【脅迫】原発という巨大権力と闘ったモーリーン・カーニーをイザベル・ユペールが熱演する映画『私はモーリーン・カーニー』

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

「私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?」公式HP

この映画をガイドにしながら記事を書いていきます

この記事の3つの要点

  • 公式HPには後半の展開についても書かれているのだが、この記事ではその点には触れないことにする
  • 主演を務めたイザベル・ユペールが、非常に難しい役柄を見事に演じていた
  • 作中で使われる「良き被害者」というフレーズが、本作の核となるテーマを表現していると思う

非常に普遍的なテーマが扱われており、個人的には広く観てもらいたいと思える作品だ

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

実話を基にした映画『私はモーリーン・カーニー』は、原発という超巨大権力に立ち向かった1人の女性の凄まじい奮闘を描き出す作品だ

これはちょっと凄まじい物語だった。前半と後半とでは「描かれていること」がまったく異なっており、前半の展開からはちょっと想像も出来ないような物語になっていく。公式HPでは後半の展開にも触れられているので、わざわざ伏せる必要はないのだろうが、この記事ではなるべくその点には触れないようにしようと思う。出来るだけ、後半の展開を知らずに本作を観てほしいと思っているからだ。

しかし、その点を伏せるとなると書けることに大分制約が生まれるので、自分の首を締めるだけなのだが。

ちなみに本作は、実話を基にしている前半の展開だけでも十分に驚きだが、さらに後半の展開も事実なのだと考えると、ちょっと驚かされてしまうだろう。

まずは内容紹介

それではまず、前半でどのような物語が展開されるのか紹介しておこう。

物語は、非常に衝撃的なシーンから始まる。2012年12月17日、本作の主人公であるモーリーン・カーニーが、自宅の地下室で目隠しされた状態で発見されたのだ。両手両足は椅子に縛られており、腹にはナイフで「A」の文字が刻まれ、さらにナイフの柄の部分が膣に差し込まれた状態だった。

そしてここから、数ヶ月時間が遡る。

モーリーン・カーニーは、世界最大の原子力発電会社アレバの労働組合代表を務める人物だ。既に6期選出されているベテランだが、さすがにそれも今回で終わりにするつもりである。なにせ、5万人もの従業員の雇用を守らなければならないのだ。その重責はあまりに大きい。

そんなモーリーンの身辺に大きな変化がもたらされた。CEOであるアンヌが退任を決意し、副社長のウルセルのCEO就任が決まったのだ。女性同士ということもあり、アンヌとモーリーンは相性が良く、また労働組合員からの支持も篤かった。だからこの交代劇は従業員にとっては不穏なものと映る。ウルセルは、実に厄介な人物だからだ。モーリーンは新CEOとの対立を覚悟しつつも、それまでと変わらずに「権力に屈せず、従業員の利益を代表する」という立場を貫く決意を固める

さてそんなある日、彼女にある情報がもたらされた。フランス電力公社(EDF)に勤務する者からの内部情報提供である。その人物は、「EDFのCEOであるプログリオが、原子力発電に関して中国企業とハイリスクな技術移転契約を行い、それによってアレバの雇用が大幅に失われる」と訴えていた。もちろんこれは、アレバだけではなくフランスにとっても大きな問題である。そしてなんと、ウルセルがこの計画に関与しているというのだ。彼女はこのリーク情報を元に、ウルセル、そしてその背後にあるだろう巨大な陰謀と闘う決意をする

彼女の動きが察知されたのだろう、モーリーンは強盗に遭ったり脅迫電話を受けたりと、見えない圧力の存在を感じ始めた。しかし彼女は怯むことなく、議員にこの問題の危険性を訴えたり、大統領との面会を取り付けたりと、成すべきことを進めていく。

そして、まさに大統領との面会当日である2012年12月17日に、彼女は何者かに自宅で襲撃されてしまう……。

イザベル・ユペールの演技がとにかく素晴らしい

冒頭でも触れたが、本作は先の内容紹介からはちょっと想像できないような展開を見せる。物語の中盤ぐらいから唐突にギアが入れ替わるような印象があって、「こんな展開になるのか」と驚かされてしまった。そしてそこから、「一体何が真実なのか?」という視点で改めて物語が進んでいくみたいな感じになる。最後の最後までどう終わるのか全然予想がつかない物語だったのだ。

これが実話を基にしているというのだから、ちょっと驚かされてしまった

さて、最後まで観れば納得してもらえると思うが、本作は、主人公であるモーリーン・カーニーを絶妙に演じなければまず成立しないと思う。物語をざっくり要約するなら、前半は「正義感」、そして後半は「真実性の曖昧さ」となるだろうか。そして、「前後半で全然違う雰囲気を醸し出さなければならない」「特に後半における佇まいがもの凄く難しい」などの要素を踏まえると、よほど上手く演じなければ「モーリーン・カーニー」という人物がリアルな存在には見えないはずだ。

そして本作では、主演のイザベル・ユペールが、モーリーン・カーニーを実に見事に演じていると感じた。

イザベル・ユペールは、フランス映画を観ると良く出てくる女優だ。基本的に役者のことを記憶しない私でも、彼女のことはきちんと認識できる。私がこれまで観た作品だと『エル ELLE』『ハッピーエンド』『EO イーオー』に出演しているようだ。『EO イーオー』に出演していたことは気づかず、この記事を書くのに調べて初めて知ったが、『エル ELLE』『ハッピーエンド』ではちょっと凄まじいくらいの印象が残ったことを覚えている。

本作では、黒縁メガネに真紅の口紅、そしてホワイトヘアーと、見た目にかなりインパクトがある出で立ちだったこともあり、最初は「自分が知っている女優」とは認識できていなかった。しかししばらく観ていく内に、やはりその凄まじい存在感故だろう、かつて観た映画に出ていた人だと記憶が繋がったというわけだ。

彼女は本当に見事な演技をする女優だなと思う。本作に限らないが、イザベル・ユペールが演じる役は「無表情」なことが多い気がする(あくまでも私が観た映画の役柄に限るが)。そして本作における彼女の「無表情」は、「静かな怒り」「権力に立ち向かう不屈さ」「思いがけない戸惑い」など様々な感情を映し出すのだ。そのような演技から生み出される「存在感」が、「演じる人物のリアリティ」を高めているのだろう。これほどの雰囲気を醸し出せる役者はあまりいないように感じるし、本当に見事な演技だったなと思う。

「良き被害者」というフレーズから考えさせられること

本作において非常に印象的な形で登場する言葉が「良き被害者」である。このフレーズについて観客に説明を促すようなシーンは特段存在しなかったので、恐らく、フランス(あるいは欧米)では一般的に使われる言葉なんだろうと思う。日本でも、この言葉が上手くハマってしまう状況は散見されるはずだが、同じ意味を持つ日本語の常套句は私にはちょっと思いつかない

「良き被害者」というのは、字面の通りではあるのだが、「被害者として相応しい存在」ぐらいの意味で捉えればいいだろう。例えばだが、「幼い我が子を殺された母親」が「頻繁にパチンコに通っていた」と判明したとする。この場合恐らく、SNSなどを中心に、「母親がパチンコばっかりやっているんだから、子どもが殺されたって仕方ない」みたいな心無い批判が飛び交うのではないかと思う。私はまったくそうは思わないが、「『被害者として相応しくない』と見做されてしまう」ということだ。本作にはそのような意味の言葉として「良き被害者」という表現が出てくるのである。

日本では、何か「被害者として相応しくないと見做され得る瑕疵」があったとして、SNSなどでは批判されるだろうが、マスコミがそれを取り上げたり、「『良き被害者』ではなかった」みたいな表現を使ったりはしないように思う。とはいえ、週刊誌などをイメージすればなんとなく感覚的には理解できるはずだ。そしてこの話は、「事件の被害者」に限らず、あらゆる「弱者」にも当てはまると思う。分かりやすいのは「障害者なのに◯◯」のような捉え方だろう。障害者にだって色んな人がいるはずなのに、「社会が勝手に『良き弱者』像を設定し、それに合っていないと『障害者なのに◯◯』と批判する」みたいなことは起こり得る「社会がイメージしやすい『ステレオタイプ』は受け入れるが、そこから外れたら『存在すべきではないもの』として排除する」みたいな振る舞いは、社会の中で散見されるだろうと思う。

そして本作では、まさにそのような状況が中心に据えられているというわけだ。

私は普段から「普通」という言葉をとにかく可能な限り使わないように意識している「私にとっての『普通』」が「誰かにとっての『異常』」である可能性は常に存在するからだ。しかし世の中には、躊躇せずに「普通」「当たり前」「当然」みたいな言葉を使えてしまう人もいる。もちろん、常に「マジョリティのど真ん中」みたいな場所に居続ける人からすれば、視界に入るほぼすべての人が「自分と似たような価値観」を持っているのだろうから、「自分が考えていることこそが『普通』であり、そこから外れるものはすべて『異常』」と認識したくなってしまうかもしれない。

しかし当然だが、「マジョリティのど真ん中」みたいな場所では生きていけない人だってたくさんいる。特に、「被害者」「弱者」のようなレッテルを貼られてしまう境遇にいる人ほど、そのようなタイプが多いと言えるだろう。だから、「”普通”に考えて、『良き被害者』『良き弱者』なんて言葉が成立するはずがない」のだ。「被害者」「弱者」などの人たちに「普通」を押し付ける方が間違っているのである。

そのことを、「マジョリティのど真ん中」にいる人たちはまず認識すべきだと思う。

私も、「マジョリティのど真ん中」にはいられないタイプの人間なので、本作中の「『良き被害者』の周囲にいる人たち」の振る舞いには苛立ちしか感じられなかった。もちろん彼らにも彼らなりの理屈があることは理解できる。また、社会におけるあらゆる問題には「どこかで線を引かなければならない」わけだから、「その境界線上付近で右往左往させられる人」をゼロにすることも出来ないことは分かっているつもりだ。しかし私は本作を観て、「たとえそうだとしても、やはりこの振る舞いはおかしいんじゃないか」と感じさせられてしまった。

「良き被害者」「良き弱者」のような視点を持ってしまってはいないか、本作を観て考え直してみるのも良いのではないかと思う。

良い映画だと思うのだが、「潜在的観客」に上手く届かなそうな作品でもある

さて、そのような「本作の核たる要素」を踏まえた上で映画のメインビジュアルを見てみると、「ちょっと違うんじゃないか」という気分にさせられてしまう。このメインビジュアルには、映画冒頭のシーンが使われている。アレバ傘下の子会社であるハンガリーのパクシュ原発の女性従業員たちにモーリーンが「雇い主と雇用条件に関する交渉を行う」と伝える場面だ。

確かにこのシーンは、「モーリーン・カーニーという女性がどのような人物なのか」を端的に示すものであり、そういう意味では非常に効果的だと思う。しかし、映画全体で描こうとしているテーマが浮かび上がるようなものではない。そのため、「本作の核たる要素」にこそ関心を抱く「潜在的観客」を取りこぼしてしまうように思う。

私は普段から、「観るつもりの映画の内容をまったく知らずに鑑賞したい」と考えているので、私にとってはむしろ良かったと言える。しかし、本作は広く観られるべき作品だと私は思うので、そういう意味ではマイナスだと言えるだろう。なにせ冒頭でも触れた通り、公式HPでは、私がこの記事では伏せた「後半の展開」にも触れているのだ。であれば、もう少し「核たる要素」を彷彿とさせるような打ち出し方をしても良かったのではないかと感じてしまった。

また本作は、とにかく上映館が少なかった。私が鑑賞した時点で、全国でたった5館でしか上映していなかったのだ。私は公開直後に観に行ったので、あまりにも少なすぎると言えるだろう。公式HPには今後の公開予定も載っていたが、それらをすべてひっくるめても上映館がとても少ない。イザベル・ユペールはかなり有名な女優だと思うので、普通ならもっと広く上映されてもいいような気がする。となると、こんな邪推をしたくもなってしまう。

原発を扱う作品だから、特に大手の映画館は扱いたくないのだろうか、と。

本作では、企業の役員や大臣などが実名で描かれ、しかも、原子力発電会社アレバの上層部は特に悪く映し出される。もしも「『原発という巨大な権力に楯突くような映画』と見做され、『関わらない方が無難』みたいな扱いになっている」のだとしたら、とても残念だなと思う。

本作は、確かに原発が扱われる作品なのだが、先述した通り「核たる要素」は他にある。だからこそ、もし仮に「原発を扱っていることが理由で上映館が少ない」のであれば、そういう意味でも本作は損していると感じた。社会に生きる者が皆考えるべき普遍的なテーマが扱われているにも拘らず、「舞台が原発」という点が足枷になっているとしたら、実に本末転倒である。

繰り返すが、あくまでもこの疑念は私の勝手な「邪推」でしかない。しかし、仮にこの邪推が当たっているなら、主演がイザベル・ユペールだという点が唯一の救いと言っていいだろう。彼女の知名度のお陰で「観てみよう」と思う人が一定数出いるはずだからだ。

まあきっかけは何でもいいのだが、どうにか多くの人の目に触れてほしい作品である。

最後に

映画全体を貫くテーマに関係すると言えばするのだが、作中には「『女性であること』を嘆くシーン」が度々描かれる。女性が、「男性は能力を求められない」「彼らは許さない。特に女性のことは」などと口にするのだ。私はなんとなく、フランスという国に対して「男女平等が当たり前のように行き渡っている」という印象を抱いていたのだが、実態はそうでもないということなのだろう。

そして本作は、そんな状況下で巨大権力と闘う女性の奮闘を描く物語なのである。さらに後半の思いがけない展開から、「良き被害者」という言葉の陰に隠された「狂気」をも実感させてくれるというわけだ。

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