【天才】『ご冗談でしょう、ファインマンさん』は、科学者のイメージが変わる逸話満載の非・科学エッセイ

目次

はじめに

この記事で取り上げる本

著:R.P.ファインマン, 著:大貫 昌子
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この本をガイドにしながら記事を書いていきます

この記事の3つの要点

  • 科学者としても超一流でありながら、まったく科学者らしくないエピソードで知られる超異端児
  • 「イタズラ好きの嘘つき」として知られ、発言をまったく信じてもらえない
  • 原爆開発に携わっていた時代の「イタズラエピソード」

「ファインマンがいかに天才だったか」についてさえも、科学的な知識に触れずに描き出す作品です

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

古今東西様々な科学者の中でも、その圧倒的な「天才性」と「エピソード力」で唯一無二のファインマンの自伝

科学者の中で恐らく最も有名だろうアインシュタインや、リンゴのエピソードでお馴染みのニュートン、あるいは「車椅子の物理学者」として知られたホーキングらと比べると、「ファインマン」という名前は有名とは言えないかもしれない。理系分野に関わる人間でファインマンを知らない者はそうそういないと思うが、文系分野への関心が強いという方にはきっと馴染みは薄いだろう。世間一般に最も知られているだろう「ファインマンの功績」は、「スペースシャトル・チャレンジャー号の事故原因の究明」だと思うが、「チャレンジャー号の事故原因を究明した科学者がいる」という事実を知っていたとしても、その科学者がファインマンだと認識している人は多くはないのではないだろうか。

しかしこのファインマン、科学者としてももちろん凄まじい頭脳の持ち主なのだが、とにかく科学者としてではない顔がメチャクチャ面白い。むしろ、文系分野に関心が強いという人にこそ、「ファインマンのエピソード」は面白がってもらえるのではないかとさえ思う。

この記事では、世界的大ベストセラー『ご冗談でしょう、ファインマンさん』を紹介する。科学者自身が執筆した本でありながら、科学に関する話はほぼ出て来ないという、かなり変わった本だ。つまり、「科学の話をしなくても一切成立するぐらい、ファインマンの日常は面白いエピソードで満載」と捉えていいだろう。

例えば、ブラジルで生活していた彼は、サンバの時期に見慣れない楽器をかじってみる。あるいは、ストリップバーの片隅で研究を続けたり、まったく描けなかった絵を猛特訓して個展を開くまでに成長するなど、「科学者だ」と紹介されなければ絶対に職業が分からないような人物なのである。

「物理には興味がない」「科学は難しいから嫌い」という人でも、きっと面白く読める1冊だと思う

ファインマンの科学者としての功績については、以下の記事にまとめてある。興味がある方は併せて読んでみてほしい。

ファインマンは周りからどんな風に扱われ、物事をどんな風に見ていたのか

ファインマンがどんな人間だと見られていたのか非常によく分かるエピソードから紹介しよう。

ファインマンは常にイタズラばかりしていたのだが、学生時代にはこんなこともやっている。何故か入り口が2つある部屋があり、その内の1つがどうやら誰かに盗まれてしまったようだと知ったファインマンは、残っていたもう1つのドアを盗み隠してしまったのだ。

その部屋の持ち主は色んな人に「ドアの行方を知らないか」と聞くが全然分からない。当然ファインマンも聞かれたので、「ドアを盗ったのは僕だよ」と正直に答えたのだが、ファインマンは「嘘ばかりついて人を騙す」と評判だったので誰も聞く耳を持たなかった

その後夕食の席で、何人かでこの問題について話し合い、その場にいた全員に「ドアを盗ったかどうか」について答えさせようということになる。当然、他の面々はまったく身に覚えがないのだから「知らない」と答え、一方のファインマンはここでも正直に「僕がやりました」と口にした。しかしやはり誰も信じず、むしろ「ふざけるなよ、ファインマン」と怒られてしまった、という話だ。

この話だけで、「ファインマンがどんな人物であり、どんな風に扱われていたのか」が一発で理解できるのではないかと思う。

また、こんな話も載っている。ある大学から、「是非ウチに来てほしい」と声を掛けられたファインマンは、提示された給料の額を見て断ったという。低かったのではない。高かったのだ。彼はこんな風に断りの連絡をしたと本書に書かれている。

給料のことを読んでから、ますますこれはどうしても辞退しなくてはならないと決心しました。どうしてそのような莫大な給料の職を辞退するのかといいますと、実はいつも僕がやりたいと思っていること――つまりすばらしい女性をアパートに囲って、何かいいものを買ってやるとかいったこと――が、その給料ならば実際にできるからです。そしてそうなればもうどういうことになるかは言うまでもないでしょう。僕は彼女が何をしているかなどと絶えず気をもんだうえ、家に帰ればいざこざがもちあがるに違いない。こういう心配事があると、いきおい僕は気楽でなくなり、不幸になってしまう。そうなると物理の研究にうちこむこともできなくなって、僕はめちゃくちゃになります! 僕がいつもやりたいと思っていることは、実は僕のためにならないのです。だから僕はこのお話はどうしてもお受けできないと、心に決めたしだいです。

なんとも変わった「断りの理由」だと感じるだろう。

私の印象では、給料云々が一番の理由なのではなく、「ワクワクしなかった」からではないかと感じた。ファインマンはとにかく、「面白い方に進む」という生き方を徹底していたように思うし、彼が考える「面白さ」は「お金で実現できるようなものではない」という感覚もあったことだろう。しかしそうとは言わず、「給料を理由に断る」という体にしているのではないか、と感じた。いずれにしても、変わった人物だと思う

ファインマンは、人間や社会を観察することも趣味だったようで、様々な場面で彼の鋭い視点を感じることができる。興味深いと感じたのは、「『覚えること』と『理解すること』の違い」に関するエピソードだ。

ブラジルで教鞭をとっていたファインマンは、非常に不思議な状況に直面した。まったく同じ内容の質問なのだが、どう問うかによって学生がスラスラ答えたり答えに窮したりするのだ。その時の経験を踏まえて、ファインマンは講演会で以下のような話を披露したことがある。

あるところに、ギリシャ語をこよなく愛したギリシャ人の学者がいました。この学者は、自国でギリシャ語を学んでいる子どもがあまりいないことを知っています。しかしある国を訪れた際、そこでは猫も杓子も小学生も、皆がギリシャ語を学んでいることを知り大喜びしました。

学者は、この国でギリシャ語の学位を取るために試験を受けに来た学生に、「真実と美との関係についてソクラテスがどう考えていたか?」と質問してみました。これは、ギリシャ語を学んでいる人であれば容易に答えられるはずの質問です。しかし学生はこの質問にまったく答えられませんでした。そこで学者は改めて、「饗宴の第三部で、ソクラテスはプラトンに何と言ったか?」と質問してみます。するとこの学生は、一語一句間違えずに『饗宴』の一節を見事なギリシャ語で諳んじました。

しかし、「饗宴の第三部でソクラテスがプラトンに話した内容」こそ、まさに「真実と美との関係についてソクラテスがどう考えていたか?」についてのものだったのです。この学生は「覚えること」は得意でも、その内容を「理解すること」は不得意だったということでしょう。

この話、もし学生時代に読んでいたら耳が痛かったかもしれない。いや、学生時代は「理解しているつもり」だったので、自分が「ただ覚えているだけ」だとは気づかなかった可能性もあるだろうか。いずれにしても、「何かを学ぶ」ということについての非常に本質的な指摘だと感じた。そしてファインマンは、このような話を分かりやすく說明する術にも長けていたのである。

さらにファインマンには、こんなエピソードもある。

学生時代に、専攻とは関係ない生物学の講座に紛れ込んでいた時のこと。何故か「猫の筋肉」について発表する機会があった。ファインマンはまず、『動物解剖図解』という本に載っていた様々な筋肉の名前を挙げることから始めたという。

すると全部言い終わらない内に、クラスの連中が「そんなものみんな分かっているよ」と言い出した。確かに、そう言いたくなってしまうかもしれない。しかし、その後でファインマンが口にしたことが面白い

道理で四年間も生物学をやってきた君たちに僕がさっさと追いつけるはずだよ。

意味が分かるだろうか? ファインマンは、「本を見れば分かるようなことをいちいち暗記なんかしているから、学びや研究が進まないんだ」と言っているのである。私は「覚えること」にも一定の価値はあると思うが、しかし確かに、ファインマンの指摘にも納得してしまった。「教育」について考えさせられる発言だと思う。

このようにファインマンは、様々な点で「本質」を衝く鋭さを持っていたと言っていいだろう。

ファインマンはどのぐらい「天才」だったのか

本書には、ファインマンの天才性を示す様々なエピソードも紹介されている。

例えば有名なのは、「ファインマンは『自ら生み出したか、自分でも証明を行った考え』しか用いたがらなかった」という話だろう。科学者として身を立てるようになってからも、「既に証明済みの問題を、独自のやり方で解き直す」なんてことをよくやっていたそうだ。その片鱗は学生時代からあり、高校時代には、数学の定理や物理の法則を発明・再発見することに没頭していたという。

ファインマンのこのスタンスが、後に「量子力学を経路積分という新しい発想で捉える」という成果に繋がっていくことになる。この「経路積分」という考え方は量子力学に多大な貢献をもたらし、量子力学の見方を一変させたそうだ。しかし一方で、私のような門外漢からすれば、「ファインマンがもっと人跡未踏の地に踏み入れていれば、より様々な知見が明らかになったのではないか」とも感じてしまった

ファインマンは、専門分野であろうがなかろうが他人の論文を鵜呑みにはしなかったそうで、興味の赴くまま、自ら様々な実験を行っている。例えば、「アリはどのように食物を探しているのか」が気になったことがあった。大学時代、部屋にいるアリを見てふと疑問に感じたそうだ。そしてそこから、仮説を立て、自分で考えた様々な実験を経て、その仕組みを解き明かしてしまう。「好奇心」と「根気」こそ、ファインマンの天才性を支える柱なのだろうと実感できるエピソードだ。

さて、ファインマンの天才性が子どもの頃からぶっ飛んでいたことを示すエピソードを紹介しよう。ファインマンは物理学者でありながら、数学者にしかできないような難しい積分もあっさり解いてしまうのだが、その背景に、高校時代の教師が関係しているという話だ。

ある時、高校の物理の教師が、ファインマンに居残りを命じてこんな話をした

ファインマン。君は授業中話はするし、どうもやかましくていかんが、その理由はわかってる。退屈してるんだろう、君は。この本をあげるから、後ろの隅っこの席に行って自分で勉強しなさい。この本に書いてあることがみんなわかるようになったら、またしゃべってもよろしい。

教師は、ファインマンがその天才性ゆえに授業に退屈していることを見抜いたのだろう。それからファインマンは本当に、物理の授業中は教室の後ろで教師から渡された本で自学したそうだ。日本の学校では、なかなかこのようなスタイルは許容されないだろう。ただ最近では日本では、いわゆる「ギフテッド」と呼ばれる天才たちに対する教育を見直そうという動きが出ているという話も聞く。彼らも是非、ファインマンが幸運にも出会ったこの教師のような大人と出会ってほしいと思う。

原爆開発時代のエピソード

ファインマンは、ロスアラモスで原爆開発に関わっていたことでも知られている。というか、当時アメリカにいた物理学者で原爆開発に携わっていない者を探す方が難しいだろう。アメリカ国籍を取得していたもののユダヤ人だからと警戒されていたアインシュタインを除けば、名のある物理学者は大体何らかの形で原爆開発に関係していたはずだ。

しかし本書には、「原爆開発」そのもののエピソードはまったく出てこない。相変わらずファインマンは、イタズラばかりしていたようだ。

「ロスアラモスで原爆開発をしている」という情報は、当時の第一級の極秘事項であったため、当然、ロスアラモスにいる科学者が外部とやり取りする手紙はすべて検閲されていた。しかしファインマンは、そのことが気に食わない。だから、検閲官をからかってやろうと、あの手この手で色んなイタズラを仕掛けるのである。

まずは両親に、「暗号化された手紙」を送らせた。当然だが、その手紙は検閲で止められ、ファインマンは呼び出される。しかしファインマンにその暗号が解けるわけではない。彼は両親に「『暗号化された手紙』を送ってくれ」と伝えただけで、暗号を解く鍵を知っているわけではないからだ。というか、息子に言われて「暗号化された手紙」を送る両親も両親である。

またこんなこともあった。ファインマンの妻は、ロスアラモスで手紙が検閲されていることを知っており、そんな妻から、「何だか○○に肩越しにのぞかれているみたいで手紙が書きにくいわ」という手紙が届く。ただ、「◯◯」の部分のインクが滲んでいた。ファインマンは検閲官に抗議する。検閲官は、中身は読んでも、手紙に手を加えないのがルールだったからだ。しかし検閲官は、「もしやるんだとしてもインク消しなんか使わない。ハサミで切るんだ」と反論した

その後妻から、「いいえ、インク消しなんか使うもんですか。きっと○○がやったんでしょう」という返事が来る。しかし今度は、「◯◯」の部分がハサミで切り取られていた。そこで再びファインマンは検閲官に文句を言う、と言った具合である。もちろんこれも、妻と協力してのイタズラだ。

そんなことをしていると、検閲官も疲れたのだろう。ファインマンに対して「奥さんに『検閲について手紙で触れるのを止める』ように伝えてくれ」と言われる。そこでファインマンは妻宛ての手紙に、「僕は君に手紙の中で検閲ということに触れぬよう通告せよとの指令を受けた」ときちんと書いたのだが、すぐにまた検閲に呼び出されてしまった。検閲官はなんと、「『検閲』という言葉を使うな」というのだ。だったらどうやって「検閲を止めろ」と伝えればいいんだろう? こんなコントのようなやり取りも記録されている。

こんな風にしてファインマンは、「『検閲』が気に食わないから検閲官をからかってやろう」というだけの動機であらゆるイタズラを仕掛けるのだ。その執念とユーモアは見事だと感じさせられる。

また、こんなエピソードも興味深い。当時の物理学界で「神様」のような存在だと扱われていたニールス・ボーアとの関わりだ

ある時、ロスアラモスにボーアがやってくることになった。そしてまさにその日の朝、ボーアの息子からファインマンの元に電話がかかってくるボーアが君と話したいと言っているというのだ。当時まだ若かったファインマンは、原爆開発プロジェクトのメンバーの中でもペーペーのような存在でしかなかった。そんな彼に直々にボーアからのご指名が入ったのだ。ファインマンがボーアに会いに行くと、原爆の効率を上げる方法に関する話のようだった。ファインマンは科学の話になると相手の立場を忘れてしまうため、その時もボーアの意見をばっさりと切って捨てたという

その後、ペーペーだったファインマンにボーアが会いたがった理由を知る機会が訪れる。ボーアは息子に、かつてこんな風に話したことがあるというのだ。

後ろの方に座っているあの若者の名前を覚えているかな? 僕をおそれず僕の考えが無茶なら無茶と平気で言えるのは、あいつだけだ。この次にまた、いろいろな考えを論じるときには、何を言っても「はいはいボーア博士、ごもっともです」としか言わない連中と話し合ったって無駄だ。まずあの男をつかまえて先に話をしてからにしよう。

権威におもねらないファインマンのスタイルも素晴らしいが、権威に安住しないボーアの姿勢も見事だと感じた。後年、ノーベル賞を受賞したことで、ファインマンも否応なしに「権威」側に立たされることになり、それで面倒を背負うことになってしまうわけだが、このような「真理の前では皆平等」みたいなスタンスは非常に好ましいと思う。

著:R.P.ファインマン, 著:大貫 昌子
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最後に

いかがだろうか? 本書のごくごく一部の内容に触れたに過ぎないが、それでもかなり興味を惹かれる部分が多かったのではないかと思う科学者としても超一流で、その上でこのような面白エピソード満載の科学者など、まず存在しない。本書は、そんな面白エピソードの方だけを詰め込んだ作品であり、科学に興味がないという人でも興味深く読めるはずだ。

異端的科学者の爆笑の人生を是非感じてほしい

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