【感想】リドリー・スコット監督の映画『最後の決闘裁判』から、社会が”幻想”を共有する背景とその悲劇を知る

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

出演:Matt Damon, 出演:Adam Driver, 出演:Jodie Comer, 出演:Ben Affleck, 出演:Harriet Walter, 出演:Željko Ivanek, 出演:Marton Csokas, 出演:Alex Lawther, 出演:William Houston, 出演:Oliver Cotton, 出演:Aurélien Lorgnier, 出演:Nathaniel Parker, 出演:Tallulah Haddon, 出演:Bryony Hannah, 出演:Thomas Silberstein, 出演:Adam Goodwin, 出演:Ian Pirie, 出演:Daniel Horn, 出演:Michael McElhatton, 出演:Sam Hazeldine, 出演:Clive Russell, 出演:Julian Firth, 出演:Sylvain Lablée, 出演:Zoé Bruneau, 出演:Chloé Lindau, 出演:Adam Nagaitis, 出演:Elise Caprice, 出演:Fiona Maherault Valinksy, 出演:Tassia Martin, 出演:Camille Mutin, 出演:Caoimhe O'Malley, 出演:John Kavanagh, 出演:Simone Collins, 出演:Clare Dunne, 出演:Christian Erickson, 出演:Alex Blanchard, 出演:Gin Minelli, 出演:Cécilia Steiner, 出演:Serena Kennedy, 出演:Quentin Ogier, 出演:Paul Bandey, 出演:Martin Vaughan Lewis, 出演:Brontis Jodorowsky, 出演:Peter Hudson, 出演:Alexander Pattie, 出演:Dimitri Michelsen, 出演:Stephen Brennan, 出演:Colin David Reese, 出演:Bosco Hogan, 出演:Kyle Hixon, 出演:Florian Hutter, 出演:Sam Chemoul, 出演:Jim Roche, 出演:Martin Gogarty, 出演:Ronan Leonard, 出演:Shane Lynch, 出演:Peter Kirkby, 出演:Kevin McGahern, 出演:Lorris Chevalier, 監督:Ridley Scott, プロデュース:Ridley Scott, プロデュース:Kevin J. Walsh, プロデュース:Jennifer Fox, プロデュース:Nicole Holofcener, プロデュース:Matt Damon, プロデュース:Ben Affleck
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この映画をガイドにしながら記事を書いていきます

この記事の3つの要点

  • 「強姦では妊娠しない」という判断の背景には、「絶頂に達したら妊娠する」という考え方があった
  • 「裁判の勝者を決闘で決する」のは、「真実を語る者こそ、神が守る」と考えられていたから
  • 「スーツにはネクタイ」「化粧はマナー」など、私たちも不合理な「共同幻想」の中で生きている

ラストの決闘のシーンは圧巻で、映像を観ているだけなのに恐怖を覚えるほどの臨場感だった

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません

「私たちはどんな『幻想』の中で生きているのか?」と改めて考えさせられる、実話を基にした映画『最後の決闘裁判』

この映画の舞台は1386年だそうだ。そんな時代の「実話」がどの程度詳細に記録されているものなのか、私にはよく分からない。それはともあれ、映画『最後の決闘裁判』は、現代を生きる我々にも無視できない問いを投げかける作品である。

「強姦では妊娠しない」という「共同幻想」について

人間が生きていくために社会を形成するということは、そこになんらかの「共同幻想」が生まれるということでもある。

分かりやすいのは「お金」だろう。電子決済が普及した今でも、私たちは硬貨や紙幣を見て、そこに「価値がある」と感じる。しかし、1万円札にしたところで、その実態はペラペラの紙でしかない。そんなものに「価値がある」理由は、社会を構成する私たちが全員「1万円札には『価値がある』」と感じているからにすぎないのだ。

「お金」は私たちの日常生活にあまりに当たり前に存在するものなので、それが「共同幻想」だということすら私たちは忘れている。これはつまり、「無意識レベルで信じている『共同幻想』が社会にたくさん存在すること」を示唆していると言えるだろう。私たちは、そうと意識せずに「驚くような事柄」を全員で信じ込んでいるのかもしれないのだ。江戸時代以前の、「お歯黒の女性は美人」のように。

そして、大昔のフランスを舞台に描かれるこの映画は、「社会通念があまりに異なる時代」を描き出すことによって、「人々が信じる『共同幻想』の違い」を如実に見せつける作品なのである。

例えば、裁判シーンである人物が、こんな主張をする

強姦では妊娠しない。
これは科学的事実だ。

この発言の背景を説明しながら、当時の「共同幻想」について書いていこう。

映画『最後の決闘裁判』には、主人公が3人いる。騎士のカルージュ、カルージュの親友であり従騎士であるル・グリ、そしてカルージュの妻マルグリットだ。物語では、マルグリットがル・グリに強姦されたと訴え、カルージュがル・グリを訴えるという展開となる。

さて、マルグリットはこの時点で、カルージュと結婚して5年が経過していた。しかし子どもには恵まれない。マルグリットは医師に相談をするのだが、そこで彼女はこんなことを聞かれる。

夫との行為に絶頂を感じるか?

この場面から、この時代の「科学的事実」として、「性行為の際に、女性が絶頂に達することで妊娠に至る」という「共同幻想」が存在したことが分かる。

そしてだからこそ、「強姦では妊娠しない」という主張が成立してしまう。強姦で絶頂を感じることはあり得ないのだから、当然妊娠などするはずがない、というわけだ。

この場面が映画の中で一番驚かされたし、興味深いと感じたポイントだった。「興味深い」と感じたのは、「何故そのような『共同幻想』が生まれたのだろうか?」と考えさせられたからである。

映画の中でそうと語られるわけではないが、観客は恐らく「妊娠に至らなかった原因は夫カルージュの方にある」と感じるはずだ。現代の理屈で考えれば、それしか考えられない。しかし当時は、「男性のせいで妊娠できない」などという考えは受け入れ難かっただろう。当時の常識では、妻のマルグリットは「夫の所有物」という扱いだった。だから「強姦」という事実に対しても、マルグリット本人が訴えを起こせるのではなく、「『妻という財産』に『損害』を被った夫カルージュ」が裁判を起こさなければならないのだ。それぐらい女性の立場が今と比べて圧倒的に低かった時代であり、そんな世の中で「男性のせいで妊娠できない」などという考えが通るはずがないだろう。

しかし、「女性が妊娠しない理由」には何か理屈をつけなければならない。そこで、「女性が絶頂に達していないから」という、女性に責任を押し付ける考えが生まれたのだと私は感じた。そしてその理屈が「強姦では妊娠しない」という考え方にも転嫁されることとなり、マルグリットのような境遇が生まれてしまったというわけだ。

また、この映画の主テーマである「決闘裁判」も、「共同幻想」そのものであると言える。

「決闘裁判」というのは、「決闘の勝敗で裁判の決着をつける」というシステムだ。こう説明をしても意味不明でしかないが、かつてはこのような理屈がまかり通っていた。

カルージュとル・グリが決闘で勝敗を決める裁判は、もちろん、先に説明した「ル・グリの行いは強姦だったか否か」である。つまり、「カルージュが勝てばル・グリは強姦を行ったと裁定され、ル・グリが勝てば彼は強姦をしなかったと裁定される」というわけだ。

意味不明の極みだろう。現在の視点からすれば、当然そういう感想になる。

しかし、当時この考えは正しいものとして受け取られていた。何故なら、「真実を語る者こそ、神が守る」という考え方が存在していたからだ。「闘って負けた者は、神に守られなかった。つまりそれこそ嘘をついていたという証だ」という理屈である。

ある場面でカルージュは、

国王に上訴するのではない。神に上訴するのだ。

と発言していた。彼は、「人間による裁定」がではなく「神による裁定」を望むのである。「真実を語る者こそ、神が守る」という考え方が「共同幻想」として行き渡っており、決闘による裁定を皆が受け入れるからこそ、「決闘裁判」は成立するというわけだ。

現代の視点からすればあまりにバカバカしい話である。しかし、本当にそんな風にあっさりと切り捨てていいものだろうか

意識していないだけで、私たちも「”おかしな”共同幻想」の中で生きている

私たちもきっと、別の時代の人から見れば「は?」と感じるような「共同幻想」の中に生きていると思う。

例えば、ネクタイなんかはまさにそうだろう。「男性の正しい服装」に必要とされているが、ネクタイほど「機能」を有しない服飾品もなかなか存在しないように思う。私は普段スーツを着るような仕事をしていないので実感する機会は多くないが、やはり冠婚葬祭などでスーツを着る際には、「このネクタイってやつは一体なんなんだ?」と感じてしまう。

ファッションアイテムとして好みで着用が決められるのであればともかく、ネクタイは基本的に「しなければならないもの」という認識になっているはずだ。これは恐らく、別の時代の人が見たら理解できない「共同幻想」だろうと思う。

女性の「化粧」も似たような点があるだろう。もちろん、自ら望んで化粧をしている人もいるだろうが、一方で、「社会人たるもの、女性は最低限化粧をすべきだ」みたいな意見も世の中には存在する。何故か「女性の化粧」だけは「マナー」のような形で存在しているのだ。これもよく分からない「共同幻想」と言っていいだろう。

私たちも、このような「共同幻想」の中で生きている。それらに違和感を抱きつつも、「スーツ着用時にネクタイを締めない」「会社にすっぴんで行く」という選択をなかなか取ることはできない。であれば、「強姦では妊娠しない」「決闘の勝者の主張が正しい」という判断を、決して笑うことなどできないはずだ。

江戸時代、日本の銭湯は混浴だったという。それを聞いて私たちは「えっ?」と驚くはずだ。同じようなことを、私たちもしているかもしれない。500年、1000年先の未来人が、「2000年代初頭にはこんな『共同幻想』が存在していたらしい」と聞いて、驚愕しているかもしれないというわけだ。

このような「共同幻想」は社会の隅々まで広がっているし、あまりに日常に溶け込んでいるので、「当たり前」だという感覚を取り除くのは難しい。しかし一方で、私たちが何かを「正しい」「間違っている」と判断する際には、「そのような不安定な土台しか有しない『共同幻想』を大前提にしているかもしれない」と意識することも重要だと感じる。

「女性が絶頂に達するから妊娠する」という誤った「共同幻想」を基に判断していると、「強姦では妊娠しない」という誤った結論が導かれてしまう。私たちも、同じ過ちを日常の中で繰り返している可能性に、気づこうとしなければならない

そんな意識を抱かせてくれる映画でもあると私は感じた。

映画『最後の決闘裁判』の内容紹介

映画のラストでは、決闘裁判が行われる。1386年12月29日に行われた、フランスで法的に認められた最後の決闘裁判だ。そして、その裁判に行き着くまでの3人の物語が、3人の視点それぞれで展開されていく。言葉で説明するとややこしくなるが、決闘裁判直前までの流れが「カルージュ視点」で描かれた後、同じ物語が「ル・グリ視点」「マルグリット視点」でも改めて展開される、という構成になっているのである。

ここでは、カルージュ視点の物語に触れることにしよう。

カルージュとル・グリは親友で、戦場で共に闘う戦友でもある。しかし、ベルム城塞の城主である父の代替わりを待つしかないカルージュとは違い、ル・グリは領主であるピエール伯に重用される存在であり、従騎士の身分でありながら重要な役割を任されていた。

カルージュは、国王を裏切ったことで知られているティボヴィルの娘マルグリットを妻に迎え入れることに決める。その持参金の一部として、オヌー・ル・フォコンと名付けられた土地を含む一帯をカルージュが譲り受けるはずだったのだが、何故かその土地はル・グリの所有と決まってしまった。納得のいかないカルージュは、ピエール伯を訴える決断をする。しかしその行動はピエール伯の逆鱗に触れてしまい、思いもよらなかった報復を受けることになってしまった。

他にも様々な事情があり、カルージュとル・グリは、「かつて親友だった」と表現するしかないような関係へと変わっていってしまう

カルージュにとっては屈辱的だった出来事から1年が経ち、久々にル・グリと再会する機会が巡ってきた。彼は妻マルグリットと共にる・グリ招待を受けることに決める。そしてその後、遠征に出るカルージュはしばらく城を留守にした。戻ってきた彼は、妻から驚くべき告白を受ける

ル・グリに強姦された、と

カルージュは考える。ル・グリはピエール伯の寵愛を受けており、普通に裁判に訴えても恐らく勝ち目はない。国王に訴えたとて同じことだろう。そこでカルージュは、「決闘裁判」に打って出る決意をし、準備を進める

「決闘裁判」について詳しく知らなかったマルグリットは、裁判の過程で初めて、「カルージュがもしも決闘で負ければ、『マルグリットが偽証をした』と確定し、生きたまま火炙りにされる」という事実を知った。既に事態は動き始めている。夫が決闘で勝つことを祈るしかない……。

映画『最後の決闘裁判』の感想

映画『最後の決闘裁判』の特徴は、内容紹介の中でも少し触れたが、「同じ物語を、3人の視点で描き直す」という点にあると言っていいだろう。ただし、この構成が、この物語を描き出すに当たってベストな選択だったのか、私にはなんとも言い難い。3視点で描き分けられることによる驚きや発見が、思ったほどは多くなかったからだ。そして当然だが、同じ物語を3度描くのだから、その分物語は長くなっていく。映画がつまらなかったというわけではまったくないのだが、違う構成でも良かったのではないかと私は感じた。

圧巻だったのは、映画のラストで描かれる決闘のシーンだ。ただ映像を観ているだけなのに、恐怖を感じるぐらいの臨場感だった。肉弾戦としか言いようのない、肉体と肉体のぶつかり合いがもたらす緊迫感が、とにかく圧巻だ

役者に詳しくない私でも知っているぐらい有名な俳優が、見事な演技を見せてくれる作品であり、全体的に素晴らしかったと思う。

出演:Matt Damon, 出演:Adam Driver, 出演:Jodie Comer, 出演:Ben Affleck, 出演:Harriet Walter, 出演:Željko Ivanek, 出演:Marton Csokas, 出演:Alex Lawther, 出演:William Houston, 出演:Oliver Cotton, 出演:Aurélien Lorgnier, 出演:Nathaniel Parker, 出演:Tallulah Haddon, 出演:Bryony Hannah, 出演:Thomas Silberstein, 出演:Adam Goodwin, 出演:Ian Pirie, 出演:Daniel Horn, 出演:Michael McElhatton, 出演:Sam Hazeldine, 出演:Clive Russell, 出演:Julian Firth, 出演:Sylvain Lablée, 出演:Zoé Bruneau, 出演:Chloé Lindau, 出演:Adam Nagaitis, 出演:Elise Caprice, 出演:Fiona Maherault Valinksy, 出演:Tassia Martin, 出演:Camille Mutin, 出演:Caoimhe O'Malley, 出演:John Kavanagh, 出演:Simone Collins, 出演:Clare Dunne, 出演:Christian Erickson, 出演:Alex Blanchard, 出演:Gin Minelli, 出演:Cécilia Steiner, 出演:Serena Kennedy, 出演:Quentin Ogier, 出演:Paul Bandey, 出演:Martin Vaughan Lewis, 出演:Brontis Jodorowsky, 出演:Peter Hudson, 出演:Alexander Pattie, 出演:Dimitri Michelsen, 出演:Stephen Brennan, 出演:Colin David Reese, 出演:Bosco Hogan, 出演:Kyle Hixon, 出演:Florian Hutter, 出演:Sam Chemoul, 出演:Jim Roche, 出演:Martin Gogarty, 出演:Ronan Leonard, 出演:Shane Lynch, 出演:Peter Kirkby, 出演:Kevin McGahern, 出演:Lorris Chevalier, 監督:Ridley Scott, プロデュース:Ridley Scott, プロデュース:Kevin J. Walsh, プロデュース:Jennifer Fox, プロデュース:Nicole Holofcener, プロデュース:Matt Damon, プロデュース:Ben Affleck
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最後に

現代の視点から見るとやはり、女性であるマルグリットの立場があまりにも弱すぎるのが印象的だった。ある場面での、カルージュの母(マルグリットの義母)がマルグリットに味方してくれない描写などはまさに、女性同士が共闘できない困難さが滲み出ていたと思う。もちろん、女性同士が共闘できない現実は現代にも様々な場面で存在するわけだが、女性の権利が今よりも圧倒的に認められていなかった時代の厳しさを改めて思い知らされた気がした。

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