目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
監督:ジュスティーヌ・トリエ, Writer:ジュスティーヌ・トリエ, Writer:アルチュール・アラリ, 出演:ザンドラ・ヒュラー, 出演:スワン・アルロー, 出演:ミロ・マシャド・グラネール, 出演:アントワーヌ・レナルツ, 出演:サミュエル・タイス
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ポチップ
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 夫殺しの容疑で起訴されたベストセラー作家が、「裁判」の場で翻弄される物語
- 「実際には何が起こっていたのか」が分からない場合は、「それを真実だと信じるに足る根拠」を積み上げることによって「真実を”決める”」しかない
- 公開初日に劇場を満員にしたお客さんは、一体どこからやってきたのだろうか?
「『っぽく見えるかどうか』に左右される」という不安定さが付きまとう「裁判」の描写が非常に興味深かった
自己紹介記事
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記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
映画『落下の解剖学』が突きつけるのは、「『客観的な正しさ』にはたどり着けない」という、私たちが生きる社会が有する不安定さである
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非常に興味深い作品だった。「人が死ぬ」という以外は大きな起伏のない物語なのだが、その「死」を巡って様々な状況が描かれる作品で、淡々と展開される割に惹きつける力の強い物語だったなと思う。
というかそもそも、「よくもまあこんなシンプルな設定・展開で映画を撮ろうと考えたものだ」という感覚が結構強かった。「その『死』は殺人なのか」が特にスペクタクルなわけでもない展開によって描かれていくだけの物語であり、人によっては「退屈」とさえ感じるんじゃないかと思う。そんなシンプル過ぎる物語で勝負しようと考えたことに驚かされてしまったのだ。
さて、これは書いてもネタバレにはならないと思っているのだが、私は割と早い段階で、「本作は『事件の真相を明らかにするタイプの作品』ではない」と理解していた。何故そう感じたのかは上手く説明出来ないのだが、「『殺人か否か』に対する答えはきっと出ないのだろう」と考えていたのである。恐らく観ていれば、大体の人がそう感じるのではないかと思う。
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では一体何に焦点が当てられているのだろうか? その辺りの説明のために、まずは本作の内容をざっくり紹介し、中心的に描かれる「死」についても触れておくことにしよう。
映画『落下の解剖学』の内容紹介
舞台は、家族3人が住む、フランスの雪深い山奥に建つ家。妻のサンドラはよく知られたベストセラー小説家で、夫のサミュエルは作家を目指しつつ教師の職に就いている。2人はロンドンで出会い、そしてサミュエルの希望に沿う形で、彼の故郷であるフランスへと移り住んできた。そんな夫は、この地で民宿を始めようと建物の改装に勤しんでいるところだ。また、移住してきたサンドラはフランス語があまり得意ではないため、2人は普段英語で会話をしており、さらに1人息子のダニエルは4歳の時に遭った事故のせいで視力を基本的には失っている。そんな一家を、悲劇が襲う。
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事件の日、作家を目指しているという学生がインタビューのためにサンドラを訪ねてきた。しかしその最中、階上で仕事をしているサミュエルが爆音で音楽を流し始める。会話もままならない音量のため、仕方なくインタビューを諦めてもらうことにした。サンドラは彼女に再会を誓う。
その後、愛犬スヌープの散歩に出かけていたダニエルが戻ってきた。しかし、家に近づくやスヌープは大声で吠え始める。目の見えないダニエルにはすぐには状況が理解できなかったが、しばらくして彼は、雪上で横たわっている父親を発見し、大声で母親を呼んだ。サンドラは救急車を手配したが、その後サミュエルの死亡が確認される。
検視の結果、サミュエルの頭部からは傷が見つかり、総合的に判断して「死亡する前に殴打された可能性が高い」と推定された。であれば、殴られたせいでベランダから落ちたのだろうか。あるいは、サミュエルの落下地点付近には物置があり、地面に落ちる直前にその壁にぶつかった可能性も考えられた。事故、殺人、自殺、どの可能性もあり得なくはない。
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警察は、サンドラを起訴すべきかどうか慎重に判断を行った。サミュエルが落下した時、家にはサンドラしかいなかったのだから、疑われるのも当然だ。そこで彼女は、友人の弁護士ヴァンサンに助けを求めた。ヴァンサンはまず友人として彼女にアドバイスをし、その後、サンドラが殺人容疑で起訴されてからは弁護士として協力するのである。
裁判では当然、「事故なのか、殺人なのか、自殺なのか」が議論された。しかし、両者とも状況証拠はこそ提示できはするものの、「何が起こったのか」をはっきりと推定させるような証拠を出せはしない。そのため、傍証となるようなサンドラ・サミュエル夫妻の様々な過去が炙り出され、法廷の場に並べられていく。
さらに、この裁判を一層ややこしくする要素が存在した。それは、「サンドラの小説は基本的に、彼女の『実体験』がベースになっている」という事実である。彼女はこれまでにも、「父親との関係」や「息子の事故」などを自身の小説に取り込んできた。そのため裁判においては、「夫婦関係を明らかにするため」という理由で、彼女の小説がある種の「証拠」のように扱われていくことになるのだ。
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また、「彼女がプライベートを小説に書いている」というのは恐らく広く知られた事実であり、さらに彼女はベストセラー作家である。そのため、この事件・裁判の行方に世間も注目しているというわけだ。
果たして、裁判の行方はどうなるのか?
「真実は当事者にしか分からない」という点に焦点が当てられていく
本作で何を描こうとしているのかは、友人の弁護士ヴァンサンのセリフから推察することが出来るだろう。
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ある場面でサンドラはヴァンサンに、「私は殺していない」と訴える。友人としてはサンドラのこの言葉を肯定してあげたかったに違いないが、今後の推移のことも踏まえてだろう、弁護士である彼はこんな風に返していた。
問題はそこじゃない。
では一体何が問題なのか。それについては、別の場面でヴァンサンがサンドラに伝えるこんな言葉から理解できるだろう。
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事実かどうかは関係ない。
君が人の目にどう映るかだ。
つまり、「サンドラが夫を殺したように見えるか見えないか、それだけが問題だ」というわけだ。そしてこの点こそが、本作の中心的なテーマであると私には感じられた。つまり、「『正しさ』とは『見つけるもの』ではなく『選ぶもの』である」みたいなことだ。
この点については、後半でさらに印象的なセリフが出てくる。具体的な状況には触れないが、ある人物が次のように言う場面があるのだ。
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客観的に判断するには情報が不足している時は、極端な2つの選択肢の内のどちらかに決めるしかない。
そして突き詰めて考えれば、このシーンと、この後に続く展開こそが、本作の「核」と言っていいのだと思う。
少し前のことにはなるが、私たちは「真実相当性」という言葉をよく耳にしていたはずだ。松本人志の性加害疑惑が報じられる際によく使われていた言葉である。大雑把に説明すれば、「仮に報道内容が間違っていたとしても、報道機関が『それを真実だと信じるに足る根拠』を有しているなら、その『誤った報道』は『名誉毀損』には当たらない」という話だ。
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そしてこの「真実相当性」という考え方はそのまま、「裁判」という仕組み全般に当てはめられるものだと思う。一般的にどの程度理解されているのか分からないが、「裁判」というのは決して「真実を明らかにする場」ではない。「防犯カメラの映像」や「凶器についた血痕」など明白な証拠が存在するなら話は別だが、先に触れた性加害など「密室で行われた出来事」などの場合は客観的な証拠を入手するのは困難だ。そうなると、「実際に何が起こったのか?」は当人にしか分からないということになる。
しかしそれでも、社会を適正に運営するためには、「法によって善悪の決着をつける」というシステムは不可欠だ。そのため「裁判」というのは、「それを真実だと信じるに足る根拠」を出来るだけ積み上げることによって、「これが真実である」と結論づける仕組みになっているのである。「真実相当性」の話にとても近いと言えるだろう。
そして本作『落下の解剖学』は、そんな「裁判の本質」を徹底的に突き詰めていくような作品なのである。
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「客観的な真実」にたどり着くことなど出来ない
「明確な証拠が存在しない状態でも裁判を行うしかない」という本作のような状況においては、「憶測に憶測を重ねる」みたいな展開になりがちだ。「裁判になった以上は、何らかの結論を導かなければならない」わけで、そのため、ある種「何でもありの主張合戦」みたいになっていくのである。
例えばこんな場面。「学生が家にやってきた時、サミュエルが爆音で音楽を流した」と先述したが、その時の曲が50セントの『PIMP』だったと明かされ、さらに「女性蔑視」を歌った曲だという事実に触れられる。そしてそのような事実を踏まえた上で検察は、「サミュエルは『女性蔑視』のような意図を込めてこの曲を流したのではないか?」とサンドラに問うのだ。私にはなかなかムチャクチャな主張に思えるのだが、逆に言えば、「こんな主張をするしかないほど、犯行を明確に示せる証拠は存在しない」ということなのだろう。
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さて、この問いに対してサンドラは、「夫はよくその曲をかけていたので、『女性蔑視』のような意図はないと思う」と返していた。「まあそうだろうな」と感じさせる返答である一方で、すでにサミュエルは亡くなっているわけで、「夫がこの曲をよくかけていた」という話が事実かどうかもまた分からないのである。結局のところ、真実は分からないというわけだ。
また、これは後半の展開に結構触れる話なのだが、「作家志望だった夫が、執筆のネタ集めのためにサンドラとの日常会話を普段から隠し録りしていた」という事実が明らかになってからの展開も実に興味深かった。なんと実際に、その音声が法廷で流されるのである。流れたのは確か、サミュエルが命を落とす前日の会話だったと思うのだが、その事実を踏まえつつ聞くと、サンドラに対する印象がまた違ったものに感じられるはずだ。
この音声だけを聞いた場合、「サンドラはかなり酷い人物なんじゃないか」みたいな感覚になるだろうと思う。そしてその印象は、「やはりサンドラが夫を殺したのかもしれない」という心証へと繋がっていくことだろう。しかし、サンドラが法廷で語っていたのだが、夫婦関係には波があるものなのだそうだ。私は結婚していないが、まあなんとなく想像は出来る。そしてサンドラは、「この時は確かにそんなやり取りをしたが、しかし、これが私たち夫婦のすべてではない」という主旨の答弁をするのだ。確かに、音声データのこのやり取りだけで夫婦関係を推定されるのも嫌なものだろう。
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ただ、ここまで繰り返し書いてきたように、「裁判」においては「っぽく見えるか」が重要だ。特に、客観的な証拠が無い場合にはなおさらだろう。そのような場合、「信憑性のある人物による証言」が「っぽいかどうか」の判定のために重要となるが、この点に関してサンドラはかなり不利な状況にある。というのも、彼女はドイツ出身で、ロンドンで夫と出会い、その夫の故郷であるフランスに移住しているため、周りにさほど親しい友人がいないのだ。もしかしたら、「ベストセラー作家」という属性が、余計に「気心知れた友人」を作る妨げになっていたりもするのかもしれない。本作を観る限りでは、サンドラにとって「親しい友人」と言えるのはヴァンサンぐらいのようである。
そのため彼女は、自分で自分のことを語るしかなくなってしまう。しかし、やはりそれは信憑性に乏しいだろう。また、当然と言えば当然だが、息子ダニエルの証言も「身内の証言」としてあまり重要視されない。そしてそんな状況だからこそ、サンドラが出版した小説の一節が法廷で朗読されるような事態にもなっていくのである。
そんなわけで観客も、「一体何が真実なのか?」と翻弄されてしまうというわけだ。さらに、本作は「真相」を提示してはくれない。そのため、「何が真実なのかを自分で決めるしかない」という、作中の登場人物と同じような立場に置かれたまま放り出されてしまうのである。
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満員の観客は一体どこから来たのだろうか?
最後に、「満員の観客は一体どこから来たのか?」であるという話をしてこの記事を終えようと思う。私自身も公開直後に観に行ったわけだが、「この作品で劇場が埋まっている」という事実に私は少し驚かされてしまったのだ。
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私はちょっと特殊な人間なので、本作の『落下の解剖学』というタイトルを目にした瞬間に「これは観よう!」と決めた。というのも、「普通なら『解剖学』なんてタイトルを付けないだろう」と考えたからだ。「幅広い層の人たちに観てもらいたい」と思っていたらこんなタイトルではにはまずならないだろう。「解剖学」という言葉は、本作を観れば適切だと感じられるのだが、まだ観ていない人に響く言葉ではないように思うし、それ故に私は『落下の解剖学』というタイトルに驚かされたのである。
そしてだからこそ私は「観よう」と思ったのだが、私と同じような理由で本作の鑑賞を決めた人などほぼいないだろうと思う。であれば、この満員の観客は一体何に惹かれて集まったのだろうか。公開直後でなければ、「口コミが広まったのかな」とも思えるのだが、私が観に行ったのは公開初日の金曜日(祝日だった)である。評判が伝わるにしたって日が浅すぎるだろう。
さて、鑑賞前の時点では知らなかったのだが、本作はカンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)を受賞したのだそうだ。だから、そういう方面からも話題にはなっていたのだと思う。しかし、有名な賞を受賞していても、さほどお客さんが集まらない映画もあるはずだ。だから他にも要因があると思うのだが、それが何なのかが分からない。監督や出演俳優は恐らく、「皆が知っているような有名な人」ではないように思う。「知る人ぞ知る」みたいな監督・役者なのかもしれないが、しかしそうだとして、それが集客に繋がっているかというとそんなこともないだろう。
いずれにせよ、「映画館にお客さんが集まっている」というのは良い状態なので理由などどうでもいいのだが、それはそれとして、「他人の行動原理」には興味があるので、機会があればその理由を知りたいなとも思う。
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さらに、そのような時代においては避けようがない「分断」をも描き出しており、そういう意味でも現代的なテーマを掘り下げる物語だと感じられた。『落下の解剖学』というタイトルも含め、非常に興味深い作品だったなと思う。
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子どもの頃から、家族との関わりには色々と苦労してきました。別に辛い扱いを受けていたわけではありませんが、「家族だから」という理由で様々な「当たり前」がまかり通っ…
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