目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:梶山三郎
¥935 (2023/09/22 20:04時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 本家筋以外からの初の社長であり、トヨトミ自動車を世界的企業に押し上げた天才経営者・武田剛平
- 「豊臣家の血筋ではない」というだけの理由で、凄まじい功績を上げながら凄まじく冷遇された
- ヤクザの組事務所に乗り込む冒頭から既にマンガ的展開で、日本を代表する企業がモデルになっているとは思えないぶっ飛び振りにワクワクさせられる
「不死鳥のように蘇り、恐るべき手腕を発揮する天才」と「トヨトミの血筋以外何も持っていない凡人」の対立がとにかく面白い
自己紹介記事
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もの凄く面白い作品だった。
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本書は、「トヨトミ自動車」という名前から容易に想像出来る通り、あの世界的大企業をモデルにした小説だ。もちろん、本書の記述のどこまでが事実でどこまでが創作なのかは分からない。ただ、いくら「ただモデルにしただけですよ」と主張したところで、「『間違った記述』や『悪意のある創作』が企業イメージを低下させる」となれば、そりゃあその大企業も何らかの措置を講じてくるだろう。そして、普通に考えて、著者も出版社もそんなリスクを犯すはずがない。
だから本書は、「『出来事』は概ね事実であり、その『見せ方』や『演出』には創作もあり得る」と考えるのが妥当ではないかと思う。まったく事実として存在しない出来事・人物を登場させるのはあまりにもリスキーだろうからだ。
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そんなわけで私は、「本書に書かれているのとほぼ同じようなことが実際に起こった」と捉えている。そして、そう思いながら読むと、圧倒されるだろう。もちろん、「書かれていることはすべて創作で、この小説は完全にフィクション」なのだとしても十分に面白い。ただ、それが「事実」だとしたら、より衝撃を受けるというわけだ。
まあ、どのみち真相を確かめることなど出来ないのだから、「事実」だと思って読んでみる方が面白いだろう。
「ビジネスは戦争だ」と主張し続ける武田剛平とは、一体何者なのか?
本書の主人公は武田剛平だ。もちろん、仮名である。調べれば分かることなので書くが、武田剛平のモデルは、28年ぶりに豊田家以外から社長に抜擢された奥田碩氏だそうである。この「豊田家以外から」というのが奥田氏の特異さであり、そしてそれは、彼をモデルにした武田剛平が暴れまわる本書『小説・巨大自動車企業トヨトミの野望』の特異さでもある。
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本書の中で武田剛平は、「ビジネスは戦争だ」という趣旨の発言を繰り返す。いくつか抜き出してみよう。
ビジネスは戦争なんだ。そして社長は最高指揮官だ。食うか食われるかだ。アメリカ政府が本気で攻撃に出たら日本のメーカーなどひとたまりもない。手前味噌だが、おれはアメリカの怖さがわかっていたからニューヨーク、ワシントン、ロサンゼルスに凄腕のロビイストを配置して可能な限りに対米戦略を講じてきた。米国政財界の重鎮を取り込み、大統領の地元に工場とサプライヤーのセットで進出した。ロビイストたちの根回し、懐柔が効いたからこそ、いくら儲けようがどこからも文句は出なかった。これは一朝一夕でどうなるものでもない。
ビジネスは戦争だ。労組の諸君の要求を丸呑みすればうちは世界のライバル社に負ける。いまの水準の給料はとうてい払えない。おれたち幹部は寝ても覚めても経営のことを死に物狂いで考え、汗水を垂らして行動し、トヨトミを発展させなくてはならない。牙を剝いて襲いかかる他メーカーを蹴散らし、トヨトミはもちろん、子会社、サプライヤーの社員とその家族の生活を守らねばならんのだ。戦争は負けたら終わりだ。なにも残らない。焼け野原だけだ。
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ビジネスは戦争です。社長はその最高指揮官です。最高指揮官の仕事は会社が進むべき方向を社員に示すことに尽きます。方向を誤ってしまえば会社は破綻し、社員とその家族は路頭に迷います。どうか怯むことなく、臆することなく、全世界三十万人の社員に正しい針路を示していただきたい。我らがトヨトミ自動車がさらなる五十年、百年を生き抜くために。
なかなか熱い男である。熱いだけではなく、トヨトミ自動車の社長として辣腕を振るった。しかしその経歴は、「社長」というイメージからかけ離れた常軌を逸したものである。
豊臣家とはなんの関係もないサラリーマン社長。しかも本流の自工ではなく、傍流の自販出身。加えて経理部に十七年も塩漬けにされたうえ、マニラに左遷された厄介者。そのマイナスだらけのドン底から這い上がり、トヨトミ自動車のトップに昇りつめた奇跡の男。そのすべてが常識外れだ。
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繰り返すが、私は本書の記述を「基本的に事実をベースにしている」と捉えている。つまり、武田剛平のこの経歴も、先に紹介した奥田氏が辿ったものであるはずだ。本書には武田剛平以外にも、マンガみたいなキャラがゴロゴロ出てくる。マンガみたいなキャラが、マンガみたいな物語を展開する、とても「実話」をベースにしているとは信じがたい小説なのだ。
武田剛平の凄まじい手腕と、社内での「冷遇」っぷり
まずは、こんな文章を引用してみよう。
トヨトミ自動車内で進む露骨な武田剛平の“抹殺”。「創立八十周年記念映像特集」と銘打たれた二時間近い会社紹介ビデオに、武田が登場するシーンはたったワンカット。それも、解任に等しい社長退任会見の模様をほんの五秒程度。
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あの偉大なる救世主、今日の隆盛の土台を築いた剛腕武田が、たったのワンカットじゃあおかしいでしょう。おれは納得できませんね。社史も、トヨトミ自動車公認のヨイショ本も、武田剛平を抹殺しつつある。
つまり武田剛平は、凄まじい功績を残しながら、トヨトミ自動車の中では恐ろしく「冷遇」されているのである。どうしてそんなことになっているのか。それは、次の一文で理解できるだろう。
豊臣家は血の繋がり以外、信用していません。
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とにかく、創業家に連なっているか否かがすべてを決するというわけだ。これで、「トヨトミ家以外からの初の社長」という武田剛平の特異さが物語に大きく関わることが理解できるだろう。
本書の冒頭は、かなりインパクトがある。なんと武田剛平がヤクザの事務所に乗り込むのだ。
事務所にいたのは、豊臣家本家の長男である豊臣統一。安クラブにいる、色気と愛嬌しか取り柄のない若いホステスの話を真に受けて、まんまと美人局に引っかかったのだ。彼を救助するために武田は、副社長である御子柴と共に出張ったのである。
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武田にとってこれぐらいのことは朝飯前だ。なんせマニラに左遷されていた間、マルコス独裁政権下で死を覚悟するような思いで日々金の回収をしていたからだ。ヤクザくらい、どうってことはない。トヨトミ最強のトラブルシューターであり、彼に任せれば一安心というわけだ。
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武田剛平は、会長の豊臣新太郎に見出された。前社長であり、トヨトミ本家筋の人間だ。社内の誰もが、「武田はマニラで終わった」と考えていたところからの奇跡の社長就任。信じがたいウルトラCだったと言っていい。
そこからの武田の活躍は、後に「日本の救世主」と呼ばれるほどの凄まじいものだった。中国、アメリカ、ヨーロッパと、難しい海外進出をその巧みな戦略で次々とまとめあげ、元々8兆円ほどあった売上を倍増させたのである。その辣腕は、経済界だけではなく政界からも注目されるほどだった。
口癖のように「ビジネスは戦争だ」と言い、使えるものは何でも使う。彼自身もその社交性で人脈を広げながら、同時に、社内の様々な人間を適材適所に配置し、他人の異能さえも上手く活用した。およそ普通の組織では能力を活かせないだろう異次元の社員まで見事に操り、その才能を遺憾なく発揮させたのである。
まさに「名経営者」というわけだ。
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しかし所詮、武田剛平はサラリーマン社長に過ぎない。豊臣家に仕える使用人というわけだ。それだけの功績を残しながらも、正当に評価されることはなかった。まあ、それも無理はないだろう。なにせトヨトミ自動車では、「中興の祖」として一般的には評価の高い豊臣史郎さえ、「分家出身」という理由で扱いに差があるのだ。そんな組織の中で、血の繋がりなどまったくない武田剛平が報われるはずもない。
武田は名経営者と讃えられながらも、結局最前線を退かざるを得なくなってしまう。そんなとんでもない男が組織といかに闘ったのかを描き出す小説なのだ。
ホントに、よくもまあこんな小説が出版できたものだと思う。
ぶっ飛んだキャラクターがゾロゾロ出てくるぶっ飛んだ物語
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どこまで実話か分からないものの、本書を読んでいると、「ホントか?」と感じてしまう場面がとにかく多い。もちろん武田剛平が最もぶっ飛んでいるのだが、彼以外にもとんでもないキャラクターはぞろぞろ出てくるのだ。
例えばある人物は、工場で自身の指が潰れる事故に遭いながら、「これで安全装置を1つ作れるし、若い工員を傷つけずに済む」と喜ぶ。別の人物は、「この部品を0.5mm短くすれば3銭のコストカットになる」みたいな凄まじいチリツモを積み上げて、ついには100億円の利益をもたらすまでになる。あるいは、「自分が喋ると社員が考えなくなる」という理由からまったく口を出さなかった豊臣家の血筋を引く変人の存在など、「ホントにこんなことが企業内部で起こっているのか?」と感じさせられるエピソードが満載だ。
そしてやはり、とにかく武田剛平が凄まじい。社長に就任するまでのマンガのような展開にも驚かされるが、社長就任後に発揮された手腕もとんでもない。彼が手掛けたいくつもの戦略は、「大国を相手に、小国のいち企業が揺さぶりを掛けるようなもの」ばかりであり、よほどの豪胆さがなければ実現できなかっただろう。
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武田は、自身が描いた戦略をすべて叶えることなく道半ばで退場を余儀なくされた。その後しばらく「凡庸な」社長が続くことになったが、それでもトヨトミ自動車が安泰だったのは、武田が描いた世界戦略をそのまま踏襲することで真っ当な経営を行うことが出来たからだ。武田剛平がいなくても進められるという状況を整えてから、彼の功績を丸ごと奪い去るような振る舞いには、さすがに驚かされた。
本書では、「不死鳥のように蘇り、えげつない手腕を発揮する天才・武田剛平」と「トヨトミの血筋以外の何も持たない凡人・豊臣統一」の対立構造が描かれる。しかしそもそも、時代劇じゃないんだから、「世界的大企業の経営が、『血の繋がり』に左右される」なんてことがホントにあるのかという点にまずは驚かされてしまった。また本書は、武田剛平、豊臣統一、そして武田剛平を注視する記者の3つの視点から描かれ、複層的に「トヨトミ自動車」という企業について捉えている。トヨトミ自動車は日本最大の広告主であり、それ故に批判的な記事がなかなか出ない。何かマズい状況にあったとしても、よほどのことでもない限り私たち一般市民の元に情報は届かないのだ。そんな企業についての、三者三様の視点で描かれる「暴露的な小説」という点もまた、本書の面白さだと言えるだろう。
「暴露」的な内容だが、それ以上に「経営」について考えさせられる作品
本書はもちろん、「暴露本」的な要素を多分に含む小説だが、決してそれがメインなのではないと思う。本書で何よりも理解すべきは、「会社経営における困難さ」だろう。
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本書の中で武田剛平にも語らせているのだが、「豊臣家」という旗があるからこそ「トヨトミ自動車」は世界と闘うことが出来る。経営能力だけあっても、血筋だけあっても、片輪ではダメというわけだ。両輪揃ってこそ、世界と渡り歩く経営が出来るのである。
もちろん、その両輪が1人の人間の内に備わっているのが理想だ。しかし、必ずしもそうなるとは限らない。その時、どのようにこの「両輪」を成り立たせるべきなのか。本書が問いかけているのはこのような、多くの企業にも関係するだろう問題なのではないかと思う。
武田剛平は常々「アメリカは怖い」と口にする。超大国アメリカは、トヨトミに対して様々なことを仕掛けてくるからだ。あるいは、リーマンショックのような激変がいつ起こってもおかしくはない。また、消費者の関心やライフスタイルは常に変化していく。そのような変化に敏感になって舵取りを行わなければ、巨大な船であるトヨトミ自動車はすぐに沈んでしまうだろう。だからこそ武田剛平は、
寝ても覚めても経営のことを考える。それが経営者の本来の姿です。経営者になった以上、血ヘドを吐く覚悟で仕事に取り組まなければならない。
と、その凄まじい覚悟を口にするのである。「世界的企業の経営者」のことなどなかなか想像し難いが、その一端を垣間見せてくれる作品とも言えるだろう。
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本書には、ハイブリッド車開発の話も取り上げられる。名前は「プロメテウス」である。「クレイジープロジェクト」と称された「プロメテウス」開発は、奇人変人が跋扈するとんでもないものだった。その舞台裏を知ることが出来るのも興味深いのではないかと思う。
「プロメテウス」は、1台売る毎に100万円の赤字が出る、恐ろしい製品だったそうだ。とても商売として成立するようなものではない。しかし、それほどの赤字を垂れ流したとしても、トヨトミ自動車は何よりも「一番乗り」にこだわった。結果としてその戦略は大成功を収めるのだが、なんともスケールの大きな話だと感じさせられる。
細部に渡り、とにかく「凄まじい」としか言えない、ぶっ飛んだ物語だった。
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著:梶山三郎
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最後に
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本書には、「裏金の作り方」「役員が家を買う際の暗黙の了解」など、「そんなこと書いて大丈夫なのか?」と思ってしまうような話もバンバン出てくる。事実かどうかはともかくとして、「『批判はタブーと言われる、メディアでは扱えない企業』について、小説という形で可能な限り書く」という著者の意気込みを随所に感じた。
武田剛平は、一流のロビイストだったトヨトミ自動車の社員・堤昌也に「地球人」と評されたほど規格外のスケールを持つ人物だ。一方、かたや豊臣統一は、豊臣家の血筋であるという以外何の取り柄も持たない男である。この両者が闘って釣り合い、あまつさえ取り柄のない男の方が勝ってしまうという異次元の世界の物語は、私たちのような凡人でもとても面白く読めるだろうと思う。
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【扇動】人生うまくいかないと感じる時に読みたい瀧本哲史の本。「未来をどう生きる?」と問われる1冊:…
瀧本哲史は非常に優れたアジテーターであり、『2020年6月30日にまたここで会おう』もまさにそんな1冊。「少数のカリスマ」ではなく「多数の『小さなリーダー』」によって社会が変革されるべきだ、誰にだってやれることはある、と若者を焚きつける、熱量満載の作品
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組織マネジメントにおいては「問うこと」が最も重要だと、『問いこそが答えだ!』は主張する。MIT教授が多くのCEOから直接話を聞いて学んだ、「『問う環境』を実現するための『心理的安全性の確保』の重要性」とその実践の手法について、実例満載で説明する1冊
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「特撮の神さま」と評され、国内外で絶大な評価を得ている円谷英二。そんな彼が設立し、「ウルトラマン」というドル箱を生み出した円谷プロには現在、円谷一族は誰も関わっていない。『ウルトラマンが泣いている』は、そんな衝撃的な「追放の社史」を、円谷英二の孫であり6代目社長だった著者が描く1冊
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1人で火星に取り残された男のサバイバルと救出劇を、現実的な科学技術の範囲で描き出す驚異の映画『オデッセイ』。不可能を可能にするアイデアと勇気、自分や他人を信じ抜く気持ち、そして極限の状況でより困難な道を進む決断をする者たちの、想像を絶するドラマに胸打たれる
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