目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:エリオットペイジ, 出演:サム・キーリー, 出演:トム・ヴォーン=ローラー, 監督:デイヴィッド・フレイン, Writer:デイヴィッド・フレイン
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ポチップ
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「見えない事実」は危険度を過剰に引き上げ、その印象がずっと変わらない
- 真に恐ろしい「分断」は、同じ括りの者同士で起こる
- どの立場の主張にも納得させられるのだが、それぞれの主張が無残にも対立し、分断を生み出してしまう
架空の病原体の存在以外はすべてリアリティを感じさせる、見事な”社会派”ゾンビ映画
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この記事の内容を理解するために、映画のざっくりした設定を理解しておく必要があると思うので、まずそれに触れておこう。「ゾンビ映画」でありながら、「社会の分断」を切り取るという、実に”社会派”の物語だ。
「メイズ・ウイルス」という新種の病原体が蔓延し、感染するとゾンビのようになってしまう。他人を襲い、襲われた人間も「メイズ・ウイルス」に感染するのだ。
しかし数年後、画期的な治療法が発明され、感染者の75%は回復に至った。彼らは<回復者>と呼ばれている。
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つまりこの世界では、<メイズ・ウイルスに感染しなかった者><回復者><治療を受けても回復せず隔離され続けている感染者>という3つのまったく異なる立場が共存している、ということだ。
この設定から、現代社会に繋がる「分断」を描き出す物語なのである。
「見えないこと」の恐怖
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映画『ジョーカー』で、主人公がバスの中で「笑ってしまう病気です」みたいなことが書かれた紙を乗客に見せている場面があった。これはまさに、「人間は見えるもので判断しがちだ」ということを明確に示す場面だと感じた。
突発的に笑う人間が近くにいる場合、「自分が笑われているのかも」「馬鹿にされているのか」と感じる人も出てくるだろう。「笑ってしまう病気」は目に見えないからこそ、目に見える「予期せぬ場面で笑うという行為」で判断されてしまう。
この映画でも、似たような恐怖が描かれる。
<回復者>は、「メイズ・ウイルス」から回復し、二度と感染しないとされている。
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しかし、本当だろうか? 本当に回復したのか? まだ体内に病原体が残っているのではないか? 一度罹った人間が二度と感染しない保証などあるのか?
これらのことは、目に見えない。
目で見えることなら、まだ自分なりの判断が出来る。しかし、目には見えないのだから、「信じるか信じないか」の判断になる。
そしてこの映画では、「信じること」を阻む大きな問題が描かれる。それは、「あいつは、俺の大切な人を殺したじゃないか」という事実だ。そしてこれは、目に見える。
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「<回復者>は安全な存在である」という「目に見えない事実」と、「<回復者>に大切な人を殺された」という「目に見える事実」が同時に目の前にある場合、やはり「目に見える事実」の方が圧倒的に強くなるだろう。
このような判断は何も、この映画に限ったことではない。例えば私たちは、「片腕が無い」とか「車椅子に乗っている」など、「目に見える障害」を持つ人には、「大変だ」とか「頑張って」という気持ちを抱きやすい。しかし、精神的な病など「目に見えない障害」を持つ人には、「ただ怠けているだけだ」というような厳しい意見が向けられてしまうこともある。
誤解されたくないので書くが、私は決して、「目に見える障害」の方が楽だとか、優遇されているだとか、そういうことを主張したいのではない。「障害」というものを外から見る場合の捉え方の違いに言及したいだけだ。
どうしても私たちは、「目に見える事実」の方が分かりやすいと感じるし、そちらの方がより重要だと考えてしまいたくなる。そしてそれ故に、「目に見えない事実」は恐怖の対象となる。「目に見えないから」という理由で、危険度が過剰に引き上げられてしまうことになるのだ。
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しかも「目に見えない事実」の場合、何か変化があったとしてもそのことに気づかれないので、最初の印象から捉え方が変わる可能性もほとんどないことになってしまう。
いじめや差別などはもちろん、「目に見える事実」から始まることも多いし、それはそれで大きな問題だと思う。しかし、「目に見えない事実」に起因する分断は、危険度が過剰に引き上げられ、その印象が変わることがないために、終わりを見通すことがほぼ不可能となってしまう。
<回復者>という設定で「目に見えない事実」が引き起こす分断を描くこの映画は、私たちの日常とまさに直結する問題を切り取っていると感じた。
<回復者>とその周囲の人間の葛藤を具体的に捉える
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より具体的に、この映画ではどのような分断が描かれているのか書いていこう。まずは、<感染しなかった者>と<回復者>の分断だ。
<感染者しなかった者>にも、様々な立場がある。
<回復者>に対して「クズ」「人殺し」など苛烈な言葉を浴びせて批判する者。目の前で愛する人を殺された怒りを捨てきれない者。そこまで強い感情を抱かなくても、「<回復者>が二度と発症しない保証はあるんだろうか?」と不安を抱く者。置かれている立場はそれぞれ違う。
もちろん中には、<回復者>を受け入れたいという気持ちの人もいる。感染しなかったのは運が良かっただけであり、自分が<回復者>の側にいた可能性だって充分にあるのだから、その判断はとても理性的で素晴らしいものだ。しかし、やはり最後の最後で踏み出せない気持ちも出てきてしまう。数年前の、パンデミックの記憶が蘇る。あの惨劇が二度と引き起こされないと、誰が保証できる?
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<感染しなかった者>から厳しい見方をされてしまう<回復者>は当然、以前と同じような生活を送ることはできない。市民から拒絶され、まともな仕事に就けず、役人からも低い扱いを受ける彼らは、思わず「これなら刑務所の方がマシだ」と嘆いてしまう。
彼ら<回復者>のような状況に置かれた者は、歴史上様々に存在しただろう。魔女狩りやハンセン病など、「いわれのない理由で”穢れ”であると思われ、排斥される」という経験をした人たちだ。この映画はそういう意味で、ゾンビ映画という形式を借りながら、古今東西で起こった普遍的な分断を描き出しているとも言える。
しかし<回復者>たちには、実はさらなる苦しみが待ち受けている。それは、「自分が人を殺してしまった記憶が鮮明に残っていること」だ。
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彼らは、病気だったせいで人を殺してしまったのであり、自分の意思でそうしたかったわけではまったくない。しかし、理由はどうあれ、彼らの記憶の中には、「人を殺した」という事実が明確にへばりついている。<回復者>のほとんどは、治癒後も悪夢を見る。自分が、見知らぬ誰かを、あるいは愛する人を殺してしまった場面を、何度も繰り返し追体験させられるのだ。
これは、まさに地獄だと言っていいだろう。
映画では、「<回復者>だった叔父は去年自殺した」というようなインタビュー映像が流れる。罪悪感に耐えきれなかったのだろう。想像を遥かに超える状況ではあるが、気持ちは分かる気がする。とてもじゃないが耐えきれないだろう。
そして、そんな苦難を抱えた<回復者>たちを取り巻く状況として最もリアルだと感じたのは、「<回復者>同士の分断が描かれること」だ。この点が、この映画の最大の核となる部分と言えるだろう。
この記事ではその詳細には触れないが、「何をどのように守るべきか」という問題に対して一枚岩になりきれないことに根本的な原因がある。
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残念なことではあるが、厳しい環境にいる者が、「自分がそのような環境にいなければならない直接の原因であるより大きな何か」に対して問題意識を向けるのではなく、「その環境の中で自分が少しでもマシな状況にいること」を目指して行動してしまうことがある。<回復者>同士で団結し、より大きな何かに対抗すべきなのだが、なかなか難しい。
このようなことは、「戦争」など「より大きな構造」があまりにも大きすぎて立ち向かえないような場合によく起こるが、これもまた、私たちの日常生活と無関係だとは決して言えない状況だろうと思う。
差別や分断が何故生まれ、どうして解消されないのかという根本的な問題を、フィクションとして実に見事に落とし込んだ、素晴らしい“社会派”ゾンビ映画だと思う。
映画『CURED キュアード』の内容紹介
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「メイズ・ウイルス」のパンデミックから数年が経ち、社会は落ち着きを取り戻した。画期的な治療法により、感染者の75%は治癒し、<回復者>として社会復帰を目指している。一方、残りの25%は、未だ危険な「ゾンビ状態」のままであり、軍の施設に隔離されっ放しになっている。
<回復者>として社会復帰を目指すセナンには、非常に恵まれたことに身元引受人がいる。セナンの兄・ルークの妻・アビーである。
そしてセナンは、兄・ルークを殺してしまっている。アビーから見ればセナンは、愛する夫を奪った義弟なのだが、セナンはそのことを彼女に告白できていない。
一人息子・キリアンと2人で暮らしているアビーはジャーナリストであり、日々、<回復者>の社会復帰を許容しない風潮に取材を通じて接しているが、彼女はセナンを温かく迎え入れ、共に生活を始める。しかし、ルークを殺してしまったことによるアビーへの罪悪感を抱き続けるセナンは、一人苦しい思いに囚われている。
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セナンは、<回復者>に優しくない世の中でなんとか社会復帰を果たすべく、医師であるライアンズ博士の助手として働き始める。彼女は、「残りの25%の感染者は安楽死させるしかない」という政府の方針に反対するため、「301」と番号がつけられた患者を被験者にして治療法の確立に挑んでいる。そして実験助手であるセナンは、感染者が<回復者>を攻撃してこないという事実に気づくことになる。
一方、隔離施設で知り合ったコナーは元弁護士で、出所後は掃除夫の仕事しかさせてもらえない現状に不満を抱いている。
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隔離施設から<回復者>が出所することで、街では反対運動が激化し、次第に<回復者>が襲撃される事態にまでなってしまう。コナーを中心とした<回復者>のメンバーは「回復者同盟」を立ち上げ、<回復者>の権利獲得のために運動を始めるが……。
映画『CURED キュアード』の感想
とにかくリアルな物語で、「メイズ・ウイルス」という架空の病原体の存在以外は、非常にリアリティを感じさせる映画だと思う。
この映画で観客に突きつけられるのは、「どの立場に立つかで容易に判断が変わる」という現実だ。
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感染しなかった一般市民からすれば、「<回復者>なんか信用ならない」という判断になってしまっても仕方ないだろう。<回復者>の人格を貶めるような扱いをするのは論外だが、「二度と発症しない保証はないから怖い」と感じてしまうのは仕方ないと思う。
そして、そんな社会の中で生きざるを得ない<回復者>は、徒党を組むしかないと考えてしまうだろう。彼らにしたって感染したくて感染したわけではないし、感染しなかった者もたまたま感染しなかっただけなのだから、そこに差はほとんどない。しかし、襲撃を受けるほど状況が悪化していくのだから、自衛のために組織化するしかないし、権利獲得のために先鋭化してしまうのも仕方ないように思う。
また政府の立場からすれば、「回復の見込みのない25%は安楽死させるしかない」と判断するしかないだろう。もちろん、75%を回復させたような画期的な治療法が見つかればまた話は変わるが、現状では芳しい状況とは言えない。確かに彼らにしても、望んで感染したわけでも、望んで回復しなかったわけでもないのだが、あまりにも社会に甚大な影響を与える存在であるが故に、「安楽死」という選択肢は避けられないだろう。
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どの立場の判断も、その立ち位置にいれば「仕方ない」と感じられてしまうだろうが、それぞれの判断は明確に対立し、そしてその対立がさらなる分断を生み出すことになる。
そして、この映画がこのような「分断の構造」を鮮やかに描き出せるのは、これが「ゾンビ映画」という「ありえない設定」を利用しているからだと思う。
いじめでも実在の病気でも人種差別でも、現実に存在する何かをベースに「分断」を描く場合、自分が元々親和性を抱いている価値基準に則って判断してしまう可能性が高くなるだろう。しかしこの映画の場合は、「メイズ・ウイルス」というまったくの架空の設定の上に成り立っているので、それぞれの立場を純粋に捉えることができる。
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そしてだからこそ、「どの立場の主張も理解できるのに、それらが対立してしまい、分断が生まれる」という、我々が生きる現実でも起こっている状況をリアルに理解することができるというわけだ。
映画のラストは、そうならざるを得ないと分かっていながらも、そうであってほしくなかったと感じてしまうような悲惨な展開を迎える。誰にとっても正しくはないのだが、どの立場の人間もその立場なりに限りなく正しい判断をしようとして生まれた悲劇だと言うしかない。
誰が悪いというわけではなく、「仕方がない」と表現するしかない状況なのだが、しかしやはり、これを「仕方がない」で終わらせずに済む道筋が見い出せないものかとも感じさせられた。
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最後に
まったく現実的ではない設定だからこそ、現実を描いた場合にどうしても排除しきれない夾雑物が混ざり込むことはなく、それゆえ純粋に現実を描像できるという、非常に見事な物語を生み出したと感じた。とても素晴らしいゾンビ映画だと思う。
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