【挑戦】相対性理論の光速度不変の原理を無視した主張『光速より速い光』は、青木薫訳だから安心だぞ

目次

はじめに

この記事で取り上げる本

著:ジョアオ・マゲイジョ, 翻訳:青木 薫
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この本をガイドにしながら記事を書いていきます

この記事の3つの要点

  • アインシュタインが生み出した「特殊相対性理論」に真っ向から反する、ジョアオ・マゲイジョの「VSL理論」
  • 「ビッグバン理論」には「地平線問題」「平坦性問題」という難問があり、それらを「インフレーション理論」が解決した
  • 「インフレーション理論」が正しい根拠はまだ存在しないため、著者は代わりになる仮説について思考し、「VSL理論」に行き着いた

科学書の名著を多数翻訳している青木薫訳であることも、本書が「真っ当な本」である証拠と言えるだろう

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

「トンデモ本」かと思った『光速より速い光』は、アインシュタイン理論に理性的に反対する刺激的な内容だった

本書の著者はポルトガル出身の物理学者である。執筆当時はイギリスの大学で教授を務めていた。

彼が本書で主張する仮説は「光速変動(VSL)理論」と呼ばれている。本書の日本語訳の出版は2003年。既に20年近く経っている。この「VSL理論」が現在科学の世界でどのように扱われているのか、私は知らない。しかし、ネットでざっくり調べてみると、「認められてもいないし、否定されてもいない」という状態にあるように思う。まあそのこと自体は、科学理論としては普通の状態と言えるだろう。今後もし、「VSL理論」を裏付ける証拠が発見されれば、一気に宇宙論の主流に躍り出る可能性もあるだろう

後で詳しく触れるが、「光速より速い光」というタイトルや、「光速変動理論」という理論の名前から、科学に少しでも知識を持つ者なら「胡散臭さ」を感じ取るはずだ。私も、本書の存在を初めて知った時には「トンデモ本」ではないかと疑った。しかし読んでみて、非常に面白く、また真っ当に書かれた本だと理解できた。もちろん、著者が「科学の常識を覆す異端的な主張をしていること」に変わりはないのだが、少なくとも「真っ当な研究者」であることだけは間違いないと言えるだろう。

「光速より速い光」「光速変動理論」は何故「胡散臭さ」を感じさせるのか?

昔から、「アインシュタインは実は間違っていた!」みたいな本は、結構出版されてきた。別にアインシュタインに限る話ではない。「既存の常識は誤りだ」という主張に耳目を集めるために、オカルトや「ムー」的な領域に属する人たちが、キャッチーな有名人を引っ張り出してきて自説を主張するのは、定番と言っていいだろう。そして本書『光速より速い光』も最初は、そのような「トンデモ本」だと思ったのだ。

しかし、何故そう感じたのか。科学にあまり詳しくない人は分からないだろうと思う。その説明のために、まずはアインシュタインが生み出した「特殊相対性理論」のの話から始めよう。もちろん、「そんなことは既に知っている」という方は読み飛ばしてもらって構わない。

アインシュタインは、「特殊相対性理論」「一般相対性理論」というまったく異なる理論を生み出し、科学の世界に衝撃を与えた。これらは一般的に「相対性理論」と区別なく呼ばれていると思うが、本書に関係するのは、「奇跡の年」と呼ばれる1905年にアインシュタインが発表した「特殊相対性理論」の方だ。早速脱線するが、アインシュタインはなんと、特許局で働く職員だった1905年に5本の科学論文を発表し、そのどれもが「世界を一変させるような衝撃的なもの」だったという、藤井聡太もビックリの弩級のデビューを飾った科学者なのである。

さてそんな「特殊相対性理論」だが、物理学の世界では「特殊相対性理論ほど正しいものはない」と言われるほど、その正しさに絶大な信頼が置かれているという。著者自身も本書で、そのように書いている。そして、著者が提唱する「VSL理論」はまさに、「特殊相対性理論を否定する仮説」なのである。これだけで既に、どれだけ異端的な主張か理解できるだろう

「特殊相対性理論」は、非常にシンプルな前提から導かれる理論である。その前提というのが、「光の速度はどんな場合であっても一定」というものだ。これは「光速度不変の原理」と呼ばれている。アインシュタインが生み出した、大変異端的でありながら現実を正しく描像する、実に見事な発想というわけなのだ。

アインシュタインが生み出した「光速度不変の原理」がいかに異常な主張なのか説明しよう。まずは日常的な話から。例えばA・Bという2台の車がずっと真っ直ぐな道を共に時速100kmで並走しているとしよう。道路上にいる人がこれらの車の速度を測定すれば、当然どちらも「時速100km」となるが、Aの車からBの車を観察すると、Bの車は止まっているように、つまり「時速0km」であるように見えるはずだ

このように「速度」というのは、「どのような状態で測定するか」によって異なるというのが、私たちが生きる世界の常識的な考えなのである。

しかしアインシュタインは、「光だけは違う」と主張した光の速度(で進むもの)は、どんな状態で測定しても一定だというのである。例えば先程とほとんど同じ状況だが、今度はA・Bの車が光速で並走しているとしよう。この状況でAの車からBの車を見た場合、Bの車の速度は「時速0km」ではなく「光速(秒速30万km)」に見えるというわけだ。

そんなバカな、と感じるかもしれないが、少なくとも現代物理学では、アインシュタインのこの主張は正しいものと受け取られている。「光の速度は、どんな場合でも一定の値を取る」というわけだ。つまり、「光速より速い光」など存在するはずがないのである。アインシュタインの主張もなかなかイカれているのだが、とはいえ、長い年月を掛けて正しいことが認められている。だからこそ、そんなアインシュタインに真っ向勝負を挑むジョアオ・マゲイジョのヤバさが際立つことになるのだ。

本書の訳者である青木薫も、「翻訳を頼まれた時に『トンデモ本』だと感じた」とあとがきに書いている。まあ、少しでも科学の知識を持っている人間なら全員そう感じるだろう。一方で、私が本書を読もうと考えたのは、「青木薫が訳している」という点がとても大きい。私はこれまでも、科学に関する本をかなり読んできたが、その多くを青木薫が訳していた。翻訳の科学書でここまで頻繁に名前を見るということは、相当信頼されている訳者なのだろう。実際、これまで読んだ「青木薫訳」の科学書は、どれも素晴らしいものだった。だからこそ、トンデモ本にしか見えない本書も読んでみようという気になったのだ。

そしてやはり本書も、実に面白い作品だったのである。

「ビッグバン理論」を補う「インフレーション理論」についての説明

本書では「VSL理論」の説明がいきなり始まるわけではない。一般向けの科学書ということもあり、「なぜアインシュタインに真っ向勝負を挑むような理論が必要なのか」というその背景がまず語られるのである。そしてその中で最も重要なのが「インフレーション理論」というわけだ。これは、宇宙の始まりを説明する「ビッグバン理論」を拡張するような考え方である。そして、「VSL理論」は「インフレーション理論」では説明しきれない部分を補うために生み出されたということが語られていく。

というわけで、「『ビッグバン理論』は何故『インフレーション理論』を必要としたのか」について説明していこう。

「宇宙がビッグバンから始まった」という話は、科学に詳しくない人でも知っているだろう。不正確な表現だが、とにかくどでかい爆発が起こって宇宙が生まれたという考え方である。しかし、当初考えられていた「ビッグバン理論」には、重大な欠陥が2つも存在した。それが「地平線問題」と「平坦性問題」である。

「地平線問題」とは、「宇宙は何故これほどまでに均質なのか」という疑問がもたらす問題だ。

宇宙には「宇宙背景放射」と呼ばれるものが存在する。これは「ビッグバンの名残」とも呼ばれており、「『ビッグバンが起こった直後の状態の宇宙』にしか発することが出来ない電波」ぐらいの理解でいいだろう。この「宇宙背景放射」が発見されたことで「ビッグバン理論」の正しさが証明されたわけだが、しかし同時に、この「宇宙背景放射」が「ビッグバン理論」の欠陥を炙り出すことにもなった

というのも、「宇宙背景放射」は宇宙のどの場所でもほぼ同じ値を示すのだが、これはとてもおかしいのである。何故なら、宇宙は誕生した直後、猛烈な勢いで膨張したはずだからだ。

そのイメージを掴むために、こんなことを考えよう。膨らます前の風船にサインペンで2つの点Aを・Bを書くとする。なるべく点同士は近くなるようにしよう。この風船を膨らませてみると、「点A・Bの距離」が、膨らませる前と比べてどんどんと広がっていくのがイメージできるだろう。そしてざっくりとではあるが、ビッグバンという現象も、風船が膨らむようなイメージで捉えられる。ただしその膨張スピードは風船などとは較べものにならないくらい速い。

風船の場合と同じように考えると、ビッグバン直後の空間内に2点A・Bを定めたとして、膨張によってとんでもなく広がってしまうことになる。それなのに、「宇宙背景放射」の値はどこもほぼ同じなのだ。空間が一瞬で膨張し引き離されてしまったのだから、場所ごとに「宇宙背景放射」の値が違っている方がむしろ自然なのだが、どうしてこれほど「宇宙背景放射」は同じ値を示すのか。これが「地平線問題」である。

一方の「平坦性問題」についてはまず、「綱引き」を想像してもらおう。引き合う両者に力の差があれば綱はどちらかにあっさりと引っ張られてしまうが、両者の力が拮抗していれば、綱はほとんど動かないままである。

そして同じような考え方が、宇宙にも適用可能だ。宇宙には「宇宙空間を膨張させようとする力」と「宇宙空間を縮小させようとする力」が存在しており、これらの力の比は「Ω(オメガ)」と呼ばれている。Ωが1に近ければ近いほど、両者の力が拮抗し、宇宙は「膨張し過ぎもしないし、縮小し過ぎもしない、安定した状態」を保つことになるというわけだ。この安定した状態のことを「平坦な宇宙」と呼んでいる

Ωは測定可能な数値であり、現在の観測によるとΩはほぼ1に近い数字なのだという。つまり、私たちが生きている宇宙は「平坦な宇宙」であるというわけだ。

しかしこの事実は、非常に不可思議でもある。というのも理論上、「Ωが限りなく1に近い数字になる可能性」は非常に低いからだ。例えば、ビッグバン直後のΩが1よりちょっとでも大きな数字だった場合、宇宙は縮小しすぎてビッグクランチ(ビッグバンの逆)になってしまうことが分かっている。一方、ビッグバン直後のΩが1よりちょっと小さな数字だった場合は、宇宙が常軌を逸したスピードで膨張してしまい、恒星や銀河が形成される時間がないという。

つまり、私たちが生きている「平坦な宇宙」が実現するためには、ビッグバン直後のΩがとんでもない精度で1に近くなければならないことになるのだ。具体的な数字で書くと、ビッグバン直後のΩは、「0.999999999999999」から「1.000000000000001」の間でなければならなかったとされている。これはかなり奇跡的なことに感じられるだろうと思う。

提唱された当初のビッグバン理論では、ビッグバン直後のΩの値になんの制約も課されないため、「Ωがとんでもない精度で1に近い状態から始まった」ことに必然性があるという説明ができない。これが「平坦性問題」である。

そして、このような「欠陥」を修正するために生まれたのが「インフレーション理論」というわけだ。この記事では、「インフレーション理論」がどのようにして「地平線問題」「平坦性問題」を解決するのかには触れないが、とにかく「インフレーション理論」は「ビッグバン理論」の致命的な欠陥を見事に補うことに成功した。

しかし、現在に至るまで「インフレーション理論」を支持するような証拠は発見されていない。確かに「インフレーション理論」は、「地平線問題」「平坦性問題」を解決するほぼ唯一と言っていい仮説だ。ただ、観測や実験で検証が行われたわけではないし、また、「インフレーション理論」でも十全に説明しきれていない点もある。著者は本書で、「多くの科学者は、『インフレーション理論は不完全』だと考えている」みたいなことさえ書いているのだ。今はそれしか説明がないから仕方なく受け入れているが、「インフレーション理論」が示す通りのことが実際に起こったかの確証は未だに存在しないのである。

「インフレーション理論」の代わりとなる仮説として「VSL理論」が生まれた

さてここまでくれば、著者が「VSL理論」を生み出した動機が見えてくるだろう。つまり、「インフレーション理論が正しいと認められているわけではないのだから、インフレーション理論に代わる仮説もまだ検討の余地がある」と考えたというわけだ。そして、そんな理論を探している時に、彼はふとひらめく。「ビッグバン直後の宇宙で、もしも光が今よりも早く進んでいたとすれば、『地平線問題』も『平坦性問題』も解消できるのではないか」と。

そのアイデアから、実際に「VSL理論」の構築に至るまでにはかなりの紆余曲折があったのだが、幸いこのアイデアは上手くいった。現在、光速は「秒速約30万km」だと知られているが、ビッグバン直後の宇宙ではそれより速く光が進んでいたと考えれば、「地平線問題」も「平坦性問題」も解決されるというわけだ。しかもそれだけではない。彼が生み出した「VSL理論」は、宇宙論における他の難問も解決するように思われたのである。これは非常に有望だと言っていいだろう。複数の問題を解決するのに複数の仮説を必要とするよりは、1つの仮説で解決できるほうが良いに決まっているからだ。

しかし、やはり最大の問題は「アインシュタインの光速度不変の原理を無視している」という点にある。この問題は「特殊相対性理論を無視している」というだけに留まらない。アインシュタインが生み出した「光速度不変の原理」は、宇宙論とは関係ない分野にも関わってくるからだ。科学のあらゆる場面で、「光速は一定である」という考えが当たり前のように使われているのである。

例えば著者は、「光速が変動する」という理論を受け入れる場合、「エネルギー保存の法則」が破られることに気づいた。科学においては、この「エネルギー保存の法則」もまた、「光速度不変の原理」と同じぐらい重要だと言っていいだろう。このように、「光の速度が一定ではない」という考えを組み込むだけで、物理学のあらゆる領域に影響を及ぼしてしまうのである。とはいえ、「『エネルギー保存の法則』が破られる」ことによって「平坦性問題」が解決されるというのだから、科学理論というのは面白いものだと思う。

科学にとっての「光速」は、数学における「円周率」みたいなものかもしれない。円周率(π)もまた、数学の世界においては、「円周率」などとはまったく関係ない領域にも登場する、非常に不可思議な存在だ。そんなわけで、「光速が変動する」という主張は、「円周率が変動する」と考えることに近い気がしている。

「VSL理論」は、「インフレーション理論」では説明できない他のいくつかの問題にも解決策を与えると著者は主張しており、その点だけ捉えれば、仮説としては「インフレーション理論」を上回っていると言えるかもしれない。しかし、そんな「VSL理論」は、科学者にとって禁忌とも言うべき「『光速度不変の原理』の否定」の上に成り立っているのだ。仮に正しいとしても、科学者にとっては受け入れ難いのではないかと思う

本書の帯に、天文学者ジョン・ウェッブがこんな言葉を寄せている。

この理論が証明されれば、まさしく過去100年間でもっとも重要な発見である。

物理学における根本とも言える基本ルールに敢えて疑問を投げかけたジョアオ・マゲイジョが生み出した「VSL理論」は、科学史に残る大発見となるのだろうか。2016年のネット記事で、「VSL理論」を証明するかもしれない観測結果について触れられていた。

科学者がどんな結論を導き出すのか、楽しみにしたいと思う

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最後に

本書は一般向けの科学書であり、科学について詳しく説明する作品なのだが、ところどころ著者のエッセイのような文章が混じる。その多くは、イギリスで研究を行う著者が感じる「イギリスの変なお国柄」だ。研究の過程で様々な障害にぶち当たるのだが、その一端に「イギリス人の国民性」が関わっており、著者が経験した様々な面白いエピソードをユーモラスに語っている。「研究者の日常」を知る機会は普段なかなかないが、そんな世界を少しだけ垣間見れる作品でもあると感じた。

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