛藤が描かれない」という特異さがあると感じた。「様々な要素が描かれるものの、それらが『主人公2人の関係性』に影響しないこと」や、「『理解は出来ないが、成立はしている』という不思議な感覚」について触れる
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