【あらすじ】「愛されたい」「必要とされたい」はこんなに難しい。藤崎彩織が描く「ままならない関係性」:『ふたご』(藤崎彩織)

目次

はじめに

著:藤崎 彩織
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この記事で伝えたいこと

誰かの「特別」になることは、どうしてこうも難しいのか?

犀川後藤

「ふたご」と感じるほどの相性だからこそ、とても辛い関係性に陥ってしまいます

この記事の3つの要点

  • 「好きな人と一緒にいること」がこれほど難しい
  • 名前のつかない関係だからこそ特別で、そして苦しい
  • 女を捨てたからこそ傍にいられるけれど、女として見られないことが苦しい
犀川後藤

藤崎彩織は言葉の人だ。鋭い観察力と、突き詰めた言葉で、心のざわざわを描き出す

この記事で取り上げる本

「ふたご」(藤崎彩織)

いか

この本をガイドに記事を書いていくようだよ

自己紹介記事

犀川後藤

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

藤崎彩織『ふたご』を読んで思う。「誰かと一緒にいること」が、どうしてこんなに難しいのだろう?

二人でいるのに孤独

「ふたご」というタイトルは、とても象徴的だ

彼は、私のことを「ふたごのようだと思っている」と言った

こんな一文から始まる物語である。

いか

「です・ます」の文章じゃないんだな

犀川後藤

今回は、作品の雰囲気的に、「です・ます」じゃない方がいいと思って

「ふたご」という言葉に、「マイナス」の響きを感じ取ったことはない。なんとなく、双子って楽しいものというイメージがある。

でもこの作品では、ずっと苦しさがついて回る

もしこれ以上、二人がひとつの感情を共有してしまえば、私たちは、もう一緒にいられなくなるかもしれない。一緒に悲しんで、一緒に泣いて、お互いを舐め合うような関係に、未来なんてない

彼女は、彼といる時にだけ安らぎを見出す。そこに、自分の存在理由を感じ取る

彼女は、自分自身を上手く捉えきれない。ふがいなさや嫌悪感ばかり先にきてしまう。余計なことばかり考えて、前に進めなくなってしまう。

それでも、彼といると、ここが自分の居場所だと感じられた。「ふたご」のように、彼の隣が自分の定位置だと思えた。

でも、同じだから、難しい

どうしてなのか、大切にしようと思えば思う程、私たちはお互いを蝕んでいってしまう

彼女は、日常の苦しさに溺れそうになっている。そして、彼の苦しさも理解できてしまう。彼の苦しさを和らげたいと思う。自分には、それができるはずだ。けれど、上手くいかない。

彼といると、日々、諦めや後悔が浮かび上がってくる。自分を責めたくなる。嫉妬してしまいたくなる。でも、彼の傍にいたいと思う

彼女はそうやってぐるぐるしてしまう。「ふたご」なのに、いや、「ふたご」だからこそ、上手くいかない

犀川後藤

こういう苦しさは分かるような気がする

いか

「自分の存在が、誰かを傷つけないか」っていう葛藤は、辛いよね

ふたごのようにずっと隣で時間を共にしてきた月島は、私のことをひとりぼっちにもしたけれど、ずっと一緒に夢を見ていられる友達を作ってくれた。
帰る、と言うことの出来る居場所を作ってくれた

もし、男と女じゃなければ、もう少し簡単だったかもしれない。男と女であっても、そこに「恋心」がなければ、これほど苦しまなかったかもしれない。

でも、彼女は彼のことが好きだ。

女を捨てたから隣にいられる。でも女として見られたい

彼女は、自分が何を求めているのか分からなくなる

彼の隣にいたい。彼にとっての「特別」でありたい。一番の理解者としてこの世界に存在したい。

彼女はそう考える。そこは揺るがない。でも、彼の傍にいても、全然満たされない

自分が誰かの特別になりたくて仕方がないことを、私は「悲しい」と呼んでいた。誰かの特別になりたくて、けれども誰の特別にもなれない自分の惨めさを、「悲しい」と呼んでいた

彼女は袋小路に入り込む。自分は、どうなれば「彼にとっての特別」だと感じられるのか? 今だって、一番の特等席で彼を見ている。物理的に、常に近い距離にいる。二人の間にしか流れない濃密で特別な時間だってたくさんある。

でも彼は、彼女のことを「異性」として見ない

そのことが、悲しいのだろうか?

女としての生活を捨てたからこそ、私はここにいられる。そう信じていた。その確信が私の自信だった

「異性」だと思われていないからこそ、彼の深い部分まで近づくことができた。それは、間違いない。彼が、他の異性と関わる姿を見ていてもそれは分かる。自分に対する接し方とは違う。「異性」だから、違うんだ。自分は「異性」として扱われていないからこそ、いつだって彼の横にいられる。

自分でそう納得させようとする。

たとえ他の女の子の話だとしても、月島の話を聞いているのが、楽しかった。異性としての好意が自分に向けられていなくても、結局自分のところに帰ってきて、いつまでも話をしている月島のことが好きだった。

犀川後藤

この感覚、分かるなぁ

「異性」として見ていないからこそ、他の女の子の話を当たり前のようにする。そういう彼の姿は、嫌いじゃない。やっぱり、自分が特別な存在だと思えるからだ。でも結局、「お前は異性じゃない」と日々突きつけられていることに変わりはない。そのことは、ジワジワと彼女の心を蝕んでいく。

「好きな人と一緒にいたい」が、なぜこれほど難しいのか?

彼女の苦しみの一端は、彼らの関係性に名前がついていないことにあるのかもしれない。彼女はその関係を「ふたご」と捉えた。兄弟でも家族でも恋人でも、ただの友だちでもない。既存の関係性の枠組みには収まらない繋がり。そのことは彼女に、「特別な関係性」であると自覚させるが、一方で、「名前がつかないが故の不安定さ」を感じさせもする。

やがて彼女は、こんな風に考える。

離れることは出来ないのかもしれない。それでも、近づきすぎてしまえば絡まり合ってしまうことを分かっている。その苦しみを、もう充分に分かっている。
私たちは、これ以上近づいてはいけないのだ

ちょうどいい距離で留まっていることができない。近づいてしまえば、どこまでも近づきたくなる。しかし、近づけば近づくほど、「自分は特別だ」と「自分は特別じゃない」という相反する感情に引き裂かれそうになる。

彼は、気まぐれに彼女のことを「恋人」と他人に紹介する。

頭では分かっていた。それなのに月島が私のことを恋人と呼ぶとき、その言葉を胸の中に大切にしまってしまう

その言葉に意味なんかないと頭では分かっていても、彼の口から放たれた「恋人」という言葉を捕まえてしまう。辛い。しかし、近づくことの甘美さに、彼女は抗えない

やがて彼らは、バンドを組むことになる。

もしそうなれば名前のつかない私たちの関係に、遂に名前がつくことになる。でも、バンドメンバーという名前は、本当に私たちの関係にふさわしい名前なのだろうか?

彼女は、その青春時代のほとんどを彼に振り回されながらも、それでもずっと、彼の隣にいた。

藤崎彩織『ふたご』の内容紹介

ここで改めて本の内容を紹介します。

著:藤崎 彩織
¥750 (2021/06/24 06:41時点 | Amazon調べ)

西山夏子、14歳。彼女は、その少年を学校の吹き抜けの階段でよく見かけた。一学年先輩の月島悠介。いつの間にか声を掛けていて、それから一緒にいることが増えた。

特別なことは何もしない。レンタルビデオ屋に行って何も借りずに帰る。言葉の意味を延々と考えるだけのゲームをする。西山は、月島への恋心を意識しながら、友だちでも恋人でもない存在として、どことなく浮世離れした月島と一緒にいた。

月島はやがて学校に行かなくなり、やりたいことがないという無気力さを以前にも増して表に出すようになる。そして二人の関係は、以前のままというわけにはいかなくなってしまう。月島は壊れ、西山は月島の不在をなんとか耐え抜く。

やがて西山は、月島が自分をバンドに組み込もうとしていることを知る……。

藤崎彩織『ふたご』の感想

境遇が辛いほど、言葉は豊かになる

度肝を抜かれる作品だった

読み始める前は、正直偏見もあった。どうせ芸能人が書いた小説だろう、と。とんでもなかった。デビュー作とは思えない、濃密で不可解で異常で、でもなぜかその孤独と苦しみに既視感があって、同じ辛さを何周も経験してスタートラインに戻ってきてしまうような不毛さに人生の奥深さを感じさせる。

藤崎彩織・深瀬慧の実話がどこまでこの物語のベースになっているのか、それは私には分からないが、仮にすべて実際に起こったことだとしても、藤崎彩織の作家としての能力はとても高いと感じる。

それは、彼女の言葉に対する鋭さ故だ。

愛や恋。私の中でそれらは、突然の豪雨みたいなものかもしれない。予期せぬ雨の中で、降り注ぐ感情の中で、私はいつもびしょ濡れになってしまう。身を守る屋根を見つけなくてはならなくて、それが私にとっては言葉なのだ

本書を読むとどうしても、西山夏子=藤崎彩織と捉えてしまう。西山夏子の言葉を藤崎彩織のものとダブらせるとすれば、彼女は、言葉で自分を支えながら生きてきた人物だと思う。

私には持論がある。辛い経験こそが、言葉を豊かにするのだ、と。

だから私は、言葉が豊かな人間に惹かれる。その背後に、辛い経験を乗り越えてきた人間の深みみたいなものを感じるからだ。

私も、言葉でなんとか人生を乗り切ってきたと思っている。

何か辛い感情に支配される時、自分の状況をより細密に理解するためには言葉が必要だ。自分がどんな状態に置かれているのか、何が原因でその感情に囚われているのか、何に辛さを感じているのか、どうやったら解消されるのか、なぜ他の人はこの感情に気づいていないように見えるのか……。こういうこと考えるために、どうしても言葉が必要になる。

ピアノに向かうのが苦しかった時、自分と月島の関係に悩んだ時、私が迷子にならないように助けてくれたのは、いつも言葉だった

思考を深め続けなければ日々の生活さえ難しいと思える辛い境遇に置かれることで、否応なしに言葉が鍛えられるのだ。

言葉の鋭さが、この作品をギリギリ成立させている

そんな風に言葉を深める人物だからこそ、物事の捉え方が実に鋭い。そして本書は、この点が特に重要になる作品だ。

なぜなら、西山が置かれた状況があまりにも非日常だからである。

普通に考えて、西山が過ごす日々には、なかなか共感が難しいのではないかと思う。細部を端折ってシンプルに表現すれば、「好きだけど振り向いてくれない男に、メチャクチャに振り回される」という状況だからだ。しかも、読めば分かるが、そのレベルがかなり異常である。この状況に耐えている西山夏子という女性には、普通の感覚で言えば共感は難しくなるだろう。

しかし、著者の言葉に対する感覚が鋭く、些細な心情の捉え方や的確な内面の言語化のお陰で、「西山夏子」という女性が、読者に共感される人物として見事に立ち上がっている

この点が見事だと思う。

西山の行動や物事の捉え方は、なかなかに屈折している。私は、屈折した人間が好きだから単純に彼女に興味があるが、そういう読み方は少数派だろう。一般的には、西山というのは「相容れない価値観を持つ存在」として視界から遠ざけられてしまうはずだ。しかし本書ではそうなっていない。それが素晴らしい。

また、月島の思考もなかなかに興味深い

西山の思考は常に、自分のことで精一杯だ。そんな西山視点の物語は、少し閉じた、狭い世界になってしまう可能性がある。

しかしそこに、月島の思考が乗ってくる。西山一人では飛び越えられない「普通」や「当たり前」を、月島は軽々と乗り越えていく。月島は、どこを見ているかは判然としないものの、自分の周囲ではなく、遥か遠くの先を見ていることは分かる。自分の周りばかり見てしまう西山とは正反対だ

でも俺はまず、こんな気持で学校に行ってどうするんだよって思った。今高校を止めることよりも、学校にこのまま二年も行くほうが、ずっと絶望的だと思った。

この二人が、様々な思考をし、価値観をぶつけ合い、そしてそのやり取りによって、世界が少しずつ広がっていく。西山と月島の関係は異常で異端で狂っているけれど、彼らは自らの思考によって、その世界を絶妙に成り立たせていく。そしてだからこそ、読者からも彼らの世界が、歪ながらも美しい世界であるように錯覚できるのだ。

この小説を、書かなければならなかった

西山夏子の言葉として、こんな文章が出てくる。

曲を作りたいと、心から思ったことは一度もない。
燃えるような恋心を歌に乗せたいと思ったこともないし、オーディエンスに大合唱されるメロディを自分が作れるとも思えなかった

読者としてはやはり、この言葉を、藤崎彩織のものだと捉えたくなるだろう。

ピアノについても、西山がこう感じる場面がある。

実際、ピアノを練習したいと思って練習するのは、三日に一度ぐらいあればいい方だ。ほとんどの日は、遊びに生きたいと思いながら、弟とテレビを見たいと思いながら、自室にこもってピアノを弾く。どうしても弾く気分になれない日は、ただ自室にこもっているだけの時もあるけれど、やりたくないからと言って、ピアノから逃げ出すことは考えられない

何が言いたいのか。それは、藤崎彩織は「音楽の人」ではなかった、ということだ。もちろん、音楽の類まれな才能はあるのだと思う。しかし、才能があることと、それをしたいと感じることは、決してイコールではない。

言葉で自分を支え続けてきた藤崎彩織は、恐らく、音楽では表現しきれなかったたくさんのものをその内側に抱えていたのだと思う。

だから、この小説を書いた。書かなければならなかった

私は、勝手にそう考えることにする。

文藝春秋
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最後に

もしかしたら皮肉な言い方に聞こえてしまうかもしれないが、「名前がつく関係」は楽なのだと、本書を読んで改めて実感させられた。西山は月島との関係を「ふたご」と表現するしかなかった。「ふたご」も、全然相応しい表現ではないが、しかしそう言うしかなかったのだ。

「この人と一緒にいたい」という想いが強ければ強いほど、人間関係は難しくなる。相手も、自分と同じ程度の想いを持ってくれなければ、長く続く関係にならないからだ。

そんな奇跡を願いながら、少女漫画のようには叶わなかった女性の、居場所を求めて彷徨う姿に、何か響くものを感じてしまうのではないかと思う。

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