【あらすじ】映画『戦場のピアニスト』(ロマン・ポランスキー)が描く、ユダヤ人迫害の衝撃の実話

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

出演:エイドリアン・ブロディ, 出演:フランク・フィンレイ, 出演:モーリン・リップマン, 出演:エミリア・フォックス, 出演:エド・ストッパード, 出演:ジュリア・レイナー, 監督:ロマン・ポランスキー, プロデュース:ロマン・ポランスキー, プロデュース:ティモシー・バーリル, Writer:ロナルド・ハーウッド
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※上のアマプラは4Kリマスター版ではありません

この映画をガイドにしながら記事を書いていきます

この記事の3つの要点

  • 上映後のトークイベントが思いがけず面白く、映画と併せてとても良い体験となった
  • 実話だと知らずに観ていても驚愕の連続だったが、実話だと知ってさらに驚かされることになった
  • 音楽への情熱のお陰で生き延びられたと言ってもいい、あるピアニストの壮絶すぎる人生とは?

あまりにも悲惨な現実がとても美しい映像で描かれており、その対比にも圧倒されてしまった

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません

映画『戦場のピアニスト』は圧倒的なリアルを描き出す作品であり、思いがけずその凄まじさを深く知れる機会にも恵まれた鑑賞だった

実に絶妙なタイミングで鑑賞出来た

映画『戦場のピアニスト』は実に素晴らしい作品だったが、その内容に触れる前にまず、私がどのようなスタンスで本作を観たのか、それが誤りであることにどのように気づいたのか、そしてその後どんな意外な出来事が起こったのか、などについて触れておきたいと思う。

私はいつもの如く、映画『戦場のピアニスト』について鑑賞前にはほとんど何も知らなかった。「名作として名高い映画」「なんとなくロマン・ポランスキーという監督の名前だけ聞き覚えがある」ぐらいしか知識がなく、正直、観始めてようやく「ユダヤ人の話なのか」と理解したくらいだ。そして、そのような状態で観ているので容易に想像がつくとは思うが、私は本作が「実話を基にした物語」であることも知らずにいた

私がようやくそのことを理解したのは映画のラストだ。本作の主人公はウワディスワフ・シュピルマンというピアニストなのだが、映画の最後に、「彼が2000年7月6日に89歳で亡くなった」という内容の字幕が表示されたのである。これでようやく、主人公が実在の人物だったということを知った。なので私はずっと、フィクションだと思って本作を観ていたというわけだ。

そしてだからこそ、鑑賞後も驚かされてしまったのである。

私は本作『戦場のピアニスト』の4Kリマスター版を映画館で観たのだが、私が観た回はたまたまトークイベントもセットになっていた。「上映後にトークイベントがあること」はあらかじめ認識していたものの、いつも詳しいことを調べないので、「トークイベントのゲストとして誰が登壇するのか」は知らなかったのである。

さて映画が終わり、トークイベントが始まった。袖から現れたのは1人の外国人。壇上には、聞き手の分も含め2脚の椅子が用意されていたのだが、その外国人は「座ると言葉が出なくなる」と言って壇上にさえ上がらず、2人して客席ある床に立って話し始めた。驚くべきことに、通訳はいない。何故なら、その外国人は日本語がペラペラなのである。出てきた時、監督のロマン・ポランスキーなのかと一瞬思ったのだが、「こんなに日本語がペラペラだろうか?」とも感じた。そして彼が何者なのかが紹介され、私はとても驚いたのである。

なんと彼は、映画『戦場のピアニスト』の主人公ウワディスワフ・シュピルマンの息子、クリストファー・シュピルマンだというのだ。映画を観終わる直前まで「実話」だとは思っていなかったのだから、「トークイベントに主人公の息子が出てくる」なんてもちろん想像もしていなかったのである。

彼は日本に長く住んでおり、また妻が日本人らしいのだが、しかしそれだけの理由では納得できないほど日本語でのトークが面白い。例えば幼少期の頃のことを問われて、「生まれた時のことはですねぇ、さすがに三島由紀夫のようには覚えていないですが」と、日本人でも知らない人の方が多いかもしれないネタを交えて話したりする(私も知らなかった)。また、そこらの日本人よりよほどちゃんとした日本語を使っており、会話の中で当たり前のように「嬉しい次第です」「神妙な」みたいな言葉を織り交ぜていた。さらに妻のことを「家内」と呼称しており、これはある種の「蔑称」と受け取られる表現だろうが、恐らくそういうことも理解した上で、「外国人が『家内』と口にするするのは面白いんじゃないか」的な発想で使っていたように思う。とにかくその語り口調から、とんでもなく高い知性を感じさせる人だった。

トークイベントの回を狙って観に行ったわけではなく、もちろん登壇者も知らず、そしてだからこそ「実話を基にしている」ことを最後まで知らずに映画を観れ、その上で息子の軽妙なトークも聞けるという、私としてはとても盛りだくさんで実りある映画鑑賞だったのである。

それでは、内容について簡単に説明をした上で、その中身に触れていきたいと思う。

ざっくりと内容紹介

ポーランドに住むウワディスワフ・シュピルマンは、ピアニストとして広く知られる存在だった。普段は、ワルシャワのラジオ局のブース内でピアノ演奏を行い、ラジオを通じてその音色を届けるなど、芸術家として活躍していたのだ。

しかし1939年に第二次世界大戦が勃発したことで状況は大きく変わる。演奏中にラジオ局の近くが爆撃に遭うなど、身近な生活にも戦争の陰が押し寄せるようになったのだ。一家はもちろん、逃げることを考えていた。しかしラジオ放送で、「イギリスがナチス・ドイツに宣戦布告した」「フランスも近く参戦するだろう」と伝えられると一転、彼らの気分は変わる。ポーランドに侵攻したドイツ軍を、彼らが抑え込んでくれると期待したからだ。

しかし状況は、望んだ通りには好転しなかった。そして、シュピルマン一家は一層悪い状況に置かれてしまう居住区の変更を強いられたのだ。ユダヤ人だった一家は、ゲットー(ユダヤ人特別区)に押し込められた。さらにゲットー全体が壁で覆われ、周囲との行き来が制限されてしまう。監視するドイツ兵が気まぐれにユダヤ人を殺すような酷い日常の中でシュピルマンは、今までやったことのない力仕事をこなしながら、どうにか生き延びようと奮闘した

しかししばらくして、「ユダヤ人が東部に送られる」という噂が流れる。さらに、「ドイツ人のために働いていることを示す雇用証明書」が手に入ればその移送を回避できるかもしれないというのだ。そのため、どうにか書類集めに奔走するのだが、やはりそう簡単ではない。シュピルマン一家も結局、他のユダヤ人と同じく列車にぎゅうぎゅうに押し込まれることになるのだが……。

「ピアノに対する情熱」のお陰で、主人公は生き延びることが出来た

実話だとは思わずに観ていたわけだが、ユダヤ人の扱われ方に関しては、「こういうことが現実に起こったのだろう」という捉え方をしていた。本当に酷い世界だと思う。ホロコーストについてはこれまでも、映画や本で様々に触れてきたつもりだが、やはりその現実を知る度に、「本当に起こったことだとは到底信じられない」みたいな感覚を抱かされてしまう

本作を観て改めて感じたことだが、人間の尊厳を根こそぎ奪い取るような酷い現実は、「その『酷さ』に、当事者が反応できなくなる」という形で浮き彫りになるのだと思い知らされた。彼らの日常では日々狂気的な現実が展開されるのだが、しかしそれらに対してユダヤ人は感情を表出できなくなっていく眼の前で仲間が殺されても、それが「当たり前のこと」みたいに処理されていくのだ。そしてその事実は観客に、「このような『酷さ』が日常茶飯事なのだ」と伝えることになる。

それに加えて恐らく、「周りと違う反応をすれば、すぐに殺されてしまい得る」という状況でもあったのだと思う。例えば本作では、「私たちはどこに行くんですか?」とドイツ兵に質問しただけの女性が即座に殺されてしまう場面があった。そういう日常を生きていれば、「何にも反応しない」という振る舞いが常態になるのは当然と言えるだろう。

そんな状況にあって、主人公が生き延びられた理由の1つは、やはり「家族」だったと思う。両親・兄弟姉妹は、かなり厳しい状況に置かれながらも皆で協力し、どうにか助け合って生きていた。間違いなく、「家族がいたから頑張れた」という部分はかなり大きかっただろう。

しかし、どうしてそうなったのかには触れないことにするが、シュピルマンはある時点から家族とは離れ離れになってしまう。そうなって以降は本当に、「生きる希望」を見出すのがかなり難しかったのではないかと思う。もちろん、それでも彼はどうにか生き延びようとあらゆる方策を探る。しかし、家族との再会の望みもほぼ無い状況で、それでも彼が「生きよう」と思えた理由については、正直なところ映画を観ているだけでは上手く捉えきれなかった

この点に関しては、トークイベントで語られた話を補助線にすると見えてきやすくなるかもしれない。息子のクリストファー氏が、父親について次のように語っていたのである。

父はユダヤ人だったが、宗教的な観点から言えば「ほぼ無宗教」と言っていいと思う。
しかし強いて言うのであれば、「音楽」こそが宗教だった。

そしてそのことを示す次のようなエピソードを話していた

クリストファー氏は幼い頃、父親にではなく女性教師からピアノを習っていたという。ただし、6~7歳頃の彼には、ピアノはどうにもつまらないものにしか感じられず、いつしかレッスンを止めてしまう。しかしその後14歳頃に、自身の内側から音楽への興味が沸々と湧いてきたのだそうだ。そのため父親に「もう一度ピアノを習いたい」と相談したのだが、その時彼は「ダメだ」と断られてしまったのである。その理由については、あくまでもクリストファー氏の想像ではあるが、「恐らく父親は、『遊びでピアノをやるのはけしからん』と考えていたのではないか」とのことだった。

ピアノを真剣にやるのであれば、6~7歳から叩き込むしかない。しかしその時点階で諦めてしまったのだから、もうお前はピアノに触れるのに相応しい人間ではないし、だから習わせられない」みたいな発想なのだろう。クリストファー氏は、「別に楽しみのためにピアノを始めてもいいと思うんですけどね」と言っていて、私もその意見には賛成だ。しかし父親にとって音楽は「神聖なもの」であり、息子のようには考えられなかったのだろう。

また、「我が家には『音楽を聴く時は会話をしてはならない』というルールがあった」という話もしていた。そのため、他の子の家に行った際に、音楽をBGMにみんながお喋りしている光景に驚いたという。これもまた、シュピルマンが音楽を神聖視していたことの現れと言えるだろう。

そしてこれこそが、あまりにも厳しい状況に置かれたシュピルマンが「生きる希望」を失わずに済んだ理由だとも感じたのである。

シュピルマンは、寒さで身体が震え、また食料が無く空腹にあえいでいる時でさえ、「ピアノを弾くこと」への情熱を失うことがなかった。作中には、そのように示唆される場面が幾度も映し出される。そしてさらに、これが実話だとはとても信じられないのだが、物語の中で「ピアノを介した驚くべき展開」が待っているのだ。この状況は、まさに「ピアノが弾けたから生き延びられた」と言っていい場面だと思う。

冒頭で書いた通り、私は本作が「実話」だとは思っていなかったため、「最終的にこういう展開で物語を閉じるのか」みたいな受け取り方をしていた。つまり、「あり得ないが、まあフィクションなら許容されるだろう」みたいな解釈である。しかしその後、実話を基にしていたことを知り、改めて驚かされてしまった。そんなこと、あり得るんだなぁ。

主人公が体験した、あまりにも絶望的すぎる状況

当たり前だが観客は、シュピルマンが体験したことを飛び飛びで細切れに追っているに過ぎない。しかしそれでも、そのあまりの壮絶さに観ているこっちが絶望してしまうような状況が続いていく。ましてシュピルマンは、このような状況をほぼ5年に渡って経験し続けたのだ。家族と離れ離れになってから数えても2年に及ぶ。最後の最後、本当の意味で一人ぼっちになってしまってからだって、少なくとも2週間以上はその状態が継続していたはずだ。その凄まじさには、やはり圧倒させられてしまう

クリストファー氏はトークイベントの中で、「ほぼ5年に渡って『自分がいつ死ぬか分からない状況』に置かれ続けるというのは、私には想像が及ばない」と話していたが、本当にその通りだなと思う。父親は生前、戦時中のことについてほとんど話すことがなかったそうだ。しかし、80歳でピアニストをやめた後は時間と気持ちに余裕が出たのか、ぽつりぽつりと話をするようになったという。そしてその中で父親が、「僕もみんなと一緒に死ぬべきだった」と口にしたことを覚えていると言っていた。もちろん、それが本心だったのかは分からない。ただ、映画を観ているだけの観客でさえ「死んだ方がマシ」だと思えるような状況だったのだから、当事者がそう感じたとしても不思議ではないだろう。

さて、本作中のいくつかの描写について、「実話を基にしている」という事実を知って納得できたものがある。1つは、ゲットーに押し込められたシュピルマンが、ユダヤ人が集うレストランでピアノを弾く仕事をしていた時の出来事だ。彼は店内にいた2人組の男性客から、「ピアノを弾くのを止めてくれ」と頼まれる。何故なのか見てみると、2人はテーブルクロスをめくり、木材の部分に複数の金貨を落として音を聴いていたのだ。恐らく、本物の金貨なのか音で確かめていたのだと思う。

このシーンを観た時に私は、「凄いリアリティの描き方だな」と感じた。「金貨の音を聴き分けるためにピアノ演奏を止めさせる」という描写は、想像ではなかなか生み出せない感じがしたからだ。だから鑑賞後に、本作が実話を基にしていると知り、このシーンにも納得できたのである。恐らく、彼が実際に経験したことなのだろう。

同じようなことは、別のシーンでも感じた。例えば、映画冒頭の「お金のことで家族がちょっと揉める場面」でのこと。彼らの手元には今、5003ズウォティスのお金がある(ネットで調べると、ポーランドの通貨の単位は「ズウォティ」らしいが、本作の字幕では「ズウォティス」となっていた気がする)。しかし当局の決定により、ユダヤ人は2000ズウォティスしか持てないという制約があったのだ。そのため、「残り3003ズウォティスをどこに隠すのか」という話になる。そしてこちらについても、「5003ズウォティス」という中途半端な金額に、リアリティを感じたというわけだ。

どうやって撮っているのかまったく分からないシーン

本作のある場面では、「戦争によって壊滅的な状態になったワルシャワの街」が映し出される。しかしこのシーン、どのように撮影したのか、私にはまったく分からなかった

映画を観ていない人にはなかなかイメージしにくいと思うので、「戦場のピアニスト」で画像検索してほしい(このブログは著作権侵害にならないように運営しているので、画像そのものは載せない)。「全体的に暗青色で、構図の中央に消失点がある」という廃墟みたいな場面がそれだ。奥の奥まで、どこまでもひたすらに「壊れた家屋」が連なっているような感じで、セットだとしたらちょっと大規模すぎるように思う。

ネットでも調べてみたのだが、正直良くわからなかった。「CGで作った」「戦争で実際に破壊された街を探し出して撮った」などいくつかの説がヒットしたのだが、どの情報も決定打に欠けるような気がする。真相を知っている方は是非教えてほしい

どう撮られたのかはよく分からなかったものの、この「廃墟のシーン」には、「『生』に繋がりそうなものが一切無い場所で、『ピアニスト』という属性以外に何も持たない男が生き延びなければならない」という絶望を一瞬で伝える破壊的な効果があったと思う。全体の中でも、特に印象的なシーンだった。そしてこのシーンの後もなお、「ただ『生きる』ためだけに生きている」みたいな、「身体だけがかろうじて生存している」というような凄まじい状況が続くのである。

どこかで気持ちが切れてしまってもおかしくなかったはずだと思う。私なら、とっくに諦めてしまっていただろう。しかしそういう状況でも、どうにか「生き延びるための希望」を手繰り寄せそうとする主人公の姿には圧倒されたし、改めてこれが「現実に起こったこと」だという事実に驚愕させられてしまった

本作は「4Kリマスター版」での上映であり、専用のHPが作られている。そしてそこでは、「監督のロマン・ポランスキーも幼い頃にゲットーで過ごした経験があり、さらに母親を収容所で亡くしている」という事実が紹介されていた。このこともまた、本作のリアリティに大きく寄与していると言えるだろう。やはり、経験した者のの言葉や記憶に勝るものはないからだ。そして、そのような「残酷さ」が、とても美しい映像で乗せて描かれていることもまた、強い皮肉を感じさせる点だと思う。

映画化に至るまでの経緯

クリストファー氏は子どもの頃、シュピルマンのことを「つまらない父親」と感じていたそうだ。しかし今なら、「長く後遺症に苦しんでいた」と理解できるという。神経質でよく悪夢を観ていたらしく、戦争が終わってから大分経っても、そのような状態に変わりはなかったそうだ。

そんな父親が1946年に、自身の経験を元に本を書いた。クリストファー氏はトークイベントの中でそのタイトルを『ある都市の死』と言っていたが、検索しても何もヒットしないので、恐らく「ポーランド語のタイトルを邦訳するとそのような意味になる」ということなのだと思う。この本は、ポーランドでベストセラーになったそうだ。そして映画『戦場のピアニスト』は、その本の記述をベースにして作られているというわけだ。

その後1998年にドイツでの出版が実現したクリストファー氏の弟が奔走し、ようやく出版にこぎ着けたのだという。その際、「このような本がどうして今まで埋もれていたんだ」という声が多数上がったそうだ。弟は、「共産主義が父親の本を潰したからだ」と言っていたそうだが、クリストファー氏はこの点について、「恐らく単に『本を売るための宣伝文句』に過ぎず、正しい理解ではないだろう」と話していた。ドイツでの出版に50年以上も掛かった理由については結局よく分からないようだが、理由の1つとして、「父親がそのことを望んでいなかったのではないか」とクリストファー氏は考えているという。

父親は恐らく、「『自分が経験したこと』を頭の中から出し切りたい」という思いから本を執筆したはずだ。しかしそうやって出し切った後はむしろ、「自身が出版した本に関わることで、辛い記憶が蘇ってくる可能性」を恐れたのではないか。クリストファー氏はそのように話していた。その傍証になるのかは分からないが、自宅の本棚には父親が出版した本は並んでいなかったという。また、クリストファー氏は12歳の時に父親の本を見つけたのだが、なんと屋根裏部屋にあったそうだ。

さてそのようにして、長らく絶版だった本がドイツで発売されたわけだが、そのお陰で、改めてシュピルマンの物語に光が当たることになったのである。そして、恐らくロマン・ポランスキーは復刊されたその本を読んだのだろう、1999年に監督がシュピルマンに会いに来て、そこで映画化の話が決まったそうだ。

クリストファー氏曰く、その時の話し合いの中で、「主演俳優が決まったら会わせます」という約束が交わされていたという。しかしその後、父親の体調が思いがけず急変し、そのまま入院することになった。病院からは「心配ないです」と連絡をもらっていたのだが、容態が急変、入院から1週間後ぐらいに亡くなってしまったそうだ。父親は結局、完成した映画を観ていないどころか、主演俳優が誰なのかも知らないままこの世を去ったことになる。

その主演俳優の演技を観たクリストファー氏は、「懐かしい気分がした」という感想を抱いたそうだ。父親は背が低く、一方主演俳優はとても高かったので、見た目だけで言えばあまり似ていないという。それでも、仕草や雰囲気に父親を感じさせるものがあったそうだ。ただ先程書いた通り、主演俳優は結局父親と会ったことがないわけで、クリストファー氏は「ただの偶然だろう」と言っていた。いずれにせよ、実の息子にそう思わせる演技をしているというのは、凄いことだと思う。

出演:エイドリアン・ブロディ, 出演:フランク・フィンレイ, 出演:モーリン・リップマン, 出演:エミリア・フォックス, 出演:エド・ストッパード, 出演:ジュリア・レイナー, 監督:ロマン・ポランスキー, プロデュース:ロマン・ポランスキー, プロデュース:ティモシー・バーリル, Writer:ロナルド・ハーウッド
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最後に

クリストファー氏が日本にやってくることになったのも、大元を辿れば父親の影響が大きいと言える。

ピアニストである父親は、日本の「歌謡曲」のような一般向けの作曲も行っており、ポーランド国内ではヒットを飛ばす作曲家として知られていたそうだ。そのため、クリストファー氏は子どもの頃、自己紹介をして名前が知られると「あの曲の息子だ」という反応ばかり経験したという(「シュピルマン」というのがポーランド国内でどの程度珍しい苗字なのかは分からないが)。そのことに嫌気が差したことが、ポーランドを出る決断をした理由の1つだと語っていた。

その後、イギリス・タイ・アメリカなどを経て日本にやってきた彼は、以降住み続けることになる。しかしその間に、映画『戦場のピアニスト』が公開され、世界的な評価を得た。それ自体はとても良いことなのだが、結局クリストファー氏は、「『戦場のピアニスト』の息子」という風に見られるようになってしまう。そういう視線が嫌でポーランドを出たのに、「父親がまた僕のことを追いかけてきて、逃げ場がない」と話していたのである。

こんな感じで最後までトークイベントは面白かったし、もちろん映画も素晴らしかった。実に素晴らしい鑑賞体験だったと言える。

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