目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:おげれつ たなか
¥814 (2022/12/03 18:59時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この記事で伝えたいこと
BLだからこそ描ける状況設定と葛藤の描写が見事すぎるマンガ
この記事を書いているのは、性自認が「男」、性的指向は「男として女性が好き」という人間であることご了承下さい
この記事の3つの要点
- 直人が抱く、「恋愛になると上手くいかない」という感覚に強く共感してしまう
- 「名前がつく関係にはなれない」という行き止まりがあらかじめ見えているからこその葛藤が描かれる
- BLでありながら「恋愛対象としての女性」も登場する、成立させるのにハードルの高い設定・展開が見事
なかなかファンキーな著者名なので、手に取るのに躊躇してしまうかもしれませんが、素晴らしい作品を描く人だと思いました
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まず、物語の設定だけざっと紹介します。高校時代、直人と太一は付き合っていました。しかし、その後最悪な形で別れることになります。そして大学生になった現在は、「友達以下」としか言いようがない関係になってしまっているというわけです。
直人は、太一との関係についてこんな風に振り返ります。
俺と太一は、恋愛を挟むとうまくいかない2人だった。
私がこのマンガにグッときたのは、直人のこの感覚が私の中にもあるからです。
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私の場合は「女性との恋愛」の話になりますが、感覚としては直人と同じで、恋愛だとどうも上手くいきませんでした。恋愛関係になった方とは、別れた後も連絡を取ったり会ったりするような関係になれるのですが、そういう状態の方が私としてはとてもしっくりきます。「好きだ」と思っているのですが、恋愛にすると上手くいかず、恋愛を挟まない場合の方が良い関係になれるという感覚があるのです。
こういう話をたまに誰かにしてみると、「まだ『本当の恋』と出会っていないんだね」というような反応が返ってくることがあります。ただ、「上手く行かなかったから、それは『本当の恋』ではない」という判断に、私はどうも納得でききません。「結果として上手く行った恋が『本当の恋』である」と判断しているとしか思えないからです。私はどうしても、「そういうことではないんだよなぁ」という気分になってしまいます。
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「本当の恋」なんてものが本当にあるなら、「探す」ものじゃなくて「気づく」ものなんだろうなって思う
男同士で、普通じゃなくても、今まで通り楽しくやっていけると思ってたから。でも、だんだん太一と一緒にいることが楽しいとは思えなくなっていった。
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私も直人と同じで、嫌いになったとか飽きたとかではなく、「一緒にいるのがしんどい」みたいな感覚になってしまうのです。「蛙化現象」という、「自分が好意を寄せている相手から好意が返ってくると途端に嫌気が指してしまう」みたいな感覚についての知識もあるのですが、そういうことでもなさそうな気がしています。
そんなわけで私は、ある時点から、「女性とは友達になりたい」と考えるようになりました。
女性とは友達になりたいと思う
と…ともだちになりたいの。
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私は割と昔から、女性の中に混ざる方が楽な人でした。たくさんの女性の中に男の私が1人混ざるみたいな状況は何度も経験してきたし、そういう状況の方が「呼吸しやすい」という感覚さえあります。むしろ、男の中にいると息が詰まるというか、どんな風に立ち振る舞えばいいのか分からないというか、そんな感覚に陥ってしまうのです。
20代前半ぐらいまでは、そんな自分を「コミュ障」だと思ってたぐらいだよね
女性と話す方が楽だって気づいてからは考えが変わったけど
だから「そのままの関係」、つまり「友達」のままでいる方がたぶん、自分にとって穏やかなのだろうと考えるようになりました。
俺たちは恋人とか友達とか、名前のつく関係にはなれない。どんな名前の関係でも結局はうまくいかない。俺と太一は何にもなれなかった。
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私も直人のように、「名前のつく関係にはなれない」という感覚を強く持っています。私の中で「友達」は拘束力の弱い関係性なので大丈夫なのですが、「恋人」や「家族」といった「強い関係性」はとても苦手で、そんな風に名前がついてしまうと、途端に上手く行かなくなってしまうのです。
一方、直人はある場面でこんな風に訴えます。
こえーんだよ。なんか……なんでもいい。名前がつかないと。友達とか恋人とか……家族とかさ。
先に進めないのは怖い。ずっと立ち止まったままいるみたいで。
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彼は、「名前がつかない関係」を求めていながら、その状態に恐怖してもいるのです。少なくとも今は、私の中にはこのような感覚はありません。この点が、直人と私の大きな違いだと言っていいでしょう。
むしろ、「名前がつかないまま関係が継続している状態が素晴らしい」って感じるぐらいだわ
ただ、この物語がとても上手いのは、「同性同士の関係の難しさ」を絶妙に描き出しているという点です。それは、直人の次のような恐怖を知ると理解できるでしょう。
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女の子は、友達、恋人、それから結婚して家族になる。でも俺と太一は、恋人がゴールで最後だった。友達以上にはなれても恋人以上には絶対なれない。元々恋人の俺達にはこれから進む先の道なんかなくて、戻る道しかない。
少なくとも今私たちが生きている世界では、同性同士が結婚して「家族」になることが法的な「ゴール」として認められてはいません。これから変わっていくかもしれませんが、今のところは、同性同士の関係には「行き着く先」がないと言っていいでしょう。もちろん、それが分かった上で、お互いをパートナーとして共に生きると決める人たちもたくさんいます。「名前がつかない」という不安定さをずっと抱えながら生きていくというわけです。
最近は、異性同士でも「事実婚」みたいな状態を選択する人もいるよね
ただ、「他に選択肢がある中で、それを選ばないと決めている」わけだから、やっぱり状況は全然違うよなぁ
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私は、それがどんな関係であれ、犯罪でないのなら許容されるべきだと考えています。本人の意志に反して監禁するなんてのはもちろんダメですが、そういう犯罪行為でなければ、誰とどんな関係にあろうと別に問題ないはずです。「社会がそれを認める」という話は、最終的には「法整備」の話になるでしょうが、法律がどうのという前に、社会がもっと寛容になって色んな可能性を受け入れれば、世の中は変わっていくはずだと思っています。
「この人と一緒にいたい」と強く願う相手と関わることが、無用な葛藤を生まない社会であってほしいと強く願ってしまうのです。
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太一はコミュ障気味で、他人と上手く話すことができないタイプだった。一方の直人は、誰とでも喋れるチャラいキャラ。周囲と馴染めないでいた太一を見かねて構ったことをきっかけに、2人は仲良くなる。友達としては最高の関係だったと言っていい。しかし、付き合うようになってから、途端に上手く行かなくなった。些細なことで喧嘩ばかりして、いつしか一緒にいることが楽しくなくなってしまったのだ。
そして、最悪な形で別れを迎え、太一と直人は、「友達以下」の関係になってしまった。
しばらく連絡を取っていなかった2人は、大学で再会を果たす。相変わらずコミュ力の高さを活かして色んな人に声を掛けまくっていた直人だったが、そうやって知り合った1人から紹介された友人の中に太一がいたのだ。直人は、最悪としか言いようがない別れから一度も会っていない太一に動揺してしまったが、太一はそんな昔のことを気にしていないかのようなフラットさで接してきて、なんだか調子が狂う。
直人は、太一と再び関わる中で、こんな風に考える。
要は好きにならなきゃいいんだよ。簡単な話じゃん。なんだよ、よゆーよゆー。
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恋愛だったから上手くいかなかっただけだ。友達のままならちゃんとやれるはず。そう考える直人だったが、やはりそう都合よくはいかない。
俺はもう知っている、友達以上を。知っているから止まれない。
やはり直人は、太一との恋に嵌まり込んでしまう……。
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冒頭でも書いた通り、直人のスタンスが私自身の感覚にかなり近いと感じられたこともあり、親近感を抱きながら読み進めた作品です。「直人と同じ道を、自分も歩いたことがある」という感覚にずっと囚われている感じで、他人事とは思えませんでした。
直人はリア充的な感じで描かれるけど、その雰囲気からは想像できないぐらいしんどさを抱えてるよね
現実世界でもホント、人生楽しそうに見える人が、結構グルグル悩んでたりするからなぁ
私と同じように「恋愛になると上手くいかなくなる」という感覚を持つ人がどのぐらいいるのか分かりませんが、少なくとも私の場合は、自分の感覚に共感してもらえる機会はほとんどありません。誰かに話をしてみても、「何を言っているのか分からない」という反応になることが多いです。
ただ、私のこの感覚は、男同士の話に置き換えると一気に分かりやすくなるとも言えるでしょう。先程の引用のように、「『家族』がゴールには成り得ない」ため、「恋愛」という関係に進んだとしてもその先がありません。であるなら「仲の良い友達」で踏み留まるべきではないのか、それともやはり「恋愛」へと踏み出すべきなのか。直人が直面するこの葛藤は、なかなか男女間では描けないものだと感じるし、まさにBLだからこそ描ける状況ではないかと感じました。
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こういう、「BLじゃないと切り取れない感情・状況」が描かれてる作品が好きなんだよね
腐女子の皆さんには、そういう感覚を伝えた上でオススメしてもらってたし
さて話は変わりますが、『エスケープジャーニー』はBLでありながら、モブキャラではない女性の登場人物が多数出てくる作品でもあります。「BLの中で女性を描くことの難しさ」については、『窮鼠はチーズの夢を見る』の感想で書いたのでそちらを読んでほしいですが、とにかく、「男同士の恋愛」を描くに当たって、「恋愛対象となり得る女性」を登場させるのはとてもハードルが高いのです。
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『エスケープジャーニー』では、「チャラ男であるが故に、いくらでも女性に声を掛けられる直人」と、「自身に思いを寄せてくれる女性がいる太一」という、共に「異性」という選択肢を持つ2人が抱く「お互いへの想い」が描かれていきます。BLでは珍しいと思いますが、「女性の存在」が物語において重要な役割を占める作品ですし、そういう点も含めて、とてもリアルな物語だと感じました。
ちなみに余談ですが、英語で「エスケープジャーニー(escape journey)」は「駆け落ち・逃避行」という意味だそうです。そのようなタイトルがBL作品に付いているというのもまた印象的でした。
¥2,320 (2023/09/22 22:34時点 | Amazon調べ)
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最後に
以前、「タイトルが面白い」というだけの理由でおげれつたなかの『恋愛ルビの正しいふりかた』を読んでみたことがあるのですが、残念ながら私が読むべきではないタイプのBLでした。やはり、自力でBLの世界に踏み入れるのは難しいと感じましたなぁと思います。そんなこともあって、誰かに改めて勧めてもらえなかったら、恐らく二度とおげれつたなかの作品を読むことはなかったでしょう。そういう意味でも出会えて良かったと感じられる作品でした。
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村上春樹の短編小説を原作にした映画『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督)は、村上春樹の小説の雰囲気に似た「自然な不自然さ」を醸し出す。「不自然」でしかない世界をいかにして「自然」に見せているのか、そして「自然な不自然さ」は作品全体にどんな影響を与えているのか
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