目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:ホアキン・フェニックス, 出演:ロバート・デ・ニーロ, 出演:ザジー・ビーツ, クリエイター:トッド・フィリップス, 監督:トッド・フィリップス, Writer:トッド・フィリップス, Writer:スコット・シルバー
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ポチップ
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「環境」が「悪」を育てるのであり、「悪」は単独では存在し得ない、と私は考えている
- もちろん、だからと言って「個人」が断罪されなくていいわけではない
- 「狂気」がいかにして生まれ得るかを魅力的に描き出す
「面白かった」以上に「凄かった」という感想が先に来る、名伏し難い感覚を抱かせる作品
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私は「バットマン」シリーズを観たことがない
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この映画を観る時点で私は「バットマン」シリーズを観たことがなかったし、この記事を書いている現在も観ていない。というかそもそも、『ジョーカー』が「バットマン」シリーズの外伝的な扱いの作品だということも、映画を観終えてから知った。
映画でも本でも基本的に、評判や内容などをほとんど知らない状態で触れるようにしている。先入観を持ちたくないからだ。それがプラスに働くこともマイナスに働くこともあるが、『ジョーカー』の場合はプラスに働いたと言っていいだろう。
何故なら、あらかじめ「バットマン」シリーズの外伝だと知っていたら、『ジョーカー』を観ようとは思わなかったはずだからだ。
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「バットマン」シリーズの予備知識も、誰が主演なのかもよく知らないまま観に行った『ジョーカー』は、「なんかとにかく凄い」の連続だった。何を凄いと感じたのかは正直上手く捉えきれていないのだが、とにかく観てよかったと思う。
そんなわけでこの記事は、「『バットマン』シリーズについてまったく何も知らない人間が書いている」と理解した上で読んでもらえるといいと思う。
「悪」は決して、「個人」だけの問題ではない
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ニュースなどで何らかの犯罪が報じられる度に考えることがある。その罪は、犯罪行為を行った者だけに帰属するのだろうか、と。
もちろん大前提として私は、「法律に則った処罰が必要だ」と考えている。犯罪者にどれだけ同情の余地があるとしても、法律が定める通りに裁き罰を与える必要がある、というわけだ。そうでなければ「法治国家」は成り立たないし、どれだけ理不尽・不合理であろうが、「法の裁き」をないがしろにしていいなどと思っているわけではない。
だから以下の主張は、「法の裁き」とは異なる次元の話だと理解してほしい。
以前、『プリズン・サークル』というドキュメンタリー映画を観たことがある。
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実在する刑務所にカメラが入り長期密着するという異例の作品であり、また、他とは少し異なる取り組みをしている刑務所の日常も描かれていく。
その映画の中で囚人の1人が、「自分が被害者であることを認めてもらえなければ、加害者としての立場には立てなかった」というような言い方をしていた。その刑務所では「TC」という特殊なプログラムが行われており、その一環として、「加害者である前にまず被害者だった」と認めてもらうプロセスが存在するのだ。
その囚人の発言を聞いて、なるほど確かにその通りだろう、と感じた。家族との関係が上手くいっていなかったり、何なら暴力を振るわれたりする環境に彼はいた。そしてそんな環境で生まれ育ったから自分は犯罪者になってしまったのだと考えている。だから、「確かに自分は加害者なのかもしれないけれど、それ以前に被害者であって、それを誰かに分かってほしい」という彼の訴えは、とてもリアルなものに感じられた。
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もちろん、決して良いとは言えない環境で育ったからといって犯罪が許されるわけでもないし、悪い環境で育っても犯罪に手を染めずに生きてきた者もいる。「甘えるな」と言いたくなる人もいるだろう。それでも、ごく一般的な環境で生まれ育っていたら自分だって犯罪なんかしなかった、という気持ちを抱いてしまうのは仕方ないように思うし、環境が犯罪を生んでいるのもまた事実だと思う。
だからこそ私は、「悪」は「個人」だけの問題ではない、と考えているのだ。
「悪」は単独では存在できないのではないか
「ウイルス」というのは、非常に奇妙な存在だ。「細菌」とは違い、「ウイルス」は単独では存在できない。「宿主」という、他の生命体の細胞に寄生することでしか遺伝情報をコピーできず、「宿主」が死ねば「ウイルス」も生命活動を維持することができなくなってしまうのだ。
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「悪」も似たようなものかもしれない、と私は考えている。
どんな環境にも依存せず、単独で存在する「悪」も存在するだろう。私の印象では、いわゆる「サイコパス」と呼ばれる人たちが生み出す「悪」は、環境とは無関係に存在するのだと思う。しかし、そういう「悪」はとても珍しい。ほとんどの「悪」は、「宿主」に相当する環境と関係があり、その環境無くしては存在し得ないのではないだろうか。
例えば、時々思い出したようにニュースになる「バイトテロ」。飲食店などで若いスタッフが、バイト先での悪事を「仲間内しか見られないSNS」にアップし、それが流出して大事になる、というものだ。
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これはまさに「SNS」という環境が存在するから起こりうる「悪」だろう。私が学生時代には、まだmixiぐらいしかSNSと呼べるものは広まっていなかった時期だったはずだが、その頃に「バイトテロ」など耳にした記憶がない。もちろん、アホみたいないたずらをする者はいたと思うが、「SNSで仲間に見せる」という動機が存在しなかった分、規模も小さく数も少なかったはずだ、と私は思う。
恐らくだが、「バイトテロ」で大騒動を引き起こした若者にしたって、SNSが存在しない世界だったら同じような行動は取らなかったのではないだろうか。
繰り返すが、だからと言って、「バイトテロ」を起こした当人が悪くないわけでも、罰せられなくていいわけでもない。あくまでも、「悪」を培養する「宿主」と言える環境の存在が、「悪」を誘引する原因の1つだと指摘したいだけだ。
もちろん私が言っている「環境」には、家庭や学校なども含まれる。貧しい家庭に生まれなければ、親から過度な期待を掛けられなければ、学校でいじめに遭わなければ、自分は「悪」を引き起こさなかった、と感じている人はいるはずだ。
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そしてこういう前提に立った時、「悪」を出来る限り減らすためにはどうすべきかについて考え直す必要が出てくるように思う。
「個人」を罰するだけでは「悪」は無くならない
犯罪行為を行った人物が罰せられるのは当然として、それで一件落着となるはずもない。「宿主」がなんであるのかを見極め、「宿主」ごと「悪」を消し去らなければ、結局、同じ「宿主」から別の「悪」が生み出されるだけで終わってしまう。
しかし、このような考えを持つ人はたぶん少ないのだろう。罪を犯した当人が断罪されることで溜飲を下げるような、あるいは、個人が罰せられればそれでいいのだというような風潮ばかりどうしても感じてしまう。
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もちろん、「犯罪」なんて自分とは関係ない問題なのだからそんなに深く考えていられない、という意見も当然だろうとは思う。しかし、他人事だと考えて放っておくと、結局、自分が生きている社会全体が悪くなってしまうだけだ。
『子どもと貧困』という本に、こんなことが書かれていた。ざっくり書くと、「貧困世帯の子どもを放置すると、社会全体で数十兆円の損失となる」という内容だ。
貧困なんて自分と関係ない問題なのだから、税金を使って対処することに不満を感じる人もいるかもしれない。しかし放置すれば社会全体がとんでもない損失を被ることになると知れば、少しは考えが変わるのではないだろうか。犯罪についても同じことが言えると思う。自分には関係ないと言って放置すれば、自分にも関係する形で社会が悪化してしまうのだ。
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とはいえ、「宿主」を排除することは困難だろう。ただ、方策がないわけではない。
映画を観て感じたことは、「失うものがない人間は『悪』に手を染めることを躊躇しない」ということだ。『ジョーカー』の主人公・アーサーにとって「失いたくないもの」は「母親」だった。「母親」の存在が大きな意味を持っていたからこそ、アーサーは踏みとどまれていたのだ。しかしとあるきっかけからその箍が外れ、「悪」へと引きずり込まれてしまう。
つまり、「宿主」を消し去ることが難しいのなら、新たに「失いたくないもの」を持たせればいいのではないだろうか。
以前テレビ番組で、外国の刑務所でのある取り組みが紹介されていた。受刑者に盲導犬の訓練を任せる、というものだ。受刑者1人につき1匹の仔犬があてがわれ、共に生活をしながら盲導犬として育てていく。「相棒」と言えるほどの信頼関係を築かなければ盲導犬として独り立ちさせられない現実を徐々に理解していく受刑者たちは、「相棒」を失いたくないという気持ちから振る舞いが真面目になっていくのだ。
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どこでも真似できることではないが、形を変えて応用することはできるのではないかと思う。
環境が「悪」を生むのであれば、環境が「悪」を鎮めることだってできるはずだ。個人を罰するだけではなく、「環境をいかに変質させるか」という観点もまた、社会全体から「悪」を減らすためには必要だろう。
映画『ジョーカー』の内容紹介
アーサーは、ピエロメイクの大道芸人を派遣する会社で働きながら、年老いた母親を1人で世話している。母親は次の市長選に出馬するかもしれない街の大物に手紙を出したのに、一向に返ってこないといつも嘆く。30年前、彼の屋敷で働いていたから、自分たちの窮状を訴えればきっと助けてくれるはずだ、と頑なに信じているのだ。
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そう、彼らの生活はギリギリで、とても苦しい状況にある。
アーサーは、大してお金は稼げないものの、少年たちからからかわれてしまう大道芸の仕事に誇りを抱いている。コメディアンを目指している彼は、何よりも人を笑顔にすることに無上の喜びを感じているのだ。しかしそんな彼の気持ちとは裏腹に、現実はとても厳しい。というのもアーサーは、脳神経の不具合のせいで突発的に笑ってしまうという障害を抱えており、そのせいもあって上手く人間関係を築くことができないからだ。
心優しく、常に誰かを笑顔にしたいと考えているアーサーは、しかし、都会の片隅で邪険にされる日々を過ごさざるを得ない。
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映画『ジョーカー』の感想
「バットマン」シリーズを観ていないせいだろう、設定上理解できない点は多少あったが、恐らくそれらは些細なものだし、全体としては非常に面白かった。「面白かった」というか、やはり「凄かった」という表現の方が近い。
それではここからは、冒頭で書いた「悪と環境の関係」について、もう少し映画の内容に即したことを書いていこうと思う。
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まず、私が最後まで上手く捉えきれなかったのが、舞台となる「ゴッサムシティ」の現状だ。
冒頭でテレビあるいはラジオの音声が流れるのだが、「毎日1万トンのゴミが街に放置されている」「市民の不満が高まっている」「スーパーラットが大量に発生している」など、街の不穏な状況が報じられる。ゴッサムシティがどうしてこのような殺伐とした状況に置かれているのか、その理由は私にはよく理解できなかったが、いずれにせよこの「殺伐とした雰囲気のゴッサムシティ」が「環境」として存在するわけだ。
さらにアーサーは、決して恵まれているとは言えない生活を送っている。決して高くはない給料で母親の世話をし、誰かを笑顔にしたいと思いながら果たせず、さらに仕事さえ失ってしまう。市のケースワーカーのような人に対して彼は、「自分は存在していないんじゃないかと思える」と悩みを吐露するのだが、そのケースワーカーさえ自分の話をきちんと聞いてくれている気がしない。
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もちろん、ゴッサムシティにはアーサーのような境遇の人は他にもいるだろう。だから、アーサーが「悪」へと踏み出したことすべてをこのような「環境」のせいにはできない。しかし一方で、そういう「環境」でさえなければ、真面目で心優しい彼が「悪」へと踏み出すことはなかっただろうこともまた確かだと思う。
アーサーにとって何よりも辛いのは、笑わせたいと思っているのに不気味がられてしまうことだろう。突発的に笑ってしまう症状は、自分では制御できない。彼は、誰かが笑顔になってくれるなら、自分が辛い境遇に置かれていても存在意義を感じられる、それなら決して悪くはないと考えるのだが、なかなかその望みすら果たすことができすにいる。
印象的だったのは、孤独で絶望的な状況にありながらも、アーサーは自ら真っ当さを手放そうとはしないことだ。
「バットマン」シリーズを知っている人からすれば、「ここからいかにしてあの『ジョーカー』に変貌していくのだろう」という関心で観るのだと思う。しかし私にはその予備知識がなかったので、「アーサーが『悪』の道へと進んでいくのかどうか」についての確証は私にはなかった。物語の雰囲気的に、アーサーが「悪」へと踏み出していくのだろうというなんとなくの予想はしていたが、そうではないう展開もあり得ると考えていたわけだ。
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だからこそ、アーサーが基本的に「善」側に踏みとどまろうとしている姿が余計に印象的に映った。
彼は最終的に、ある意味で否応無しに「悪」へと引きずり込まれてしまう。個人的には、よくそこまで抑え込んだものだ、とさえ感じた。もちろん彼の行為は許されるものではないが、「アーサーは最後の最後まで必死に踏みとどまろうとした」という点は、やはり受け入れるべき事実だろうとも思う。
この物語で興味深いのが、「環境」によって「悪」へと引きずり込まれたアーサーが、その「悪」によって「環境」であるゴッサムシティを変質させていく、という点だ。アーサーとゴッサムシティは、相互に影響を与え合う存在だと表現してもいいだろう。その再帰的な無限ループが彼をさらに狂気へと駆り立て、状況が一層混沌としていく過程が魅力的に描かれていく。
もちろんこの映画はフィクションだが、「狂気」がいかにして醸造されるのかをリアルな世界に片足をつっこんだまま壮絶に描き出す作品でもあり、現実と対比させて考えさせられる部分もあるだろう。
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誰だって恐らく「犯罪」なんかに手を染めないと考えているはずだし、自分は「悪」側に足を踏み出すことはないと思っているはずだ。しかしこの映画は、それは安易な思い込みに過ぎないと突きつける。
「善」と「悪」を隔てる壁は、そう高いわけではないのだ。
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旅行者として東日本大震災で被災した小説家・彩瀬まるは、『暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出』でその体験を語る。「そんなこと、言わなければ分からない」と感じるような感情も包み隠さず記し、「絶望的な伝わらなさ」を感じながらも伝えようと奮闘する1冊
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元気で明るくて楽しそうな人ほど「傷」を抱えている。そんな人をたくさん見てきた。様々な理由から「傷」を表に出せない人がいる世の中で、『包帯クラブ』が提示する「見えない傷に包帯を巻く」という具体的な行動は、気休め以上の効果をもたらすかもしれない
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「強盗や立てこもり事件などにおいて、人質が犯人に好意・共感を抱いてしまう状態」を「ストックホルム症候群」と呼ぶのだが、実はそう名付けられる由来となった実際の事件が存在する。実話を基にした映画『ストックホルムケース』から、犯人に協力してしまう人間の不可思議な心理について知る
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「優しいかどうか」が重要な要素として語られる場面が多いと感じるが、私は「優しさ」そのものにはさしたる意味はないと考えている。映画『心の傷を癒すということ 劇場版』から、「献身」と「優しさ」の違いと、誰かに寄り添うために必要な「弱さ」を理解する
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「ヤクザ」を排除するだけでは「アンダーグラウンドの世界」は無くならないし、恐らく状況はより悪化しただけのはずだ。映画『ヤクザと家族』から、「悪は徹底的に叩きのめす」「悪じゃなければ何をしてもいい」という社会の風潮について考える。
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2008年に開設された新たな刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」で行われる「TC」というプログラム。「罰則」ではなく「対話」によって「加害者であることを受け入れる」過程を、刑務所内にカメラを入れて撮影した『プリズン・サークル』で知る。
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