目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:瀬木 比呂志, 著:清水 潔
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この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 近代的な裁判への理解と、日本の裁判の限界を知るべき
- 無罪判決を出しにくい背景と自分の頭で考えられなくなる裁判官
- 司法が権力の補完機構に成り下がったが故の日本の危機
正直、日本で裁判受けたくない、って思っちゃいますよ……
自己紹介記事
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どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください
日本の司法は腐ってる。『裁判所の正体』から学ぶ「あまりに酷い現実」と「諸外国からの捉えられ方」
「日本の司法は中世並み」と諸外国からは見られている
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こんな引用から始めよう。
だから、国連で、日本の刑事司法は「中世並み」と言われてしまった。その時、それを言われた日本の人権人道担当大使が、「日本は刑事司法の分野で最も先進的な国の一つだ」と反論して、みんながクスクス笑う。で、「笑うな。シャラップ!」と返して、たちまち世界中に報道されちゃった(笑)。特に、マスメディアじゃなくて、インターネットで広がったんですね(瀬木比呂志)
なかなか衝撃的な事実ではないだろうか。「中世並み」というのは、かなりのパワーワードだ。勝手なイメージでしかないが、「中世」の「裁判」と聞くと、「魔女狩り」のようなものが頭に浮かぶ。さすがに「魔女狩り」ほど酷いとは思いたくないが、欧米からすれば大差ないのかもしれない。
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日本の司法の現状は世界から逆行していると、本書では指摘される。これは、民主主義という仕組みを、自らの手で闘争によって勝ち取ってきた欧米との差なのではないかとも、本書の中で繰り返し語られている。
日産自動車元会長のカルロス・ゴーンが逮捕された際、欧米からかなり厳しい目が向けられていたと記憶しているが(最終的に逃亡してしまったので、どちらが悪いというレベルの話ではなくなってしまったが)、日本の当たり前は欧米の異常であると言えるのだと思う。
生涯裁判と関わらずにいられればいいが、それは誰にも分からない。だからこそ、日本の司法の現実がどうなっているのか知ることは重要だろう。
著者の2人、瀬木比呂志と清水潔の紹介
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本書は、二人の対談という形で進んでいく。
瀬木比呂志は、元エリート裁判官だ。今でこそ、裁判所や司法の現状に対して批判的な目を向けることができるようになったが、在任当時は、その違和感に気づきもしていなかった、と告白している。裁判官を続ける中で少しずつ違和感が大きくなったことで退任し、その後、司法の外の世界を知り、裁判所を客観的に見ることでその異常さを理解するようになる。
裁判所に関する情報は、なかなか表に出てこない。だからこそ、日本の司法が孕んでいる問題や危険性について、かつてその内部にいた人間として警鐘を鳴らそうと奮闘している。『絶望の裁判所』(講談社現代新書)などの著作もある。
著:瀬木比呂志
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一方の清水潔は、事件記者である。『殺人犯はそこにいる』『桶川ストーカー殺人事件―遺言』(共に新潮文庫)などの著作がある。一記者でありながら司法制度に立ち向かって冤罪を証明するなど、その凄まじい執念と取材力で事件と向き合ってきた。本書は、そんな事件や司法に詳しい清水氏が聞き手となることで非常に意義のある対談となっているのだが、その点は後で触れよう。
著:清水 潔
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著:清水潔
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「裁判官は『大岡越前』ではない」と我々は理解しておく必要がある
まず私たちは、「裁判所」がどういう場所なのかを理解しなければならない。
「裁判」と聞くとなんとなく、「そこですべての真実が明らかにされ、裁判官が正しい判定を下してくれる」とイメージしてしまうだろう。時代劇が好きな人なら、「大岡越前」のイメージだ。しかしそれは正しくない。
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本書には、清水氏が冤罪を証明した菅家利和氏の話が少し載っている。菅家さんは、警察での強烈な尋問によって嘘の自白をしてしまう。しかし彼はこう考えていた。裁判所に行けば、きっと正しい裁きをしてくれる。警察や検察では信じてもらえなくても、裁判所ではきっと、と。
瀬木氏もこう話す。
だから、冤罪の被害者が、「裁判所に行けば裁判官が絶対的に正しい裁判をしてくれると思っていた」という、そういう感じ方の基盤には、「裁判官は普通の人と隔絶した神にも等しいような人だから、当然正しい裁判をしてくれるはず」という思いがあるわけです(瀬木比呂志)
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しかし、このイメージは誤りである。裁判所は、被告人の訴えに耳を傾けて真実を明らかにする場ではなく、弁護士と検察が集めてきた証拠を出し合って真偽を判断する場だ。これは近代的な裁判の捉え方であり、日本に限った話ではない。
さてその上で、清水氏はこんな風に話している。
私自身も甘かったかもしれません。多くの裁判を傍聴してきて、不条理もたくさんみましたが、それでも裁判官たちの心底には国民のためにという基本が備わっていると思っていました。(清水潔)
これまで数多くの事件や裁判に関わってきた清水氏でさえ、こう考えている。となれば、日本人のほとんどが同じように考えていてもおかしくない、ということになるだろう。
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裁判所に対する漠然とした信頼を、二人は「お上」という言葉で表現する。そして、そういうイメージを持って裁判所を捉えていると間違えてしまう、ということを本書で明らかにしていく。
だから、我々日本人は、裁判という制度の一定の「限界」を知るとともに、市民・国民の代表が行うべきものとして裁判をとらえ直す必要がある(瀬木比呂志)
「冤罪が多いと出世に不利」という話には驚かされる
本書の中でも相当に衝撃的な発言はこれだろう。
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多くの場合には、やはり、無罪が多かったりすると、出世上、非常に不利になりやすい(瀬木比呂志)
この事実を知ってしまった時点でもはや、裁判というものへの信頼が崩れてしまうと感じる。「推定無罪」というのは、「有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」という近代法の基本原則だ。しかし、「無罪が多いと出世では不利」となれば、裁判官はそもそも無罪判決を出すつもりがないということになる。つまりそれは、「推定有罪」と考えているということではないだろうか。
他にも、原発の再稼働に待ったを掛ける判決を下した裁判長が、通常であればありえないような転勤をさせられた、というようなケースを挙げている。
これが現実だとすれば、裁判を受ける側ももちろん辛いが、裁判官自身もおそらく辛いだろう。無罪かもしれない、と思っても、頭の片隅で出世がちらつく。国の方針に反対すべきだと考えても、配置換えをさせられるかもしれないと恐怖する。
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そういう環境の中では、きちんと正義を全うしたいと考える裁判官もかなりキツイのではないかと思う。報復されるかもしれない、と分かっていて足を踏み出すのは、かなり勇気がいるだろう。
そんな状況では、冤罪が多くなるのも当然だ
そんな状況だからこそ当然、冤罪も生まれる。「冤罪」だと証明されるケースは少ないだろうが、瀬木氏は「おそらくは冤罪もかなり多い」という表現で、日本の司法の現状を指摘する。
瀬木氏は、40年の間に30件の無罪判決を出した裁判官の例を挙げている。これは、他の裁判官と比べて突出して多い。もちろん、その裁判官の判決がすべて正しいかどうか分からないが、素直に考えれば、多くの刑事裁判官は、無罪なのに有罪にしているケースが30件ぐらいあってもおかしくはない、ということだ。
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これもなかなか凄まじい話ではないだろうか。この話は、裁判を受ける側の視点からすれば、「裁判官によって判決が変わりうる」ということでもある。それは、端的にダメだろう。もちろん、人間なのだからミスは必ずするし、判決を下すのに難しいケースも当然あるとは思う。
しかし、今指摘したいのはそんな話ではない。「無罪判決を出すことで出世に影響が出ないだろうか」という思考が、判決を歪めているのではないか、という話をしている。そんな理由で判決が変わってしまう現実を、ほとんどの人は許容できないだろう。
「再任制度」の濫用と、「自分の頭で考えない裁判官」の増加
裁判官には「再任」という制度がある。これは、10年程度を区切りとして「裁判官として適切かどうか」が判断され、再任されるかどうか決まるというものだ。瀬木氏によると、この制度の運用が大きく変わったという。
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これまでは、どの裁判官もほぼ無条件で再任されていたようだ。要するに、あまりにもマズい裁判官を落としていく仕組みとして用意されたのだろう。しかしある時から、はっきりとした理由も分からないまま、今までだったら確実に再任されていた裁判官が落とされるようになっていく。
この状況を瀬木氏は、裁判所を「会社」に喩えてこんな風に表現している。
従業員が二千人台の会社で、毎年四、五名ずつ理由も告げられずにクビになっていたら、全体がすごく萎縮する(瀬木比呂志)
まあ確かにそれはそうだろうと思う。普通に考えれば、最高裁判所は「再任」という仕組みを「無言の圧力」として使い始めた、ということだろう。「理由も分からず」ということだから、最高裁判所は再任しなかった理由を明確に示していないはずだ(表向きの理由は示すのかもしれないが、多くの裁判官はそれに納得しないに違いない)。となれば、報復や圧力と考えるしかない。
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こういう仕組みが当然のように機能するようになれば、誰も最高裁判所の方針に反対しなくなるだろう。つまり、自分の頭で考えたらダメ、ということだ。
要するに、自分の頭で考えるような裁判官は上にいけないという形が、ここではっきりとできてしまった(瀬木比呂志)
こうなってくると、裁判官に対する見方も大分変わってくるだろう。「普通の人とは違う神のような存在」ではなく、「最高裁判所の判断に怯える子羊」のように見えてくる。
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そんな状況だからこそ、若くて能力の乏しい裁判官が、コピペで判決を書くことも増えているというし、
僕が知っている後輩でも、「えっ、この人が裁判長! 大丈夫なの?」と思うような人がやっています(瀬木比呂志)
という状況であるようだ。
そして何よりも怖い点は、当の裁判官自身がこの状況を憂えていないらしい、ということだ。瀬木氏自身がかつての自分について語っているのだが、そういう病理に囚われてしまっていることに気づいていなかったと告白している。
瀬木氏は裁判所のことを「ソフトな精神的収容所」と呼んでいるのだが、学生からいきなり裁判官となり外界との接触が極端に限られることで、自分たちが「閉鎖的で異常な環境にいる」という事実になかなか気づけなくなっている、という。
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本書を読む限り、瀬木氏は非常に理性的で客観的で冷静な人物に感じられるので(対談の文章というのは、喋っている感じから結構手が入ると思うので、実際どうかは分からないが)、そんな人物でさえも「ソフトな精神的収容所」の枠組みを認識できないでいたとすれば、今その内部にいる人がそれに気づき、自発的に裁判所を変えていくことは期待できないな、と思う。
「統治と支配」に触れたくないので、裁判所は「夫婦別姓」には拘らない
先程の原発再稼働の話とも少し絡むが、最高裁判所は「統治と支配」に関わる部分には絶対に触れず、判断を下さないという(ただし再稼働に待ったを掛ける判決は地方裁判所でのもの)。「統治と支配」というのは要するに、政権などの権力側の都合である。
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例えば瀬木氏が挙げているのが、夫婦別姓だ。夫婦別姓の議論は昔から議題に上がり、議論されているはずだが、まったく変わる気配がない。私個人の意見では、夫婦別姓なんて大した話じゃないから、別にOKにすればいいと思う。
しかしこの夫婦別姓の話は、政権(恐らく自民党のことなんだと思うが)の考え方が強く出る。理由はイマイチ理解できないが、政権は夫婦別姓を許容することを強硬に嫌がっているように、私個人としても感じる。
そして、最高裁判所はそういう空気を読んで(本書でそんな表現をしているわけではないが)、夫婦別姓の判断を下さない。本書の瀬木氏の話しぶりから判断すれば、どれだけ裁判を起こそうとも、政権が「OK」を出さない限り、最高裁判所が夫婦別姓を可とする判決を出すことはないのだろうな、と思う。
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裁判所は「権力チェック機構」ではなく「権力補完機構」に成り下がっている
そういう話に詳しいわけではないが、健全な民主主義は「三権分立」がきちんと成立してなければならないだろう。独立した司法というのは、要するに、権力(内閣や国会)に対する歯止めとしての機能が期待されているはずだ。そのバランスが崩れてしまえば、まともな民主主義国家としての体をなすことは難しくなるだろう。
しかし残念ながら、現在の司法に「権力チェック機構」は期待できない。
(最高裁判所が)憲法の番人であるということは、これは万国共通ですが、権力が憲法違反のことをした場合に、あなた、そういうことをしてはいけませんよ、違憲ですよ、といって釘を刺すから「憲法の番人」なんです。ところが、日本の場合は、「統治と支配」の根幹にかかわる最高裁判決は、ほとんどが、「国のしていることはいいですよ、合憲ですよ。あるいはその問題に裁判所はふれませんよ」ということなので、むしろ「権力の番人」なんです(瀬木比呂志)
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この状況を瀬木氏は端的に、「最高裁判所はもはや権力の一部」と表現している。独立していないどころか、権力側に寄っている、つまり「権力補完機構」として存在してしまっている、というのだ。
本書でも少し触れられるが、この状況はジャーナリズムも似たところがある。その辺りは、清水氏の著作に詳しいが、記者クラブに入れるメディアしか政治系の取材が許されず、ある意味で「権力側の広報誌」のような状況になっている。
強い権限を持つ権力側を監視するはずの最高裁判所もジャーナリズムも、どちらも「権力補完機構」になってしまっているということだ。
著者が抱く、「権力チェック機構」を失った日本への危機感
そんな日本の現状に対して2人は、このような危機感を抱く。
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多少でも近代史を学んできた人なら、あるいは調べていけば、今、この国が進んでいる方向の危うさ、というのにすぐ気付くと思うんですけどね(清水潔)
僕は、今の世論の動き方を見ていると、太平洋戦争になだれ込んでいったときと同じような感じがするんですね。本当はだめなのに、大丈夫、大丈夫と言って、みんなで何となく空気で流れていってしまってね。(瀬木比呂志)
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1969年5月13日、三島由紀夫と1000人の東大全共闘の討論が行われた。TBSだけが撮影していたフィルムを元に構成された映画「三島由紀夫vs東大全共闘」は、知的興奮に満ち溢れている。切腹の一年半前の討論から、三島由紀夫が考えていたことと、そのスタンスを学ぶ
私もこの感覚に同意する。歴史に詳しいわけでもないし、具体的な事象を指して「これとこれとこれがこうだからヤバいと思う」というような指摘ができるわけでもない。しかし、なんとなくだが、「あれ? 日本ってこれから戦争に突き進むの?」と感じてしまうような瞬間がある。
これまでたくさん本を読んできた。その中には、戦時中を舞台にした小説やノンフィクションもある。そして、それらの本を読んで私が感じることは、「戦争はいつの間にか始まっているし、いつの間にか激化しているし、いつの間にか後戻りできない状態になっている」ということだ。
今の日本が、明日すぐ戦争、なんて状態じゃないことは分かる。しかし、5年後10年後、どこかの国と戦争をしていてもおかしくないんじゃないか、とは思う。戦争がいつの間にか始まってしまうものだとすれば、私たちはその始まりを正確に捉えられないかもしれない。だからこそ、権力がやろうとしていることを注視していなければならない、という気持ちになる。
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私の理解では、概ね国がやろうとしていることは、「もしもの時のために法律や制度だけ整備しておきましょう」ということだと思う。しかし、法律や制度ができてしまえば、それを「もしもの時」以外にも使えてしまう。その歯止めとなるのが「権力チェック機構」であるはずだが、現在の日本ではそれが機能していない。
だから怖いと感じるのだ。
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対談本としての本書『裁判所の正体』の面白さ
さて最後に、本書の非常に優れている点を挙げようと思う。
それは、聞き手・清水潔氏にある。
瀬木氏が語る裁判所の現実には、非常に驚かされる。まったく知らない話ばかりだったし、裁判というものに直接関わらなくても、日本に生きている以上無視できないものだと感じた。
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しかし、瀬木氏が語る現実に驚くことは、本来であれば非常に難しい。何故なら、そもそも私たちは「裁判所」や「裁判官」についてまったく知らないからだ。「無罪判決で出世に不利」などの話は、裁判所に関する知識がなくても理解しやすい。しかし、本書はそういう話ばかりではない。
例えばこういうことを考えてみる。昔何かで読んだが、外国人が日本に来た際、街なかに自動販売機がたくさんあって驚くという。便利だだからではない。外国人は、「自動販売機なんて、道にお金が落ちてるようなものだ。よく盗まれないな」と感じるらしい。つまり、日本の治安が異常に良い、ということに驚いているのだ。
このように、その背景を理解していないとうまく捉えられない事柄はある。裁判所も同じようなものだ。世の中に裁判所と比較可能な組織はなかなかない。だから、普段から裁判や司法に触れていない人間からすれば、裁判所の実態を明らかにしてもらっても、「そういうものかー」と感じるだけで終わってしまう可能性がある。
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しかし本書を読んでもそうはならない。その理由は、清水氏が独特の役割を担っているからだ。
清水氏は先述した通り、長年事件や司法と関わってきた。つまり、一般的な市民よりも裁判所の現実を知っていておかしくない人物だ。しかしその清水氏は、本書の中で何度も「それは知らなかった」と口に出す。これによって読者は、「裁判について詳しいはずの清水氏さえ知らない情報を瀬木氏が語っているんだ」と理解できるようになる。
この効果は、思った以上に大きい。
狙ってそうしているわけではなく、清水氏がナチュラルに「高度な知識を持っているはずの無知な聞き手」という立場を担っているので、書かれている情報に読者も素直に反応できるのだ。
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あとがきで瀬木氏はこんな風に書いている。
清水さんの読者、ファンの方々は、本書における清水さんの発言部分が比較的少ないことに物足りなさを感じられるかもしれない。しかし、本書を映画にたとえるなら、監督及び編集者は清水さんであり、僕は、シナリオのうち比較的大きな部分を書いて出演を果たしたにすぎない。いわば、清水さんの手の平の上で、自由に、また時には清水さんの鋭い発言、質問にたじたじになりながら、踊らせてもらったにすぎないともいえるのだ(瀬木比呂志)
なるほど、という指摘だ。そう、発言の分量では瀬木氏が勝っているが、この作品の真の主役は、聞き手である清水氏であると私も感じた。
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著:瀬木 比呂志, 著:清水 潔
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「『正しさ』は人によって違う」というのは、私には「当たり前の考え」に感じられるが、この前提さえ共有できない社会に私たちは生きている。映画『由宇子の天秤』は、「誤りが含まれるならすべて間違い」という判断が当たり前になされる社会の「不寛容さ」を切り取っていく
裁判なんか一生関わることがないから知らなくていい、と無視できるような事実ではない。本書で描かれるのは、日本という国家の民主主義が今後も成立しうるかに関係する大きな問題だと感じる。
本書では、ここで書いたこと以外にも様々な問題が取り上げられるが、それらをひっくるめた上で、清水氏がこんな風に言う場面がある。
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安倍政権下で突然発表された「放送法の解釈変更」が、2023年3月17日に正式に”撤回された”という事実をご存知だろうか?映画『テレビ、沈黙。 放送不可能。Ⅱ』は、その「撤回」に尽力した小西洋之議員に田原総一朗がインタビューする作品だ。多くの人が知るべき事実である
先程も出ましたが、日本人は何にもしないためにはどんなことでもするというわけですね(清水潔)
これはなかなか見事な要約だと感じる。もう少し説明をつけるとすれば、「権力に対して波風を立てないためだったら、国民を犠牲にしてでもどんなことでもする」という意味だ。確かにその通りだと感じられる現実が、この本では描かれている。
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私たちが変えられる部分は少ないだろう。しかし、まず知らないことには何もできない。我々はこんな現実の中で生きているのだということを理解するためにも、読んでみるべき一冊だろう。
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日本の「難民認定率」が他の先進国と比べて異常に低いことは知っていた。しかし、日本の「難民」を取り巻く実状がこれほど酷いものだとはまったく知らなかった。日本で育った2人のクルド人難民に焦点を当てる映画『東京クルド』から、日本に住む「難民」の現実を知る
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【実話】権力の濫用を監視するマスコミが「教会の暗部」を暴く映画『スポットライト』が現代社会を斬る
地方紙である「ボストン・グローブ紙」は、数多くの神父が長年に渡り子どもに対して性的虐待を行い、その事実を教会全体で隠蔽していたという衝撃の事実を明らかにした。彼らの奮闘の実話を映画化した『スポットライト』から、「権力の監視」の重要性を改めて理解する
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便利すぎる世の中に生きていると、「この便利さはどのように生み出されているのか」を想像しなくなる。そしてその「無関心」は、世界を確実に悪化させてしまう。伊藤計劃の小説を原作とするアニメ映画『虐殺器官』から、「無関心という残虐さ」と「想像することの大事さ」を知る
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「正しい」と主張するためには「正しさの基準」が必要だが、それでも「規制されていないことなら何でもしていいのか」は問題になる。3枚の立て看板というアナログなツールを使って現代のネット社会の現実をあぶり出す映画『スリー・ビルボード』から、「『正しさ』の難しさ」を考える
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私は学生時代ずっと国語の授業が嫌いでしたが、それは「作品の解釈には正解がある」という決めつけが受け入れ難かったからです。しかし、詩人・渡邊十絲子の『今を生きるための現代詩』を読んで、詩に限らずどんな作品も、「解釈など不要」「理解できなければ分からないままでいい」と思えるようになりました
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日本の「戦国時代」さながらの内戦状態にあるソマリア共和国内部に、十数年に渡り奇跡のように平和を維持している”未承認国家”が存在する。辺境作家・高野秀行の『謎の独立国家ソマリランド』から、「ソマリランド」の理解が難しい理由と、「奇跡のような民主主義」を知る
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映画『夜間もやってる保育園』によると、夜間保育も行う無認可の「ベビーホテル」は全国に1749ヶ所あるのに対し、「認可夜間保育園」は全国にたった80ヶ所しかないそうだ。また「保育園に預けるなんて可哀想」という「家族幻想」も、子育てする親を苦しめている現実を描く
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権力を持つ者のタガが外れてしまえば、市民は為す術がない。そんな状況に置かれた時、私たちにはどんな選択肢があるだろうか?白人警官が黒人を脅して殺害した、50年前の実際の事件をモチーフにした映画『デトロイト』から、「権力による不正義」の恐ろしさを知る
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「ホロコーストが起こったか否か」が、なんとイギリスの裁判で争われたことがある。その衝撃の実話を元にした『否定と肯定』では、「真実とは何か?」「情報をどう信じるべきか?」が問われる。「フェイクニュース」という言葉が当たり前に使われる世界に生きているからこそ知っておくべき事実
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現在では、人工知能を始め、我々の生活を便利にする様々なものに使われている「ベイズ推定」だが、その基本となるアイデアが生まれてから200年近く、科学の世界では毛嫌いされてきた。『異端の統計学ベイズ』は、そんな「ベイズ推定」の歴史を紐解く大興奮の1冊だ
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どんな理由があれ、法を犯した者は罰せられるべきだと思っている。しかしそれは、善悪の判断とは関係ない。映画『万引き家族』(是枝裕和監督)から、「国民の気分」によって「善悪」が決まる社会の是非と、「善悪の判断を保留する勇気」を持つ生き方について考える
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「障害者だから◯◯だ」という決まりきった捉え方をどうしてもしてしまいがちですが、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』の主人公・鹿野靖明の生き様を知れば、少しは考え方が変わるかもしれません。筋ジストロフィーのまま病院・家族から離れて“自活”する決断をした驚異の人生
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【感涙】衆議院議員・小川淳也の選挙戦に密着する映画から、「誠実さ」と「民主主義のあり方」を考える…
『衆議院議員・小川淳也が小選挙区で平井卓也と争う選挙戦を捉えた映画『香川1区』は、政治家とは思えない「誠実さ」を放つ”異端の議員”が、理想とする民主主義の実現のために徒手空拳で闘う様を描く。選挙のドキュメンタリー映画でこれほど号泣するとは自分でも信じられない
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「朝三暮四」の故事成語を意識した「サル化」というキーワードは、現代性を映し出す「愚かさ」を象徴していると思う。内田樹『サル化する世界』から、日本の教育・政治の現状及び問題点をシンプルに把握し、現代社会を捉えるための新しい視点や価値観を学ぶ
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宮部みゆき『ソロモンの偽証』は、その分厚さ故になかなか手が伸びない作品だろうが、「長い」というだけの理由で手を出さないのはあまりにももったいない傑作だ。「中学生が自前で裁判を行う」という非現実的設定をリアルに描き出すものすごい作品
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金正男が暗殺された事件は、世界中で驚きをもって報じられた。その実行犯である2人の女性は、「有名にならないか?」と声を掛けられて暗殺者に仕立て上げられてしまった普通の人だ。映画『わたしは金正男を殺していない』から、危険と隣り合わせの現状を知る
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一昔前、我々は「正しい情報を欲していた」はずだ。しかしいつの間にか世の中は変わった。「欲しい情報を正しいと思う」ようになったのだ。この激変は、トランプ元大統領の台頭で一層明確になった。『ニューヨーク・タイムズを守った男』から、情報の受け取り方を問う
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