目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:ヤヤ・マヘイニ, 出演:ディア・リアン, 出演:ケーン・デ・ボーウ, 出演:モニカ・ベルッチ, 出演:ヴィム・デルボア, Writer:カウテール・ベン・ハニア, 監督:カウテール・ベン・ハニア
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ポチップ
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「難民」としては国境を超えられないのに、「芸術作品」としてはビザの発給を受けられるという皮肉
- 「人間」か「商品」か、あるいは「自由」か「不自由か」という対比関係が鮮やかで印象的
- ラストの見事な展開によって、我々が生きる社会の「システム」全体に対する指摘もなされる
実話ではないが、実在のモデルが存在する物語で、あらゆる意味で驚かされる怪作
自己紹介記事
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メチャクチャ面白かった。正直なところ、「面白かった」と書くにはちょっと抵抗を感じる作品ではあるのだが、それでも「面白かった」と言うしかない作品だ。
アートが、これほど鮮烈に、これほど皮肉的に、これほどセンセーショナルに「社会問題」を風刺できるという点に驚かされたし、不謹慎だからこそ力を持つ映画だと言ってもいいだろう。
映画『皮膚を売った男』の内容紹介
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そんな現実を吹き飛ばしたいと考えたサムは、電車内で「彼女と結婚する!」と宣言、乗客たちと車内で大騒ぎする。しかしその時の発言が切り取られてネットにアップされ、サムは不当に逮捕されてしまった。どうにか警察署から逃げ出すことには成功したが、そのままシリアに留まることはできない。サムは姉の助けを借りて、レバノンへと逃れることに決める。
レバノンでどうにか働き口を見つけたサムは、食べ物にありつくため、呼ばれてもいないのに金持ちのパーティーに潜り込む日々を過ごしていた。そんなある日、パーティー会場で芸術家のジェフリーと出会う。彼は、サムがシリアからの難民だと知ると、酒でも飲もうと声を掛け、そして驚くべき提案をした。サムに「背中がほしい」と切り出したのだ。
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サムは彼の提案に心が揺れる。レバノンに逃れた後も、彼はアビールと国際電話を続けていたのだが、彼女が不本意ながら見合い相手である外交官と結婚を決めたことを知ってしまった。サムの立場や現状を考えると、アビールとの関係が好転する可能性も期待できない。そんなことを考えて、彼は最終的に、ジェフリーの提案を飲むことにしたのである。
ジェフリーのアイデアは、常軌を逸したものだった。サムの背中にタトゥーを彫るのだが、その図案が「シェンゲンビザ」だというのだ。これは、「シェンゲン協定」を結ぶ地域内での通過・短期滞在者に与えられるビザであり、地域内を自由に移動できる証である。そんな証を彼は、難民としてどこにも行くことが出来ないサムの背中に彫ろうというのだ。
ジェフリーの発想は社会を大きく刺激した。サムは「人間」としては難民であり、どこにも行くことができない。しかし彼は、「作品」としてなら国外に出られるのだ。サムは「芸術作品」として様々な美術展で展示され、多くの観客の視線にさらされることになるが……。
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映画が突きつける絶妙な「皮肉」
「人間の背中にタトゥーを彫り、芸術作品として展示する」というだけの話なら、「不謹慎」でしかないだろう。「人間そのものを展示している」のだから、議論が起こらないはずがない。まして展示されているのはシリア難民なのだ。映画でも、「シリア難民を搾取している」という批判が描かれるが、確かにそういう見方が出てくるのは仕方がないだろう。
しかし、この映画の設定がただ「不謹慎」なだけになっていないのは、ジェフリーが彫ったのが「シェンゲンビザ」であるという痛烈な「皮肉」にある。つまりサムは、「人間」としては「難民」という立場ゆえに国境をまたぐことができないが、「芸術作品」としてならどの国にも行き来が出来るというわけだ。この「矛盾」を、「難民の背中にシェンゲンビザのタトゥーを彫る」という非常に鮮やかな手法によって示すこの映画の設定は見事だと思う。
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ジェフリーはこの「アート」の真意について、こんな風に説明している。
シリア人、パレスチナ人などは、外交上好ましくない存在として扱われる。
一方で、我々が生きる世界では、人間の行き来よりも商品の行き来の方が遥かに自由だ。
物語の中での話に過ぎないが、サムは「難民」としてはビザの発給が認められないが、「芸術作品」としてはビザが取得出来るのだ。私たちが生きる世界でも、同じ決断がなされる可能性が高いのではないかと思う。これが皮肉でなくてなんだろうか。
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私は別に、「すべてのアートは社会問題を提起すべき」などと考えているわけではない。しかしアートには間違いなくそのような側面もある。そして、映画『皮膚を売った男』は、まさにその性質をこれ以上ないというレベルで突き詰めた、非常に挑戦的なリアリティを持つ作品だと思う。
映画を観ていて、なるほどと感じさせられたのは、「『サムというアート』を売る際の問題点」だ。映画でそう指摘されるまで私は思いつかなかったが、「サムを売買すること」は「人身売買」に当たると多くの国が判断する。確かにその通りだ。どれだけ「これはアートです」と主張したところで、実態は「人間」である。もしそんな理屈がまかり通ってしまうのであれば、「人身売買する予定の人間」に適当な絵を書いて「これはアートだ」と強弁すれば成立してしまうことになるだろう。さすがに、そんな世界が許容されていいはずがない。
シェンゲンビザが彫られたサムは、そのような点でも社会問題を提起する存在というわけだ。そして、そのような問題提起をもたらすからこそ、「サムというアート」には価値があるのだとも言える。しかしその価値は、「売ってお金に替える」という普通のやり方では計りにくい。そこに価値があることは間違いないのに、一般的な尺度でその価値を相対化することができない、という点も、非常に特徴的なのである。
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様々な社会問題を、「背中にシェンゲンビザのタトゥーを彫る」という行為1つで浮き彫りにする鮮やかさが何よりも見事な作品だった。
ラストの見事な展開と、そこで初めて「実話ではない」と気づいた話
私はそもそもこの映画を、「実話を基にした作品」だと勘違いしていた。映画の後半に入るまで、ずっとそう思いこんでいたのだ。しかしある時点から、「あぁ、そうか、実話ではないのか」と気付かされた。実話だとしたらあまりにあり得ない展開になるからだ。しかし、そのような展開だからこそ、この映画の「本当の主題」が浮き彫りになるとも言える。非常に見事なラストだったと思う。
この記事では、ラストの展開について具体的には触れないが、「『サムというアート』が抱える『解決不可能な問題』を、『もはやそれしかない』という見事なやり方で解消するような展開になる」とだけ書いておこう。そして、ラストのこの一連の流れの中で、「システム」という言葉が出てくる。まさに「サムというアート作品」は、世界の「システム」に対抗するためのアンチテーゼのような存在であり、「難民の背中にシェンゲンビザのタトゥーを彫った」という狭い捉え方に留まらない、より広い視点での指摘がなされるというわけだ。
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さて、この映画の内容そのものは実話ではないのだが、ジェフリーやサムのモデルとなった人物はいる。現代アーティストのヴィム・デルボアが、ティム・ステイナーという男性の背中にタトゥーを入れた「TIM」という作品が2006年に発表されているのだ。「TIM」はドイツのアートコレクターに15万ユーロ、2008年当時のレートで約1900万円で落札されたという。そんなヴィム・デルボアは、『皮膚を売った男』にちょい役で出演してもいる。
物語そのものは実話ではないものの、映画の設定は現実をかなりリアルに踏襲しているのだ。この事実だけでも、相当に驚きではないだろうか。
「人間」か「商品」か、あるいは「自由」か「不自由」か
この映画では、様々な要素が対比的に描かれていく。先述した通り、「人間」なのか「芸術作品(商品)」なのかというのもその1つだ。
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「そんなのは非日常的な問だ」と感じるかもしれないが、そんなことはない。特に現代では、YouTuberやライブ配信者、コスプレイヤーなど、芸能人ではない一般の人の間でも「自分自身の存在を商品化して収益を得る」という生き方が当たり前になっている。まさにそのような社会では、「人間なのか商品なのか」という問いが成立すると言っていいだろう。
だから、この映画で描かれるサムも、サムを鑑賞する人たちも、決して他人事ではいられない。
映画を観ると、美術館に大挙する「サムを観るためにやってきた観客」が、とても「醜悪」に感じられるのではないかと思う。いくら「アート」だと説明されようとも、目の前にいるのは「人間」なのだ。それをこぞって見に押しかける人々に対して嫌悪感を抱く人もいると思う。またそもそも、背中にタトゥーを彫ることを許可したサムに対しても、違和感を覚えてしまうかもしれない。
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しかし、形こそ違えど、私たちもサムや観客のような振る舞いをしながらこの世界を生きている。サムや観客に対して嫌悪感を抱くとすれば、それは私たち自身にも向けられなければならないはずだ。ここには、「牛や豚は食べてもいいが、犬は許せない」みたいな「ダブルスタンダード」が存在するように感じられる。私たち自身も、サムや観客と同じように「醜悪」というわけだ。
また、「自由」と「不自由」の対比も印象的だった。
映画の冒頭では、不当逮捕から難民になってしまったサムの「不自由さ」が描かれていく。何をするにしても、彼には自由な選択が存在しない。そのような「不自由さ」からなんとか逃れたいという気持ちを強く抱いた結果、彼は「背中を差し出す」という決断に至るのである。
その決断は、彼に「自由」をもたらした。「難民」としてはどこにも行けなかった彼が、「芸術作品」としてはどこへでも行くことができるのだ。そのために、「背中を手放す」という「不自由」を享受することになってしまったわけだが、当初彼は、得られた「自由」に比べたらそんなことは大した問題ではないと考える。
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しかしそう簡単な話ではない。サムは次第に、「芸術作品」としての「不自由」を身をもって実感していく。まず、「展示物としてじっとしている」ことが求められるという「不自由」がある。また、望んでもいない形で注目を浴びてしまう「不自由」や、その選択を家族に受け入れてもらえないという「不自由」もあった。サムが辿る「自由」と「不自由」はどちらにせよ非常に極端なもので、結局彼はなかなか落ち着くことができない。
そういう中にあってサムは、最終的にある決断に至る。その決断は、客観的に見れば「不自由」に受け取られるだろう。しかしサムは、「ここで満足だ」と断言する。彼はようやく、彼にとって真の意味での「自由」を手に入れたのだ。まさにこの物語は、「自由こそが不自由であり、不自由こそが自由である」という矛盾を示す作品でもあると感じた。
このようにかなり示唆的に対比関係が描かれることで、問題の本質が何なのかが炙り出される。その展開も、非常に鮮やかだと感じさせられた。
サムとアビールの関係もとても興味深く描かれる
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この映画は、「サムがアート作品になる」という非常に普通ではない話が物語の核となるわけだが、それ以外の部分も非常に面白く描かれる。その中でもやはり、サムとアビールの関係が印象的だ。
アビールもまた、「不自由」を象徴するような存在として描かれていく。シリアを含む中東では、まだ女性の権利が低いままの国も多くあるのだろう。イスラム教の影響が強いことも関係していると思うが、とにかくアビールは、望んだ相手との結婚が許されず、「生きていくため」に仕方なく親が決めた相手と結婚し、その結婚生活も幸せとは言えない状況にある。
サムにしても、身分の違いはどうにか乗り越えてアビールと結婚できるはずだ、と考えていたが、自身の不注意ですべてをおじゃんにしてしまう。
そんな風に否応なしにすれ違う2人だが、その後も彼らはずっとすれ違っていくことになる。サムとアビールの関係性は、物語を盛り上げるという役割を持つ非常に「フィクショナル」なものではあるが、一方で、「展示物」であり「感情を持つ人間」でもあるというサムの複雑さを際立たせる、非常に重要な要素だとも感じた。
そして映画では、サムとアビールの関係が思いも寄らない展開を迎えることとなる。この点についてもこの記事では触れないが、最後の最後まで非常に上手くまとまった、見事な構成の作品だと感じた。
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「難民の背中にシェンゲンビザのタトゥーを彫る」というワンアイデアを軸に物語全体を見事に構成し、痛烈に社会問題を皮肉りながら観客を惹き込むストーリー展開にもなっているという点が非常にレベルが高いと思う。実話でこそないが、実在のモデルが存在するという点にも驚かされるし、とにかく見事な作品だった。
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