【秘話】15年で世界を変えたグーグルの”異常な”創業エピソード。収益化無視の無料ビジネスはなぜ成功した?:『グーグル秘録』

目次

はじめに

この記事で取り上げる本

著:ケン・オーレッタ, 翻訳:土方 奈美
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この本をガイドにしながら記事を書いていきます

この記事の3つの要点

  • 創業から4年経っても、収益化の目処がまったく立っていなかったグーグル
  • 収益化に無関心だった創業者2人の、無邪気な理想主義
  • グーグルを軌道に乗せた2人の立役者と、グーグルの内奥に入り込んだ著者の奮闘

良い意味でも悪い意味でも”イカれている”創業者2人の生き様に私は強く惹かれる

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

世界を一変させた「グーグル」とはどんな企業なのか?『グーグル秘録』から知る、「無邪気さ」と「偶然」によってたどり着いた現在地

スマホやインターネットを使っている人間で、グーグルの恩恵を受けていない人はそういないだろう。「Gmail」「Google Chrome」「Google Map」などは誰もが日常的に使っているだろうし、YouTubeもグーグルが買収したサービスだ。もし今この瞬間に、「グーグルという会社と、グーグルが生み出したすべての技術」が消えるとしたら、社会は大混乱に陥るのではないだろうか

それぐらい、私たちの生活にグーグルが深く関係している

そんな「世界を一変させた企業」について、あなたはどのぐらい知っているだろうか? その問いに答えるのが本書である。著者のケン・オーレッタは、

ケン・オーレッタほど、今起こりつつあるメディア革命を完全にカバーしている記者はいない。

と評されるほど、その分野に精通したジャーナリストだ。本書はグーグルについての本ではあるが、同時に、グーグルが登場したことで破壊されてしまった世界についても描いているグーグルという一企業を中心に据えた、「世界のメディア産業の激変」を描く作品というわけだ。

ちなみに本書は、日本での単行本の発売が2010年、アメリカで発売されたのはそれ以前である。つまり、最新の情報に触れられている作品ではない。ただ本書は、どちらかと言えば「歴史書」に近いと言っていいだろう。グーグルがどのように創業され、いかにして今のような地点にたどり着くことになったのかが描かれる作品なので、最新の情報が含まれていないことは、本書の欠点にはならない。その点を理解して手に取ってほしいと思う。

創業当初は、売上を見込める予測がまったく存在しなかった

グーグルは、メディア産業のあり方を一変させた

伝統メディアでは、コンテンツのある場所に視聴者を連れていくことが大切だった。だが新たなメディアでは、コンテンツがある場所に視聴者を連れて行くのではなく、視聴者のいるところにコンテンツを届けることが重要だ。そして視聴者は、ウェブのありとあらゆる場所に存在するんだ。

生まれながらにしてインターネットが存在する世代にとっては、「自分の元に情報が届くこと」が当たり前だろう。しかしそれまでは、新聞なりテレビなり映画なり何でもいいが、「そのコンテンツがある場所にユーザーを連れて行く」必要があった。そんな、伝統メディアにとって常識的だった考え方を、グーグルは創業からたった10数年で打ち破ってしまったのである。

また、グーグルがもたらした新たな価値観として、「ネットは無料であるべき」という考えも挙げられるだろう。

グーグルは無料サービスを通じて、「ネット上の情報やコンテンツは無料であるべきだ」という意識を広めた。それこそ伝統メディアが目下、必死で抵抗しているものだ。「”グーグル世代”とも言うべき企業は、デジタルなものはすべて無料にすべき、というシンプルな前提にもとづいて成長してきた」とアンダーソンは書いている。

グーグルの革命的だった点は、「すべてが無料」という点だ。一般的なユーザーが、グーグルに対して何か支払いを行うことはないだろう。少なくとも私は、グーグルに対して何か料金を支払ったことはないと思う。そしてそんな、何もかもを無料で打ち出すグーグルが、最終的にとんでもない額の広告収入を得ているのだ。2008年の広告収入は、5大テレビ・ネットワーク(CBS・NBC・ABC・FOX・CW)の合計に拮抗するそうだ。恐らく2022年現在は、2008年時点よりも遥かに増えているだろう。

しかし、創業者2人を始めとして、グーグルがこのように収益を生み出せるようになるなどとは、誰も考えていなかった。そこに、グーグルという企業の凄まじさがあると感じる。

グーグルがCPCという画期的な広告手法を発明し、「アドワーズ」と名付けて稼働させたのが2002年のこと既に創業から4年が経っていた。つまり、この4年間、グーグルには「収入」が存在しなかったというわけだ。また「アドワーズ」にしても、起死回生の一手として生み出されたなんてことはない。これが収益の柱になるとは誰も考えていなかったというから驚きだ。

そもそも創業者の2人、ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンは、「収益化」にはほとんど関心を示さなかったという。ただ、この表現は正確ではない。正しくは、「『検索の質を高めれば、自ずと収益化の方法が見つかるはず』という信念を疑うことなく持ち続けていた」である。

二人ともグーグルの宣伝のためには1セントたりとも使う気はなかった。

会社には収入はほとんどなかったが、ペイジもブリンも、グーグルが完成さえすればユーザーは集まってくると信じて疑わなかった。

本書には、「創業者2人が収益化にいかに無関心だったか」を示す凄まじいエピソードが記されている。

ついにひとりの記者がまっとうな質問を投げかけた。「グーグルはどうやって利益を上げるのか?」
「我々の目標は、検索という行為をできるかぎり快適にすることだ。収益の最大化ではない」とブリンは言い切った。

あるクレジットカード会社(実際にはビザ)が、グーグルのホームページに自社のロゴマークを載せ、リンクを張ってくれれば五百万ドル支払うと申し出たことがあるが、ペイジとブリンはまったく相手にしなかった。

このスタンスこそ、まさに「グーグル」なのである。結果としてグーグルは、CPCという手法を発明し、現在に至る「世界を一変させた企業」への道を歩んでいく。しかしCPCの開発は、あくまで偶然にすぎなかったと語っている。もしグーグルが画期的な広告手法を生み出せなかったから、グーグルは現在のような企業としては存在しなかっただろう

ある意味で世界を支配しているような存在でもあるグーグルの創業者が、「収益化にまったく関心がなかった」というのは驚くべき事実であるようにも感じられる。しかしだからこそ、普通ではあり得ない企業として異端的な存在感を示すことにもなったのだとも感じた。

創業者2人の「無邪気さ」と、グーグルを大きくしたキーパーソン

それでは、創業者2人は一体何に関心を持っていたのか。それはシンプルに、次のように表現できる。

シュミットと創業者たちの理想とは何か? それは検索をするユーザーの真意をたちどころに理解できるほどの情報を手に入れ、問いに対して唯一最高の答えのみを提示できるようになり、ユーザーにこれ以上ないというほどの満足感を与えることだ。

なんとも理想主義的な主張だと感じるだろう。そう、彼らは「理想主義者」だと受け取られているのだ。

ペイジとブリンを「ユートピアン(理想主義者)」と評する。「彼らは質の高い情報さえ手に入れば、誰もがより良い生活を送れると信じている。『技術さえできれば、おのずとうまくいく』と考える二人は、”技術的楽観主義”と言えるだろう」

ペイジとブリンには、別の共通点もあった。二人は共に、やや救世主めいた理想主義に燃えていた。グーグルを創業した背景には、広告は人々をだまして無駄金を使わせているという憤りや、インターネットこそ人々を開放する、民主的な精神を育むはずだという強い思いがあった。

私は基本的に、あまのじゃくや奇人変人が大好きなので、アップル製品を1つも使っていないにも拘わらず、スティーヴ・ジョブズには興味を抱いている。同じように、ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンにも強く惹かれてしまった。彼らのあまりに「理想主義的」な願望は、普通には実現不可能だろう。2022年現在の話であればまだしも、彼らがそのように考えてグーグルを創業したのは1998年のことだ。Windows95が発売されてからたった3年、日本ではまだインターネットがまともには普及していなかった頃である。そんな時代に、「ストレスフリーの検索を実現すれば世の中はハッピーになる」と主張するのは、なかなかにイカれていると思う。しかしだからこそ面白いし、そんな異端的な創業者だからこそ、グーグルという特異な会社が生まれたとも言えるだろう。

理想主義的と言えば、

グーグルのスローガンは、「邪悪になってはいけない」

どうすれば邪悪なことをせずに成長できるか。

というスタンスも興味深い。しかし、ネットで調べてみると、この「Don’t Be Evil(邪悪になってはいけない)」というスローガンは、2018年に外されたようだ。そのことが何を意味するのかは分からないが、少なくともグーグルは「邪悪になってはいけない」というスタンスで創業され、そのスローガンと共に長い間歩んできたというのは確かである。

さて、収益化にまったく興味がなかったグーグルが、創業からしばらくの間なんとか持ちこたえ、どうにか会社を軌道に乗せることができたのは、エリック・シュミットとビル・キャンベルの2人の存在のお陰だ。エリック・シュミットはグーグルのCEOとして会社を率い、ビル・キャンベルは経営相談役として創業者2人をコーチした。どちらも、その世界では知らない者のいない超有名人である。

ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンは共にエンジニアだ。グーグルは「エンジニアがキングだ」という社風を持つ会社であり、その中でエンジニアにいかに力を発揮してもらうかという点において2人は抜群の能力を発揮する。しかし、「会社経営」という点ではどちらも覚束ない。創業当初、「事業計画書を作ってくれ」と言われた2人が「何それ?」と返したというエピソードも本書では紹介されている。2人の”世話役”なくして、グーグルの成功はあり得なかったというわけだ。

本書を読めば分かるが、グーグルという会社はかなり「運」に好かれていたと言っていい。エリック・シュミットとビル・キャンベルというプロの経営者2人が関わっていたとしても、普通は乗り越えられないだろう事態が次々に起こっていたのだ。本当に、私たちが知っているようなグーグルとして今も生き残っているのは、奇跡だと言っていいだろう

良いところも悪いところもすべて描き出す

著者は本書の執筆に当たり、グーグルの協力を取り付けることに苦心したと書いている。

同社は協力を渋った。共同創業者をはじめ、同社幹部は本の電子化には熱心だが、本を読むことには大して興味がないのだ。執筆に協力するのは”時間の無駄”ではないかと懸念していた。そこで私は、本書の使命はグーグルのしていることや、メディア業界をどのように変えようとしているかを理解し、説明することであり、グーグルは私のプロジェクトを検索と同じ発想で考えるべきだと訴えた。優れた本が完成すれば、検索結果の上位に表示され、多くの人の目に触れるようになる――。何ヶ月もドアを蹴飛ばしつづけた結果、彼らはようやく私を受け入れてくれた。

こうして著者は、本書執筆に至るまでにグーグル社員に対して150回以上のインタビューを行い、その内実を探ってきた。その過程で著者は、何度も同じような質問を受けたという。

グーグルの社員からは、自分たちにとって好ましい本になるのか、とよく聞かれた。それに対する私の答えはいつも同じで、私がきちんとした仕事をすれば、彼らにとって好ましくない事柄も含まれるだろうというものだった。

その言葉通り、本書には良い面も悪い面も書かれている。それは創業者2人に対しても変わらない。

著者が創業者2人を絶賛する場面ももちろん多々ある

創業者二人に共通するのは「常識を覆すような発想をうながす能力」だ。彼らには、”並外れた洞察力”に加えて、周囲の人々の発想を刺激する才能があることに気付いたという。

ペイジとブリンは、どこでこうしたブレのない姿勢を身につけたのだろう?
「経験がないのには、プラスとマイナスがある。僕らは予備知識がなかったから、これまでとは違うやり方を試すことに抵抗がなかったんだ。それが明確な目的意識のおかげかはわからないな。後から考えてそうだと思うのは、単にうまく言っているだけかもしれないしね」とペイジは言う。

一方で、悪い面についても触れている。その多くは、「創業者2人の『他人の気持ちを理解する能力』の欠如」に関するものであることが多い。

またしてもブリンとペイジは、自分たちの意図を疑われる可能性を想定したり、数字では説明できない消費者の不安に耳を傾けたりする能力のなさを見事に露呈したのである。

一人の人間の価値を、客観的な指標のみで測れるなどという考えはばかげている。これは若い起業家の例にもれず、社会人としてペイジとブリンの視野がいかに狭いかを物語る事例といえるだろう。彼らの成功の一因は、目標から頑なに目をそらさなかったことだ。だが創業前にペイジが経営の本を何冊か読んでいたとはいえ、二人の知識やモノの見方はきわめて偏っていた。

なんとなく、「理系男子」のようなイメージをしてもらえればいいだろう。好きなことを突き詰め、途方もない成果を生み出すことには長けているが、「共感力」は低く、他人や社会の感覚を理解することには難がある。それらを総合して著者は、彼らをこんな風に評している。

三人の優秀さや成功ぶりは人々に感動を与えるが、彼らの言葉やイメージはこころを揺さぶるものではない。彼らはスティーブ・ジョブズではないのだ。才能あるセールスマンでも、啓蒙的なリーダーでもない。

スティーヴ・ジョブズについての本も何冊か読んだことがあるが、彼もまた「共感力」という点ではかなり劣っている人物だと感じた。では、ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンとは一体何が違うのだろう? そう考えたとき、「技術」ではなく「物語」で世界を変えようとしたジョブズのスタンスこそが大きな違いなのかもしれないと感じた。

いずれにしても、グーグルもその創業者たちもとんでもない企業・人物であることは間違いない。そんな企業の「創世の歴史」に触れてみてはいかがだろうか?

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最後に

本書は、巻末の訳注も含めれば650ページを超えるかなりの分量の作品だ。私は、テック系の知識にはかなり疎い方だが、それでも面白く読める作品だった。

何かとんでもない事態でも起こらない限り、私たちは永遠にグーグルという企業と関わらざるを得ないだろう。確かにグーグルは、生活を便利にする様々なサービスを生み出してくれている。しかし、グーグルがどのようなスタンスを取るかによって、一気に「悪の存在」へと変わる危険性があるのだと意識しておく必要はあるだろう。

無料で便利だからといって、何も考えずにその有益さを享受するだけでいいのか。本書を読んで、改めてその点について考えてみるのもいいだろう。

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