【驚異】映画『RRR』『バーフバリ』は「観るエナジードリンク」だ!これ程の作品にはなかなか出会えないぞ

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

出演:NTR Jr., 出演:ラーム・チャラン, 出演:アーリヤー・バット, 出演:アジャイ・デーヴガン, 出演:レイ・スティーヴンソン, 出演:アリソン・ドゥーディ, 出演:オリヴィア・モリス, 出演:トゥインクル・シャルマ, Writer:S.S.ラージャマウリ, 監督:S.S.ラージャマウリ
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出演:プラバース, 出演:ラーナー・ダッグバーティ, 出演:タマンナー, 出演:サティヤラージ, 監督:S.S.ラージャマウリ
いか

この映画をガイドにしながら記事を書いていくようだよ

この記事で伝えたいこと

3時間の上映中、ほぼずっとワクワクさせられる、『RRR』の常軌を逸した凄まじさ

犀川後藤

前後2部作で5時間を超える『バーフバリ』も、ハチャメチャに面白いです

この記事の3つの要点

  • 「観るエナジードリンク」と言っていいくらい、観ると元気になれるとんでもない超大作インド映画
  • 「先の展開がすべて予想できるのに、どうやってその状況に辿り着くのかまったく想像出来ない」という異次元の展開
  • インド映画らしく歌い踊るシーンもあるが、そこにさえ必然性を感じさせる見事な作り
犀川後藤

特に『RRR』は、観て「つまらなかった」と感じる人がいるなら話を聞いてみたいと思ってしまうほど、誰が観ても楽しめるはずだと考えています

自己紹介記事

いか

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

圧巻のインド映画!!!『RRR』『バーフバリ』(監督:S・S・ラージャマウリ)は、「全人類に勧められる」と断言できる超絶面白い物語だ!

2022年10月に日本で公開され、未だに散発的にロングラン上映が続いている『RRR』。あまりにも話題になったので、観ていなくても名前ぐらいは知っているという人も多いだろうと思います。そして、もしもまだ観ていないのであれば、絶対に観てほしいです!!! 私は、「映画であれ小説であれ何であれ、『すべての人間が面白いと感じる作品』など無い」と考えている人間ですが、『RRR』だけは例外と言っていいかもしれません。それぐらい、「誰が観てもまず間違いなく『面白い!!!』ってなる映画」だと思っています。

犀川後藤

友人と喋ってて、「『RRR』は『観るエナジードリンク』だね」って話になったわ

いか

「面白い」のももちろんだけど、なんていうか「生きる元気が湧いてくる」みたいな映画なんだよね

そして、『RRR』があまりにも面白かったので、同じ監督の過去作である『バーフバリ』も観てきました。『RRR』も3時間超えのかなり長尺の映画ですが、『バーフバリ』は前後2部作で6時間弱と、2倍近く上映時間がある作品です。どちらか1作と言われれば、やはり『RRR』を推しますが、『バーフバリ』も「観てないのはもったいない!!」と感じるくらいの超絶傑作でした。

そこで今回は、この2作品について同時に紹介する記事を書いていこうと思います。

そのあまりのスケール感、そしてそのあまりの面白さ

それぞれの内容についてはすぐ後で紹介しますが、まず先に、作品のスケール感が伝わるような情報や、ざっくりした面白ポイントなどに触れておくことにしましょう。

『RRR』は、制作費が7200万ドル(約97億円)と、インド映画史上最高額なのだそうです。もちろん、ハリウッド映画では制作費が1億ドルを超えるような映画もあるでしょう。ただ重要なのは、これが「インド映画」だということです。インドの俳優のギャラがいくらぐらいなのか知りませんが、ハリウッド俳優と同等ということはまずないはずです。少なくとも1桁(もしかしたら2桁ぐらい)は違うんじゃないかと思います。

いか

日本映画の場合、制作費が10億円を超えることもまずないからね

犀川後藤

ちょっと前にメチャクチャ話題になったTBSドラマ『VIVANT』は、超異例の1話1億円って言われてるから、総製作費は10億円ぐらいかな

さてそう考えると、7200万ドルの大半が、セットやエキストラに注ぎ込まれていると考えるのが妥当でしょう。実際に『RRR』を観れば、ハリウッド映画にも劣らない凄まじい規模で撮影が行われていることが伝わるし、そのスケールに圧倒されてしまうはずです。

そして、セットやエキストラの規模がとんでもないことに加えて、さらに主演2人の「フィジカル」の凄まじさが、作品のスケールを押し上げる要素だと感じました。『RRR』では、敵と闘ったり困難なミッションに挑んだりと、王道中の王道の物語が展開されるわけですが、その中で、「こんなこと、人間に可能なの?」と感じるレベルの動きやアクションが随所に描かれていくのです。

いか

ホント、大げさではなく、「あり得なさすぎて笑っちゃう」みたいなシーンがてんこ盛りだよね

犀川後藤

どこまでCGを使ってるのか分かんないけど、主演2人のフィジカルの凄さが伝わるから、何をやってもメチャクチャ説得力がある

どれだけお金を掛けようとも、「俳優のフィジカル」はそう簡単に思い通りになるものではないでしょう。物語が、「主演俳優のフィジカルを全力で活かすような展開」になっていることもまた、この映画が面白さと感動を与える作品に仕上がっている理由だと感じました。

また、『RRR』も『バーフバリ』もとにかくストーリーが長く、さらに、特に『バーフバリ』の方が顕著ですが、人物やら王国やら対立関係やらが凄まじく入り乱れていて、普通なら「難しい!!!」と感じてしまうような内容だと思います。ただ、どちらの作品もストーリーテリングが抜群に上手く、「難しい」なんて感じる瞬間は微塵もないでしょう。全体のストーリーが「王道中の王道」をなぞるような形で構成されることもあり、もし万が一置いていかれそうになっても、「物語は想像通りに進む」と考えておけば問題ないはずです。

そして「王道中の王道」にも拘らず、ここまで触れてきた「凄まじいスケール感」と「圧倒的なフィジカル」のお陰で、「ありがちなストーリーを観ている」みたいな感覚には全然ならないと思います。「超分かりやすいストーリー」を中心に据えつつ、その周囲を様々な要素でぐるぐる巻きにすることで、ぶっ飛んだ物語を演出しているというわけです。

いか

っていうか、「絶対こういう展開になるはずだけど、でも、何がどうなったらそうなるの?」って感覚になるよね

犀川後藤

それを、「メチャクチャ金の掛かった舞台装置」と「主演のフィジカル」で、ハチャメチャに乗り越えていく感じが凄かった

またインド映画と言えば、突然踊ったり歌ったりするシーンが思い浮かぶ人も多いでしょう。私は基本的に、「インド映画」や「ミュージカル映画」みたいに、物語の流れと関係があるようには思えないタイミングで歌ったり踊ったりする映画があまり得意ではありません

ただ、今回紹介する2作品にも、確かに歌や踊りが出てくるのですが、私の中でそれらは「必然性がある」と感じられるものでした。「そこで歌・踊りが出てくることに意味がある」と感じられるタイミングでしか登場しないというわけです。『RRR』では、「ナートゥダンス」が大いに話題になりましたが、この登場にも「必然性」がありました。だから、私のように「ミュージカル映画やインド映画があまり得意じゃない」という人でも、きっと問題なく観られると思います。

犀川後藤

あまり具体的に名前を出さない方がいいのかもだけど、私は『ラ・ラ・ランド』がマジでダメだったんだよなぁ

いか

『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の場合は、「必然性」を感じられたから良かったよね

読んでいる人にはかなりイメージが伝わるんじゃないかと思いますが、私は『RRR』『バーフバリ』を観て、高橋克彦の『火怨』という小説を連想しました。『火怨』の詳しい紹介については下にリンクした記事を読んで下さい。古代日本を舞台に、虐げられてきた民が権力に立ち向かうという物語で、その設定や戦闘のスケール感などがかなり似ている気がします。もし『火怨』を映像化したとしたら、『RRR』『バーフバリ』のような感じに仕上がるのかもしれません。

それでは、そんな2作品の内容を紹介していこうと思います。

映画『RRR』『バーフバリ』の内容紹介

『RRR』

物語の舞台となるのは、1920年代のインド。当時インドはイギリスの植民地支配下にあり、インド人は「褐色人種」と蔑まれ、人ではないような扱いを受けていた

ある日のこと、総督一行がアーディラーバードに住むとある部族の元を訪れる。歓迎のために部族の面々が集まり特技などを披露したのだが、その中にいた、歌いながら絵を描くマッリという少女のことを、総督の妻がとても気に入った。彼女は夫に、「暖炉の上に飾ってもいい?」と尋ねる。英語が分からない部族の者たちは、その後妻が投げ捨てたお金を「マッリが描いた絵の代金」だろうと受け取った。しかし、一行がマッリを連れて行こうとしたことで状況を理解する。先程のお金は、マッリを買い上げるものだったのだ。

我が子を取り戻そうと、総督が乗る車の前に母親が身を投げ出す。それを受けて兵士たちが銃を向けるが、総督はそれを止めた。そのまま朗々と自説を披瀝する。君が撃とうとしている銃弾は、英国で製造され、7つの海を超えたものだ。その銃の中に収まるまでに、1ポンドの費用が掛かっている。そんなものを、褐色人種ごときに使うのはもったいないと思わないか。そう言われた兵士は、手近にあった木で母親を殴り倒した。一行はマッリを連れ、そのまま立ち去っていく。

一方、首都デリーでは、革命家の拘束に反対する民衆が兵舎を取り囲んでおり、あわや暴動寸前という状態に陥っていた。兵舎の内側には、イギリス側で働く現地採用の警察官も控えており、事態を見守っている。どさくさの中、金網の外から群衆の1人が石を投げ込み、総督の肖像画を破壊した。これを合図にイギリス兵の上官から、現地採用の警察官の1人ラーマに、「あの男を捕まえろ」と命令が下る。するとラーマは、数千人はいるのではないかという群衆に身一つで飛び込んでいき、石を投げた男を追いかけ始めた。民衆は当然、力を合わせてラーマの行く手を阻もうとするが、凄まじい怪力を誇るラーマを止めることなど出来はしない。最終的にラーマは男を捉え、兵舎の内側に引きずり込むことに成功する。

しかしその後開かれた、功績のあった者を表彰する場で、数千人相手に奮闘したラーマの名が呼ばれることはなかった。彼は「間違いなく評価されるだろう」と確信を持っていたため不満そうな顔を隠さないが、しかしそうしたところでどうなるものでもない。

さて場面は、総督の部下エドワードの執務室に移る。あるインド人太守が、彼に忠告にやってきたのだ。以前無理やり連れてきたマッリという女の子を部族の元に返した方がいい、と。エドワードが理由を問うと、彼はこんな話をした。ゴーンド族は群れで暮らしており、そしてそれぞれの村には「羊飼い」がいる。彼らは、仲間に何かあった時に対処する役割を持つ者たちだ。そしてマッリを返さなければ、その「羊飼い」が執念深く追いかけてくるというのである。しかし、「褐色人種ごときが」と考えているエドワードは、歯牙にも掛けない。

そんな「羊飼い」であるビームは今、まさに森の中で遭遇した虎と闘っている。窮地に陥りながらも、虎との闘いにさえ勝利する屈強な人物だ。彼はマッリを奪還すべく、半年も前に村を出て探し回っているのだが、未だに手がかりも見つかっていない状況だ。しかし諦めるつもりなどまったくない

エドワードは警察官たちに、太守からの忠告を一応伝えた。しかし、「羊飼い」の素性はまったく不明だ。そんな人物をどう注意し、どう捕まえたらいいのか。皆困惑の顔を浮かべるが、その時総督の妻が勝手に、「『羊飼い』を捕まえた者を特別保安官に任命する」と宣言した。それに機敏に反応したのがラーマだ。彼は、今度こそ評価されるチャンスだと、独自に捜査を開始する。

そんなある日、デリーの街中を流れる川に架かる橋を渡っていた電車が突如爆発炎上し、そのすぐ下で釣りをしていた少年が、燃え盛る炎に囲まれて絶体絶命の状況に置かれてしまった。そしてなんと、その現場にたまたま居合わせたのが、ラーマとビームだったのだ。彼らは初対面にも拘らず、少年を救うために瞬時に計画を立案、不可能としか思えないアクロバティックなやり方で無事少年を救助することに成功したのである。

こうして彼らは、まさか「追う/追われる」関係だなんて想像もしないまま、唯一無二の親友になるのだが……。

『バーフバリ』

物語が始まる舞台は、落差が100mはあろうかという巨大な滝の下に位置するとある村

ある夜、高貴な服を着た女性が、生まれたばかりの赤ん坊を抱えて追っ手から逃げていた。彼女は自らの死は覚悟したが、「この子だけはお助け下さい」とシヴァ神に祈る。その願いは聞き入れられた。川べりにいた者たちが、川面から突き出た女性の腕の先に赤ん坊がいることに気づき、救助に向かったのだ。女性は、滝の上を指さしながらそのまま流されていった

その後村人は、その女性が降りてきたと思われる洞窟の入り口を発見する。この子はきっと、滝の上の子なのだろう。だから返しに行くべきだという周囲の声を無視して、村長の妻サンガが「私が育てる」と宣言し、洞窟の入口の封鎖も命じた。

その子はシヴドゥと名付けられ、すくすくと育っていく。しかし何故か「滝登り」を止めようとしない。サンガにとっては頭痛の種である。シヴドゥは、人間には攻略出来るはずのないこの滝を、なんとか登ってやろうと考えているのだ。

何度挑戦しても上手くいかなかったシヴドゥだったが、ある日滝の上から木彫りの仮面が落ちてきたことでさらに決意が固まった。「この仮面の女性に会いたい」という気持ちを抱くようになったのだ。その一心であらゆる困難を突き破り、ついに滝を登り切ることに成功した

滝の上でシヴドゥは、1人の女性が大勢の男たちに追われている状況を目撃する。しかし彼女はただ逃げ回っているだけではなかった。追っ手を罠があるところまで誘導し、反撃に転じたのだ。その勇敢さと美しさに惹かれたシヴドゥは、彼女に気づかれないように後をつけることに決める。

アヴァンティカというその女性は、反政府軍として活動していた。滝の上の世界は「マヒシュマティ王国」であり、その王バラーラデーヴァは絶対王権を敷き、恐怖政治で人々を支配している。その圧政に耐えかねた民衆の一部が、反政府軍として革命を目指していた。

王が住む宮殿には、デーヴァセーナという女性が25年間も幽閉されており、どうやらバラーラデーヴァと何か対立関係にあるようだ。一方、先祖代々王家に忠誠を誓う家系に生まれたカッタッパは、「最強剣士」の異名を持つ実力を有しながら、奴隷という身分に甘んじている。そんな彼は、どうにかしてデーヴァセーナを解放してあげたいと考えているのだが、やはり手が出せない。アヴァンティカら反政府軍は、そんなデーヴァセーナの奪還も見据えて日々活動している

さて、そのような複雑な状況下にあるとは知らないシヴドゥはアヴァンティカに接近し、「戦闘に応じるフリをしながら魅惑する」というやり方で関心を惹くことに成功した。しかしアヴァンティカはつい先日、デーヴァセーナ奪還作戦のリーダーに指名されたばかり。当然、恋にうつつを抜かしている場合ではない。だから、魅力を感じつつもシヴドゥから離れる決意をしたのだが、その直後、政府軍に囲まれ囚われてしまった。しかし、どこからともなくシヴドゥが現れ、敵を蹴散らしていく。シヴドゥはアヴァンティカが置かれている状況を知るや、どこの誰なのかも分からないデーヴァセーナ奪還のために、単身で宮殿に乗り込む決意をする

その日宮殿では、バラーラデーヴァの誕生日を祝う式典が行われていた。30mの高さを誇る「黄金の立像」のお披露目のために、奴隷たちがロープを引っ張ってまさにその立像を立たせようとしているところだ。そのあまりの重さに一度倒れかけるのだが、顔を隠しつつ奴隷に扮して通りかかったシヴドゥがその怪力で窮地を救う。その際、ロープを引く奴隷の1人がたまたまシヴドゥの顔を目にした。その瞬間、その奴隷は「バーフバリ!」と叫び始めたのだ。その声は宮殿中に響き渡り、他の者たちも呼応するように「バーフバリ!」「バーフバリ!」と大声を上げ続ける。

奴隷たちが叫ぶ「バーフバリ」とは一体何なのか。それは、マヒシュマティ王国の「王」として、そして民衆にとっての「神」として、今も多くの人から崇められる人物の名である……。

『RRR』の凄さは、「『どう展開するかがすべて予想できる』にも拘らず、とんでもなく面白い」ことである

さて、内容紹介を読んで、「物語の内容に触れすぎている」と感じた人もいるかもしれません。しかし、映画を観ればまったくそんなことはないと理解してもらえるでしょう。内容紹介で触れたところまででも、「ラーマ VS 数千人の民衆」「ビーム VS 虎」そして「ラーマとビームの共同作戦による少年の救出」など、ハチャメチャなシーンが結構出てくるのですが、これらはまだまだ序の口でしかありません。冒頭の描写など遥かに凌ぐ「超絶アクロバティックシーン」がてんこ盛りであり、さらにそのスケールがどんどんと増していくのです。もちろん、ストーリーそのものも凄まじく展開していくわけで、観れば観るほど惹き込まれる作品だと言えます。

いか

観てると、「そりゃあ100億円も掛かるよなぁ」って感じの映画だよね

犀川後藤

ハリウッドでも、このレベルの規模感を実現するのはかなりハードル高いんじゃないかなって思う

さて、冒頭でも少し触れましたが、『RRR』の凄まじさは「先の展開が予想できるのに面白い」という点にあります。『RRR』から物語の骨格だけを取り出したらもの凄くシンプルで、悪意を持った言い方をすれば「テンプレの貼り合わせ」みたいな作品とさえ言えるかもしれません。「ご都合主義的な展開」も躊躇なく出てくるので、大体の観客が、「今こうってことは、次はこうなるはずだよね」と理解できるだろう造りになっています。まさに、「万人に勧められる王道物語」というわけです。

しかし、「先の展開が予想できる」という評価は決して悪い意味ではありません。というのも『RRR』は、「次こうなるのは間違いない。けど、どうやって?」という疑問が浮かぶ物語だからです。映画を観ていれば大体、「今Aという状況にあるから、次は間違いなくBになるだろう」と予想できます。しかし一方でそれは、「でも、AからBに展開するの、どう考えても無理じゃない?」と思わせる状況でもあるのです。

いか

物語の中で主人公をピンチに追い込むのは常套手段だけど、それにしても「ちょっと無理あり過ぎない?」って感じだよね

犀川後藤

しかもそれを、唖然とするやり方で突破していく感じが凄すぎるんだよなぁ

例えば分かりやすいのは、ビームが宮殿に突入するシーンでしょう。ビームはマッリが囚われている場所を特定し、彼女を取り戻すために急襲することに決めます。しかし、ビームたちの手勢は、共に村からやってきた高々数人の仲間だけ。そのような布陣で、宮殿の厳重な警備を突破するなど、普通は不可能です。

しかし『RRR』では、そんな「不可能」としか思えない状況を、なんとかしてしまいます。しかも、その「なんとかする仕方」があまりにぶっ飛んでいて、時に笑ってしまいそうになるぐらいイカれたものなのです。また、急襲の場面はさらに、「なるほど、だからビームはあの場面でああいう行動を取っていたのか」と理解できる伏線回収的な意味も持っており、全体の構成としてもとても上手いと感じました。

犀川後藤

「伏線回収」とか言ってはみたものの、「そんなん無理だろ」って感じることに変わりはないんだけど

いか

それでも、「ビームやラーマならもしかしたら……」って思わせる描写が色々出てくるから、ギリギリ説得力があるとも言えるよね

このように『RRR』(『バーフバリ』もですが)は、「先の展開はすべて読めるが、しかしどうやってその展開が実現するのかまったく想像が出来ない」という描写を繰り返すことで、「シンプルなのに驚きも与える」という、かなり難しい両立を実現させているわけです。この斬新過ぎる構成は見事だなと感じました。

さて、『RRR』を映画館で観ると、途中で「INTERRRVAL」と表記されます(ちゃんとRが3つになっていますね)。3時間もある映画なので、映画の本編そのものに「休憩」の表記が含まれているというわけです。しかし「日本で上映する際は休憩は設けないと決まった」みたいな記事を読んだ記憶があります(これは映画館によっても対応が違うかもしれませんが)。少なくとも、私が観た上映回には休憩はありませんでした

いか

今まで観た映画だと、黒澤明『七人の侍』とか、濱口竜介『親密さ』なんかで休憩があったね

犀川後藤

『親密さ』は、後半が丸々演劇という構成で、「映画の休憩時間」が「演劇の幕前」みたいな感じの演出になってて上手かった

なかなか3時間を超える映画に触れる機会はないだろうと思いますが、普通にイメージすると、3時間もあったら途中でダレてしまう部分があってもおかしくないと思うでしょう。しかし驚くべきことに、『RRR』には退屈さを感じるポイントが一切ありません。最初から最後までとにかくノンストップで物語が展開していき、その上で随所に超絶アクロバティックシーンが挿入されるからです。王道中の王道の物語だからこそシンプルに泣ける部分もあるし、かと思えば、あまりにバカバカしくぶっ飛んでいるせいで思わず笑っちゃうような場面もあったりして、「感情が忙しい」とも感じました。

特に、後半に入ってから具体的に描かれるようになった「ラーマの過去」は、それだけを抜き出しても1本の映画として成立しそうなぐらいのボリュームと密度があって、グッときました。ラーマは、「インドを抑圧的に支配するイギリス側につく人物」として描かれるわけですが、しばらくの間その動機がはっきりと分かる場面は描かれません。後半の過去パートでその理由が明らかになるわけですが、そのことによってラーマとビームの関係にもさらなる変化が生まれるという展開はとても見事だと感じました。

いか

「金掛かってそうなシーン」とか「超絶アクロバティックなシーン」に目が行きがちだけど、やっぱり「人間ドラマ」がグッと来るよね

犀川後藤

特にラーマとビームの関係性はメチャクチャ良いんだよなぁ

歌や踊りが出てくる必然性

さて、冒頭でも少し触れましたが、『RRR』は「歌や踊りが出てくる必然性が感じられる点」も、一般的にイメージしやすい「インド映画」とは一線を画していると言えるでしょう。

『RRR』では、「踊る場面」と「歌う場面」が1度ずつしか出てきませんが、そのどちらも「必然性」が伝わるように描かれています。

まずは「踊るシーン」の方から紹介しましょう。

犀川後藤

まさにここで「ナートゥダンス」が出てくるわけだ

いか

なんかメチャクチャ流行ってたよね

ビームはある日、1人の女性の手助けをしました。彼女は総督府に住んでいるのですが、当時のイギリス人にしてはとても珍しく、現地のインド人とも別け隔てなく接する人物です。そしてビームはそんな彼女から、お礼にとパーティーに誘われたのです。

パーティーの場にラーマと共にやってきたビームは、英語が分からないながらも彼女をダンスに誘いました。しかしそれを気に食わないと感じたイギリス人男性が嫌がらせをしてきます。そのイギリス人男性は、フラメンコやタンゴなどのステップを踏みつつ、「教養のないお前らに、どれか1つでも踊れるのかよ」と挑発してきたのです。

ビームには彼がどんな意図で何をしているのかが分からなかったのですが、英語を理解できるラーマは、そのイギリス人男性の態度にブチ切れました。そこでラーマは、インドの伝統的な踊りであるナートゥの音楽をドラムで叩き、ビームと一緒に踊りまくったのです。たった2人から始まったナートゥダンスでしたが、パーティー会場は次第に2人の熱気に呑まれていきます。そして、挑発してきたイギリス人と、「かなり激しいナートゥダンスを最後まで踊り続けられるか」で張り合うことによって、見下された仕返しをするという展開になっていくのです。

いか

これはメチャクチャ良いシーンだったよね

犀川後藤

「イギリス人ざまぁ」って感じちゃうよなぁ

このシーンにはとにかく、「踊ることで、植民地支配されている状況に対抗する意思を示す」みたいな意味が込められていると言えるでしょう。このように「必然性」があるとかなり受け入れやすくなります。

また、「歌う場面」の方ですが、こちらも観れば、「ビームが歌う理由」はすぐに理解できるでしょう。ビームはまさに絶望的な状況にいるのですが、しかしそれでも「自分はまったく絶望していない」と周囲に伝えようとします。そして、それを伝えるためにその時のビームに唯一出来たのが「歌うこと」だったというわけです。こちらも決して唐突などではなく、「歌うしかなかった」ことが伝わる場面なのです。

さらにビームの歌声は、新たな展開をもたらしもします。この点もまた「必然性」と捉えていいでしょう。要するに『RRR』では、「ビームはそこで踊る必要があったし、歌う必要があった」わけで、このような描き方は、よくあるミュージカル映画やインド映画とはかなり異なるように感じました。

いか

ミュージカル映画は、登場人物の感情を表現するために歌ったり踊ったりするらしいけどね

犀川後藤

それはホント、私には全然理解できない

ここからは私の勝手な予想ですが、『RRR』はあらかじめ海外のマーケットも視野に入れていて、そのため「外国人(インド人以外)には唐突に感じられる歌と踊りをすべて排除する」という方針で作られたのではないかと思います。そうだとすれば、その意図は正しく機能していると言っていいでしょう。

とにかく「戦闘シーン」が凄すぎる『バーフバリ』

『RRR』の場合、物語の核が「少女を救うこと」なので、描かれる戦闘もそれに見合う規模のものになりますが(と言っても、相当なものですが)、『バーフバリ』では国同士、あるいは政府軍と反政府軍の争いが展開されるので、『RRR』よりも遥かに規模のデカい戦闘が繰り広げられることになります。

これがまあ凄まじい。とても人間同士の闘いには思えません

犀川後藤

若い人には通じないだろうけど、シヴドゥとバラーラデーヴァの闘いなんか、「天下一武道会」でも観てるような感じがあったわ

いか

ホント、マンガみたいな世界観だったよねぇ

『バーフバリ』は古代インドが舞台なので、現代的な兵器は出てきません。つまり、戦闘は基本的に「肉弾戦」ということになります。剣などの武器ももちろん使うのですが、それ以上に「肉体と肉体のぶつかり合い」みたいな状況の方が多く、圧倒されてしまいました

一方で、「戦術」的な意味でもかなり興味深かったです。特に私が一番感心したのが、「布」の使い方。ここでは具体的には触れませんが、現実的にかなり有効な戦術なんじゃないかと思わせる秀逸なアイデアでした。

この場面では、バーフバリは「不利な条件」を突きつけられてヤバい状況にいるのですが、それを「布」を使った戦術でひっくり返していくのです。バーフバリは常に、目の前の状況に不平を垂れるわけでもなく受け入れ、かつ「正義」を諦めない人物として描かれるのですが、この「布」を使う場面は、彼のそのような性格を的確に表すようなシーンであり、とても印象的でした。

いか

古代の戦闘では、実際にこういう手法が使われててもおかしくない感じするよね

犀川後藤

ちょっと考えてみたけど、対処の方法が思いつかないもんなぁ

作中では、後半に行けば行くほど「血なまぐさい戦闘」や「醜い権力争い」などが多くなっていくわけですが、映画全体としてはコミカルなシーンもかなり多くあります。例えば、アヴァンティカと出会ったばかりのシヴドゥが彼女を惹きつけようとする場面では、「素性が知れないために闘いを挑んでくるアヴァンティカを受け流しつつ、攻撃を避ける動きの中で服を脱がせたり化粧を施したりする」という描写がとても上手いと感じました。さらにシヴドゥのその行動によって、「アヴァンティカが普段表に出さないようにしている『女性性』が明らかになる」という展開になり、それによってアヴァンティカの輪郭が一層濃く描き出されるというわけです。

また、バーフバリがある女性に恋をした場面もとても面白いシーンでした。彼は色々あって、「自身の身分を隠す」必要に迫られます。そしてだからこそ、「力も能力も何もない、単なる愚鈍な人間」を敢えて演じることにするわけです。しかし、やはり有能に過ぎるバーフバリは、思いがけずその能力が垣間見えてしまいます。それを必死に取り繕って「愚鈍な人間」をアピールするという展開が、実にコミカルに描かれていくわけです。

いか

なんだかんだ、恋愛絡みのシーンは多いよね

犀川後藤

インドは文化も言語も異なる多民族国家だから、映画はとにかく分かりやすいことが求められるって聞いたことがある

戦闘シーンは確かに大迫力ですが、そればかりだとやはり広く支持を得るのが難しくなるのでしょう。『RRR』も同様ですが、「柔らかいシーン」も適度に織り交ぜることによって、老若男女あらゆる人から支持され得る作品に仕上がっているように感じました。

さて、『バーフバリ』でも歌って踊る場面が出てくるのですが、『RRR』とはまた違った意味で「必然性」があると言っていいと思います。『バーフバリ』での歌・踊りのシーンは、「実際にはかなり長く時間が経過している状況を、ダイジェスト的に描写する」という形で使われていると感じました。これもまた、意味を感じさせる使い方だと思います。またそもそもですが、王の誕生パーティーや結婚の儀式など、「歌と踊りがある方が自然」という場面も多いので、こちらも『RRR』と同様、歌や踊りのシーンが不自然に感じられるようなことはありませんでした。

いか

ただ『RRR』と比べると、「必然性」という意味では弱いよね

犀川後藤

っていうか、『RRR』が上手すぎるんだと思う

さて最後に、『RRR』と『バーフバリ』の比較をして終わろうと思います。

どちらかと言えば、『バーフバリ』より『RRR』の方が面白い

さて、私は全体を比較して、『バーフバリ』より『RRR』の方が優れていると感じたのですが、その理由を私なりに分析してみましょう。

まずは、物語のスケール感の違いです。『バーフバリ』は、権力争いや国同士の闘いなど舞台設定がかなり壮大で、もちろんその壮大さこそが魅力だとも言えます。一方の『RRR』は、シンプルに要約するなら「囚われの少女を助ける」というだけの物語です。『バーフバリ』と比較するまでもなく、そのスケールはかなり小さなものだと言っていいでしょう。しかし、そんなミニマムな設定にも拘らず、『RRR』はとんでもなくスペクタクル的な展開を生み出しているわけです。その点がまず非常に秀逸だと感じました。

いか

でも、『RRR』の制作費がインド映画史上最高額ってことは、『バーフバリ』より多いってことなんだよね

犀川後藤

『バーフバリ』も相当金掛かってそうだから、それ以上って考えると凄まじいよなぁ

また『RRR』の凄さは、始まってから終わるまで、ほぼ一瞬たりとも観客に息をつかせるような場面がなかったことだと思います。最初から最後まで、ほぼずっとワクワクさせられたと言っても言い過ぎではありません。『バーフバリ』にももちろん、ワクワクさせられるシーンは多いわけですが、先程触れた通り、コミカルな場面も結構あります。そういうシーンももちろん魅力的なのですが、ワクワク感という意味では少し弱いと言えるでしょう。

『RRR』でも恋愛的なシーンは描かれます。しかし、それでも途切れさせることなく常にワクワクを入れ込んでくる感じが凄いと思いました。もちろん、上映時間の違いもあるでしょう。『RRR』の方が『バーフバリ』よりは短い分、一層展開を詰め込む感じになるだろうし、だからこそ常にワクワクが続く展開になったのだろうとも思います。

犀川後藤

今更言っても仕方ないけど、出来るなら『バーフバリ』を観た後で『RRR』を観たかった気がする

いか

『RRR』を先に観ちゃった分、『バーフバリ』の方が若干劣ってるように映っちゃったよね

最後に、これはつい先程も触れましたが、やはり『RRR』の方が歌と踊りのシーンに必然性があるように感じられました。『バーフバリ』で違和感を覚えたなんてことはないのですが、やはり『RRR』の方が抜群に上手かったというわけです。

そんなわけで、どちらも信じられないぐらい面白い作品なのですが、両方観る予定なら、個人的にはまず『バーフバリ』を観て、その後『RRR』を観るのが良いんじゃないかと思っています。

出演:NTR Jr., 出演:ラーム・チャラン, 出演:アーリヤー・バット, 出演:アジャイ・デーヴガン, 出演:レイ・スティーヴンソン, 出演:アリソン・ドゥーディ, 出演:オリヴィア・モリス, 出演:トゥインクル・シャルマ, Writer:S.S.ラージャマウリ, 監督:S.S.ラージャマウリ
¥2,000 (2023/09/30 18:48時点 | Amazon調べ)
出演:プラバース, 出演:ラーナー・ダッグバーティ, 出演:タマンナー, 出演:サティヤラージ, 監督:S.S.ラージャマウリ

最後に

まあとにかく凄まじい作品でした。『RRR』が現在に至るまでロングランで上映され続けているのも納得という感じがします。繰り返しますが、本当に「全人類に勧められる作品」で、特に『RRR』を観て「面白くなかった」と感じる人がいたら、ちょっと話を聞いてみたいと思うぐらいに、誰が観てもまず間違いなくハマるだろうと感じる作品です。底抜けにパワフルで明るいので、「観る精神安定剤」として機能するんじゃないかとも思います。

『RRR』では、エンドロールにも驚かされました。本編中ではあまり歌い踊れなかったからなのか、エンドロールで出演者を含めた多数の人々が、エンドロール用に作ったのだろう巨大なセットの前で歌い踊るのです。勝手な想像ですが、日本映画の制作費がなかなか1億円に届かないことを考えると、このエンドロールの制作費だけで日本映画が1本撮れてしまうんじゃないかとさえ感じました。

いか

日本映画も、なんとかもう少し制作費が確保できるといいんだろうけどね

犀川後藤

そろそろ韓国みたいに、制作段階から海外を視野に入れないとやっていけない時代になるだろうしなぁ

本当に、心の底から観てほしいと感じる映画です。そして、難しいとは分かっているけれども、こういう作品が日本から出てきてほしいなとも感じました。

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