目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:ケイト・ハレット, 出演:クレア・フォイ, 出演:シーラ・マッカーシー, 出演:キーラ・グロイオン, 出演:ベン・ウィッショ-, 出演:ジュディス・アイヴィー, 出演:ジェシー・バックリー, 出演:オーガスト・ウィンター, 出演:シャイラ・ブラウン, 出演:リブ マクニール, 出演:フランセシス・マクドーマンド, 出演:ルーニー・マーラ, 出演:ミッシェル・マクラウド, Writer:ミリアム・トーズ, Writer:サラ・ポーリー, 監督:サラ・ポーリー, プロデュース:ブラッド・ピット, プロデュース:デデ・ガードナー, プロデュース:リン・ルチベロ・ブランヴァテラ, プロデュース:フランシス・マクドーマンド, プロデュース:ジェレミー・クライナー, プロデュース:エミリー・ジェイド・フォーリー
ポチップ
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「宗教コミュニティ内で起こった出来事」という特殊さはあるものの、「尊厳を奪われ続けた者たちの闘いの物語」であり、あらゆる人に関わると言える
- 「実話である」と知らなければ、あまりにも非現実的過ぎて、フィクションとしてさえ受け入れがたいと感じさせられる物語
- 教育を与えられなかった女性たちが必死の議論によってたどり着いた決断とは?
男である私は、観ている間、喉元にずっとナイフを突きつけられているかのような感覚を抱かされた
自己紹介記事
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あまりに凄まじい物語だった。この作品をギリギリ成立させているのが、「実話を基にしている」という要素なのだと思う。正直なところ、「実話が基になっている」のでなければ、フィクションだとしてもあまりにもフィクショナル過ぎて、「受け入れがたい」という感覚の方が強くなってしまったかもしれない。フィクションだとしたらあまりにも現実離れしているため、「実話である」という要素が無ければ作品として成り立たないような印象さえある。
また、単に「実話を基にしている」という事実に驚かされたわけではない。それ以上に、「最近の出来事を扱っている」という点に凄まじさを感じた。
例えば、映画『ウーマン・トーキング』が「200年前の史実を基にしている作品」であるのなら、そこまで驚かなかったかもしれない。今以上に差別や偏見が酷かったわけで、「そういうことも起こり得たかもしれない」と思えた可能性もある。しかしこの映画の舞台は2010年なのだ。たかだか10年ちょっと前である。映画を観ながら、「さすがにその設定には無理があるだろう」と感じた。しかし、その印象は誤りだったようだ。本作には原作となる小説があるのだが、その小説で扱われている「実際の事件」は、2005年から2009年に掛けて起こったものなのである。映画を観れば私の感覚は理解してもらえると思うが、こんなことが「現代」に起こっているという事実には、きっと驚嘆せずにはいられないだろう。
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さて、そんな「異常な出来事」が起こってしまった背景的な要素がある。正直なところ、私は映画を観ている時点では、その点についてほとんど認識できていなかった。劇中ではこの点についてほぼ説明されないので、映画を観る前に内容紹介など読んでいなければ知り得ない情報と言っていいだろう。
実は、主人公の女性たちが住んでいる村は「宗教コミュニティ」なのである。私も別に詳しいわけではないのだが、恐らく、「同じ宗教(映画を観る限り、キリスト教だと思う)を信仰する者たちが集まって共同生活しているコミュニティ」という感じなのだろう。「一緒にしないでくれ」と言われそうだが、日本人の私はやはり、「宗教コミュニティ」と言われると「オウム真理教の出家」を連想してしまう。オウム真理教の場合は都心のビル内にそのような施設を有していたために様々な軋轢を生んだわけだが、『ウーマン・トーキング』では、誰かの所有物なのか、広大な土地にコミュニティの生活が成り立っており、周囲との関わりもほとんどなさそうだった。そのような特殊な環境下で起こった出来事というわけだ。
先程も触れたが、この「宗教コミュニティ」という要素は、映画を観ているだけではなかなか理解できないだろうと思う。映画は基本的に、「女性たち(プラス男性1名)が真剣な話し合いをする」という、ほぼその状況のみで描かれる作品であり、女性たちは目の前にある喫緊の課題について激論を交わしているので、観客に向けて村の成り立ちなどについて説明する余裕はない。なので映画を観る前に、「宗教コミュニティ内で起こった出来事である」という点だけは押さえておくと、物語を理解しやすくなるだろう。
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普段から、映画の内容をほとんど調べずに観に行く私は、本作における「宗教コミュニティ」という設定を鑑賞時点で理解していなかった。そのため、話し合いの冒頭の方である女性が口にする、「男たちを許さないと、天国での居場所を失う」みたいな発言の「重み」を正しく捉えきれていなかったと言っていい。「宗教コミュニティ」であるという事実を知らなければ、「キリスト教の人もいるし、そうでない人もいる」と考える方が自然だろう。私は、「たまたまキリスト教の信者が多くいる村」ぐらいにしか捉えておらず、この点は、映画を理解する上でちょっと障害になったと言っていいと思う。
「宗教コミュニティ」という要素が加わることで、一気に「非日常感」が増す。それ故、「自分には関係のない話だ」と感じてしまう人もいるかもしれない。しかし、より広く捉えれば、映画『ウーマン・トーキング』は「尊厳のための闘い」が描かれる作品でもある。生きていれば、様々な場面で「尊厳が踏みにじられる状況」に出くわすことがあるだろう。そういう時にどう考え、どう決断するのか。それが問われている作品だと私は感じた。
話し合いを続ける女性たちは、一緒に住む男たちに対して「塩を取って」「辛い時に背中をさすって」程度の「頼み事」さえしたことがない。2000年代に生きているとは思えないほど、圧倒的な抑圧状態に置かれているのだ。そんな女性たちが、「生き延びる」ために真剣に話し合い、ギリギリの決断を迫られる。そんな2日間を描き出す物語は、私が「男である」という事実も相まって、喉元にナイフを突きつけられ続けているような緊迫感を感じさせられる鑑賞体験だった。
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映画『ウーマン・トーキング』の内容紹介
自給自足によって生活を成り立たせているとある宗教コミュニティ内で事件が起こる。村に住む女性たちが、寝ている間に暴行されていくのだ。被害女性たちは、朝目が覚めた時に、自身の局部から血が流れていることに気づく。妊娠させられる者もいるし、自殺してしまう者もいた。
女性たちが被害を訴えても、村の男たちは「幽霊や悪魔の仕業だ」とまともに取り合わない。しかしある晩、被害女性が犯人の1人を目撃した。その男を捕まえた後、仲間の名前も自白させ、ようやく事件の全容が明るみになる。彼らは、寝ている女性たちに「馬用の鎮静剤」を打ち、犯行を続けていたのだそうだ。
犯行グループは街へと連れて行かれた。そしてその後、保釈金の支払いのために、村の男たちが街へと出払う。村から男がいなくなるまたとない機会だ。この機会に、女たちは今後の身の振り方を考えることにした。彼女たちの前にある選択肢は3つ。「何もしない」「残って闘う」「出ていく」である。文字を読むことが出来ない村の女性たちは、「投票」のやり方を即席で学び、村の全女性の投票によって今後の行動を決めることにした。
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その結果、「残って闘う」と「出ていく」が同数という結果になる。村の女性の総意を取りまとめるために、代表として3家族計11人の女性が話し合いのために集まった。さらに「字が書けるから」という理由で、以前村から追放されたものの先ごろ戻ってきた男性教師も同席し、決断のための話し合いがスタートする。
期限は、男たちが村を出ている2日間だ。
女性たちの議論の行き着く先は?
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映画の基になった事件について少し調べてみると、その「宗教コミュニティ」には「『男尊女卑』を推奨する考え方」が存在していたそうだ。だから、村では男にしか教育を与えず、そのため女性は読み書きが出来ない。教育が与えられず、読み書きも出来ないとなると、「外の世界の知識」を手に入れることは不可能だ。だから、議論に挑む女性たちの中にも、「女は男に従属する存在だ」という考えが澱のように身体にこびついてしまっている者もいる。それ故に、女性同士でさえ意見がまとまらないのだ。
先に紹介した、「男たちを許さないと、天国での居場所を失う」という発言についても、男たちが「無知な女性を従属させるため」に、適当な考え方を植え付けて言いくるめようとしているだけだと考える方が自然だろう。この映画を観る上ではまず、このような背景が存在することを理解しておかなければならないのである。
「そんな状況はあまりに異常であり、文明化された国には存在しない」と感じる人もいるかもしれないが、恐らくそんなことはないはずだ。例えば日本には、未だに「部落差別」の問題がある。私は、部落差別の問題に触れる度に、「何がどうなってそんな差別が成立しているのか」という部分を含めてそのすべてが理解不能なのだが、現実に差別は頑然と存在するのだ。訳の分からない理屈によって「部落差別」という奇妙な状況が生み出されている現状は、映画『ウーマン・トーキング』で描かれる世界と決して遠いものではないと私は思う。
女性たちの議論は、当然のことながら紛糾する。「残って闘う」にせよ「出ていく」にせよ、彼女たちの生活環境が激変することは間違いないからだ。「塩を取って」という頼み事さえしたことがない女性たちが、「残って闘う」ことなど出来るのか。あるいは、「この宗教コミュニティ以外での生活」などまったく知らず、地図さえ見たことがない女性たちが「出ていく」ことなど可能なのか。また、「出ていく」場合は、「兄や弟、あるいは息子と離れ離れになる」と決断することにもなる。肉親との辛い別れを選んでまで、この村を離れるべきなのか。非常に難しい問題だ。
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映画では、村の代表としてどうしてこの3家族が選ばれたのか明確に説明されなかったと思うが、印象的だったのは、「同じ家族内でも決して意見が一致するわけではない」ということだ。話し合いはとにかく、「ホントにまとまるのか?」と感じさせるほど混沌としたまま進んでいく。「自分も被害者だ」という拭いきれない気持ち。「自分の子どもを絶対に被害者にはしたくない」という強い決意。そして、「どんな決断を下すにせよ、その後の生活が不安で仕方ない」という葛藤。話し合いに参加する者それぞれが、このような「相反する感覚」を抱えている。さらにその上で、議論とは直接関係のない個人的な恨みや、売り言葉に買い言葉といったやり取り、思わず口から出てしまうような吐露などがあり、女性たちの議論は混沌としていくというわけだ。
このような紆余曲折を経た上で、議論がどのような着地を迎えることになるのか。この点は非常に見応えがあると言っていいだろう。
このような状況下における「男」の存在がとても印象的
私が男だからということも関係しているだろうが、個人的には、書記を務めたオーガストの存在が非常に印象的だった。
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彼も元々はこの村に住んでいたのだが、彼の母親が村の方針に異を唱え始めたため、家族全員が村から追放されてしまったという過去を持つ。しかしその後、大学を出たオーガストは、村の少年を教育する教師として戻ってきた。外に世界を知っているからこそ余計に、「教育」の重要性を理解しているのである。
しかし一方で、恐らくかつての記憶がまだ村には残っているのだろう。男たち全員が街へと出払っているにも拘らず、オーガストだけが村に残されているのだ。詳しい事情は説明されないものの、やはり「仲間」扱いされていないと捉えるべきだろう。それで、彼に書記の役目が回ってきたのである。
オーガストの立ち位置はなかなかにややこしい。何故なら、女性たちは今まさに、「村の男たちに対してどのような態度を示すべきか」という話し合いをしているからだ。オーガスト自身は、「仲間」扱いされていないことからも明らかなように、レイプ事件とは何の関係もない。しかしどう振る舞おうが、「男である」という属性が消えるはずもないだろう。オーガストも、彼なりの意見を持って議論に加わろうとするのだが、「書記だけやってろ。口出すな」的な扱いを受けてしまう。女性たちとしても、オーガストに非がないことは十分理解しているのだが、どうしても気が立ってしまうのだ。
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興味深かったのは、オーガストが「女性からのそのような扱われ方を上手く吸収できるような存在感」を放っていることにある。女性から酷い扱いを受けるオーガストが、もしも「可哀想な人」に見えてしまったら、結果として女性たちが悪く映ってしまうことになるだろう。しかし、そうはならない。議論の場に「馴染めている」とは決して言えないもののが、さりとて「排除されている」という風にもならないというわけだ。オーガストが持つこのようなバランス感覚が、映画『ウーマン・トーキング』を絶妙に成立させているように私には感じられた。
「語るための言葉」が無ければ、何も語ることなど出来ない
さて、映画を観ながらもう1つ興味深いと感じたポイントは、「『こと』を語る言葉がない」という女性たちの認識だ。映画を観ている時には正直、何を言っているのか良く分からなかったのだが、「宗教コミュニティ」であることを知ってようやく理解できた。
恐らくこれは、「『レイプ』という言葉を知らない」という意味だと思う。教育を受けさせてもらえず、外部との接触がない村であれば、そういうこともあり得るだろう。
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私たちの場合、普通に生きていれば、どこかのタイミングで「レイプ」という言葉を知ることになるし、その意味だって理解する。だから、自身が被害に遭った時に、それが「レイプ」であると認識出来るというわけだ。しかし、被害者になった後でさえも「レイプ」という言葉を知らないままの彼女たちは、自分の身に起こったことが何であるのかをそもそも捉えることが出来ない。当然、それを訴えることも出来ないというわけだ。
また、「言葉が無い」というのはつまり「概念が存在しない」ということを意味するので、この点も女性たちが共闘しにくい理由の1つになっていたはずだと思う。映画を観ている時には、「さすがに『幽霊』『悪霊』の仕業という説明を信じるのは無理があるだろう」と感じていたのだが、「『こと』を語る言葉がない」という認識を知ったことで納得出来た。登場人物の1人が、「言葉が無いから、沈黙するしかない」みたいに口にするのだが、まさにその通りだろう。彼女たちは、このような点においても厳しい状況に置かれていたというわけだ。
話し合いの最中、「私たちには3つの権利がある」という話になった。そしてその内の1つとして「考える権利」が挙げられるのだ。当たり前過ぎてなかなかこのような思考をする機会はないが、「意図的に教育を与えられず、知識を得る機会もほとんどない女性たち」の議論を観ながら、当たり前のことがいかに当たり前ではないのかについても考えさせられた。
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映画『ウーマン・トーキング』で描かれる村では、男が女性を意図的に無学のままに留めているので、女性たちが無知であることは仕方ないと言えるだろう。しかし、私たちはそうではない。知る権利も学ぶ権利も考える権利も、基本的には保証されているのだ。だからこそ、知る・学ぶ・考えることから遠ざかってはいけないのである。
無知なままでは、闘えないのだ。
出演:ケイト・ハレット, 出演:クレア・フォイ, 出演:シーラ・マッカーシー, 出演:キーラ・グロイオン, 出演:ベン・ウィッショ-, 出演:ジュディス・アイヴィー, 出演:ジェシー・バックリー, 出演:オーガスト・ウィンター, 出演:シャイラ・ブラウン, 出演:リブ マクニール, 出演:フランセシス・マクドーマンド, 出演:ルーニー・マーラ, 出演:ミッシェル・マクラウド, Writer:ミリアム・トーズ, Writer:サラ・ポーリー, 監督:サラ・ポーリー, プロデュース:ブラッド・ピット, プロデュース:デデ・ガードナー, プロデュース:リン・ルチベロ・ブランヴァテラ, プロデュース:フランシス・マクドーマンド, プロデュース:ジェレミー・クライナー, プロデュース:エミリー・ジェイド・フォーリー
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改めて書くが、映画『ウーマン・トーキング』は実話を基に描かれている。こうやって自分で記事を書いていても、その異常さに驚かされるくらいだ。
そして、本作を観た驚きは、自分の身近な世界にも向けるべきだと思う。2000年代に、このような異様さがまかり通る世界が存在していたのだ。となれば、そんな世界がすぐ近くに存在するとしても、決しておかしくはないと考えるべきだろう。
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