目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:ジェームズ・ノートン, 出演:ヴァネッサ・カービー, 出演:ピーター・サースガード, Writer:アンドレア・チャルーパ, 監督:アグニェシュカ・ホランド
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この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「間違ったことをして評価される」より、「正しいことをして非難される」方がずっとマシだと思っている
- 誰もが発信者になれる時代に生きているからこそ、この映画が突きつける問いを私たちは真剣に受け止めるべき
- ジョージ・オーウェル『動物農場』の誕生秘話についても触れられている
この物語は「過去の出来事」などではなく、どんな時代を生きる者にも関わる普遍的なものだ
自己紹介記事
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どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください
記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
ソ連の「恐るべき秘密」を暴き出した名もなき記者の実話を基にした映画『赤い闇』は、決して他人事ではない
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映画『赤い闇』は、実話を基にしている。スターリン率いるソ連が、外国メディアを懐柔してまで隠し通したかった「とんでもない秘密」を、単身乗り込んだ無名のジャーナリストが暴き出すという物語だ。映画の主人公であるジョーンズは、ピュリッツァー賞を受賞した世界的に有名な記者を敵に回してソ連の闇を暴き出す。それは想像するだに困難極まるミッションだろう。
私たちは、メディアを通じて世界を知る。しかし、そのメディア自身が歪みや不正を内包していれば、私たちは世界について何も知ることができなくなってしまう。その怖さは、現代を生きる私たちにも共通するものだ。
メディアはどうあるべきか、そして私たちはメディアとどう関わるべきか。この点について深く考えさせる物語である。
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「間違ったことをして評価される」より、「正しいことをして非難される」方がずっとマシだと思う
早速映画の内容とは関係のない話から始めるが、どこか外国で市民によるデモが起こる度に、私はその制圧を行う警察官について考えてしまう。彼らは、一体どんな風に感じているのだろう、と。
アメリカでのBLMの運動や、香港での民主化デモなど、「明らかにデモ側の主張に多数の人間が賛同し、世界の注目を集めている」と感じる状況が存在する。一方警察官は、権力側に立つ者としてそのデモを鎮圧しなければならない。恐らく彼らの中にも、デモ隊に賛同の気持ちを抱く者もいると思う。しかし彼らは、それが仕事なので、デモを抑え込もうとする。
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もちろん、生活するのに必要なお金を稼ぐための仕事は大事だ。別に、デモを制圧しようとする警察官を非難したいわけではない。ただ、「結局のところ彼らは、『間違ったことをして評価されること』を選んだのではないか」といつも感じてしまう。デモ隊に賛同する気持ちを抱いているとしても、彼らはそれを抑え込み、「デモ隊を制圧することは決して正しいことではない」と理解しながら、その行動を取っているのではないか。私は、そんな風に考えながらデモの映像を見ているのである。
私の想像が正しいとして、「そういう生き方はしたくない」と私は思ってしまう。人は様々な理由から、自身の信条とは異なる状況に直面せざるを得なくなってしまうだろう。そしてそういう時に私は、綺麗事に聞こえるかもしれないが、「正しいことをして非難される」ような選択の方がマシだと考えるはずだと思っている。
映画の中ではこんな場面が描かれていた。ソ連の内情を探ろうとモスクワ入りしたジョーンズは、モスクワで既に取材を行っていた他の外国人記者から、こんな風に言われる。
君は知らんのだ。今モスクワで記者をすることの難しさが。
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ジョーンズの目には、モスクワに常駐している記者たちが、記者らしい仕事をしているようには映らない。ジャーナリストならすべきことがあるはずだ、と感じているのだ。しかし、そういう非難の目を向けられた者たちは、「お前にはまだ現実が見えていないんだ」と諭そうとする。つまり、「ソ連が異常な国だから、記者としてまともに動けなくても仕方ない」と言い訳をしているのである。
まあ、実際にそうなのかもしれないとも思う。確かにこの映画を見れば、当時のソ連が「異常」だったことは明らかだし、そんな国でまともな取材なんか出来ないというのも確かなのだろう。
しかし、「だったらお前たちは何のためにモスクワにいるんだ」という話にもなるはずだ。「ここでは何も出来ない」と考えているのであれば、「私には何も出来ませんでしたすみません」と言って自国に帰るなり、あるいは別の場所に移動して取材するなり、何かやれることはあるだろう。
しかし彼らは、それをしない。現状を嘆くだけで、何も行動に移さないのだ。この点にジョーンズは憤りを覚えてしまう。
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また、こんなことを口にする者もいた。
大義を選ばなければならないこともあるのだ。
これは要するに、「革命の途中なのだから、犠牲が出るのは仕方ない」という意味だ。映画の中では、「革命の途中なのだから仕方ない」という趣旨の発言が幾度も出てくるので、これは多くの人が賛同する共通理解だと言っていいのだろう。
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確かに、「革命に犠牲は付き物」だとは思う。さらに「革命」は、ある程度時間が経たなければ評価が難しいものでもある。「革命」の最中に、その良し悪しを判断するなど、まず不可能だろう。だから、「革命の途中で出た犠牲」について評価する基準など存在しないと言っていいはずだ。とすれば、「革命の途中なのだから仕方ない」という発言にも、一定の説得力があると考えてもいいのだろうと思う。
しかし、この映画を見れば、そんな風にはとても考えられないだろう。それが数百万人の犠牲の上にしか成り立たない「革命」なのだとして、そんな「革命」を正当化できる理屈など、世の中には存在しないはずだ。
そしてモスクワには、ソ連が覆い隠そうとする「真実」を知りながら、その隠蔽に加担するかのように「真実」とはかけ離れた記事を書き地位や名誉を維持しようとする外国人記者がいる。「フェイクニュース」で報道の賞を受賞したり、メディアが持つ力を己の欲望のために利用したりしているのだ。信じがたい話である。
人間は必ずミスを犯す。記者も同様だ。だから、「結果として誤った情報を伝えてしまった」というのであれば同情の余地もある。しかし、この映画で描かれるのはそんな話ではない。明らかに嘘だと分かっている情報を、己の名声や保身や欲望のために報じているのである。
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このような状況は異常事態であり、普通には起こり得ないと信じたいところだが、なかなかそうもいかない。というのも現代は、誰もが発信者になれる時代だからだ。情報を伝えるのは、記者やアナウンサーだけではない。YouTubeやSNSを通じて、誰もがその人なりの切り取り方で世界についての情報を発信できてしまう。「社会の公器」たるべきメディア人でさえ、誘惑に負けて犯してしまうのだ。であれば、名もなき個人が発した情報など一層気をつけて受け取らなければならないだろう。
そしてだからこそ、ジョーンズのような存在を、私たちはもっと知り、評価しなければならないのだとも思う。
映画『赤い闇』の内容紹介
ジャーナリストであるガレス・ジョーンズは、外国人記者として初めてヒトラーを取材した人物として知られている。彼は、イギリスの政治家ロイド・ジョージの外交顧問としての役割も担っていたのだが、ジョージの下ではその情報分析能力を上手く活かせずにいた。ジョージの取り巻きが、ジョーンズの話に真剣に耳を傾けないからだ。
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そんな最中、経費削減の意味もあったのか、ジョーンズは外交顧問としての任を解雇されてしまう。最後に彼はジョージに推薦状を書いてもらい、その足でモスクワへと向かうことにした。スターリンにインタビューをしたいと考えたのだ。
ジョーンズは大いなる疑問を抱いていた。「ソ連は何故繁栄しているのか」についてだ。全世界的に恐慌の嵐が吹き荒れているにも拘わらず、ソ連だけが順調なのである。どう考えても予算の辻褄が合わない。スターリンには何か「金脈」があるはずだ。それを探りたいと考えていたのである。
そこでジョーンズはソ連のビザを取得し、さらにモスクワにいる記者仲間ポールに連絡を取り、取材の協力を依頼した。
しかしジョーンズがモスクワに着くと、ポールが事故死したという衝撃の事実を知らされる。さらにジョーンズは、1週間のビザを取得したにも拘わらず、ホテルへの滞在が2泊しか許可されないのだという。彼はとりあえず、ニューヨーク・タイムズのモスクワ市局長であるデュランティに会うよう助言されるが、デュランティは美女たちとアヘンパーティーに興じている最中だった。スターリンを礼賛する記事を書き、報道最高峰の賞であるピュリッツァー賞を受賞した人物である。
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デュランティら記者たちの話を総合し、ジョーンズは状況をざっと掴む。どうやら記者はモスクワの外へ出る許可が得られず、そもそもまともな取材など行われていないようなのだ。メディアとしての機能がまったく果たされていない。
その夜ジョーンズは、エイダという女性とたまたま知り合った。彼女はデュランティの下で働く記者であり、ポールのことも知っているという。ジョーンズは事故死だと聞いていたのだが、実際には背後から4発も銃弾を撃ち込まれていたことをエイダから聞いた。恐らくポールの取材が真実に迫っていたため消されてしまったのだろう。
ジョーンズはポールの取材を引き継ぐ決意をする。彼は、ジョージが書いてくれた推薦状を一部書き換え、記者としてではなく、外交顧問としてウクライナまでの切符を手にすることに成功した。そこでジョーンズが見たものは……。
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映画『赤い闇』の感想
映画の焦点は「ソ連はどんな悪行を行っているのか」に当てられているのだが、それが明らかにされる過程において、「メディアの役割とは何か」という問いが突きつけられる物語だとも言っていいと思う。
ここ最近のニュースだけ取り上げてみても、「ロシアによるウクライナ侵攻」「香港の民主化運動」「北朝鮮によるミサイル発射」「韓国・梨泰院の群衆雪崩」など、世界では様々な出来事が起こっている。そしてそれらを、私たちはメディアを通じて知る。最近では、個人のSNSの方が早く情報が出たりするが、警察情報の発表や重要人物への取材などにおいては、やはりメディアには敵わない。私たちはやはり、メディアを通じて世界を知るしかないということになる。
そしてだからこそ、メディアが「社会の公器」としての存在意義をどれだけ自覚しているかが非常に重要になる。「誰のために」あるいは「何のために」その事実を報じているのかを、報じる側として関わるすべての人間が明確に意識していなければ、「正しい報道」から外れてしまうだろう。そして、報道を受け取る私たちもまた、チェックするような気持ちで情報に接しなければならないとも改めて感じさせられた。
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特に日本は、「報道の自由度ランキング」でかなり低い順位に甘んじている。2022年の日本の順位は71位であり、ケニア、パプアニューギニア、ガーナ、トンガ、ボスニア・ヘルツェゴビナといった国よりも低い。もちろん、先進国と呼ばれる国の中では最下位だろう。私たちは「かなり歪んだ報道」に日常的に接している可能性があるというわけだ。
映画では、ジョーンズがその勇敢さを発揮し、見事にソ連の「闇」を暴き出す。恐らくだが、ジョーンズのような志を持つジャーナリストは、当時もいたはずだと思う。しかし、ジョーンズのように行動出来るかはまた別の話だ。ポールのように殺されてしまう可能性だってあるのだから、「勇敢さ」や「正義感」だけで突っ走るわけにはいかない。
またエイダのように、「ソ連が成そうとしている革命」を「信じたい」と考えてしまう場合もあるだろう。現代を生きる私たちは、ソ連による社会主義の革命が失敗に終わったことを知っているが、当時は資本主義よりも社会主義の方が優れていると考える者も多くいたし、エイダのようなスタンスは決して珍しくなかったはずだ。そして、エイダのようになってしまえば、やはり「闇を暴き出す」ことは難しくなってしまう。
そのような様々な困難が渦巻く状況の中で、ジョーンズは「真実」にたどり着く。もちろん、運も良かったはずだ。しかしそれ以上に、「真実を知りたい」「知ってしまった真実を伝えたい」という強烈な気持ちが、このような不可能を成し遂げさせたのではないかと思う。
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映画『赤い闇』には、ジョージ・オーウェルが意外な形で登場した。『動物農場』の執筆秘話について触れられるのだ。まさにジョーンズの取材こそが、『動物農場』誕生のきっかけになっているのである。ジョーンズの取材は、ソ連の「闇」を暴き出しただけではなく、世界的大ベストセラーを生み出す契機ともなっていたというわけだ。非常に興味深いエピソードだと感じさせられた。
著:ジョージ・オーウェル, イラスト:水戸部功, 翻訳:山形浩生
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最後に
映画の最後で少し触れられるが、ジョーンズは不遇な亡くなり方をしている。どんな人物も、素晴らしい功績を成したのなら生きている間に評価されてほしいものだが、それが叶わないのであれば、せめて死後に名誉が回復されるべきだと思う。そしてそれは、私たちの役割である。ジョーンズのような個人の存在を正しく理解し、後世に伝え、彼のように行動する人物を1人でも多く生み出せる社会に寄与すべきだと感じさせられた。
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三権分立の一翼を担う裁判所のことを、私たちはよく知らない。元エリート裁判官・瀬木比呂志と事件記者・清水潔の対談本『裁判所の正体』をベースに、「裁判所による統制」と「権力との癒着」について書く。「中世レベル」とさえ言われる日本の司法制度の現実は、「裁判になんか関わることない」という人も無視できないはずだ
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