【驚嘆】人類はいかにして言語を獲得したか?この未解明の謎に真正面から挑む異色小説:『Ank: a mirroring ape』(佐藤究)

目次

はじめに

この記事で取り上げる本

講談社
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この本をガイドにしながら記事を書いていきます

この記事の3つの要点

  • コミュニケーションを前提としない、言語獲得の過程とは?
  • 「ホモ・サピエンス」以外の「ヒト」はなぜ絶滅したのか?
  • 本書の荒唐無稽さが、現代科学らしく、そして真実っぽい

『知的好奇心をハチャメチャに刺激される、世界レベルの超傑作だと思います

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

ネタバレになるので、著者が本書で展開している「人類が言語を獲得するに至った仮説」そのものには触れません。知りたい方は、是非本書を読んで下さい。

人類はなぜ言語を獲得したか?

「言語獲得」に対する疑問

昔から、こんな疑問を抱いていた。「人類は言語を、一人で獲得できたのだろうか?」と。

私はずっと、「言語」はコミュニケーションのために生まれた、と思っていた。普通に考えればそうだろう。

我々が普段駆使している「言語」は、「世の中に存在しないもの」や「正確には捉えきれない概念」さえも扱える。コミュニケーション用とすれば高度すぎるということだ。しかし、言語が生まれた瞬間というのは、そこまで高度なものではなかったはずだし、簡単な伝達のために生まれたと考えるのが妥当だろう。

そしてだからこそ、不思議だった。というのも、コミュニケーションのためには、少なくとも二人以上必要だからだ。これは、「二人以上、言語を使える存在が必要」という意味だ。この考えを推し進めれば、「言語を使えるようになる突然変異が、同時に、二人以上の存在に対して起こった」となるだろう。

果たして、そんなことが起こり得るだろうか?

人類以外の動物も、言語的なものを持っているかもしれないが、しかしどう考えても人類ほどは高度ではないと思う。だから、人類が獲得したような言語は、人類しか獲得できなかった、と言っていいだろう。そんなかなり低い確率の出来事なのに、それがほぼ同じタイミングで二人以上に起こるなどということがあるだろうか

「言語獲得」という変異が一人に起こっても、コミュニケーションが成り立たないからその能力は長続きしないだろう。一方、コミュニケーションのために言語を獲得したとすれば、同時に二人以上の存在が変異を起こさなければならない。

どちらにしても、「人類が言語を獲得した」という事象と、あまり上手く合致しないように感じられてしまう

これが、漠然と頭の中で考えていた「言語獲得への疑問」だ。

コミュニケーションによらない「言語獲得」

本書を読んで、なるほどそんな可能性があり得たのか、と衝撃を受けた。それは私の、「コミュニケーションのために言語は生まれた」という大前提を覆すものだった。本書で提示される可能性は、恐らく著者のオリジナルだと思うが、それは「一人でも言語を獲得し得た」ことを示す、私が想像もしていなかったようなものだった。

人類がいかにして言語を獲得したかを明らかにすることは、現代科学にとって非常に重要である。なぜならその研究は、「人工知能にいかに言語を獲得させるか」に直結するからだ。

本書の仮説を大雑把に説明すると、ある種の自己言及的なループによって塩基配列が変更され、それによって言語を獲得した、となる。もしこの仮説が正しいとして、人工知能は言語を獲得できるだろうか? ある種の自己言及的なループは再現できるかもしれない。しかしそれによって、人工知能の何が変わればいいのか? 

人工知能には塩基配列がない以上、変わるのはプログラムしかないはずだ。しかし、プログラムの変更によって「喋れる」ようになるのなら、人間の手でプログラムできるのではないか、と疑問が生じる。自己言及的なループを経ずとも、人工知能は言語を獲得できることになるのではないか?

この疑問を解決するように、本書ではある仮説が描かれる。この仮説をもっともらしく見せるためにこの小説が構築されている、と言っても言い過ぎではないだろう。専門家がこの小説を読んでどう判断するのか分からない。しかし、素人である私は非常に説得力を感じたし、これが答えなのではないかとさえ思ったほどだ。「言語獲得」に関して、これほどまでに深堀りされる物語に驚かされた

なぜ「ヒト」は「現生人類」のみなのか? という疑問

さらにこの仮説は、もう一つの謎も解決し得る。それが、なぜ「現生人類」しか残っていないのか、ということだ。

例えば、犬でも猫でもペンギンでも、同じ動物の中にいろんな種類がいる。ゴールデンレトリバーやチワワなど、同じ「犬」でもまったく違う。このような多様な種が存在するのが普通だ。

しかし「ヒト」の場合、「現生人類(ホモ・サピエンス)」しかいない

歴史上、「ホモ・サピエンス」以外の「ヒト」が存在していたことは分かっている。犬のように、いろんな種類の「ヒト」がいたのだ。しかし現在、「ヒト」は一種類だけだ。なぜそんなことになったのか?

本書の仮説は、この点にも明快な答えを与える。言語獲得の過程で、他の種の「ヒト」は姿を消さざるを得ず、唯一「ホモ・サピエンス」のみが、その過程を生き延びて言語を獲得したのだ、と。

非常にスリリングで興味深い仮説である。

残念ながら、この仮説が正しいとしても、実験などによってその正しさを証明することは恐らく不可能だろう。正しいか正しくないかを明確に判定する方法は恐らくない。

しかしだからこそ、この小説に価値があるとも言えるだろう。実際には行えない検証を、作家的想像力を駆使して、壮大なスケールの物語として提示しているからだ。

結局、信じるか信じないかはあなた次第、ということに変わりはないのだが、この物語で描かれる仮説によって人工知能の言語獲得に繋がるようなことがあれば、それはまさに「リアリティー」を得たと言えるのではないかとも思う。

本の内容紹介

2026年10月26日。後に「京都暴動」として世界中に知られることになる、驚くべき出来事が起こった。人々が突如凶暴化し、近くにいる人と素手で殴り合うのだ。しばらくして正気を取り戻すが、多くがその前に命を落としてしまう。正気を取り戻しても暴徒化していた時の記憶は失われており、状況を説明できる者はいない。

一体何が起こっているのか?

この暴動は当初、京都の各地で散発的に発生していたのだが、やがて京都以外にも広まってしまう。動画サイトでもこの惨劇は広がり、「AZ(Almost Zombie ほとんどゾンビ)」と呼ばれたり、根拠のない様々な原因が噂されることになる。しかし結局、「京都暴動」の謎は世間に説明されることがなかった。

鈴木望は、京都大学で研究を続ける無名の研究者にすぎなかったが、ある日を境に人生が一変する。彼は京都に広大な敷地を有するKMWP(京都ムーンウォッチャーズ・プロジェクト)の総責任者として、数多くの優秀な研究者のトップに立つことになる。

望をKMWPのリーダーに据えたのは、シンガポール人のダニエル・キュイだ。天才AI研究者として名を馳せており、北米ビジネス誌が選ぶ<世界で最も影響力のある100人>にも選出されたことがある。人間と遜色のない会話ができるAIを開発した研究者でありながら、IT企業の社長でもあるが、現在は第一線の研究から退いている。そんな人物がKMWPを立ち上げ、望をトップに据えた。

京都大学で望が研究していたのはチンパンジーだ。<京都大学霊長類研究所>が連綿と積み上げてきた研究風土が、京都という地を霊長類研究の中心地に押し上げたこともあり、望はKMWPを京都に設置することに決めた。

KMWPでは、チンパンジー・ボノボ・ゴリラ・オランウータンの四種しか存在しない大型類人猿の研究を行っている。人類に近い種について研究することで、「人類はなぜ人類たり得ているのか」を突き詰めよういう目的だ。

一方、南スーダンの検問所で貨物トラックが止められた。資金源確保のために人身売買が行われているという情報が届いたからだ。貨物トラックを捜索して見つかったのは、一匹のチンパンジーだった。

ウガンダ野生生物局に受け入れを要請したが、施設許容量が限界だと断られ、最終的にKMWPが引き取ることになった。望はそのチンパンジーに「アンク」という名前をつける。

この「アンク」が、人類進化の謎を解く「鍵」となるのだが……

本の感想

とにかく、メチャクチャ面白い作品だった。知的好奇心を刺激される、という意味でも凄いが、単純に小説としても面白い。

物語の核心には「京都暴動」があるのだが、しばらくの間、「京都暴動」に関する描写は断片的にしか語られず、ダニエルや望の物語とどう関係するのか分からない。望を中心にしながら、霊長類とAIの研究から人類の謎を解き明かすという基礎知識を理解し、少しずつ物語の中に分け入っていく。

そこに、「アンク」がやってくる。そして、「アンク」が望と「京都暴動」を結びつける存在となるのである。

もの凄く分厚い作品だが、惚れ惚れするような想像力に浸って一気読みさせられてしまう。後半では「京都暴動」が中心軸となるが、キーとなる少年の存在がなかなか魅力的だ。「京都暴動」は、「ヒト」が持つ本能が引き起こすもの、という展開になっていくが、「京都暴動」で暴徒化する発動条件が揃っても、暴徒化しない人物が出てくる。少年も、そんな一人だ。

なぜこの少年は暴徒化せずに済んでいるのか、という背景も実に興味深く、この物語では、あらゆる設定を駆使して人類というものの奥深さに分け入ろうとする。他にも、これまで考えたこともないような魅惑的な仮説が次々に登場し、読むものの頭をこれでもかと揺さぶってくれる。

人間の想像力はここまで到達できるのか、と感じさせられる作品だ

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最後に

科学というのは、最新の理論や仮説を知れば知るほど、日常感覚から大きく外れた理解不能なものになっていく。世界は、我々が想像するよりも遥かに複雑であり、科学とは、天才たちがあらゆる思い込みを打ち砕いてきた歴史だと言っていいほどだ。

この物語も、荒唐無稽に感じられるかもしれない。しかし科学の世界では、「君の考えはクレイジーだから正しいかもしれない」と学生を励ました指導教授もいるほど、科学的な知見は常識を軽々しく飛び越えていく。

だからこそ私には、このぶっ飛んだ物語が、とても真実らしく感じられるのである。

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