【狂気】アメリカの衝撃の実態。民営刑務所に刑務官として潜入した著者のレポートは国をも動かした:『アメリカン・プリズン』

目次

はじめに

この記事で取り上げる本

著:シェーン・バウアー, 翻訳:満園 真木
¥2,070 (2022/11/24 20:52時点 | Amazon調べ)

この本をガイドにしながら記事を書いていきます

この記事の3つの要点

  • 時給9ドル、催涙スプレーも警棒も与えずに、規定人数より少ない人員で業務をさせる刑務所のリアル
  • 囚人に対しとんでもない扱いをする刑務所での衝撃の実態を、著者は様々に目撃する
  • アメリカでは歴史的に、「刑務所=利益を上げる場所」と捉えられてきた

本書の元になった記事を読んだ司法省から著者に連絡が来て、国が動いたほどの衝撃的な内容

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

アメリカの「民営刑務所」の驚くべき実態と、「囚人=労働力」という認識を生んだ凄まじい歴史を知れる『アメリカン・プリズン』

とんでもない本である。私はこれまでにも、刑務所や死刑制度に関するノンフィクション・ドキュメンタリーにそれなりには触れてきたのだが、まだまだ知らないことが山ほどあるものだと驚かされてしまった。本書はなんと、アメリカ司法省さえ動かすほどの非常に大きな影響力を与え、アメリカ国民にも大いに衝撃をもたらした作品だ。

アメリカにおける「囚人」の扱い方は、かなり特異な歴史を背景にしており、それ故、日本とはまったく異なる常識で刑務所が運営されている。その最も分かりやすい違いが「民間企業が刑務所を運営している」という点だろう。アメリカでは一体、どのような理屈から「民営刑務所」が生まれたのだろうか。

アメリカにおける「囚人」を取り巻く現状と、著者が刑務官として潜入取材を行った「民営刑務所」について

本書のテーマは「民営刑務所」だ。つまり、民間企業が運営する刑務所である。本書を読む以前から私は、アメリカにそのような刑務所があるという事実は知っていたのだが、さして詳しい知識を持ってはいなかった。

日本にも民営刑務所は存在するのだろうかと調べてみたが、恐らく完全に民営というところはなさそうである。「PFI方式」という、公共施設等の建設・運営・維持管理を官民が協力して行う仕組みを使って運営がなされているところならあるようだ。実際のところ、「民間企業が刑務所を運営する」という発想は、日本ではなかなか生まれないように思う。

とはいえアメリカでも決して、「民営刑務所」が主流というわけではない。アメリカには、州刑務所・連邦刑務所に収容されている者が150万人ほどおり、その8%に当たる約13万人が民営刑務所にいるという。しかもこの150万人という数字には、郡や市が管理する刑務所・拘置所に収容されている人数(約70万人)は含まれていない。それを含めて考えると、民営刑務所に収容されているのは全体の6%ほどとなり、割合としては決して高いと言えないだろう。

ただし、アメリカにはそもそも囚人が物凄く多いという事実も考慮すべきポイントである。

アメリカの人口は世界の総人口のおよそ5パーセントだが、囚人数では全世界の25パーセントを占めている。

全世界の囚人の1/4がアメリカの刑務所にいるというわけだ。そう考えると、アメリカ全体における割合が少なかったとしても、世界全体での割合はかなり高いと言えるだろう。また、日本の囚人の数は5万人ほどである。つまりアメリカでは、日本の全囚人の2倍以上が民営刑務所に収容されているというわけだ。こう考えると、かなりの数だと感じるのではないだろうか。

そして著者は、そんな民営刑務所の1つに潜入した。潜入といっても、ただ刑務官の求人に応募したにすぎない。時給はというと、スーパー大手のウォルマートと同じ9ドル。刑務官の仕事内容については後で触れるが、とても時給9ドルなんかではやってられないようなものだ。私は本書を読みながら、何度も「マジか」と呟いてしまった。とても現実とは思えない世界だからである。

著者はそんな環境で刑務官として4ヶ月間働き、自身が見聞きした実態を世間に公表した。その反響は凄まじいものがあったという。

本書の内容は最初、マザー・ジョーンズ誌の特集記事として2016年に発表された。訳者あとがきには、その反響についてこんな風に書かれている

知られざる民営刑務所の実態を白日のもとにさらしたこの記事は、全米から大反響をもって迎えられ、同誌創刊以来もっとも読まれた特集記事になるとともに、2017年の全米雑誌賞を受賞した。

この記述から、アメリカに住む者でさえ本書に書かれている実態を知らなかったことが分かる。まさかこんな世界が存在しているとは信じられなかっただろう。

また、その記事を元にした本書も衝撃をもって迎えられた。同じく訳者あとがきには、

2018年のニューヨーク・タイムズ紙テン・ベスト・ブックスの一冊に選ばれたほか、バラク・オバマ前大統領も2018年のお気に入りの本のひとつに挙げるなど各方面で高く評価された。さらに、J・アンソニー・ルーカス図書賞、ヘレン・バーンスタイン・ジャーナリズム優秀図書賞、ロバート・F・ケネディ図書ジャーナリズム賞など数々の賞にも輝いた。

と書かれてもいる。とにかく凄まじい反響だったそうだ

しかし、もっと驚くべきことがあった。著者はこんな風に書いている。

もっとも驚いたのは、司法省の監察総監室から、僕がウィンで見たことについて話を聞かせてくれないかというメールが届いたことだろう。

なんと、刑務所を所管する司法省から直接連絡が来たというのだ。著者は求めに応じて、自身の体験を語った。すると2週間後、すぐに対応が取られたという。

アメリカ政府は民営刑務所との契約を取りやめると発表した。この決定は連邦刑務所のみに対するもので、ウィンのような州刑務所は含まれないが、それでも合わせて22000人以上を収監する13の刑務所が民営でなくなることを意味していた。

著者の取材が国を動かしたのである。残念なことに、これはオバマ政権下での決定であり、トランプ大統領がそれを覆した。刑務所の運営を再び民間に委託すると決めたのである。不法移民の取り締まりを強化していたため、移民収容センターの増設が急務だったのだ。こうして振り出しに戻ってしまったわけだが、しかし著者が絶大な影響を与えたことは間違いない

もちろんこれまでにも、様々な報道によって国が動いたことはあっただろう。著者の話もその1つと捉えるべきなのかもしれない。ただ、そう単純な話でもないだろう。本書冒頭に興味深いことが書かれていた。今アメリカでは、いわゆる「潜入取材」がやりにくくなっているというのだ。

きっかけは、1992年にABCニュースがあるスーパーマーケットチェーンの不正を暴いたことだった。記者が店員として潜入し、「傷んだ肉をパックし直す」という不正の実態を明らかにしたのだ。しかしその際記者は、応募書類に虚偽の記載を行った。まあ、それまでの潜入取材では常套手段だったのだろう。記者だとバレてしまえば「潜入取材」はオジャンだからだ。ただ、ABCニュースが不正を報じた後、なんと店側が記者を訴えたのだ。理由は「応募書類の虚偽記載」に加え、「業務として割り当てられた仕事を遂行しなかったこと」だった。そして裁判所が、店側の訴えを認めたのである。

驚くべきは、「業務として割り当てられた仕事を遂行しなかったこと」が法律違反と認定されたことだろう。何故なら、その記者が「割り当てられた仕事」というのが、まさにその不正そのものである「傷んだ肉をパックし直すこと」だったからだ。つまり裁判所は、「それが倫理的に認められないことであれ、業務として命じられたことであれば遂行する義務がある」と認定したのである。このような判例が、「潜入取材」の足枷となることは容易に想像がつくだろう。

そこで『アメリカン・プリズン』の著者は、非営利団体が定める「潜入取材の倫理ガイド」をすべてクリアし、訴えられる可能性の一切を排除した上で「潜入取材」を行ったのである。当然、本名で応募したから、刑務所側が彼の名前でネットで検索すれば、著者が過去に書いた「刑務所に関する記事」がヒットしたはずだ。「刑務所側の緩さ」に助けられてこの「潜入取材」が実現したと言っていい。

このようにかなりの制約が課された状況下で、国を動かすような調査報道を成し遂げたことが何よりも素晴らしいと感じさせられた。

それでは、民営刑務所の実態を肌で感じた著者の凄まじい経験について触れていこうと思う。

刑務官として民営刑務所に潜入した著者は、一体どんな「現実」を目にしたのか

著者が潜入したのは、ルイジアナ州ウィンフィールドにある、CCAという企業が運営するウィン矯正センター。著者が見たのはこの刑務所の実態だけだが、他の民営刑務所の状況も推して知るべしと言ったところだろう。

私が最も驚いたのは、本書の中程に掲載されている1枚の写真だ。そこには、囚人たちが日常を過ごす場所が映し出されているのだが、私たちが「刑務所」と聞いてイメージするような個室ではなく、なんと大部屋なのである。

しかも、尋常ではない大部屋だ。最大44人が生活可能な区画が8つ、計352人分のスペースを1ユニットとして、5つのユニットが存在している。そしてなんと、その1ユニットに刑務官がたった2人しかいない時間帯もあるというのだ。刑務官は催涙スプレーも警棒も持たされていない。何故なら、囚人に奪われたらマズいからだ。理由を聞けばなるほどという感じもするが、結局のところ丸腰のまま最大352人の囚人に向き合わなければならない。無線だけは持たされており、困ったらそれで誰かを呼べということなのだが、慢性的に人員不足であるため、応援が来る保証はない

ルイジアナ州との契約では、36人が毎朝午前6時に出勤し、その内29人が12時間のシフトで常駐しなければならないことになっているという。しかし著者は、29人揃っていた日などほとんどないと書いている。大体の場合下回っており、24人しかいなかったこともあるそうだ。常に人員が足りないので、大運動場は何年も使われていない。大運動場で囚人を管理するだけの人手がないからだ。

またこんなこともあった。著者が研修を始めて2週間後に、なんと囚人が脱走を図ったのである。しかし、職員がその事実に気づいたのは、脱走から数時間後のこと。フェンスには誰かが触れた場合に警報が鳴る装置がついており、その警報は確かに鳴ったのだが、誰もカメラの映像を確認しなかった。またそもそも、囚人が脱走したルートは、監視塔にいる職員から丸見えだったはずのであるだ。ではなぜ脱走に気づかなかったのか。それは、経費削減のためにもう何年も監視塔に刑務官を配置しなくなっていたからなのだ。信じがたい話だろう。

こんな話はまだまだある。研修中、著者は「自らの意志で催涙ガスを浴びる」という書類にサインさせられた。どういう状況を想定しているか想像できるだろうか? 刑務所では、囚人は食堂で一斉に食事を摂ることになっている。その際、囚人が集団で暴動を起こしでもしたら、刑務官には止めようがない。そういう時は外から催涙ガスを投げ込んで鎮圧するからあらかじめ覚悟しておけ、というわけである。催涙ガスを浴びることをあらかじめ了承しなければ務まらないような職場環境なのだ。

囚人の医療費は、運営会社であるCCAが負担することになっている。だから、囚人が病状を訴えても、刑務所は彼らに診療を受けさせない。ある囚人は、足の不調を何度も訴えたが病院に連れて行ってもらえず、最終的には、壊死した両足を切断せざるを得なくなってしまった。あまりに酷い。この囚人は刑務所を訴える裁判を起こし、CCAと和解している。

酷い話はまだまだ続く。管理が杜撰だからということもあり、刑務所内で殺傷事件が起こることもある。公営の刑務所であれば、囚人であっても通常と変わらぬ手続きで裁判が行われるが、ウィン矯正センターでは「所内法廷」が開かれるという。そして職員によるたった数分の審議を経て、96%の割合で囚人が有罪と決まり、独房に入れられる。これでおしまいだ。法治国家とは思えないシステムである。もちろん、こんな扱いは憲法違反だろう。

「所内法廷」で処理されたケースは他にもある。ある囚人が刑務所内で、薬を大量摂取した医師は「自殺未遂」と判断したが、その後開かれた「所内法廷」において、その囚人の行為は「自傷行為」と断定されることになる。「自殺未遂」と「自傷行為」で何が違うのかと感じるだろうが、刑務所的にはかなり違う。「自殺未遂」の場合、その囚人を処罰することはできないが、「自傷行為」なら処罰できるのだ。そこで刑務所は、その囚人が「自傷行為」を行ったと認定し、「救急搬送に掛かった費用」を彼に請求したのである。まさにやりたい放題といったところだ。

「自殺未遂」ではなく「自殺」が発覚した場合の対処も凄まじかった。CCAはなんと「自殺」の事実を報告しなかったのだ。彼らがそれを正当化した理屈が常軌を逸していた。その囚人が亡くなる前の「脳死状態」時に、刑務所は彼を「温情的措置により釈放する」と決めたというのである。つまり、「死亡した時点で既に囚人ではなかった」ことになり、「だから報告の義務はない」と主張するのだ。

ムチャクチャにも程があるだろう。とてもじゃないがまともとは言えないし、というか「狂気」そのものであるようにさえ感じられる。ある日、ウィン矯正センターに、公営刑務所の元所長がやってきたことがあるのだが、その人物は「ここはほとんど刑務所の体を成していない」と評したという。当然だろう。

このようにアメリカでは、民間企業が運営する刑務所が存在し、とんでもない世界が繰り広げられている。しかしそもそもだが、何故「民間企業が経営する刑務所」などというものが存在し得るのだろうか? そこには、アメリカの長い歴史が関係している。

アメリカにおける「刑務所」とは、「収益を生む場所」だった

日本の「刑務所」のイメージで捉えていると、「民間企業が運営に携わる動機」を想像しにくいだろう。もちろん刑務所内でも囚人に労働をさせているし(入試の試験問題が外部に流出しないように刑務所内で印刷しているという噂を聞いたことがある)、その労働によって利益を得られる可能性はあるかもしれないが、そう魅力的な商売になるとは思えない。国からの業務委託費のみで引き受けたいと思う人はそういないはずだ。

しかし、本書のとある記述を読むと、アメリカで何故「民営刑務所」が成立するのか理解できるのではないかと思う。これは、本書で私が最も驚いた記述である。

民営刑務所の契約のおよそ3分の2で、収容率保証―― 一定の受刑者を送りこめなかった場合は州が補償金を支払う――が条件に含まれている。CCAのルイジアナ州矯正局との契約のもとで、ウィン矯正センターは96%の収容率が保証されていた。

理解できるだろうか? つまり、「刑務所の収容人数が上限の96%を下回ったら、州が補償金を支払う」というわけだ。刑務所の最大収容人数が1000人だとして、959人以下になったら州が補償金を払わなければならないのである。

そんなアホみたいな話があるだろうか

普通に考えれば、「社会における囚人の数は少なければ少ないほど良い」はずだ。犯罪者を逮捕せず野放しにするのは言語道断だが、「犯罪が起こらない社会を実現することで、結果として囚人が減る」と多くの人が意識すればこそ、犯罪の起こりにくい社会が成り立つはずだと私は思う。しかし、「収容率保証」が存在する「民営刑務所」を抱えるアメリカでは、そのような力学は働かない。刑務所の運営を民間企業に委託する州は、常に一定数の囚人を確保し続けなければならないからだ。

どう考えても意味不明だ。日本人の感覚からすればまったく理解不能に思える。

しかし、アメリカにおける「刑務所」の歴史を紐解けば、このような捻れた発想も少しは理解しやすくなるだろう。本書には、その歴史が詳述されるパートもあるのだが、その内容を一言で説明するなら、以下の引用で十分だと思う。

刑務所は大きな収益をあげている。

そう、アメリカにおいて「刑務所」はずっと「利益を上げる場所」だったのだ。だからこそ「民営刑務所」などという発想も生まれるのである。

では、どのような歴史的背景から「刑務所=利益を上げる場所」という発想に至ったのか、その歴史を紐解いていこう。

アメリカにおける「刑務所」の誕生と、「収益モデル」の確立

時代は18世紀にまで遡る

1718年、イギリスで「囚人移送法」が制定された。それまで犯罪者には「絞首刑」しか選択肢がなかったのだが、裁判所の判断により「最低7年間アメリカに移送する」ことも可能になったのである。当時は、銀のスプーン1本を盗んだだけでも死刑になることがあったほどで、それ故、囚人自ら「アメリカへの流刑」を望むこともあったという。

しかし当然だが、アメリカへ移送するにもお金が掛かる。そこでイギリス政府は、アメリカに移送された囚人たちの「所有権」を契約業者に与えることに決めた。そして業者は、彼らをタバコのプランテーション農園などに売るのである。奴隷よりも囚人の方が安いというだけでも農園主にとっては利点なのだが、それだけではなかった。囚人は期間が決まっていることも都合が良かったのだ。奴隷を買い取る場合、年を取って働けなくなってからも面倒を見なければならない。代わりに囚人を使えば、そんな面倒からも解放されるというわけだ。

その後アメリカが独立を果たしたことで、状況に変化が訪れる。アメリカは、イギリスでは多用されていた絞首刑を止め、労働刑を基本とすることに決めたのだ。つまり、「囚人をプランテーション農園に売り渡す」のではなく、「州が囚人に労働を課す」というやり方に変わったのである。

しかし、この動きに反対する者が出始めた。理由はこうだ。囚人たちは公の場で強制労働させられるのだが、それを見た市民が「労働=不名誉なこと」と受け取ることを恐れたのである。この理屈には説得力があった。何故なら、かつて黒人奴隷が労働を引き受けた際、白人が労働を拒絶したことがあったからだ。つまり、黒人奴隷(囚人)がしていることなどやりたくない、というわけである。

この動きをきっかけにして「監獄(jail)」ではなく「刑務所(penitentially)」が生まれた。この2つは明確に異なる。「監獄」は「刑の執行まで収容しておく施設」であり、一方の「刑務所」は「そこに収監することそのものが刑罰である施設」なのだ。この違いは、日本の死刑囚で考えると分かりやすいかもしれない。ご存知の方も多いだろうが、日本の死刑囚は「刑務所」ではなく「拘置所」に収容されている。死刑囚に対する「刑の執行」は「死刑」であり、それまでの期間は待機期間に過ぎない。だから「刑務所」ではなく「拘置所」に入れられているのである。

このように、「公衆の面前で労働を行わせること」への批判から、「人目につかないように労働を行わせること」が可能な「刑務所」が生まれたというわけだ。

しかしこの「刑務所」というシステム、市民にすぐ受け入れられたわけではない。むしろ、懐疑的な目で見られていたという。その理由は「独立戦争」にある。アメリカ人が「独立戦争」を闘ったのは、「アメリカの白人が奴隷状態から脱するため」だった。それなのに、いくら犯罪者であるとはいえ、「刑務所で労働を行わせること」は「強制労働」と同じではないかと受け取られたのだ。また、より現実的な指摘をする者もいた。犯罪者を一箇所に集めることで「犯罪の技法」が共有されてしまい、結果として新たな犯罪をが生まれやすくなるのではないかとも批判されたのだ。

このような批判が存在していたにも拘わらず、最終的に「刑務所」というシステムが生き延びたのは、皮肉なことに「奴隷制廃止の動き」と関係がある。白人は、奴隷が解放されることによって、「自由な黒人」が増えることを恐れた。そして、そんな「自由な黒人」を「服従させる施設」として「刑務所」が注目されるようになったのである。

とはいえ、実際のところ「刑務所の運営」はなかなか難しかった。「刑務所」では当初から、「囚人の労働によって何かを作り、その成果物を売ることで収益を上げる」ことが想定されていたのだが、目論見通りとはなかなかいかない。また、ニューヨーク州のオーバーン刑務所では、囚人の労働力を民間事業者に貸し出そうと考えたのだが、手を上げる事業者は決して多くなかった刑務所での暴動やサボタージュが市民にも知られていたからだ。

そこでオーバーン刑務所の所長は、囚人の規律を徹底させることに決めた。そしてそれによって、「労働力としての囚人」の価値が見直されるようになっていく。徐々に地元の製造業者が刑務所内に生産設備を置くようになり、刑務所は少しずつ収益を上げられるようになっていった。また、オーバーン刑務所のモデルが全米に広まったことで、アメリカで「第1次刑務所ブーム」が到来するまでになったのだ。

このような経緯から、「刑務所=利益を上げる場所」という発想が定着するようになっていったのである。

囚人を「労働力」として酷使してきた歴史と、刑務所の運営が民間に委託された経緯

その後、南北戦争を経てようやく「奴隷制度」が廃止された。「奴隷制もしくは意志に反する強制労働が存在してはならない」と、合衆国憲法の修正第13条に規定されたのである。しかし実は、例外を認める記述が1つだけあった。それが「犯罪の処罰として以外は」である。そして、この記述を上手く利用して利益を得ようと目論む者が出てくるようになる。

彼らはこのように考えた。これから黒人奴隷は次々と解放されるしかし彼らは多くが失業者のままだだからどうせすぐにまた犯罪に手を染めるだろう「犯罪の処罰としての強制労働」は憲法違反ではないのだから、「元奴隷の犯罪者」を刑務所から借り出して強制労働させればいい。このように、黒人奴隷を手放さなければならなくなった元所有者たちは、新たなやり方を考えていたのである。

このような傾向は、しばらく続くことになった。当然と言えば当然だろう。自由労働者よりも安価で、どれだけ働かせても文句を聞く必要がなく、さらに死なせてしまっても罰則が無いのだ。そりゃあ囚人を重宝したくもなるだろう。

しかし囚人の側も、その状況にただ甘んじていたわけではない暴動やストライキを起こし反発したのだ。彼らは確かに、武力では圧倒的に不利だった。しかしだとしても、彼らの抵抗に意味がなかったわけではない。何故なら、「囚人が反旗を翻すかもしれない」という事態に対処するために、様々なコストが嵩むようになっていったからだ。それにより、「囚人を労働力として利用することの経済合理性」が徐々に薄れていったのである。また、入札制度の変更もあって、囚人と自由労働者のコストにほとんど差がなくなり、次第に囚人の貸し出しは下火になっていった

決定打となったのは、フロリダ州で起こったある事件だ22歳白人男性の囚人が、看守の暴行を受け死亡したのである。この事件は全米で大問題となった。フロリダ産品の不買運動が起こり、観光産業にも大打撃を与えたのである。このことをきっかけに、ようやくアメリカから「囚人を労働力として貸し出す制度」が無くなった

とはいえ、囚人の待遇が良くなったのかと言えばそうではない。単に民間企業に貸し出されなくなっただけであり、強制労働そのものは無くならなかったのである。囚人が次に送り込まれたのは道路建設の現場だ。国家事業に駆り出されることになったのである。また、州刑務所が経営するプランテーションで収穫作業なども行わされた。

このように、囚人の貸し出し制度が無くなってから50年以上経過した1960年代においても、囚人が強制労働させられる状況に変化はなかったのである。この時点まではまだ、このやり方で収益を上げることが出来ていたが、やがてどの刑務所も赤字になっていった。大量の囚人を管理する経費ばかりが嵩み、経営として成り立たなくなったのである。

その状況に目をつけたのがCCAの創業者というわけだ。「刑務所の運営を民間に委譲すれば、州の支出を減らすことができる」と訴え、「刑務所運営の民間への業務委託モデル」を作り上げたのである。

このように歴史を概観すると、「刑務所の民営化」も納得しやすいのではないかと思う。刑務所がずっと昔から「収益を上げる場所」と捉えられてきたこと、そして公的機関では上手く成り立たせられなくなったことを踏まえれば、それを民間に委託するのは自然だと感じられるからだ。しかしだからと言って、すんなり納得できる話でもない。著者が潜入したウィン矯正センターの実情を知れば知るほど、「民営刑務所」はやはり幻想でしかなく、成立するはずがないと思わされてしまうのである。

著:シェーン・バウアー, 翻訳:満園 真木
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最後に

著者にはなんと、イランで26ヶ月も刑務所に入れられた経験がある。何かしてしまったとかではなく、うっかり国境に近づいたというだけでこの扱いだ。PTSDを患った著者は、それを克服しようとしている最中に、アメリカの民営刑務所の実情を知った。そこで、潜入取材を試みることに決めたのである。

著者は取材のために潜り込んだわけだが、取材だとバレないようにするためには「刑務官として不自然ではない振る舞い」をしなければならない。しかし、刑務所内ではあまりに非人道的なことがまかり通っているために、著者は様々な場面で自身が取るべき行動に葛藤させられてしまう。そして、「刑務官として不自然ではない振る舞い」をしようと心がけたことで、普段の性格や仕草にまで影響が出てしまったというのだ。捏造だという疑惑もある「スタンフォード監獄実験」が示唆するように、役割を全うしようとする行動が、内面にまで影響を及ぼしてしまったのである。

妻からもそう指摘されたことで、著者は4ヶ月で限界を悟り、潜入取材を終える決断をした。それほど過酷な取材の末に生まれたのが本書なのである。私も読んでいて、その凄まじさに圧倒された。こんな読書体験はなかなか得られないと思うほど凄まじい作品だ。アメリカでの話であり、日本で同じことが起こるとは考えにくいため、遠い話に思えてしまうかもしれないが、それでも多くの人に読んでほしいと感じさせられた1冊だ

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