目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:ジュリア・ガーナー, 出演:マシュー・マクファディン, 出演:マッケンジー・リー, 出演:クリスティン・フロセス, 出演:ノア・ロビンズ, Writer:キティ・グリーン, 監督:キティ・グリーン, プロデュース:スコット・マコーリー, プロデュース:ジェームズ・シェイマス, プロデュース:P・ジェニファー・デイナ, プロデュース:ロス・ジェイコブソン
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この記事の3つの要点
- この映画を観て、「何が描かれているのか分からない」と感じる人は一定数いるだろうし、その事実こそが「この映画が提示する最大の恐ろしさ」だと思う
- 働き始めて5週間目に確信を抱いた疑惑に立ち向かおうとする彼女が直面した、凄まじいまでの「見て見ぬふり」
- 「雑用」しかさせてもらえないが、そんな職に優秀な大卒者が400人も応募する歪な世界
恐らく「実在の会社を舞台に、実際の事件をモデルにした作品」であり、そこに「無数の労働者のリアル」を詰め込んだ凄まじい作品
自己紹介記事
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どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください
記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
ある女性の働く姿を描く映画『アシスタント』は、現代日本も無関係ではいられない「凄まじい『見て見ぬふり』」のリアルが描かれる
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とんでもない物語だった。最初から最後まで静かに淡々と展開される物語なのだが、その中では「誰もが気づいていながら、見て見ぬふりをしている状況」に対峙させられる1人の若い女性が描かれている。この「見て見ぬふり」は、今を生きる私たちにも無関係ではない。私たちは、ジャニー喜多川の性加害問題を長きに渡り「見て見ぬふり」してきたからだ。この映画はまさに、今の日本全体を映し出していると言っても過言ではないように思う。
「とある背景」が示唆されるまで、何を描こうとしているのかさっぱり分からなかった
実に恐ろしい想像ではあるが、映画『アシスタント』を観て「何も起こらないし、なんだか良く分からない物語だった」と感じる人もいるだろうと思う。確かに、「とある背景」に気づかなければ、「何も起こらない物語」と捉えてしまうかもしれない。そして、「そのように受け取る人が一定数いるかもしれない」と想像し得る点にこそ、この映画の最も恐ろしいポイントがあると言ってもいいと思う。
何故ならそれは、「自身の加害性」や「無意識に放たれる悪意」みたいなものに、まったく自覚がないことを示唆するからだ。本作は、私たちに「そのような社会で生きているのだ」と実感させる物語であるとも言えるだろう。
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とはいえ私も、主人公の女性がある決意を持って立ち上がる直前まで、映画『アシスタント』が何を描こうとしているのかさっぱり分からなかった。その印象的なシーンに至るまでに描かれている事柄は、「働くことの理不尽さ」とでもまとめられるだろうか。
物語は、映画会社で働く1人の女性が経験する「ある1日の出来事」として展開される。主人公のジェーンはまだ働き始めて5週間の「会長室所属のアシスタント」であり、いつかは映画プロデューサーになることを夢見てはいるものの、今はほとんど雑用のような仕事しかさせてもらえない。そんな彼女が働いているのは、映画業界でもひときわ名の知られた会社であり、会長が業界の顔としても有名である。映画では、そんな彼女の「理不尽に彩られた仕事環境」が様々な形で描き出されていく。
しばらくの間私は、「そういう『働くことの理不尽さ』を描き出す映画なのだろう」と思っていた。もしそれだけの作品だったとしても、それなりには満足できただろう。「華やかで夢のある業界に憧れながら、『仕事』と呼んで良いのか判然としないような雑用ばかりの日常」というのは、特に現代において共感度の高いテーマだと思うし、そのような環境における「絶望」をとてもリアルに描き出しているように感じたからだ。
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しかし映画『アシスタント』は、単にそのような物語なのではなかった。より大きな問題が内包される物語だったのだ。
その「問題」は、ニュースなどをそれなりに追って人であれば間違いなく知っているだろうし、映画が好きな人も何かしらの形で情報が入ってくるようなものだと思う。もちろん、アメリカ人であれば恐らく全員知っているだろう。有名映画プロデューサーによる性加害問題である。映画『アシスタント』では決して、この問題をベースにしていると明示されるわけではないが、この性加害問題を知っている人が観れば間違いなく、モデルの人物が頭に浮かぶはずだ。
そんなわけで、ジェーンは「『実在していた映画会社』で働いているアシスタント」という設定であり、そんな彼女が「会長の疑惑」に気づき立ち上がる物語なのである。
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働き始めて5週間とはいえ、彼女は恐らくそれまでにも、会長に関する「違和感」を抱くことがあったはずだと思う。しかしきっとそれは、明確な形を取るようなものではなかったのだろう。「何かおかしい」が「確証を持てるほどではない」という感じだったのだと思う。
しかし映画で描かれるその日、彼女は「確信」を抱くに至った。普通に考えて、許容できるような状況ではない。そのことを知った彼女は、どうすべきか大いに悩む。そんな葛藤が描き出されていくというわけだ。
彼女が直面した、凄まじいまでの「見て見ぬふり」
さて、ジェーンは悩んだ末にある行動を起こす。もちろん、「会長を直接非難する」みたいなやり方を取ったわけではない。働き始めたばかりの「アシスタント」の話でも聞いてもらえて、恐らく助けになってくれるはずだと考えた人物に相談に行くのである。
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この場面の醜悪さがとにかく凄まじかった。その「無自覚な暴力性」に、ただ映画を観ているだけの私でさえ圧倒されてしまったのだ。ジェーンが受けた衝撃はどれほどだっただろうか。
要するに彼女は、「私が気づいたこの事実は、既にみんなが知ってることだったんだ」と理解したのである。彼女が相談した相手は決して、明確にそのようには口にしていない。しかし明らかに、「そんなことは知ってるけど、それで、君はキャリアを台無しにしてまで何がしたいの?」みたいなニュアンスで彼女の相談に返答するのである。
まさに「見て見ぬふり」というわけだ。
あるいは、彼女は別の人から、「あなたが思うほど悪い状況ではないと思う」と示唆するようなことを言われたりもする。その発言は表向き、ジェーンを気遣うものにも感じられるだろう。しかし実際には、そう口にした人物が、自身にそう思い込ませたくて言っているように私には感じられてしまった。
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このように映画では、ジェーンという「アシスタント」の視点を通じて、「絶対権力者の『悪行』を『見て見ぬふり』する環境」が切り取られていくのである。そしてこれはまさに、ジャニー喜多川の問題と瓜二つと言っていいだろう。ジャニー喜多川による性加害は、数限りない人間の「見て見ぬふり」が無ければ成立しなかったはずだ。その「数限りない人間」の末端には、私も含まれるかもしれない。別に私は、他人事だと思って自分以外の誰かを糾弾しているつもりではないというわけだ。
私自身、同じような状況にいたら「見て見ぬふり」をしてしまうかもしれない。「自分なら絶対に声を上げる」などと言える自信はまったくないのだ。特に、映画『アシスタント』で描かれるような世界では、出来ることは限られていると考えてしまうだろう。
例えばこんな場面があった。主人公のところに、会長の奥さんから電話が掛かってきたのだ。出ると、「カードが止められた! 信じられない」と、もの凄い剣幕で怒っている。しかし、どう考えても夫婦の問題であり、映画会社の「アシスタント」に関係があるはずもない。ジェーンは当然、「そんなことを言われましても……」みたいな反応をする。まあ、それしかないだろう。
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しかしその後彼女のもとに、会長から電話が掛かってくる。そして、
この役立たず。賢いと聞いていたんだけどな。
みたいなことを言われてしまうのだ。あまりにも理不尽過ぎるだろう。それでも、会長の機嫌を損ねれば、この会社どころか映画業界にいられなくなってしまうのだ。「絶対権力者」だからこそである。そんな人物の「悪行」を告発しでもしたら、夢は叶えられなくなるし、どんな返り討ちに遭うかもわからない。
誰だって、こんな状況に置かれたら、行動を起こせなくても仕方ないと思う。
しかしだからと言って、「見て見ぬふり」をしているすべての人を許容できるのかというとそうでもない。
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ジェーンは勇気を振り絞って拳を振り上げたが、残念ながら不発に終わってしまった。その後会長室に戻るわけだが、同僚の男性社員から、こんな風に声を掛けられることになる。
いつでも相談に乗るよ。だからまず俺たちに相談しろ。
これも、字面だけを捉えるなら「ジェーンのためを思っての発言」に感じられるかもしれない。しかし、彼女には同僚の男性社員に相談するなどいう選択肢はない。何故なら別の場面で、彼女が確信を抱いた「会長の疑惑」について彼らがどのように考えているのかがあからさまに伝わってくるような、胸糞悪い状況が描かれるからだ。
「見て見ぬふり」そのものは、仕方ないことだと許容できる。自分の人生を抛ってまで誰かのために一歩踏み出すのはとても勇気がいることだからだ。しかしだからと言って、「『見て見ぬふり』をしてしまっても仕方ない」と開き直るのは間違いだろう。せめて、「見て見ぬふりしていること」に対して罪悪感を覚えるべきだと思う。
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しかし会長室の男性社員たちには、そんな様子はない。彼らは、「この会社ではこれがフツーだから」とでも言わんばかりの態度で、気にも掛けていないのだ。そのような態度には、やはり苛立ちを覚えてしまった。
映画『アシスタント』では、決して明確に描かれるわけではないものの、主人公ジェーンの物語と同時並行的に、見えないところで「とんでもないこと」が進行している。そしてそのことに、ジェーンの周囲にいる人たちは間違いなく気づいているはずだ。しかし同時に、その「『とんでもないこと』が進行している」という事実は、社内の誰にも何の影響も与えない。なんなら、「話題を提供してくれる娯楽」のような扱いすらされているのだ。
そのような環境の中で立ち上がることがどれほど難しいことか。
ジェーンは勇気を振り絞って立ち上がろうとした。しかしその行動はあっさりといなされ、最初から波風などまったく存在しなかったかのような無風状態が継続していく。彼女は大いに無力感を抱いただろうし、一層の嫌悪感を持つに至っただろう。しかしそれでも、彼女は「ここで働く」という選択肢を手放すことが出来ない。自分がいなくなったら、優秀な大卒者400名がすぐにでも就職希望を出すような立場を彼女は手に入れたのだ。それを軽々と手放せるはずもない。
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本作では、このような葛藤が「背景」として描かれていくのである。
映画の「前面」で描かれる「『働くこと』に関わるあれこれ」
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そしてそんな「背景」の中、「前面」に描かれるのが、先程も少し触れた「働くことの理不尽さ」なのだ。
ジェーンは、400倍もの倍率をくぐり抜けて、憧れの映画業界の職に就いた。しかし実際のところ、彼女の「仕事」は映画とは程遠いものだ。ある1日の物語として描かれるこの映画の中で彼女がしているのは、掃除や皿洗い、資料の印刷と配布、会長用の薬や水の補充、飛行機やホテルの手配、来客対応などである。それと、会長の奥さんの怒りの電話に対応するのも、彼女の仕事だ。
また会長室には、女性はジェーン1人しかいない。後は全員男性社員であり、しかも入社5週間の彼女と比べれば、全員が先輩である。一番下っ端だから仕方ない面もあるのかもしれないが、とはいえ、明らかに「女性だから」という理由で押し付けられている雑用もあるはずだ。
映画で描かれている限り、ジェーンには映画製作に関わるような仕事をさせてもらえている気配はない。会長室所属だから仕方ないのかもしれないが、それでも、将来映画プロデューサーを目指す彼女は、憧れの世界がすぐ目の前に広がっているのにまったく関わらせてもらえない苦しさを感じているだろう。一方、将来のことを考えるなら、辞めるという選択は早計だ。業界で非常に名の通った会社なので、「ここで働いていた」という経歴はその後の人生に大きく影響する。だから、そんな「アシスタント」の職に400人もの応募があるのだろう。
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彼女は、恐らく誰よりも早く出社している。外がまだ暗い内に来て、社内の電気を点けているからだ。そして、会長から「帰っていい」と言われるまで会社に居続けるしかない。あまりに「雑用」が忙しいため、今日が父親の誕生日であることも忘れていたほどだ。
それぐらいずっと会社にいるのに、「雑用」程度の仕事しかさせてもらえない。しかし両親は、有名な会社で働く娘がどんな仕事をしているのか知りたがる。電話越しにその答えを待ちわびる両親に、返せる言葉などない。そんな凄まじい「やりがい搾取」こそが、映画の「前面」で描かれていくのである。
さて、公式HPを見て初めて知った知識を紹介しよう。主人公の「ジェーン」という名前は「Jane Doe」に由来しているのだが、この名前は英語で「匿名の女性」を指すのだという。少しニュアンスは違うかもしれないが、日本で言うなら「山田花子」みたいな感じではないかと思う。
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何故「匿名の女性」を指す名前を主人公につけたのか。それは、この物語が「無数のリアル」を反映させて作られているからだ。公式HPには、「数百にも及ぶ労働者に対して行われたリサーチとインタビューによって監督が得た知見、とりわけ女性の痛みや混乱の経験から形成されている」と書かれている。名もなき大勢の人たちの「現実」が詰まっているというわけだ。
さらに、この映画の監督であるキティ・グリーンは、ドキュメンタリーの世界で名が知られている人物なのだそうだ。「Jane Doe」から主人公の名前を取ったことも考え合わせると、映画『アシスタント』は、「事実そのものではないが、まさに事実であるかのようなリアリティを有する作品」と言えるのではないかと思う。
だからこそ、その凄まじさに圧倒されてしまうのである。
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出演:ジュリア・ガーナー, 出演:マシュー・マクファディン, 出演:マッケンジー・リー, 出演:クリスティン・フロセス, 出演:ノア・ロビンズ, Writer:キティ・グリーン, 監督:キティ・グリーン, プロデュース:スコット・マコーリー, プロデュース:ジェームズ・シェイマス, プロデュース:P・ジェニファー・デイナ, プロデュース:ロス・ジェイコブソン
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冒頭で、「この映画のテーマに気づかない人もいるかもしれない」と書いた。「見て見ぬふり」が「当たり前」であるような生き方をしてきた人がこの映画を観たら、何に焦点が当てられているのか理解できない可能性も十分にあるんじゃないかと考えているのだ。そして、そういう人が一定数いるだろうという事実が、一層「見て見ぬふり」を助長させていると言ってもいいだろう。
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少し話は飛ぶかもしれないが、「社会の中で”男として”生きること」は、ただそれだけで一定の「加害性」を帯びる。そして、どうもその事実に気づいていない男が、社会の中にたくさんいるように感じられるのだ。そういう「無自覚の暴力性」は社会の中にまだまだ残っているし、様々な問題の根っこの部分にあるものだと私は考えている。
そしてそれと同じで、この映画の「ヤバさ」に気づかない人は本当の意味で「ヤバい」のかもしれないと思う。そんな、私たちが生きる社会にしぶとく残る「ろくでもなさ」を、短い時間の間に凝縮した、非常に密度の濃い作品なのである。
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