目次
はじめに
著:水城せとな
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ポチップ
出演:大倉忠義, 出演:成田凌, 出演:吉田志織, 出演:さとうほなみ, 出演:咲妃みゆ, 出演:小原徳子, 監督:行定勲, Writer:堀泉杏
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この記事で伝えたいこと
「窮鼠はチーズの夢を見る」は、BLでしか描けない関係性を切り取った超名作
「女性が登場するBL」という意味でも、その難しい設定を成立させている手腕が見事
この記事の3つの要点
- 主体性がなく、誰かから愛されることだけを強く求める大伴恭一
- 学生時代から好きだった先輩と一緒にいられながらも苦しさに耐え続ける今ヶ瀬渉
- 今ヶ瀬渉が全力でぶつかることで、大伴恭一というクズを再生させる物語
大伴恭一が最後にどんな決断を下すのか、ハラハラドキドキさせられます!
この記事で取り上げる映画
出演:大倉忠義, 出演:成田凌, 出演:吉田志織, 出演:さとうほなみ, 出演:咲妃みゆ, 出演:小原徳子, 監督:行定勲, Writer:堀泉杏
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自己紹介記事
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私は異性愛者で、「腐男子」としてBLを楽しんでいるわけではありません。だからこの記事は、一般的なBLの捉え方とはまた違ったものとなるでしょう。その点はご容赦ください。
人生の要所要所で、私の周りには、いわゆる「腐女子」と呼ばれる、BL的なものを好む女性がいました。私は、本でもマンガでも映画でも、できるだけ先入観を持たずに幅広く色んな作品に触れたいと考えているので、BLもいつかチャレンジしたいと思っています。ただやはり、知識がないまま足を踏み入れても上手く行かないだろうとも思っており、周りにいる腐女子の方々にオススメの作品を聞いて、これまでに10タイトルほど、BLの小説やマンガを読んできました。
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その中でもやはり、この「窮鼠はチーズの夢を見る」は別格中の別格、並ぶものなどないと断言できるほど、衝撃的に素晴らしい作品です。原作も読んで感動し、その後映画も見に行きました。原作を読んでいなかったら、映画を観には行かなかったでしょう。やはりどうしても、原作の素晴らしさには勝てないと思いましたが、大倉忠義と成田凌は、実に見事にこの世界を映像に落とし込んでいる、とも感じました。
そんな人間が、「窮鼠はチーズの夢を見る」という作品をどう読み、どう観たのかを、この記事では書いていきます。
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私も、そうたくさんBL作品を読んでいるわけではありませんが、周りの腐女子に教えてもらったり、先程名前だけ出した「ボクたちのBL論」という本で知識を得たりと、普通の男よりはBL作品に関する知識はあると思います。
著:サンキュータツオ, 著:春日太一
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BLという作品には、複合的な様々な楽しみ方の要素があるので、単純化して説明してしまうと、腐女子の方から「違うよ!」と言われてしまうかもしれませんが、ここでは簡略的にざくっと説明します。
まず、これは私の勝手な分類ですが、BL作品は「エロを全力で楽しむ作品」と「そうではない作品」に大きく分けられると思っています。「窮鼠はチーズの夢を見る」は後者の「そうではない作品」です。
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私は周りの腐女子に、「エロを全力で楽しむ作品」は避けてほしいとお願いしてたので、そちらのタイプの作品はほとんど読んでいません。あくまでもイメージですが、こういうタイプの作品は、最初から2人の男が同性愛者であり、体の関係にもつれこむステップを限りなく簡略化し、エロ的な部分を濃密に描く、という感じではないかと思います。
「BL」と聞くと、どうしても「エロ」ってイメージになりがちだけど違うんだね
周りの腐女子に聞くと、エロ成分がどの程度含まれていればいいかという好みは、人それぞれ違うみたいよ
「そうではない作品」にも色んなタイプがあるでしょうが、その中で私が好きなのは、「一方が同性愛者、もう一方が異性愛者であり、同性愛者が異性愛者に恋をしているのだけれど、なかなかそのことを伝えられない」というタイプの作品です(これを以下では「私が好きな作品」と書きます)。大体私は、こういうBLばかり読んでいます。
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「私が好きな作品」では、同性愛者は友達の振りをして恋する異性愛者に近づきます。もちろん相手は男友達だと思っているので、違和感なく友達としての関係はスタートしますが、そこからどうやって恋人に進展させるかで悩む、という形で話が進みます。
同性愛者は「今のまま友達でいたいわけじゃなくて、恋人になりたい」と考えているわけですが、しかし「恋人になりたいという意思を示したらひかれてしまって、友達としての関係も終わってしまうかもしれない」という恐怖と戦いながら日々過ごすことになるわけです。
この辺りの人間模様を繊細に描いていく、というのが「私の好きな作品」の特徴になります。
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さてここまでを前提知識として、「窮鼠はチーズの夢を見る」の設定上の凄さについてまず説明しておこうと思います。
それは、「異性愛者の恋愛対象として、女性が登場すること」です。
「私が好きな作品」では、基本的に女性はほぼ登場しません。もちろん、「モブ的なクラスメート」「コンビニの店員」「主人公の妹」みたいな形で女性が出てくることはありますが、重要な存在としては描かれません。
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それは、考えてみれば当然の話なのですが、「異性愛者は当然、女性がいれば女性の方を選んでしまう」からです。
BLに登場する異性愛者は、もちろん女性のことが好きなので、恋愛対象になりそうな女性が作品に登場する場合、同性愛者に勝ち目がなくなってしまうことになります。あくまでも、「異性愛者に恋人がおらず、気になっている女性もいないタイミング」だからこそ、同性愛者にも振り向いてもらえるチャンスがある(と読者は思い込める)わけです。
だから、「私が好きな作品」には、恋愛対象になりそうな女性を登場させるわけにはいかないのです。
(あとこの点は、BL作品の読者である女性の心理にも関係していると聞いたことがあります。あくまで本で読んだ知識ですが、読者はBLを「現実逃避」として読みたいのだから、そこに、「現実」や「リアル」を感じさせる「女性」を登場させてほしくない、と考えてしまうのだそうです。この辺りの感覚は私にはちょっと理解が及ばない部分なのでカッコで書きました)
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しかし「窮鼠はチーズの夢を見る」では、異性愛者の恋愛対象として女性が登場します。
これが本当に凄まじいと感じます。先程書いたように、同性愛者が異性愛者と恋愛関係になろうとする時、異性愛者に「気になる女性」がいたら勝ち目はないと感じられてしまうでしょう。しかし「窮鼠はチーズの夢を見る」は、その超絶難しいハードルをクリアし、「異性愛者には目移りする女性がたくさんいるのに、それでも、同性愛者を選ぶかどうかハラハラドキドキさせる」という感覚を読者に与えてくれます。
この点は、「ボクたちのBL論」でも「凄い」と指摘されてたから、やっぱ凄いんだと思う
他にも同じ挑戦をして上手くいってるBLってあるんかなぁ
この点を押さえた上でこの作品に触れると、この作品の凄まじさがより実感できるのではないかと感じます。
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大伴恭一というクズ
それではここから、作品の内容に触れていきましょう。詳しい内容紹介は後回しにしますが、まず大伴恭一と今ヶ瀬渉という2人の主人公をざっと紹介します。
大学時代の後輩である今ヶ瀬渉は、在学中からずっと先輩の大伴恭一のことを好きでい続けている同性愛者です。一方大伴恭一は女好きで、結婚後も会社の部下などとたびたび関係を持つような、同性愛とはまったく無縁のバリバリの異性愛者です。
この2人が久々に再会し、今ヶ瀬が恭一にアプローチを仕掛ける形で物語が展開していく、という作品になります。
ルシルナ
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さてまずは、恭一の方から触れていきましょう。「女性が登場するBL」という特異な作品を成立させている大きな要因は、この恭一という男の「ある意味でゲスな性格」にあるのです。
この作品を読んで強く思ったのは、「俺、イケメンじゃなくて良かった!」ってことだわ
イケメンだったら、恭一みたいなクズになっててもおかしくないもんね
正直恭一には、メチャクチャ共感できてしまうし、そんな自分が怖い……
恭一は、徹底的に「受け身」の人間として描かれます。恭一はイケメンで、普通にしているだけで女性から当たり前のようにモテてきました。
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だから、「好意は相手が示してくれて当然」という感覚が彼の中にはあります。
人生で一番大切なことはなんだろう。
人によって様々だろうけど、俺にとっては、「自分が確実に受け入れられている」という保証のもとに生きられることが、一番重要なことらしいと悟りつつある。
「窮鼠はチーズの夢を見る/俎上の鯉は二度跳ねる」(水城せとな/小学館)
彼は受け身の天才であり、もはや相手からの好意をどう引き出すかなどお手の物です。だから、相手のスイッチをサクッとONにして、自分を好きにさせることで「愛されている」と確認する日々を過ごしています。
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そして怖いのは、彼にはまったく悪気がないということです。そして、そんな彼は時々、周囲の人間から厳しいことを言われます。
あなたは愛してくれる人に弱いけど、結局その愛情を信用しないで、自分を追いかけてくる人の愛情を次々に嗅ぎ回る
映画「窮鼠はチーズの夢を見る」
あんたって相手から好意を示されると絶対拒めないんだもん。そういう主体性のない付き合いって、自分も相手も不幸にするよ。わかってる?
「窮鼠はチーズの夢を見る/俎上の鯉は二度跳ねる」(水城せとな/小学館)
そして結果的に、恭一のこの性格が、不可能とも感じられるような「女性が登場するBL」を成立させています。何故なら恭一は、究極的に言えば、「男女問わず自分に好意を示してくれる”誰か”がいればそれでいい」からです。恭一は確かにこれまで女性とさんざん遊び倒してきたけれど、それは「異性愛者だから」というよりは、「女性の方から自分に寄ってくれるから」ということが大きいでしょう。
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じゃあそれが男だったら? 自分は当然異性愛者だと考えていた恭一ですが、「女性だからいい」のではなく、「自分を好きになってくれるからいい」という自分に気づくことになります。
やばい…。楽だ。押し掛けゲイに居座られて世話を焼かれる生活は存外に楽だ
「窮鼠はチーズの夢を見る/俎上の鯉は二度跳ねる」(水城せとな/小学館)
恭一は今ヶ瀬との関係をきっかけに、「女でも男でも、自分をメチャクチャ好きでいてくれる人がいればそれでいい」ということに気づくようになっていくわけです。
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恭一は大学時代の友人から「流され侍」って呼ばれてたね
恭一ほどの強さかどうかはともかく、「愛されたい」という気持ちは男女とも抱いているだろうと思います。程度こそあれ、恭一に共感できる部分はあるでしょう。
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しかし残念ながら、「愛されること」を何よりも求めすぎるが故に、他人の愛情を信じられなくもなります。この点について、さらにこんな風に指摘されます。
貴方は愛されることを何よりも望む人だけど、その実、他人の愛情を全く信用していない。だからフラフラ彷徨って、自分に近付く相手の気持ちを次々に嗅ぎまわる。何故だか俺には分かります。貴方が自分のことをつまらない男だと思っているからだ
「窮鼠はチーズの夢を見る/俎上の鯉は二度跳ねる」(水城せとな/小学館)
私は、このセリフにはちょっとグサッとなりました。確かに私は、「自分のことをつまらないと男だと思っている」からです。
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さて、要するに恭一は、「愛されたい」と願っているのに、「こんなにつまらない自分のことを愛してくれるのはおかしい」から「相手の愛情を信用しない」ということになり、だから「もっと愛してくれる別の人を求める」という捻れたループの中にいます。
私は別に、こんな複雑なループに囚われているわけではありませんが、もし自分がイケメンで、黙ってても女性が言い寄ってくるような人間だったら、まさに恭一のような思考になっていたかもしれません。そういう意味で、恭一に対する厳しい非難が、まるで私に突きつけられているように感じられてしまったのです。
私は別に「モテる」ような人生じゃないけれど、もしそうなったら気をつけようと、反面教師的な感じで読んだよ
「ボクたちのBL論」の中で春日太一が、「内面地獄」という言葉で「窮鼠はチーズの夢を見る」を評していましたが、まさにその通りで、色んな意味で読む者の心をグサグサと刺してくる作品だと感じられました。
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「今ヶ瀬は恋愛対象ではない」ことによる恭一の再生
さて私は「窮鼠はチーズの夢を見る」を「恭一というクズの再生物語」と捉えています。女性からの愛情を求め続け、しかし一方ではそれをまったく信用しないというドツボにハマっている恭一を、結果的に今ヶ瀬が救い出す物語だというわけです。
そしてそれが実現した最大の理由が、「恭一にとって今ヶ瀬が恋愛対象ではないこと」だと考えています。そういう意味でこの作品は、「BL作品でしか描けない人間関係を切り取っている」と言えるでしょう。「BL」というのが単なる設定ではなく、そうでなければ描き出せないものをきちんと切り取っている、ということです。
ではなぜ、恋愛対象ではないことが恭一の再生に繋がるのでしょうか?
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それは恭一が、「恋愛対象である女性を、傷つけてはいけない存在だと考えている」からです。
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恭一は、女性のことを「傷つけてはいけない存在」と考えているので、表面上とても気を遣います。ただ正直、それが全然上手くいっておらず、結果的に女性を傷つけることになってしまいます。
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ただし、その事実に彼自身は気づいていません。恭一は、「自分は女性に配慮しているし、傷つけないように意識をしている。だから相手は傷ついていないはずだ」という考えをずっと持ち続けます。彼と関わる女性は実は、恭一の見えないところで傷ついているのですが、その事実は恭一には伝わりません。
「相手を傷つけまい」としている恭一の振る舞いは、パッと見はとても優しく思えるでしょう。しかし実際には、誰に対しても温度を感じない、温かみのないものに感じられます。
特にこれは、読者・観客目線で強調されるでしょう。恭一と実際関わる女性は、なんだかんだ寂しさや辛さを抱えつつも、恭一と一緒にいる時は楽しいと感じてしまいます。しかし、そんなやり取りを俯瞰で見る我々読者・観客は、「こういう人、ちょっと嫌だな」と感じてしまうのではないでしょうか。
大倉忠義の温度を感じさせない演技は凄く良かったと思う
それが、今ヶ瀬と関わる時のギャップになっていくからね
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恐らく恭一は、このまま女性とだけ恋愛関係を続けていたら、人間的にはずっと変わらなかったでしょう。「傷つけてはいけない存在」である「女性」に対しては、「本心を見せてはいけない」というブレーキが常に掛かるし、その状態では何も変わりようがないからです。
しかし恭一にとって、今ヶ瀬は「恋愛対象」ではありません。一緒に生活し、時々セックス的なこともするが(これは恭一視点で言えば「させられている」のだけれど)、恭一にとって今ヶ瀬は「男」だから「恋愛対象」ではない、と判断になります。
そしてだからこそ、今ヶ瀬と関わる時の恭一はとてもナチュラルなのです。
恭一は、女性には決して言わないような「傷つける言葉」を今ヶ瀬には当たり前のように口にするし、恐らく恭一自身の素なのだろう「冷たい部分」を、今ヶ瀬には臆することなく出していきます。
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そしてこの「自分のことを好きだと言う相手に、自分自身を包み隠さずにオープンにさらけ出す」という経験は、恭一にとって人生初のことであり、そのことが恭一の再生に繋がっていくことになるわけです。
作品の中でそこまで語られているわけではありませんが、恐らく恭一はこんな風に感じたでしょう。今まで女性といる時は、確かに愛されている実感はあったし、セックスもできるし、満たされていないこともなかったけれど、自分を抑えている部分もあって窮屈だった。でも、今ヶ瀬といると、自分を取り繕う必要はないし、愛されている実感も持てる。これは思ってるよりいいんじゃないか、と。
実際彼はこう言っています。
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正直、俺には都合が良すぎて心地良すぎて、これが愛なのかどうか判別がつかないんだ
「窮鼠はチーズの夢を見る/俎上の鯉は二度跳ねる」(水城せとな/小学館)
色んな意味でこれまでとまったく違う形で関わることになった今ヶ瀬との日々の中で、彼は「自分が何を求めているのか」をより強く実感するようになっていくわけです。そしてそのことによって、「恋愛」とも「友達」とも少し違った形で、男同士の関係性を成立させているという点が、実に見事だと思います。
だからこそ、今ヶ瀬渉はキツい
恭一は、今ヶ瀬との関係で新しい自分を発見し、「もしかしたら今までよりも全然心地いい関係だったりするんじゃないか?」なんて呑気なことを考えているわけですが、恭一がそう感じられるのも、ひとえに今ヶ瀬の努力あってのことです。
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なにせ恭一は、「何もしなくたって女性からモテモテ」なのです。そこに男である今ヶ瀬が割り込んでいくためには、多少強引な手段と、徹底的に尽くす姿勢を見せなければ成り立たないでしょう。
今ヶ瀬の恭一への愛は本物です。作品の中で今ヶ瀬は、恭一への愛を様々な形で直接的に示しますが、逆に、間接的だからこそ今ヶ瀬の愛が浮き彫りになった場面が私には印象的でした。
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それは、今ヶ瀬が学生時代に恭一からもらったライターについて言及する場面です。そのライターは、恭一が当時付き合っていた女性からもらったもので、それをさらに今ヶ瀬が譲り受けたのです。このライターについて今ヶ瀬はこんな風に言っています。
貴方が女からもらったものなんか、本気で欲しかったわけないじゃないですか。あの頃、貴方を好きだなんて言えるはずもなかった俺は、ただ……ただそれを口実に、貴方の指に触りたかっただけなんです
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今ヶ瀬は、恭一とこんな風に一緒にいられる生活が、ギリギリのバランスで成り立っていると理解しています。まさにそれを、恭一に吐露してしまう場面もあるのです。
こんな関係、俺が「欲しい」と言うのをやめたら、今すぐ終わってしまうのに……
「窮鼠はチーズの夢を見る/俎上の鯉は二度跳ねる」(水城せとな/小学館)
ひたすら流されていくだけの恭一は、ただただ自分を押し流してくれる誰かの傍にいて、ぼーっとしていれば心地よく時が過ぎていきます。しかし、押し流す側の今ヶ瀬は、日々心のザラザラと向き合わされてしまうのです。
恭一は当然他の女性とも関係を持とうとします。2人は付き合っているわけではありませんから、今ヶ瀬は恭一に対して、文句を言えるような立場にはありません。それどころか、こんな言い方で恭一の重荷を取り去ろうともします。
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あんまり難しく考えないでくださいよ。俺は別に貴方にゲイになってもらおうとか、一生付きまとってやろうとか思ってるわけじゃありませんから。貴方はいつか本当の恋をしますよ。他人にじゃなく、自分の内側から溢れてくる感情にどうしようもなく流される思いをする時がくる。そういう「運命の人」が現れたら、俺はスンナリ貴方の前から消えますよ。だからそれまで、俺と遊んでください
「窮鼠はチーズの夢を見る/俎上の鯉は二度跳ねる」(水城せとな/小学館)
これは、ある意味では今ヶ瀬の本心であり、ある意味では本心ではないのですが、そういう複雑な心境を吐露している場面です。
もう一つ、この作品全体の中で私が最も好きなセリフを引用しましょう。
貴方はいずれは女の人のものになる人だ。だからこそ俺は、貴方の中でたった一人の男になれる。……それだけが俺の心を守る縁(よすが)なんです。どうぞ貴方は女と幸せになることだけ考えていてください。何ももらえなくたった俺は勝手に貴方に尽くすし、邪魔になればちゃんと空気を読んで消えます。迷惑はかけません
「窮鼠はチーズの夢を見る/俎上の鯉は二度跳ねる」(水城せとな/小学館)
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メチャクチャ切ないでしょう。今ヶ瀬は、これだけの条件を整えなければ、恭一が自分といてくれるわけがない、と考えていたわけだし、確かにそれは当たっていると言えるでしょう。今ヶ瀬は、「好きな人にとっての唯一の男になる」というその一点のために、他のすべての苦痛を引き受けるような、そんなしんどい決断をしているのです。
映画では、原作ほどには内面を深く掘り下げられないから、映画も原作もどっちも触れてほしい
特に今ヶ瀬の切実さとか覚悟は、原作を読まないと理解できない部分も大きいからね
どちらも「終わる関係」だと考えていた
つまるところこの作品では、恭一も今ヶ瀬も、「今の関係がずっと続くわけがない」という前提を共有した上で、刹那的な関係のつもりでいる、ということになります。
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恭一は、今ヶ瀬と関わるようになってからも自分が異性愛者であるという認識に変わりはありません。ということは、「今ヶ瀬との関係がいつまで続くかは分からないが、ずっとは続かない」と考えていると言っていいでしょう。
一方の今ヶ瀬も、恭一が女性と恋愛・結婚することになると理解していて、短期間だけあなたの傍にいさせてください、というスタンスを基本的に最後まで崩しません。
しかし当たり前ですが、両者の覚悟はまったく違いました。
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恭一は、今ヶ瀬の真剣さを基本的にはまったく理解しないので(今ヶ瀬が、気楽に考えてくださいよ、という雰囲気に持ち込もうとしているから当然ではあるのだけれど)、「いつか終わるだろうけど、ま、今は楽しいし、しばらくこんな感じでいいんじゃないかな~」みたいなフワフワした気持ちでいます。
しかし今ヶ瀬はまったく違い、「恭一との関係を、いつどのように終わらせるべきか」を常に考えています。恭一の性格を嫌というほど理解しているからこそ、2人の関係は「自然に終わる」のではなく「自分が終わらせる」しかない、と考えているのです。
映画ではそこまで深く描かれるわけではありませんが、後半に行けば行くほど、今ヶ瀬のグチャグチャした感情と、彼が恭一との関係にどのような覚悟で臨んでいたのかという気持ちがブワーッと溢れていくことになります。後半の展開についてあまり書きすぎてしまわないように、引用は次の一つに留めましょう。
わかんないかな。潮時だって言ってるんですよ。貴方は本当に俺によくしてくれた。望んだことはすべて叶えてもらいました。もう十分です。来れるところまで来れた。……でも、もうここまでです。これ以上先、貴方と行ける場所なんてどこにもない。行き止まりまで来たんですよ……
「窮鼠はチーズの夢を見る/俎上の鯉は二度跳ねる」(水城せとな/小学館)
ルシルナ
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恭一の再生のスタート地点はここだと言っていいでしょう。
恭一は恐らく初めて、「自分が、自分と関わる誰かを傷つけた」っていう実感を得たんだろうなぁ
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今ヶ瀬は、恭一を再生させようとしていたわけでは全然なく、純粋に恭一と一緒にいたかっただけです。ただそのために、今ヶ瀬が持てる力を振り絞って恭一に向き合ったことが、結果的に恭一の目を開かせることになったのです。
そして、ようやくスタート地点に立った恭一は、初めて真剣に今ヶ瀬との関係を考えることになります。
恭一は、今ヶ瀬の覚悟を知ることで初めて、「今ヶ瀬との関係が、自分の意思とは無関係に終わってしまう」と気づきました。今ヶ瀬は、客観的に見ればただの「同居人」でしかありません。そんな彼を繋ぎ止めておくための「恋人」や「夫婦」という重しは存在しないのです。
恭一は今ヶ瀬との関係にこれまで感じたことのない心地よさを感じています。女性といる時にはどうしても自分を取り繕ってしまう恭一が、今ヶ瀬の前では素を出せるわけです。
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確かにそういう振る舞いは、恭一が気づいていないところで今ヶ瀬を傷つけていたわけだし、それを知ってしまった今、これまでとまったく同じように今ヶ瀬と一緒にいることはできないかもしれません。
それでも、「今ヶ瀬と一緒に生活する」という選択肢は、恭一の中で現実的なものとして立ち上がってきます。
こんな風にして恭一は、恐らく人生で初めて、「誰かに流される」のではない形で大きな決断を迫られることになるわけです。
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ここまで説明すると、「女性が登場するBL」として作品が成立する理由が分かってくるね
ホントに、大伴恭一と今ヶ瀬渉という2人の関係性じゃなかったら成立しないだろうなぁ
他人との関わりで初めて主体性を持とうとする恭一の変化は、まさに「再生」と呼んでいいでしょう。恭一がどんな決断をするのか、それは是非作品に触れてほしいですが、最後の最後まで「どうすんの恭一!」という気持ちでドキドキさせてくれます。
本当に、見事な作品だと思います。
『窮鼠はチーズの夢を見る』の内容紹介
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そんな出会いから始まった二人は、今ヶ瀬が少しずつ恭一の牙城を切り崩すことで進展していく。今ヶ瀬の存在とは関係なしに結果的に離婚することになった恭一は、ちょくちょく部屋にやってくる今ヶ瀬と半同棲のような状態となり、「流され侍」
である恭一は、今ヶ瀬からのセックスのアプローチも受け入れるようになっていく。
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著:水城せとな
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クリストファー・ノーラン監督の映画『TENET/テネット』は、「陽電子」「反物質」など量子力学の知見が満載です。この記事では、映画の内容そのものではなく、時間反転装置として登場する「回転ドア」をメインにしつつ、時間逆行の仕組みなど映画全体の設定について科学的にわかりやすく解説していきます
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