【思考】「働くとは?」と悩んだら読みたい本。安易な結論を提示しないからこそちゃんと向き合える:『おとなの進路教室』(山田ズーニー)

目次

はじめに

著:山田ズーニー
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この記事で伝えたいこと

「人生」について悩んでいる時に必要なのは「答え」ではなく「試行錯誤」だ

犀川後藤

「シンプルに答えを教えてほしい」という方には本書をオススメしません

この記事の3つの要点

  • 著者自身が「特効薬ではない」と明言する作品
  • 著者自身の「ぐるぐるの過程」を言語化してくれる
  • 「名前がついていないからこそ見えにくいもの」に焦点を当てようとするからこそ分かりにくい
犀川後藤

「何に悩んでいるのかもはっきりとは分からない」という人にこそ読んでほしい1冊

この記事で取り上げる本

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いか

この本をガイドに記事を書いていくようだよ

自己紹介記事

犀川後藤

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

山田ズーニー『おとなの進路教室。』は、人生に悩んでいる人に読んでほしい、「働くとは?」「生きるとは?」を”共に問う”1冊

著者・山田ズーニーの来歴と、本書『おとなの進路教室。』のテーマについて

著者の山田ズーニーは、「文章を書く・直す」ことに関わる様々な仕事に携わっていますが、迷いながらキャリアを積み上げていった人でもあります。本書はそんな著者の経験や、著者が受けた相談などを踏まえた上で、「働くこと、生きていくことってどういうことだろうか?」をテーマに展開される、「ほぼ日刊イトイ新聞」内での連載をまとめた作品です。

著者はベネッセコーポレーションに16年勤め、小論文編集長も務めました。しかし38歳の時に、なんの当てもないままに退社し独立します。そこから、何をしたらいいのか、どう生きたらいいのかもがきながら、非常に人気を集める実績満載の講師になっていくのです。

犀川後藤

まさに今私が38歳だから、この歳で当てもなく独立かぁ……って考えちゃうよね

いか

まああなたは独立して上手く行くタイプじゃないから諦めな

本書はタイトルにもあるように「進路」を一つのキーワードにしています。学生時代にはよく耳にした言葉ですが、大人になると途端に聞かなくなりますよね。まるで「学生時代の様々な行動や決断によって『進路』は定まってしまったのだ」と言わんばかりです。

本書の『おとなの進路教室』というタイトルには、「大人になってからだって『進路』を考えたっていいでしょう」というような気分も込められているのだろうと感じました。

本書は、「まさに今悩んでいる」「どうしたらいいか分からなくて立ち止まっている」というような人に是非読んでほしい本ですが、その理由は、「答えを提示してくれるから」ではありません

特効薬ではありません。
さらさら読める文章でもありません。
ひっかかり、ひっかかり、読むところもあります。
でも、自分の考えを引き出すのによく効きます。

自己啓発的な本や文章に触れることがあまりないのであくまで印象でしかありませんが、多くの場合、「これが答えだ!」という風に分かりやすく結論が提示されているのだと思っています。しかし本書は、まったくそういうタイプの作品ではありません。

犀川後藤

「こうすれば間違いない!」みたいに言われても、「それはあんたの場合だけだろ」としか思えないんだよなぁ

いか

まあ、自信がおありなのは羨ましい限りでございますけどね

その辺りのことをもう少し掘り下げていきましょう。

寄り添って共に悩んでくれる本

この作品の一番の価値は、「著者が一緒に悩んでくれる」という点だと思っています。

本でもYoutubeでもなんでもいいのですが、「手っ取り早く答えを知りたい」という目的を持つ人は多いでしょう。それ自体は決して悪いことではないと思っています。技術の習得など、効率的であるに越したことはない事柄というのはたくさんありますし、試行錯誤が時間の無駄だと判断されるべき領域もあるはずです。

しかし、「人生」という非常に大きなテーマに対して、同じやり方をしてしまっていいものでしょうか

私の個人的な意見ですが、判断や決断というのは、「試行錯誤にどれだけ時間を費やしてきたか」によって習熟度が変わる、と考えています。自分の頭で考えず、「これが正しいようだ」という情報だけで行動に移していては、いつまでたっても判断力・決断力は身についていかないでしょう。

自分がこれからどう進んでいくべきか、今何をすべきか、逆にすべきでないことは何か。これらは日々刻々と変化する状況に合わせて変わっていくものですし、変化する度に「答え」を教えてくれる人がいるはずもありません

犀川後藤

逆に、そんなアドバイスを常時してくれる人がいるなら、そもそも悩んでないだろうしね

いか

でも結局そういうのって、権力者に付け入る怪しい占い師、とかしかあり得ないよね

試行錯誤が無駄ではない領域は必ずあると思っていますし、まさに仕事や人生について考えることはそうだと言っていいでしょう。

だからこそ、「答え」だけ手に入れたいという発想では、状況は何も変わらないだろうと思います。

本書には、「答え」はありません。何があるのかと言えば、「ぐるぐると思い悩んでいる、著者自身の頭の中の思考」です。著者自身が「答え」を持たないまま、様々な「問題」に対して「悩んでいるその過程」を示す本だと言っていいでしょう。

これは、「答えを提示すること」よりも遥かに難しいと考えています。

自己啓発本などでは、「答え」にいかにたどり着いたかの説明が割とキレイに成されることが多いでしょう。実際には、その「答え」にたどり着いた本人も、様々に思考の寄り道をし、頭をぐるぐるさせたはずですが、それらが語られることはなかなかありません

そもそも本人にしたって、その「ぐるぐるの過程」を上手く言語化できないでしょう。「答え」にたどり着いた時点から、そこまでの道のりを逆に辿ることはできても、「ぐるぐるの過程」の最中にそれを言語化するのはなかなか難しいだろうと思います。

いか

悩んでる時って、頭の中でちゃんと言葉で考えてるわけじゃなかったりするもんね

犀川後藤

言葉にならないぐるぐるに支配されて、自分が何を考えてるのか分からなくなったりすることもあるし

しかし著者は、そんな難しい「ぐるぐるの過程」をきちんと言語化して見せてくれます。さすが、「文章を書く・直す」ことを生業とする人物だと言えるでしょう。

「答えに辿り着けていない『ぐるぐるの過程』」を知れる機会というのは、実はそう多くないと思います。どんな主張にも、どんな成果物にも、そこにたどり着くための試行錯誤があるはずですが、なかなかそこまで垣間見ることは難しいものです。

著者の「ぐるぐるの過程」を知ることで自分の頭の中が整理されることもあるでしょうし、「他の人もこんな風に悩んでるんだ」と安心できる可能性もあります。本書の一番の効用はこの点にあると言えるでしょう

そしてそれを大前提とした上で、著者なりの思考や価値観の鋭さが光り、「なるほどこんな風にも考えられるのか」「その視点はなかった」という感覚を抱くことができるのも本書を勧める理由です。

「分かりにくい」からこそ価値がある

本書は決して「分かりやすい作品」ではありません。著者が言うように「さらさら読める文章でもありません」。それは、著者の「ぐるぐるの過程」に並走する形で、読者も一緒に考えながら読まなければならないからという理由もあります。

しかし他にも、こんな理由が挙げられるでしょう。著者は「言語化しにくいものにこそ目を向けている」のだと

「何かに悩んでいる」という状態には、「名前がついていない」という場合も多いだろうと思います。例えば「引きこもり」や「フリーター」といった言葉は、割と最近できたものでしょう。「引きこもり」「フリーター」という言葉が存在しなかった時代には、自分が置かれた状態に名前がついていなかったせいで苦しかった、ということもあると思います。

それは、「病院で病名が付くとちょっと安心する」のと似ているかもしれません。身体の状態は変わっていないのに、医者から「◯◯という病気ですね」と言われると、なんだかちょっとホッとするものです。それは「名前がついたこと」によるものであり、もっと言えば、「名前が存在するようなポピュラーな病気なのだ」という安心感だと言えるでしょう。

犀川後藤

「LGBT」とか「パワハラ・セクハラ」なんかも、「名前が付いたことによる安心感」があると思う

いか

ただ、「名前が付いたことによるデメリット」も同時に存在すると思うけどね

自分が抱えているモヤモヤを上手く言い表す言葉が存在しない場合、そのモヤモヤを「既存の言葉を使って説明・解消しようとする行為」には、違和感を覚えるのではないかと思います。誰かに相談した時に、「そういうことじゃないんだよ」という感覚に陥った経験を持つ人もいることでしょう

その点でも著者は、一般的な自己啓発本とは違うスタンスを取っていると言えるでしょう。著者は、「名前が付いていないからこそ言語化が難しい事柄」に積極的にフォーカスを当て、苦心惨憺しながらなんとかそれを言葉にしようと奮闘するのです。

「名前が付いていない」ということは、「社会で共有しようと考えるほど多数の人の理解を得られていない状態」と言えるでしょう。「その感覚を抱く人が少数派」という可能性も、「多くの人が関係することなのにまだはっきりと気づかれていない」という可能性もあるでしょうが、いずれにしても「名前がないが故に見えにくいもの」を著者は捉えようとするのです。

だからこそ「分かりにくい本」に仕上がっているのだと思います。

そういう意味でも本書は、「何が問題なのかすら分からない」という状態の人にも読んでほしいと考えています。

自分の中で「問題」がはっきり分かっているなら、それに見合う「答え」を探すというスタンスはもちろん正しいでしょう。しかし悩んでいる状態というのはそもそも、「問題を正しく捉えることが難しい状況」だとも言えます

犀川後藤

誰の言葉か忘れちゃったけど、「問題を把握できたなら、後は解くだけなんだから簡単だ」っていうのは印象的だった

いか

悩み事でも学問でも、「何を解くべきか」を捉えることが一番難しいもんね

乗り越えるべき壁が見えているのなら、その壁を登るために必要な道具や訓練を想定することはできます。しかし、そもそも壁が見えていないのであれば、「どう乗り越えるべきか」を考えることなど不可能です。だから、「壁さえ見えていない」という状態で立ち止まってしまう人も多いと思います

そういう時に本書を手に取ってみると、「自分が直面していた壁はこれだったのか」と気づける可能性もあるでしょう

いくつか本書の主張に触れてみる

本書は、上述のような理由から、「一部分だけを切り出して何かを論じることにあまり意味のない作品」なのですが、それではなかなか中身の想像が難しいのでいくつか抜き出してみようと思います。

「やりたいことが見つからない」というとき、このこと自体が問題ではないと思う。まだ、社会に出て働いたこともない若者の、みんなに「やりたいこと」があるはずだと考える方が無理がある

でも、小学校から中学校、高校、大学と、ずっと「勉強」だけをやってきた人間は、「勉強でない、仕事をするとはどういうことか?」を、いったいどこで身につけるのだろうか?

私は子どもの頃から今に至るまでずっと「やりたいことがない」と思って生きているのですが、確かに社会に出てもいないのに「社会に出たら何がしたい?」と問われるのは無理があるよな、と思います。カバディを一度も経験したことがない人に「どのポジションやりたい?」と聞くようなものでしょう。「いや……やったことないから分かんない」が正解だと思うし、それは「仕事」でも同じだと思います。

犀川後藤

まあ私は、社会に出た今だって全然「やりたいこと」なんてないけどね

いか

もうちょっと何かハマったり真剣に取り組んだりできるものがあったら良かったよね

著者のような視点から「仕事」について語られることは少ない、と感じます。こういう視点を多くの人が持てれば、「じゃあ、学生時代にどうやって社会と接点を持てばいいのか」という問いを立てることもできるでしょう。

「間違った問い」に正しく答えても仕方ありません。本書を読んでまず「正しい問い」にたどり着くきっかけを作ってみてはどうでしょうか。

いま、私が魅力を感じる人は、お金とか、地位とか、権威とか、自分にはりつける強いアイテムを何ひとつ持たず、「自分はこれからだ」ともがいている人たちだ。

自分も含め、関心が、内に内に向いてしまう人がどうしてか、いま、とても多くなっていると思う。(中略)
いまの人に「自己肯定感」が育たない、というが、それも、そのはずだと思う。外に目が行かないとなると、様々な不安や憤りも行き場を失い、結局は、「自分」以外に責めるものは、なくなるからだ。

「自分をどんな存在だと捉えるか」というのは、私の人生の中でも常に大きな問題で、特に学生時代から20代前半ぐらいまではこんな悩みにずっと囚われていたと思います。

今の私はそれなりに、「何も無いなりの自分を良しとする」という地点にたどり着くことができましたが、そう感じられるようになるまでは色々と紆余曲折がありました。今もなお「生きていくのは大変だなぁ」と思っていますが、昔よりは大分マシです。

「我思う故に我あり」ではありませんが、「『思考している自分自身』について思考する」ことはなかなか難しいでしょう。そんな自分自身を捉えるメガネのようなものを本書で手に入れられるかもしれません。

そんな若い世代を見ていると、あれこれと、画策したり、獲得したり、獲得したもので自分を説明したり、誇示したり、人に勝とうとしたり、という根性がない。
だからだめだという大人もいるけれど、私には、それが「余裕」と映る

豊かさが生み出した心の「余裕」

平和だの共生だの、外から押し付けられなくても、自分を飾らず、さらりと脱いで、共感によって、つながる力を彼らは持っている。
肩書きとか、実績とか、栄誉とか、そういう自分の位置に関する、いっさいの説明ゼリフを排除したところで、人とつながる力、場とつながる力。
だから若い人は、大人より苦じゃなく、すぐ友だちができていく

本書は、学生・就活生・社会人1年目など、若い世代の人に特に響くのではないかと思っています。それは、「進路」がテーマになっているから、ということもありますが、それだけではなく、「『これだから若いもんは』という大人の思考停止を指摘してくれる」というのも理由の1つです。

若者には若者の理屈があって、その理屈の中で正しいと思うことをしているのに、その理屈を理解しない大人がとやかく言ってくる場面は多々あるでしょう。しかし著者は、普段から若い世代と「文章を書く・直す」ことで関わっていることもあり、若者が考えていることを上手く捉えていると私は感じます。

若い時は特に、「今の自分のままでいいんだ」と自分を信じることは難しいものですが、誰かに「それでいい」と言ってもらえると少し安心できる部分もあるでしょう。本書には、そんな力もあるのではないかと思っています。

著:山田 ズーニー
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最後に

非常に抽象的な話が多くて、どんな内容なのかイメージできないかもしれませんが、このような紹介の仕方がベストだと感じるほど、よくある自己啓発本とは一線を画する作品だと思います。

「まさに今悩んでいる人」「何に悩んでいるのかもよく分からない人」は是非読んでみてください。安直に答えを提示するのとはまったく違う、著者の「ぐるぐるの過程」と共に自分でも深く思考していくような読書体験を得られると思います。

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