目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:フランキー・フェイソン, 出演:エンリコ・ナターレ, 出演:アニカ・ノニ・ローズ, クリエイター:モーガン・フリーマン, 監督:デビッド・ミデル, Writer:デビッド・ミデル
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この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- あらゆる場面で「信じがたい」という感想に襲われる、常軌を逸した事件
- 当時のやり取りを記録した音声データが残っていたからこその圧倒的リアリティ
- 「結局誰も罪に問われなかった」という結末には寒気がするし、アメリカの凄まじい闇が見て取れる
しかし我々も、「アメリカにおける黒人差別」のような状況を放置してはいないかと、自国を批判的に捉えるべきだとも感じた
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こんな横暴がまかり通っていいのか?映画『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』が描き出す、白人警官による黒人射殺事件の衝撃
とにかく凄まじい物語だった。私は「実話を基にした映画」をよく観るし、その中には「実際の殺人事件をモデルにしたもの」もあるのだが、そのような作品の中でも本作はちょっと別格と言っていいかもしれない。私は以前、『デトロイト』という、本作と同じく「白人警官が何の罪もない黒人を殺害した実話」を基にした映画を観たことがあるのだが、それに匹敵するぐらいの理不尽さに感じられた。
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アメリカという国は本当に、凄まじく狂気的なのだなと思う。
映画『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』の内容紹介
それではまず、内容の紹介をすることにしよう。
本作で扱われる事件は、2011年11月19日の早朝5時22分に始まった。被害者は、黒人のケネス・チェンバレン。70歳で心臓の持病を抱えている。そんな彼の元にライフガード社から電話が掛かってきたことで物語は動き出していく。
ライフガード社は恐らく、日本のセコムのような存在なのだろう。契約者に何かあったら自動的に通報が行くようになっているらしく、安否確認のために電話が掛かってきたというわけだ。実はケネスは、寝ている間に無意識の内に首に掛けていたネックレスを外してしまっていた。恐らくだが、「ネックレスを外す」ことでの通報装置が作動する仕組みなのではないかと思う。
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さて、ライフガード社は「緊急通報を受けた」ので、通常の手続きに則ってケネスに電話を掛けたのだが、彼はまだ寝ていたため電話に出ない。そこでライフガード社は、ケネスが住む地域の警察に安否確認の依頼を行った。恐らく、これも決められた手順なのだろう。
安否確認の依頼は、消防や救急などその時々で様々な部署に回されるらしいが、この時はホワイトプレーンズ署に連絡が行った。このようにして、通報を受けてから数分後に3人の警察官がケネス宅に到着したのである。
ライフガード社とどのような契約になっているのかは不明だが、連絡を受けた側(今回はホワイトプレーンズ署)は何が何でも安否を確認しなければならないようだ。実際には誤作動だった(緊急事態は起こっていなかった)のだが、そのことをはっきりと確認しなければならないのである。そこで警察官はケネスに、「ドアを開けてくれれば5分で終わる」と、ただ中を確認したいだけだと伝えた。しかし、ケネスは頑としてドアを開けようとしない。それどころか、ドアの前にいる警察官に「また靴を盗もうとしているのか?」とよく分からないことを口にするほどだ。
実はケネスには精神病院への入院歴があり、「妄想化傾向を持つ双極性障害」と診断されていた。だからケネスにとっては、「少し前に何者かが家に入り靴を盗んだ」というのが”事実”であり、同じことがまた起こるのではないかと危惧しているのだ。さらに、執拗にドアを叩き続ける警察官に対して、「自分を殺そうとしているんだ」という考えを抱いたりもする。
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少し脱線するが、本作の冒頭には、ある人物の次のような言葉が引用されていた。
警察官を見て安心感を抱く者もいれば、恐怖を感じる者もいる
この言葉は本作において非常に重要と言えるだろう。
日本の場合、確かに一部の警察官が悪事を働き問題になることはあるが、それでも、一般的に市民は「警察官は信頼できる存在」だと考えているように思う。しかしアメリカではそうではない。私たちが改めてそのことを突きつけられたのが、2020年5月25日に起こった事件である。白人警官が黒人の首を押さえ付けて窒息死させた事件で、これがきっかけでアメリカではBLM運動が始まった。先程紹介した映画『デトロイト』もそうだったが、とにかくアメリカでは「白人警官が黒人を劣悪に扱う状況」が多いのである。
本作でも、どこまで事実を忠実に描いているか分からないものの、ケネス宅に駆けつけた3人の警察官の内の1人が明らかに「ヤバい奴」だった。さらにラストで「駆けつけた警察官のうちの何人かは、元々住民から苦情の申し立てがあった者だ」という字幕も表示されたのである。アメリカでは州にもよるが、黒人差別は今も苛烈であり、だからこそ、黒人であるケネスが白人警官を信頼できなかったのは仕方ないとも言えるのだ。
一方警察官たちは、頑なにドアを開けないケネスに対して、「何か隠したいことでもあるんじゃないか」と考える。
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警察官の1人は、中学の教師から最近転職してきた新人だった。そしてその新人に対して警部補が、「土地柄をよく理解しろ」「どの部屋も犯罪の温床だぞ」「この匂いで分かるだろ」と口にする。つまり、「(黒人による)犯罪が常態化している地域」だと示唆しているわけだ。そのため彼らは、「ドアを開けないのは、何かやましいことがあるからだ」という疑いを強めていくのである。
それとは別に、このような事情もあった。新人は先輩2人に「もう帰りましょう」と促すのだが、それに対して、「もしケネスの顔を見ずに帰って、その後ここで何か起こったら俺たちの責任になるんだぞ」と怒号するのである。確かにそれはその通りだし、本当にそれだけの目的であれば真っ当だと言えるだろう。しかし実際には、彼らは次第に、「犯罪に加担しているかもしれない怪しい人物をチェックする」という目的でケネス宅のドアを開けさせようとしていたのだ。
そのため、どんどん収拾がつかない状態に陥ってしまう。彼らはある時点で、ライフガード社から「安否確認依頼を取り消した」と告げられるのだが、それも無視。また、近くに住む姪が「私が叔父と話します」と申し出てもまったく聞く耳を持たないのだ。彼らは何を言われようが、「あとは警察に任せて下さい」の一点張りで集まってきた人を遠ざける。そして最終的に、とんでもない強硬手段に打って出るのだ……。
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「リアルタイムの進行」かつ「録音データが存在する」というリアリティ
内容紹介を読んで驚く人も多いのではないかと思う。発端は、単なる「安否確認の依頼」である。しかも途中で、その依頼元であるライフガード社から正式に「安否確認の取り消し」が伝えられているのだ。にも拘らずこの事件は、ケネスの死という形で最悪の終わり方を迎えてしまったのである。映画とはいえ、その一部始終を観ていたはずの私にも、何がどうしてそうなったのか全然理解できないくらい、本当に常軌を逸した出来事に感じられた。
そして本作は、そんな信じがたい展開を、ほぼリアルタイムで描き出す物語である。
ライフガード社からケネスへの電話連絡が5時22分、その後、警察官が到着したのが5時30分。そしてケネスは、7時までには殺害されてしまったという。つまり、最初の通報から約90分といったところだ。一方、本作『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』の上映時間は83分。回想シーンは存在しない。つまり、5時22分から始まる状況を、「ケネスがいる部屋の中」と「ケネス宅のドアの前」で起こる出来事のみによってほぼリアルタイムに描き出していくというわけだ。この事実を知った上で観ると一層、本作の臨場感が増すのではないかと思う。まさに「その場でこの状況を見ていた」かのような感覚になれる作品というわけだ。
「とにかく圧倒された」としか言いようがない物語だった。もちろん「実話を基にしている」という作品の性質や、「ほぼリアルタイムで進行していく」というスタイルもそれらを補強するが、やはり何よりも「役者の演技」が凄まじかったと思う。時間経過と共に少しずつ緊迫していく状況を、ドア1枚隔てた双方の役者が実にリアルに描き出していくのである。特にケネス・チェンバレンを演じたフランキー・フェイソンの演技は圧巻だった。
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さて、本作が持つ凄まじい臨場感には、もう1つ不可欠な要素がある。それは、「当時のやり取りの録音データが存在する」という点だ。
ケネスは、警察官がドアをガンガン叩いている中て、ずっとライフガード社の人と連絡を取り続けていた。恐らくライフガード社から貸与されているのだろう「通信端末」を使って、状況を伝え続けていたのだ。ライフガード社が「安否確認依頼の取り消し」の連絡を行ったのも、ケネスと直接やり取り出来ていたからである。
そして、このようなサービスを提供する会社であれば当然、利用者との通話は録音して保存しているだろう。そのため、ケネスが喋ったことだけでなく、ドアを叩いたり大声を上げたりする警察官側の音も録音されていたというわけだ。映画のラストでは、実際の音声の一部が流れもした。恐らくだが、警察官の到着後にケネスがライフガード社と連絡を取り始めてからはずっと、通話は繋がっていたはずだ。
そしてだからこそ、ケネスが度々口にする「意味不明な言動」も、「実際にそのような発言をした」と受け取ることが可能なのである。「双極性障害」を患うケネスの発言を想像で生み出したのではなく、実際にケネスが言ったことがセリフになっているのだと思う。
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例えば、ケネスは途中で「通信端末」に向かって「オバマ大統領、助けて下さい!」みたいに叫ぶ。そこまでの流れの中で、「オバマ大統領」が何か話に絡んできたことはない。唐突に出てきたのであり、フィクションだとしたらまず成立しないセリフだろう。しかし本作の場合は、「ケネスがそう口にしたという記録が残っている」はずなので、「本人がそう言ったんだったらしょうがない」という形で受け取ることが可能なのだ。そしてそのようなセリフが含まれることで一層、状況の「異様さ」が際立つとも言えるだろう。
さてケネスは、警察官とやり取りし、ライフガード社に状況を伝える一方で、頻繁に掛かってくる親族からの電話にも対応する。親族は事態の深刻さを理解し「すぐに向かうよ」と口にするのだが、ケネスは「絶対に来るな!」と返していた。この点もまた印象的だったなと思う。
ケネスはとにかく最悪な状況にいたし、本人もそのことを理解していただろう。もちろん、助けがほしい気持ちもあったはずだ。しかしその一方で、「イカれた白人警官がドアを蹴破ろうとしている」という状況の「危険性」も正しく理解できていた。そのため、親族を危険な目に遭わせまいと、心配して電話を掛けてくる全員に「ここは危険だから来るな!」と告げるのである。これはまさに「ケネスの優しさ」の表れと言っていいだろうし、だからこそ、余計に切なくも感じられた。
本当に、絶望感さえ抱かせる最低最悪な状況だなと思う。
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最後に
映画の最後で、「この事件に関して、起訴された者も有罪になった者もいない」と字幕で表記された。「法治国家として、そんなことが許されるんだろうか?」と思わされるだろう。アメリカという国家の「異常さ」をまざまざと見せつけられる作品だった。
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ただ、「人の振り見て我が振り直せ」とはよく言ったもので、日本だって外国から「ヤバい」と見られていることは多々あるはずだ。一番分かりやすい例としては「ジャニー喜多川による性加害問題」だろう。他国の批判をする前に、自国にもきちんと批判的な目を向けなければフェアではないと思う。
しかしそれはそれとして、本作で扱われている事件はちょっと壮絶過ぎると感じたし、それをリアルに再現した本作にも圧倒されてしまった。こんな事件が起こらない世の中を願うばかりである。
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こんな映画、二度と存在し得ないのではないかと感じるほど衝撃を受けた『娘は戦場で生まれた』。母であり革命家でもあるジャーナリストは、爆撃の続くシリアの街を記録し続け、同じ街で娘を産み育てた。「知らなかった」で済ませていい現実じゃない。
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日本は、死を覚悟して福島第一原発に残った「Fukushima50」に救われた。東京を含めた東日本が壊滅してもおかしくなかった大災害において、現場の人間が何を考えどう行動したのかを、『死の淵を見た男』をベースに書く。全日本人必読の書
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自由に選択し、自由に行動し、自由に生きているつもりでも、現代社会においては既に「自由意志」は失われてしまっている。しかし、そんな世の中を生きることは果たして不幸だろうか?異色警察小説『巡査長 真行寺弘道』をベースに「不幸になる自由」について語る
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三権分立の一翼を担う裁判所のことを、私たちはよく知らない。元エリート裁判官・瀬木比呂志と事件記者・清水潔の対談本『裁判所の正体』をベースに、「裁判所による統制」と「権力との癒着」について書く。「中世レベル」とさえ言われる日本の司法制度の現実は、「裁判になんか関わることない」という人も無視できないはずだ
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