【狂乱】冤罪はこうして作られた。映画『揺さぶられる正義』が追う「揺さぶられっ子症候群」の真実

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

「揺さぶられる正義」公式HP

この映画をガイドにしながら記事を書いていきます

今どこで観れるのか?

公式HPの劇場情報をご覧ください

この記事の3つの要点

  • 「虐待→SBS→逮捕・起訴」というまったく同じ流れで大量の冤罪事件が生み出され、多くの人の人生が破壊されてしまった
  • 「10人の内9人が凶悪な殺人犯で1人だけが無実なのだが、誰が無実かは分からない」という場合、「全員無罪」にすべきか「全員死刑」にすべきか?
  • SBS事件の常軌を逸した顛末と、赤阪さん一家・今西貴大のケースについて

司法試験合格後に報道記者となった特異な経歴を持つ監督だからこその視点も興味深い作品だ

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません

映画『揺さぶられる正義』は、逮捕者続出の「揺さぶられっ子症候群」事件に切り込み、メディア自身の責任も自問する意欲作である

これはなかなか凄いドキュメンタリー映画だった。マジでみんな観た方がいいと思う。恐らく、本作で扱われている「揺さぶられっ子症候群」によって今後逮捕者が出るようなことにはまずならないだろう。ただ、似たような状況が生まれる可能性はいくらでもある。そしてそうなれば、誰もが「無実の罪」を着せられてしまうかもしれないのだ。本作では、そんな悲惨な状況に置かれた人々の人生も切り取っているのだが、本当に酷いものだった。なので、「自分も同じような状況に直面させられるかもしれない」とリアルに想像するためにも一度観ておくべきではないかと思う。

「揺さぶられっ子症候群」の説明、そして監督・上田大輔がこの事件に興味を抱いた理由

まずは、本作のメインである「揺さぶられっ子症候群(Shaken Baby Syndrome 通称SBS)」についての情報をまとめておこう。

時代は2010年代にまで遡る。当時、「子どもを虐待した」という容疑で多くの親が逮捕される事案が続出していたのだ。その判断には、以下のような理屈が存在した。

  • 被害者(乳幼児)の脳を調べると、「硬膜下血腫」「眼底出血」「脳浮腫」などが見られた
  • 国が定めた「虐待」に関するガイドラインでは、「これら3徴候が揃ったら虐待の可能性が高い」とされている
  • (欧米での報告だったと思うが)特に「硬膜下血腫」については「日常的な育児の状況で起こることは稀」とされているため、「硬膜下血腫の徴候=頭部への激しい力の加わり」の可能性が高いと想定される
  • 「硬膜下血腫」を引き起こすような「頭部への激しい力の加わり」は、「虐待」ぐらいしか考えられない

ここでいう「頭部への激しい力」というのは、「1秒間に3~4往復ぐらいの激しい揺さぶり」とされている。要するに「1秒間に3~4往復ぐらいの激しい揺さぶりを行うと、3徴候が出る可能性が高い」というわけだ(ガイドラインにそう記載されていたと思う)。そしてそれほど激しく子どもを揺さぶることなど、日常生活ではまずないだろう。だから、「3徴候が存在すれば、それは虐待だ」という判断になるのである。そしてこの判断を根拠にして、多数の両親・祖父母が逮捕・起訴されてしまったのだ(後に多くの人が無罪となった)。そんな事件を追ったのが、本作の監督である関西テレビ報道記者・上田大輔である。

さて、彼はなかなか異色の経歴を持つ人物だ。元々は弁護士を目指していたのだが、司法試験に合格したのが30歳頃のこと。そしてその時点ではもう、有罪率99.9%という刑事司法の現実に絶望していた。そのため司法の道には進まず、企業内弁護士として関西テレビに入社する。その後、一度は諦めた司法の世界に再び向き合おうと、彼は自ら志願して報道記者へと転身した。それが37歳の時だったそうだ。

そして、記者1年目に社会問題化したのがSBSなのである。そんな縁(と言っていいのか分からないが)もあり、彼はこの事件を追うことに決めた。そして8年もの歳月を掛けて本作『揺さぶられる正義』を完成させたのだ。そんなわけで本作には、「弁護士でもあり記者でもある監督」の、「弱者を助けるために弁護士を目指したのに、そんな自分は今、報道によって冤罪を生み出してしまっているのかもしれない」という葛藤も込められている。事件自体の推移だけではなく、それを追う監督自身の問題意識もまた興味深い作品だと言えるだろう。

さて、私が観たのは初日の初回で(別に狙っていたわけではないが)、それで上映後に監督による舞台挨拶があった。そしてその中で、「今日はたまたま秋田真志先生もいらっしゃってます」と、ある人物を客席から壇上へと呼び込んだのだ。この人物は、SBSが社会問題化したことで立ち上がった「SBS検証プロジェクト」のメンバーの1人であり、後の裁判でも大活躍する弁護士である。

秋田真志については司会者から、「秋田先生が扱ってきた事件の無罪率は86.7%」という衝撃的なデータが提示された。有罪率99.9%の日本において、無罪率86.7%というのはデータ自体が何か間違っているような気さえしてくるだろう。彼は、あの有名な「Winny事件」でも主任弁護士を務めた人物であり、他にも数々の事件で無罪を勝ち取っている。秋田真志に関しては本作中でも興味深い話が色々と出てきたので、それらについては後ほど紹介したいと思う。

それで本作では、「SBS検証プロジェクトが担当した事件の中で無罪になったのは13件」と紹介された。総数が分からないので割合は不明だが、それでも「同一の事件で13件の無罪判決」というのは、ちょっと常軌を逸していると私には感じられる。SBS事件がいかに多くの冤罪を生んだのかが理解できるだろうし、そのような事実を頭に入れながら以下の文章を読んでいただくのが良いかなと思う。

「虐待する親からは子どもを取り上げればいい」という、私が以前から抱いていた主張を揺るがす状況

先に少しだけ、本作『揺さぶられる正義』やSBS事件にも関係するだろう「私の個人的な感覚」について説明しておくことにしよう。

私は昔から、「虐待した親の親権なんか、公権力がさっさと奪い取るべきだ」と考えてきた。その基本的な発想は、本作を観終えた今も大きくは変わらない。ただ本作で指摘されていた通り、「本当に虐待はあったのか?」の認定にかなりの不備があるようで、これは実に難しい問題だなと思う。当然だが私は「冤罪を生むべきではない」と考えている。そしてそうであれば、「親権なんかさっさと奪えよ」という私の感覚にも再考が必要だと言えるだろう。

さて、私は『法廷遊戯』という作品(小説も読んだし映画も観た)で次のような話に触れたことがある。

目の前に10人の被告人がいるとする。その内の9人は死刑判決が妥当な殺人犯であり、そして1人は無辜「無実」と同じような意味で捉えてよい)であることが明らかだとしよう。しかしどれだけ調べても、誰か無辜なのかがどうしても分からない。では、あなたがこの10人を同時に裁く立場にいるとして、どのような判決を下すだろうか? 10人の内1人だけが無辜であることは間違いないが、しかしその誰かが分からない以上、選択肢は「全員無罪」か「全員死刑」しかないだろう。では、どちらを選ぶべきだろうか?

この問いについて、少し考えてみてほしい

「全員無罪」にした場合は、「9人の殺人犯」が無罪放免となり野に放たれてしまう。一方、「全員死刑」にすれば、「何の罪もない者」まで死刑に処されてしまうことになる。で、『法廷遊戯』の中でこの話を披露した人物は、「自分は迷わず10人に無罪を宣告する」と言っていた。1人の無辜を救うことが、9人の殺人犯を罰することよりも遥かに重要だと考えているのだ。皆さんならどうするだろうか?

そして本作『揺さぶられる正義』には、まさにこれと同じような話が出てくるのだ。

さて、SBS事件における多くの裁判には、溝口史剛という医師が検察側の証人として出廷していた。そして彼がまさに、「9人の殺人犯、1人の無辜」に通じる話をしていたのだ。

溝口史剛は警察からの依頼で、専門家として虐待に関連する鑑定に関わることが多いのだという。そしてその中では、「シロ(虐待ではない)かもしれない」という事案に触れることもあるそうだ。ただ彼の感覚では、「自分が関わったほとんどの事案はクロ」なのだそうだ。ただこれが、「クロだという印象を抱いた」というだけのことなのか、あるいは「後に起訴され、裁判で有罪判決が出た」という話なのかはよく分からなかった。いずれにせよ彼は、「圧倒的多数のクロの中に、僅かにシロが含まれる」という認識でいるようだ。

そしてその上で彼は次のようなことを言っていたのである。

「冤罪」に注目するのか「虐待」に注目するのかで立場の差異はあるでしょう。ただ自分は医者だし、最終的には子どもたちの立場に立って判断する。

はっきり明言していたわけではないが、その時の彼の話しぶりからは、「冤罪(虐待をしていない)かもしれないが、虐待を見過ごすよりはマシ」みたいな考えでシロクロの判断をしているように私には感じられた。

そうだとして、この主張もまったく理解できないわけではない。虐待に限らず性加害などでも同じだが、「実際にそういう行為があったかどうか」は、カメラで撮影でもしていなければ100%確実なことは分からないだろう。だから「医学的な所見」など様々な要素を考慮して判断するしかない。そしてその際に、「99%虐待であることは間違いないが、100%かと言われると断言は難しい」みたいな判断ばかりしていたら、犯罪を取りこぼしてしまうだろう。さらにこの医師の場合、先程の「無辜」の話とは異なり「最終判断をする人」ではない(彼の判断を元に起訴するかどうかが決まり、裁判で判決が出る)わけで、だからこそ「稀に無実の人も引っかかってしまうだろうが、網は大きく張っておいた方がいい」と考えているのだと思う。まあこれはこれで妥当だろうなと感じる。

あなたならどう考えるだろうか?

SBSによる冤罪事件はどのように生まれたのか?

「稀に無実の人も引っかかってしまうだろうが、網は大きく張っておいた方がいい」という判断の是非については個々人で考えてもらうとして、問題は「『稀に』ではなかった」という点にある。先述した通り、SBS事件においては、起訴後に無罪判決となったケースが多数存在するのだ。「有罪率99.9%」という事実を前にすれば、多すぎる無罪件数は「何らかの誤り」を示唆していると考えるべきだろう。

本作では無罪判決が下された事件について、「死因は結局何だったのか?」「何故3徴候が見つかったのか?」などについても説明があった。一部挙げておこう。

  • 心筋炎を患っていたことによる心不全
  • 静脈洞血栓症の見落とし
  • グリコシル化異常症による出血過多

このように、「外力」ではなく「内因性の要素」により3徴候が見つかった可能性があるというわけだ。ガイドラインでは元々、「3徴候が存在する場合、強い『外力』の存在を認めざるを得ない」とされていたわけだが、実際には「『内因性の要素』によって3徴候が現れることもある」と示されたのである。これだけでも相当な驚きではないだろうか。

さらに裁判の過程で、もっと衝撃的な事実が示されていた。その指摘をしたのは、朴永銖という医師である。そもそもだが、彼は元々「硬膜下血腫は軽微な外力でも起こり得る」と主張していた(作中では特に説明もなく「中村Ⅰ型」の話が出てくるのだが、これがその主張に関係するらしい)。この指摘が正しければ、この時点で「3徴候=虐待」という構図は崩れるはずだ。そしてその上で彼は、「溝口史剛による硬膜下血腫の診断」にも疑問を突きつける。裁判で提示された「硬膜下血腫という診断の根拠となった画像」を弁護士から見せられた朴永銖は、「硬膜下血腫が左右対称になることなんかない。これは横静脈洞が映ってるだけです」と指摘したのだ。

要するにこれは「見間違い」、つまりシンプルに「診断ミス」である。「3徴候=虐待」という判断以前の「ヒューマンエラー」というわけだ。そのせいで何の罪もない人が起訴されているわけで、さすがにそれはちょっと酷すぎるだろうと思う。

先述した通り、SBS事件の裁判では溝口史剛が検察側の証人になることが多かった。となれば、同じような「見間違い」のせいで起訴され、有罪判決を受けてしまった人もいると考えるのが妥当だろう。しかし、上映後のトークイベントの中で秋田真志が指摘していたのだが、「検察はSBS事件の反省をまったくしていないし、検証もしていない」のだそうだ。手続きに誤りがあったのであれば、その検証を行い未来に活かさなければならないが、秋田真志によると、検察がそんなことをする気配はまったくないという。

また上田大輔監督は、「1つの映画に4つも事件を盛り込むのは多すぎる」と多くの人から散々言われたと話していた。しかしそれでもこういう構成にしたのは、「SBS事件は決して個別の問題ではなく、『同じ基準、同じ医師の判断』という『同じ構図』で生まれたものだったから」だと言っていて、確かにその通りだなと思う。医師が「硬膜下血腫」だと思い込み、刑事や検察が「医師がそう言っているんだから『硬膜下血腫』に違いない」と判断し、その判断を裁判官もそのまま受け入れてしまった、ってことなんだろう。

秋田真志が担当した裁判では、溝口史剛が法廷で「CT読影に誇張があった」と認めたという。そしてそれを踏まえた上で裁判官が、「溝口史剛に専門的な知識があるのかは疑問」と判決文に書いたのだそうだ。個人的には、かなり踏み込んだ記述だなと感じられた。すべてではないにせよ、「SBS事件」の多くが「溝口史剛の勇み足だった」と判断されても致し方ないだろうと思う。

ちなみに、溝口史剛は「虐待の診断ガイド」(要するにこれが「ガイドライン」なのだろう)の作成者の1人でもあるという。そしてこの診断ガイドは、2024年にようやく改定されたそうだ。しかしトークイベントで秋田真志は、「『SBS=虐待』だと考える医師は未だにたくさんいる」と話していた。診断ガイドが変更されても、医師の認識が改まらなければ状況は変わらないかもしれない。起訴されたりするようなことにはならないと思うが、医師とのやり取りによって家族が不快感を覚えるみたいな状況はまだ続く可能性があるということだろう。

一連の裁判を経た秋田真志が、本作中で印象的なことを言っていた

「分からない」というのも1つの真実のはずなのだが、日本の司法はどうしても「シロ」か「クロ」かに決めたがる。

そして当然、検察は「クロ」にしたがるわけで、だから「本来は『分からない』と判断されるべき状況にもあれこれ理屈をつけて『クロ』にしようとする」というわけだ。

作中では、ある裁判の結果が出た後に秋田真志が「必ず突き崩します」と決意表明する場面が映し出される。この点に関して上田大輔が、トークイベントの中で「『必ず突き崩します』なんて強い言葉、先生には珍しいんじゃないですか?」と問いかけると、彼が「やっぱりそこには、判決文に対する怒りがあったと思う」みたいに返していたのが印象的だった。判決文に書かれていた「被告を有罪にする理屈」があまりにも酷く憤っていたというわけだ。「『クロ』にしようとする警察・検察の主張」を裁判所がそのまま鵜呑みにしているように感じられたのだろうし、そんな裁判がまかり通っている状況にも苛立ちを覚えていたのだろうなと思う。そんな現状も伝わってくる作品である。

本作『揺さぶられる正義』で扱われる赤阪さん一家のケース

先述した通り、本作『揺さぶられる正義』は4つの事件をベースにして話が進められていく1人だけ仮名かつモザイクでの出演だったが(当然だろう)、他の3人は本名かつ顔出しである。

上映後に監督は、「取材のためにSBSの被害者にアプローチを繰り返したが、とにかく断られた」みたいな話をしていた。それは当然だろうし、彼自身もそのように理解している。なにせ、彼が所属する関西テレビもご多分に漏れず、彼らの逮捕を報じていたからだ。多くの関係者から「逮捕報道が酷かった」と言われ、なかなか協力が得られない辛い日々が続いたのだという。そういう中にあって、最終的に映画化するところまで含めてOKがもらえたのが4組だったということなのだろう。

そしてその中でも印象的だったのが、写真家の赤阪さん一家と、「今西事件」として今も裁判が継続中の今西貴大である。というわけでまずは赤阪さん一家の話から触れることにしよう。

SBS事件では、“被害者”とされた子どもが亡くなるケースも多かったが、赤阪さん一家の場合はそうはならず、子どもは助かった。しかし、だからといって良かったという話にはならないのがこの事件の難しいところである。父親の赤阪氏は逮捕され5ヶ月間も勾留されたのだが、それだけだったらまだ我慢できたかもしれない。問題なのは、長男と会えなくなってしまったことだ。「長男に虐待をしていた」と疑われたため、長男は施設に入れられ、夫婦は一時長男と会うことが叶わなかった。その後、面会は許可されたものの同居は許されず、両親と長女は「施設に出向いて面会する」という形でしか長男と接触できなくなってしまったのだ。父親の裁判が始まったのは、彼が勾留されてから3年8ヶ月後のこと。判決が出るまでにはさらにそこから長い時間が掛かることになる。つまり、少なくとも4年以上は子どもと離れ離れにさせられていたというわけだ。これは本当に不運という言葉では済ませられない状況だろう。

さて、私は決して行政の対応を非難したいわけではない。結果的に「虐待とは無関係だった」と判明したわけだが、当初は虐待の疑いがあったわけで、行政としては「長男を保護し、家族から遠ざける」という対応を取らざるを得なかったはずだ。だから、やはり問題は医師・警察・検察にあったと考えるしかないだろう。「SBS事件」として取り沙汰されなければこんな状況にはならなかったわけで、司法に慎重さが欠けていたとしか言いようがないと思う。

赤阪さん一家の様子は本作の後半以降で頻繁に取り上げられ、その状況が映し出された。本当に「善良な家族」という風にしか見えなかったので、「SBS事件が幸せな一家を破壊した」ということが明確に理解できるんじゃないかと思う。「災難だった」なんて風には片付けられない苦悩を味わっただろうし、本当に酷い状況だと感じさせられた。

本作『揺さぶられる正義』後半のメインとして描かれる今西事件

それでは「今西事件」の話に移ることにしよう。本作『揺さぶられる正義』後半のメインとして扱われる事件である。私は正直、「今西事件」のことはまったく覚えていなかったのだが、被告となった今西貴大の顔には何となく見覚えがあるような気がした。2審の裁判が終わったのが2024年の年末、割と最近のことのようである。恐らくメディアでも報じられたはずだし、その時に目にしたんじゃないかと思う。

今西貴大は当初、他のケースと同様「虐待の疑い」があるとして逮捕された”被害”女児は亡くなっている。実子ではなく、妻の連れ子なのだそうだ。彼は一度釈放されるのだが、その後「わいせつ罪」「傷害罪」をプラスする形で再逮捕されてしまう。肛門の傷と足の骨折が「今西貴大による虐待によるもの」と判断されたからだ。

この「今西事件」がどのように推移したのかは、是非本作を観てほしいのだが、個人的にとても印象的に感じられたのが、上田大輔監督が彼の取材を始めたきっかけの話である。

この事件でももちろん関西テレビで今西容疑者の逮捕を報じており、直接取材をしていたわけではなかった上田大輔は、その逮捕報道を見て、「この事件が無罪ということはさすがにないだろう」と考えたという。まあそんな印象になるのも仕方ないだろう。「わいせつ罪」「傷害罪」も併せての逮捕だったからだ。彼は既にSBS事件の取材をスタートさせており、多くの関係者にアプローチし始めていたのだが、「有罪だろう」と考えていた今西貴大が彼の取材候補に上ることはしばらくなかった

しかしある出来事をきっかけに、その考えは大きく変わる秋田真志が今西貴大と接見した後、「彼はやってないよ」みたいなことを言ったからだ。この点に関しては、後に裁判で今西貴大を担当した弁護士が実に興味深い話をしていた。彼は今まで、秋田真志がそんなことを言っているのを聞いたことがないというのだ。そんなわけで秋田真志の周囲では、この発言はかなり異例のものだと受け止められたという。

秋田真志は本作中で、被告人と関わる際の基本的なスタンスについて色々と話していた。

弁護士は、被告人が「やってない」と言ったら一旦それを信じるものだ。

裏切られることなんて山程ある。実は嘘ついてました、みたいなことはしょっちゅう。

刑事も検察官も裁判官も、みんな「騙されるのが嫌いな人たち」なんです。だから、騙されるのは弁護士の役割。

そしてこれらの発言を踏まえれば、やはり「彼はやってないよ」みたいなことは言わなそうな気がするだろう。「実は嘘ついてました」なんてことが当たり前に起こる中、「ただ一旦信じているだけ」なわけで、となれば、ほとんど場合「最初の時点では相手の無実を確信できない」と考えるのが自然に思えるからだ。

しかし秋田真志はこの時、最初の接見時点で「無実だ」と断言したのだという。逮捕報道を見ていた上田大輔には、にわかには信じがたい話だったそうだ。この時点で既に、逮捕から2年の月日が経っていた。そして、上田大輔が今西貴大に密着し始めたのが1審の直前であり、そこから長い付き合いが始まっていくのである。

秋田真志が今西貴大の無実を確信していたことがはっきり分かる場面があった。何かパーティーみたいな場で彼が演説をしている様子が映し出されるのだが、その中で秋田真志が「今西さんには『ごめんなさい』しかない。こんなに時間が掛かるなんて」みたいに言っていたのだ。さらに印象的だったのが「『他人事』というスタンスは取れなかった」という発言である。彼は刑事事件と関わる上で、現実と折り合いをつけるためにも基本的に「他人事である」というスタンスを取り続けていたのだが、今西貴大と接見した際に「それは出来ない」と感じたというのだ。無実だという強い確信があったからこそだと伝わってきたし、さらに「なんとしてでも無罪を勝ち取らなければ」という覚悟も感じさせるエピソードだったなと思う。

マスコミ人として上田大輔が向けられた厳しい視線、そして秋田真志が取材を受けた理由

「今西事件」に関しては、監督自身もまた厳しい現実と向き合わざるを得なくなった。今西貴大はある会見の中で、「自分が逮捕された時の報道を今も見ていない」と発言しており、そしてトークイベントの中で監督が、「ある時今西貴大から、『逮捕映像を見たい』と言われた」というエピソードに触れていたのだ。今西貴大が自身の逮捕映像を見ている様子は本作に収められているが、なるほどそんな背景があったのかという感じがした。そしてその際のやり取りから、上田大輔は「報道はどうあるべきか」について考えさせられるのだ。

ただ本作を観る限りは、マスコミ人として彼はとても努力している方だろうなとも感じた。例えば、本作で取り上げられていたある家族のことは、実は逮捕される前から密着していたらしく、上田大輔がその事実をデスクに伝えたことで、逮捕報道は「匿名」で行われたのだそうだ。また別の事件では、逮捕報道そのものを見送ったこともあったという。もちろん、関西テレビが報じなかったところで他のメディアは扱うわけで、社会的には大差ないのかもしれない。ただ、変化は少しずつしか起こらないものだし、彼のように躊躇して立ち止まる人間がいなければその少しの変化すら起こらないわけで、やはり評価されるべきだと思う。

さてその上で、本作においてマスコミに向けられた視線は、報道を受け取る私たちにも向けられていると言っていいだろう。「報道してるのはマスコミなんだから、自分に責任はない」ではなく、「報道の受け取り方次第でマスコミの報じ方そのものを変えられる」みたいな感覚を持つべきだと感じさせられた。

そんなわけで、本作についての言及はこれぐらいにして、最後に、トークイベントで語られた実に興味深いエピソードに触れてこの記事を終えようと思う。

弁護士の秋田真志は、「取材を積極的には受けない人」として有名なのだそうだ。だから当初、上田大輔が彼の元に取材に行った際も、全然乗り気ではない対応をされたという。しかしある時点から、関わり方が全然変わったのだそうだ。やはりその理由が気になっていたのだろう、監督は「こんな機会なので」と、秋田真志に直接事情を聞いていた

すると彼は、「かなり偶然なんですよね」と言いながら、あるエピソードについて話し始める。上田大輔が最初に秋田真志の元を訪ねたのは2017年4月だったそうだが、その直後、SBSのシンポジウムか何かで彼はスウェーデンを訪れたのだという。SBSはその時点で既に海外でも問題になっており、そして秋田真志はその中で「マスコミの人を巻き込まないと問題は解決しないよ」とアドバイスをもらったようなのだ。その後彼は、「そして帰国したら、この人がいたから」みたいに話を続け、会場を沸かせていた

秋田真志曰く、「上田大輔は厚かましい人」なのだそうで、どんな対応をしてもへこたれずに通い続けたのだそうだ。もちろん、そんな執念も大きな要素だっただろうが、とはいえ、そもそも秋田真志が絶妙なタイミングでアドバイスを受けていなければ態度が変わることもなかったはずである。確かにこれは「偶然」と呼んでいい気がするし、そういう運を引き寄せた上田大輔の勝利という感じもした。

最後に

非常に興味深いドキュメンタリー映画だったなと思う。本作『揺さぶられる正義』は、医療・司法・報道など様々な領域にまたがる問題を扱っており、トークイベントの中で秋田真志が「よくもまあこんな難しい話を映画にしたな」と言っていたように、かなりややこしい内容である。しかし、そういう要素をかなり分かりやすくまとめているなと思うし、よく出来ているなと感じた。

冒頭でも書いた通り、まったく同じ状況に直面することは恐らくないだろう。しかし、いつまた似たような問題が起こるかは分からない。そしてそうなってしまえば、誰もが逮捕・起訴されてしまうかもしれないのだ。そういう意味で多くの人に関係する問題だし、その上で「『正義』の難しさ」みたいなものも突きつけているように感じられたのも良かった。多くの人に観てほしい作品である。

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