【考察】アニメ映画『虐殺器官』は、「便利さが無関心を生む現実」をリアルに描く”無関心ではいられない作品”だ

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

「虐殺器官」公式HP

この映画をガイドにしながら記事を書いていきます

著:伊藤 計劃
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今どこで観れるのか?

この記事の3つの要点

  • 「見たいものしか見ない」というスタンスが蔓延してしまった世界
  • 「水道の水」と同じように、「そのプロセスの先で何が起こっているのか」を想像しようとしなくなる
  • 「愛する人を守るため」という「動機」が生み出す「悲劇」

エンタメ作品として面白いだけではなく、「こんな社会で良いのか?」と突きつける作品でもある

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません

「便利さ」を享受する世の中は「無関心」を加速させ、「無関心」は社会を悪い方向に進ませる

人間は、見たいものしか見ない

この言葉は、映画の中で繰り返し語られる。そう、「無関心」がテーマの作品なのだ。我々の生活がいかに「無関心」によって成り立っているのか、そしてその「無関心」がどのように人間社会の土台を蝕んでいるのか。その現実が誇張された形で描かれるこの映画から、我々がどんな社会に生きているのか改めて自覚することができるだろう

我々は、「なぜ”便利”な世の中に生きられるのか」を想像しない

私たちは、とても便利な世の中に生きている。スマホ1つあれば、あらゆる娯楽が手に入り、様々なモノを自宅まで届けてもらえ、現金を介在せずに支払いが可能だ。インターネットで調べれば世界中のどんなことも大体調べられるし、言語の壁があっても世界中の人と繋がれる可能性が開けている。人間が「めんどくさい」と感じることの多くは、お金を払えば、あるいはお金を払わずとも解決できる社会になっているのだ。

私たちは既に、「便利だ」という実感すらなかなか持つことはないと思う。それは、水道の水のようなものだろう。蛇口をひねれば水が出るのは当たり前だ。上水道があまり整備されていない諸外国を旅行するようなことでもなければ、「水道から水が出てくるってなんて便利なんだろう」などと感じることはないだろう。

世の中の様々な「便利さ」に対しても、同じような感覚のはずだ。

私たちは、「川の水がいかにして水道の水になるのか」を想像しない。そこには、様々な技術や人々の努力があるはずだが、そんなものに思いを馳せることはないはずだ。そういう「途中経過」を想像せずとも手に入れられるからこそ「便利」なのだから、当然と言えば当然である。

つまり「便利さを享受すること」は、「見たいものしか見ないこと」とまさに表裏一体なのだ。

チョコレートを安く食べられたり、美しいダイヤモンドを手に入れられるのは、発展途上国の人たちが低賃金で働かされているからだろう。あるいは世界的巨大企業が有する各国の工場での待遇が問題視されることも度々ある。二酸化炭素排出による気候変動や、プラスチックによる海洋汚染などは様々な形で人目に触れるようになってきたが、我々が知らず識らずの内に悪化させてしまっている状況はまだまだたくさんあるはずだ

そして、そういう現実を見なくても済む仕組みだからこそ、私たちは「安心して『便利さ』を享受できる」ことになる。「知らないでいられること」が「便利だと感じること」の隠れた前提条件になっているというわけだ。

この映画では、そんな「便利さ」と「無関心」の関係が誇大的に描かれる

映画では、「9.11同時多発テロを機に、ある程度以上のプライバシーを捨てることでテロの脅威を排除する選択がなされた世界」が描かれる。我々も、「防犯カメラ」という名の「監視カメラ」が街中に増えたり、銀行でのやり取りの際に「マネーロンダリングに関わらない」という条項を承諾したりと、9.11をきっかけにした様々な変化を感じていると思う。しかし映画では、私たちが生きる社会よりも遥かに厳しくテロの排除を掲げる。

その一環として、人々は日常生活の中でありとあらゆるデバイスに接続させられることになった。超管理社会である。あらゆる事柄が、指紋や虹彩による「認証」なしには行えない。人々は必然的に自身のプライバシーをある程度以上差し出さなければならず、テロを撲滅するという大義名分でそれを許容している。社会を構成するインフラが、人々を監視することを前提に整備されているが故に、誰がどこで何をしているのか見られることが当たり前の世の中を生きることになってしまっているのだ。

しかし一方で、デバイスに接続された世の中では、私たちが生きる世界以上の過剰な「便利さ」を享受することも可能だ。人々は、プライバシーを捨てることで「便利さ」を手に入れたのである。そしてそれが、「無関心」を加速させてもいるというわけだ。

「無関心」は社会をどう変質させるのか

この映画には、「無関心」を描き出すためのさらなる背景が存在する。それが「戦争」だ。

一般的に「戦争」を扱う映画では「戦争行為がもたらす葛藤」が描かれることが多いだろう。しかしこの映画は、そのような葛藤が描かれることはない、という意味で、「戦争」を扱った他の作品とは一線を画すると言える。主人公たちにとって「戦場」こそが「職場」であり、「戦争に身を投じていること」そのものが映画の核になることはない。

ではこの映画における「戦争」はどんな意味を持つのだろうか

主人公のクラヴィスは、目の前で起こっている「戦争」の酷さを理解しながらも、その現実に心を動かされはしない。彼らはそのような訓練を受けているのだ。しかし、その「戦争」がなぜ引き起こされたのかを理解したことで葛藤する。そしてその理由こそ、「便利さを享受することによる無関心」なのだ。

ある人物がクラヴィスにこう言う場面がある。

君たちは心に覆いをすることで無感覚になることを許容する。それは、子供を殺すことそのものより残虐だ。

これは「戦場における心得」として出てくるものだが、同時に、この映画全体を象徴する言葉と考えてもいいだろう。「目の間の現実に関心を持たないことの残虐さ」を示唆してもいるからだ。そしてクラヴィスは、この言葉が「戦場」を離れた「日常」にも当てはまるのだと知って驚愕することになる。

クラヴィスは、「テロを撲滅するため」という名目で暗殺任務を行う。彼にとってはそれが仕事だ。しかし、そのテロが引き起こされた遠因に、「便利な世界で生きている無関心な自分」もいると知り、彼は混乱する。テロ撲滅のために仕事をしている自分が、間接的にとはいえ、テロの発生に関わっているというのだから。

そして彼の葛藤は、そのまま観客にも突きつけられる便利な世界に生きるお前たちは、その「無関心」によって世界を悪化させてはいないだろうか? と。

仕事だから仕方ない。その言葉がこれまで、凡庸な人間からどれだけ残虐さを引き出してきたか。

プロセスが可視化されなければ、私たちはどこまでも残虐になれる。「仕事だから」という理由で何でもできてしまうのも、自分の行いが直接的に何を引き起こすのか、イメージできないからだろう。「便利さ」も「仕事だから」もともに、「プロセスへの無関心さ」に繋がるし、そのプロセスを辿った先で起こりうる悲劇を想像せずに済む。

トランプ元大統領の登場以降、世界中で「自国優先主義」が加速したと感じる。その感覚はますます、プロセスの先を想像する力を奪うだろう。そんな社会に生きる私たちは、「ただ生きている」というだけで社会を悪化させ得る存在になってしまったのではないだろうか。

「無関心」を利用して社会を混乱させる男

この映画には、「現実の誇張」ではない、明らかな(と断言できる保証はないが)フィクションが組み込まれている。それこそがまさに『虐殺器官』というタイトルに関わる部分であるので、この記事では具体的には触れない。「人間の脳には『ある器官』が存在する」という仮定のもとで展開されるその要素は、人類が歩んできた「あまりに愚かな歴史」を説明するものとして非常に説得力があり、原作小説を執筆した伊藤計劃の慧眼が光る設定だと感じた。

この「脳の器官」は別に、人間を「無関心」に陥らせるわけではない。しかし、人々の「無関心」が蔓延した世界だからこそ、その「脳の器官」を人為的に刺激する行為に意味が生じるのだ。その行為は世界全体を「悲劇」に導くが、人々はあまりに「無関心」であるが故に、その「悲劇」を知らずにいる。「テロを撲滅する」という名目で実装された社会インフラによって「自由にテロが行える環境」が手に入った、という皮肉すら、この映画からは感じられるだろう。

ジョン・ポールという言語学者がキーパーソンなのだが、彼の「動機」は非常に興味深く、その点においても考えさせられる映画だ。

繰り返すが、彼は「悲劇」を引き起こす行動を取っている。それは、客観的に見れば恐ろしく酷い行為だ。しかし映画を観て、彼の「動機」に賛同してしまう人は多いかもしれないとも思う。具体性を排してその「動機」だけを抽出すれば「愛する人を守るため」となるし、「愛する人を守るためなら仕方ない」と感じる人ももしかしたらいるかもしれない。

「無関心」が強くなればなるほど、「自分さえ良ければいい」という感覚も強くなるだろう。プロセスの先が見えないことで「無関心」が強化され、「無関心」が強化されることで、プロセスの先が見えても感情が動かされなくなる悪循環が生まれる、という言い方をしてもいいかもしれない。そういう社会であればあるほど、ジョン・ポールの行為を「是」と捉える人は増えるだろう

しかし私は、彼の行為を生理的に拒絶する。やはりそれは、倫理的に許されていいはずがないからだ。

その一方で、ジョン・ポールその人に対する嫌悪感はさほど覚えない。それは、彼が「残虐性」に対して自覚的だからだ。

この映画で描かれる名もなき人々は、「『無関心さ』ゆえに『残虐さ』を発露している存在」として登場すると言っていい。しかし一方ジョン・ポールは、「『残虐さ』を自覚しているが故に『無関心』ではいられない存在」と言えるだろう。行為の是非は一旦脇に置くとして、「世の中に対して『無関心』にはなれない」というジョン・ポールの人間性は、私には悪くないように感じられた。

ジョン・ポールの行為を世間が知れば、世間は彼を批判し拒絶するだろう。しかしそんな世間の方こそ、その「無関心」さ故に、世界を静かに悪化させている張本人なのだ。「どちらが悪いか」を問うことに本質的な意味はない。表層的に物事を捉えることの危険性を示唆していると受け取るべきだろう。

私たちは「ただ生きているだけ」で世界を悪化させている。そんな自覚こそが、世界を少しはマシなものに変えるために必要な第一歩ではないかと感じさせられた。

映画の内容紹介

2020年、アメリカ情報軍特殊検索軍i分遣隊に所属するクラヴィス・シェパードはある暗殺ミッションのためグルジアに派遣された。対象はジョン・ポール。彼について知らされている情報はほとんどない。グルジアで内戦を引き起こしたとされる首相との会談予定日を狙っていたのだが、結局ジョンは姿を現さなかった。作戦は失敗だ。それどころか、PTSDを発症しないようにと調整されたプログラムが齟齬をきたし、緊急避難的に仲間の1人を撃ち殺すことになってしまった。

彼らは通常、「感覚適応調整」や「痛覚マスキング」などの措置を施されることで、戦闘に適した心理状態を維持し、的確な判断を行えるよう調整されている。いわば「戦闘マシーン」のような状態なのだ。それゆえ、PTSDなど発症しないはずであり、状況が理解できずにいる。

消息が途絶えたジョン・ポールを追うため、暗殺に失敗した彼らにようやくジョンについての情報が開示された。MITで学んだ言語学者だったが、その後、国家など大きな相手をクライアントにイメージ戦略を提案するインターメディアグループに入社し、そこで頭角を表す。担当した国で様々な成果を上げたため、国家の補佐官に推されるほど評価は高まったのだ。しかし一方で、彼が関わった国では必ず内戦や虐殺が発生するという奇妙な現実もある。果たしてジョンは何か関係しているのだろうか。

こうして徐々にジョンの危険性が認識されるようになり、国防総省とも仕事をしていたことがある彼の暗殺命令が下された。しかしCIAがその任務に失敗し続けたため、クラヴィスらに回ってきたのだ。

彼らは、ジョンが最後に目撃されたプラハで潜入捜査を開始する。プラハには、チェコ語を外国人に教えることで生計を立てるルツィア・スクロープバという女性が暮らしており、ジョンが最後に目撃されたのが彼女の部屋だった。5年前、サラエボで手製の核爆弾によるテロが起こり、そのテロでジョンは妻子を喪ったのだが、彼はその時ルツィアと不倫の真っ最中だったのだ

そしてその後、ジョンの目撃情報は途絶えてしまう。

クラヴィスはルツィアと接触し、ジョンに関する情報を得ようとするが、その過程でクラヴィスは彼女に惹かれていき……。

著:伊藤 計劃
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最後に

私は本書の原作も読んでいるのだが、原作は私にはあまりにも難しく、読んでもさっぱり理解できなかった

映画も決して易しいとは言えない作品だが、小説よりはずっと理解しやすい。「なるほど、こういう話だったのか」と実感できたことがとても良かった。

私は正直、そこまで強く「便利さ」を求める気持ちがない。それは「『便利さ』に慣れる自分が怖い」という感覚から来るものだ。「それなしでは現代社会を生きられない」「それを使うと状況が激変する」みたいなものであれば利用するが、「ちょっと便利になるぐらい」の変化しかもたらさないのであれば、敢えて「不便な方」に留まるように意識している

だからといって、「私自身は『無関心』による世界の悪化に加担していない」などと言いたいわけではない。自分がその「便利さ」を享受しているかどうかに関わらず、「そんな便利な世の中」を許容している時点で同罪だろう。しかし、私のような人間だからこそ、客観視できることもあるだろうとは思っている。

映画は単純に、物語としてもとても面白いが、この作品に触れることで、「プロセスの先を想像してみる」という意識を得られるのではないかとも思う。それは、「無関心」を意識的に脱するための第一歩となるだろう。

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