目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:ポール・ウォルター・ハウザー, 出演:サム・ロックウェル, 出演:キャシー・ベイツ, 出演:オリビア・ワイルド, 出演:ジョン・ハム, Writer:ビリー・レイ, 監督:クリント・イーストウッド, クリエイター:クリント・イーストウッド
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ポチップ
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「誰かを非難すること」があまりに容易な時代に生きるということ
- 「再発防止」を目的としない報道は、すべて「正義」ではないと思う
- リチャード・ジュエルと同じ立場に立たされた時、あなたならどう振る舞うか?
「リチャード・ジュエル」という、なかなかの特異性を持つ個人の描かれ方も興味深い作品
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どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください
記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
報道であれSNSであれ、「他人への批判」が「正義」であるためには何が必要だろうか?映画『リチャード・ジュエル』が突きつける難しい問い
「誰かを非難すること」があまりにも容易な時代
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人間はこれまでも、批判や非難によって個人や組織を傷つけてきた。だから、「人間の性質が変化した」みたいな話ではない。
激変したのは、個人が使えるツールの方だ。私たちは、インターネットやSNSを使うことで、名もなき個人のまま、「誰かを批判・非難する」という強大な力を手に入れてしまった。
誹謗中傷により自殺してしまうという痛ましい事件は度々起こる。なんとも嫌な時代だ。「有名税」などという理由で我慢を強いられてきた有名人も、徐々に法的手段に訴えるようになってきている。良いことだ。
SNSがなかったとしても、学校や家庭、会社などで「言葉の暴力」が行われることはあるし、それについては別途対策を取らなければならない。しかし一方で、SNSがなければ表立って悪口を言うようなことはしない、という人もたくさんいるはずだ。
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例えばだが、野球を見ながら「なんでそんな球に手を出すんだよ」とか「今のが打てなくてどうする」みたいなことを言っているオジサンの姿は容易に思い浮かべることができるだろう。今までなら、テレビに向かって、あるいは球場で野次るだけで終わっていた。
しかし今は同じことが、球団や監督、選手のSNSに対して直接行えてしまう。この環境の変化はとても大きいと思う。
「それが出来てしまう環境」さえなければそんなこと絶対にしないのに、「それが出来てしまう環境」があるからやってしまう、という行動は誰にでもあると思う。クレジットカードが無ければ買えないのに、リボ払い出来てしまうから買ってしまう、みたいなことだ。
環境のせいにして諦めてしまおうなんて話ではない。私たちは、「意識して避けようとしなければ、ついうっかり『言葉の暴力』を行使してしまう世界で生きているのだ」と改めて理解しておかなければならない、そうでなければ過ちを犯してしまう、と言いたいのだ。
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「公然と誰かを批判すること」に正義はあるのか?
何故SNSの話をしたのか。それは、「現代では、誰もが『メディア』になれる」と改めて認識してもらうためだ。
この映画は、「罪のない個人をメディアが犯人扱いして追い詰めた」という、アメリカで実際に起こった出来事を元にしている。この映画ほどの規模ではないかもしれないが、日本でも、メディアが誤った報道をしてしまったケースは多々あるはずだ。
この映画のモデルとなった出来事は、20年ほど前に起こったものである。日本でも、そして恐らく世界でも、「報道被害」という言葉がまだまともに存在せず、加害者であれ被害者であれ、人権を無視したような報道合戦が繰り広げられていた時代のことだと思う。
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時代の移り変わりと共に、メディアでは全体的には以前ほど強引な取材をしなくなったはずだ。ならこの映画のようなことが起こらないかと言えばそんなことはない。むしろ、SNSが大手メディアの代わりとなって「報道被害」を生み出している、と私は思っている。
だからこそ、この映画で示唆されることは、現代を生きる私たちにとっても決して他人事ではない。
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さてそもそもの話だが、それが大手メディアであれ個人のSNSであれ、「公然と他人を批判すること」に正義があるとは私にはどうしても思えない。
この話に関係するので、まずは「再発防止」の話をしよう。
私は以前、ある事件記者と話をさせていただいたことがある。その事件記者は、「痛ましい事件を報道する価値はたった1つ、再発防止しかない」と言っていた。
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私も同感だ。辛い現実に立ち往生している加害者・被害者、あるいはその家族の中に無遠慮に入っていって、無神経に話を聞き出すことが「正義」であるためには、それが「再発防止」を目的としていなければとても許容はできない。
では、メディアでもSNSでも、「再発防止」を目的としている「他人の批判」は、どの程度あるだろうか? もちろん、「どんな目的で批判しているのか」は、最終的には本人にしか分からない。外野は勝手に推測することしかできないが、私の主観では、「再発防止のために行われている報道」などほとんど存在しない。そういう強い意思を持って活動している人も中にはいるだろうが、大手メディアや有名SNSアカウントになればなるほど、広告やリツイート数などのために「野次馬根性」や「憂さ晴らし」などがメインになってしまうだろう。
恐らく中にはこんな風に主張する人もいるだろう。例えば不倫や薬物の使用の場合、世間が大騒ぎすればするほど、他の人たちが「こんなに批判されるなら自分はやらないでおこう」と感じて抑止力として働くはずだし、それは「再発防止」として機能していると言えるのではないか、と。
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しかし私は、そんな主張に納得はできない。あくまでもそれは「結果論」でしかないからだ。「憂さ晴らし」で批判している人の言い訳にしか聞こえない。しかも、殺人や傷害を犯したわけでもないのに過剰に批判されすぎる、とも感じてしまう。仮にそれが社会全体の抑止力として働くのだとしても、そのために個人にのしかかる被害が大きすぎると思うのだ。
また映画の中では、
ジュエルの二の舞はごめんだ。逃げよう
というセリフが出てくる。この状況について詳しく触れはしないが、これは「ジュエルのように酷い報道をされたらたまらないから、正義の実現を諦めよう」という内容のセリフなのだ。このように、報道の仕方によっては、「再発防止」とは真逆の効果しか生まないこともあり得るのである。
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残念なことではあるが、「自分の憂さ晴らしのために誰かをこき下ろしている」と自覚している人はまだマシだと私は思う。より酷いのは、「自分は『正義の実現』のために他人を批判しているのだ」と考えている人だ。
ここまで書いてきた通り、私は、「公然と他人を批判する」ことが「正義」たり得る唯一の可能性は、それが「再発防止」を目的としていることだ、と思っている。
自分の行為が、本当に「再発防止」に繋がるのか、振り返って考えてみるべきだろう。
映画『リチャード・ジュエル』の内容紹介
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リチャード・ジュエルは、これまで様々な仕事を渡り歩いてきた。中小企業庁で備品係をしたり、大学で警備員をしたりと様々だ。
正義感は人並み以上にあるのだが、その正義感がどうも空回りしてしまうことが多く、仕事ぶりが評価されることは残念ながら少ない。常に刑法について学び、法執行官として正義に従事したいと考えているが、どうしてもトラブルもつきもので、なかなか望んだような人生を歩めないでいる。
舞台は1996年、アトランタオリンピックを目前に控えた頃。記念公園で、有名アーティストたちがライブを行うことになった。その音響タワーの警備員として働くことになったリチャードは、ある夜不審なバッグを発見する。やってきた警察官は、どうせ爆弾のはずがないと高を括るが、生真面目なリチャードはあくまでも手続きに則って処理しようと周囲を説き伏せる。
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そしてやはり、それは爆弾だった。
処理班が到着する前に爆発してしまうのだが、リチャードが早く発見したお陰で被害は最小限に留めることができた。この一件でリチャードは、一躍時の人となる。メディアの取材が殺到、街では写真を撮ろうとせがまれ、ニューヨークからも出版社の人間が飛んでくる始末。リチャードは出版契約の相談をするために、かつて中小企業庁で働いていた時に優しくしてくれたワトソン・ブライアントと連絡を取り、弁護士としてその契約の手助けをしてもらえるように取り計らった。
しかし栄光は長く続かない。地元紙のアトランタ・ジャーナルが、「FBIがリチャードを容疑者と目している」と報じたのだ。これを受けてメディアがリチャード家に殺到、FBIも非公式に彼の取り調べを行う。逮捕に値するような証拠など一切存在しなかったが、FBIはリチャードを騙して書類にサインさせようとさえする。怪しんだリチャードはワトソンと連絡を取り、相談に乗ってもらった。
そこからリチャードとワトソンの闘いが始まる。逮捕されておらず、そもそも容疑者ですらないが、犯罪者のような扱いで全米中にその名が報じられてしまっているリチャードの、かつての穏やかな生活を取り戻す闘いが。
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映画『リチャード・ジュエル』の感想
ごく一般的に考えて、逮捕されておらず、容疑者でもない人物の名前が、新聞やテレビで報じられるなどあり得ないだろう。警察やFBIが「◯◯という人物を重要参考人と考えている」と発表しているならともかく、この映画で描かれる事件においてそんな事実は一切存在しないのだ。現代の週刊誌だって、仮名で報じはするかもしれないが、さすがに実名までは載せないだろう。
リチャード・ジュエルには、そんなあり得ない出来事が起こったのだ。
この映画の描写がどこまで真実か分からないが、映画を信じるなら、そんな事態に陥った要因はいくつかある。オリンピックという国を挙げての一大イベントをターゲットにした爆弾事件だったこと、オリンピック開催都市の地元紙がこの事件の取材に大いに張り切ったこと、そしてその地元紙の記者が功名心に駆られていたことなどだ。当時のアメリカの報道の事情など知りはしないが、恐らく当時のアメリカでも、様々な事情が重ならなければ起こり得ない異例の状況だったに違いない。
映画はまず、普通には起こり得ないだろう「報道ミス」が個人をどれだけ追い詰め、社会から排除されてしまうのかという点に焦点を当てる。このような描写から、「公然と誰かを批判すること」がどんな影響を及ぼしうるのかについても想像すべきだろう。
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一方でこの映画は、「リチャード・ジュエル」という”特異な人物”を描く物語でもある。
リチャードは、「正しいことのためなら、自分が犠牲になっても構わない」というスタンスを貫き続ける人物である。これが彼の「正義観」だ。このスタンスが上手く働く場面では、リチャードは非常に立派な存在になれる。例えば、爆弾かもしれないバッグを見つけた時に、爆弾のわけがないと考える警察官を制して、彼は正しい手続きに則った行動を取ることができた。これは、「もし爆弾じゃなかったとしたら自分が変な人に見られるのは分かっているが、それでも、爆弾だった場合の被害を無くす方が大事だ」という明確なスタンスから生まれている。
このようなリチャードの振る舞いは称賛に値するものだと思うし、彼の「正義観」が良い方向に働く場合には大きなプラスを生み出すことは間違いない。
しかし残念ながら、そうではないこともある。
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例えばリチャードは、FBIの捜査に対して全面的に協力した。ワトソンは彼に、逮捕されているわけではないし、容疑者ですらないのだから、嫌なら断ったって何の問題もない、とアドバイスをする。しかしリチャードはそれを良しとしない。FBIにとっては自分を捜査するのが「正しい行為」なのだし、そうであるならば自分の犠牲など問題ではない、と考えてしまうのだ。
そのようなリチャードの振る舞いは、彼自身の立場を危うくしかねない。私も映画を観ながら、「なんでそこでそんな行動しちゃうんだろう」と苦々しく感じる場面が多々あった。ワトソンも、言っても聞かないリチャードにイライラしてしまうほどだ。
ワトソンはそんなリチャードに対して、「どうして俺のように怒らないんだ?」と聞くのだが、それに対して彼は、そんな風にしか振る舞えないんだからしょうがない、というような返答をする。なるほど、確かにそれはその通りだろう。リチャードとしてはそれが自然な行為であり、自分なりの「正しい振る舞い」なのだ。
「権力やメディアに振り回される個人」という普遍性を扱いつつ、「リチャード・ジュエルという個人」の特異性をも描くという構成で、その融合が、物語全体をさらに混沌とさせながら、人間ドラマとしての魅力にもなっていると感じさせられた。
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リチャード・ジュエルのような経験をした場合、彼のように振る舞える人はほとんどいないだろう。普通は、言いしれぬ怒りや、理不尽に対する悲しみなどがもっと強く出てしまうはずだ。彼のように振る舞う必要はないのだが、1つの理想でもあるように感じた。
「公然と他人を批判する行為」は、個人をかなり辛い状況に押しやる。だからこそ、それが「正義である」と堂々と言えるように、つまり、「これは再発防止のために仕方ないことなのだ」と主張できるように、自分の言動をきちんと見直してみるべきだろうと思う。
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「オウム真理教は特別だ、という理由で作られた”例外”が、いつの間にか社会の”前提”になっている」これが、森達也『A3』の主張の要点だ。異常な状態で続けられた麻原彰晃の裁判を傍聴したことをきっかけに、社会の”異様な”変質の正体を理解する。
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