目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:東出昌大, 出演:MOROHA, 出演:服部文祥, 出演:森達也, 出演:GOMA, 出演:阿部達也, 出演:石川竜一, 出演:コムアイ, 監督:エリザベス宮地
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この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 自身を追い詰めた「週刊誌記者」さえ歓待する彼のスタンスは、周りにいる人を否応なしに惹きつけてしまう
- スキャンダルを経たからこそ始動することになった本作の制作、そしてその撮影に強い想いを抱いて臨んだ東出昌大のスタンス
- 「狩猟」が突きつける様々な葛藤や現実の問題について、東出昌大は何を考えどう行動しているのか
本作を観ると、「東出昌大は結果的に、週刊誌報道で人生がグチャグチャしたことが良い方にころんだんじゃないか」と感じられるだろうと思う
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どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください
記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
東出昌大にまったく興味はないのだが、映画『WILL』はメチャクチャ面白かったし、猟師として生きる彼の生活は実に興味深かった
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これは物凄く面白い作品だった。正直、他に鑑賞する予定の映画との兼ね合いもあり、観ないまま劇場公開期間が終わる可能性の方が高かったのだが、本当に観て良かったなと思っている。
観ない可能性が高かった理由の1つは、シンプルに「東出昌大にまったく興味がなかった」からだ。これは別に、「スキャンダルをきっかけに嫌いになった」みたいなことではまったくない。昔からずっと、「東出昌大」という人間に特段興味が持てなかったのである。彼の出演作を観る機会もあったが、個人的に「演技は決して上手くないよなぁ」と感じていたし、他に何か私の興味を惹く要素を持っていたわけでもないので、「関心の抱きようがなかった」というのが正確な表現かもしれない。
しかし私は本作『WILL』を観て、東出昌大にかなり興味が湧いてきた。もちろん、「今後の動向を逐一追おう」などと考えているわけではないのだが、折に触れて思い出すような存在になったとは言えると思う。そして本作を観て私は、少し変な言い方かもしれないが、「東出昌大は結果的に、週刊誌報道で人生がグチャグチャして良かったのではないか」とさえ感じさせられたのだ。そんな実感を与えるほどに、なかなかに奇妙な、しかしある種魅力的とも言える生活をしているように見えたのである。
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突撃取材にやってきた週刊誌記者を受け入れる「人間力」が魅力的
本作を観て私が最も驚かされたのは、彼の「人間力」である。「人間力」という表現は私の中であまりしっくり来ていないのだが、とりあえずこの言葉を使うことにしよう。もう少し説明すると、「愛され力」みたいなイメージだろうか。作中、随所でそう感じさせる状況が映し出されていた。
本作『WILL』は、狩猟免許を取得した東出昌大が、実際に山で銃を撃ったり、獣を解体したりする様を映し出すドキュメンタリー映画である。彼がしているのは「単独忍び猟」という、銃を持って1人で山に入る罠を使わない狩猟スタイルなのだが、当然1人きりで猟師をやっているわけではない。彼よりも大分年上の猟師仲間がたくさんいるのだ。そして東出昌大は、そのような人たちからかなり愛されているのである。
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キャンプ場を経営している男性は、「空いている時だったら山小屋を自由に使っていい」と申し出るし、他にも様々な人たちが猟師としての東出昌大をサポートしていた。また本作には、猟師としての著作が多数あり、東出昌大が「単独忍び猟が一番上手い人」と評する服部文祥も出演している。そして彼こそが、東出昌大を猟師の世界へと本格的に引き入れた人物なのだそうだ。スキャンダルで世間から叩かれまくっていた彼に、「今大変だろうけど、山屋にはそんなこと全然関係ないから、いつでもこっちに来いよ」と連絡したのだという。服部文祥とのこのエピソードからだけでも、東出昌大が愛されていることが伝わってくるだろう。
また本作には、猟師でもある阿部達也というシェフが出てくるのだが、彼ははっきりと次のように口にしていた。
猟師は銃を持つし、殺し合いも出来るわけだから、信頼した人としか山に入りたくない。
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そしてさらに、東出昌大のことを、「命の取り合いから生まれた一生の関係」とも評していたのだ。猟師としての信頼関係に裏打ちされた強い繋がりみたいなものを感じさせられた。
もちろん中には、「俳優・東出昌大」にワーキャー言っているタイプの人もいるようだ。まあそれは、芸能の世界にも軸足を置いている人間には避けがたいことだろう。しかし本作『WILL』ではとにかく、猟師・東出昌大のスタンスや生き方に敬意・関心を抱き、彼と様々な形で関わろうとする人物が映し出されるのである。
さらに興味深かったのは、映画後半、「猟師・東出昌大」を知る多くの人たちが口々に、「狩猟なんか趣味でしかないんだから、彼には芸能界で頑張ってほしい」と語っていたことだ。もちろん本音としては、「若い世代のなり手が減っている狩猟の世界を盛り上げてくれたら嬉しい」みたいな気持ちを持っているとは思う。しかし彼らは、東出昌大にとって何が最善であるのかを考え、「芸能界で頑張ってほしい」と口にするのである。彼らのこのような語りぶりからも、東出昌大が愛されていることが伝わってくるだろうと思う。
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そしてそんな「愛され力(人間力)」が最大に発揮されたと言える場面が、私にはとても印象的だった。映画後半になんと、週刊誌記者が東出昌大の住む山小屋へ突撃してくるのだ。どうやって彼の居場所を突き止めたのか分からないが、さすが週刊誌記者といったところだろう。
記者たちはまず、東出昌大が女性と車に乗っている様子を写真に撮ったのだという。そしてその後、東出昌大に直当たりし、「新しい恋人ですか?」みたいに質問したのである。実はその女性はマツハシという女性猟師で、恋人でもなんでもなかった。そのため、突撃取材を受けた際に「恋人ではないんですよ」みたいなことを30分ほど喋ったのだが、その後で、なんと記者たちを自身が住む家へと案内し、さらに泊めてしまいもしたのだ。当然のことながら、実際に突撃取材されたときの映像は存在しないわけだが、本作では「その時の様子を再現した映像」を撮っていたりする。
さて、改めて書くが、彼は週刊誌報道によってバッシングを受け、大変な目に遭った。にも拘らず、そんな週刊誌記者に「歓待」と言っていいほどの扱いをするのである。まずこの点がなかなか普通ではないだろうと思う。
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東出昌大の家に招かれた記者はワタナベとニイツというのだが、本作『WILL』にはなんとこの2人の記者も出演している。取材なのか雑談なのか分からないが、東出昌大と話しているシーンが収められているのだ。さらにワタナベは、東出昌大が乗っているプリウスの錆があまりにも酷くて気になったとかで、家に転がっていたという錆取り剤を自ら車に塗りつけていた。記者は記者で、情報を得るために取材対象者との関係性を色々と考えるものだとは思うが、それにしたって「取材対象者の車の錆を取ってあげる」というのは、記者の行動としてはなかなか奇妙ではないだろうか。これもきっと、「東出昌大と直接接したことで、何か惹かれるものを感じた」ということなのだと思う。
さて、最初にやってきた記者は、文藝春秋(東出昌大を最初に取り上げた「週刊文春」を発行)の記者ではなかったのだが、その後彼の元には、「週刊文春CINEMA」という、いわゆる「週刊誌」ではないものの、「週刊文春」の名前を冠する雑誌の取材がやってくる。そしてやはり、東出昌大は自らその取材を受け入れるのだ。タカイチという編集長について聞かれた東出昌大は、次のように答えていた。
その時「信じたい」と思って自分の行動を決めているから、その後で裏切られたとしても仕方ないって思う。
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過去の因縁とかではなく、「目の前にいる人物の、その時その場での印象」によって判断しているというわけだ。しかしそれにしたって、人生を一変させたと言っていいだろう「週刊文春」と同じ会社の人間を笑顔で受け入れている様子には、ちょっと驚かされてしまった。
彼の周りにいる人も恐らく、私と同じような感想を抱くのだろう。誰なのか覚えていないが、ある女性が東出昌大に、「怒ったりイライラしたりすることってないの?」みたいなことを聞く場面があった。この発言から、「東出昌大が普段から、怒りやイライラを周囲に見せない」ということが伝わってくるだろう。そしてそう聞かれた彼は、「余計なカロリーを使いたくない」「人を責めてる余裕なんかない」みたいなことを言っていたのだ。なるほど、そういうスタンスなら割と理解できるように思う。確かに、「人に怒りを向けたりするのはダルい」という感覚は、私の中にもある。
また、過去の週刊誌報道やそれ以降のバッシングなどについても言及しており、その際にも、「『人を吊るし上げよう』なんてマインドで生活してるの、辛くない?」「そういう人は、普段の日常がしんどいのかなって心配になっちゃう」みたいに言っていたのだ。作中ではこのような発言を随所でしていたので、「本心からそんな風に考えているのだろうな」と感じさせられた。ま、私も、気持ちは分かると言えば分かるが、しかし「東出昌大ほど達観は出来ないなぁ」とも思う。
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「山小屋で複数の女性と同棲している」と報じられたその真相について
さて、週刊誌報道の流れでこのことに触れるが、東出昌大はある時、「山奥で複数の若い女性と同棲状態にある」と週刊誌に報じられた。私もネットで、そんな記事のタイトルを目にした記憶がある(記事自体は読んでいないが)。そして本作『WILL』では、その実態についても取り上げられていた。
そもそもだが、東出昌大は「自力で家を建てる計画」を進めていたという。しかし、その予定地が道路に面しており、「人目を避けることが難しい」という理由から断念せざるを得なくなってしまう。そのため、先ほど少し触れたが、キャンプ場経営者の私有地内にある建物に住むという話になったのだそうだ。
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さて、しばらくすると、彼が住む家には東京から友人や俳優仲間が遊びに来るようになった。しかし、役者の仕事もしている東出昌大は、常にそこにいるわけではない。ただ、これも東出昌大の「愛され力」の一部と言っていいと思うが、友人たちは、彼が不在でもやってくるようになったという。東出昌大に予定の確認をし、自分が行くタイミングで不在だと知った者たちは、彼の近所に住む人の助けも借りながら、家主のいない家で過ごすようになったのである。
こんな風にして、東出昌大が住む家は、地元の人と、東京から来る友人らのたまり場になっていった。そしてその中に、「若い女性と同棲!」と報じられた女優もいたというわけだ。
本作『WILL』に顔出しで出演しているのだから名前を出しても問題ないと思うが、週刊誌で報じられたのは烏森まどと松本花林である(週刊誌報道では「3人の女優と同棲」という話のようだが、本作『WILL』に出ていたのはこの2人)。ただ「同棲」という響きとはほど遠く、2人はガチで動物の解体をしていた。恐らく東出昌大が獲った獲物なのだろう、鹿だかなんだか判別は出来なかったが、ナイフでゴリゴリに肉を捌いていたのである。
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確かに、「一緒に住んでいる」という意味では「同棲」という表現が間違いとは言えないが、「実態」は「同棲」というイメージから喚起される生活とはまったく違うものだった。またそもそも、東出昌大の家には「同棲中と報じられた女優」以外にも多くの人が出入りしているのだから、そういう意味でも「同棲」というイメージからはかけ離れていくだろう。まあ、週刊誌というのはそんな風に誇張して話題を作っていくメディアなわけだが、少なくとも本作を観る限りにおいては、週刊誌で報じられたような状況ではないのだろうと感じた。ただ、東出昌大は最近、松本花林との結婚を発表したので、後にそういう関係になっていったのだろうとは思う。
そして、その「実態」はなかなか楽しそうに見えた。こういう「コミュニティ」が存在していたら、「猟師」の世界に足を踏み入れてもいいと考える人はいるだろうなと思う。さらに、東出昌大の周りには自然と「コミュニティ」が生まれるというのも、彼が持つの特異な存在感故だと感じられた。
自然の中で活き活きしている東出昌大は、人生をどのように捉えているのか?
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さて、私は冒頭で、「東出昌大は結果的に、週刊誌報道で人生がグチャグチャして良かったのではないか」と書いたが、そう感じた理由は、彼が実に活き活きと過ごしているように見えたからである。彼は今の生活が気に入っているようで、作中でも随所で、「文明の中にいると深く考えずに生きていけるし楽だが、山の中はすべての責任が自分にあるし、生きているという実感が得られる」みたいな話をしていた。東出昌大は元から、「仕事の合間に食べるご飯に味を感じなかった」そうなのだが、猟師として「生き物を殺してその生を直接戴く」という生活を続けたことで、「食べることこそが生きることである」みたいな実感を得られるようにもなっていったのだそうだ。
私は正直なところ、「『文明的なものからしか得られない何か』によってしか自分の生活を成り立たせられない」と自覚しているので、山で狩猟をするような生活に憧れることはない。ただ彼のように、文明から離れて半分自然の中で生きていくみたいな生活の方が性に合う人もいるだろうと思う。服部文祥はある場面で、「都市生活を行う者は、地球にとっての癌だ。自分は、癌になりたくないから狩猟の生活をしている」みたいなことを言っていた。感覚だけで言えば、私もそのような考えを理解できるし、実践は出来ないが、自分の中にも気持ちとしては存在すると思う。若くして狩猟の世界に足を踏み入れる人(本作中に登場する女性猟師など)も、似たような感覚を持っているのかもしれない。
あるいはこんな場面もあった。本作では、事務所を退所した東出昌大にとって最初の出演作となった映画『福田村事件』(森達也監督)の撮影の様子も収められているのだが、その中に、同じく『福田村事件』に出演しているコムアイが楽屋で東出昌大の髪を切るというシーンがあった(確か、「役に合わせて髪を切る」みたいな話だった気がする)。そしてその際にコムアイが、「私むかし、鹿とか解体してて」みたいな話をするのである。
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映画を観ている時にはなんとなく記憶に残っていた程度に過ぎないが、鑑賞後にネットで調べて「そうそう」と思い出した。全然詳しくは知らないのだが、彼女がかつて所属していた「水曜日のカンパネラ」という音楽ユニットは、ライブ中に「動物の解体ショー」などしており、そういう奇抜さでも話題になっていたのだ。この話は、本作全体の中では別にどうということもない話なのだが、しかし、「まさかそんなところでこの2人が繋がるのか」みたいに驚かされたので、とても印象に残っている。これもまた、「東出昌大の周囲には勝手にコミュニティが出来ていく」みたいな話の一環とも捉えられるのではないだろうか。
事務所を退所したことで、本作『WILL』の制作が始まった
さて、本作『WILL』は実は、東出昌大がスキャンダルを契機に事務所を退所したからこそ制作が実現した作品と言える。というわけで、「本作の制作」と「猟師・東出昌大の誕生」についてそのきっかけに触れていこうと思う。この2つは実は密接に関係しているのだ。そして、その引き金を引いたのが「東出昌大のスキャンダル報道」だったわけで、人生何が起こるか分からないよなぁと思う。この辺りの経緯は、本作ではかなり断片的に小出しされるので、私が理解した限りの情報を時系列順に整理していくことにしよう。
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冒頭でも書いた通り、私はそもそも東出昌大に興味がなかったので、彼が猟師になったことについても、「スキャンダルで東京にいられなくなったから、逃げ道として狩猟免許を取得し、その後山で暮らすようになった」程度に考えていたのだが、その認識は全然違っていた。東出昌大が狩猟免許を取るきっかけとなったのは、2017年に出版した写真集『西から雪はやって来る』(宝島社)だったそうだ。
著:東出 昌大, 写真:田附 勝
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この撮影で東出昌大は、既に名前を出した猟師兼シェフ・阿部達也と出会った。というのも、「猟師の格好をして銃を持つ」「獣を解体する」みたいな写真も撮ったからである。そしてその撮影を通じて、「どうせなら狩猟免許でも取っちゃえば?」みたいな話になったのだそうだ。撮影中に食べた何かの動物のスペアリブが凄まじく美味しかったとかで、「もしこれが不味かったら猟師にはなってなかったでしょうね」と話していた。
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というわけで、この時の会話がきっかけで狩猟免許の取得を目指すようになったわけだが、それ以前から関心を持ってはいたそうだ。彼の父親がキャンプ好きで山にはよく入っていたし、幼稚園の頃に父親からナイフをもらったこともあるという。子どもの頃のそんな経験も猟師の道に進むきっかけになった、みたいな話をしていた。
そんなこんなで苦労して狩猟免許を取得した東出昌大は、その後、本を紹介するNHKの番組に出演が決まる。その際、「ゲストとして誰を呼びたいか」という打ち合わせをする中で、猟師の服部文祥の名前を出したという。こうして服部文祥との縁が生まれたというわけだ。このような経緯からも分かる通り、彼はスキャンダルが報じられる以前から、猟師としての生活に少し足を踏み出していたのである。
一方、本作の監督であるエリザベス宮地(優里『ドライフラワー』のMVを撮影したことで知られている)は短編映画の制作を考えていた。写真家・石川竜一の『いのちのうちがわ』という写真集の収録作品を元にした映画を構想していたのだ。そして、その写真集が、「服部文祥と共に山に入り『獣の内蔵』を写した作品」を収録したものだったこともあり、監督は服部文祥と関わりを持つようになる。
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そんな中、服部文祥とやり取りする中でエリザベス宮地は、「東出昌大が猟師をやっている」という話を耳にすることになった。さらに服部文祥から、「東出昌大がお前の話をしていた」みたいなことも聞かされたのだ。というのも2人は、MOROHAという音楽ユニットのライブ会場で何度か会っていたのである。エリザベス宮地はMOROHAのMVを撮っているし、東出昌大はMOROHAのアフロと長年友人だとかで、MOROHAという共通の友人を介した繋がりがあったのだ。本作には、そんなMOROHAのライブ映像も使われている。
そんなわけでエリザベス宮地は、「猟師・東出昌大のドキュメンタリー」という企画を立てたのだが、東出昌大が所属していた事務所がNGを出した。その理由について明確な説明はなかったが、作中では東出昌大が、「俳優にとって、狩猟のドキュメンタリーなんか禁忌なのはもちろん分かってるけど」みたいなことを口にする場面がある。私にはその辺りの感覚はよく分からないのだが、「動物愛護団体から非難が云々」みたいなことも口にしていたので、「『表に出る人間が狩猟をしている』という事実は、イメージ悪化に繋がるからNG」みたいな判断がなされたのだと思う。
まあ、その理由はともかく、事務所NGとなってしまったために、この企画は一度諦めざるを得なくなった。しかしその後東出昌大のスキャンダルが報じられ、さらにそれ以降も色々とゴタゴタが続いたことで、東出昌大は事務所を退所することになったのである。そしてそのタイミングで、東出昌大はエリザベス宮地に連絡をした。「事務所を退所するから、前に出してもらったあの企画、やれますよ」というわけだ。こうしてドキュメンタリー映画の撮影が始まったのである。
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ちなみに本作では、東出昌大は事務所の退所そのものに関しても言及していた。彼は事務所に対して「感謝しかない」と言っていたし、事務所が発表したコメントにも「愛ある文章」が散見されたので、東出昌大としても嬉しく感じていたそうだ。しかし、それが報道に乗ると、どうも実態とズレてしまうと彼は話していた。事務所のコメントの中の「悪く書かれている部分」だけがクローズアップされたことで、全体の印象が大きく違ってしまったのだという。これも表に出る人間としてはある程度仕方ない部分ではあるだろうが、そういうことも踏まえた上で、「今の狩猟生活が気に入っている」みたいな感覚になってもいるのかもしれない。
さて東出昌大は、事務所を退所したことをきっかけにこのドキュメンタリー企画を再始動させたわけだが、実はそこにはある思惑があったのだそうだ。そしてそれこそが、本作のタイトル『WILL』に繋がっていくことになる。本作は、映画のラストに「WILL」というタイトルが表示される構成になっており、これが実に上手くハマる感じがした。
東出昌大がどんな思惑でこのドキュメンタリーに臨んだのか、その具体的な話には触れない方がいいと思うので、この記事では伏せようと思う。ただ、映画のラストで明らかにされるその事実を踏まえれば、「彼は本作で、可能な限り『素の自分』を出そうとするだろう」と感じさせられた。この点に関しては、事務所退所後に改めて宣材写真を撮影する場面で、「カメラの前で『素の自分』なんか出ないですよねー」と話していたし、映画冒頭でも「『素の自分』を出すことの難しさ」に言及する場面がある。しかし本作『WILL』では、そんな苦手意識を持ちつつも、「なるべく『素の自分』でいられるように」と心がけていたのではないかと思う。
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ともかく、このような経緯から「猟師・東出昌大に密着するドキュメンタリー映画」の制作が始動し、完成に至ったというわけだ。
しかし面白いものだと思う。スキャンダルが報じられる以前から狩猟免許を取得し、猟師たちとの関係を築いていたからこそ、報道後に「山屋には関係ないからこっちに来いよ」と声を掛けてもらえたのだし、スキャンダルをきっかけに事務所を退所したからこそ今回のドキュメンタリー映画の企画が動き始めたのである。狙って行き着いた状況ではまったくなかっただろうが、「結果オーライ」と言いたくなるような展開だなと感じた。
さらに、先述した「素の自分」の話も興味深い。東出昌大は最初の方で、「普段僕はあんまり喋らないし、500時間ぐらい回してもらわないとなかなか分からないと思う」みたいなことを言っていたのだが、先ほど触れた「本作に懸ける想い」故に、「今の自分をそのまま残してほしい」というスタンスでカメラの前にいようとしていたのだと思う。そしてだからだろう、「東出昌大という人間」がストレートに映し出される作品になっているように感じられたのだ。
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また、共通の友人であるMOROHAの曲の歌詞は、東出昌大の人生をまるでそのまま切り取ったかのような印象を与えるし、本作『WILL』との親和性も高いと思う。さらに、スキャンダル後も『福田村事件』『Winny』のような話題作への出演が続いているからこそ、「『終わった人』のドキュメンタリー映画」みたいな見え方になることもない。
このように本作は、様々な偶発的な要素が積み重なることで成立した映画という感じがするし、だからこそ「単に興味深い人間に密着してみた」というだけではない深みのようなものが滲み出ているようにも思える。そういう意味でも、とても興味深い作品に感じられた。
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さて、本作『WILL』では「猟師・東出昌大」が存分に映し出され、彼が抱く様々な葛藤も収められていく。そしてそんな彼が抱く様々な感覚の中で、結局最後まで未整理のままだったのが「動物を撃つことに対する想い」である。彼は、「自分が撃って殺しているのに、『可哀想』と感じてしまうこと」について、自分でも理解しがたい感覚を覚えているようだ。
映画の割と早い段階で子鹿を撃つシーンが映し出されるのだが、その時のことについてエリザベス宮地が後に「子どものことを思い出します?」みたいに水を向ける場面がある。もちろん、離婚し離れて暮らす彼自身の子どもについて聞いているのだ。そして東出昌大は、「やっぱり子どものことは思い出しますよね」と返すのである。それ以上の言及はなかったのだが、当然ここには、「子鹿を撃つなんて可哀想」みたいな感覚が含まれていると考えるべきだろう。
しかしそれでも東出昌大は、動物を撃つことを止めない。その点について「何故なのか?」と問われた東出昌大は、上手く答えを出せないでいる。それは、「突然聞かれた質問に整理が付かない」というわけではなく、「普段から意識的に考えてはいるが、結論に辿りつけない」みたいな感じに私には見えた。
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さて、本作には、東出昌大が猟師仲間ナカザワの師匠であるフジナミと話をする場面も収められている。そしてそこでも彼は、「撃った動物に対して『可哀想』という感覚を抱いてしまう」という自身の葛藤を口にしていた。しかしそれに対してフジナミは、「そんなこと思っていると、逆にやられるぞ」と真っ向から否定するようなことを言う。狩猟というのはやはり「自分の身を危険に晒す行為」でもあるわけで、「同情心は命取りになる」みたいな教訓なのだろうと思う。
ただ東出昌大は、かなりの先輩猟師であるフジナミからそう言われても、自身の葛藤を手放さなかった。
フジナミさんがそう言うから、「じゃあ分かりました、明日から悩みません」みたいに言って蓋をするのも違う。
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こんな風に言って、「この悩みは今後もずっと抱き続ける」と意思表示するのである。東出昌大がかなり真剣に狩猟と向き合っていることが理解できる場面ではないかと思う。
この点に関して服部文祥は、「自分が撃つ動物一頭一頭に対する気持ちは、撃つ度に薄れていく」と自身の感覚を説明していた。しかしそれは、「ゼロになる」みたいな話ではない。減り続けてはいくが、決してゼロにはならず、一定の感覚は残り続けるのだそうだ。さらに、「目の前の一頭を殺す感覚」がどれほど低減しようとも、「これまで抱いてきた感覚」はずっと堆積しているわけで、「それらが無くなることはない」みたいなことも言っていた。個々人が固有の感覚を抱きつつ狩猟に向き合っているというわけだ。
また本作では、狩猟に関する服部文祥の考え方が色々と紹介されていた。例えば彼は確か、「『食べる』という行為には、生きる上での良いことと悪いことが全部詰まっている」みたいなことを言っていたように思う。もちろんそれは、「『美味しく食べること』と『殺すこと』の両極が内包されている」というような話だ。そして、「そんな複雑なせめぎあいに直面させられるからこそ、狩猟は良い」みたいなことを言っていたのである。
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あるいは、これも服部文祥の発言だったと思うが、「『いつか自分もこうなる』って感じることが一番面白い」「『生き物を殺したらどう感じるか』は、実際に殺してみないと絶対に分からない」みたいな話も印象的だった。やはり、「自身も『生き物』でありながら、別の『生き物』を殺すために銃弾を撃ち込む」という行為は、携わる者に様々な思索をもたらすようである。
作中では何度か、「『狩猟』をどんな行為として扱うか?」という話が展開された。東出昌大は、狩猟を「趣味」と捉えることは出来ないそうだ。「命を戴いているのに失礼だ」という感覚のようである。しかし一方で、「仕事」でないことは確かである。だったら、「趣味」と呼ばずにどう表現すればいいのか? この点に関して阿部達也は、「『生活』でいいんじゃない?」と口にしていた。食べるために獲るのだから「生活」だというわけだ。
そして実は、この「食べるために獲る」という点にも難しさが含まれている。
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狩猟が浮き彫りにする様々な問題
本作『WILL』では、狩猟の現実についても様々に触れられていく。その中で最も印象的だったのが、「9割は埋設処理される」という話だ。猟師は基本的に「畑を荒らす害獣を駆除する」という目的で狩猟を行っている。これを「有害捕獲」と呼ぶが、その内の9割が埋設処理、つまり「食肉として処理されることなく、死体をそのまま地面に埋める」というやり方で処理が行われているというのだ。そのような現状について、東出昌大が語っている。
日本の場合、猟師のほとんどは農家であるという。つまり、「畑を荒らされたら困るから、その前に害獣を駆除する」のが最大の目的というわけだ。東出昌大は「撃った動物の肉を食らう」という目的で狩猟を行っているわけだが、それは少数派で、ほとんどの猟師は「する必要がなければ狩猟などしなくていい」というスタンスなのである。
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そしてだからこそ、「撃った動物を解体し、その肉を食べる」というところまでなかなかいかない。動物の解体には、相当な労力が必要だからだ。そのため、「撃った動物をそのまま埋める」というやり方で処理するしかないのである。
さて、こんな風に考える人もきっといるだろう。「ジビエが人気なのだから、肉を販売して収益を得ればいいではないか」と。しかしこれもそう簡単な話ではない。というのも、狩猟によって仕留めた動物の肉を販売するためには、「定められた基準に則った工場で処理する」など、厳しい制約が設けられているからだ。東出昌大のように、「仕留めた動物を解体し、自分で食べる」分には問題ないのだが、「食肉に加工して販売する」となるとなかなか大変なのである。
もちろん、野生動物の場合は特に感染症の問題などがあるだろうから、そういうルールで運用されるのは当然だと思う。しかしそれ故に、「9割が埋設処理」という現実が生まれてしまってもいるわけで、なかなか難しい問題だと感じる。
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また、本作を観て初めて知ったことなのだが、「野生動物が畑を荒らすようになった要因」の1つは、なんと「戦後行われた植林」にあるのだそうだ。
戦後の植林では、針葉樹が多く植えられたらしい。花粉症の主な原因である杉も針葉樹である。針葉樹ばかりになった理由についてはざっくりネットで調べただけではよく分からなかったが、「戦後木材の需要が急増したため、成長の早い杉が植えられた」みたいなことを書いているサイトもあった。まあ理由はともかく、事実として戦後の植林では針葉樹が大量に植えられたのである。
しかしなんと、針葉樹から落ちる葉っぱは野生動物の食料にならないのだそうだ。動物が食べるのは基本的に広葉樹の葉っぱなのだという。つまり、戦後の植林で針葉樹ばかり植えられたため、森や林に木が植わっていても動物の食料となる広葉樹の葉っぱは少ないままであり、そのため動物たちは人里に下りて畑を荒らすようになったということのようなのだ。このような現状についても東出昌大が自ら説明しており、狩猟を通じて彼が様々な問題に触れ、それに向き合おうとしていることが伝わってくる。そしてそのような誠実さを感じるからこそ、彼の周りにいる人も応援しようという気になるのかもしれないとも思う。
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この記事を書いていた時はちょうど、「熊の駆除を猟友会が拒否した」みたいなニュースが報じられていた。自治体からの報酬が低すぎて、命の危険を伴う仕事に見合わないという話のようだ。このように、「環境問題」と「狩猟」は繋がりを持っている。となれば、環境問題に高い関心を持つ若い世代が、猟師という生き方を選択することも増えていくかもしれない。そしてそうなった場合、東出昌大のように先頭を走る者がいると、物事は動きやすくもなるんじゃないかと思う。
そういう意味でも、なかなか稀有な存在と言えるだろう。
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出演:東出昌大, 出演:MOROHA, 出演:服部文祥, 出演:森達也, 出演:GOMA, 出演:阿部達也, 出演:石川竜一, 出演:コムアイ, 監督:エリザベス宮地
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冒頭で触れた通り、東出昌大にはまったく興味がなかったし、本作『WILL』にも全然期待していなかったので、思いがけず面白い作品に出会えて良かったなと思う。「生きるとは?」「殺すとは?」みたいな本作全体に通底するテーマも面白かったし、高齢の猟師仲間から若手女優までを引き付ける「愛され力(人間力)」も興味深かった。
「東出昌大を嫌悪している」みたいな人はもちろん観る必要はないが、私のように「全然興味がない」という人でも、本作を観れば多少は印象が変わるのではないかと思う。また、「どう生きるか」についても再考させるような内容で、観るタイミングによっては人生に強く影響する作品とも言えるかもしれない。
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