目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:フィリップ・ホフマイヤー, 出演:ヨハネス・アルマイヤー, 出演:マキシミリアン・ブリュックナー, 出演:ファビアン・ブッシュ, 監督:マッティ・ゲショネック
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この記事の3つの要点
- たった90分の会議で、600万人ものユダヤ人の命が奪われる決定がなされた「ヴァンゼー会議」では、一体何が話し合われたのか?
- 秀才が集い、細部に渡って問題点を潰していく彼らの姿はあまりにも理性的で、だからこそとても狂気に映る
- 「ナチス親衛隊が役人から権限を奪い取ろうとしている」という大枠が理解できれば、映画を見やすくなるだろう
「『ユダヤ人虐殺』に異を唱えることなど不可能だっただろう」と思わせる雰囲気も描かれる、当時の「ヤバさ」が随所に滲み出る作品だった
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私は学生時代、世界史をまともに学ばなかったこともあり、「ヴァンゼー会議」の知名度がどの程度のものなのか知らない。私の場合は、本作を観てその存在を初めて知った。しかし、「ホロコースト」なら誰もが知っているだろう。そしてそんな「ユダヤ人大虐殺」の実施が決定された話し合いこそが「ヴァンゼー会議」なのである。
そして本作『ヒトラーのための虐殺会議』は、そんな「ヴァンゼー会議」を開始直前から終了直後までただひたすらに描き出すという、とてもシンプルな構成の作品だ。描かれるのは、「ヴァンゼー会議」が行われた1942年1月20日のたった90分だけ。そう、「ヴァンゼー会議」はなんと、90分という短い時間で終了したのだ。長く議論したからいいということにはならないが、しかし、たった90分の話し合いで、最終的に600万人ものユダヤ人の命が奪われたことを考えると、やはり驚愕させられるだろう。
映画には回想シーンなどなく、ただひたすらに会議の様子だけが描かれる。そのため、「退屈」「よく分からない」と感じてしまう人もいるんじゃないだろうか。私も、始まってからしばらくの間、正直何がなんだか分からなかった。登場人物が多いし、その関係性もちゃんとは分からないし、「観客向けの説明」みたいなものも当然ないのでやり取りの意味が理解できなかったりもする。そういう意味で、多少なりとも「事前の知識」が必要とされる映画と言えるかもしれない。
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ただ次第に、この映画が何を描こうとしているのかが理解できるようになっていった。
「ホロコースト」は決して、「狂気によって決められた計画」なわけではない
当然のことながら、誰もが「『ホロコースト』は狂気の産物だ」と捉えていると思う。「ユダヤ人である」というだけの理由で、何の罪もない人たちを虐殺し続けたのだ。同じ人間の所業とはとても信じられないほどである。
そして私はなんとなく、「ホロコーストのは、独裁者だったヒトラーが強権的に推し進めた計画である」という印象を抱いていた。当時ホロコーストに関わっていた人がどんな気持ちでいたのか、それは分からないが、しかし、「無理矢理やらされていたに違いない」と私は考えていたのだ。
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あるいは、有名な「ミルグラム実験」の話を挙げてもいいだろう。別名「アイヒマン実験」とも呼ばれるこの有名な心理学の実験は、ホロコーストに重大な役割を果たしたとされる人物「アイヒマン」に由来するものだ。かつてミルグラムという心理学者が、「アイヒマンは本当に極悪非道だったのか?」と疑問を抱き、ある実験を計画した。そしてその実験によって、「人は権威から強制されると、倫理的に抵抗感を抱くはずの酷い行為も行えてしまう」という事実を示したのである。このようなエピソードもまた、「狂気的な人物による強制が、『ホロコースト』という狂気を生み出した」と受け取れる要素だと言っていいだろう。
しかし、映画『ヒトラーのための虐殺会議』を観て、「どうもそうではなさそうだ」と気付かされた。
さて、先に書いておくべきだろうが、本作は「ヴァンゼー会議の議事録」を基に作られているそうだ。たった1部だけ、議事録が現存しているのだという。どこまで議事録に忠実なのかは不明だが、私はなんとなく、「議事録に書かれていることは出来るだけ忠実に描き、そうではない部分だけを想像で補っている」という風に解釈した。つまり、「登場人物の性格や振る舞いなどはともかく、交わされる『やり取り』はかなり正確に再現しているはず」だと判断しているのである。
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そして作中での描き方を信じるなら、そのやり取りが実に「理性的」に行われていたのだと理解できるだろう。この事実こそが、私には一番の「狂気」に感じられた。
彼らのやり取りは、まるで「オリンピックの準備について話し合っている」かのように、冷静かつ具体的に進んでいく。例えば、今後のユダヤ人の扱いについて、「どこかへ移送し、働ける者には働いてもらい、働けない者には『最終解決』を行う」という話になるのだが、その流れの中である人物が、次のように提言するのである。
働いてもらうのであれば、宿舎と食料が必要ではないか。
まあ、確かにその通りなのだが、その口ぶりはまったくもって「これから大勢の人間を殺そうとしている者」のものとは思えない。やはり、何かのイベントでも計画しているような雰囲気なのだ。
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そう、しばらく観ていてようやく理解できたことなのだが、「ヴァンゼー会議」を開く時点で既に、「ユダヤ人を虐殺する」という大まかな方針については決まっていたようである。もちろん、全員が無条件に賛成だったというわけではないのだが、後に「ホロコースト」と呼ばれることになる大虐殺は実施される方向で話が進んでいるのだ。その上で、「誰が主導権を握るのか」「それは合理的な方法と言えるのか」などの論点で、参加者たちが議論を交わすのである。
もちろん普通に考えれば、このような計画が立てられていたことは容易に想像できるはずだ。600万人ものユダヤ人を虐殺したのだ。こんな言葉使いたくはないが、「効率」を重視しなければとてもじゃないが実現出来なかっただろう。そしてそのための話し合いが、恐ろしく冷静に行われていたのである。その事実に、まず驚かされてしまった。
優秀なのだろう人間が、恐ろしく”イカれた”話し合いをしている
会議の中では、様々な反対意見も出される。本作では、内務省次官であり次期内務大臣候補であるシュトゥッカートが「食わせ者」的な扱いで描かれているのだが、彼も反対意見を出した1人だ。シュトゥッカートは、かつて「ユダヤ法」と呼ばれる法律を作った人物である。そしてあらゆる場面で、「それは『ユダヤ法』に反している」という形でストップをかけようとするのだ。
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しかしだからと言って、彼が「ホロコーストに反対していた」と理解するのは早計である。シュトゥッカートはあくまでも、「ルールに則ったやり方をすべきだ」と主張していただけであり、「ユダヤ人の虐殺」そのものに反対していたわけではないのだ。そう、やはりほとんどの参加者が、「これからやろうとしていることへの疑問」を口にすることはないのである。
恐らくだが、この会議に参加した者たちは皆「優秀な人物」なのだと思う。「ドイツ人」に対してはなんとなく「勤勉で生真面目」というイメージを強く持っているが、映画で描かれるのもそのような雰囲気を漂わせる人物なのであるだ。恐らく平時であれば、もっと有用なことにその能力が発揮され、世の中を良くすることに貢献したのではないかと思う。
しかしそんな人物が、「ユダヤ人を根絶やしにする」という、初手から誤った判断をしているのだ。
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もちろん、「反対意見を持っていたが、様々な事情からそれを表明できなかった人物」もいただろう。現に映画では、そのような場面も描かれている。断言は出来ないものの、ある人物が「『ユダヤ人の虐殺』に対して異を唱えようとしているのかもしれない」と受け取られ得る発言をするシーンがあるのだ。
そしてその瞬間、会議の場は不穏な空気に包まれた。その人物には参加者たちから、「お前は、ユダヤ人を擁護しようとしているのか?」とでも言わんばかりの視線が飛んできたのだ。恐らく当時は、そのような風潮が国全体を覆い尽くしていたのだろう。そしてそんな状況では、「ユダヤ人の虐殺」に反対の意思を表明するのはかなり難しかったはずだと思う。
結局のところ彼らの「優秀さ」は、「いかに『ユダヤ人の虐殺』をスムーズに実行するか」という方向にしか発揮されなかった。その「優秀さ」が、「こんな非人道的なことは止めるべきだ」という提言に向けられていたら良かったのにと思わざるを得ない。
「会議」とは名ばかりの、単なる「権力争い」
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会議には、秘書を含めて16名の参加者がいた。そして先述した通り、誰がどういう立ち位置の人物で、誰とどのような関係にあるのかについて理解するのはなかなか難しい。歴史の知識に疎い私には、この会議の参加者の誰が「歴史の教科書に載るほど有名なのか」さえ分からなかったわけだが、その辺りの知識に明るい人でなければ、映画を観るだけで人物像の関係性などを判断するのは困難だと思う。
ただしばらくする内に、大枠は理解できるようになっていった。要するにこの会議の主目的は、「ナチス親衛隊が、役人を丸め込んで主導権を奪うこと」なのである。
16名の登場人物を大雑把に分類すると、次の3つに分けられるだろう。「ナチス親衛隊」「役人」「占領地や周辺国の代表」である。そして会議の流れから、「会議の主催者である親衛隊大将R・ハイドリヒが、各省庁に分かれている権限一手に掌握し、親衛隊のトップダウンで『ユダヤ人の虐殺』を行えるようにする」のが大きな目的なのだと理解できるようになるというわけだ。
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作中では、結構細かな話が色々と出てくる。例えば、「ドイツ以外の国に住むユダヤ人の虐殺」や「混血児をどのような基準でユダヤ人と見做すか」などだ。そして、前者の話なら外務省が、後者の話なら内務省が作成した法律が絡んでくることになる。このように、「ユダヤ人を虐殺する」という計画に関わる権限は各省庁に分散されているというわけだ。
この場合、親衛隊主導で何か行いたくても、いちいち各省庁に「お伺い」を立てなければならなくなる。恐らく親衛隊は、そのような状況を避けたかったのだと思う。そこで、「様々な議題について皆で話し合おう」という名目で会議を開いた上で、「『ユダヤ人虐殺』に絡むすべての権限を親衛隊で掌握する」ための布石を打ち続けるのである。
そんな思惑については、役人側も先刻承知だったはずだ。しかし、恐らく当時のドイツでは、圧倒的に「親衛隊」の力の方が強かったのだろう。そのため役人も、「大筋の流れに対しては『仕方ない』と諦めつつも、『これだけは譲れない』というライン上の闘いを仕掛ける」みたいなやり方をしていたのだと思う。両陣営がそのようにして、「権力争い」を繰り広げていたというわけだ。
これはつまるところ、「ユダヤ人の命」があまりにも軽視され、一顧だにされていなかったということであり、やはりそのような状況には恐ろしさを感じさせられてしまった。何とも凄まじい歴史である。
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映画を観ながら、冒頭で名前を出した「アイヒマン」に対する印象が少し変わったように思う。
「アイヒマン実験」の話を知っていたこともあり、私の中でアイヒマンは「仕方なくホロコーストに加担させられた人」という印象だった。しかし本作を観る限りにおいては、アイヒマンはかなり積極的に計画の立案に関わっているように映る。個人的には意外な描かれ方だった。あくまでもフィクションの映画なので、この映画だけから何かを判断してはいけないとは思っているが、やはり私の中の「アイヒマン像」は少し変質してしまったと言っていいだろう。
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映画を観ながら強く実感させられたのは、「スタートの時点で誤ると、どんな秀才も間違え続けてしまう」ということだ。この会議の参加者は、「『ユダヤ人の虐殺』に反対の意思を示さなかった」という点で全員「間違っている」わけだが、「それが当然であるような雰囲気」の中にいると、どうしてもそのことに気づくのが難しくなる。この点については、どんな秀才も大差ないはずだ。このことは常に教訓として認識されるべきではないかと感じた。
私たちは本作を観て、「ホロコースト」という狂気がいかに「理性的」に導き出されたのかを知るべきだと思う。
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