目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:久枝, 城戸
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ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「日本生まれの中国残留孤児二世」という著者の類まれな特殊性
- 「中国残留孤児」という言葉が世に知られる10年以上も前に独力で日本への帰国を果たした城戸幹の壮絶な経験
- 特異な出生ゆえに困難を避けていられた著者が、「個人の物語」として「中国残留孤児」の問題に足を踏み入れていった経緯
「中国残留孤児」という大きな括りで捉えると切り捨てられてしまうだろう細部こそ大事にする著者のスタンスが素敵な作品
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言葉だけは知っていた「中国残留孤児」の現実を本書で初めて知った。著者のあまりの特殊性にも驚かされる
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さらに本書の著者は、「日本生まれの中国残留孤児二世」という”特殊な出生”なのだという。正直、この言葉の意味も、その特殊さも、本書を読み始めた時点ではまったく理解していなかった。本書をしばらく読み進めてもまだ、上手く捉えられずにいたのだ。
しかし本書の後半、中国残留孤児やその二世と著者が関わっていく辺りから、ようやくその意味が理解できるようになってきた。そして、そんな非常に特殊な出生を持つ著者だからこそ、「中国残留孤児」の問題を深く、そして新しい視点から捉えることが出来たのだ。
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そんな著者の物語は、父親の激動の人生を追うところから始まる。
著者の父親は、「中国残留孤児」という言葉が世に知られる以前に自力で日本へと帰国を果たした
本書の凄まじさは、著者の父親の来歴とその壮絶な帰国劇にあると言っていい。「孫玉福」という中国名で生活していた城戸幹が中国から帰国したのは1970年のこと。中国との国交が正常化される2年も前のことであり、さらに「中国残留孤児」という言葉がメディアで盛んに取り上げられるようになる10年も前のことだった。もっと言えば、1970年というのは、中国で文化大革命の嵐が吹き荒れている最中でもあったのだ。
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そんな時代に、著者・城戸久枝の父親は、自力での帰国を成し遂げたのである。まさにそれは「奇跡」としか言いようがないものだった。
それではまず、孫玉福こと城戸幹が、日本への帰国を果たすまでどんな生活を送っていたのかに触れていこうと思う。
城戸幹は、満州国軍の軍人の子として生まれ、終戦時に様々な混乱と不運が重なったことで、そのまま中国に取り残されてしまう。城戸幹は多くの人の助けを得て、牡丹江のほとりにある頭道河子村へと連れてこられた。5歳の頃のことである。
育ての親はなかなか見つからなかった。「日本人の子を育てていると知られたら、ロシア人に何をされるか分からない」という恐怖があったからだ。しかしやがて、自警団長の義理の娘である付淑琴が名乗りを上げる。彼女は2度の流産を経験したことで子どもを産めない身体になっており、引き取りを強く希望したのだ。
そんな風にして城戸幹は、日本人であることを隠すために「孫玉福」という名前を与えられ、中国人として育てられることとなったのである。
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孫玉福は非常に優秀だった。当然のことながら中国語は苦手だったが、一念発起して克服する。他の教科の成績は元々良かったこともあり、小学校時代に飛び級を果たしたほどだ。その後、彼自身の努力と育ての母の必死の金策のお陰で高校まで通うことができ、そのままであれば名門・北京大学も狙えるほどの成績を維持していた。
しかしここで悲劇が起こる。孫玉福は、ちょっとしたすれ違いから、自らの戸籍の記載を「日本民族」と変更してしまったのだ。当時中国では文化大革命の嵐が吹き荒れていた。そんな時代にあって「日本民族」であることを明かしてしまった彼には、中国国内での真っ当な道は閉ざされてしまったと言っていい。
時を同じくして、孫玉福の中にアイデンティティに対する葛藤が生まれてくる。「中国人として育てられたこと」と「日本人であること」のギャップを無視できなくなっていったのだ。そして彼は、「生みの親をなんとしてでも探し出したい」という思いに駆られ、そこから猛烈に行動を起こすことになる……。
城戸久枝の父親の「奇跡の帰国」は、こんな風にして始まっていくのである。
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帰国に至るまでの奮闘と、帰国してからの苦労
孫玉福(城戸幹)の物語の凄まじさは、「彼が元々『帰国』を意識していたわけではない」という点にあると思う。日本で「中国残留孤児」という言葉が使われるようになってから、「そういう境遇の人たちを日本へと帰国させよう」という機運が生まれることになるわけだが、城戸幹が帰国したのはそうなる10年も前のことだった。「中国残留孤児」という言葉も恐らく存在せず、彼らが日本へと帰国するルートも当然存在していなかったのだから、そもそも「帰国する」という発想を持ちようがなかったというのが正しいだろう。
彼は純粋に、「生みの親について知りたい」と考えて行動を起こす。自分がどこの誰で、どんな経緯で育ての親の元へとやってきたのかという来歴を明らかにしようとしたのだ。しかし、どれだけ調べても何も分からなかった。彼は、話を聞ける限りすべての関係者に当たったと言っていいぐらいの調査を行うのだが、それでも自分の出生などについてほとんど情報を得ることができない。
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その一方で孫玉福は、日本赤十字に宛てて「自分の両親を探してほしい」という手紙を送り続けた。その数なんと数百通に及ぶという。どれだけ手紙を出しても音沙汰がなかったが、それでも諦めずに送り続けたことでようやく反応が返ってくる。しかしそこに書かれていたのは、「もっと情報がなければ両親を探せない」という主旨の文章だった。自身でこれでもかと調べた上で何も分からなかったのに、これ以上どうすればいいのかと彼は頭を抱えてしまう。
しかしその後、奇跡的な展開の末、ようやく自身の「城戸幹」としての身元にたどり着くことが出来た。その素晴らしい経緯については、是非本書を読んでほしい。
しかし、身元が分かったところで問題が解決するわけではない。何せ当時はまだ、日本と中国の間で国交が回復していなかったのだ。さらに、中国ではまさに文化大革命の真っ最中だった。つまり、「日本人」という身分がバレたら殺されてしまうかもしれないという恐怖を抱えながら、彼は「日本人」として帰国するための方策を探り続けなければならなかったというわけだ。その大変さは、想像に余りあるだろう。
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後年、日本への帰国を果たした城戸幹が、NHKドラマ『大地の子』の再放送を見る機会があったという。山崎豊子原作のこのドラマは中国残留孤児をテーマにしており、それを観て城戸幹はこんな風に口にしたそうだ。
なあ、久枝。父ちゃんがいた頃は、あんな甘いものじゃなかったよ。
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私は、小説でもドラマでも『大地の子』に触れていないが、もしその内容をご存知の方がいれば、「『大地の子』で描かれているよりも壮絶だった」とイメージすればいいことになる。小説で描かれているよりも厳しかったというのだから、どれだけ辛い状況だったのか想像できるだろう。
著:山崎 豊子
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さて、そんな風にして無事に帰国を果たした城戸幹だが、ここで苦労が終わったわけではない。日本に戻ってからも大変なことの連続だった。そもそも、中国人として育てられたわけで、日本人なのに日本語を喋ることができない。これは社会生活を送る上で相当な障害となるだろう。また、「血の繋がった家族」との生活が始まっても、長い間関わりがなかったこともあり、自身が「厄介者」扱いされているような気がしてしまうのだ。
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さらに、「中国での進学を諦めざるを得なかったこと」が日本帰国のモチベーションの1つだったにも拘わらず、結果として、日本での大学進学も難しいと判明する。「日本に帰国できたから万々歳」というわけにはいかなかったのだ。
しかしそれでも城戸幹は、社会の中で奮闘し、結婚し子どもをもうけた。だからこそ「城戸久枝」がこの世に生を享け、本書『あの戦争から遠く離れて』を執筆するに至ったのである。著者は、それまでまったく知らなかった、自身の背後に横たわる「歴史の大きな流れ」を実感し、「中国残留孤児」の世界へと足を踏み入れていく。
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「日本生まれの中国残留孤児二世」という特殊さと、城戸久枝が「中国残留孤児」の問題に足を踏み入れていった経緯
本書の前半は、父・城戸幹の来歴を追う構成だが、後半は、著者である城戸久枝がどのようにして「中国残留孤児」の問題に関わるようになっていったのかが描かれていく。
著者は、最初から「中国残留孤児」に関心を持っていたわけではない。自身が「日本生まれの中国残留孤児二世」という特殊な立場にあることは理解していたが、だからと言ってその背景を知るために行動を起こすほどのものではない、と感じていたのだ。そんな著者は、どのようにして「中国残留孤児」の世界に足を踏み入れることになったのか。
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その話の前にまず、「日本生まれの中国残留孤児二世」という立場の特殊さについて整理しておくことにしよう。
ここまでの話で、父・城戸幹がいかに特異な形で日本への帰国を果たしたのかが理解してもらえたと思う。城戸幹が辿った経緯は、非常に特殊なものだった。
一般的に、「中国残留孤児二世」は中国で生まれている。それはそうだろう。「中国残留孤児」の日本帰国をサポートする支援が始まったのは、城戸幹の帰国から10年以上も後のことだ。だから、中国国内に取り残されていた中国残留孤児たちは、中国国内で結婚し、子どもをもうけた。当然、「中国残留孤児二世」も中国で生活することになり、中国語しか喋れない両親の元で中国語話者として育っていくというわけだ。
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だからこそ、「中国残留孤児」やその二世の帰国事業が始まった際、その多くが言葉の問題で苦労することになった。
一方城戸久枝の場合、父親が結婚前に自力で日本帰国を果たしたこともあり、「日本生まれの中国残留孤児二世」という、普通にはあり得ない出生となった。この点こそが、城戸久枝が有する「中国残留孤児二世としての特殊性」というわけだ。彼女は日本生まれなので、「中国残留孤児二世」でありながら、もちろん言葉の問題で苦労したこともないし、父・城戸幹が中国に対して抱いている感情も理解できずにいたのである。
城戸久枝にとっては、「中国残留孤児」は正直「遠い存在」でしかなかった、というわけだ。
しかしあることをきっかけに運命が変わった。育ての親である付淑琴が亡くなる9ヶ月ほど前に、突然父から中国行きを誘われたのだ。父の友人の家にホームステイしてみないかというのである。そしてこのことをきっかけに著者は、「中国という国家」に対する不思議さを抱くようになり、結果として父が辿った足跡を辿っていくことになった。
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こうして城戸久枝は、「中国残留孤児」の問題に対する一歩を踏み出していくのである。
「個人の物語」として「中国残留孤児」の問題に関わっていく
本書は基本的に、「城戸久枝という個人の物語」として語られていく。「中国残留孤児」の問題について客観的に考えを深めていくような内容ではなく、個人史として「中国残留孤児」を追っていくのだ。
ある時、父・城戸幹が突然、県や厚生省を訴え始めた。中国残留孤児として帰国したのにまったく補償がなかったことに対してである。当初著者は、父のこの行動が理解できなかった。その時点で、父が生活に困窮していたり何か大きな支障を感じていたわけではない。だから著者は、今更そんな訴えを起こすことにどんな意味があるのか理解できずにいたのだ。
しかしその後、日本国内にいる他の中国残留孤児二世と関わりを深めていく中で、自分には見えていなかった世界を知ることになる。日本で生まれ育った彼女と異なり、中国で生まれ育った二世は、想像もできないような苦労を強いられていた。国に対して裁判を起こした他の中国残留孤児と関わる機会もあり、その中で彼女は、父の行動を少しは理解できたような気分になる。そしてその過程で、「中国残留孤児」という問題の根深さを一層深く知ることにもなったというわけだ。
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さらに彼女は、自身のアイデンティティに対する葛藤も抱くようになっていく。彼女は「中国残留孤児」のことを知るにつれて、「『日本人』に対する強烈な悪感情」を自覚するようになる。しかしその一方で、当然のことではあるが、「『城戸久枝』という個人に対する親愛の情」を捨てられるわけではない。つまり、自身も日本人であるのだが、「中国残留孤児」の問題を通じて知った日本人の酷さに対して苛立ちを覚えてしまうというわけだ。そんな経験を何度も重ねることで彼女は、文化大革命真っ最中の中国という、彼女が生きる世界とまったく異なる環境で父が経験しただろう過酷さに思いを馳せることになる。
こんな風に彼女は、「城戸久枝という個人の物語」として「中国残留孤児」の問題を捉えていったのだ。
私が感じ、いまも思うことはたった一つだけだ――私と彼らの間には、わかりあえることもあれば、わかりあえないこともある。彼らが私を変えることはできないし、私が彼らを変えることもできない――特別なやり方など、どこにもありはしない。それでも、彼らとの関係は続いていく
「中国残留孤児」「日本」「中国」のような大きな枠組みで捉えてしまうと、様々な細部が顧みられることなく切り捨てられてしまうこともあるだろう。著者はそうではなく、切り捨てられてしまいがちな細部をきちんと手放さないように意識した上で、自分事として「中国残留孤児」の問題に接していく。その姿勢こそが、この作品が持つ力強さであるように私には感じられた。
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また著者は、「城戸幹の娘」という立場だけではなく、「軍人だった祖父の孫」という立場も直視しようとする。中国留学時代、彼女は何度も日本への非難を耳にしたのだが、その多くは「日本の軍人」に対するものだった。「自身が軍人の孫である」という事実から逃げてはいけないと感じるようになった彼女は、僅かな資料を手がかりに祖父の面影も追おうとする。
このように彼女は、まさに「個人史」として大きな歴史を捉えようとしていくのである。
著:久枝, 城戸
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最後に
本書で語られる、育ての親である付淑琴との関係も素晴らしい。血の繋がりや国籍の違いなど関係なく、彼女は孫玉福に惜しみない愛情を注ぐ。そしてその愛情を一身に受け止めた孫玉福も、大人になってからその恩に報いようとする。そしてこれもまた非常に奇跡的な話だと感じるのだが、孫玉福が付淑琴に最大限の感謝を以って恩返ししようとした行動が、結果として彼の帰国に繋がっていくのである。
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最終的には帰国を決断する孫玉福だが、その別れは、双方にとって引きちぎられるような苦しみを伴うものだった。そのような「親子関係」にたどり着いた2人の人生もまた素晴らしいと思う。
孫玉福がもし、戸籍を「日本民族」と書き換えなければ、2人はそのまま中国で暮らしていたことだろう。しかしそうだとすると、「城戸久枝」は生まれていないことになる。現代史の大きなうねりが、個人史として立ち現れるという経験をする機会はなかなかないが、城戸久枝の物語は、そんな疑似体験をさせてくれるのである。
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