目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
監督:森達也, プロデュース:安岡卓治
¥400 (2023/12/10 23:28時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 私は当時の凄まじい過熱報道を知っているが、それを知らないだろう若者は、映画『A』を一体どのように受け取るのだろうか?
- 信者をフラットに映し出すからこそ、「カルト宗教」という印象が少しずつ薄れていく
- 信者が様々に語る、「自身の信仰心」と、「オウム真理教に留まることの葛藤」
ある意味で「時代が生み出したドキュメンタリー映画」とも言えるわけで、同じような衝撃をもたらす作品はもう作れないかもしれない
自己紹介記事
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まさか、森達也の『A』を観られる機会がくるとは思わなかった。もちろん、何かサブスクを登録すればいいのだろうが、「映画館で上映している作品しか観ない」というルールを課している私には、その機会があるとは思えなかったのだ。そして、やはり観て良かったと思う。
ちなみに私は、森達也が映画『A』を撮っていた時のことを自身でまとめた『A』という本を読んだことがある。そちらの記事は別途書いているので、合わせて読んでいただくといいだろう。
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さていきなりだが、M-1グランプリの話をしようと思う。普通に考えて、ドキュメンタリー映画『A』の話と繋がるとは到底思えないだろう。しかし、『A』を観たのが2022年のM-1グランプリの翌日だったこともあり、映画を観ながら、お笑いコンビ・さや香が決勝で披露したネタのことが頭に浮かんだのである。
そのネタは、「男女の友情は成立するか」がテーマだった。一方が「男女の友情は成立する」と主張し、「長年友人関係にある女性がいる」と口にするところから始まっていく。その後もう一方が、「大人の関係はないんだな」とツッコむと、それに対して「一度だけ」と答えるのだ。そして、「一度でもあったらもはや友情ではないだろう」と指摘しながら、「『男女の友情は成立する』と主張する男」のおかしさを追及する展開が続いていくという流れになる。
しかし面白いことに、後半になると逆に、それまで糾弾する立場だった側が、いつの間にか糾弾されているという展開になっていく。そのスライドのさせ方がとても見事だった。錯視画像として有名な「ルビンの壺」でも見ているかのように、白黒が逆転していく様が短い漫才の中に凝縮されていたと言える。
そして私は『A』を観て、さや香のこの漫才を観た時のような感覚になったのだ。ほんの僅かな「見方の違い」によって、物事の捉え方がまったく変わっていくからである。
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「『オウム真理教』の凄まじい報道合戦」を知らない世代は、『A』をどう観るのか
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最初に観たのは、まだポレポレ東中野という名前になる前の「BOX東中野」という映画館でのことだったという。大島新は、
大げさではなく、椅子から立ち上がれないほどのショックを受けた。
と語っていた。この時は恐らく、オウム真理教がまだメディアで大きく取り上げられていた時期だったのではないかと思う。また、詳しい事情には触れなかったが、彼は「『A』を観たことがフジテレビを辞めるきっかけになった」とも言っていた。それほどまでに衝撃を受けたというわけだ。
その後大島新はドキュメンタリー作家となり、そして改めて『A』を観る機会を得た。そしてその際の感想として彼は、「実にオーソドックスな取材をされていますよね」と森達也に語るのである。上映前にトークショーが行われたこともあり、この時点では私には分からなかったわけだが、その後映画本編を観たことで、私も同様に「確かにオーソドックスな取材をしている」と感じた。
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さてここでの疑問は、同じ映画を観たにも拘らず、「椅子から立ち上がれないほどのショック」を受けたこともあれば、「オーソドックスな取材をしている」と感じたこともあるという点だ。もちろん、「初見のインパクト」は関係していると思う。しかし決してそれだけではないはずだ。というのも、トークイベントの中で2人とも語っていたことだが、とにかく「オウム真理教のメディアでの取り上げられ方」が凄まじかったのである。特に地下鉄サリン事件の時などは、「オウム真理教は問答無用で絶対悪」という感じだったし、朝から晩までありとあらゆるメディアがオウム真理教のことを流し続けていたのだ。そのような状態が、半年から1年ぐらい続いていたように思う。
想像してみてほしい。メディアでは、「オウム真理教は極悪非道だ」というニュースが連日連夜報じられている。オウム真理教の信者と見れば「犯罪者だ」とでも言わんばかりの扱いを、メディアがしていたのだ。そういう状況下で、「オーソドックスな取材」をしている『A』を観たらどう感じるだろうか。やはり、「椅子から立ち上がれないほどのショックを受ける」のではないかと思う。
映画『A』にはそもそも、このような特異性があったと言っていいだろう。そしてそう考えると、「オウム真理教を巡る凄まじい報道合戦を知らないはずの若い世代は、『A』を一体どのように捉えるのだろうか?」という点がとても疑問に感じられる。
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トークショーの中で2人は観客に向かって、「『A』を初めて観る方はどれぐらいいますか?」と質問していた。壇上からは若い人が多いように見えたらしく、初見なのかどうか確認したくなったのだろう。そして私を含め、観客の多くが手を挙げていた。
40歳を超えている私は、オウム真理教に関する凄まじい報道をリアルタイムで経験している。私の場合は特に、出身が静岡県なので、余計に苛烈な報道に接していたはずだと思う。教団施設があった上九一色村や富士宮市は、私の地元からかなり近いのだ。他の地域のことは知らないが、たぶん静岡県では他の地域にも増してオウム真理教が大きく取り上げられていたのではないかと思う。
また、これは個人的な関わりでしかないのだが、オウム真理教は私のライフイベントとも絡んでさらに強く記憶に残っている。私は自分の過去の記憶をスパスパ忘れてしまうので、正直子どもの頃のことなどほとんど覚えていない。しかし、「地下鉄サリン事件が起こった日に小学校の卒業式だったこと」、そして、「麻原彰晃が逮捕された日に中学校の遠足があったこと」は何故か覚えているのだ。
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その後も、「9.11」や「東日本大震災」など、世界の歴史に刻まれるだろう様々な出来事が起こり、メディアで報じられたわけだが、やはり私の中では「地下鉄サリン事件」「オウム真理教」は非常に強烈な記憶として残っている。事件に優劣もないのだが、オウム真理教はやはり別格の存在なのだ。
その背景には間違いなく、「テレビ」の存在が大きく関係していると思う。私が子どもの頃は、今とは比べ物にならないほどテレビの力が強かったはずだからだ。というか、テレビしかなかったのである。
現代は、YouTubeや各種SNSなど、メディアと呼ばれる存在が山ほど氾濫している時代だ。それはつまり、「『みんなが同じものを見ている』という状態がほとんど存在しなくなった」ことを意味するだろう。確かに、情報の収集という意味ではとても良い変化だと言える。もちろん、デマも増えたわけで、これまで以上にリテラシーが求められる時代にもなっただろう。しかし、きちんとしたリテラシーさえ持てるのであれば、多種多様な情報に触れられる環境はとても良いと感じている。
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しかし、一昔前は違った。メディアと言えばテレビか新聞か雑誌ぐらいしかなかったわけだし、やはり私が子どもの頃には、その中でも圧倒的にテレビが強かったはずだ。だから、社会で何か起これば、みんなテレビを観た。そして他に情報を得るツールなど存在しないのだから、当然、「テレビでどう報じられたか(あるいは報じられなかったか)」こそが世論の形成に最も大きな影響を与えたはずだと思う。
当時のテレビは、オウム真理教を「絶対悪」として映し出し続けた。それは当然の判断だっただろうとは思う。しかし、『A』はまったく異なる手法を取った。森達也は、「オーソドックスな取材」を通じて、善悪の判断を入れ込まない視点でオウム真理教を捉えたのだ。大島新が感じた「椅子から立ち上がれないほどのショック」は、「オウム真理教を『絶対悪』として描かないスタイル」や「オウム真理教を『絶対悪』だと思い込んでいた自身のあり方」に対してのものだろう。オウム真理教の凄まじい報道をリアルタイムで体感した私にも、彼のその「ショック」はとてもよく理解できた。
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そしてだからこそ私は、当時のすさまじい報道を知らない若い世代が、映画『A』を観てどう感じるのかにとても興味がある。「何が凄いのか分からない」という感覚になるのではないかという気がするからだ。
それは、私が黒澤明監督作の映画『七人の侍』を観た時の感想に近いと思う。「不朽の名作」と言われるような作品だということぐらいは知っていたので、以前映画館で観たことがある。4時間もある映画だということさえ知らなかったのでその点には驚かされたが、映画を観終えた私は、「この映画の何が凄いのか、さっぱり理解できない」と感じたのだ。
その後『七人の侍』について調べ、ようやく状況が理解できた。『七人の侍』はなんと、「私たちが今当たり前のように触れている物語の『フォーマット』を生み出した作品」らしいのだ。つまり『七人の侍』が上映された時には、そんな「物語のフォーマット」など存在しなかったのである。そりゃあ驚くのも当然だろう。しかし私たちは既に、黒澤明が生み出した「物語のフォーマット」を当たり前のものとして受け取っている。だから私には、『七人の侍』の凄さが分からなかったというわけだ。
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同じことが、「オウム真理教の凄まじい報じられ方を知らない若者」にも起こり得るのではないかと、私は『A』を観ながら感じたのである。
「切り取り方」によって印象はこれほどまでに変わる
冒頭で私は、さや香の漫才のネタの話をした。ざっくり要約すれば、「『明らかに間違っている』と思われていた側が実は正しく、『明らかに正しい』と思われていた側が実は間違っていた」という状況を実に上手く描き出し、漫才のネタに昇華していた、という内容である。
そしてまさに同じような感覚を、映画『A』を観ながらも実感出来るはずだ。
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先ほどから書いている通り、地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教は、メディアを通じて「絶対悪」のような描かれ方をしていた。もちろん、実行犯に非があることは当然なのだが、当時は「オウム真理教に関するすべて」が「極悪非道」であるかのように受け取られていたのだ。
一方、観れば分かるが、映画『A』において森達也は、実にフラットにオウム真理教信者と関わっている。まさに「オーソドックスな取材」というわけだ。信者を良く捉えることもない代わりに、悪く捉えることもない。世間が「オウム真理教」のことで大騒ぎしている時に、信者たちがどのように生活しているのかをそのまま映し出しているのだ。これだけで、当時の報道を知る人間からすれば「驚愕のドキュメンタリー」という捉え方になる。
さて、ここで少し、映画『A』の誕生の経緯に触れておこう。
元々は、フジテレビの番組の企画として始まったのだそうだ。そして、共同テレビジョンという制作会社に勤務する一介のサラリーマンだった森達也は、この企画に関わることになった。しかし撮影が始まって2日後、フジテレビと共同テレビジョンは議論を行ったという。何についてか。それは、森達也が撮ってくる映像についてである。
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「オウム真理教が悪く描かれていないじゃないか」と問題視されたのだ。
当時の報道を記憶している身からすれば、その感覚も分からないではない。当時はどのテレビ番組を観ても、「オウム真理教は絶対悪だ」と声高に訴える内容のものばかりであり、「良く描く報道」どころか「悪く描かない報道」さえ一切なかった。現代であれば、テレビが行き過ぎた報道をした場合、ネット上で「あれはおかしい」「やり過ぎだ」などと言った声が上がったりもするだろう。様々なメディアの報道を総合的に判断するなら、昔よりは「一面的な捉え方」は減ったと言えるかもしれない。しかし、テレビが強い影響力を持っていた時代には、「テレビが描いた姿こそが真実である」みたいな雰囲気がどこか社会にあったと思う。そして、当時のテレビは揃いも揃って「オウム真理教は極悪非道だ」とやっていたのだから、そんなオウム真理教を「悪く描いていない」というだけでも、十分「問題視」される理由になるというわけだ。
議論の末、森達也が関わっていた企画の中止が決まった。しかし森達也はなんと、休日を使って独自に撮影を継続したのだ。そして、そのことが会社にバレてクビになったため、どうにか「自主制作のドキュメンタリー映画」として完成させたのが『A』なのである。ある意味で、「『当時のマスコミの風潮』が生んだ作品」と言っていいだろうと思う。
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さて、ここで少し、映画『A』の中身について触れておこう。『A』はとにかく、オウム真理教をその内部から映し出したドキュメンタリーである。森達也は、逮捕された上祐史浩に代わって広報の責任者の立場にいた荒木浩という信者と連絡を取り、彼に密着していた。そしてその過程で教団施設の内部にも入り込み、そこで生活する信者の普段の様子もカメラに収めていくのである。基本的にはそのような内容の作品だ。
これだけでも十分凄いのだが、より特徴的だったのは、「オウム真理教の内部から、『マスコミ』や『世間』を切り取ったこと」だろう。当時マスコミの人間で、オウム真理教の教団施設への出入りが許されていたのは森達也だけだったはずだ。というか、書籍の方の『A』には、「教団内部を撮らせて欲しいと荒木浩に願い出たのが森達也だけだった」みたいに書かれていた。まあ確かに普通の人間なら、「教団内部に入り込むことなど無理だろう」と考えて、依頼さえしないとは思う。
さて当然のことながら、「荒木浩に密着する」のであれば必然的に、「荒木浩が対応しているマスコミも撮る」ことになってしまうだろう。そして、森達也がトークショーの中で、
マスコミの醜悪さを殊更に暴き立てるつもりなどなかった。
と語っているのが皮肉に感じられるくらい、映画はまさに「マスコミの醜悪さ」が如実に浮かび上がるような作品に仕上がっていると言える。少し前に行われた、ジャニー喜多川の性加害を認めた旧ジャニーズ事務所の記者会見においても「マスコミの醜悪さ」が露呈したが、もしもその様子を旧ジャニーズ事務所側から撮影するカメラがあったとしたら、それこそが森達也の視点だったと考えればいいだろう。相当特異な状況でカメラを回していたと言っていいと思う。
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オウム真理教に関する当時の報道に触れていた私は、当然、「オウム真理教は絶対悪だ」と考える側の人間だ。今でも、基本的にはそう考えている。しかし、映画『A』を観て改めて、「私は漠然と、『オウム真理教』を広く捉えすぎていた」と思い知らされた。確かに、地下鉄サリン事件などの犯罪事件を計画・実行した者たちは「絶対悪」であり、その判断に躊躇はない。しかし一方で、「上層部の計画など何も知らずに、ただオウム真理教に所属していた信者」までもが「絶対悪」なのかについては、判断を保留する必要があるだろう。そして私は、あまりに苛烈な報道に触れていたためにその両者を混同してしまい、「どちらも絶対悪だ」と捉えていたことに気付かされたのだ。
そしてそのように感じさせられたことで、「もしかしたら『悪』なのはマスコミの方なのではないか?」という視点さえ生まれた。まさにさや香のネタのような状況である。森達也はその後も、「マスコミが描き出す『正義』は本当に正しいのか?」という視点からドキュメンタリーを多く制作しているが、映画『A』はまさにそのことを痛烈に突きつける1作だったと思う。
さて、書籍の『A』に書かれていたが、森達也は荒木浩との撮影交渉において、「モザイクは一切つけない」という条件を強固に押し通したそうだ。その理由については『A』の記事を読んでほしいが、そういうスタンスで制作した映画だからこそ、当然、森達也のカメラに映るマスコミ人にもモザイクは掛けられていない。この点について、トークショーの中で面白いやり取りがあった。
発端は、大島新が「映画の中に映っているマスコミ関係者から文句を言われたことはないんですか?」と質問したことだ。森達也はそれに対して「直接的にはない」とまずは返答した。しかし、文句というわけではない「言及」は色々とあったそうだ。例えば初対面の相手と雑談をしている時に、「私、実は『A』に少しだけ出ているんですよね」と言われたり、あるいは飲みの席で「身内(マスコミ)に刃物を突きつけやがって」と笑いながら突っかかられたりしたことはあるという。森達也の関心は「オウム真理教」にあったわけだが、結果として作品のメイン級のテーマになってしまった「マスコミ」の存在が、映画『A』においていかに大きいのかを実感させるエピソードと言えるだろう。
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さて、誤解されないように先に書いておくが、私は「日本犯罪史に残る凶悪事件を起こしたこと」に対するオウム真理教という組織の責任は、どんな弁解をしようが免れようがないと考えている。まあ当然だろう。また、麻原彰晃が裁判で何も語らなかったため結果的には何も明らかにはならなかったものの、「地下鉄サリン事件を始めとする凶悪事件が、麻原彰晃の指示の元で行われたこと」もまた間違いないだろうと考えている。つまり、「オウム真理教という組織だけではなく、麻原彰晃の近くにいて、計画の片棒を担いだり、あるいは実行犯にはなっていないが計画を知っていた者たちも、責任を回避することなど出来るはずがない」というのが私の考えだ。
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しかし一方で、「ただオウム真理教に属していただけの人」を同罪と捉えるのは無理があるとも考えている。いや、やはり、「オウム真理教が凶悪事件を起こしたことを知った上で入信した人」のことは、ちょっと好意的には受け取れないかもしれない。しかし、「凶悪事件を起こす前の時点で既に入信していた人」は、どちらかと言えば「被害者」ではないかと思う。まあ、凶悪事件を起こそうが起こすまいが、私は「宗教」全般に対する嫌悪感を強く抱いてしまうタイプなので、どんな宗教であれ「熱心な信者」みたいな人はあまり好きになれない。ただその話は一旦脇に置いて、「『凶悪事件を起こしたオウム真理教』と『オウム真理教の信者』は基本的に切り離して考えているつもりだ」という主張である。
この考えに賛同できない人もいるだろうが、とりあえずこの記事は、私のそのようなスタンスを前提に書かれたものとして読んでほしい。
「映画『A』では、信者たちの普段の生活がそのまま映し出されている」と書いたが、それらを見て感じた印象は「真面目な努力家」である。森達也は一般信者にインタビューも行っており、彼らがどのような価値観の中で生きているのかについても質問していた。多くの信者が、「修行によってあらゆる欲を手放し、カルマの解放を目指す」みたいなことを口にするのだが、その意味は私には良く分からない。ただ、「自身が目指すべきと考える目標が明確に存在している」「その目標に向かって努力を惜しむつもりがない」という意味で、非常に真面目で誠実な人たちであるように私の目には映った。
特に印象的に感じられたのは、「『してはいけないこと』が非常に少ないように見えた」ことだ。以前、カズレーザーが司会を務める教養番組『カズレーザーと学ぶ。』で「マインドコントロール」が扱われていたのだが、その中で、「一般的な宗教」と「カルト宗教」の違いについて触れられていた。カルト宗教の特徴は「社会と無理やり断絶させる」ことだそうで、「様々な『制約』を与えることによって家族や社会との繋がりを絶たせ、孤立状態にさせることで、思考を硬直させる」というのがよくあるやり方なのだそうだ。
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そういう観点で捉えた場合、オウム真理教には「制約」はかなり少ないように思えた。もちろん、「殺生はしてはいけない」など、教義によって定められた大枠の「制約」は存在するはずだ。しかし、それさえ守っていれば、信者たちの行動や思考を縛り付けるものはほとんど無いように見えた。本当に「自由意志でそこにいる」という印象を与える人物がとても多かったことが印象的だったと言える。
「してはいけないこと」に関しては、次のシーンが一番興味深かった。森達也がある信者に向かって、こんな質問をする場面でのことだ。
仮の話ですけど、(逮捕された)麻原彰晃が土下座して「自分だけは助けてくれ」と命乞いをしたって情報が入ってきたとしたらどうですか?
この質問に対して信者は、森達也と以下のようなやり取りをする。
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それでも、全然大丈夫ですね。
――それは、そういう情報を信じないということ? それとも、信じた上でも大丈夫ということ?
もし自分の目の前で土下座したとしても、僕の考えは変わらないです。最終的な解脱に導いてくれるのは、尊師しかいないと確信しているので。
さて、この信者の発言・考え方そのものはかなり「狂信的」に思えるし、ちょっと受け入れがたいと感じた。ただ私が気になったのは、「もし自分の目の前で土下座したとしても」という発言だ。私がなんとなくイメージする「カルト宗教」では、このような発言をすること自体が許容されないような印象がある。つまり、「誰かから『教祖が土下座して助けを乞うたとしたら?』と問われた場合には、『教祖は土下座などするはずがない』と強く否定しなければならない」みたいな雰囲気があるのではないかと思っているのだ。そんな風に「思考を限定させる環境」の中に信者を置くことによって、「カルト宗教」は成り立っているのだと私はイメージしているのである。
しかし、映画『A』で映し出される信者からは、そのような雰囲気をまったく感じなかったのだ。
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他にもこんな場面があった。映画では森達也が、麻原彰晃が逮捕された後に代表代行を務めた村岡達子に、
(地下鉄サリン事件などの)事件に(教団の)関与があったんだって思いますか?
と質問している。
それに対して彼女は、
今は「あったかもしれない」ぐらいにしか言えない。ただ、林さんの証言なんかを聞いているとかなり具体的で、だから林さんはきっとそういう行為を実際に行ったんだろうなと。
と答えていたのだ。
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これもまた、普通にはなかなか出来ない発言であるように思う。もちろん、彼女は一般信者とは立場が違うので、自身の責任の範囲でより踏み込んだことを言いやすい立場にあったとも言えるかもしれない。しかしそれにしても、問われている内容は「教祖の責任」についてなのである。「制約」に塗れた組織であれば、おいそれと答えられる質問ではないだろう。
あるいは、村岡達子にしても先の信者にしても、「『森達也のカメラの向こう側にいるだろう一般大衆』を意識して、『オウム真理教の印象を間接的に高める』ための発言をしている」という可能性もあるかもしれない。そうだとしたら、それを見抜けなかった私が愚かだということになるのだが、しかし本当にそうだろうか? 先の信者の方が顕著だろうが、発言全体を捉えれば、決して「オウム真理教の印象を高める」ような内容のものではないと思う。主張内容としてはやはり「狂信的」という印象の方が強くなるはずだからだ。
印象を良くしたいということであれば、もう少し言いようがあるんじゃないかと思う。だから逆説的に、「彼らは特に取り繕うことなく本心を口にしているのではないか」と私は感じたのだ。このような信者たちの「フラットさ」が、全体を通じてとても印象的だった。
事件後もオウム真理教に留まり続ける信者たちの「信仰心」について
村岡達子が、自身の信仰心についてこんな風に語る場面がある。
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人間の社会っていうのは矛盾があるわけじゃないですか。(※その後で、「戦争に勝てば人を殺しても裁かれない」など、人間社会が持つ矛盾に対する違和感を具体的に口にする。)そういうことに、子どもの頃から疑問を抱き続けてきたんですけど、それに納得の行く答えをくれたのは、これまで尊師しかいないんです。
まあ、こういうことを言うと「マインドコントロールされてる」』なんて言われちゃうんですけどね(笑)
ただ、(尊師が逮捕されたからと言って)自分の体験・経験として体得してきたことがあるから、そういう信仰が揺らぐことはないですね。
ここでも、信者の側から「マインドコントロール」という言葉が出てくるわけで、映画『A』に映る信者だけ見ていると、あまり「カルト宗教」には見えない。
さて、記憶に新しいと思うが、少し前に旧統一教会に関する報道が加熱した。そしてその中で、「マインドコントロールを規制する法律を作る」みたいな話が出たことがあるのだが、「マインドコントロールを定義することはとても難しい」という指摘がなされていた記憶がある。確かにその通りだし、オウム真理教の信者が「マインドコントロール下に置かれていた」のかどうか、素人の私には判断のしようがない。
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ただ映画の中で、何人かの信者が村岡達子と似たようなことを言っており、なんとなく私は「マインドコントロール下にはない」ような印象を受けた。ある信者など、「グルがどんな人物であっても構わない」と断言していたほどだ。これは、「麻原彰晃がどんな人物でもついていく」という狂信さではなく、むしろ「依って立つものは既に自身の内部にあるのだから、麻原彰晃の存在に頼る必要はない」という宣言であるように私には感じられた。
もちろん、すべての信者がそうなわけではない。中には「狂信的」と感じさせられる意見もあった。最もインパクトがあったのは、森達也が「麻原彰晃が逮捕されたことについてどう捉えているのか?」と質問した時の返答だ。ある信者は、なかなか驚くべき解釈をしていた。
弟子たちがあまりに修行しないから、修行を促すために演技をしているのだ。
意味が分かるだろうか? つまり麻原彰晃は、自ら逮捕され、オウム真理教が世間から猛烈に批判されるような状況を意図的に作り出すことで、「『その程度のことで諦めてしまう人間』を炙り出そうとしている」というのである。さすがにそれは、無理がありすぎる解釈だろう。
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また他にも、
世間から批判されているこの状況は、自分がオウム真理教の教えをどれだけ体得しているか、どれだけ体得し得るかの実地訓練のようで、良かった。
と、非常に楽観的な意見を口にする信者もいた。そしてこれもまた、「『教祖が逮捕されたという事実』に対して、『特に何も感じていない』ことを示唆する発言」であり、「こういう発言をしても問題視されない心理的安全性のある環境」なのだと思わされたのである。
さて、森達也は基本的に荒木浩に密着しているわけで、彼に対してももちろん厳しい問いをぶつけていた。例えば、森達也がある場面でした質問は、大雑把にまとめると以下のようになる。
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確定こそしてはいないものの、事件にオウム真理教が関わっていることはほぼ間違いない。そして、どんな形であれ社会の中で生きているのだから、社会の規範は守るべきだ。だから、「社会の規律を蔑ろにした」という点で、社会は君たちに謝罪を求めているというのが現状だと思うが、その点についてどう感じるか?
こう聞かれた荒木浩は、長い沈黙を経て次のように答える。
1つ受け入れると、オウム真理教に対する世間のイメージすべてを受け入れることになりませんか?
「色々あったけど云々」みたいな中途半端な対応は私には出来ませんよ。「じゃあなんでまだ教団に留まってるんだ」って聞かれたら、答えられなくなるじゃないですか。
私は以前、地下鉄サリン事件の被害者である監督が荒木浩に密着した『AGANAI』(2021年公開)というドキュメンタリー映画を観たことがある。もちろん、映画『A』よりも先に観ているので、私の中の「荒木浩」のイメージは、『AGANAI』によるところが大きい。彼はとても誠実に自身や社会と向き合おうとしているように私には見えたし、それは先の返答からも感じ取れるのではないかと思う。かなり困難な状況に置かれ葛藤しつつも、「自身が信じて飛び込んだ世界を無下にしたくない」という想いに彩られた苦しさがその返答には込められていたように感じられた。
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荒木浩はまた、映画『A』の中でこんな風にも語っている。
オウム真理教に出家する前より「社会」に深く関わっているから、今からさらに出家したい。
これは要するに、「そうしたいけれど、広報副部長という立場ではそれが出来ない」という意味だろうし、であるならば、まさに荒木浩の責任感を表す言葉だとも受け取れるだろう。そもそも普通なら、森達也のような「マスコミの人間」を内部に招き入れる判断をしたりするはずがないわけで、そういう意味でも、荒木浩という人間の誠実さみたいなものが強く感じられる作品だった。
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この記事では、主に「マスコミの描かれ方」と「信者の生活」に触れたが、それ以外にも興味深い場面は多々ある。例えば、本で読んで存在自体は知っていた「転び公妨」がカメラの前で行われ、実際に逮捕に至る場面が映し出されたのには驚かされた。「転び公妨」とは、警察(特に公安警察だろうか)の常套手段で、「逮捕したい相手の前で勝手に転び、『お前が転ばせたんだ』と言って公務執行妨害で逮捕する」という凄まじいやり方である。こんな自作自演みたいなやり方で実際に逮捕に至るケースが存在するという知識はあったが、まさにそれがカメラの前で行われていたことにビックリしてしまった。
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一方で、別の意味でリアリティを感じた場面もある。服装に頓着しない荒木浩が、ある公の場に立つという機会に、スーツはちゃんと着ているものの、サンダル履きで来てしまったことがあったのだ。困った彼は、隣にいた人から直前に革靴を借りてどうにか難を逃れたのだが、そういう実に人間的な姿も収められている。普通なら何でもない場面だと思うが、「オウム真理教は絶対悪だ」という頭でこの映像を観ると、とても奇妙なものに映るだろう。そのような「視点の転換」を体感させられるという意味でも興味深い映画だった。
本当に、観られて良かったなと思う。
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タイとラオスにまたがって存在する少数民族・ムラブリ族に密着したドキュメンタリー映画『森のムラブリ』。「ムラブリ族の居住地でたまたま出会った日本人人類学者」と意気投合し生まれたこの映画は、私たちがいかに「常識」「当たり前」という感覚に囚われているのかを炙り出してくれる
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プーチン大統領の後ろ盾を得て独裁を維持しているチェチェン共和国。その国で「ゲイ狩り」と呼ぶしかない異常事態が継続している。映画『チェチェンへようこそ ゲイの粛清』は、そんな現実を命がけで映し出し、「現代版ホロコースト」に立ち向かう支援団体の奮闘も描く作品
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