目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
監督:アグニエシュカ・ホランド, 出演:ジャラル・アルタウィル, 出演:マヤ・オスタシェフスカ, 出演:ベヒ・ジャナティ・アタイ, 出演:モハマド・アル・ラシ, 出演:ダリア・ナウス, 出演:トマシュ・ヴウォソク
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この記事の3つの要点
ポーランド政府が劇場での上映を妨害しようとしたほど、「政府がひた隠しにしたい現実」が描かれた作品 ベラルーシからポーランドの国境を抜けてきた中東の難民を、ポーランドの国境警備隊がベラルーシに送り返すという凄まじい現実 ポーランド政府による締めつけが厳しすぎ、望むような援助が行えない人道支援団体の葛藤
作品の舞台は2021年であり、このような現実が”今も”起こっているのだと思うと絶望的な気持ちにさせられてしまう
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どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください
記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
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凄まじい話 だった。実話を元にしているとはとても信じがたい話 である。というわけで、その「凄まじさ」を説明するためにまず、公式HPに書かれている「映画上映に際してのポーランド政府からの妨害」について触れておきたい と思う。
本作『人間の境界』は、「ポーランドが行っていたあまりにも酷すぎる行為」を暴き出した作品 だ。そしてそれ故だろう、本作の上映にポーランド政府は激しく反応した 。なんと、上映を予定している劇場に、「『この映画は事実と異なる』という政府制作のPR動画を上映前に流すように」と通達を出した のだそうだ。しかし、ほとんどの独立系映画館がその通達を無視 、さらに国内外問わず多くの映画人が本作監督を支持した 。こうして、映画界がポーランド政府と対立するという異例の状況になっているのだという。
正直なところ、「政府が異例の過剰反応を示した」という事実こそが、「描かれている内容が真実である」という傍証になっている と言えるわけで、私には明らかな愚策 に思える。政府が無視していれば、もしかしたらさほど話題にもならなかったかもしれないし、こうして日本に住む私が本作を観る機会だってなかったかもしれない 。権力を持つ人間というのは本当に、一般市民の感覚が全然理解できないのだなぁと改めて実感させられた。
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というわけで、「本作で描かれていることは概ね事実」だと私は考えている 。しかし、決して擁護するつもりはないのだが、ポーランド政府だけが一方的に悪いわけではない ように思う。というかむしろ、より本質的な問題はポーランドの隣国ベラルーシにある と認識すべきだろう。
まずはその辺りの事情について、本作での描かれ方を基に触れていこう と思う。
ポーランド・ベラルーシ国境では一体何が起こっていたのか?
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本作で中心的に扱われるのは「中東からEUを目指す難民」の存在 である。中東からの難民は、まずはEU入りを目指そうとする のだが、その玄関口となるのがポーランド なのだ。難民たちは、「ポーランドに入ってしまえさえすればなんとかなる」と考え、どうにかしてベラルーシからポーランドの国境を越えようとする 。
しかし驚くべきことに、ポーランドの国境警備隊は、ベラルーシとの国境を抜けてきた難民を”違法に”ベラルーシへと送り返していた のだ。国境警備隊は難民を見つけると、無理やりトラックに載せ、ベラルーシ側に戻す のである。
ちなみに、「難民をベラルーシへと送り返す行為」を”違法”と表現していたのは、ポーランドの人道支援団体のメンバーだったはず だ。私はこの辺りの知識に明るくないが、恐らく、EU加盟国には「難民の受け入れ」が法律か何かで義務付けられており、それに反しているから”違法” ということなのだと思う。しかし、こちらも私の推測だが、国境警備隊は恐らく政府の指示の下に動いている 。国の意向を受けて、難民を”違法に”ベラルーシ側へと送り返しているというわけだ。
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さて、この事実だけを捉えれば、「ポーランドは定められた役割を果たしていない」と映るし、ポーランドが悪く見える だろう。しかし、あくまでも本作で描かれている事実を基にした判断に過ぎないが、私はそう単純ではない と感じた。
本作中には、国境警備隊のミーティングの様子を映す場面 がある。そしてその中で、「ベラルーシ国境を抜けてポーランドへとやってくる難民」のことを、「ルカシェンコの生きた銃弾」と表現していた のだ。ルカシェンコというのは、ベラルーシの大統領である。
「ルカシェンコの生きた銃弾」について詳しくは説明されないのだが、大体は理解できる。つまりこういうことだろう。ベラルーシはソ連崩壊に伴い独立した国であり、EU諸国とは対立関係にある 。そしてそんなベラルーシがEU加盟国に打撃を与えるために、難民をポーランドに”送り込んでいる” というわけだ。EU加盟国が難民受け入れを標榜していることを理解した上で、「そんな難民を大量に送り込めば国の機能に問題が生じるだろう」という意図なのだと思う 。まさに「銃弾」というわけだ。
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もちろん公式にベラルーシがそのように主張しているはずもなく、これはポーランド(あるいはEU)の捉え方なのだと思う が、少なくとも本作においては、上述のような状況を補足する場面 が描かれていた。映画は、空港からベラルーシ・ポーランド国境へとやってきたある一家が国境を越える場面から始まる 。私は初め本作の設定を理解していなかったため、国境に置かれた鉄条網の前にいた制服姿の男たちが誰なのか分からなかった のだが、状況を考えると、彼らはベラルーシの国境警備隊 なのだと思う。そして、彼らが鉄条網を持ち上げて難民が国境を抜けやすいように手助けする場面 が描かれるのだ。
また公式HPにも、「ベラルーシ国境警備隊が意図的に開けた抜け道を通っての非合法な越境」という表現が使われている 。もちろん、ベラルーシがどんな意図で「難民の越境の手助け」を行っているのかについては憶測でしかないだろう。しかしいずれにせよ、「本来であれば国境間の人の移動を制約すべき国境警備隊が、難民を積極的にポーランド側に送り込んでいる」というのは事実 であるようだ。
そして実は、さらに驚くべき状況 が映し出されていた。先述の通り、ポーランドの国境警備隊は、難民を見つけ次第ベラルーシ側に送り返している。そして実は、ベラルーシの国境警備隊も同じこと、つまり、難民を見つけ次第ポーランド側に送り返している のだ。両国の国境付近では、このようなやり取りがずっと行われている のである。作中に登場する難民は次のように嘆いていた。
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もう5~6回もサッカーボールみたいに行ったり来たりだ。
両国の国境警備隊が、難民を押し付け合っている という状況なのである。そしてこれはなかなかに難しい問題 だ。
ベラルーシがポーランドに(あるいはEUに)打撃を与えようとしているのかはともかく、ポーランド側はそのように捉えているし、そうした観点からすれば、「『ベラルーシに押し付けられた難民』なんか受け入れてられるか」みたいな感覚になってしまうのも仕方ないかもしれない 。もちろん人道的に許容できる話ではない のだが、少なくとも私には「ポーランド政府だけが悪い」みたいな捉え方は出来ない なと思う。
一方で、難民がEUを目指していることは確かであり、ベラルーシの手助けの有無に拘らず彼らはポーランドを目指すだろう 。とすればやはり、ポーランドの対応には問題がある ようにも感じられてしまう。実にややこしい問題 だなと思う。
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さて、ここまで触れてこなかったが、本作の舞台は2021年10月 である。つまり、つい最近の出来事 というわけだ。ポーランド政府の難民に対するスタンスに変更があったのかは不明だが、「本作の上映を妨害した」という事実を踏まえれば、変わっていないと考えるのが妥当 だろう。となれば、本作で描かれている状況は今もまだ継続していると考えていい はずだ。本当に悲惨なことが起こっている のだと実感させられた。
難民が置かれている、さらに厳しい現実
さて、ベラルーシ・ポーランド国境を抜けた難民にはまず、「国境警備隊に見つかったら、ベラルーシ側に押し返される」という危険 が待っている。しかし実はそれだけではない 。国境警備隊に見つからなかったとしても、彼ら難民はかなり厳しい状況に置かれてしまう のだ。
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本作では、国境を抜けてきた難民の手助けを行う人道支援団体の活動 も描かれる。しかし、その活動にはかなりの制約がある ようだ。まず、ポーランド政府が設定した「立ち入り禁止エリア」の問題 がある。政府は国境付近(そのほとんどが森である)の大部分を「立ち入り禁止エリア」に設定し、一般市民のみならず、ジャーナリスト・医師・人道支援団体の立ち入りさえも禁止した のだ。そのため、仮に難民が「立ち入り禁止エリア」にいた場合、支援の手を差し伸べることが出来なくなる 。その場合、「国境警備隊に見つかってベラルーシに送り返される」か「怪我や寒さなどによって命を落とす」かしかない というわけだ。
また本作には、人道支援団体のメンバーが難民に対して「今後の身の振り方」を説明する場面 もあった。もちろんその中には「難民申請を出す」という選択肢 も含まれるし、難民がそれを望むのであれば人道支援団体はサポートする用意がある 。しかし彼らは、「難民申請は勧めない」と難民に伝える のだ。
ポーランドでは難民申請を待つ間、劣悪な収容所で過ごさなければならない 。そしてそこでの生活に耐えても、難民申請は通らないことの方が多い のだという。また、難民申請をする場合、国境警備隊に通知しなければならない とも定められている。人道支援団体は国境警備隊の酷さを知っているので、難民申請のためであっても国境警備隊とは関わるべきではないと考えている のだ。
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そしてこのような状況をすべて踏まえた上で、人道支援団体は「難民申請は勧めない」とアドバイスする のである。
では、他にどのような選択肢があるのだろうか? 実のところ、選択肢と呼べるほどのものはない 。団体のメンバーは、「皆さんから難民申請が無い場合、私たちに出来ることはない 」と伝えていた。人道支援団体としても苦渋の決断 ではあるが、辛い境遇にいる難民を、森の中に残して去らざるを得ない のだ。そうしなければ、彼ら自身も危険な状況に追い込まれてしまう のである。
つまり、ベラルーシ・ポーランドの国境を抜けた難民が採りうる選択肢は3つ ということだ。「国境警備隊によってベラルーシに送り返される 」か、「酷い環境に収容されながら可能性の低い難民申請を出す 」か、「この森で生きていくか 」である。人道支援団体としても、もっと何とかしてあげたい気持ち は当然持っている。しかし、彼らが法を犯し、警察などに付け入る隙を与えてしまえば、食料や衣服を渡す支援でさえ継続出来なくなってしまう のだ。彼らとしても、ギリギリの判断 をしているのである。
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ベラルーシ・ポーランド国境ではこのようなことが行われていた のだ。ポーランド政府が「この映画は事実と異なる」というPR動画を流させようとしたのも分からないではない だろう。EU加盟国が行っているとは思えない、実に酷い出来事だ 。
さて、公式HPには、監督が本作の制作を決断するに至った背景についても触れられている 。監督は元々、友人のカメラマンと共に「国境の問題」を追っていた のだが、政府が国境を閉鎖したことで情報が途絶してしまう 。しかし彼女は、『ソハの地下水道』『太陽と月に背いて』などの名作を送り出してきた映画監督 だ。ドキュメンタリーが無理なら、映画を作ればいい 。それは彼女にとって自然な発想 だった。こうして、本作『人間の境界』の制作を決意した のだという。
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それ故、撮影の段階から「妨害」を警戒していた ようで、撮影場所やスケジュールは極秘のまま撮影した そうだ。そして24日間という、長編映画としては超短期間での撮影を敢行し、「政府が圧力を掛けてまで隠蔽しようとした凄まじい現実」を炙り出す作品が生まれた のである。
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しかしながら、作品の設定について何も知らないままだと、映画が始まってからしばらくの間、何が起こっているのか状況を理解するのにかなり苦労するのではないか と思う。まさか「国境を挟んで両国が難民を押し付け合っている」なんて現実が存在するとは想像出来るはずがない からだ。しかし、そのような状況が理解できるようになると一転、映し出されている現実に圧倒されてしまう に違いない。
また、本作は全編モノクロで展開される作品 なのだが、この演出は「血が通っていない現実」という要素を絶妙に表現しているよう に私には感じられた。そしてだからこそ、「そのような状況下でさえ人助けをしようとする者がいる」という状況をより鮮明に描けていた とも思えるのだ。
そんな凄まじい現実が描かれる作品 である。
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監督:アグニエシュカ・ホランド, 出演:ジャラル・アルタウィル, 出演:マヤ・オスタシェフスカ, 出演:ベヒ・ジャナティ・アタイ, 出演:モハマド・アル・ラシ, 出演:ダリア・ナウス, 出演:トマシュ・ヴウォソク
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最後に
本作のラストは、ある種皮肉的な描写 で終わっていた。2022年に始まったウクライナ侵攻に際してのポーランド政府の対応が描かれている のだが、なんとポーランドは、隣国ウクライナから2週間で200万人もの難民を受け入れた というのである。明らかに、「中東の難民は受け入れないくせに」という皮肉が込められたシーン であるし、そのように捉えるべきだろう。
作中では、「2014年の難民危機以来、ヨーロッパの森や川では3万人もの難民が亡くなっている 」と字幕で表示された。これは決してポーランドに限定したデータではないのだが、当然ポーランドもその一翼を担っている だろう。そしてその状況は、今も継続中 なのだそうだ。
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もちろん、「中東からの難民」と「隣国ウクライナからの難民」では扱いに差が出るのも仕方ない かもしれない。しかしそれにしたって、「難民の送り返し」と「2週間で200万人の受け入れ」では、あまりに差が大きすぎる とも言えるだろう。そして、こんな風に書いている私が住んでいる日本もまた「難民をほぼ受け入れない国」 であり、ポーランドを責める資格などない という事実にも打ちのめされてしまう。本当に、嫌な現実を生きている ものだなと思う。
そんなわけで、思いがけず凄まじい作品に出会えた という感じだった。ストーリーも人間ドラマも良かったし、映像の緊迫感も印象的である 。また、政府を糾弾するような内容の映画が作られ、それに多くの人から支持が集まることは健全 に感じられるし、本作が様々な賞を受賞しているという事実もとても良い ことだと思う。152分と少し長い物語ではあるが(それをたった24日間で撮影したというのだから、改めてそのことにも驚かされる)、是非観てほしい作品 だ。
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【あらすじ】死刑囚を救い出す実話を基にした映画『黒い司法』が指摘する、死刑制度の問題と黒人差別の現実
アメリカで死刑囚の支援を行う団体を立ち上げた若者の実話を基にした映画『黒い司法 0%からの奇跡』は、「死刑制度」の存在価値について考えさせる。上映後のトークイベントで、アメリカにおける「死刑制度」と「黒人差別」の結びつきを知り、一層驚かされた
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【対立】パレスチナとイスラエルの「音楽の架け橋」は実在する。映画『クレッシェンド』が描く奇跡の楽団
イスラエルとパレスチナの対立を背景に描く映画『クレッシェンド』は、ストーリーそのものは実話ではないものの、映画の中心となる「パレスチナ人・イスラエル人混合の管弦楽団」は実在する。私たちが生きる世界に残る様々な対立について、その「改善」の可能性を示唆する作品
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2019年に起こった、逃亡犯条例改正案への反対運動として始まった香港の民主化デモ。その最初期からデモ参加者たちの姿をカメラに収め続けた。映画『時代革命』は、最初から最後まで「衝撃映像」しかない凄まじい作品だ。この現実は決して、「対岸の火事」ではない
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【実話】「ホロコーストの映画」を観て改めて、「有事だから仕方ない」と言い訳しない人間でありたいと…
ノルウェーの警察が、自国在住のユダヤ人をまとめて船に乗せアウシュビッツへと送った衝撃の実話を元にした映画『ホロコーストの罪人』では、「自分はそんな愚かではない」と楽観してはいられない現実が映し出される。このような悲劇は、現在に至るまで幾度も起こっているのだ
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【実話】映画『アウシュビッツ・レポート』が描き出す驚愕の史実。世界はいかにホロコーストを知ったのか?
映画『アウシュヴィッツ・レポート』は、アウシュビッツ強制収容所から抜け出し、詳細な記録と共にホロコーストの実態を世界に明らかにした実話を基にした作品。2人が持ち出した「アウシュビッツ・レポート」こそが、ホロコーストについて世界が知るきっかけだったのであり、そんな史実をまったく知らなかったことにも驚かされた
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