目次
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この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「正しい情報を欲する」のではなく、「欲しい情報を正しいと思う」という時代の変化
- アメリカ国民の半数が「メディアの情報は嘘」と答える時代
- 今後メディアはどうあるべきか?
私はやはり、「正しい情報を欲しい」と思う人間でありたいと思います
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少し前に、かなり驚いた経験がある。25歳前後の女性と話をしている中で、彼女が伊藤詩織さんを知らない、ということが分かったのだ。
伊藤詩織さんと言えば、レイプされたと訴えたが加害者と指摘した男性が逮捕されなかったことに声を上げ、日本のみならず世界的に大きく報じられた女性だ。「#MeToo運動」の日本におけるシンボル、とも呼ばれているようだ。私のようなおじさんよりも、若い女性の方がより強く関心を抱く事件だろうし、その話題は日本以外にも届くほど大きなものだったので、まさか知らないとは思わなかった。
確かにその女性は、ニュースは見ないようだし、そもそも一人暮らしを始めてからはテレビが家にないという。しかし伊藤詩織さんに関しては、ネットやSNSの方でもかなり話題になっていたはずだし、特に情報を求めなくても、ふとした瞬間に耳目に入ってくる可能性は十分あるだろう。それぐらいの事件だと思っていたので、知らなかったことには本当に驚いた。
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そして、それまでたびたび感じてきたことを、改めて再確認させられた。それは、「自ら取りに行かない限り、もう個人に情報は届かない」ということだ。世の中には、情報が多すぎる。多すぎる情報をなんとか捌くために、色んな形でフィルタリング機能を駆使する。そしてそれによって、「関心のないこと」はすべて零れ落ちてしまうことになる。
改めて、凄い時代になったものだと思う。
「正しい情報を欲する」のではなく、「欲しい情報を正しいと思う」時代
私は今の世の中を、見出しに書いた通り、
「正しい情報を欲する」のではなく、「欲しい情報を正しいと思う」時代
と捉えている。
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一昔前であれば、「情報」に最も求められていたのは「客観的な正しさ」だったと思う。そして、それを判定する上で一つの基準となっていたのが、マスコミだったはずだ。
世の中には様々な情報が存在する。しかし、どれが正しいかは分からない。だからこそ、マスコミに頼る。マスコミが調べ、様々にチェックし、裏を取り、そうやって放送や紙面にのった情報はきっと「正しい」だろう、と受け取られていたはずだ。
マスコミもその役割を自覚し、政治や権力を見張る「正しさの番人」としての使命を果たしてきたのだと思う。今ほどではないにせよ、それでも膨大な情報が溢れる世の中では、「マスコミは客観的に正しい情報を提供する」「市民はマスコミの情報を正しいものと受け取る」という関係がそれなりに成り立っていたはずだ。
しかし、時代は大きく変わった。今「情報」に対してまず求められることは、それが「欲しい」かどうかだ。「正しい」かどうかより「欲しい」かどうかの方が優位になってしまっている、と私は感じる。
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この変化は、ある程度仕方ないことだ。
文字でも映像でも写真でも、個人が簡単に発信者になれる時代になった。それ故、世の中に存在する情報量は、一昔前と桁違いだろう。これはつまり、「正しい情報」だけでも膨大な量になる、ということだ。そうなれば、「正しい」かどうかという基準で情報を選別しても追いつかない。だからこそ、まずは「欲しい」かどうかで情報を選り分ける時代になった、と私は感じている。
私たちは別に、「正しさ」を諦めたわけじゃない。当然のことながら、「正しい情報」を求めている。しかし、「正しい情報の中から欲しい情報を選ぶ」という順序では、もう対応しきれなくなっているのだ。だから「欲しい情報」という基準で一気に情報を絞り込んでいくようになった。
そしてそんな振る舞いが当たり前になったことで、当初は情報を絞り込む基準でしかなかった「欲しい」という感情が、「正しさ」を保証するものであると錯覚させられるようになる。
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「欲しい情報を正しいと思う」というスタンスの誕生である。
本書は、アメリカの新聞社で、トランプ大統領の影響に抵抗しようと奮闘した弁護士の物語だ。そしてその闘いを理解するためには、ここまでで説明した、「欲しい情報を正しいと思う」という大きな変化を理解しておく必要がある、と私は感じる。
トランプ大統領を”なめていた”著者
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本書の著者は、ニューヨーク・タイムズのニュース編集室の弁護士を15年以上務めた人物だ。一般的に新聞社の法務部というのは、「訴えられることを恐れて記事を骨抜きにし、当たり障りの内容に変えてしまう部署」だが、ニューヨーク・タイムズはまったく違うという。
私たちは法務部として、物事を締め出すのではなく、紙面に載せる手伝いをするためにいるのだと、長らく思ってきたのだから。私たちは経営陣に恵まれている。彼らは私たちやジャーナリストを支持し、リスクとは優れたジャーナリズム活動を行う代償だと理解している。自社のジャーナリストが記事によってみずからの限界を押し広げていないのなら、自分たちは新聞社として仕事をしていないことになるとわかっているからだ。
そんなスタンスのニューヨーク・タイムズだからこそ、トランプ大統領が公にすると言いながらずっと公表していなかった州税申告書を掲載し、CIAと情報開示を巡って争い、「#MeToo運動」のきっかけを作ることになったスキャンダルを報じ、トランプ大統領のツイートを巡って訴訟を起こすという、攻めの姿勢を貫いてきた。
アメリカには「憲法修正第一条」と呼ばれる「報道の自由」に関わる法律があり、それが新聞社にとって大きな武器となっている。やり方さえ間違えなければ、その法律を盾に取り、どんな相手とも真っ当に闘うことができるのだ。この記事では深堀りしないが、本書はこの「憲法修正第一条」が、どのような時代背景の中でどういう遍歴を辿ってマスコミにとっての「武器」になっていったのかが詳しく触れられる作品でもある。
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そんなわけで著者は、トランプが大統領に就任した際、楽観視していた。トランプ大統領を脅威と見る人物に、「自分はそうは思わない」とさえ返信しているが、しかしその数カ月後、
私はそのメールを読み返すたび、身がすくむことになる。人生で、過去にさかのぼっても消えない失敗ほど恥ずかしいものはない
と反省することになる。
トランプ大統領は一体何を変えたのか?
著者は何故トランプ大統領をなめていたのか。それは、先程触れた「法律」という武器とも関係するのだが、著者は「情報の正しさ」の問題だ捉えていたからである。情報が正しい限り、法律を盾にすればニューヨーク・タイムズが負けることはない。相手がどんな大統領だろうが、そこは揺るがない。著者の基本的な信念はここにあったのだ。
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しかしほどなくして著者は、自分が「情報の正しさ」とはまったく違うステージで戦わざるを得ないことを理解するようになる。
報道の自由を巡る争いは、アメリカの法律を変えるなどというレベルについての戦いではない。真実の本質そのもの、アメリカ国民の心をつかめる者、声が届いて信じてもらえる者になるかという戦いになるのだ。国としての私たちが、報道の自由は重要だと変わらず信じているのか、そして最後には必然的に、自分たちには報道の自由を守る意志がまだあるのかということについて、国民投票が毎日行われることになる
意味が分かるだろうか? まさにここにこそ、「欲しい情報を正しいと思う」という時代の変化が背景にある。
著者は、「正しい情報」を届けさえすれば、真っ当に支持が得られるだろうと考えていた。今までの価値観であれば、確かにそれで通用しただろう。しかしトランプ大統領は、まったく違う世界を突きつけた。「誤った情報」であっても、その情報を「欲しい」と思わせれば勝ちだということを明確に示したのだ。
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トランプ大統領の登場で明らかになったのが、まさにこの点だろう。メディアの情報を「フェイクニュース」と言い切り、相手が望んでいることがどれだけデタラメでも真実であるかのように口にする。そしてこの振る舞いによって、確実に一定数の支持が得られることを、トランプ大統領は証明したのだ。
まさにこれは、「正しい情報」よりも「欲しい情報」を与えてくれる人間の方が支持されるということだろう。
共和党のトップにまで上りつめた彼の驚異の台頭は、事実が重要であるという考えに対する連日の攻撃が、基礎になっていた。真実を最も大切なものと考え、たったひとつの実話によって、嘘つき政治家の政治生命が絶たれる状況を何度となく見てきた我々にとっては、信念が揺さぶられるくらい信じられない一年だった。
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2017年の世論調査では、驚くべき結果が出ている。「報道機関はトランプ政権に関してフェイクニュースをでっち上げている」と信じていた人は、全回答者の46%にも上ったというのだ。国民の半数が、メディアの情報を「嘘」だと思っているというのは、なかなか衝撃的な事実だろう。
著者は、「報道の自由」を守るために闘ってきた。それが「正しい情報」であるならば、権力に屈せず世の中に出すために何ができるかをずっと考えてきたのだ。しかし著者は、こんな風に社会が変わってしまったのなら、「報道の自由」なんか守ってたってしょうがない、と嘆く。
マスコミを信じられないのなら、マスコミが社会においてどれだけ自由を持っていようが、実際には関係ない。信用されていないマスコミと、自由を奪われたマスコミは、ほとんど同じなのだ
確かにその通りだろう。
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私は、この世の中の変化について行けない。ついて行きたいわけでもない。私はやはり、「正しい情報」が欲しい。だから、マスコミには頑張ってもらいたいと思っている。しかし、マスコミが何を報じようが、「マスコミの情報は嘘だと思っている」という人が増えるのなら、マスコミの存在意義はほとんど失われてしまうだろう。
日本ではまだ、トランプ大統領が示して見せたような変化を実感できるほどではないと思う。もちろん、適当な嘘で世の中を渡ろうとする人間はそれなりにいるだろうが、しかし、「マスコミの情報はフェイクニュースだ」と多くの人が判断するような状況にはないだろう。
とはいえそもそも、若い世代ほどマスコミの情報に触れていない、という現実もあるはずだ。正しい/正しくないのジャッジがなされる以前の問題、ということだろう。
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今後ますます情報は増えるだろうし、より一層「欲しい情報」だけにしか触れない時代になっていくと思う。そんな時代においてはもはや、「情報が正しいかどうか」などまったくどうでもいいと判断されてしまうのかもしれない。
そんな恐ろしい時代に直面したくはない。我々はどこかで一度立ち止まらなければならないのではないだろうか?
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本書はトランプ大統領との闘いに限らず、ニューヨーク・タイムズの弁護士として著者がどのような経験をしてきたのか、様々なエピソードで語られていく。興味深い話が満載だ。
しかしやはり、「情報」に関する時代の変化に関しては、私自身の関心と重なる部分も多く、強く惹かれるものがあった。そして本書を読んで改めて、自分は「正しい情報を欲しいと思う」人間でありたいと感じたのだ。
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