目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:田中泯, 出演:石原淋, 出演:中村達也, 出演:大友良英, 出演:ライコー・フェリックス, Writer:犬童一心, 監督:犬童一心
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この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- モダンバレエの稽古場で感じた「鏡に映る自分」への違和感
- どこまで深く掘ったところで、田中泯の「踊り」には正解も不正解も存在しない
- 世界的数学者・岡潔との共通項、そして哲学者ロジェ・カイヨワとの邂逅
他に類を見ない、唯一無二の存在感を放つ74歳の田中泯に圧倒された
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記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
唯一無二の”踊り”を追求する「田中泯」に肉薄するドキュメンタリー映画『名付けようのない踊り』
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私は「田中泯」というダンサーの存在をは、この映画で初めて知った。それまでにももしかしたら何かで目にしたことがあるのかもしれないが、少なくともその人物を「田中泯」だと認識してはいない。
最近、学校の授業でも取り入れられるくらい「ダンス」は当たり前の存在になっているし、多くの若者がその世界に飛び込んでいると思う。ただ、田中泯の「踊り」は「ダンス」とはまた少し違うものがある。その点については後で触れるつもりだが、田中泯は他に類を見ない、唯一無二の存在感だと感じさせられた。
「表現」とは「私を表現すること」こそが最上と言えるのだろうか?
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映画の中で田中泯が、モダンバレエの教室に通っていた時のエピソードを話していた。フランスで大ブレイクを果たす以前のことだ。彼は、「稽古場の鏡」が嫌だったと言っていた。
向こうに映っている自分に支配され、囚われているように感じてしまった。
「名付けようのない踊り」(監督:犬童一心、主演:田中泯)
彼のこの発言を聞いて、ふと思い出したことがある。少し前にテレビで見たバラエティ番組での一コマだ。
世界中で撮影された動画を見てスタジオゲストがコメントを入れる番組を観ていた時のこと。水没した道路で立ち往生している車を見つけたトラクターの運転手が、子どもを含む4人を助けるという外国の動画が流れる。その動画を撮影しているのは、トラクターの運転手自身。その場には、トラクターの運転手以外にも何人かの人がいたため、彼はスマホで撮影しながらでも救助活動が出来たのである。
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この映像を見たスタジオゲストの1人が、「救助の様子を自撮りしてるってのが、なんかちょっと嫌だよね」と発言した。これに私はとても共感したことを覚えている。
田中泯の話と比較するようなエピソードではまったくないのだが、しかし、カメラも鏡も、「他者目線の自分」を映し出すものだと言っていいだろう。そして、それに対する感覚がまったく違う形で表出していることが印象的だった。トラクターの運転手は「他者目線の自分」を自ら発信し、一方で田中泯は、鏡に映る「他者目線の自分」が自分を支配する感覚に嫌なものを感じ取っていたのである。
鏡を嫌悪していた頃、彼は「”私”を表現しろ」「個性を出せ」とも言われていたという。しかし彼は、その「当たり前の思考」を前に立ち止まる。
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「私を表現する」ということに、どうにもピンとこなかった。
「名付けようのない踊り」(監督:犬童一心、主演:田中泯)
この言葉は、「田中泯」という存在を捉える上で、非常に重要なものと言っていいだろう。
ダンスでも踊りでも呼び方はなんでもいいが、それらは一般的に「自己表現の手段」と捉えられているはずだ。それはつまり、「私」や「個性」が出ていれば出ているほど、世間的に評価されるということでもある。しかし田中泯はそうは考えない。そしてかつて抱いたその違和感を、決して捨てずにずっと持ち続けるのである。
その後、土方巽という人物と出会い、彼はこんな風に言われたそうだ。
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これまで数多くの人間が生きてきた。『私』や『個性』なんてものは、過去のどこかに必ず存在する。
「名付けようのない踊り」(監督:犬童一心、主演:田中泯)
この言葉で気が楽になった、と彼は語っていた。
そうして彼は、40歳で農業を始める決断をする。ここにも、彼なりの信念があった。「野良仕事で身体を作り、その身体で踊る」と決めたのである。
ダンサーは、ダンスを目的に身体を作ってしまう。私は、その身体で踊ることは違うと思った。
「名付けようのない踊り」(監督:犬童一心、主演:田中泯)
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彼のこの考えはとても素晴らしいものだと感じられた。田中泯にとって「踊り」は、「身体を動かすこと」ではなく「身体が動いてしまうようなもの」として捉えられているというわけだ。彼は、「ダンスのために腹筋を鍛える」という発想をしない。そうではなく、「今の自分のあるべき身体が自ずと動いてしまうことで成立する」という状態を目指しているのだ。
そのことを彼は、
芸術になる以前の踊りを探したかった。
「名付けようのない踊り」(監督:犬童一心、主演:田中泯)
と表現している。田中泯がこのように自身の「踊り」について言語化してくれた辺りから、彼の「踊り」の本質が少しずつ捉え易くなったように感じられた。
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田中泯の踊りには「正解」が存在しない
映画を観て、私がなんとなく掴んだ「田中泯にとっての『踊り』」について、少し言語化してみたいと思う。その説明のために、ここからは「ダンス」と「踊り」を明確に区別しよう。ここでは、
- バレエやヒップホップなど何らかのジャンルに分類可能なものを「ダンス」
- 「その他」としてしか括れないようなジャンルレスのものを「踊り」
と呼ぶことにしたいと思う。当然、田中泯は後者に当てはまる。
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さて、私は別に、「ダンスには正解がある」と主張したいわけではない。ダンスにしても踊りにしても、「身体を動かす前」の時点では正解など存在しないだろう。しかし、「身体を動かした後」はそうではない。
「ダンス」の場合、発表会やコンクールなどではもちろん「評価」がなされ、優劣がつけられる。この状況は「分かりやすく正解が存在する」と言えるだろう。しかし発表会やコンクールでなくても、「ダンス」の場合は、「カッコいい」「真似したい」「決まってる」といった感想を見ている者に抱かせる。すべての「ダンス」がそんな感覚を与えるわけではないのだから、「カッコいい」「真似したい」「決まってる」という評価を便宜上「正解」と呼んでも不自然ではないはずだ。
そういう意味で「ダンス」には「正解」があると言っていいだろう。
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一方、「踊り」は違う。そもそも、どんなジャンルにも分類されず、比較対象が存在しないのだから、発表会やコンクールのような分かりやすい評価は不可能だ。また、田中泯の「踊り」を見て、「カッコいい」「真似したい」「決まってる」という感覚にもならないだろう。「カッコいい」「真似したい」「決まってる」という感覚の背後にはやはり、「私はこういうものを『良い』と感じる」という自分なりの評価基準があるはずだが、田中泯の「踊り」は、何らかの基準に照らして評価するような類のものではないからだ。彼のどんな動きに対しても、「あそこが違う」「あれは間違いだ」などと指摘できるような枠組みは存在しないだろう。
もちろん、田中泯の「踊り」を見て、「イケてない」という感覚を抱く者もいると思う。しかしそれは、「評価」ではなく「感想」でしかない。正解・不正解の基準が存在するとは思えない彼の「踊り」を見てどう感じようが、結局それは「個人の感想」の域を出られないのだ。
そして、非常に逆説的ではあるが、だからこそ私には、田中泯の「踊り」は安心して見ることができると感じられた。「正解」が存在する場合、「『評価する側』もまた評価される」というジレンマを回避することは難しい。だから、初心者であればあるほど、目にしたものを「良い」と評価することも怖くなってしまうだろう。しかし田中泯の「踊り」には、正解も不正解もない。どんな感じ方をしようが、それはすべて「個人の感想」にしかならないのだ。そのことが、「『分からない』『知識がない』という劣等感」を抱かせずに「踊り」に触れさせるポイントとなっているように私には感じられた。
ここで書いた「ダンス」と「踊り」の差は、結局のところ、「何のために?」という目的の違いから生まれているように思う。
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以前観た映画『蜜蜂と遠雷』の中に、こんな感じのセリフがあった。
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「蜜蜂と遠雷」(監督:石川慶、主演:松岡茉優、松坂桃李)
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こう発した人物は、「観客がいるとか、コンクールに出場するみたいな理由がなくたって、ただ自分が弾きたいと思うからピアノを弾いているんだ」という感覚を明確に持っていると言える。そして、田中泯にも同じようなことを感じた。もし世界中から人類が消え、田中泯ひとりになったとしても、彼はその世界で踊るのではないか。私にはそんな風に感じられたのだ。
「ダンス」の場合はどうだろう? もちろん世の中には、自分ひとりしかいなくなってもダンスを続けるという人もいるとは思う。しかし多くの人はやはり、「誰かに認められたい」「誰かに見てもらいたい」という気持ちで「ダンス」をしているのではないだろうか。そしてそれは結局、「鏡に映る自分を見る」「自分の姿を自撮りする」などと近い行為であり、恐らく田中泯が求めているものからは遠ざかるのだ。
私がこうして書いているブログ記事を含め、あらゆる「表現」「創作」は基本的に「他人の存在」を当然のように前提としている。それはあまりに当たり前なことであり、それゆえ、自分の行動に違和感を覚えることがない。しかしこの映画を通じて、「他人の存在」を前提としない田中泯の生き様を知ることで、「他人の存在を前提とする表現」についての思考が促される。この映画には、そんな視点も込められているように感じられた。
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田中泯と、世界的数学者・岡潔の共通点
映画を観ながら、世界的数学者の岡潔を連想した。まずは少し、岡潔についての紹介をしたいと思う。
彼は、「多変数函数論」という分野に存在した3つの超難問をたった1人で解決した、偉大な功績を持つことで知られる数学者だ。研究成果を発表した時、彼は世界でも国内でもまったく無名の存在だった。それまで存在さえ知られていなかった人物が、多くの数学者を困惑させ続けてきた超難問を次々に解決したという状況があまりに信じ難かったため、ヨーロッパでは「岡潔」という数学者集団が存在すると考えられていたほどである。とても1人で成し遂げたと信じるには無理がある業績だったのだ。
岡潔はまた、「数学研究」と「畑仕事」以外のことは一切しなかったことでも知られている。彼は30代後半から、故郷である和歌山県紀見村に籠もり、畑仕事の合間に数学研究を行うという生活を続けていたのだ。道理で国内でも名前が知られていないわけである。そしてこの紀見村隠遁中の研究が世界に紹介され、彼は一躍世界的数学者として認識されるようになったのだ。
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なんとなく、田中泯に通ずる部分があると感じないだろうか? 「踊り」と「数学」という、対極ですらないまったく無関係の分野でトップランナーとなった2人は共に、「本質を突き詰めるためにどう生きるべきだろうか?」という思考を常に内包していたと言っていいだろう。
田中泯は映画の中で、
私がやっていることが、一応「踊り」だということになっています。ただ私は、見ている人と私との間に「踊り」が生まれることが理想です。
「名付けようのない踊り」(監督:犬童一心、主演:田中泯)
と語っている。ある意味でこの言葉は、彼の「踊り」の本質を凝縮したものだと言っていいだろう。彼は、「『田中泯』と『観客』という風に存在が分離されている」のではなく、「『田中泯及び観客』という関係性の中にこそ『踊り』が存在する」と解釈しているのである。
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一方、岡潔のものとして知られるこんな言葉も紹介しておこう。
数学の本質は、「計算」や「論理」ではなく「情緒の働き」だ。
「情緒」とは「何らかの対象に向けられる感情」ぐらいに捉えておけばいいだろう。つまり田中泯も岡潔も、それぞれの分野において、「『周辺のものとの関係性』を通じて物事の本質を突き詰めようとしていた」というわけだ。
そして、その実現のために彼らは「畑仕事」を行う。この共通項もまた非常に興味深いポイントだろう。恐らくだが、「人知を超えた何かを自然から感じ取る」という意識を強く持っていたのだろう。結果として彼らは、それぞれの分野で多大な功績を成しているのであり、その振る舞いには考えるべきポイントがあるのではないかと感じさせられた。
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ロジェ・カイヨワにだけは「踊り」を見てほしいと切望した
この映画のタイトルである「名付けようのない踊り」というフレーズは、哲学者ロジェ・カイヨワが口にしたものだそうだ。
田中泯はまずフランスで評価された。1978年にパリで「踊り」を披露したことで、一躍有名になったのである。それ以降、彼の元には、様々な「甘い誘惑」が舞い込んできたという。「完成品としての『踊り』を持てば、20年はこの世界で生きられる」「パリに学校を作れば新たな流派を生み出せる」などである。それらの誘いを、田中泯は「嫌悪の極み」と一蹴していた。彼の「踊り」に対するスタンスを踏まえれば、当然の感覚だと思う。
そんな田中泯が、「この人にだけは自分の『踊り』を見てもらいたい」と切望した人物がいる。それがロジェ・カイヨワだ。田中泯は、ロジェ・カイヨワの『遊びと人間』という著作に惚れ込んだという。
著:ロジェ・カイヨワ, 翻訳:多田道太郎, 翻訳:塚崎幹夫
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田中泯はロジェ・カイヨワと連絡を取り、「窓からエッフェル塔が突っ込んでくるような部屋」で「踊り」を披露した。そして、それを見たロジェ・カイヨワが、
永遠に、名付けようのない踊りを続けて下さい。
「名付けようのない踊り」(監督:犬童一心、主演:田中泯)
と評したというのだ。「名付けようのない踊り」とはまさに、田中泯の元に集まった「甘い誘惑」とは対極に存在するものだと言える。この言葉に触れた田中泯がどんな感想を抱いたのかには触れられなかったが、恐らく、ロジェ・カイヨワのこの言葉が、現在に至るまで田中泯を突き動かしている原動力なのではないかと私は感じた。
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田中泯は、屋外で即興で踊ることを「場踊り」と呼んでいる。映画の中でも、都会の広場や神社へと続くのだろう階段など様々な場所で「場踊り」を行う姿が映し出されていた。
世界にあるたくさんの速度が、一斉に押し寄せてくる。
「名付けようのない踊り」(監督:犬童一心、主演:田中泯)
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田中泯の「踊り」に限らないが、「この人には、この人にしか見えていないのだろう『何か』がある」と感じさせる人に、私はうらやましさを覚える。芸術家や小説家など、創作・表現を行う人の中にもそういうタイプの人がいるが、そういう「才能」に触れる度、自分がそちら側にいられないことの無念さみたいなものを痛感させられてしまう。
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「名付けようのない踊り」(監督:犬童一心、主演:田中泯)
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才能・センスがない【本・映画の感想】 | ルシルナ
子どもの頃は、自分が何かの才能やセンスに恵まれていることを期待していましたが、残念ながら天才ではありませんでした。昔はやはり、凄い人に嫉妬したり、誰かと比べて苦…
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