目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:稲垣吾郎, 出演:新垣結衣, 出演:磯村勇人, 出演:佐藤寛太, 出演:東野絢香, 監督:岸善幸, プロデュース:中村優子, プロデュース:杉田浩光, プロデュース:富田朋子, Writer:港岳彦
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この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「人間でいることのダルさ」と、「そのような感覚をなかなか理解してもらえない難しさ」を抱えながら生きている
- 「多様性」という言葉が過剰な意味を持つようになったせいで、「多様性」は”ファッション化”になってしまった
- 「否定さえしなければ十分」という振る舞いが、もっと当たり前のこととして社会に根づいてくれたらいいと願っている
リアルの世界で桐生夏月と佐々木佳道に会いたいと思うし、それぐらい凄まじく共感させられてしまった
自己紹介記事
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どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください
記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
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本当に凄まじい作品だった。最初から最後まで「わかるーーー!!!」って言葉しか出てこないぐらい、描かれる葛藤に共感させられたのである。特に、メインで描かれる2人、新垣結衣演じる桐生夏月と磯村勇斗演じる佐々木佳道には、「私も同じだ」という感覚しか抱けなかった。本当に、世界中の人にこの映画を観てもらった上で、「私は桐生夏月や佐々木佳道みたいな人間なので、そこんとこよろしく」と言って自己紹介を終わらせたいと思うぐらい、彼らが抱く息苦しさが私には刺さったのだ。心の底から「観て良かった」と思える1作だった。
「人間でいることがダルい」という、昔から抱いていた感覚
予告でも使われているが、佐々木佳道が普段から抱いている次のような感覚を、心の声としてナレーションするシーンがある。
誰にもバレないように、無事に死ぬために生きてるって感じ。
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このセリフだけで、「あぁ、分かるなぁ」と一気に共感させられてしまった。
私は昔からずっと、「人間でいることがダルい」と感じ続けている。本作『正欲』のキーワードの1つが「擬態」なのだが、今の私はこの「擬態」の能力が昔と比べればかなり高いので、最近はその「ダルさ」が日常を侵食するようなことはない。ただ、あくまでも「意識に上りにくくなった」というだけに過ぎず、私自身は本質的には何も変わっていないはずだ。今だって、自分の心を深掘りしてみれば、「人間でいるのってダルいよなぁ」という感覚を容易に見つけられる。とはいえ、死ぬのもなかなか難しい。そして、なんやかんや生きていないといけないのであれば、出来るだけ「不愉快」を避けて通りたいものだし、そういう経験が積み重なることによって「擬態」の能力が高まったとも言えるかもしれない。
しかし、「人間でいることがダルい」という感覚はなかなか理解しにくいのではないかと思う。私としても正しく理解してもらえる気がしないので、ここで少しあるドラマの話をすることにしよう。多部未華子ら4人が主演を務めた『いちばんすきな花』である。その中で、「今田美桜演じる役の女性が学生時代に、保健室の先生にある相談をした」という話になる場面があった。その相談内容が、「女の子でいるのが辛い」である。これは別に「心が男だから男として生きたい」とか「女の子のことが好きだから男の子でいたかった」みたいなことでは全然ない。ドラマ内で詳しく説明があるわけではないのだが、恐らく「『1人の人間』として見てくれればいいのに、常に『女』という性で捉えられるし、そのことが不自由だし納得できない」みたいなことなのだと思う。
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私が言っている「人間でいることがダルい」も、これに近いものがある。別に「死にたい」とか「猫のように生きられれば良かったのに」みたいなことを言っているのではない。そうではなくて、「自分が望んだわけでもないのに、勝手に『人間』という役割が押し付けられているのが不自由だし納得できない」みたいな感覚なのだ。
しかしこのような感覚は、なかなか普通には伝わらない。ドラマ『いちばんすきな花』に話を戻すと、保健室の先生に相談した彼女は後悔することになる。というのも先生は彼女に、「Lは◯◯で、Gは◯◯で……」とLGBTQの定義の話をし始めたからだ。彼女が「そういうことじゃないんです」と言うと、今度は「男の子のことが好き? 女の子のことが好き?」と聞かれてしまう。多部未華子演じる役の女性が、「どうして恋愛の話と結び付けないと理解できないの?」みたいな反応をするのだが、まさにその通りだと思う。彼女の相談は恋愛とはまったく関係のないものなのに、そのことがまったく伝わらないのだ。
そのため、今田美桜演じる役の女性は、「あぁ、この人には話が通じないんだな」と判断し、それからは相談するのを止めたという話をしていた。
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『いちばんすきな花』は共感する場面ばかりで、この「保健室の先生に相談した話」にももちろん共感させられたのだが、本作『正欲』を観て改めてこのシーンを思い出したというわけだ。
私も「この人には話が通じないな」と感じることはよくある。というか、人生そんなことばかりだった。「人間でいることがダルい」みたいな話も、直接そんな風に言うわけではないが、例えば「あーつまんない」「日常がダルいなー」みたいに変換して口にしてみたりする。そういう時に、「色んなことに挑戦してみたら、楽しいことも見つかるって」「身体動かしたら、モヤモヤした気分もパーッと発散できるよ」みたいに言われると、「そういうことじゃねぇんだよなぁ」と感じてしまう。そして、「まあ、普通伝わるわけないから仕方ないよね」と考えて、話すことを諦めてしまうのだ。
桐生夏月も佐々木佳道も間違いなく、このような「伝わるわけないよね」「そうじゃねぇんだよなぁ」という感覚を抱かされることの連続だったと思う。私は決して、桐生夏月・佐々木佳道の2人と何か分かりやすい共通点があるわけではない。というか恐らく、ほとんどの場面で「違い」の方が際立つ可能性もあるだろう。それでも、「きっと同じ感覚を抱き続けてきたはずだ」という点で私は彼らの生き方に共感するし、その葛藤が理解できているつもりにもなるというわけだ。
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これほどのレベルで何かに共感できるのは、私には相当珍しいことである。
「普通の世界」にはどうしても馴染めない
映画『正欲』の中で最も好きだったのは、先程触れた「誰にもバレないように、無事に死ぬために生きてるって感じ」というセリフ(心の声ではなく、彼が実際にそう口にするシーンもある)から始まる、佐々木佳道と桐生夏月のやり取りである。会話は「佐々木佳道に彼女がいた」という話から始まり、それに対して彼が、「『もう1回だけ頑張ってみよう』と思って努力してみたけど、やっぱり『人間とは付き合えない』って結論になった」と返す。それに続けて桐生夏月が、彼を肯定するようにして、
命の形が違っとるんよ。
地球に留学しとるみたいな感覚なんよ、ずっと。
と応じるという形で進んでいく。彼女はとにかく、佐々木佳道が語る話にずっと共感し続けるのだ。
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さらに桐生夏月が、次のようなことを言う。
自然に生きられる人からしたら、この世界はとても楽しい場所なんだと思う。私だったら傷ついてしまうこと1つ1つがたぶん全部楽しくて、私も、そういう目線でこの世界を歩いてみたかった。
そしてそれに対して佐々木佳道が、
自分が話してるのかと思ってびっくりした。
と返すのである。
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このシーン、実は私も同じようにびっくりしていた。というのも、桐生夏月が話す内容すべてについて、私も佐々木佳道と同様、「自分が話してるのかと思ってびっくりした」からだ。そう、桐生夏月も佐々木佳道も私も、とにかく「普通の世界」には全然馴染めないのである。
私は割と勉強が得意だったので、高校時代ぐらいまでは、「他人に勉強を教える能力」だけで学生時代を乗り切っていたように思う。そして、特にやりたいことがあるわけではなかったが、学力を活かして誰もが知る大学に入学した。しかし、就活の時期が否応なしに迫ってきてしまう。私は実は、中学生ぐらいの頃からずっと、「社会に出てまともに働くのは無理だな」と考えていた。しかし、勉強だけは出来たので、就活の直前まで、「傍目からは順調に見えるような生き方」を歩めてしまっていたのだ。ただ、3年に進学した辺りから、「このまま就活に突入したら、自分は死んじゃうな」と改めて確信を抱くようになる。そして大学に行かなくなり、そのまま退学した。それからは、テキトーに仕事を転々としつつ、人様にはあまり迷惑を掛けずに程よく生きてきたという感じである。
そんな私は未だに、「大学中退」を後悔したことがない。というか、「辞めて正解だったな」とさえ思っている。就活すれば何かしらの内定は取れたかもしれないし、理系の人間だったので大学院に進学する選択肢もあったかもしれない。しかし同時に、それらが単なる「先延ばし」に過ぎないことも理解していた。つまり、「人生のどこかで『破綻する』ことは間違いない」と確信していたのである。そして、「だったら、少しでも早く脱落した方がダメージが少ないのではないか」とさえ考えていたというわけだ。
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また、それまでは「勉強が出来る優等生」みたいな立ち位置だったわけだが、そのような見られ方を窮屈に感じていた部分もある。だから大学を中退し、「ダメな側の人間」みたいな立場になったことで、「社会の中で良いとされている価値観」から逃れやすくなったという感覚さえあるのだ。それは私にとって「生きやすさ」に繋がっていると言えるし、間違いなく、私が今日までどうにか生き延びて来られた理由の1つだろうとも思う。
ただ残念ながら、こんな話は「普通の人」にはまず通じないし、だから話すようなこともほとんどない。しかし、桐生夏月や佐々木佳道には間違いなく伝わるはずだ。だから私は、彼らに会って話してみたいなと本当に思うのである。
桐生夏月や佐々木佳道のような人と出会うのはとても難しい
正直なところ、私はとても幸運なことに、人生において「話が通じる人」とそれなりに出会えてきた。そういう人とどうやったら出会いやすいかを考え、自分なりに最適だと思う振る舞いを続けてきたお陰だろう。桐生夏月と佐々木佳道にしても、「諦め感」の方がかなり強く出ていたものの、「自分と似たような人と出会うための努力」はそれなりにしてきたはずだと思う。
だからこそ、ラストの展開がとても悲しいものに感じられた。「努力」が「無理解」によってあっさりと踏みにじられてしまっているからだ。
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この記事では「なるべく具体的なことは書かない」と決めているので、「2人が何に共通項を見出したのか」には触れないが、桐生夏月も佐々木佳道も、私なんかよりも遥かに「同志を探すのが困難な人」だと思う。「もし彼らのような『性質』を持ってこの世界に生まれてきたら」と想像するだけで、「ちょっとしんどい」と感じられてしまうくらいだ。「同じ感覚が通じる人」を見つけ出すのは、かなり難しいだろう。
桐生夏月にとっては「地球に留学に来ている」みたいな感覚だという事実を踏まえれば、その困難さがなんとなく想像できるのではないかと思う。ただ同時に、そのような感覚が強ければ強いほど、「周囲の振る舞いを観察して真似る能力」も高くなると言えるだろう。地球人が他の惑星に住む知的生命体に混じって生活する様を想像してみると理解しやすいかもしれない。そして佐々木佳道は、まさにそのような「擬態」が得意なタイプなのだ。彼は一般的な人のことを、「『明日もまた生きたい』と思っている人」と捉えているのだが、「擬態」の能力が高い彼は、そんな「明日も生きたい人」のフリが出来てしまうのである。
そしてだからこそ、「同志」を見つけるのが余計難しくなるとも言えるだろう。「擬態」の能力が高ければ高いほど、傍目には「普通の人」に見えてしまうからだ。
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またもう1つ、環境的な難しさを指摘することも出来るだろう。場合によっては「批判」だと受け取られかねない話ではあるのだが、「社会が『多様性』という言葉を当たり前のように使うようになった」という変化もまた、彼らの生きづらさや同志の見つけにくさに拍車を掛けているのではないかと思う。そのような変化は、全体としてはとても良いことだともちろん考えているのだが、そうとも言い切れない部分もある。この点については本作中において、「諸橋大也のパート」でかなり深く示唆されていると言えるだろう。
今の世の中では、「LGBTQへの理解」や「ポリティカル・コレクトネス」などが強く主張されることが多い。それらは要するに、「世の中には色んな人がいるのだから、それぞれの価値観を尊重しましょう」という風にまとめられるだろう。そのような風潮はとても良いことだと思うし、そういう変化の恩恵を受けている人もそれなりにはいるだろう。
その一方で、過渡期だから仕方ないのかもしれないが、「『多様性』という言葉が強くなりすぎている」という感覚になってしまうことも多い。
私が考える「多様性」は、「理解されなくても受け入れられなくても、否定さえされなければ十分」という感じである。映画『正欲』に通底する考え方も、かなりこれに近いものだと私は思う。それは、桐生夏月や佐々木佳道の振る舞いを見ていても理解できるだろう。彼らは決して「理解」や「受け入れ」を望んでいるわけではない。「否定されない」のであれば、それだけで十分なのである。
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ただ、「『多様性』という言葉が強くなりすぎている社会」においては、「多様性」に関わるあれこれが少し過剰に扱われているように私には感じられてしまうのだ。
「多様性を尊重する社会」に対して抱いてしまう違和感
世の中では今、どうも「マイノリティのことを、理解し受け入れる”べき”だ」という圧力がちょっと強くなりすぎているように感じられる。まあ、そういう状況が生まれてしまうのは、多少なりとも仕方ない部分はあるだろう。あくまでも私の勝手な予想だが、世の中には一定数、「『多様性』を強く推し進めようとする声の大きな人」がいて、その中には恐らく、「マイノリティのことを決して否定してはいない人」を見つけては「理解し受け入れろ」と強要している人もいるのではないかと思う。もちろん、そんな風に考えているのは、いるとしてもごく一部の人間だ。しかし、「批判を避けたい」みたいな感覚が強くなることで、社会全体が「マイノリティのことを理解し受け入れ”なければならない”」みたいな風潮に染められてしまっているのではないかと私は考えている。
しかしそのような状況は、マイノリティ自身にとってマイナスでしかないだろう。
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私自身は、LGBTQや障害者のような「分類がはっきりしているマイノリティ」というわけではないのだが、「普通の社会には上手く馴染めない」という意味で「マインド的にマイノリティ」だという自覚がある。そしてそんな私には、「『理解し受け入れなければならない』と考えている人には、自分の話をしにくい」という感覚があるのだ。このような感覚は、マイノリティ的な人には割と共感してもらえると思うのだが、どうだろうか?
私の場合は、「理解も受け入れも出来ないかもしれないが、否定するつもりはない」というタイプの人には話しやすい。「否定されない」という安心感が担保された上で、「私の話をどう受け取るのかは相手次第」という状況がとても気楽に感じられるからだ。しかし、「理解し受け入れなければならない」と考えている人に対しては、「理解や受け入れを相手に”強要”している」みたいな感覚になってしまう。
それはとても嫌だ。
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本当に、「理解」や「受け入れ」を特別求めているわけではないのである。誰かに話をした時に、「なるほど、あなたはそんな風に考えているんだね」と思ってくれたらそれで十分なのだ。しかし、「多様性」という言葉が過剰な意味を帯びてしまった世の中では、どうもそういう態度は「許されないもの」として受け取られているように思う。「『分かる!』『私もそう!』『そんなの全然気にしないよ!』みたいな反応をしなければ、『多様性』に準拠していないと社会から判断される」とでも考えているかのような風潮があると思うし、その状態は少し異常に感じられるのだ。
だから、そのような風潮が強い社会ではやはり、「『普通から外れた部分』についての話」を他人にするのが難しくなってしまうのである。そしてそうなればなるほど、「同志」を探すのは難しくなると言えるはずだ。結果として、「多様性を尊重する」という社会の大きな流れは、誰にとっても「プラス」をもたらさない状態を作り出すことになるのである。
言葉を選ばずに言えば、「『多様性』という単語は既に『ファッション』になってしまっている」のだと思う。もちろん、これは酷い表現だ。社会全体が「良い方向」に進もうとしている中での現状だということは理解しているつもりだし、「このような過渡期を経た後で、より適切な『多様性』に行き着けるはずだ」という希望だって持っている。ただ、シンプルに現状だけを捉えた場合にはやはり、「ファッション化した多様性」ばかりが世の中に溢れている感じがしてしまう。そして結果としてその状態は、「『普通』に馴染めない人」にとって単なる「害悪」でしかないのである。
「ここにいてもいいんだ」と思えるかどうかが何よりも大事
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桐生夏月も佐々木佳道も作中で同じようなことを言っていたが、何よりも大事なのは、「『この地球上に、自分が存在していてもいいんだ』という感覚を、すべての人が抱けること」だと私は思っている。これも説明しないと誤解されるかもしれないので一応書いておくが、決して「誰かの仲間に入れてほしい」みたいなことを言っているのではない。「ここにいてもいいんだ」と思えるなら、別に独りだって全然いいのである。むしろ、「理解できないなら放っておいてほしい」とさえ思うくらいだ。
作中に、とても印象的な場面があった。具体的には書かないが、桐生夏月が小声で「うっさい」と呟くシーンである。そして、その呟きを聞いてしまった人物が、次のような言葉を口にするのだ。
独りでいるから可哀想だと思って気を遣って話しかけてやっとるのに、なにそれ。あんた、うちのこと妬んどるんじゃろ。っていうか、気を遣わせるのもハラスメント違う?
具体的な状況が分からない状態では判断しにくいとは思うが、とりあえずこの言葉を単体で受け取ったとして、あなたはどう感じるだろうか? 私は正直、「桐生夏月が『うっさい』と呟くのも当然だよなぁ」と感じてしまった。まさにこのような人物こそ、「多様性」という言葉をゴリゴリに誤解してファッション化している張本人なのだろうし、こういう人がいるからこそ「ここにいてもいいんだ」とは思えないのである。
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まあこの人物にしても、ある意味では「社会の風潮による被害者」と言えるのかもしれない。もしも、「桐生夏月のような人に話しかけてあげないと、自分の方が酷い人間に見られてしまう」みたいな感覚あっての行動だとすれば、やはりそれは「過剰な多様性」による犠牲者と捉えるべきだろう。本当に、「多様性」という言葉から、「理解」「受け入れ」という要素が取り除かれてほしいと思う。その方が、「いやいや気を遣っている側」にも、「『うっさい』と呟かなきゃやってられない側」にも、どちらにとってもメリットがあると私は思うのだが、皆さんはどう感じるだろうか?
さて、その一方で、桐生夏月はある場面で、正直にこんな告白もしている。
大晦日とか正月って、人生の通知表みたいだね。誰にも、親にも踏み込まれないように生きてきたくせに、こういう時はちゃんと寂しくなったりするんだ。
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まあ、この感覚も理解できるなぁ、と思う。
ほとんどの場合において、「『理解』や『受け入れ』なんか求めてない」のは確かである。しかし、ごく稀にそうではない瞬間もあったりするのだ。というか、本当の本当の本当のところは、「独りでいたい」というのは嘘なのである。これは個人差があるだろうが、「出来ることならそりゃあ、誰かと関われる方が良いに決まってる」と考えている人だって多くいるはずだ。
ただ、佐々木佳道が言っていた「頑張ってみようと思ったけど無理だった」みたいな経験を誰もがしているはずだし、その度に「やっぱり独りでいいか」という感覚になってしまうのである。結局のところ、その繰り返しでしかないのだ。私はもう、そういう人生を「仕方ないもの」と諦めているし、桐生夏月にしても佐々木佳道にしても、基本的には同じだと思う。「それ以外が無理だから、独りでいるしかない」と言い聞かせているだけなのだ。だからやっぱり、たまには心が弱くなってしまったりもするのである。
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さて、「否定しないだけで十分」という感覚は、『正欲』という映画そのものに対しても向けられてほしいと私は考えている。
恐らくだが、本作を観た人の中には、「全然意味が分からなかった」「桐生夏月も佐々木佳道もどっちもキモい」みたいに感じる人もいるんじゃないかと思う。別に、そういう感覚になること自体は全然問題ないと私は考えている。そもそも本作はフィクションなわけで、誰がどんな感想を抱こうが自由だし、というか、仮に実際に起こったことだとしても感じ方は人それぞれでいい。作中ではまったく違う文脈で登場するセリフなのだが、ある人物が「あっちゃいけない感情なんてこの世に無いから」と口にする場面があり、まさにその通りだと私も感じた。
ただし、「その『自由』は、自分の内側に留めている場合に限る」というのが私の基本スタンスだ。どんな感想も感情も「あっていい」のだが、しかしそれを「表明」するとなると、また別の話になると思う。そして私は、「『言う必要のない否定』を表明しない」という振る舞いが「当たり前のこと」として社会に定着してほしいと願っているのである。
映画『正欲』を観てどう感じようがそれは自由だ。実際、ネットで感想を適当に拾ってみると、「気持ち悪い」みたいなことを書いている人も結構いた。そういう感想を抱くこと自体は別に全然いいのだが、しかしやはり、「それを『表明』する必要は無いんじゃないか」と私には感じられてしまうのだ。
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もちろん、「言う必要を感じた」のなら別にいい。当然、「必要な否定」も存在すると考えているし、「『否定』の存在をすべて否定する」つもりなどまったくない。ただ、「作品の評価」や「マイノリティの扱い」などに限らず、世の中のあらゆることに対して私は、「その『否定』は本当に言う必要がある?」と感じてしまうことが多いのである。
さて一方で、前述した話を踏まえつつ、次のような点にも触れておきたいと思う。映画『正欲』を観た人の中にはきっと、「共感は出来なかったけれど、理解したいとは思う」「彼らのような人が自分の身近にもいるから、受け入れられる自分でありたいと思った」みたいに感じた人もいるだろう。そのような感覚はポジティブなものだと思うし、良かれと思っての感覚だとも思うので、決して悪く言いたいわけではない。しかしやはり、「『理解』や『受け入れ』を特段強調する必要はない」とも感じてしまうのだ。
私は、桐生夏月や佐々木佳道の生き方や感覚にもの凄く共感させられたわけだが、だからといって、彼らが有する「特殊な指向」に親和性を抱いているわけでは決してない。むしろそのような「指向」はまったく理解できないと感じるし、受け入れるつもりも別にないのだ。そして私は、全然それでいいと考えている。重要なのは「彼らが抱いている『指向』を否定しないこと」だけであり、「理解してあげる」とか「受け入れてあげる」みたいな感覚は、私には「傲慢」にしか感じられないのだ。
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もちろん、「特殊な指向」などの「普通から外れた部分」が法律なり倫理なりに抵触してしまうのであれば、それぞれの社会が規定する「ルール」に則って何らかの対処がなされるべきである。法治国家に生きている以上、それは避けようがない。例えば、私は別に「小児性愛者」を否定しはしないが、しかし、彼らが「小児」を何らかの形で傷つけたり害を成したりするのであれば、当然対処されなければならないというわけだ。「『普通から外れた部分』が法律や倫理に抵触してしまう」という状況は正直、当人に責任があるとは言えないと私は思っている。しかし、大勢の人間が同じ社会で生きている以上「ルール」は必要だし、となれば「普通から外れた部分」が制約されなければならない場面も出てきてしまうだろう。
ただ、そういう状況ではないのなら、後は単に「否定」さえしなければ十分なはずだ。もちろん、マイノリティ的な人が全員、私と同じような感覚を持っているなどと考えているわけではない。しかし、大きくは外していないはずだとも感じている。
さらに言えば、「否定さえしなければいい」という社会の方が、いわゆるマジョリティ的な人だって楽なんじゃないかと思うのだ。「『理解』や『受け入れ』が強要されている」ように感じられるからこそ、「多様性」という言葉は今、誰にとっても座りの悪い言葉になってしまっているのだと私は考えている。だからこそ、社会全体が一度立ち止まって、「『理解しないこと』も『受け入れないこと』も、決して『否定』ではない」というコンセンサスをみんなで取るべきではないかと思うのだ。
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出演:稲垣吾郎, 出演:新垣結衣, 出演:磯村勇人, 出演:佐藤寛太, 出演:東野絢香, 監督:岸善幸, プロデュース:中村優子, プロデュース:杉田浩光, プロデュース:富田朋子, Writer:港岳彦
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