【誇り】福島民友新聞の記者は、東日本大震災直後海に向かった。門田隆将が「新聞人の使命」を描く本:『記者たちは海に向かった』

目次

はじめに

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この本をガイドにしながら記事を書いていきます

この記事の3つの要点

  • 新聞人にとって「紙齢をつなぐ」ことは矜持であり、その使命感だけで動き続けた
  • 誰からも愛された有能な記者の死と、その死に後悔や自責の念を抱く者たち
  • 福島第一原発事故の取材の壮絶さと、記者以外の者たちの奮闘

「当たり前に存在する」という新聞の価値を、有事でも実現しようと奔走した者たちの葛藤の記録

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

「新聞記者としての矜持」が発揮された、東日本大震災での福島民友新聞の奮闘

「紙齢をつなぐ」という耳馴染みの薄い言葉と、新聞人にとっての矜持

紙齢をつなぐ―― 一般には全く馴染みのないこの言葉の意味をご存知の方がいるだろうか?

私は本書で初めて「紙齢をつなぐ」という言葉を知った。恐らく、何らかの形で新聞に関わっている人でなければ触れる機会のない言葉ではないかと思う。

「紙齢」とは、新聞が創刊号以来、出しつづけている通算の号数を表すものである。「紙齢」は、毎日の新聞の題字の周辺に必ず出ている。
読者はほとんど目に留めていないが、これを「つなぐ」ことは、新聞人の使命とも言うべきものである。

著者は冒頭でこのように書いている。私は正直、「大げさではないか」と感じてしまった。私が新聞に関わりがないからだろうか、「紙齢をつなぐ」ことがそこまで重要なことには感じられなかったのだ。

しかし読み進める中で、本書に登場する福島民友新聞の面々が、繰り返し「紙齢をつなぐ」ことに言及する

「紙齢が途切れるというか、新聞を出さないということは読者の信頼を失うことですから、これが新聞社にとって一番あってはならないことなのです」
仮に明日、ライバル紙の福島民報は出たのに福島民友が出ないとすれば、「会社の存亡」にかかわる問題だった。当然、地元紙は、避難所にいる被災者にも新聞を届けるべきだろう。そんな時に新聞そのものが「発行できない」などという事態は、そのまま会社の「死」を意味するといっても過言ではなかった。

紙齢をつなぐというのが、われわれにとっての責務ですからね。これは、読者に対する責任です。大震災の状況を読者に届けるというのが新聞の使命だと思っていますので、なんとしても新聞を届けたいという思いがありました。当時、われわれには、二十万読者がいましたからね。その責任を果たせて、ほっとしました。

もちろん、平時であれば「紙齢が途切れる」のは大問題だと思う。新聞が当たり前に発行できる状況下で、何らかの理由によってそれが出来なくなってしまうのであれば、それを「会社の存亡」と捉えるのも分からなくはない。

しかしこのように口にしているのは、未曾有の災害だった東日本大震災でのことなのだ。にもかかわらず、

ああ、こんな大震災の時に新聞が出なかったら、会社自体が潰れるかもしれない、と思いました。

という感想を抱くのは、ちょっと凄まじいことのように思う。結局のところ、この「紙齢をつなぐ」という感覚については、本書を最後まで読んでも私には上手く捉えることができないものだった。

新聞人としての想いが共通だからこその震災時の行動

ただ、その感覚そのものが理解できなかったとしても、「皆の想いが共通していること」による連帯感みたいなものは、本書から痛いほど伝わってきた。多くの人が、「1人の人間」としてどう振る舞うか以上に、「新聞人」としてこの震災を記録しなければならない、と思い立つのである。

それでも、請戸に行ったのは、たぶん“僕が撮らないと、誰も伝えられない”という想いがあったからだと思います。

あの三月十一日、十二日の二日間、僕は純粋に、新聞記者として動いたと思うんですよ。あの時、会社と連絡がとれなくなっていました。ということは、会社の仕事としてではなく、記録として、誰かが、この震災の被害を書き残さなければいけなかった。それは、会社に記事として送ることができるとか、できないとか、そんなことではなく、ただ純粋な気持ちだけでやったことを、思い出します。誌面に反映されるかどうかではなく、純粋に“記録者”として動いた二日間だったんじゃないか、と思うんです。会社というものも超えて、あの二日間、記録者として特化して、あそこにいたのではないか、と。そして、自分には、それしかできなかったのではないかと思います。

このように語る者たちは、当然、東日本大震災を生き延びたからこそ、当時のことについて語ることが出来ている。結果だけ見れば、彼らの行動は正しかったと言っていいだろう。

しかし全員がそうだったわけではない。震災の日に、1人の若い記者が命を落としている

だが、この若者には、ほかの犠牲者とは異なる点がひとつだけあった。それは、彼の死が「取材中」にもたらされたということである。

彼の名は熊田由貴生。福島民友新聞の記者2年目、24歳の若者だ

あの人が死んだのか。彼の記事は、切り抜いて今も手帳に挟んで持っている。温かい記事を書いてくれる記者だった。

読者の1人がそんな風に語る場面がある。誰からも愛され、記者としても頭角を現しつつあった最中の死。本書では、そんな若者の死を中心に据えながら、福島民友新聞の面々が東日本大震災の日以降に何を見て、どんな経験をしてきたのかが丹念に描き出されていく

熊田の死に、誰もが後悔の念を抱いている

私が、この作品を書くために取材を始めた時、福島民友新聞は困惑し、ある意味、狼狽した。
取材に応じていいものかどうか、見方によっては、恥ともいうべき事柄も含め、世の中にそれが明らかにされて、果たしていいものかどうか。
おそらく、そんな迷いと逡巡があったからだろうと思う。

著者がこんな風に書くほど、福島民友新聞にとって熊田の死は大きなものだった。もちろん、東日本大震災によって多くの人が亡くなっている。福島民友新聞社員の家族・親類にも命を落としてしまった人はいただろう。しかし熊田の場合はやはり、「取材中に亡くなった」という特殊さがある。何かが違えば、死なずに済んだのではないか。誰もがそんな風に感じてしまうのだ。

熊田の死は、浪江支局長である木口拓哉にも衝撃を与えた

なぜカメラなんかに手を伸ばそうとしたんだ。おまえは、なんで助けなかったんだ……。
津波から逃げながら、木口の頭の中を、そんな言葉がぐるぐるとまわっていた。
おまえは何だ! おまえはなぜ人を助けないのか! おまえは記者である前に「人間」ではないのか!
死の恐怖にがたがた震えながら、木口はアクセルを踏みつづけた。助けられなかった命の重さが、運転席にいる木口の全身に覆いかぶさっていた。

熊田の遺体が見つかった後、「熊田は人助けをして逃げ遅れた」という話が漏れ聞こえてくる。そして、実際に熊田に助けられたという大工から、後に福島民友新聞に電話が掛かってきた。この事実は、「おまえは記者である前に『人間』ではないのか!」と、自身の行動を悔やむ葛藤へと繋がっていくことになる。

熊田は人を助けて、俺は助けられなかった――。

僕は卑怯なんです。そこから、僕は逃げたんです。僕が逡巡していなければ、二人は助かったと思っています。僕は請戸漁港でも、警官に出るように言われて、命を拾っています。そして、ここでも、人を助けられずに生き残ったんです。一度ならず、二度も命を拾っている。僕は、卑怯な人間なんです。

あの大震災を福島や岩手など被害の酷かった土地で直接経験したわけではない私が何を言っても説得力などないが、誰もが生き延びるのに必死だった時の行動を、「卑怯だ」なんて責める人間はいないだろうと思う。しかしやはり、本人は否応なしに自責の念を抱えてしまう。そんなこと熊田は望んじゃいないと木口も恐らく頭では理解しているはずだ。それでも彼は、自分を責めずにはいられないのである。

また、相双支社長である菅野は、棺に入った熊田の胸に、3月12日の新聞を置きながらこう呟いた

熊ちゃん、こんな風になったんだよ。

それを近くで見ていた國分はこんな風に語っている。

熊田は、その新聞を見ることができなかったわけじゃないですか。しかし、まさにこの新聞のために、熊田は取材に行ったんです。こんな風になったんだよ、という菅野さんの言葉は、熊田にあの津波のことを伝えていたんだと思います。岩手、宮城、福島の浜通りと、あれほどの被害を出した津波のことを、熊田は知らないわけですから、菅野さんはそれを熊田に伝えようとしたんだと思います。本当にあの時は、つらかったです……。

誰もが熊田のように命を落としてもおかしくない。そう理解していた。というのも、地方紙であればこそ、記者はカメラマンとしての役割も求められるからだ。何かあれば皆、「とにかくまず写真を撮らねば」という思考になるのだという。

そうだ、津波だ、津波を撮らねば。

海に行かなければ……。

結果として命を落としたのは熊田だった。しかし、誰もが同じ条件にあったと言っていい。命を落とさずに生き残った記者は、ただ幸運だったに過ぎない。誰もがそう実感していたからこそ、こんな風に語る者もいた。

自分が生きていることが無性に申し訳なかった。

熊田の死は、様々な形で多くの者に影響を与えることになったのである。

壮絶だった取材現場と、「新聞を届ける者たち」の奮闘

福島民友新聞の記者は当然、福島第一原発の取材も日常的に行ってきた。そしてだからこそ、震災後の取材は驚きと苦労の連続だったという。

木口は、本社に戻ろうと車を運転していた。検問で警官に止められ、南相馬経由で福島市に戻るつもりだと伝えると、「あんた、原発が爆発したのを知らねえのか?」と言われてしまう。

木口には信じがたい話だった

その時、警官は、こう言った。
「死にますよ、あんた」
「……」
木口は、警官の言っていることは本当なのか、と思った。まさか……と、それを打ち消しながら、そこを通してもらった。いくら警官に脅されても、心の中では、「原発が爆発した」などということを、信じようとしていなかったのである。

原発は安全なのだと彼は信じていた。原発取材を担当していた木口だからこそ、「そんなはずがない」という想いが強かったのだ。それぐらい、原発の安全神話は強かったということだろう。

またこんなこともあった。東京電力常務の小森明生が記者会見を開いた際の出来事だ

小森は福島第一原発の元所長であり、浜通りに長く住んでいた。福島を第二の故郷だと考えていた人物である。その時の彼は、100を超す記者から「吊るし上げられ」、ようやく解放されてエレベーターの方向へ向かっているところだった。

そこで福島民友新聞の橋本から声を掛けられる

「これから、地元はどうなるんでしょうか」
小森に、そう声をかけてきた記者がいた。
橋本だった。
(あっ、橋本さんだ)
小森は、声のする方に目を向けた瞬間、橋本だと気づいた。顔も知らない全国紙やテレビの記者たちと長時間のやりとりをしていた小森は、そこに知り合いの記者がいたことに驚いた。
そして、その瞬間に、涙が溢れ出してしまった。

橋本の方は、福島県庁の道を隔てた西側に建つ「福島県自治会館」内に置かれた災害対策本部の担当を命じられており、泊まり込みで取材を続けている最中だった。福島第一原発元所長の小森とは知った仲である

橋本の方を向いた小森は、何も答えず、そのまま声を押し殺して泣き始めた。それを見た橋本の目からも涙が溢れ出てきた。
記者が取材対象者と一緒に「泣く」ことなど、あってはならない。そんなことはわかっている。だが、橋本も、涙を抑えられなかった。

「あってはならない涙」が止めどもなく流れてしまうほどの地獄絵図。そんな渦中に否応なしに放り込まれた者たちの奮闘が、本書には詰め込まれている。自らも「被災者」でありながら、同時に「記録者」であろうと足掻き続けたその時間こそが、「新聞」という形あるものを生み出す原動力となり、また、全社的に「紙齢をつなぐ」という使命へと突き進む契機となっていったのだ

奮闘したのは決して記者だけではない。印刷工場が被災したことで、3工場分の新聞を1つの印刷所で刷らなければならなくなった。また当然のことながら、配達をする者がいなければ、いくら新聞を作ったところで届かない。新聞を支える者たちの奮闘から、「新聞」という”モノ”にずっしりと乗っている、様々な人間の想いの重みを感じさせられた

また本書には、こんな記述もある。

あの大震災は、福島県内において、日本の新聞史上、これまで誰も経験したことがない大事態を惹起している。
それは、「新聞エリアの欠落」である。
(中略)
つまり、福島の浜通りの一部では、「読者」も、「新聞記者」も、「販売店」も、すべてが被災者となりそのエリアから「去らざるを得ない事態」に陥ったのだ。
福島第一原発から半径二十キロ以内の避難区域の中にあった福島民友新聞の「二つの支局」と「十二の販売店」は避難を余儀なくされ、完全なる「空白区域」となった。

だからこそ福島民友新聞の者たちにとって、震災翌日の3月12日に、「紙齢をつなぐ新聞」を発行できたことは誇りなのだ。

福島民友の読者の中には、放射能による避難から半年経って「一時帰宅」した際に、三月十二日付の福島民友新聞を新聞ポストに見つけて感動した人間が少なくなかった。読む人が避難した主なき家に、それでも新聞は「配られていた」のである。

新聞を購読していない私には、その「感動」をリアルに実感することはなかなか難しいが、「当たり前の存在」だからこそ、「当たり前ではない時にも存在することの凄まじさ」は理解できるつもりだ。

そんな彼らの奮闘が詰まった1冊である

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最後に

この記事の冒頭でも書いた通り、結局私には、自ら被災しながらも「紙齢をつなぐ」ことにこれほど人生をかける感覚は分からなかった。しかし、有事だからこそ、「『あって当たり前のもの』がある安心感」を強く感じるというのはなんとなく分かるような気がする。そして、新聞を購読している人にとってそれは、新聞こそが果たすことのできる役割だったというわけだ。

「誰かが記録しなければ」という使命感に突き動かされるようにして、あまりに悲惨な現実を取材し続けた新聞人の「誇り」を、是非本書で体感してほしい。

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