【誤解】「意味のない科学研究」にはこんな価値がある。高校生向けの講演から”科学の本質”を知る:『すごい実験』(多田将)

目次

はじめに

この記事で取り上げる本

著:多田 将
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いか

この本をガイドに記事を書いていくようだよ

この記事の3つの要点

  • 子どもの頃天才ではなかった著者だからこそ、超分かりやすく説明ができる
  • 科学研究とは、「東急ハンズの棚」に成果を並べるようなもの
  • 「カミオカンデ」はニュートリノを観測するための施設ではなかった
犀川後藤

科学に興味がある人にも読んでほしいが、科学研究への理解が乏しい人にこそ読んでほしいと感じる一冊

自己紹介記事

犀川後藤

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

多田将『すごい実験』は、科学全般への関心を抱かせてくれる、超易しい「素粒子物理学」の解説書だ

なぜ本書『すごい実験』は分かりやすいのか?

本書は、現役の実験物理学者が高校生向けに行った講演をベースにまとめた作品です。著者の専門は「素粒子物理学」という分野であり(「ニュートリノ」を使った実験を多く行っているそう)、本書でも「素粒子物理学」の話をメインに様々な話題が登場します。「加速器とガンダムのビームライフルの比較」「和歌山毒物カレー事件の林眞須美の捜査に使われた加速器」など、科学に興味のない人にも面白がってもらえるような話題もふんだんに盛り込まれている1冊です。

そして最終的に、「素粒子物理学」の基本中の基本である「標準模型」を説明してくれるわけですが、この「標準模型」、普通に理解しようとするとメチャクチャ難しいと思います。私はこれまで何冊か「標準模型」に関する本を読んでいますが、聞き覚えのない単語が山ほど出てくるし、それらが「強い力・弱い力」「ニュートリノ振動」「物質・反物質」などにどう関係してくるのかという話が展開されるので、とにかくややこしいのです。

いか

知らない用語が大量に出てくる時点で、ちょっと諦めそうになるよね

犀川後藤

「クォーク」の命名は、『フィネガンズ・ウェイク』って小説に出てくる鳥の鳴き声が由来、ってのがもう意味不明だし

しかし本書が凄いのは、その複雑怪奇としか思えない「標準模型」を、非常に分かりやすく説明してくれることです。私がそれまでに読んだ本もすべて一般向けの科学書でしたが、私がこれまでに読んだ「素粒子物理学」の記述の中では、間違いなく最も分かりやすいと思います。他の本を読んで分からなかったことが本書を読んでスッと理解できた、ということが何度かあったほどです。

もちろん、「素粒子物理学」なんてものにまったく触れたことがない人にはどのみち難しく感じられるのかもしれませんが、「素粒子物理学」をなんとなく知りたいという場合、本書は非常に良い選択肢だと思います。

では著者は何故分かりやすい説明ができるのか? その点について、本書の冒頭にこんなことが書かれています。

でも、読者の方々にお聞きしてみたいのは、

「本当にそれらの本を読んで理解できましたか?」

ということです。自慢ではありませんが、僕自身、不真面目で頭の悪い高校生だったころ、その手の解説書で最後まで読み通せたものは1冊もありませんでした。
なぜ読破できなかったのか? 理由が大人になってわかりました。

その先生方は頭が良すぎたのです。
(中略)
僕の強みは、多くの皆さんと同じように「物理の本を読んでも、よくわからなかった」という、偉い先生方はたぶんしていないであろう経験をしていることです

どういうことか分かるでしょうか? つまり著者は、「子どもの頃は頭が悪かったので、偉い先生が書いた本の内容がチンプンカンプンだった」と言っているのです。

高校時代、私はよくクラスメートに勉強を教えていました。今でも私は、誰かに何か物事を教えるのは上手いと自分で思っているのですが、それは私が天才ではなかったからだと思っています。「相手が分かっていないポイント」が、天才には理解できません。しかし、それが分からないと、相手にきちんと伝わるような教え方はできないわけです。

犀川後藤

テストの1週間前ぐらいには自分の勉強を終わらせて、後は人に教えてたなぁ

いか

人に教えると、自分の理解が不十分な点も炙り出されるから、一石二鳥なんだよね

同じように著者は、自分が出来の悪い子どもだったからこそ、知識のない相手(講演の対象は高校生なので、素粒子物理学の知識など普通持ってるはずがありません)に知識を伝えることが得意なのでしょう

そんなわけで本書は、「素粒子物理学」の入り口としては最適だと思います。

そしてだからこそ、「素粒子物理学」に関する記述は是非本書を読んでほしいです。そういう意図でこの記事では、「標準模型」に関する記述はしません。著者が様々に展開する話題の中から、「科学への関心を引き出す」という意味で興味深い話をピックアップしようと思います。

「科学研究にどんな意味があるのか?」と問うて「東急ハンズの棚」と答える。そのこころは?

本書を読んで、本題である「素粒子物理学」の話以外でもっとも感銘を受けたのが、「科学研究を行う目的」についての著者の明快な答えです。

先ほど触れたように著者は、「ニュートリノ」に関する実験を行っています。非常に大きな加速器(著者は「J-PARC」と呼ばれる加速器の建設に携わりました)で「ニュートリノ」を加速・放出し、何が起こるのかを調べているわけです。

いか

加速器の建設には、たくさんお金が掛かるんでしょう?

犀川後藤

J-PARCは、総工費1500億円、年間の電気代が50億円だそうだよ

そんな話をすると、「その研究は何の役に立つのですか?」という質問を受けることもあると言います。この問いに対して著者は、「東急ハンズの棚」を例に出して非常に素晴らしい回答をするのです。

著者は、「ニュートリノの利用法は、今のところ何も思いつかない」と言っています。ニュートリノ研究の最前線にいる著者が知らないのだから、恐らく世界中の誰も、その活用法を思いついていないということでしょう。

しかしそうだとしても、ニュートリノ研究に価値がないと断言できはしない、と著者は主張します。そしてその説明のために、携帯電話の例を出すのです。

ところが、この携帯電話に使われている技術っていうのは、「携帯電話を作ろう!」と思って開発されたものなんてほとんどないんです。まったく別の意図で開発されたさまざまな技術を結集して、この携帯電話は作られているんですね

「携帯電話を開発しましょうか」って言って、1から開発してると100年経っても絶対にできません。科学技術の世界は、そういうものなんです

どういうことか分かるでしょうか?

携帯電話(というか「スマートフォン」)というのは、指でタッチして操作可能な画面、小型で長持ちするバッテリー、Wi-Fiへの接続などなど、様々な技術によって成り立っています

しかしそのほとんどが、携帯電話を開発するために生み出されたわけではなく、携帯電話は、別の用途が想定されていた技術、あるいは用途などまったく想定されていなかった技術だったというわけです。

旭化成の吉野彰が、リチウムイオン電池の開発でノーベル賞を受賞した際に、「開発した時には、何に使えばいいのか誰も分からなかった」みたいな発言をしていた記憶があります。リチウムイオン電池は、今では携帯電話に無くてはならない存在ですが、生み出された当初はまったく用途不明だったわけです。

そして、科学研究や技術開発というのは常にこの繰り返しなのだ、と著者は語ります。発見した人物が用途を思いつかなくても、それを別の誰かが利用してもの凄い発明を生み出していく、という歴史を人類はずっと続けてきたわけです。

だからこそ、「成果がすぐに理解できない研究」だからと言って無駄なわけではないということになります。

それでは「東急ハンズの棚」の話を引用しましょう。

実はね、科学の世界もこれと同じなんですよ。東急ハンズみたいなものです。
科学の世界っていうのは、まずいきなり、この携帯電話を作ろうと思って、その技術を開発しようとしても無理なんです。非常に複雑な機械ですからね。だからまずは各々の学者なり技術者が自分の専門の何かを研究します。そして、「それが何の役に立つか?」は、とりあえず置いておいて、その研究成果を発表するわけです。この「研究成果を発表する」ということが、すなわち、「ハンズの棚に商品を並べること」なんです。いろんな学者が、棚にどんどん並べていくわけです
そしたら、次の世代の学者がハンズにやって来て、棚を見て、自分の役に立つものをピックアップしていきます。そうして作り上げたもの――それがこの携帯電話なんです。そうしないとできないんですよ、これは

この話は、科学を志そうする者にも響くでしょうが、なによりも、科学研究への理解が乏しい人にこそ届いてほしいと感じました。

「1番じゃなきゃダメ」な理由

「科学研究への理解が乏しい」と言えば、「2位じゃダメなんでしょうか?」という発言が思い出される方もいるでしょう。民主党政権時代に、歳出削減のために行った「事業仕分け」で出た発言です。ちなみに、著者が関わった「J-PARC」は、民主党政権発足前に完成したので、ギリギリ事業仕分けに引っかからなかったと著者は書いています。

いか

ホント良かったねぇ

犀川後藤

「どうお金を使うか」は確かに大事だけど、「科学研究で世界をリードする」ってのも、国家戦略としては大事なはずだからね

著者は、蓮舫氏のこの発言に対して、「1番じゃなきゃ絶対にダメです」と明確に反論するのです。

J-PARCは世界一の性能を持つ加速器だそうですが、だからこそ世界中から優秀な研究者が集まるのだと言います。人を惹きつけるという意味で、1番であることは重要です

そもそも日本は昔から、「素粒子物理学」のトップランナーでもあります。日本初のノーベル賞受賞者は、物理学賞を受賞した湯川秀樹ですが、彼は素粒子物理学の業績で受賞しています。「カミオカンデ」で有名な小柴昌俊もノーベル賞を受賞していますが、これは世界で初めてニュートリノを観測したことに対して贈られました。

日本という国が「素粒子物理学」のトップランナーであり、その国に世界一の性能を持つJ-PARCがある。だからこそ、日本の素粒子物理学研究に人材が集まるし、資金も獲得しやすい、ということになります。研究の世界においては何が何でも1番を目指さなければならないというのが、実際に研究を行っている科学者の実感なのです

科学研究の世界を直接知っているわけではありませんが、最近は、「すぐに役立つ結果が出る研究」にしか予算が下りない状況になっていると言われています。「素粒子物理学」の研究は、なかなかすぐに役立つものではない、いわば「基礎研究」なので、予算の獲得は難しくなっているのかもしれません。研究資金不足となれば、日本が「素粒子物理学」のトップランナーから陥落してしまう可能性だってあるでしょう。

そうならないためにも、科学者ではない私たちが「科学研究を正しく捉える」必要があると感じました。

「カミオカンデ」の驚くべき実話

本書では様々な話題が扱われますが、次の話に一番驚かされました。

小柴昌俊は「カミオカンデ」という超巨大な実験施設で初めてニュートリノを観測し、ノーベル賞を受賞しましたが、「カミオカンデは当初、ニュートリノ観測用の施設ではなかった」らしいのです。

元々「カミオカンデ」は、「陽子崩壊」という現象を観測するために作られたのだそうです。理論家が計算したところ、3000トンぐらい水を用意すれば、1日1個ぐらいは陽子が崩壊する様子が観察できるはずだ、ということだったのですが、どれだけ待っても陽子崩壊を観測できません

それもそのはず、どうも理論家が計算を間違えたようで、3000トンの水では期待通りの観測が行えないということが後から分かったわけです。

いか

そんなことあるんだ

犀川後藤

研究に失敗はつきものだけど、大金を投じて施設を作って「計算間違ってたわ」はちょっと辛いよね……

これはとても困った状況ですが、嘆いていても仕方ありません。とりあえず施設を一旦停止し、装置の感度を上げるなど様々な改良を施した後に再稼働させてみます。すると、実に都合よく約400年ぶりに大マゼラン星雲で超新星爆発が起こり、大量のニュートリノが地球に降り注ぎました。カミオカンデはそれを捉え、世界で初めてニュートリノの検出に成功した、というわけです。

ニュートリノの検出そのものももちろん快挙ですが、これは「人類が、光以外の方法で初めて天体を観測した」ということでもあり、このこともまた非常に重要な成果だと捉えられています。

運の要素もかなり強かったかもしれませんが、このようにして小柴昌俊はニュートリノを観測し、ノーベル賞を受賞したのでした。

「ニュートリノ」についてあれこれ

さて、ここまで「ニュートリノ」と何度も書いてきましたが、それが何なのかよく分かりませんよね。最後に、「ニュートリノ」について本書に書かれていることをまとめて終わろうと思います。

まず名前について。多くの人が恐らく「ニュー/トリノ」だと思っているでしょうが(私も実はそう思っていました)、実際は「ニュート/リノ」です。英語で正確に書くと「Neutr+ino」なんだそう。

ニュートリノなんて普通耳にしないし、身近にも感じられませんが、感じられないだけで実際には私たちの周りに大量に存在するようです。

宇宙の平均密度から考えた場合、1m×1m×1mの空間に、

    陽子:1個
    電子:1個
    光子:10億個
ニュートリノ:3億個

という割合で存在するとのこと。人間は、1秒あたり600兆個のニュートリノを浴びているそうですが、全然気づきませんよね。

いか

ニュートリノは人間の身体を通り抜けてるってこと?

犀川後藤

そう。だから観測するのもメッチャ難しいんだよね

ニュートリノのは非常に捉えにくい存在で、だからこそ「カミオカンデ」での観測が称賛されたわけですが、どれぐらい捉えにくいのでしょうか。

現在、「カミオカンデ」の後継として「スーパーカミオカンデ」が稼働していますが、著者の研究グループでは、J-PARCからスーパーカミオカンデにニュートリノを発射する実験を行っています。

J-PARCでは、1秒間に1000兆個のニュートリノを作ることができ、それを仮に24時間発射し続けたとしても、スーパーカミオカンデで観測できるのは10個程度なのだそうです。(1000×60×60×24)兆個発射して10個しか観測できないのだから、どれだけ厄介な存在か分かるというものでしょう。

そして確かに、そんなニュートリノを何かに活用することは難しいかもしれません。でもきっと、未来の天才が、ニュートリノを使って革命的な発明をしてくれることでしょう

そういう期待の中で、科学研究というのは行われているというわけです。

著:多田 将
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最後に

この記事で書いたことは、本書の内容のごくごく一部で、メインの記述ですらありません。「標準模型」については、前述した通り、非常に分かりやすいので、是非読んでみてください

そして、科学研究の面白さを実感してもらえたら、本を紹介した人間としても嬉しい限りです。

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