【評価】元総理大臣・菅義偉の来歴・政治手腕・疑惑を炙り出す映画。権力を得た「令和おじさん」の素顔:『パンケーキを毒見する』

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

監督:内山雄人, プロデュース:河村光庸

この映画をガイドにしながら記事を書いていきます

今どこで観れるのか?

公式HPの劇場情報をご覧ください

この記事の3つの要点

  • 菅義偉に関わる様々な人たちから取材を断られてしまった映画
  • 安倍晋三・菅義偉は「仕返し政権」という見方で捉えられる
  • 「しんぶん赤旗」はなぜスクープを連発できるのか?

年代別で見た時に、「20・30代が最も菅政権を支持している」というデータには驚かされた

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません

元総理大臣・菅義偉の”素顔”を明らかにするドキュメンタリー映画。どうすれば「政治を語る社会」になるのか

私の「政治」に対するスタンスと、映画を観る前の「菅義偉の印象」

私はとにかく、政治的な立ち位置みたいなものはほとんどない。というか、政治に関しては「無知」だと自覚している。どれぐらい無知かと言えば、未だに「右」とか「左」とかがよく理解できていないレベルだ。「保守」「革新」みたいなものもイマイチよく分からない。

一応、選挙があれば毎回行くようにはしている。ただ正直なところ、「ちゃんと選んでいる」とはとても言えない。マニフェストを読んだことはないし、選挙演説も聞かない。「自民党は嫌だな」という漠然とした感覚だけはあるので、自民党ではない政党・候補者からなんとなく選んでいるだけだ。

「政治に関心はあるか?」とアンケートや街頭インタビューで聞かれれば「ない」と答えると思うが、まったくの無関心というわけでもない。政治が変わらなければ何も変わらないと分かっているし、そのためには、高齢者ではない世代が政治に関心を持たなければならないことも理解しているつもりだ。しかし、じゃあ何かしているのかと言われれば、特に何をしているわけでもない

私は、まあそんな人間だ。それでも、この映画『パンケーキを毒見する』を観に行こうと思う程度には政治に関心を持っていると言うことはできるだろうか。

一応、映画を観る前の時点で、私が「菅義偉」という人にどんな印象を抱いていたのかも書いておこう。

色々批判もあった気もするが、官房長官時代の菅義偉は結構良かったと私は思っている。私には人の良し悪しを「言葉が伝わるかどうか」で判断するきらいがあるのだが、官房長官時代の菅義偉の言葉は割と伝わる感じがあった。だから、菅義偉が総理大臣になった時は、少し期待してしまったのだ。

しかし、総理大臣・菅義偉の言葉は、まったく伝わらないものだった。恐らくだが、菅義偉は「自分の言葉を公に伝えること」が得意ではないのだろう。官房長官時代の彼の役割は、自分の考え・意見を述べるというよりは、様々な調整の末に決まった誰かの考え・意見を伝える役割だったはずだ。そして、その役割に菅義偉は上手くはまっていたと感じる。一方で総理大臣は、自分の考え・意見を伝えなければならない。そして総理大臣になった途端、言葉の重みが急に無くなってしまったことを印象的に覚えている。

だから、No.2の立場にいるのが最も活躍できる人なのだろう、と私は感じた。先頭に立って何かを決するより、裏で人知れず暗躍している方が力を発揮できるのではないか、と。

ちなみに、「言葉が伝わるかどうか」という観点から安倍晋三元総理大臣にも触れてみよう。彼は、言葉そのものは力強いが、「『ある特定の層』に向けた言葉しか発していなかった」という印象が強い。政治家として、そのスタンスが適切なのかどうかの判断をするつもりはないが、私がその層に含まれていないことは明白だったので、そういう意味で安倍晋三の言葉は私にはまったく届かなかった。

岸田総理については、政策の中身などを評価したりはできないが、少なくとも「言葉が伝わる人」だと思う。そういう意味では、私は岸田総理に少し期待している。「具体的に何をするか」ももちろん重要だが、政治家はやはり「言葉」も大事だと私は考えているのだ。

映画の構成について

まず先に書いておこう。この作品は全体的に、映画としてはチープな雰囲気がある。私は「中身」が面白ければ「装い」は割とどうでもいいと感じるタイプなので、正直大きな問題だとは感じないが、「映画なのだから『装い』も大事だ」と考える人には、ちょっと違和感が強い作品かもしれない。「菅義偉関連書籍を読む謎の外国人美女」や「丁半博打を行っている着物美女」などが映し出される場面もあり、なんとなくバラエティ番組の演出みたいな雰囲気も感じてしまう。個人的にはもう少しドキュメンタリー映画としてきっちりした「装い」にした方が良かった気がする。もし、「隙」みたいなものを作ろうという意図なのだとしたら、もう少し上手くやった方が良かったように思う。

ただ反面、そのような「謎の要素」を入れざるを得なかった事情も分からないではない。というのも、どうやらこの映画の撮影に際して、菅義偉と親しい人たちへの取材が断られているようなのだ。映画は、「菅義偉の関係者に連絡するも断られる」という場面から始まる。政治家やその周辺の人たちだけではなく、菅義偉がよく足を運ぶスイーツ店にまで電話を掛けたそうだが、取材をOKしてはもらえなかったようだ。

もちろんインタビューを快諾してくれた人もいるわけだが、恐らくその数は通常のドキュメンタリー映画と比べれば少なかったのではないかと思う。だから、インタビュー映像ではないものを様々に詰め込んで映画を構成するしかなかったのだろう、というのが私の受け取り方だ。

ドキュメンタリー映画というにはちょっとチープさが前面に出てしまっている点が、少し残念ではあった

さて映画は、大きく分けて3つの要素に分けることができる。映画での登場順に並べると以下のようになる。

  1. 菅義偉の本質は「博打打ち・ケンカ師」である
  2. 安倍政権・菅政権は「仕返し政権」である
  3. 「しんぶん赤旗」は何故スクープを連発できるのか?

私は、②、③、①の順に面白いと感じた。そこで、私が面白いと感じた順に内容に触れていこうと思う。

安倍政権・菅政権は「仕返し政権」である

それを引き継いだ菅政権を含め、安倍晋三が長期政権を維持できた理由について、「仕返し」というキーワードで語っていた話が非常に納得感があり、個人的にはとても面白いと感じた。

この話は、朝日新聞の元政治部記者・鮫島浩のあるエピソードから始まる。彼は若い頃、当時の政権の重鎮から「権力と付き合いなさい」と言われたことがあるそうだ。その際彼は、「権力って誰ですか?」と聞き返した。それに対して重鎮は、

経世会・宏池会・外務省・財務省・アメリカ・中国だ。

と答えたという。「経世会」と「宏池会」は、自民党の派閥の名前である。昔ほどではないのだろうが、それでも恐らく、現在もこの2つの派閥は日本の政治に大きな影響を与える存在なのだと思う

そして、戦後の総理大臣は基本的にこの2派閥のどちらか出身なのだそうだ。そういう視点で総理大臣を捉えたことはなかった。規模の大きな勢力から自民党総裁が出るのは自然な流れだろう。そんなわけで経世会・宏池会から総理大臣が出てくることになる。しかし安倍晋三は、近年では初めてこの2派閥以外から誕生した総理大臣だった。そして、「経世会」「宏池会」という2大勢力以外から総理大臣が誕生することは、これまで権力の外側にいた自民党の政治家からすれば画期的なことだったのだ。

そして安倍晋三はそれを上手く利用したのだという。彼は、「今までは経世会・宏池会、そして外務省・財務省にやられっぱなしだったが、これからはそうはいかない。俺たちが『仕返し』してやるぞ!」と、これまで権力外の立場にいた人たちを焚き付け、「仕返し」という共通項で結束を生み出すことに成功したそうなのだ。だからこそ長期政権が実現したのだと映画では説明されていた。

こういう風に説明してくれると、背景まで含めて状況が理解できてとても分かりやすい

そして菅義偉もまた、同じように「仕返し」をキーワードに政権運営を行ったそうだ。

菅政権では、「内閣官房副長官・杉田和博」「内閣総理大臣補佐官・和泉洋人」「国家安全保障局長・北村滋」という3人が重要人物だったとされている。そしてこの3人には、「出身母体でトップになれなかった」という共通点があるのだ。

杉田と北村は警察出身、和泉は国交省の出身だが、3人ともNo.2までで出世が止まってしまった。そして菅義偉は、そういう人間を敢えて選んで政権の要に据えたそうだ。No.2たちを集め、「トップになれなかった恨みを『仕返し』してやろう」と結束させることで「絶対に裏切られない組織」を作り、盤石な態勢で臨んだというわけだ。

別にどんな理由で結束しようが自由ではある。しかし、「仕返し」という負の感情で連携しているが故の綻びみたいなものも出てきてしまう。

映画では、選挙の応援演説に立った安倍晋三が「あんな人たちには絶対に負けません!」と口にする有名な場面も使われていた。安倍晋三らにヤジを飛ばすなど批判的な振る舞いをしていた人たちを「あんな人たち」と呼び、「自分たちを支持しない人間のことなど眼中に入れない」というスタンスを明確にしたのである。

この場面について、確か立憲民主党の江田憲司がこんな風に話していた。

これまでの政権トップは太っ腹で、批判する人がいても、批判する人だって国民なんだから、自分はそういう批判する人の代表でもあるんだ、という意識があった。あんな風に、自分を支持しない人間を排除するようなスタンスを取ることはなかった。

経世会・宏池会は強大な権力を持つ派閥であり、そこから出てきた総理大臣は、別に批判にさらされようがドーンと構えていられた、ということなのだと思う。「権力にあぐらをかいていた」と捉えれば悪い印象になるが、どうもそういう感じでもなさそうだ。この映画には、村上誠一郎や石破茂など、昔の自民党の雰囲気を知る現職政治家も登場するのだが、彼らは事あるごとに「昔の自民党はまだまともだった」「今の自民党はちょっとおかしい」という趣旨の発言を繰り返していた。やはり、「批判を受け止める鷹揚さ」みたいなものがあったのだと思う。

しかし、「あいつらに仕返ししてやろう」というマインドで結束していると、批判にはどうしても敏感になるはずだ。自分たちの基盤が盤石ではないという焦りがあるのかもしれないし、「批判されること」に対する過剰反応が出てしまっているのかもしれない。「仕返し政権」という捉え方を踏まえた上で安倍政権・菅政権を振り返った場合、「仕返し」という結束の仕方がプラスに働いたと評価できるとは思えない

安倍政権・菅政権の振る舞いを見て、「どうしてそんな反応になってしまうのだろう?」と疑問に感じる場面もあったが、それを「仕返し」というキーワードでシンプルに捉えられてとても良かった

「しんぶん赤旗」は何故スクープを連発できるのか?

この映画では、しんぶん赤旗の記者が機密費に関する菅義偉の疑惑を追及する現場に密着する場面が多く映し出される。そしてその流れで、しんぶん赤旗がスクープを連発できる理由に迫っていくというわけだだ。

私は知らなかったが、そもそも「桜を見る会」の疑惑もしんぶん赤旗のスクープである。映画では、スクープで有名なメディアとして、「文春」と並んで「しんぶん赤旗」が紹介されていた。そんなイメージまったく持っていなかったが、その世界ではスクープに強い存在として知られているのだ。

しんぶん赤旗は、菅義偉の機密費に関するスクープを打ったのだが、記者はむしろ困惑したという。「どうして他の新聞は記事を出さなかったのか」と。しんぶん赤旗が機密費に関する取材を独自に秘密裏に行っていたなんてわけではない。菅義偉の機密費使用の疑惑が持ち上がったタイミングで、しんぶん赤旗は情報公開請求を行い、公開された資料に驚いて記事にしただけだ。当然、「翌日、どの社も記事を出すだろう」と記者は考えていたという。機密費の疑惑はどの社も同じタイミングで知ったのだから、後は情報公開請求をすれば同じ資料を得られるし、記事も書けるのだから書かない理由がない。しかし翌日、機密費に関する記事を書いたのはしんぶん赤旗だけだった。結果としてスクープになったことに記者は驚いており、

何でかウチしか記事にしなかったんですよね。翌日の新聞を見て、他はどうしちゃったのかなー、と思った。

と語っていた。何故他の社が記事にしなかったのかは分からない。しかし、安倍政権も菅政権も、マスコミの統制を強く行っていたと指摘されることが多いので、マスコミ側が「忖度」して記事にしなかった可能性はあるだろう。私も、テレビの報道番組は見るようにしているが、この機密費の問題が取り上げられていた記憶がまったくない。もしそこに「忖度」があったのだとして、そんなことに縛られずに記事を書けるのも、しんぶん赤旗の強みだと言える。その点については少し後で触れることにしよう。

まずは機密費の疑惑についてもう少し触れることにする。

「機密費」というのは、予算にあらかじめ含まれている「使途を明らかにする必要がないお金」のことを指す。用途のイメージとしては、「外国で邦人が誘拐された際の身代金」などだそうだ。様々な理由から「表沙汰にするのが適当ではない」と考えられる状況にのみ使用が想定されているのが「機密費」なのである。

さて菅義偉はそんな機密費を、官房長官時代から含めて7年8ヶ月の間に86億円も使っていることが明らかになった。1日当たり、304万円という金額だ。「使途を明らかにする必要がない」のだから、何に使っているかは分からないのだが、「それにしても使いすぎなのではないか」というのが疑惑の核である。

さらに問題とされたのが、選挙期間中にも機密費が使われていたという点だ。16日間で4860万円にも及ぶという。そう聞くとなんとなく、「選挙資金として使ったのではないか」と考えたくもなるだろう。この点についても国会で問いただされていたが、菅義偉は「機密費の使途は明らかにしない」と言い続けて、結局何に使ったのかを明らかにしなかった。

もちろん、適切な使い方だったのかもしれない。しかし、およそ8年間で86億円という金額の大きさ、そして選挙期間中にも使っていることを併せると、「機密費の本来の使途に照らして適当ではない使い方をしたのではないか」という風に邪推されても仕方ないと感じる

共産党の小池晃は、

菅さんの権力の源泉はここなのかもしれないですね。総理に上り詰めるのに使ったんじゃないか。

という推測を口にしていた。真偽は分からないものの、そう疑われても仕方ない状況だろうとは思う。

こんな風に、菅義偉の機密費疑惑を紹介しつつ、同時に、その取材を行うしんぶん赤旗にも焦点が当てられていく

そもそも「しんぶん赤旗」は、共産党の機関紙だ。広告には頼らず、共産党員からの購読料のみで成り立たせている。そしてだからこそ、大手メディアには扱えないネタでも臆せず記事にすることができるのだ。記者の1人は、「しんぶん赤旗で記者として働くために共産党員になった」と言っていた。大手メディアよりもしんぶん赤旗の環境の方に価値を見出す記者もいるというわけだ。

共産党の機関紙であるが故に、「政治的に偏っているのではないか?」という目で見られることもあるという。しかしこの点については、編集長が次のように指摘していた。

スポンサーの顔色を伺うのと、どっちが偏向してるかってことですよね。

確かにその通りだろう。「私たちが偏っている可能性は否定しませんが、それって、広告主の顔色を伺う大手メディアだって大差ないですよね?」と言っているのだ。どんなメディアも、何らかの形で偏っているのだから、あとは「どう偏っているか」で判断するしかない。であるならば、政権からの圧力など気にもせず、スポンサーを考慮する必要もないしんぶん赤旗の方が情報として価値があると感じる人もいるはずだろう。

さて菅義偉と言えば、記者などを招待して行う「パンケーキ会」が知られている。呼ばれたメディアが「政権との癒着だ」と批判されるわけだが、この状況について鮫島浩は次のように語っていた。

大手メディアが普段から政権に対して厳しい姿勢で報道をしていれば、「パンケーキ会」に記者が出ようが批判されないと思うんです。今は報道がぬるいから、「パンケーキ会」に出ると癒着なんじゃないかと批判される。だから「パンケーキ会」そのものより、現在の報道の姿勢の方を問題視すべきだと思いますけどね。

「菅義偉とパンケーキを食べているか」ではなく、「普段から政権に厳しい報道をしているか」の方が重要だ、という指摘はまさにその通りだろう。映画には「戦時中の大本営発表の研究家」も登場し、メディアが「権力の監視」という役割を適切に果たさなければ社会がどう過ちを犯すのかについて、歴史を振り返りながら語っていく。岸田政権になってからメディアとの付き合い方がどう変わったのか知らないが、メディアの皆さんには是非、厳しい目線で報道をしてほしいと感じる

菅義偉の本質は「博打打ち・ケンカ師」である

この話は、個人的にはさほど刺さらなかったのでサクッといこう。

菅義偉が総理大臣になった際の報道では、「地盤・看板・カバンがなかった」という話をよく目にした。親が議員だったわけではなく、政治家として強みがあったわけでもないというわけだ。だからこそ菅義偉は、様々な場面で一発逆転の勝負を掛けるような闘い方をしてきた。そして、その闘いに勝利してきたのだという来歴が語られる。

その中でも未だに伝説として語り継がれているのが、結果的に小渕恵三の圧勝で終わった総裁選に、梶山静六を担ぎ出したエピソードだ。菅義偉は当時まだ政治家一回生だった。それなのに所属していた派閥を抜けて梶山静六を担ぎ出すなど、よほど腹が据わっていないとできないと、当時を知る者が語っていた。

そんな風に博打を繰り返しながら総理大臣まで上り詰めた菅義偉だが、博打の勝率はそこまで高いわけでもないという。しかしいずれにせよ、「令和おじさん」と呼ばれるような”親しみやすさ”からはなかなか感じ取れない「勝負師」としての姿を垣間見ることができる。

「ivote」に所属する現役大学生の話

映画の最後には、現役大学生たちへのインタビューも収められている。若者と政治の距離を繋げる活動を行う「ivote」に所属する大学生たちだ。彼らの話はなかなか興味深い。

まず初めに、若者と政治に関する様々なデータが示されるのだが、その中で個人的に最も意外だったのが、「全年代の中で20・30代が最も菅政権への支持率が高い」という事実だ。勝手な印象として、「高齢者に自民党支持が多い」と思っていたので、まさか割合で見ると若者の方が菅政権への支持率が高いなどとは思わなかった。

その理由について聞かれた現役大学生たちは、様々な答えを返していた

単純接触効果というか、テレビでよく見るからっていう理由だと思う。

パンケーキの話がネットでバズってるから、その印象だけなんじゃないかな。

周りのみんなが支持してるっぽいから、自分もそうしておけばいいか、という感覚だと思う。

このようにそれぞれが自分なりの答えを出す中で、一番印象的だったのが次の意見だ。

野党がテレビで映る時って、大体批判してるじゃないですか。だから嫌なやつに見えるんでしょうね。

批判ばかりしている野党は嫌い、だから与党に投票する、というわけだ。

実はこの話、以前にも何かで耳にしたことがあり、このような考えに触れる度、「若者のこの感覚はとても危険だなぁ」と感じる。やはり「政治」には「監視」が不可欠だからだ。

「批判的なもの」を嫌悪する若者の気持ちは、私もとても理解できる。私も、怒られているのが自分じゃなくても、同じ空間で誰か別の人が叱責されていると、なんだか凄く気分が悪くなってしまう。それぐらい「誰かが怒ったり批判したりしている状況」は好きではない。しかし、それを「政治」にまで適用してはいけないだろう。野党は与党とは違う立場を取ることが必要だし、「権力の監視」のためにマスコミも批判的にならざるを得ない。そういうものまで嫌悪してしまえば、そもそも「健全な政治」が成り立たなくなってしまうはずだ。

ただ、そもそも若者は、政治に対して期待を持っていない

明るい未来があるって思える要素なんて、ないですよね(笑)。若い人たちは特に、自分の生活を変えるために政治をどう利用しようかという観点がない。

そして、政治を利用する発想がない理由の1つを、次のように語っていた。

今みんな自己責任論が強いから。月収15万円しかもらえない生活でも、それは自分が悪いだって、ちゃんと働いてないし、学歴もないから良い仕事につけてない自分が悪いんだって思っちゃってる。

若者の自己責任論については、『助けてといえない』という本の記事に書いたことがある

「自分が悪い」と考えてまう傾向もまた、「批判的なもの」を嫌悪する気持ちと通ずるものがあると私は思う。「何かを批判してまで自分の生活を向上させたいと思わない、だったらこの現状は自分のせいだと考えるしかない」みたいな感覚は私も理解できてしまうので、非常に難しいと感じる。

若者が政治に関心を持たないことで、高齢者寄りの政策ばかり行われてしまい、だからこそさらに若者が政治に関心を持てなくなるという悪循環が生まれてしまう。その連鎖をどうにか断ち切るためにも、無理矢理にでも政治への関心を示していくしかないと改めて感じさせられた。

監督:内山雄人, プロデュース:河村光庸

最後に

映画の随所で、菅政権を皮肉るアニメが流れる。個人的には、分かりやすくシンプルに本質を衝くような内容で、面白いと感じた。

その中に、「羊」が登場するものがある。そしてそのアニメの終わりに、

羊の国家は、オオカミの政府を生む

と表示された。エドワード・R・マローというアメリカのジャーナリストの言葉である。私たちが「羊」のように大人しくしていると、「オオカミ」のような凶暴な政府が生み出されてしまう、という意味だ。

肝に銘じなければならないだろう。

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