目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
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この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
今どこで観れるのか?
公式HPの劇場情報をご覧ください
この記事の3つの要点
- トークイベントで監督が語った、「こんなことが起こるとは想像もしていなかった」という発言から、他人事ではないと痛感させられた
- デモの発端から立法会占拠、そして中文大学・理工大学での籠城までを映し出す
- デモ参加者の凄まじい組織力と、彼らが味わう様々な苦悩
香港について報じられる機会が少なくなっているからこそ、私たちはこの映画を観るべきだと思う
自己紹介記事
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2019年の香港民主化デモ。その発端から大学での籠城まで、長期に渡り最前線を撮り続けた映画『時代革命』の衝撃
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2021年、映画『時代革命』はカンヌ国際映画祭でサプライズ上映された。そのニュースを知った時点からずっと、公開を待ち望んでいた映画だ。だから、初日に観に行った。その日東京は台風が直撃し、どしゃ降りの中映画館へと向かったが、上映回は恐らく満席だったと思う。やはり多くの人が注目していた映画なのだろう。
2時間半近くある映画の上映中、観客席からは絶えずすすり泣きが聞こえていた。私の隣に座っていた女性は、映画が始まってすぐ泣き始め、恐らくずっと泣き続けていたと思う。その気持ちは私にも理解できるる。ロシアによるウクライナ侵攻のニュースを知った時と同じように、「自分が生きている同時代に起こった出来事だとはとても信じられない」と感じるような残酷な日々が映し出されているのだ。私も、映画のラスト付近で涙腺がヤバくなる場面があった。香港デモの参加者は高校生・大学生など若い世代が中心なのだが、その中に11歳の少年がいたのだ。大人に混じってバンダナで顔を隠し、デモの最前線に立って闘いを挑む姿に心が辛くなった。
映画は、最初から最後まで衝撃映像の連続だ。衝撃映像しかないと言ってもいい。その中には、ニュースで見覚えのある映像もあった。例えば、18歳の青年が警察に実弾で撃たれた映像。日本の報道番組でも取り上げられていたはずだ。しかし映画を観て初めて、その撃たれた青年が「暴動罪」で逮捕されたという事実を知った。意味が分かるだろうか? 撃った警察が処罰の対象になるのではなく、被害者である青年の方が罪人扱いされていたのだ。
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2019年の香港を映し出したこの映画は、このような「狂気」で溢れている。その現実に、何度も圧倒されてしまった。
そしてこれは、決して「対岸の火事」ではない。
2019年の香港を「対岸の火事」だと思ってはいけない
上映後、今も香港に留まり続けているキウィ・チョウ監督とオンラインでビデオ通話を繋ぎ、トークイベントが行われた。映画の内容を紹介する前にまず、このトークイベントの話に触れたいと思う。
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監督の話の中で特に印象的だったのは、「逮捕される覚悟はできている」という発言だった。香港では2020年、国家安全維持法が成立し、よく分からない曖昧な理由で人々が逮捕される状況が続いている。映画『時代革命』の冒頭でも、「映画撮影後に逮捕された者、あるいは連絡が取れなくなった者の、音声や映像の処理」についての説明文が表示された。また映画には、7月1日の「立法会占拠」でのライブ配信によってその名が広く知られるようになった記者・何桂藍も登場するのだが、彼女も逮捕されてしまったそうだ。とにかく、「香港政府に都合の悪い人物」は何かしらの理由をつけて拘束されてしまうのである。
映画『時代革命』は当然、香港では上映できない作品であり、この映画が外国で上映されることもまた香港政府にとって都合が悪いはずだ。となれば、その映画を撮った監督はいつ逮捕されてもおかしくないだろう。本人もそのように覚悟しているわけだが、一方で彼は冷静に、自分がまだ逮捕されていない理由について分析してもいた。それは、「自分を逮捕することで、結果として映画『時代革命』の宣伝に寄与してしまうことを恐れているのではないか」というものだ。確かにその判断は妥当に思われる。彼が逮捕されれば、間違いなく外国メディアは「映画『時代革命』のキウィ・チョウ監督が逮捕された」と報じるだろうし、映画の内容にも触れるだろう。そのことが香港政府にとってプラスにはならないという判断なのではないか、と推測していた。
「時代革命」というのは元々、香港デモを象徴するスローガンの一部だ。「香港を取り戻せ、時代の革命だ」(光復香港、時代革命)という意味であり、様々な場面で使われた。だからこそ、香港では現在、「時代革命」という言葉を口にするだけでも逮捕されかねない状況にあるそうだ。この点だけでも、香港がいかに異常な状況にあるかが理解できるだろう。
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さて、そんな覚悟を持って今も香港に留まり続けている監督が、トークイベントの締めとして観客に向けたメッセージの中で、こんなことを言っていた。
日本の皆さんには、この映画で映し出される光景が現実のものには思えないでしょう。
しかし、香港でずっと生きてきた私も、まさかこのような事態が香港で引き起こされるなどとは夢にも思っていませんでした。
だから皆さんには想像してほしいのです。自由な統治がいつ奪われてもおかしくないのだと。
中国と香港には、これまでも争いの火種や衝突など様々にあっただろう。しかしだからといって、2019年の香港デモのような状況を、少なくとも監督は想像していなかったという。最大で200万人がデモに参加した。人口700万人の香港において、実に7分の2の人々が何らかの形でデモに関わったというわけだ。凄まじい規模だろう。日本の人口は現在1億2000万人ほどらしいので、7分の2というと約3500万人となる。これはざっくり言うと、東京都・大阪府・愛知県・福岡県の人口を合計したぐらいの数だ。日本の人口でイメージしてみるとより分かりやすいと思うが、監督が言うように「まさかこのような事態が香港で引き起こされるなどとは夢にも思っていませんでした」という状況だろう。
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日本も、中国・韓国・北朝鮮・ロシアなどと争いの火種や衝突などを抱えている。しかしだからと言って、それらが「大規模な何か」に発展するなどと考えている人は決して多くはないだろう。そしてそれは、香港デモ以前に監督が抱いていたのとまったく同じ感覚なのだ。香港とまったく同じことが起こるなんてことはあり得ないが、「私たちが想像もし得ないような事態が唐突に起こり得る可能性」は常に存在する。ウクライナ侵攻についても、開戦前の時点では、多くの識者が「ロシアが実際に戦争を始めることはないだろう」という予測をしていたはずだ。日本は、災害に対する予測や警戒は高い国だと思うが、自然災害とは違う形の「何か」も起こり得るのだと、私たちは覚悟しなければならないのである。
また、映画の中でのこんな発言も印象的だった。
香港は、「中国ナチス」に対抗する世界の最前線だ。
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この映画には、2019年のデモに参加した若者が多数登場する。つまり、デモに参加し、映画撮影時に逮捕されていなかった者、というわけだ。彼らのほとんどがバンダナやマスクで顔を隠し、あるいは顔や声がモザイク処理されている。表示される名前も恐らく仮名だろう。エンドロールの直前にも、「国家安全維持法によって出演者が不利益を被らないよう、クレジットは不完全かつ仮名も存在する」と表記され、エンドロールそのものも物凄く短かった。エンドロールの冒頭で、「制作 香港人」と大きく表示されたのがとても胸アツである。
そんな映画に登場する若者の1人が、「中国ナチス」という言葉を使っていたのが印象的だった。私はこれまで、この「中国ナチス」という表現に触れた記憶がないのだが、まさに言い得て妙という感じがする。かつて「ナチズム」を拡大するために戦争に踏み切ったドイツのように、中国が、欧米にもアジア各国にも理解しがたい「中国思想」をあちこちに押し付けているというわけだ。そしてその「中国ナチス」の最前線が、今は香港だと言っているのである。
かつてのドイツのことを考えれば、「中国ナチス」が香港だけに留まるはずもないだろう。現に今も台湾と問題を抱えているし、「一帯一路」と呼ばれる、陸路と海路で中国を中心とした物流ルートを完成させる構想も存在している。その過程で、中国が他の様々な国に干渉するだろうし、当然日本も例外ではない。
「中国ナチス」の最前線である香港の姿は、未来の日本を映し出したものである可能性も十分にあるというわけだ。
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この映画は、そのようなものとして受け取られるべきだと私は感じた。
香港デモの発端から、機運を高めた「立法会占拠」まで
映画はほぼすべて、「2019年のデモの様子を撮影した映像」で構成されていると言っていい。映画の冒頭こそ、「中国返還以降の香港のざっくりした歴史」が語られるが、それ以降は基本的に、時系列を追いかけるような形で2019年のデモの様子が映し出されていく。
きっかけは、日本でも大きく報じられた「逃亡犯条例の改正案」である。香港が犯罪人引き渡し協定を結んでいない国・地域にも容疑者の引き渡しを可能にする変更案であり、これによって、香港市民が中国当局の取り締まりの対象になることが懸念された。いわゆる「一国二制度」の崩壊だ。この逃亡犯条例の改正案に反対するデモが6月9日に行われたことがすべての始まりである。
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デモが広がると共に、香港では自殺者も増えていったという。理由は様々で、明るい未来を描けなくなったことによる厭世観から、あるいは、抗議の意味を込めたものもある。抗議のために自殺した梁凌杰は、香港デモにおける「最初の血債」と呼ばれた。そして、6月16日のデモにおいて、主催者はその参加人数を「200万人+1人」と発表する。亡くなった梁凌杰も今日のデモに参加しているというメッセージを込めたのである。
デモ開始直後はまだ、市民は1つになりきれていない。当時の香港には、「和理非」(平和的、理性的、非暴力的)を掲げる「穏健派」と、暴力も辞さない「勇武派」の2つのグループが存在した。共に香港の未来を憂いつつ、アプローチの仕方が異なっていたのだ。しかし、7月1日の「立法会占拠」が、状況を大きく変えることになった。
当然、立法会の占拠に踏み切ったのは「勇武派」の方だ。立法会へ突入しようとする「勇武派」を「穏健派」が説得して押し留めようとする中、「勇武派」は無理やり立法会へと侵入し、歴史上初めて立法会の占拠を行った。
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この出来事は結果として、「勇武派」と「穏健派」の対立の解消をもたらすことになる。しかしそれは、「『勇武派』が立法会を占拠した」という事実によるものではない。立法会から退去する際の出来事が関係しているのだ。
「勇武派」の中にも様々な考えを持つ者がいる。その多くは、占拠からしばらく経った後に立法会から退去したのだが、強硬な考えを持つ4人がまだ中に残っていた。「勇武派」のメンバーは、この4人を説得して退去させるために、再び立法会の中へと入っていく。外には既に警察が待機しており、突入間近だと考えられていたからだ。
再び立法会へと戻ったメンバーも当然、タイミング次第では警察の突入に巻き込まれる可能性があった。そんな危機感が迫る中での説得劇だったのだ。この時の様子は、何桂藍記者がライブ配信しており、彼女は「勇武派」のメンバーである女性に、「怖くないんですか?」と質問した。その質問に対して女性は、
怖いけど、明日4人と会えなくなる方がもっと怖い。
と返したのだ。
この救出劇が、市民を感動させた。また、「勇武派」のメンバーが、厨房から食料を持ち出す際にお金を置いていく様子も映し出された。「我々は盗賊ではない」というメッセージである。このようなスタンスが伝わることで、「勇武派」と「穏健派」の間にあった対立が消え、連帯感が生み出されることになった。そして、両者が協力することで、香港でのデモは常態化することになっていくのである。
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7月21日に驚くべき事件が起こる。この事件をきっかけになんと、地元警察と「マフィア」の癒着が明らかになったのだ。
その日、ある駅に白い服を着た者たちが集結した。デモ隊はデモを行う際、黒い服で統一しているので、「デモ隊に敵対する勢力」であることは明らかだ。そして白い服を着た者たちは、デモ隊を攻撃し始める。再びライブ配信のカメラを回していた何桂藍記者が、複数人に殴られ転倒する様もカメラに映っている。現場にいた妊婦は、殴られている人を助けようとして、そのまま暴行に巻き込まれてしまった。
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この光景を目撃した市民は当然警察に通報する。しかしなんと、どれだけ電話を掛けても繋がらなかったのだ。映画では、「警察は回線を切っていた」と説明される。騒動から大分遅れて現場にやってきた警察は、「通報があったからすぐに来た。騒動からどれぐらい時間が経っているか私たちは承知していない」などと説明していた。
既に事態が収まってからやってきた警察は、「白い服を着ているからといって暴力を振るった証拠にはならない」と口にする。確かに、それは真っ当な姿勢と言っていいだろう。しかし彼らはまた、「我々は武器を持っている者を目撃していない。これは断言する」とマスコミに語っていた。これは明らかに嘘である。ライブ配信の映像にも映っているし、警察が到着した時点でもまだ、武器を持っている者はいたからだ。
どのような理由からそうと判断されたのか分からないが、その白い服を着た者たちは「マフィア」なのだという。そして映画の中では、「警察はすべてを理解した上で見て見ぬふりをした」と語られていた。恐らく事実なのだろうが、信じがたい話ではある。
この事件では、白い服を着た者の内8名が起訴されたが、同時に、暴行を受けた側も7名が「暴動罪」で起訴されたという。何桂藍記者は、「『体制に楯突く者は、暴力に晒されたとしても助けはしない』というメッセージだろう」と言っていた。確かに、そう受け取るしかない出来事だろう。
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この事件について、映画に登場する人物が様々なことを語っていた。
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このように、「香港デモ全体における転換点となった」という捉え方が多かった中で、私が最も印象的に感じたのが、恐らくデモ当時14歳だっただろうデモ参加者の少年の言葉だ。
良心の無い人にはなりたくない。
私も本当にそう思う。どれだけ自分の望むものが手に入ろうとも、「良心」を失ってまで生きたい人生など、私にはない。
このように香港では、警察がその権力をあからさまに行使し、力でデモを押さえつけようとする動きが目立つようになっていく。
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そんなモーニングを絶望させた出来事が8月31日に起こる。
その日、地下鉄の車内で乗客同士のいざこざが発生したため、警察が駅を閉鎖した。家にいたモーニングの元に、「負傷者がいる」という連絡が入ったので、夜だったがモーニングは迷わず駅まで向かう。しかし、駅は誰も入れないように閉鎖されていた。モーニングは、鉄格子のようなもので閉鎖された駅の入り口から、階段下にいる警察に向かって「救護のために入れてくれ」と訴える。国際人道法上、「救護活動の妨害」は違法であり、その事実を大きく記載した看板を掲げながらの訴えだった。
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しかし結局、警察は最後までモーニングを中には入れなかった。この出来事は、彼を数ヶ月間落ち込ませたそうだ。
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そして恐らく、「交通障害スト」に踏み切ったことが1つのきっかけとなったのだろう。デモ隊には、香港中文大学の学生が多かったこともあり、彼らは大学への籠城を計画した。道路や鉄道など、大学に至る3つの経路をすべて塞げば、大学への侵入は不可能になる。拠点を作り、長期籠城しつつ火炎瓶などを作成し、警察との徹底抗戦に備えるというわけだ。
そして、中文大学での抗戦は、後の香港理工大学での籠城へと繋がっていく。中文大学での経験があるから、より上手くやれる……というわけにはいかなかった。学生たちは、理工大学での籠城において、塗炭の苦しみを味わうことになってしまう。その最大の理由は、警察が理工大学を完全に封鎖したことにある。国際的なルールでは、市民運動に対して、警察は、「逃げ道」をきちんと用意しなければならないと定められているという。投降の意志を持つ者の脱出経路までは塞がないというルールがあるそうなのだ。しかし香港警察は徹底して理工大学を包囲した。籠城している者たちはそのまま、外部と完全に切り離されてしまったのである。
そしてこの事実が、香港市民にさらなる連帯をもたらすこととなった。理工大学から学生が逃げられなくなっていることを知り、多くの市民が救出のために協力するようになっていったのだ。
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その一方で、理工大学で籠城する者たちには厳しい選択が突きつけられた。彼らに残された選択肢は3つ。「ここで死を待つ」か「逮捕され10年刑務所で過ごす」か「どうにかして脱出経路を見つけて逃げ出す」かである。逃げることを選択し、下水道からの脱出を試みた者の中には、そのまま下水管の中で命を落としただろう者もいるという。下水道からの脱出に成功したデモ参加者の1人は、「首まで汚水に浸かり、ゴキブリが押し寄せる中、下水道の中で方向感覚を失った時が、最も精神的に追い詰められた」と語っていた。
籠城から16日後、警察が突入。1300人以上が逮捕される形で幕引きとなった。
この理工大学での籠城が、恐らく、2019年の香港デモの1つの頂点だったのだろう。その後は、デモ参加者たちの動きは抑制気味となり、逮捕を恐れて台湾へと逃れる者も出始める。2020年には、コロナウイルスの感染拡大を名目に、香港ではデモが禁じられた。完全に、息の根が止められてしまったと言っていいだろう。
現在までに、1万144名が逮捕され、2285名が起訴されたという。また、職権を逸脱したとして80名の警官が告発を受けたが、そのうち刑事訴追の対象となった者は1人もいないとも説明されていた。抵抗の火が消えてしまったわけではないだろうが、2020年6月に制定された香港国家安全維持法は、確実に市民運動を制約している。
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デモと聞くと、最前線に立って火炎瓶を投げたり、警察と衝突したりする者にやはり注目が集まるだろう。しかし、そういう役割だけが必要とされるのではない。彼らは街中の様々な場所に偵察隊を送り、警察の動きなどを把握する。そしてその情報を逐一データ入力し、地図アプリに反映させているのだ。これにより、警察の動きを把握しながら、デモ行為をし続けることが可能になる。
また、「車両班」が用意されていたことにも驚かされた。その主な役割は、「デモ参加者を無事に家まで送り届けること」だ。ここまで役割分担が明確化されていることにびっくりしたし、必要なサポートをきちんと準備しておく発想にも感心させられた。ある時など、200人以上が帰宅困難に陥ったことがあるそうで、その全員が帰れるように車の手配を行ったという。車両班の1人は、
1人も取り残さないという使命感を持っている。
と語っていたが、この感覚は恐らく、当時のデモ参加者全員に共有されたものだったはずだ。まさに、7月1日の「立法会占拠」での救出劇も、「1人も取り残さない」という発想が生んだものだったと言っていいだろう。
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デモ隊の中心は若者だが、香港の行く末を憂慮する年配世代も若者と共に立ち上がった。映画では、「陳おじさん」と呼ばれる人物が取り上げられる。年齢的には「おじいさん」と言っていいだろうこの人物は、当初「絶食」によって政権への抗議を示していた。しかしその後、「デモに参加する子どもたちを守る」という役割に徹することに決める。彼とその仲間たちは、デモそのものには参加しない。しかし、警察の動きを見張って、その動向を把握した上で、若者を安全に退避させたり、あるいは、若者が警察から不当な扱いを受けた際に抗議をしたりするのだ。その姿に、「一緒に立ち向かってくれている」と感動した若者は多かったようで、街頭に立つ陳おじさんにハグする若者の姿が何度も映し出された。
しかし、年配世代の全員がデモに賛同しているわけではない。デモ参加者の中には、家族との軋轢を抱えてしまう者もいる。映画には、デモに参加していることを家族に伏せているという高校生も登場した。バスケに行くと嘘をついてデモに参加しているそうだ。
デモ隊は、家族との関係に問題を抱える者たちの避難先も用意しており、シェアハウスのような場所で共同生活を行っている。危険を孕むデモに参加しているという連帯感も相まって、その避難先での生活は濃密なものとなり、次第に愛情が生まれてくると語っていた。
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その一方で、こんな風に語る者もいる。
装備があると誰なのか分かる。でも、素顔だと分からない。
デモで始まった関係だから、デモが終わったら関係が途絶えてしまう。
避難先で共同生活を行う者たちは、もちろんお互いに素顔を知っているが、デモ参加者の多くは、デモの現場で他の仲間と出会う。皆、顔を見られないようにバンダナやマスクで顔を覆っており、さらに催涙弾に備えるためにガスマスクもつけている。皆、装備品で個人を識別しており、素顔を知らない。だから、デモが終われば関係も終わってしまうと言っているわけだ。特殊な状況ゆえの「孤独」が描かれており、香港の未来やデモの行く末などとはまた違った軸で、若者たちの苦悩が描かれる場面だと感じた。
催涙ガスの悪影響について女性が語る場面も印象的だ。催涙ガスは目に見えない不調をもたらすそうで、特に女性の場合、生理不順が引き起こされてしまうという。経血が暗褐色か黒色に変色するそうだ。そういう意味でも彼ら彼女らは「身体を張っている」のである。
さらに酷いと言えるのが、不審死や性暴力の増加だ。
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香港では、デモが始まって以降、水死や行方不明などが増えたという。15歳の水泳選手が全裸で水死しているのが発見されたこともある。明らかに不審な状況だが、しかし警察は「不審死ではない」と断定し、まるで証拠隠滅でもするかのようにすぐに火葬されたそうだ。警察だか軍だかの官舎の窓から、恐らく死体だろう何かが落とされる映像も映画では流されていた。あれは一体何だったんだ? 本当に恐ろしい状況だと思う。
警察署では、逮捕されたデモ参加者の女性が警官からレイプされる事件も発生している。18歳の少女が警察署で集団レイプされ、その後妊娠したというニュースも報じられた。何桂藍記者は、14歳の学生から、「友人がレイプされそうになった」と耳にしたことがあるという。本当に最悪としか言いようがない状況だ。
デモ参加者の1人は、
命を懸けないと声を上げられない。
と語っていた。どんな理由があれ、そんな状況が許されていいはずがない。
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多くのことをやっても、それを誰にも言うことができない。それが辛い。だから、記録してくれているのは嬉しい。
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もちろん、デモ仲間には話すことができる。しかし、デモと関わりがない者には、自分が何をしたか語ることはできない。語れない理由については説明がなかったが、恐らく、デモに関わっていない者から批判されたり、密告されて逮捕されるみたいなことが日常的に起きているのだろう。デモの一環として何かを破壊したりする行為が「正しい」かどうかは一旦置くとして、デモ参加者たちは間違いなく「香港のため」を思って行動しているわけなので、それを「誰にも言えない」という状況は確かに辛いだろうと思う。
トークイベントでも、監督はこのように語っていた。
この映画が外国で上映されることは、今も香港に残っている人や、刑務所にいる人にとっても、「自分たちがしたことを誰かが見てくれる、覚えてくれる」と感じられる機会になるし、無駄じゃなかったんだと思えるから大事だ。
ウクライナ侵攻が起こる以前から既に、日本では香港の状況を伝える報道が少なくなっていたと思う。そして、この記事を書いている現在においては、ウクライナ侵攻に関するニュースも減っている。以前読んだ『こうして世界は誤解する』という本には、「報道は変化しか伝えない」と書かれていたが、まさにその通りだろう。香港にしてもウクライナにしても、「今もそのような状況にあり続けている」という継続的な「状態」こそが問題であるのに、結局報道は「変化」がなければニュースにならないと判断するのである。
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そしてその姿勢は、情報を受け取る私たちの責任でもあるはずだ。私たちはどうしても、「新たな変化(情報)を知りたい」と考えてしまう。であれば当然、それに合わせた報道が行われるだろう。
私たちが「情報」に対する態度を変えなければ、報じる側の姿勢も変わらない。そして結局、そのことがさらに私たちの無関心を増大させる結果となる。その事実は、中国をより利するだけだろう。中国にしてみれば、世界が香港に無関心であればあるほど都合がいいはずだからだ。
私たちは、どれだけ「できること」が少ないとしても、「知ること」だけはできる。そして、知ったことを元に考えることだってできる。そう改めて痛感させられた映画だった。
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トークイベントの中で明かされた、監督と息子とのやり取りが印象に残っている。息子の年齢は分からないが、私は勝手にまだ10代なのだと思う。そんな息子に監督は、自分が撮っている映画について説明した上で、「映画を撮り続けるべきか?」と聞いたそうだ。すると息子は少し考えて、
続けよう。そして真実を伝えよう。
と返した。
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さらに監督が、「香港から離れるべきかな?」と聞くと、
離れるのは止めよう。ここに残って、美しい香港を作っていこうよ。
と答えたという。なかなか気骨のある子どもである。
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日本でももっと公開館が増え、日本以外でも広く上映されることを願うばかりである。
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我々の日常生活は、原発が生み出す電気によって成り立っているが、核廃棄物の最終処分場は世界中で未だにどの国も決められていないのが現状だ。映画『地球で最も安全な場所を探して』をベースに、「核のゴミ」の問題の歴史と、それに立ち向かう人々の奮闘を知る
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【再生】ヤクザの現実を切り取る映画『ヤクザと家族』から、我々が生きる社会の”今”を知る
「ヤクザ」を排除するだけでは「アンダーグラウンドの世界」は無くならないし、恐らく状況はより悪化しただけのはずだ。映画『ヤクザと家族』から、「悪は徹底的に叩きのめす」「悪じゃなければ何をしてもいい」という社会の風潮について考える。
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【衝撃】森達也『A3』が指摘。地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教は社会を激変させた
「オウム真理教は特別だ、という理由で作られた”例外”が、いつの間にか社会の”前提”になっている」これが、森達也『A3』の主張の要点だ。異常な状態で続けられた麻原彰晃の裁判を傍聴したことをきっかけに、社会の”異様な”変質の正体を理解する。
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日本は、死を覚悟して福島第一原発に残った「Fukushima50」に救われた。東京を含めた東日本が壊滅してもおかしくなかった大災害において、現場の人間が何を考えどう行動したのかを、『死の淵を見た男』をベースに書く。全日本人必読の書
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三権分立の一翼を担う裁判所のことを、私たちはよく知らない。元エリート裁判官・瀬木比呂志と事件記者・清水潔の対談本『裁判所の正体』をベースに、「裁判所による統制」と「権力との癒着」について書く。「中世レベル」とさえ言われる日本の司法制度の現実は、「裁判になんか関わることない」という人も無視できないはずだ
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