目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:ヴィゴ・モーテンセン, 出演:レア・セドゥ, 出演:クリステン・スチュワート, 出演:スコット・スペードマン, Writer:デヴィッド・クローネンバーグ, 監督:デヴィッド・クローネンバーグ
ポチップ
VIDEO
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
「理解できた」とはとても言えない難しい映画だったが、「境界線上にある事柄」を挑発的に描き出す物語にはとても惹かれた 「法律や倫理に抵触しても、誰かの心を揺さぶればそれは『アート』と見做し得るか?」という問いかけに、あなたはどう答えるだろうか? 「『自然発生的な変異』は許容するが、『人為的な変異』は認められない」と考える理由は一体何か?
普段考える機会も無いような「ギリギリのライン上の問題」が、エンタメ作品の中に見事に組み込まれた意欲作
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全体的には、私にはちょっと難しい映画 だった。「未来世界を舞台にしたアート体験」を核に据えた作品 であり、そもそも「アート」に対する感受性が優れているわけではない私には難しく感じられた のだと思う。ただ、扱われているテーマはかなり興味深かった 。特に、世の中に存在する様々な「境界線上にある事柄」について、かなり挑発的に描き出している 感じがあり、大いに思考が刺激された と言っていいだろう。
「境界線上にあるアート」という意味では、以前観た映画『皮膚を売った男』が印象的 だった。詳しくは以下の記事を読んでもらうとして、「シリア難民の背中に、シェンゲンビザのタトゥーを彫る」というアート作品を中心に展開される物語 だ。
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この映画ではまず、「人間としては、どの国の国境も跨げない難民」にシェンゲンビザのタトゥーを施すことで、「アート作品としてなら、どの国の国境も跨ぐことが出来る」という皮肉を描き出す 。さらに、「人間を『アート』として販売することは、単に人身売買ではないか」という指摘 までなされるのだ。
映画で描かれている内容そのものはフィクションだが、この映画にはモデルが存在する 。ヴィム・デルボアというアーティストがティム・ステイナーという男性の背中にタトゥーを彫った「TIM」というアート作品 が実在するのだ。実際にこの作品は、15万ユーロで落札された 。「アートだ」という理屈で「人間」の売買が成立している のである。そのようなやり方で世の中を「挑発」する手法は見事 だと感じたし、本作『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』にも通ずるものがあると感じた。
あるいは、私は以前、Chim↑Pomというアート集団の展覧会に行ったことがある 。そして、その際にあまりにも思考を刺激されたので、引用を含めて4万字近い記事 を書いた。以下にその記事をリンクしておく。
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印象的な展示は多かったのだが、「挑発的」という意味で言うなら「Don’t Follow the Wind」を挙げたい 。これは、福島県の「帰宅困難区域」に設置された「誰も観ることが出来ない展示」 である。「帰宅困難地域」の制約が解除されるまでの間に、もちろん展示物はどんどん朽ち果てていくし、その様子さえ誰も観ることが出来ない展示 なのだ。東日本大震災に際しては、多くのアーティストが「今自分は何をすべきか」について考えさせられたと思うが、Chim↑Pomのこの展示は、その手法の鮮やかさも相まってとても印象に残っている 。
また、震災に絡んだChim↑Pomのプロジェクトで言えば、渋谷駅に設置されている岡本太郎作『明日の神話』に「絵を付け足す」というのも素晴らしかった と思う。『明日の神話』が「死の灰を浴びた第五福竜丸」をモチーフにしている こともあって、東日本大震災を踏まえた絵を新たに付け足した のだが、「犯罪行為」にならないためのやり方が細部まで考えられており、アイデア自体も含めとても見事だった 。
また、映画『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』では、「アートと生命倫理の境界線」も描かれる のだが、こちらについても既に、かなり現実的な問題として私たちの目の前に存在している と言える。「出生前診断 」は割と当たり前に行われているだろうし、「デザイナーベイビー 」も技術的には今すぐにでも可能なはずだ。しかし、「デザイナーベイビー」はやはりまだ、科学者を含めて「これは超えてはいけない一線だ」という感覚 があるのだろう。技術こそあれ浸透してはいない。
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しかし個人的には、時間の問題だろうなと思っている 。「倫理」は定まった形を持つのではなく、時代によって大きく変わっていく ものだからだ。常に新しい価値観が、古い価値観を押し流していく 。その内、「『デザイナーベイビー』の何が悪いの?」と考える世代が現れ、当たり前のものになっていくのだろう。
そして映画『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』では、まさにそのような世界が描かれているのである。いや、そのような価値観を持つ者はごく一部であり、決して「世界全体の共通理解」になっているわけではない 。ただ実際のところ、そのような少数者の動きから世の中は変わっていく はずで、そう考えると、映画で描かれていることは決して絵空事とは言えない と思う。
私たちが生きる現実世界にも「境界線上にある事柄」は様々に存在する が、それらをさらに大胆に拡張し、挑発的に描き出しているのが本作 なのである。
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さてここで、物語の「設定」と「展開」 について触れておこう。ただ私の場合、観て内容をきちんと理解できたわけではない 。鑑賞後に公式HPに書かれた説明も読んだ のだが、それでもよく分からない部分が残ったので、私の憶測も混じっている 。全然的外れかもしれないが、そうだとしてもご容赦いただきたい。
映画で描かれるのは、私たちとは異なる「ニュータイプ」 と言っていいだろう。人類は、人工的な環境に適応するために急速な「進化」を遂げた のだ。いや、それを「進化」と呼んでいいのかは分からない 。最も大きな特徴は「『痛み』の感覚を喪ったこと 」なのだが、むしろこれは「退化」と呼ぶべきだろうか 。いずれにせよ、映画に登場するのは、私たちとは根本的に異なる性質を持つ存在 なのである。
さて、そんな世界において、「ボディーアートのパフォーマンスアーティスト」として絶大な人気を誇っている のがソール・テンサーだ。彼はある特殊な「病」 を患っている。これも「病」と呼んでいいのか分からないが、「加速進化症候群 」という、「体内に自然と新たな『臓器』が生み出される 」という疾患を抱えているのだ。そして、パートナーのカプリースが、その新たに生み出される「臓器」を「摘出する」行為が「アートパフォーマンス」として人気を博している のである。チケットが発売されると完売してしまうほどの加熱っぷり なのだ。
一方政府は、人類の「変化」を危惧している 。「進化」などとは捉えておらず、「暴走」とさえ考えている のだ。そのため、せめて状況を「監視」しようと、「臓器登録所」の設置を決めた 。当然のことながら、ソールの他にも「加速進化症候群」を患っている者はいる。そしてこの「臓器登録所」は、そんな彼らの体内から取り出された臓器にタトゥーを施し、保管・記録する目的で設置された のだ。ソールの体内で生み出される臓器はまだ、「単一の機能を持つもの」に限られているためそこまで危険ではないが、いつ急速な「変化」を見せるかは分からない 。政府としては、そのような動向を監視したいというわけだ。
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そんな臓器登録所を、ソールは初めて訪れた 。ソールは基本的にショーの最中に臓器を取り出してしまうため、これまで臓器登録所に足を運んだことがなかったのだ(しかし映画を観ても、何故この時”初めて”臓器登録所を訪れようと考えたのか、その理由は分からなかった )。臓器登録所を運営している2人は、政府系のNVU(ニュー・バイス・ユニット)に所属しており、臓器登録所は公式には「存在しない」 ことになっている「秘密の組織」だ。彼らの任務は「臓器の記録・監視」であり、ソールら「パフォーマンスアーティスト」とは立場が異なる 。しかし彼らはソールのパフォーマンスに関心を抱いており、「バレたら職を失う」と口にしつつ、ソールのパフォーマンス会場まで足を運んでしまう のだ。
そんな中、ソールは観客の1人から、「プラスチックを食べていた子どもの死体が手元にあるのだが、ショーで解剖しないか?」と持ちかけられ ……。
ソールのパフォーマンスは「アート」と呼べるのか?
映画を観ながらずっと、「ソールのパフォーマンスを『アート』と呼んでいいのだろうか? 」という点について考えていた。映画の中でも、同じような疑問を投げかける人物が登場する 。
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結局のところこの議論は、「『アートとは何か?』を定義するしかない」という話に帰結する だろう。ネットで調べてみると、
簡単に説明すると「表現者や表現物によって、鑑賞した人が精神的・感情的に変動する作品や活動」です。 人の気持ちや心を動かす作品すべてがアートと定義されています。
と書かれている。この定義に従うなら、ソールのパフォーマンスは「アート」と呼んでいい ことになるだろう。間違いなく、観客の気持ちを動かしている からだ。劇中には、「ソールのパフォーマンスには否応なしに惹き込まれてしまう 」「そこにはエロティックささえ感じさせられる 」みたいなことを示唆する描写も多数存在する。少なくとも同時代の人たちにとっては、「理屈ではなく、感覚的に訴えかけてくるもの」として受け取られている というわけだ。となればやはり、「アート」という括りが相応しい と感じられるだろう。
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しかしこの考え方からは、法律的・倫理的な問題が排除されている 。例えば、覆面アーティストであるバンクシーの作品は、基本的には「落書き」であり、本来なら器物損壊罪が適用される はずだ。ただし、少なくとも日本の法律では、「物の価値を低下させる」ことで罪になる のだそうで、バンクシーの場合はそれに当てはまらないと考えられるため、恐らく犯罪行為とは見做されない のだろうと思う。
アートはこのように「犯罪行為」と隣接する可能性もあるし、そうでなくても「倫理的な問題」を引き起こすことだってある だろう。ソールのパフォーマンスの場合は、「パートナーが身体にメスを入れ、体内の臓器を取り出す」という行為が倫理的に問題がありそう に感じられる。確かに、映画の舞台は「痛みを失った世界」であり、さらにソール本人が了承しているのだから「問題ない」 と考える人もいるだろう。しかしやはり、痛みがあろうがなかろうが、本人が了承していようがしていまいが、「医療行為以外で他人の身体にメスを入れること」は「倫理的」に制約されるべきではないか とも感じてしまう。
普通に考えて、「『アート』と言い張れば、犯罪行為も倫理的な問題も存在しなくなる」なんてことになるはずがない 。だからそこには何らかの「境界線」が存在する はずだ。しかしいくら考えても、その「境界線」が見えてこない 。考えれば考えるほど、「アートを定義することなど出来ない 」という感覚になってしまうからだ。これもまた、本作で描かれる「境界線上にある事柄」 と言っていいだろう。
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「自然発生的な変異」と「人為的な変異」に関する指摘
また、中盤以降まで物語を追うことでようやく理解できたことなのだが、本作では「性質の異なる2つの『変異』」に関する言及 もなされている。ソールの場合、「自然と新たな臓器が生み出される 」のであり、これは「自然発生的な変異 」と言っていいだろう。しかし作中では一方で、「人為的な変異」についても描かれる 。そして、「『自然発生的な変異』が存在するなら、『人為的な変異』が許容されたっていいはずだ 」という主張が展開されていくことになるのだ。
これもまた、非常に難しい話 だと言っていいだろう。
映画の話から少し外れるが、私は以前『CRISPR (クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見』という本を読んだ ことがある。ノーベル化学賞を受賞した科学者本人が、「CRISPR」という「最強の遺伝子操作技術」について書いた作品 だ。その中の「CRISPRで行った遺伝子操作は、次世代にも受け継がれる 」という指摘が印象的だった。
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「遺伝子の変異」は、自然界では常に起こっている 。イメージしやすいのは、植物や鯉などの品種改良 だろう。様々な品種を掛け合わせることで、強制的に変異を促している のだ。品種改良の場合は、確かに人の手が加わってはいるのだが、変異そのものは自然に起こるものなので、当然次世代にも受け継がれる 。
さて一方、「CRISPR」登場以前の常識では、「実験室等で人工的に遺伝子配列を組み替える」という形で行われる「遺伝子の変異」は、基本的に次世代には受け継がれない 。やはり、「自然発生的な変異」とは何かが異なる のだろう。「人の手で直接変化させる」という1度きりの変異であり、その後その変異は受け継がれず姿を消してしまう のである。
しかし「CRISPR」を利用して遺伝子配列を組み替えた場合は、「自然な変異」と同様に、その変異が次世代に受け継がれる というのだ。まさにそんな技術が生み出されたため、「デザイナーベイビー」も夢ではなくなっている のである。
さて、作中でも似たような状況 が描かれていた。映画の後半で登場する話なのでここでは具体的には触れないが、「人為的な変異が、次世代に遺伝した」という描写 が出てくるのだ。このことを問題だと感じる人は、やはり多いのではないか と思う。
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作中で描かれる政府は、「臓器登録所」を設置してまで「加速進化症候群」の動向を監視しよう としている。しかしこの変異はあくまでも「自然」なもの であり、仮に状況がどのように変化したとしても、「取り締まる」みたいな発想にはなり得ない と私は思う。しかし、「人為的な変異」の場合は別だ 。人為的な操作を行わなければ変異は起こらないのだから、監視も規制も行える ことになる。
ただやはり、「人為的な変異」を望む者からすれば、「どうして『自然発生的な変異』は許容されるのだ」と不満を抱いてしまう だろう。私はその考えには賛同しないが、しかし、「『自然発生的な変異』が否応なしに起こっているのだから、別に『人為的な変異』を起こしたっていいだろう」と考える人が出てくるのも当然 だとは思う。このような点でも、「境界線上にある事柄」が浮かび上がる というわけだ。
このように映画『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』は、簡単に答えを導き出すことが出来ない難しい問題が様々に提示される作品 なのである。
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出演:ヴィゴ・モーテンセン, 出演:レア・セドゥ, 出演:クリステン・スチュワート, 出演:スコット・スペードマン, Writer:デヴィッド・クローネンバーグ, 監督:デヴィッド・クローネンバーグ
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最後に
映画を観て最も捉え難いと感じたのが「ソールの動機」 だった。パフォーマンスの動機もそうだが、彼の他の様々な言動も、一体何を目的としているのかが上手く掴めない 。映画の後半で、「なるほど、あの人物と個人的な繋がりがあるのか」と感じさせる描写 があるので、それは理解のための一助にはなる。しかしだからと言って、すべてが理解できたかというとそうでもない 。「ソールの行動原理」を捉えることが、私には一番難しかった。
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普通に生きていれば、私たちはこの映画で描かれるような状況に直面することはまずない だろう。しかし、仮に核戦争が起こったとしたらどうだろうか? 正直何が起こるか分からないし、映画で描かれる以上の混沌とした状況が現出する可能性だってある と思う。
また、映画で描かれる世界そのものは私たちが生きる現実からはとても遠いが、しかし、映画が突きつける問いは、私たちの世界にも関係する と言えるだろう。この映画は2023年制作だが、公式HPによると、監督は20年前には既に脚本を書き上げていた そうだ。なのに2023年まで作らなかったのは、「この映画を作るのに相応しい時代になるのを待つため 」だという。つまり監督の感覚では、「私たちが生きる世界」と「映画で描かれる世界」は、そこまで大きな差が無くなった ということなのだろう。
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確かに技術の進化によって、先述した生命倫理に抵触するような状況は様々に生まれている し、あるいは公式HPでは「マイクロプラスチック」の問題にも触れられていた 。まさに私たちが生きている世界そのものが「境界線上にある事柄」になっている とも言えるかもしれない。
浅学の私にはなかなか捉え切れない部分も多かったが、しかしこのように様々な事柄について考えさせる物語 なのである。難しかったが、とても興味深い作品 でもあった。
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巨匠パク・チャヌク監督が狂気的な関係性を描き出す映画『別れる決心』には、「倫理的な葛藤が描かれない」という特異さがあると感じた。「様々な要素が描かれるものの、それらが『主人公2人の関係性』に影響しないこと」や、「『理解は出来ないが、成立はしている』という不思議な感覚」について触れる
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肯定派でも否定派でもない森達也が、「オカルト的なもの」に挑むノンフィクション『オカルト』。「現象を解釈する」ことよりも、「現象を記録する」こと点に注力し、「そのほとんどは勘違いや見間違いだが、本当に説明のつかない現象も存在する」というスタンスで追いかける姿勢が良い
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「聖書研究に熱心な日本人証人」として「エホバの証人」で活動しながら、その聖書研究をきっかけに自ら「洗脳」を脱した著者の体験を著した『カルト脱出記』。広い意味での「洗脳」は社会のそこかしこに蔓延っているからこそ、著者の体験を「他人事」だと無視することはできない
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