目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:ブリー・ラーソン, 出演:ジェイコブ・トレンブレイ, 出演:ジョアン・アレン, 出演:ウィリアム・H・メイシー, Writer:エマ・ドナヒュー, 監督:レニー・アブラハムソン
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ポチップ
この映画をガイドにしながら記事を書いていくようだよ
この記事で伝えたいこと
「『当たり前』を疑うことはとても難しい」とリアルに実感させてくれる衝撃作
状況設定こそ非現実的だが、私たちの日常にも関わる問いが突きつけられる
この記事の3つの要点
- 比較対象が存在しなければ、自分が「不幸」であることにも気づけない
- どれほど「異常」でも、「当たり前」だと感じている環境から離れるのは怖い
- 「価値観が合う人」と出会えてしまう現代では実感しにくい問いが突きつけられる
「当たり前の世界」を「怖い」と感じる少年の姿に、自分自身を重ねてしまう人もいるかもしれない
自己紹介記事
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どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください
記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
映画『ルーム』が描くのは、「自分は一体何に囚われているのか」について考えるきっかけをくれる衝撃の”実話”である
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この映画はフィクションですが、映画の着想の元となった事件は存在します。事実と映画では大分状況は異なりますが、まさにこの映画の核となる部分については共通していると言っていいでしょう。
ただこの記事では、元になった事件には触れません。「こんな恐ろしい事件が起こっていたんだ」という受け取り方で終わっていい作品ではないと思うからです。
「事件の悲惨さ」以上に、「気づいていないだけで、あなたたちもこういう状況にいると思うよ」という示唆の方が強いよね
自分がどんな「へや」に”閉じ込められている”かなんて、普段考えることないもんね
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この映画の場合、普通なら「クライマックス」だろう地点が、物語のスタートラインです。そして、そこから少年が直面する葛藤が、私たち自身にも関係するのだと徐々に理解できるようになるでしょう。
問題や問いに気づかなければ、その先へと進むこともできません。この映画は、「自分が何かに気づいていない可能性」に気づかせてくれる作品だと思います。
映画『ルーム』の内容紹介
ジョイとその息子のジャックは、長いこと「へや」に住んでいる。その「へや」は、四方を壁に囲まれ、窓は天窓のみ。入口のドアには暗証番号を入力しなければ開かないロックキーが付けられている。
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外には出られない。
2人は、風呂に入りながら服も一緒に洗い、狭い「へや」の中で運動をし、時々やってくる「オールド・ニック」の登場に怯える。そんな彼らは、「オールド・ニック」からの”日曜日の差し入れ”でなんとか生活しているというわけだ。
ジャックはこの「へや」の中で、それなりに快適に暮らしていた。毎朝”友達”に挨拶し、料理を手伝い、「オールド・ニック」に買ってもらったラジコンで遊ぶ。誕生日ケーキにロウソクがついていないとか、「オールド・ニック」がやってくる日はクローゼットから出てはいけないなど不満もあったが、それでもジャックにとってここでの生活は”当たり前”のものだった。
この「へや」での生活しか知らないからだ。
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しかし、母親であるジョイは、1日でも早くこの部屋から抜け出さねばならないと考えている。そう強く思うようになったきっかけの1つが、罰として部屋の電気を消されたことだった。もうこんな生活、耐えられない。ジャックが5歳になったことも、彼女の決断を後押しした。なんとか、話せば分かってくれると信じたのだ。
ジョイはジャックに打ち明ける。
ママは17歳の時、誘拐されたの。
ここは納屋で、私たちはここにずっと監禁されているのよ。
ジャックには、何を言っているのか理解できない。ママは、TVの向こう側の世界は全部ニセモノだと言っていた。この壁の外には宇宙空間が広がっていて、外に出たら死んじゃうはずだ。「へや」を出るなんて、考えられない。
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でもジョイは必死に「ママを助けて」とジャックに話した。ジャックはママのために、なんとか理解しようとした。そして、ジョイが立てた作戦を実行に移し、見事「へや」から脱出することができたのだ。
ジョイにとっては歓喜の瞬間だった。しかしジャックにとっては……。
恐怖の始まりでしかなかったのである。
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あなたはどんな「へや」に生きているだろうか?
映画では、非常に特殊な、日常ではありえない設定を使って、「少年が『当たり前の世界』に恐怖する」という特異な状況を生み出しています。リアルにジャックと同じ体験をする人はまずいないでしょう。
しかしより広く捉えると、ジャックのような感覚を誰もが体験しているとも言えるはずです。
この映画が凄いのは、ジャックと観客には直接の共通点がまったくないのに、ジャックの葛藤を自分に重ね合わせられるってことだと思う
「誘拐」という、普通ならメインテーマになる要素が、完全に脇役になってるしね
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私たちが閉じ込められている「へや」の名前は、「思い込み」です。多くの人が様々な「思い込み」に支配され、まったく同じ状況を違った風に見ているだろうと思います。
例えば、今では大分薄まったとは思いますが、一昔前であれば、「結婚していない人は、人間的に何か欠陥があるのではないか?」という見られ方が割と当たり前のものとして存在していたはずです。そういう社会に生きていると、「結婚できていない自分は何かダメなんだろうか?」と考えてしまうことにもなるでしょう。そんな「思い込み」は別に捨ててしまって問題ないのですが、なかなかそうはできないと思います。
今の時代だと、「LINEの返信がすぐ来ないから嫌われた」「『いいね!』が全然もらえないからダメだ」みたいな感覚を持ってしまう人はいるでしょう。これもまた、「思い込み」でしかありません。
映画を観ている観客は初めの内、なかなかジャックの葛藤に寄り添えない気がします。ジャックが恐怖しているもののほとんどは、私たちにとって当たり前のものばかりだからです。私たちの生活を快適に、便利に、安全にしてくれる様々な事柄にジャックは怯えてしまうのですから、なかなか共感が難しいだろうと思います。
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ただ次第に、ジャックの葛藤が、自分にも身近なものとして重なってくるはずです。
例えばあなたは、誰かの悩み相談を聞いて「なんでそんなことで悩んでるんだろう?」と感じてしまうようなことはないでしょうか? まさにそれは、ジョイや我々がジャックに向けてしまう視線と同じものだと言えます。私たちには、ジャックの恐怖は理解しきれません。それは、まったく同じものを見ていても、まったく違う風に見えているからです。
「なんでそんなことで悩んでるんだろう?」と感じてしまう時も、同じことが起こっています。同じものを見ていても、まったく別のものに見えているわけです。違う風に見えているのですから、自分に見えている光景から他人の悩みを判断するのは誤りでしょう。そしてそれは、とても当たり前のことで、この世界のどこにでもありふれています。だからこそ、生きていく上で誰もが認識しておくべき事柄だと私は考えているのです。
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こういう感覚をちゃんと持ってる人だって喋ってて実感できないと、関わるのが難しいなって思っちゃう
ホントに、こういう発想を一切持っていないように見えちゃう人って、いるよね
ただ同時に、現代ではそのことを認識するのがとても難しくもなっています。主にSNSのお陰で、同じような「へや」にいる人同士が関わりやすくなったからです。
今までは、「物理的な距離の制約」によって、近くにいる人と関わり合いを持つしかありませんでした。物理的に近くにいるというだけの人と、感覚や価値観がピッタリ合う可能性はとても低いと思います。だから誰もが、「凄く合うわけじゃない人」と人間関係を築いていたのだし、その過程で「見えているものは全然違うんだ」と実感できる機会もあったでしょう。
しかし今の時代は、物理的に近くにいる人との人間関係を諦めて、ネット上で人間関係を作ることも可能です。趣味趣向などで友人や恋人をマッチングするサービスは無数にあるでしょうし、オンラインゲームのように「趣味に費やす時間」と「趣味が合う人と出会う時間」が同時並行ということも珍しくありません。
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そしてそういう世の中にいると、「周りの人も自分と同じ感覚だ」と感じられることになり、「自分とは全然違う見方をしている」と実感できる機会はなかなかなくなってしまうはずです。
そういう時代だからこそ、この『ルーム』という映画には大きな価値があると感じます。普段の日常生活の中では感じにくくなった「私とあなたは見ているものが全然違う」という感覚を、非常に特異な設定の物語によって実感させてくれるからです。
自分が同じ状況に立たされたらどうなったんだろう、と考えてちゃうよね
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ジョイにとっての「部屋」とジャックにとっての「へや」
ここからは、具体的に映画の内容に言及していくことにしましょう。とにかく、まったく同じ5年間を過ごしたジョイとジャックが、まったく異なる世界に生きていることを鮮やかに示してくれるという点でとても印象的な映画でした。
ジョイにとっては当然ですが、この「部屋」はただの「制約」でしかありません。17歳で誘拐され、7年間も監禁されている彼女には、最低最悪な環境でしかないでしょう。ただもちろん、そう感じられるのは17年間過ごした「当たり前」の生活の記憶があるからで、それと比較して、この「部屋」の酷さが認識できるわけです。
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一方、ジャックにとってはこの「へや」こそが「当たり前」の生活になります。この「へや」以外の生活を知らないから比較のしようがないし、ママから「TVの世界は『TVの惑星』のもの」だと言われてそう信じてもいるわけです。さらにジョイとしては、誘拐犯を刺激しないように、ジャックが外に出たくなくなるような考えを吹き込むしかありません。だから、「ドアや壁の向こうは、何も存在しない宇宙空間で、そこはとても怖い場所だ」と教えていました。ジャックは母親の言うことを当然信じます。TV以外に外部の情報は入ってこないし、そのTVについては「自分たちが生きている世界とは関係ないもの」と説明されているのだから疑いようがないのです。
それがどんな生活でも、比較対象がなかったら、良いも悪いも感じられないよね
ある意味ではそれが一番幸せと言えるかもしれないけど
映画の冒頭から、ジョイとジャックの「世界」の捉え方の差異は描かれますが、やはり脱出してからの方がより顕著に描かれることになります。
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当たり前の感覚を持つ私たち観客は、基本的には母ジョイの視点に立って物語を追うことになるでしょう。7年もの地獄のような監禁生活に耐え、やっとの思いで脱出し、親子無事に新たな生活を始めることができるのは、シンプルに喜ばしいことです。
しかし、ジャックにとってはまったく状況は違います。彼は「何もない恐ろしい世界」だと信じ続けていた「壁の向こう」に出てきてしまったのです。今でも、「夜に口笛を吹くと蛇が出る」「霊柩車が通る時は親指を隠す」「黒猫が横切ると縁起が悪い」などの迷信がなんとなく生き残っているような気もしますが、それを特大に膨らませたぐらいの不吉さと言えばいいでしょうか。なかなか私たちの日常生活にあるもので喩えるのが難しいぐらいの衝撃だと言えるでしょう。
また、「TVはニセモノの世界だ」と教わっていたジャックには、「へや」から脱出した世界があまりにも「TVの世界」と同じに感じられ、だからこそ余計に混乱してしまいます。世界には自分たち2人しかいないと思っていたのに、なんだかたくさんの人間がいて話しかけてくるのです。また、「TVの世界」のものだと思っていた食べ物が目の前にあっても、なんだか怖くて食べられません。
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このように、「当たり前」の基準が「へや」での生活だったことによる様々な弊害がジャックを襲うことになります。
さらに、「ママとあまり一緒にいられない」というより実際的な問題も浮き彫りになるのです。「『へや』では、四六時中ずっとママと一緒だったのに、『へや』を抜け出した後は、必ずしもそうじゃない」という状況に置かれれば、「ずっとママが一緒にいてくれていた『へや』の方がいい」と感じてしまうのも仕方ない気がします。
これを、SFではなく、「実話を元にしている」というリアリティと共に描いている点もまた凄いと思う
あのベッドがいい。「へや」の。
「いつまでここにいるの?」
「ずっと住むのよ」
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脱出できた喜びに浸るジョイとは裏腹に、ジャックはどんどんと口数が少なくなってしまいます。私たちは普段、ここまで価値観の激変にさらされることはないはずなので、ジャックが感じている葛藤を到底すべて理解できはしないでしょう。しかし、ジャックの葛藤を客観視することで、私たちが普段どれほど様々なことに疑問を抱かず、「当たり前」という感覚で物事をスルーしているのかが実感できるだろうと思います。
幸せを取り戻したはずのジョイの葛藤
さて、ジャックの葛藤をすべて理解することは困難でしょうが、ジョイの気持ちは理解しやすいと言えるでしょう。誘拐、監禁、そして脱出と様々な困難を乗り越えたわけで、ジャックの状態に悩ましさはあるものの、それまでよりはずっと穏やかで明るい生活をしているのではないかとイメージできるはずです。
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しかし、この点についても実話がベースになっているのか、実際にはそう簡単にはいきません。
誘拐に限らないけど、「過去に辛い経験をした」って記憶は、やはり何らかの形で人を蝕むってことだよね
失った時間も取り戻せないし、変質した心も元には戻せないだろうし、本当に大変だろうなぁ
悪夢のような監禁部屋から脱出できたジョイは、しばらくはその解放感や喜びを感じていられますが、徐々に穏やかさを失っていきます。その明確な理由が描かれるわけではありませんが、恐らく、「どうして私がこんな目に遭わなければならないんだ」という当然の疑問・怒りが再燃していったのでしょう。
「部屋」に閉じ込められていた時は、「どうして私が……」などと考えても落ち込むだけで状況は何も変わりません。だから、ジャックと2人で、どうやって楽しく生き延びるかに思考を振り向け続けるようにしたということでしょう。しかし、身の安全が確保され、無理やり元気でいる必要がなくなったことで、改めて「どうして私が……」という思考に囚われてしまったのだと思います。
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だから彼女は、周囲の人間に当たるようになってしまうのです。
私がいなくても楽しくやってたくせに!
ママが人に優しくっていうから、あいつの犬を助けようとしたのよ!
最悪でしかない7年間という時間を、無かったことにはできません。だからせめて、「生きて帰れただけマシだった」ぐらいには思えるようになりたいはずです。でも、そう思おうにも、それを阻む思考が頭に浮かんできます。そして結局、八つ当たりのような振る舞いをしてしまうのです。
人間は、忘れようと考えれば考えるほど記憶が増強されてしまう生き物みたいだしね
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また、無駄だった7年間を一刻も早く取り戻したいという気持ちが、彼女を焦らせてしまうのです。
ジョイは、目の前にたくさん置かれているオモチャにまったく反応しないジャックに対して、
子供が喜ぶものよ。少しは触って。(レゴを持って)こうやってくっつけるのよ。やって。
と強要します。気持ちは分かるつもりです。普通の子どもとして育ってほしい、という親心からの行動でしょう。しかしそれはジャックには伝わりません。「へや」が懐かしいジャックには、目の前のオモチャは魅力的には映らないし、「へや」では優しかったママがよく分からない理由で怒っていることも恐ろしいだろうと思います。結局、ジョイの「普通はこうあるべき」という「思い込み」が、ジャックにとっての新たな「へや」になったというだけのことでしょう。そしてその新たな「へや」は、ジャックにとってはまったく心地よくないわけです。
「へや」が当たり前だったジャックだけではなく、ジョイの方もまたこんな風に葛藤に苛まれてしまいます。ジャックの葛藤は私たちに「『思い込み』から逃れることの難しさ」を伝えてくれますが、ジョイの葛藤は「現実のままならなさ」を教えてくれるという印象です。
非常に特異な設定を描きながら、非常に身近な感覚を抱かされる、実に見事な物語だと感じました。
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出演:ブリー・ラーソン, 出演:ジェイコブ・トレンブレイ, 出演:ジョアン・アレン, 出演:ウィリアム・H・メイシー, Writer:エマ・ドナヒュー, 監督:レニー・アブラハムソン
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最後に
私は、ジョイが脱出を企てそれに成功したことを、「100%の正解」と捉えたいと思っています。しかし結果として、ジャックは大いなる葛藤に放り込まれることとなり、かつての陽気さを失ってしまっていることもまた事実です。
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この問いに、力強く「YES」と答えられないことが辛く感じられます。ジャックも含めて全員が幸せになれる”正解”は、やはり存在しないのでしょうか?
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