目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:野﨑まど
¥990 (2023/09/06 23:28時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この記事で伝えたいこと
これほど面白く、これほど考えさせられる小説はなかなかありません
SFはちょっと苦手……という方でも楽しめる作品だと思います
この記事の3つの要点
- 「『仕事が存在しない世界』は本当に幸せなのか」についてリアルに考えてみる
- 「AIが理想的な形で人間社会に実装された世界」で起こり得る、想像もしなかった「危機」
- 「リアルさ」と「非リアルさ」が信じがたいレベルで融合された超ド級のエンタメ作品
野崎まどの天才性が改めて示された、我々凡人の想像を遥かに凌駕する世界観が凄まじい小説
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ずば抜けて面白い小説って、読んでいる間中ずっとワクワク感みたいなものがあるよね
「考えもしなかった思考」とか「意識したことのない価値観」とか「予想もつかない展開」が満載だからね
読みながら、「まさかこんな展開に!?」の連続で、思わず吹き出して笑ってしまうような場面もありました。ジャンル分けするとすれば「SF小説」ですが、宇宙やら戦闘やらが描かれるような作品ではありません。私のように、SF小説がそこまで得意ではないという方にも十分楽しめる作品なので、是非手に取ってみて下さい。
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「仕事がない世界」で私は何をするだろうか?
僕より以前から存在して、僕はずっとそれをやっていて、そしてこれからもやっていきます。つまり仕事とは僕のようなもので、僕は仕事です。
この小説世界では、人類の生存に必要な仕事はすべてAIがやってくれます。そのAIシステムのことを「タイタン」と呼称しており、人格的なものを有しているタイタンが「仕事」について上述のように語っている、という状況です。まあ、ここだけ抜き出しても文章の意味はよく分からないでしょうが、それは大した問題ではありません。重要なのは、「人類にはもはや、『生活のためにしなければならない仕事』は存在しない」という点です。
ってかそもそも、「『仕事』っていう概念そのもの」が存在しないって感じかな
携帯電話が登場したことで、「待ち合わせでのすれ違い」とか「恋人の家に電話すると親が出る」みたいな状況が無くなった、みたいな感覚
さてそんな、「『生活のためにしなければならない仕事』が存在しない世界」を、あなたはどう感じるでしょうか?
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人によっては、その状況を「喜ばしい」と感じるでしょう。「好きなことだけして生きていけるなんて幸せだ」と感じる人も多いかもしれません。今の時代、「FIRE」と呼ばれる、「早めに経済的に独立して好きなように生きる人生」を目指す人も多くいます。そういう社会においては、「『生活のためにしなければならない仕事』が存在しない状況」はとても望ましいことだと感じられるでしょう。
でも、本当にそうでしょうか?
確かに私も、「働きたくないなぁ」と思うことはあります。イライラしたり、辞めたいなと思うことだって当然あるわけです。ただ、「明日から一切仕事をしなくても今までの生活はすべて保証されます」と言われたとして、私は本当にそのことを「嬉しい」と思うだろうかと考えると、なかなか難しいと感じます。
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シンプルに、「仕事をしなくなったらヒマだろうな」って思う
趣味が多い人ならいいんだろうけど、基本的に、「これが趣味です」って言えるようなもの、ないからねぇ
例えば、私が記事を書いているこの「ルシルナ」というブログは、「お金を稼ぐための手段」として始めたものです。この記事を書いている現時点ではまったくそんなことが言えるレベルではありませんが、とはいえ、「お金を稼ぐ」という目的がある以上、このブログの運営は「仕事のようなもの」と言っていいだろうと思います。
本を読んだり映画を観たりすることはきっと、ブログを運営していなくても続けるでしょう。本や映画の感想を書くことも同じです。ただこのブログでは、記事をUPする前にちゃんと文章を推敲したり、記事内に画像を入れたりというような「本来的にはやりたくないこと」も頑張ってやっています。それは、「お金を稼ぐ」という目的がきちんと存在しているからだと言っていいでしょう。手段が適切なのかはともかくとして、「記事のクオリティを高めること」が「収益」に結びつくと考えているし、そのために「めんどくさいな」と感じることも頑張ってやるようにしているのです。
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もしも「お金を稼ぐ」という目的がなくなった場合、今書いているような記事を私が作成する動機は恐らくなくなると思います。果たしてそれは良いことと言っていいのだろうかと考えてしまうのです。
「仕事」だと考えるからこそ無理してでも頑張る、みたいな部分ってやっぱ多少はあるよね
それが結果として「自分にとってのプラス」にも結びつくのであれば、「仕事」も悪いもんじゃないって気がする
皆さんも、「仕事に役立つかもと始めたことが趣味になった」とか「仕事としてやっていることが別の部分でのプラスに繋がった」という経験があったりしないでしょうか? 私はかつて書店に勤めていた時にそういう経験をしました。それまで小説しか読まなかったのですが、書店で新書担当を任されたことをきっかけに、それまでほとんど読んだことのない新書も手に取るようになったのです。それで小説以外の本の面白さに気づき、それからはノンフィクションを読んだり、ドキュメンタリー映画を観たりするようになりました。仕事での経験がなければ、私は今も小説しか読まない人間だったかもしれません。
ルシルナ
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『タイタン』の世界では「生活のためにしなければならない仕事」が存在しないだけで、「趣味的に仕事をすること」はもちろんできます。主人公も、趣味として心理学の研究をし、講演などを行っています。であれば、ここまで書いてきたような「仕事を通じた経験」を得られる可能性もあるのかもしれません。
しかし、果たして本当にそうだと言えるでしょうか?
「仕事」だからこそ強制力が働く
趣味で心理学を研究する主人公は、こんな風に考えます。
まあ何をするとしても好きなようにやればいい。少しでも不安ならやめればいい。差し迫るものも、追ってくるものも、何もない。
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これは、『タイタン』で描かれる世界を生きる人々が抱く一般的な感覚です。これは普通にイメージしやすいでしょう。何をするにせよ、それは「仕事」ではないのですから、やってもやらなくても、途中で止めても、誰からも文句を言われることはありません。すべてが本人の自由というわけです。
確かに、どんな意味でも「強制力」が存在しないっていう状態は素敵だなぁ
それがなんであれ、「自分の意志に反してやらされること」はすべて嫌いだからねぇ
少し話はズレますが、私は「オタク」の人たちが羨ましく感じられることが結構あります。というのも私は、「何かに熱中すること」が基本的に不得意だからです。興味を持って始めたことでも、関心はそう長くは続きません。物事に興味を持つことがそもそも少なく、「色んな物事にもっと関心を持てたら人生もっと面白くなるはず」と考えることが結構あるのです。
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「オタク」の人たちは、自分の中の「好き」をきちんと自覚し、その衝動に忠実に生きている人たちだと私は思っています。そして私は、そういう生き方を羨ましいと感じてしまうのです。「熱中」とか「夢中」といった状態から常に遠い私としては、割と真剣に「オタクになりたかった」と思っています。
そしてそんな「熱中」し切れない私にとって、「仕事」はある種の「強制力」を与えてくれるものです。自分の内側から自然と「好き」「やりたい」という気持ちが湧き出る人なら「仕事」など不要でしょうが、私の場合、そういう状態になれることがほとんどありません。だから、何らかの「外的な強制力」によって縛られていないと、「新たな経験に触れる」という状況にさえ行き着けない可能性があるのです。
「資格を取得する」みたいなゴールがはっきりしてるものなら、結構頑張れるんだけどなぁ
終わりが見えないものだと、始めても結局止めちゃうことが多いよねぇ
「仕事だから仕方ない」というかなり消極的な理由でしか物事と関われない私のような人間には、「仕事」は「生活のためのお金を稼ぐ」以上の価値があるとも言えるわけです。この「ルシルナ」というブログを立ち上げる直前にたまたま、ブログ記事のタイトルを決めたり更新作業をしたりする仕事をしており、その時の経験が今かなり活かされているとも感じます。そういう偶然性みたいなものを結構重視していると言っていいかもしれません。
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また、「仕事(職場)」は私にとって「興味深い人間と出会う場」として機能するものでもあります。書店員として働いていた20年弱の間、私は自分が面白いと感じられる「変人」とたくさん出会うことが出来ました。だから今、日常的に関わる機会がある人のほとんどが、書店員時代に同じ店で働いていた、「仕事をしていなかったら、接点さえ存在しなかっただろう人たち」です。この点もまた、私の人生において「仕事」が重要な役割を占めていた事例と言っていいでしょう。
ホント、書店員やってて一番良かったことって結局、「興味深い人たちとの出会い」だもんなぁ
そういう出会いがなかったら、マジで人生もっとつまんなかっただろうね
「仕事」は確かにめんどくさいものです。ただ、それがまったく無くなってしまった場合、そのことが今の自分にとってプラスだと断言できるのか、結構難しい判断になると感じさせられました。
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本書が予見する「想定外の危機」
<仕事>。
興味がないといえば嘘になる。これまで一度も触れたことがなかった世界。ほとんど全ての人が知らないまま死んでいく社会のブラックボックス。
本書は先程も触れた通り、「『仕事』が何なのかさえそもそもよく分からない」という共通理解の中で人々が生きる世界が描かれます。それは、巷間騒がれてるような「AIが人間の仕事を奪う論」の延長線上に存在するものだと言ってもいいでしょう。ただ、AIが我々の未来をどう変えるのかは、実際のところわかりません。インターネットが登場した時に、私たちが現在生きているような世界を想像し得た人はほとんどいなかったはずです。同じように、今後AIが人間社会をどう変えていくのかは誰にも予想出来ないでしょう。それが良いのか悪いのかはともかくとして、「人間の仕事をすべてAIが代わりに行う」という世界がやってくる可能性も十分にあり得ると思います。
新型コロナウイルスが世界を激変させたように、何らかの外的要因が変化を加速させる可能性も十分あるしね
そういう突発的な出来事も予測不可能だから、やっぱり未来がどうなるかなんてわからんよね
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さて、「AIが人間の仕事を奪う論」もその1つですが、世の中には「AIが人間に悪い影響を与える論」が様々に存在します。中には、「AIが人類を滅ぼす」みたいな悲観的な予測をしている人さえいるのです。AIが人類社会にどんな変化を与えるかは誰にも分かりません。だから、極端に悪い想定もしておく必要があるでしょうし、そういう意識を持つべきだと警鐘を鳴らす人もいるわけです。
しかし、本書『タイタン』が興味深いのは、「『AIが人類にとって最も理想的な形で導入された世界』で起こり得る危機」が描かれているという点でしょう。
『タイタン』の世界に生きる人々は、AIのお陰で「仕事から解放された」という感覚さえ抱くことがないほど好きなことだけして生活し、何不自由なく暮らしています。私たちが想像しうる限り、人類にとって最も貢献度が高い形で社会にAIが導入された、理想的と言っていい世界が舞台なのです。
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しかし野崎まどは、そんな世界においても「落とし穴が存在し得る」ことを指摘します。本書で描かれる「危機」について、ほとんどの人がまったく想像したことなどないでしょう。私も、そんな発想が頭を過ったことは一瞬たりともありませんでした。「AIがもたらす危機」については多くの人が様々な形で議論しているでしょうが、恐らくそれらの議論にも出てくることはなかったのではないかと思います。しかし同時に、『タイタン』で描かれる危機は、AIについて突き詰めて考えれば考えるほど「起こらなければおかしい」とさえ感じるようなものなのです。
ホントに野崎まどの想像力には凄まじいものがあると思う
この物語をどう考え、どう膨らませていったのか、頭の中を覗いてみたいよね
『タイタン』の世界は、現代を生きる私たちにとっては「想像外のもの」であり、そこで起こる危機をどう受け取ればいいのかはとても難しいと言えるでしょう。しかし、「最も理想的な形でAIが社会に導入されたとしても、このような危機が訪れる可能性がある」という理解は、私たちにとって非常に重要なものではないかと感じました。なにしろ、「AIが実装された社会」は「ブラックボックス」と同義です。何がどのような理屈で動いているのかを理解することが、現代以上に困難になってしまいます。そういう世の中で生きれば生きるほど、人間は「思考」を奪われ、それ故に一層AIに依存することになるという悪循環に陥っていくことになるでしょう。
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そういう未来の可能性について議論する上でも、この小説は重要な問いを投げかける作品ではないかと感じました。
「仕事が存在しない世界」だからこそ深掘りされる「仕事の謎」
仕事がしたいのかしたくないのか判断できないのは、仕事についての認知が不足しているから。貴方は”仕事とはなんなのか”を解っているつもりで解っていないの。
『タイタン』では、「仕事が存在しない世界」が描かれるわけですが、面白いのは、そういう世界だからこそ、私たちが普段意識することがない「仕事に付随する様々な謎」についての思考が生まれ得るという点でしょう。
どんな物事でもそうだけど、「その状態が当たり前」って時にはなかなか客観視することって難しい
適切な例じゃないかもだけど、「『奴隷制度』が当たり前だった時代にはその酷さが実感できなかった」みたいな感じかな
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私たちは、「仕事だから仕方ない」という「無意識の共通理解」によって様々な物事を許容(あるいは諦念)しています。そしてだからこそ、「仕事が存在しない世界」の視点に立つことで、その「おかしさ」が意識できるようになるのです。本書からいくつか該当する箇所を抜き出してみましょう。
自分より経験豊かな年長者に敬意を払えと言うならまだわからないでもないが、ここで知った<上司>とかいう機能上のポジションにまで敬意を払ってやる必要はない。人間的に評価できない相手ならばなおさらだ。
異性を性的にからかうような頭のおかしい男とも、仕事というだけで我慢して付き合わなければいけないというのか。職場とはつまり地獄という意味なのか。
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しかしいくら識別に便利とはいえ、別々の人間が一様に同じ服を着るというのは多少違和感がある。
そう。仕事には期限がある。
「『仕事』って概念が分からない人たち」にきっとこんな風に映るんだろうなぁっていう想像力が見事
私たちが生きる社会でも、「男女平等」や「ハラスメント」などの意識が少しは浸透し、以前と比べれば「仕事」における環境は多少は良くなったと言えるかもしれません。しかしそれでも、今も理不尽なことは様々に残っています。そして本書には、「仕事が存在しない世界」を描くことで、改めてその「おかしさ」を指摘するような視点が多々存在するのです。この点もまた、本書の面白いポイントだと言っていいでしょう。
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たかだか「仕事」について考えるのにこれだけ壮大な世界観を生み出すなんてと、大仰に感じられるかもしれません。しかし逆に言えば、そんな飛躍でもしなければ、あまりに「日常」と密着している「仕事」について考えることは難しいとも言えるでしょう。私たちが生きる日常とはかけ離れた世界の視点を借りることで、「仕事」について新鮮な捉え方が可能になるという意味でも、本書は非常に面白い作品と言えるだろうと思います。
野崎まど『タイタン』の内容紹介
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物語の舞台となるのは2205年。人々は既に、「仕事」から解放されている。
2048年に、世界標準AIフォーマットとして『タイタン』が発表された。この時から、生活を支えるライフラインの維持管理も、住宅の建築も、様々な配送も、恋人探しのマッチングも『タイタン』によって行われるようになり、現在、人類の生活はAIによって成り立っている。125億人が住む地球上に、『タイタン』の知能拠点が12箇所配され、そのサポートのお陰で人類は、やりたいことだけやって生きる自由を手に入れることができたのだ。
内匠成果もそんな1人であり、彼女は趣味で心理学の研究を行っている。「タイタン」のいる世界は、
大昔ならいざしらず、現代で心が不健康な人を見つける方が難しい。
という状態にあり、だから心理学の研究などにはほとんど意味がない。しかし既に、「意味があるかどうか」という問いこそ意味を失っている。関心がある事柄に好き勝手に手を出し、嫌になったり飽きたら止める。生まれた時からそれが当たり前だった彼女に、現状に対する不満など無い。「そもそも『仕事』が何なのか分からない」という状態への違和感を抱くこともなく、日々を過ごしているのだ。
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しかしある日彼女は、思いも寄らない状況に直面する。ナレインという人物から「仕事」を依頼されたのだ。
そう、彼女が生きる世界でも、若干ながら「仕事」は残っており、そのような「仕事」に従事する者は「就労者」と呼ばれている。ナレインもまた「就労者」であり、内匠はかなり強引な形でとあるプロジェクトに引き入れられてしまったのだ。
彼女が依頼された仕事は、一言で言えば「カウンセリング」である。趣味で心理学を研究している彼女にはうってつけの「仕事」と言えなくもないだろう。
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彼女は予期しない形でいつの間にか「仕事」に従事することとなり、その過程で、今まで考えたこともなかった「仕事」について思考を巡らすことになる。さらに彼女は結果として、人類の明暗を握る存在になってしまうのだが……。
野崎まど『タイタン』の感想
冒頭でも書きましたが、とにかくとんでもない物語です。世の中に存在する様々な小説を、「小説」という雑な土俵に載せて比較することなど出来ないと分かっていますが、それでも、これまで読んできた小説の中でもずば抜けて面白い、凄まじい衝撃が連続する作品でした。
何食ったらこんな物語を生み出せる頭が手に入るんだろうか……
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「リアル」と「非リアル」の絶妙なバランス
本書はSF小説です。そして、「私たちが生きる現実世界と密接に関わっている状態」を「リアル」と表現するのであれば、一般的にSF小説は「非リアル」な世界を描いている場合が多いでしょう。「現実を舞台にするのでは描けない何か」を表現したいはずなので、「リアル」から遠ざかって当然だと言えます。
ただ本書は、そんな「非リアル」が当然のSF小説でありながら、同時に「リアル」も強烈に実感させるという、今まであまり読んだことのないタイプの小説で、そのことにも驚かされました。
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「リアルさ」については、ここまで触れてきたような「仕事」に関する部分が大きな軸です。「仕事が存在しない世界」だからこそ、私たちとは違う形で「仕事」を捉える視点が存在し、だからこそ逆説的に、2022年を生きる私たちが共感してしまうような捉え方が様々に登場します。物語の設定だけ捉えれば、現実を生きる私たちと共通項など存在しないように思えるでしょうが、そんな世界でなされる「思考」が、現実を「照射」するのです。このようなアクロバティックな物語構成を成立させる手腕は見事だと感じました。
これだけ超ド級のエンタメ作品なのに、現実的な思索もさせるってのが凄いよね
それで小説としてムチャクチャ面白いって、マジで異常だと思う
また、本書における「仕事」の話にはある明確な「結論」が用意されているという点も、「リアルさ」を強調すると言っていいでしょう。その「結論」は、単に「結論」だけ抜き出して提示されても「だから何?」としか感じられないだろうと思います。しかし、この長大で壮大な物語の帰結として示されるからこそ、非常に納得感を抱かされてしまうのです。
AIについて深く深く思考し続ければ、もしかしたらこのような可能性を思いつけるのかもしれませんが、私の頭の中からは絶対に出てこなかったはずです。しかし一方で、聞けば誰もが「言われてみれば確かにそうだ」と感じるはずのものでもあり、その絶妙さには驚かされました。本書で提示される「危機」についても、同じ思考の延長線上にあり、普通には思いつかないような発想から予見される「AIの未来」にはゾクゾクさせられてしまいます。
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「非リアルさ」についても、よくあるSF小説を遥かに凌駕する衝撃を与えてくれると言っていいでしょう。この記事では詳しく触れませんが、2章の終盤からラストに至るまで、「ンなアホな!」と叫びだしたくなるほどの展開が連続して描かれるのです。
ホントに、「バカバカしくて笑っちゃう」みたいなレベルの描写が次々に展開されるよね
ただ、確かに「笑っちゃうほどバカバカしい」のですが、一方で、『タイタン』の世界観が非常に緻密に構築されているため、違和感としては表出しません。瞬間的に「ンなアホな!」と感じてしまうのですが、しかし冷静になって物語を追っていくと、「なるほど、確かにそれしかあり得ないか」と納得させられてしまうのです。これもまた、野崎まどの不思議な魔法だなと感じます。
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「リアルさ」にしても「非リアルさ」にしても、非常に突き抜けた世界観であり、普通なら相容れないはずのその両者が、同じ物語の中で見事に融合しているという点に、非常に驚かされました。
「判断」さえもアウトソーシングする人類
本書のメインテーマは「仕事」なのですが、そうでない部分も非常にリアルに描かれています。私がとても感心したのは、「人類の幸福を願って動き続けるAIが存在する世界において、人類はどのように振る舞うのか」という描写です。
物語はある時点から、世界中を巻き込む”大混乱”に陥ります。というか正確に言えば、「私たちが生きる世界で同じようなことが起これば大混乱に陥るだろう事態」が起こるわけです。
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よくある小説ならここで、人々のパニックを描くだろうなぁ
普通に考えれば、およそ想像しうる限り「最悪」の事態が起こっているわけだからね
しかし、『タイタン』の世界ではそうはなりません。その状況について、内匠がこのように描写する場面があります。
混乱している様子もなければ憤りを見せるような人も見当たらない。その気持ちが私には容易に想像できた。
彼らは”待っている”。
この後どうすればいいのか、どうしたら最善なのか、それをタイタンが教えてくれるのを待っている。そして待っている間はほとんど何も考えていない。なぜならそれが最も効率的な生き方だからだ。
私達は多くの<判断>をタイタンにアウトソーシングしてきた。
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「タイタン」に生活を依存するようになった人類は、「仕組みはよく分からないけれども、『タイタン』が良い感じにしてくれる」という感覚を持って生き続けてきました。これはつまり、「『自分がどう行動すべきか判断を迫られる状況』に直面することがほとんどなかった」ことを意味します。「タイタン」にとっても人類にとっても、「人類が自ら考えて行動すること」はマイナスに他ならず、「何も考えずに待つ」が最適解である時代が長く続いたわけです。
であれば、「待つ」という行動を多くの人が当然のように選択する状況も起こり得ることになります。
作中におけるこの描写は、私にはとても「自然」に感じられました。その状態が良いか悪いかはともかくとして、『タイタン』の世界ではそれが当たり前なのであり、そこに疑問を感じる余地もないでしょう。彼らの「何も考えずに待つ」という行動は、『タイタン』の世界では「圧倒的に正しい振る舞い」だというわけです。
私は、「思考を放棄する状態」は怖いって感じちゃうけどね
ただそれは「私たちの生きる世界の価値観を基にした判断」であって、『タイタン』の世界では「思考を放棄する状態」の方が正解なのよね
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ただ、こちらはどうでしょうか?
そもそも大半の人は”綺麗な写真”しか撮らないのだ。その「何が綺麗か」という判断すらも私達はタイタンにアウトソーシングしてしまっている。
これはつまり、「『何を良いと感じるかという価値判断』さえもAIに委ねてしまっている」という話です。そして、そこまでアウトソーシングすることに、私は違和感を覚えてしまいます。
例えば、「料理の美味しさ」について考えてみましょう。現代でも、グルメサイトの星の数などの評価を見て店選びをするといった、「自身の経験を起点としない判断」は存在しています。もちろん、知識として得た評価に味覚が引っ張られることもあるでしょう。しかしそれでも、「『美味しいかどうか』の判断は自らが下している」という感覚まで手放しているつもりはないはずです。
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少し違う話だけど、「インスタ映え」っていう価値判断で料理を判断するスタンスはちょっと苦手
本書で示唆されるのとはまた違う形で、「美味しいかどうか」の判断を手放してる感じあるよね
一方『タイタン』の世界では、ありとあらゆる事柄がアウトソーシングされるが故に、「『美味しい』という判断」さえもAIに委ねられています。それはつまり、「『美味しいものを届けてくれ』と『タイタン』に依頼し、届いたものを『美味しい』と判断する」という状態だと言えるでしょう。もはや、「『美味しいかどうか』という判断」さえも、自分では行っていないことになります。既にそこには、「自身の感覚」は含まれていないのです。
しかし、『タイタン』で描かれる通り、このようなアウトソーシングは、「当然の行為」として人々の間で定着していくでしょう。私には非常に恐ろしい世界に感じられます。「何を良いと感じるかという価値判断」さえ手放してしまうなら、人間が存在する価値は一体どこにあるというのでしょうか? この点も、「仕事」とはまた違う領域でのAIによる変化を示唆するものだと感じました。
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そのようなややこしさを感じさせる存在として、ナレインは実に良い味を出していると思いました。
あとこの作品、どうにかアニメ化してほしいです。映像で見てみたいシーンがたくさんあります。哲学的な思索も多数含まれるので、『エヴァンゲリオン』的な複層的な物語として受け入れられるんじゃないだろうか。誰かアニメ化実現してくれないかな。
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ルシルナ
どう生きるべきか・どうしたらいい【本・映画の感想】 | ルシルナ
どんな人生を歩みたいか、多くの人が考えながら生きていると思います。私は自分自身も穏やかに、そして周囲の人や社会にとっても何か貢献できたらいいなと、思っています。…
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