目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:門田 隆将
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ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 本当に、本当にどうかこの本を読んでほしい
- 吉田昌郎という”守護神”の存在と、彼の壮絶な決断のこと
- 仲間を絶対に死なせたくないという葛藤で揺れ動く思い
何かあった時、不安に怯えるのではなく、現場を信じればいいと確信できる作品でもあります
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東日本大震災で抱いた衝撃は、今後も忘れることはないだろう。その時代その時代で社会を震撼させる出来事は様々に起こるが、個人的な思い入れが関わってくることもあって、東日本大震災は特別なものに感じられる。
私は別に、東北在住でも出身でもない。東日本大震災の時には、神奈川県にいた。関東でも確かに混乱はあったが、私が住んでいた周辺は直接的な被害は特になかったと思う。テレビでは東北の状況が日々報じられていた。あの、何もかもが終わりを告げるような「終末感」は、今思い出しても凄まじいと思う。
その後縁あって、しばらく東北に住む機会があった。当初は、震災の一年後に行く予定だったのだが、結果的にそうはならず、時期は少し後にずれた。私が行った時には、外から見える部分は穏やかな日常に見えた。そもそも私が引っ越したところは、東北全体の中では被害の少なかった地域だ。
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東北に引っ越してから、震災に関係する行動を何かしたとか、震災に絡む何かが起こったとか、そんな話はない。震災とは関係のない仕事をして、普通に暮らした。しかしそれでも、あの甚大な被害を経験した東北に、震災後一時期とはいえ暮らしていた経験は、自分の中に何か大きなものを残したように思う。
まだ神奈川県にいた頃、震災後の福島の農家に泊まるバスツアー、みたいなものに数回参加したことがある。なんというのか当時、変な言い方だが、「興味」と「罪悪感」みたいなものをずっと感じていたように思う。
あの時どうだったのか、今どうなのか知りたいという「興味」。そして、自分が何もしていない、できていないという「罪悪感」。そういう感情が入り交じり、何をしていいのか分からない中、たまたま目に留まったバスツアーに参加したのだろう。
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「興味」と「罪悪感」は、関東に戻ってきた今も、自分の内側のどこかにある。これからも東日本大震災は、私の人生の基盤や行動の指針みたいなものに、直接・間接に作用していくだろうな、と感じている。
あまりにも壮絶すぎる極限状況を描き出す作品
この作品については、本当に「頼むから読んでくれ」という気持ちがとても強い。ニュースなどではほとんど報じられなかったと記憶しているが、事故直後、日本はまさに壊滅寸前だったということが、本書を読むとよく分かる。
つまりこの本で描かれるのは、「最悪」から日本を救った男たちの勇姿なのだ。
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福島第一原発に最終的に残った者たちは、死を覚悟した。実際に、陣頭指揮を取った吉田昌郎は、事故の二年後に亡くなっている。事故との因果関係は不明(というか、因果関係は低い)とされているようだが、感情的にはそう捉えられないと思う。
もしも福島第一原発事故を抑え込めなかったら、チェルノブイリ事故10回分の被害だっただろうとされている。もしそうなったら、原発を中心に半径250キロ圏内の人間は全員退避。東京もすっぽりと収まる規模だ。日本は壊滅していたことだろう。
最終的に、二号機の問題が重大だった。事故後の格納庫の圧力は、設計限界の二倍を超えていた。正直、いつ爆発してもおかしくない状態だ。しかし奇跡的に、二号機の圧力は”なんらかの理由”で下がったのだ。今でも、この理由は分かっていないという。
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まさに、危機一髪だったと言っていい。
というように、驚くべき事実に溢れている。しかし、この記事を読んでくれている方はこの本を読んでくれるはずと期待して、本書の具体的な内容には極力触れないことにしようと思う。やはり、自分で読んで、その凄まじさを間接的にでも体感してほしい。
知らなければ、「どこかの誰かが頑張ってなんとかしてくれたんだ」で終わってしまう。もちろん、その理解に留まっていることが悪いわけではない。世の中のすべての事象について、誰がどんな貢献を果たしたのか知ることは不可能だ。
また本書の著者はあとがきで、こんな驚きを吐露している。
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その時のことを聞こうと取材で彼らに接触した時、私が最も驚いたのは、彼らがその行為を「当然のこと」と捉え、今もって敢えて話すほどでもないことだと思っていたことだ。
当時、自らの命を賭して事故に向き合った人たち自身も、「別に多くの人に知ってもらうような話じゃない」と考えている、らしい。
私は、それでいいとは思わない。彼らは、日本を救った英雄だ。私個人としては、彼らの活躍を「英雄譚」として多くの人に知ってほしいという気持ちは当然ある。しかしそれだけではない。
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未曾有の事態が起こった時、極限の状況に置かれた時、仲間に「死んでくれ」と言わなければならない時、人は何を思い、どう決断し、いかに行動するのか。そういう現実を知っておくことは、
これから自分がどう生きるか
に、大きく関わってくると感じる。そのきっかけとしても、本書を読んでみてほしいのだ。
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「一緒に死んでくれる人間の顔を思い浮かべていた」という吉田昌郎の覚悟
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あの原発に吉田さんという所長がいたでしょう。東電の人が、あの人が所長でなかったら、社員は動かなかったべっていうのを私はこの耳で聞きました。
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本書を読むと、このことは強く実感できる。歴史にifはない。もし事故当時の所長が吉田昌郎でなかったら、と考えても仕方ない。しかしつい、もし違う人だったらあの事故は抑え込めていないのではないか、と考えてしまう。
何をしなければならないかという判断。人命を失わずに事態に当たるという執念。吉田がいればなんとかなるという精神的支柱としての存在感。そんな風にして吉田昌郎は、人類がほぼ経験したことのない異常事態に対して、「手持ちの札だけで何ができるか」を徹底して考え、人を動かし、東電本社を叱りつけた。凄まじい活躍である。
そんな吉田昌郎のエピソードで最も衝撃的なのは、やはりこの言葉だろう。
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私はあの時、自分と一緒に“死んでくれる”人間の顔を思い浮かべていた
それまで吉田は、決して諦めなかった。誰もが無理だと感じるような場面でも、現実的な対処を取り続けようとする。しかしそんな吉田が初めて、諦めの境地に片足を突っ込む。もう原発は抑え込めない。だから、ごく一部の人間だけ残してみんな退避させよう。残った人間には申し訳ないが死んでもらおう。もはやできることはそれしかない……。
戦時下ならともかく、これほどの決断を強いられる状況などなかなか存在しないだろう。吉田昌郎という人物像が明確に立ち上がっているからこそ、「そんな男でも諦めざるを得ないのか」という衝撃が、この場面で押し寄せてくる。
「死んでいい人間だけになったからホッとした」というあまりに異様な感覚
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事故当時、中央制御室の当直長だった伊沢のエピソードも印象的だった。
事故が起こってからもしばらく、中央制御室には作業員が詰めていた。しかし、作業自体はほとんど残っていない。非常用の電源は落ちている。そして原子炉内部に潜入して作業してもらう「決死隊」には、若い作業員をあてないと決めていた。つまり中央制御室にいる若い作業員には、やることがほとんどなかったのだ。
だから、若い作業員の一人が、
当直長、俺たちがここにいる意味があるんでしょうか
と問いかけるのも、当然だ。
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それに対して伊沢は、振り絞るようにしてこう返す。
ここから退避するということは、もうこの発電所の地域、まわりのところをみんな見放すことになる……。
今、避難している地域の人たちは、われわれに何とかしてくれという気持ちで見てるんだ。
だから……だから、俺たちは、ここを出るわけにはいかない。
頼む。
君たちを危険なところに行かせはしない。そういう状況になったら、所長がなんと言おうと、俺の権限で君たちを退避させる。それまでは……。
頼む。残ってくれ
しかし、口にした言葉とは裏腹に、伊沢はもう大分前から、若い作業員は避難させたいという気持ちを強く抱いている。実際、作業はない。いなくてもいいし、中央制御室は危険だ。しかし、伊沢の立場上、避難しろとは言えない。
このような葛藤は、作中の随所に登場する。登場人物のほとんどは技術者だ。しかも、原発の管理をする仕事に誇りを持っている。彼らは、内側から沸き上がる「自分がやらなければ」という使命感で闘っている。
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しかし、未来ある若者を巻き込んでいいのか? これまでずっと一緒にやってきた仲間をみすみす死なせるような状況にいさせていいのか? 立場のある人間ほど、もうこの惨状から抜け出すことはできないと覚悟している。しかしその一方で、若い人たちだけはなんとか逃してやれないだろうかと、常に葛藤している。
そんな伊沢がホッとする瞬間が、印象的だ。それは、吉田昌郎が「最少人数を残して退避」と告げ、ほとんどの人間が福島第一原発からいなくなった時のことだ。残った面々は、後に海外メディアから「Fukushima50」と呼ばれ、これは、本書を原作とした映画のタイトルにもなっている。
出演:佐藤浩市, 出演:渡辺謙, 出演:吉岡秀隆, 出演:緒形直人, 出演:火野正平, 出演:平田満, 出演:萩原聖人, 出演:吉岡里帆, 出演:斎藤工, 出演:富田靖子, 出演:佐野史郎, 出演:安田成美, 監督:若松節朗, Writer:前川洋一
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この時の心情を、伊沢はこんな風に語っている。
それより、こいつまで殺しちゃうのか、と心配しなくちゃいけない人間はみんないなくなって、“死んでいい人間”だけになりましたから。悲壮感っていうよりも、どこか爽やかな感じがありました
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こうやって引用文を打ち込んでいるだけの今この瞬間も、このフレーズを目にして涙が浮かんでくる。感覚としては、ちょっと分かるような気もする。でも、「分かるような気もする」なんて気軽に言えるような状況ではないことももちろん理解している。
当たり前のことだが、「Fukushima50」と呼ばれる彼らだけではなく、数多くの人たちの奮闘によって日本壊滅は防がれた。そのことは忘れてはならない。
しかしやはり、「自分はもう死ぬのだろう」という覚悟と共に、もはや制御不能としか思えない福島第一原発に残った彼らのことは忘れてはならないし、そこで何が起こっていたのかについても、より強い関心が向けられるべきだろうと感じる。
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現場をもっと信頼すべき
本書の具体的な記述はこのぐらいに抑えておこう。ここではもう少し、全体的な話に触れる。
この作品を読んで改めて強く感じたことは、日本の「現場力」の高さだ。日本以外の国がどうなのか知っているわけではないので、何かと比較しての話ではないが、日本では「現場にいる人間」が最も有能だという印象がある。指導者や管理職といった人たちがあれこれ口を出すのではなく、最終的には現場に一任することがベストプラクティスなのだろう、と感じる。
東日本大震災当時の報道は、大混乱だったと記憶している。ほとんど確定的な情報が報じられず、現在の状況は分からず、どう対処すればいいのかも示されなかった。当時印象的だったのは、何故か海外メディアの方が詳しい情報を報じていたということだ。SNS等でそういう情報が拡散しているのを目にして、不思議に思った記憶がある。
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これまでもそしてこれからも、様々な事件・事故・災害にみまわれることだろう。そしてそういう事態に陥った時、私を含めた多くの人が正確な情報を手に入れられず、不安や混乱に陥ってしまう。
しかし本書を読んで、少なくとも日本においては、現実的に事態に対処している現場の人間をとことんまで信頼すべきだと改めて感じさせられた。ボランティアなど有意義な活動に取り組める人にはもちろん積極的に立ち上がってもらった上で、私のように何もできない外野は、不安や混乱に右往左往するのではなく、不安や混乱の只中にいるとしても、黙って現場に任せるべきなのだ。
伊沢の、「ここから退避するということは、もうこの発電所の地域、まわりのところをみんな見放すことになる……」、だからここを離れられないという躊躇も、我々外野が現場をきちんと信頼しているといことが、抱く必要などなかったはずだ。
この作品を読むということは、「何があったか知る」だけではなく、「今後自分がどう行動すべきか」にも影響を与えるのだと感じている。
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最後に
私がこういう表現を使って勧める本はほとんどないが、本書は間違いなく、「全日本人が読むべき本」だ。東日本大震災当時には何が起こっていたのかさっぱり分からなかった福島第一原発事故の現実を、是非とも体感してほしい。
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在日コリアン4世の監督が、北朝鮮脱北者への取材を元に作り上げた壮絶なアニメ映画『トゥルーノース』は、私たちがあまりに恐ろしい世界と地続きに生きていることを思い知らせてくれる。最低最悪の絶望を前に、人間はどれだけ悪虐になれてしまうのか、そしていかに優しさを発揮できるのか。
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「80人の命を救うために、1人の少女の命を奪わなければならない」としたら、あなたはその決断を下せるだろうか?会議室で展開される現代の戦争を描く映画『アイ・イン・ザ・スカイ』から、「誤った問い」に答えを出さなければならない極限状況での葛藤を理解する
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地方紙である「ボストン・グローブ紙」は、数多くの神父が長年に渡り子どもに対して性的虐待を行い、その事実を教会全体で隠蔽していたという衝撃の事実を明らかにした。彼らの奮闘の実話を映画化した『スポットライト』から、「権力の監視」の重要性を改めて理解する
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【考察】アニメ映画『虐殺器官』は、「便利さが無関心を生む現実」をリアルに描く”無関心ではいられない…
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「正しい」と主張するためには「正しさの基準」が必要だが、それでも「規制されていないことなら何でもしていいのか」は問題になる。3枚の立て看板というアナログなツールを使って現代のネット社会の現実をあぶり出す映画『スリー・ビルボード』から、「『正しさ』の難しさ」を考える
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権力を持つ者のタガが外れてしまえば、市民は為す術がない。そんな状況に置かれた時、私たちにはどんな選択肢があるだろうか?白人警官が黒人を脅して殺害した、50年前の実際の事件をモチーフにした映画『デトロイト』から、「権力による不正義」の恐ろしさを知る
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「爆弾事件の被害を最小限に食い止めた英雄」が、メディアの勇み足のせいで「爆弾事件の犯人」と報じられてしまった実話を元にした映画『リチャード・ジュエル』から、「他人を公然と批判する行為」の是非と、「再発防止という名の正義」のあり方について考える
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