【驚嘆】「現在は森でキノコ狩り」と噂の天才”変人”数学者グリゴリー・ペレルマンの「ポアンカレ予想証明」に至る生涯:『完全なる証明』

目次

はじめに

この記事で取り上げる本

著:マーシャ ガッセン, 原著:Gessen,Masha, 翻訳:薫, 青木
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この本をガイドにしながら記事を書いていきます

この記事の3つの要点

  • 難問を解き明かし、名声を集めながらも、現在は「森の奥でキノコ狩りをしている」と噂されるほど、人間社会から遠ざかっている
  • ソ連の学校教育に馴染めなかった「ギフテッド」が、周囲の支えを得て数学者として羽ばたくまでの軌跡
  • 突如「ポアンカレ予想」に関する論文を発表し、凄まじい評価を受けながらも、彼が数学界に失望していった理由

変人が多い数学者の中でも、とびきりの変人と言っていいペレルマンの「過去」を知ることが出来る1冊

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

世紀の難問ポアンカレ予想を証明した天才”変人”数学者ペレルマンの生涯を描く評伝『完全なる証明』

本書は決して「数学の本」ではない。数学的な記述はほぼ出て来ないし、本書全体に関わる「ポアンカレ予想」自体の説明も、非常に短い。本書は、ペレルマンという数学者の生涯を描く作品であり、数学が苦手だという人でも十分に楽しめるはずだと思う。

ちなみに、「ポアンカレ予想」については別の記事で詳しく説明しているのでそちらを読んでほしい。

今回の記事では「ポアンカレ予想」そのものの説明はしないが、数学の世界でどれぐらい重要だとされているのかについては触れておこう。

2000年、クレイ数学研究所が「ミレニアム懸賞問題」と名付けた7つの未解決問題を発表した。そのどれもが、数学界において極めて重要であり、解決が望まれている。そしてその内の1つが「ポアンカレ予想」というわけだ。「懸賞」と付く通り、7つの未解決問題の内どれか1つでも証明すれば100万ドルの賞金を手にすることが出来る。1ドル100円だとしても1億円だ。「ポアンカレ予想」はつまり、「1億円の懸賞金をかけてでも証明してほしい問題」なのである。

7つの「ミレニアム懸賞問題」の内、この記事を書いている時点で証明済みなのは「ポアンカレ予想」だけこれだけでもペレルマンの凄まじさが伝わるだろう。さらに驚くべき点がある。ペレルマンは当然、100万ドルの賞金を受け取る権利を手にしたのだが、彼はなんと賞金の受け取りを断ったのだ。それだけではない。「数学界のノーベル賞」と呼ばれ、4年に1度しか受賞者が発表されない数学界最高の栄誉「フィールズ賞」も辞退している。もちろん、「フィールズ賞」の辞退など、前代未聞で、ペレルマン以外には例がない。

相当の「変人」だと感じるだろう。数学者には、ぶっ飛んだ逸話を持つ「変人」が多いのだが、ペレルマンもかなりのレベルだと言っていい。

そんな人物を描いたのが、本書『完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者』である

本書には、ペレルマン本人のインタビューは載っていない。著者はペレルマンに接触出来なかったのだ。これは著者に限る話ではない。ペレルマンは現在、世俗との関わりを断って生活していると言われているのだ。「森でキノコを採取している」なんて噂も出るほどである。ペレルマンの恩師さえ連絡が取れないというのだから、その徹底ぶりはかなりのものと言えるだろう。

その生涯は、信じがたいほど波乱に満ちている

著者がペレルマンに関心を抱いた動機と本書の構成、そしてペレルマンの「出会いの強運」

本書の冒頭で著者は、「何故ペレルマンの本を書こうと思ったか」について、その理由を3つ挙げている。

  • ペレルマンは何故、「ポアンカレ予想」の証明にたどり着くことが出来たのか
  • ペレルマンは何故、数学を、そしてそれまで住んでいた世界までをも捨ててしまったのか
  • ペレルマンは何故、賞金の受け取りを拒んだのか

本書は基本的に、これらの疑問に答える作品だと言っていい。

その上で、本書の内容は大きく2つに分けられる

  • ソ連の数学教育の環境において、子ども時代のペレルマンはどのように育っていったのか
  • ペレルマンは何故、数学界に失望していったのか

そしてそれらの描写の合間に、「ポアンカレ予想」の証明に関する話題が様々に組み込まれるという構成になっている。

それではまず、ソ連の教育環境の話から書いていこう。

天才数学者に関する本なのだから、「ソ連の教育環境はとても良かった」とイメージする人もいるかもしれない。しかし実際には逆だ。ペレルマンはソ連の教育環境の中でかなり苦労を強いられることになる。現代日本でも状況はさして変わらないが、「ギフテッド」であるが故の苦悩に苛まれていたのだ。

本書の著者は、ペレルマンと同年代の人物であり、ペレルマンと同じユダヤ人でもある。だから、ペレルマンが当時受けたのと同じような公教育を受けたと考えていいだろう。著者は自身の経験を交えながら当時を語る。「世界初の社会主義国家」として注目を集めていたソ連は、「平等であること」を追求しすぎたのか、教育においても「平等であること」が求められたそうだ。つまり、「突出した才能を持つ人間の意欲や能力が著しく制約されていた」わけである。そのまま学校教育しか受けずにいたら、「ポアンカレ予想を証明する天才数学者ペレルマン」は生まれなかったかもしれない。

彼にとって救いだったのは、「数学の才能を持つ者を集めて教育しよう」と考えた人物がいたことだ。そのような環境が作られなければ、彼がまともに数学を学ぶ環境は得られなかったはずだし、その才能が開花することもなかっただろう。

この話に限らないが、ペレルマンは子ども時代、とにかく「人との出会い」に恵まれていた。まさに「強運」の持ち主だと言っていいだろう。詳しい状況については是非本書を読んでほしいが、彼がいかに「出会いの強運」に恵まれていたのかがなんとなく想像できるだろう、こんな文章を引用しておこうと思う。

かくして、ペレルマンの守護天使たちの系譜は続いていった。ルクシンが彼の手を引いて数学コンペティションまで連れて行き、リジクが大切に世話をして高校を卒業させ、大学ではザルガラーが問題を解く彼の能力を育てて、干渉も邪魔もされずに数学を続けられるようにとアレクサンドロフとブラゴに託した。ブラゴは彼をグラモフに託し、グロモフは彼を世界へと連れ出したのである。

名前が挙がった中の誰か一人でも欠けていたとすれば、彼が数学者になることは恐らくなかっただろう。というのも、ペレルマンはかなりの「問題児」だったからだ。「風呂に入らない」「着替えない」「爪を切らない」といった日常生活に関する部分から、「自分だけではなく、他人に対しても厳しいルールを押し付けてしまう」という性格上の問題まで、ペレルマンは生きていく上での様々な難点を抱えていた。彼の数学の才能を見抜き、育てていこうと望む者の存在がなければ、間違いなく社会からはじかれていただろう。厳しいルールを他人にも押し付けてしまうペレルマンの振る舞いについて、本書ではかなり詳しく触れられているが、その様は、他人とのコミュニケーションにかなり困難が生じるだろうと想像させるものだ。彼のこの性格は、後に数学界を離れ、孤立していく生き方にも関わってくる

またそもそも、ソ連という国にも大きな問題があった。ロシアになってからもきっと大差ないのだろうが、本書を読むと、ソ連時代の「融通の利かなさ」もなかなか凄まじいことが分かる。ペレルマンは、「ユダヤ人」だという理由で数学オリンピックへの出場が危ぶまれたり、大学院に進めなくなりかけたりと、国家の決定に様々に左右されてしまう。ペレルマン自身がその状況をどう捉えていたかについては、本人への取材が叶わなかったこともあり不明ではあるが、いずれにせよ、その度に周囲の人間が手を差し伸べ、障壁をクリアする必要があった。ペレルマンを大学院に入れるために、レニングラードの数学者コミュニティやアカデミー会員が総出で闘ったほどで、この点からも、いかにペレルマンの才能が傑出していたかが伝わるだろうと思う。

ソ連という国家や、当時の時代背景などに翻弄されながらも、出会う人の運にも恵まれて、才能ある若者が広い世界へと進んでいく過程が丁寧に描かれていく。

「ポアンカレ予想」の証明と、その後の孤立

ペレルマンは、様々な人たちの協力を得てソ連を脱し、数学者として世界に羽ばたいていくことになる。

ペレルマンが最初に注目されたのはアメリカでのことだった。彼は、20年前にアメリカの数学者が取り組んでまったく歯が立たなかった超難問「ソウル問題」をあっさりと証明、一躍世界にその名を轟かせたのだ。しかし、やがてペレルマンはアメリカを去る。世界中のあらゆる大学から誘いがやってきたものの、それらをすべて断り、再びソ連に戻る決断をしたのだ。他人とのコミュニケーションに難ありのペレルマンは、数学者という特異なコミュニティであっても、やはり異国の雰囲気に馴染めなかったのだろう。

その後、ペレルマンの動向はまったく分からなくなる。しかしある日当然、彼はネット上に1本の論文を掲載した。さらに、何人かの数学者に「その論文を読んでほしい」とメールまで送ったのだ。その時点で数学者たちは、「何か大変なことが起こっている」と直感した。というのもペレルマンは、不完全な成果を出すような人間ではなかったからだ。極度の完璧主義者だと知られていたため、ペレルマンが論文を発表したのであれば、間違っているはずがないと多くの数学者が考えたのである。

ペレルマンが発表した論文は決して、「ポアンカレ予想」についてのものではなかった。しかし、ネット上に掲載されたこの論文が、最終的に「ポアンカレ予想」の解決をもたらすことになる。というのもその論文は、「ポアンカレ予想」を解決するためにハミルトンという数学者が開発した「リッチフロー」と呼ばれる手法に関する独創的な論文だったからだ。

「ポアンカレ予想」は、多くの数学者が様々なアイデアを持ち寄り、かなり良い線まで証明が進んでいたものの、最後の最後で暗礁に乗り上げているという状態だった。数学の証明に関しては、「それまでどの程度貢献を果たしたかに関係なく、最後のピースを埋めた人物が『証明を行った者』とみなされる」というルールがある。「ポアンカレ予想」については、サーストンが提唱した「幾何化予想」によって問題が整理され、またハミルトンが「リッチフロー」という強力な武器が生み出すなど先人の貢献も大きかったのだが、最後の最後に残った問題を、ペレルマンが解決したというわけだ。証明のチェックには2年もの月日を要したが、最終的に「『ポアンカレ予想』の最後のピースをペレルマンが埋めた」と認められたのである。

当然のことながら、ペレルマンの名声はうなぎ上りに上がっていった。先述した通り、7つの「ミレニアム懸賞問題」の内、解決済みなのは「ポアンカレ予想」だけ。そして彼は、その最大にして最後の障壁を乗り越えた人物なのだ。評価されないはずがない。しかし、名声が高まれば高まるほど、ペレルマンは世間から隔絶していった。その背景には、先程も触れたペレルマンの難しい性格も関係しているのだが、さらに、あまりにも高潔な精神を持つペレルマンが、数学界の「狂熱」みたいなものに嫌気が差したという側面もある

その状況を、著者はこんな喩えで分かりやすく説明している

もしあなたが、途方もない難問を解いた人物に対し、大学が――その大学にはそれを理解できる者が一人もいなくても――金銭の提供を申し出るのは当然だろうと思うなら、次のような例を考えてみてほしい。出版社が作家を招いてこう言う。私はあなたの作品はどれも読んだことがありません。実を言えば、どの作品であれ、最後まで読んだことのある者は我が社には一人もいないのです。でも、あなたは天才だそうですから、契約書にサインしていただきたいと。

なるほど、分かりやすい

実際のところ、数学は出版とは違う。出版の場合、どれだけ難解な小説であろうと、とりあえず「読んで感想を言う」ぐらいのことは出来るはずだ。しかし数学の場合は、「あまりに難しすぎるが故に、そもそも論文さえ読めない」という状況は起こり得る。単純に比較するのはフェアではないだろう。とはいえこの喩えは、ペレルマンが置かれた状況を実に端的に表現するものでもあると感じた。

また、ペレルマンが数学界に失望した理由はもう1つある。それを理解してもらうためにまず、ペレルマンの論文がいかに独創的だったかを説明しよう。

「ポアンカレ予想」は「数学」の未解決問題であり、当然、この問題に取り組む誰もが、「数学」的な手法で解決を目指していた。しかしペレルマンはなんと、「物理学」の「熱伝導方程式」に似た発想を用いて「リッチフロー」という手法を改良し、最終的に「ポアンカレ予想」を解決に導いたのだ。数学と物理学との間に驚くべき関連が発見されることはままあるが、「ポアンカレ予想」に長年取り組んでいた者からすれば寝耳に水の状況だったと言える。

さて、そんな背景もあったのだろう、「ポアンカレ予想」の証明に貢献した数学者マイケル・フリードマンが、ペレルマンの仕事について、

トポロジーにとってちょっと残念なことだ。

新聞にコメントしたという。その理由についてさらに、

ペレルマンがその分野で最大の難問を解いてしまったせいで、いまやトポロジーは魅力を失い、結果として、今いるような才能あふれる若者たちは、もうこの分野からいなくなってしまうだろう。

と語ったそうだ。「トポロジー」という分野におけるいわば「聖杯」というべき難問「ポアンカレ予想」が解かれてしまったら、「トポロジー」の魅力が薄れてしまうし、さらに「トポロジー」とは何の関係もないやり方で証明されてしまったのだからなおさらだ、ということなのだろう。確かに、その気持ちも分からないではない。しかし、「誰もが解決を待ちわびていた難問」が解かれたのだから、そんな言い草はないだろうとも思う。もちろん、このような反応が決して多かったとは思わないが、少しでもあるというだけで繊細な人間にとってはダメージになってしまうはずだ。もう少し何かが違っていれば、今もペレルマンは数学(そして人間)世界から離れることなく、新たな難問に取り組んでいたかもしれない。そう考えるととても残念に感じられる

類まれな才能にどう向き合うべきかについても考えさせられる作品だ。

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最後に

本書の訳者は青木薫であり、理系本の翻訳者として私が非常に信頼している人物だ。訳の良し悪しが分かるわけではないのだが、「青木薫が訳を担当している本にハズレはない」とは思っている。外国人作家が書く科学・物理・数学に関する本を読もうと思う場合、「青木薫訳かどうか」で選んでみるのもオススメだ。

「研究者」というのは総じて、どこか変わった部分を持っているものだが、中でも「数学者」の変人度合いはずば抜けていると私は思っている。そんな変人揃いの数学者の中でも、ペレルマンは別格の存在と言っていいだろう。そんな人物について丹念に掘り下げ、本人の言葉を得られないままここまで肉薄している点は見事だと感じた。

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