目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:阿部サダヲ, 出演:岡田健史, 出演:岩田剛典, 出演:宮﨑優, 出演:鈴木卓爾, Writer:高田亮, 監督:白石和彌
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この映画をガイドにしながら記事を書いていくようだよ
この記事で伝えたいこと
「生きていくのに必要なもの」が「殺人」であるような人生を想像してみる
もちろん、法を犯したのなら罪を償わなければならないことは大前提だ
この記事の3つの要点
- 私たちはたまたま、「『生きてる実感』を得るための行為」が「社会通念を逸脱するようなもの」ではなかったに過ぎない
- 「優しさ」と「異常さ」を両立させる榛村大和の「狂気」を、阿部サダヲが天才的に演じ切る
- 主人公である雅也の、ある場面以降の「変化」に共感できる人はどのくらいいるのだろう?
とにかく、阿部サダヲの演技に凄まじい衝撃を受けた。彼の演技が成立させていると言っていい作品
自己紹介記事
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どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください
記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
「『生きていくのに必要なもの』は人によって違う」という事実をどう社会に組み込むべきか。映画『死刑にいたる病』を観て改めて考えさせられた
映画『死刑にいたる病』の感想は基本的に、「連続殺人鬼・榛村大和のサイコパスっぷりに衝撃を受けた」みたいな感じであるべきだろうなぁ思います。榛村大和というのはこの映画の主人公であり、判明しているだけでも24名もの高校生を残虐に殺害した人物です。逮捕され、裁判に掛けられますが、まったく反省した様子を見せないまま死刑判決が下りました。そんな「異常者」に恐怖するのが“正解”でしょう。
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あんまり他人の感想とか読まないけど、大体そういう感想に落ち着くんだろうなぁって思う
榛村大和、なかなか強烈でぶっ飛んだキャラクターだからねぇ
しかし私は、どうしてもそういう感覚にはなりませんでした。それは決して、「榛村大和という人物に共感できてしまった」みたいな話ではありません。もちろん、犯罪行為を犯したのであれば処罰されなければならないし、何の罪もない者を無慈悲に殺害し続ける異常者は、残念ながら社会から退場してもらう必要があります。映画のそういう展開に対して違和感を覚えたみたいなことでもありません。
私がこの映画を観ながら考えていたのは、「生きていくのに必要なもの」のことです。コロナ禍になって以降、私はそれまで以上にこの点について頭を巡らせるようになりました。
好きっていうか、世の中の「マジョリティ」の人たちには伝わりにくい感覚のはずだから、繰り返し説明してるだけ
ただその話は、この記事では詳しく触れません。以下にリンクを貼った、『Ribbon』『ぼくのエリ』『人と仕事』の記事で詳しく書いているので、是非そちらを読んでみてください。
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要点だけざっくり書けば、「『生きていくのに必要なもの』は人によって違うのだから、その違いを社会がどう認め、どう共存していくべきか」となるでしょうか。コロナ禍では、多くの行動が「不要不急」として制約されましたが、その「不要不急」とされた行動が、人によっては「生きていくのに必要なもの」であるかもしれません。そういう想像力をもっと持つべきではないかと私は考えているのです。
もちろん大前提として、他人の権利を制約したり、生命や財産を奪ったりするような行動は許されないけどね
そしてだからこそ、「サイコパス・榛村大和」の存在がややこしくなってくる
それでは、「生きていくのに必要なもの」と絡めながら、「榛村大和」という人物について少し考えを進めていきたいと思います。
「生きていくのに必要なもの」が「殺人」である人生について考える
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榛村大和にとって「殺人」は、彼自身が生きていくのに必要不可欠なものでした。それが分かる場面があります。裁判中、「もし逮捕されていないとしたら、今でも(殺人を)続けたいと思いますか?」と聞かれた榛村大和は、次のように答えるのです。
はい。僕にとっては必要なので。
彼の中では明確に、「殺人」は「生きていくのに必要なもの」と捉えられているというわけです。
さて、この話の中心には「殺人」という到底許容できない行為が存在するので、即座に「そんなことあり得ない」という反応が引き出されるだろうと思います。しかし、同一視するなと怒られるかもしれませんが、世の中には「自身の快楽が、他者の迷惑になる行為」はたくさんあるはずです。ざっと考えてみても、「喫煙」「公共空間でのスケートボード」「観光地での食べ歩きやポイ捨て」などいろいろ挙げられるでしょう。
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どれも「マナーの問題」って感じで、「犯罪」とは言えないものだよね
繰り返しますが、私はもちろん、それらと「殺人」とではまったく次元が違うことは理解しています。しかし、「『殺人』ほど影響力が低いから気にしなくていい」という主張もまた正しくないように感じられるのです。榛村大和はあまりに極端ですが、「自身の快楽が、他者の迷惑になる」という意味で「榛村大和的に振る舞ってしまっている人」は結構いるのではないかとも思っています。
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一応、私のスタンスについても触れておきましょう。私は、どんな理由があるとしても、「法を犯したのであれば処罰されるべき」だと考えています。仮に、「明らかに法律がおかしい」と感じられる状況であったとしても、その法律が民主的なプロセスに則って成立しているのであれば、その法によって裁かれることを甘受しなければならないというわけです。なので、「殺人」を犯した榛村大和は、弁明の余地なく裁きを受けるべきだと思っています。
ただ、そういう現実的な話は一旦忘れて、榛村大和を「『生きてる実感』を得るために真っ直ぐ行動している人」と捉えてみましょう。「『生きてる実感』を得るための行為」は、「SNS」「本」「映画」「ギャンブル」「恋愛」「スポーツ」「アウトドア」など人によって様々でしょうが、榛村大和もそういう人たちと同じように、「『生きてる実感』を得るために真っ直ぐ行動している人」だと考えてみるのです。
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この場合、それが「殺人」であるという事実は、あまりにも辛い現実ではないでしょうか? 例えば、「旅行」や「フェス」を生きがいにしていた人にとって、コロナ禍は相当苦しい時期だろうと思うのですが、榛村大和を「そういう苦しさの中にいる人間」と捉えてみることも出来るのではないかと私は思っているのです。
私たちはたまたま幸運なことに、「『生きてる実感』を得るための行為」が「殺人」ではありません。榛村大和という存在を知ると、それはとても素敵なことだと感じられるのではないでしょうか。私は本当に、「それ無しでは生きていけないと感じられるもの」が、社会通念に反するようなものでなくて良かったと思っています。
そして一方で、「『社会通念に反するようなもの』でしか『生きてる実感』を得られない人」がいることも、私たちは理解しておくべきでしょう。「法律に違反するからダメ」と言ったところで何の意味もありません。彼らにとってその「社会通念に反するようなもの」は、「食べることが好きな人にとっての『食べること』」「旅行することが好きな人にとっての『旅行すること』」「音楽を聞くことが好きな人にとっての『音楽を聞くこと』」なのですから。
「人を殺した」って話と、「『生きてる実感』を得るために行動した」って話は分けて考えたいなって思う
なかなかこういう話、共感してくれる人は少ないと思うけどね
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「殺人という重罪を犯した」という事実を一旦無視し、「生きていくのにどうしても必要な行為を真っ直ぐ行った」と捉えた場合、榛村大和という人物がどう見えるのか。フィクションだからこそ、そんな想像も許されるでしょう。「榛村大和のサイコパスっぷりヤベェ」と捉えるだけではなく、また違った見方をしてみるのも面白いのではないかと思います。
映画『死刑にいたる病』の内容紹介
大学生の雅也は、実家の片付けの真っ最中。一緒に片付けをする母は、何にでも「これどうしたらいい?」と雅也の意見を求めてくる。「お母さん、決められないから」が口癖だ。母は強権的な父から「家政婦」のように扱われており、母自身も、「家政婦のように振る舞っていればいいのだ」と、そのような現状を受け入れてしまっている。雅也も、父の暴力に怯えながら育ったせいで自己肯定感が低く、普段から小声でおどおどしたようにしか振る舞えない。
そんなある日、雅也の元に榛村大和から手紙が届いた。彼は24件の殺人事件で起訴され、その内の9件で死刑判決を受けている。彼の手に掛かって亡くなった者は恐らくもっといるだろう。被害者は真面目な高校生。長い時間を掛けて信頼関係を築いてから犯行に及び、殺す前に爪を剥ぐなど残虐な拷問を加えるという極悪非道ぶりだった。その「処刑部屋」から被害者の1人が逃げ出したことから事件が発覚。榛村大和は逮捕されるに至った。
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そんな男から、雅也はなぜ手紙を受け取ることになったのか。
雅也は、榛村大和が経営していたパン屋の常連客だった。父の暴力に恐怖する日々にあって、パン屋で過ごす時間だけが唯一安らぎを感じられる瞬間だったのだ。そんな雅也のことを榛村大和は覚えていたのである。
面会室で榛村大和が語った話に、雅也は驚かされた。彼は、事実認定され、死刑判決を受けた9件の内、9件目の殺人事件だけは自分の犯行ではないと主張したのだ。その事件は、被害者の年齢が26歳と他の事件とは食い違い、殺害の方法もまったく異なっていた。彼は、「自分が死刑になるのは当然だが、自分の犯行ではない事件が自分のものとされている状況には納得がいかない」と訴え、雅也に調査を頼んだのだ。雅也は別に、彼の話を信じたわけではなかった。ただ、鬱屈した日々を払拭できる興味深い話として、調査してみることにしたが……。
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映画『死刑にいたる病』の感想
映画を観ながら、「『生きていくのに必要なもの』について考えた」と冒頭で書きましたが、映画を観ながらずっと感じていたのは、「阿部サダヲがヤバい」ということです。
あんまり「ヤバい」って表現を使わないようにしてるんだけどね
この映画の阿部サダヲには「ヤバい」が適切って感じよね
とにかくこの映画は、阿部サダヲの存在感で成立していると感じました。サイコパスである榛村大和は、あらゆる場面で「常軌を逸した言動」を取ります。普通に考えればそれは、許容することなど不可能だと感じるような類のものでしょう。だからこそ、「榛村大和」という実在感をできる限り高めなければ、作品としては成立しないのです。
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そしてその難題を、阿部サダヲは軽々とクリアしているように感じられました。
照明や圧迫感のある空間などの効果ももちろんあるでしょうが、拘置所のシーンではやはり、阿部サダヲの「目に光を感じさせない演技」が、「榛村大和」を「イカれてはいるが、同時に、自分たちが生きるこの日常に地続きに存在しうる人物」に見せてくれると言っていいでしょう。榛村大和は常に、「何をしでかすかわからない」という雰囲気をなみなみと湛えています。しかもそのような雰囲気を、「雅也を気遣ったり心配したりする言動」によって醸し出すのです。シンプルに、「よくそんなことが可能だな」と感じるような凄まじい演技でした。
もちろん元から上手い役者さんだと思ってたけど、こんなに凄いのかって今回改めて思ったわ
阿部サダヲ以外に、同じ雰囲気を出せる役者さんっているのかなぁ
その一方で、「回想シーン中、パン屋で働く榛村大和」は、一転、「とても優しい人物」に見えるのです。もちろん、その回想シーンが流れる時点で既に、「榛村大和は連続殺人鬼であり、サイコパスである」ということが明らかになっています。その上で、「榛村大和は好人物である」という風に見えてしまうのです。そしてその雰囲気を、阿部サダヲが物凄く絶妙に演じていると感じました。
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阿部サダヲの演技が見事だからこそ説得力が増したと思う場面もあります。
雅也は調査の一環として、かつて榛村大和が住んでいた家に無断侵入しようとするのですが、そこで近隣住民に声を掛けられました。そして、雅也が榛村大和について調べてると知ると、その住民がこんなことを口にするのです。
ただ、もし彼が警察署から抜け出して「匿ってくれ」って言われたら、匿っちゃうかもしれねぇなぁ。俺、嫌いじゃないんだよなぁ、あの人のこと。
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これに対して、雅也もまた「分かります」と返すのです。これはなかなか印象的な場面だと言えるでしょう。
やむにやまれぬ理由から犯罪に走った人を擁護する、っていうならまだ分かるけどね
榛村大和の行為は、普通に考えれば擁護する余地ゼロだからなぁ
榛村大和にはこのように、関わる者を好きにさせたり、時には操ったりする力があります。この点は、作品全体の展開において非常に重要な部分なので、説得力を持たせるべきポイントだと言えるでしょう。そして、阿部サダヲの凄まじい演技が「榛村大和という人物」をリアルに存在させたことによって、その説得力をが生み出されているように私には感じられたのです。
彼が高校生と関係を深める過程の描写を見て、「自分が相手からどう見られているか」という自己認識能力が物凄く高いのだろうと感じました。そして、相手からの見られ方に合わせて自身の言動を瞬時に調整することで、ついさっきまで「他人」だった人物に対する好感を抱かせることに成功しているのでしょう。榛村大和が何か口にすると、それが全部ホントのことであるような錯覚を抱かされるのですが、まさにそれは阿部サダヲの演技が裏打ちしているのであり、とにかく映画を観ている間中ずっと、阿部サダヲの凄まじさを実感させられていました。
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あんまり役者の演技に目が行くことってないから、そういう意味でも珍しいよね
単純に、演技の良し悪しとかよく分かんないってだけだけど
ストーリー的に興味深いと感じたのは、雅也が「榛村大和と想像もしなかったような関係があるかもしれない」と示唆されて以降の彼の変化です。この記事ではこの点について具体的には触れないので、とてもぼんやりとしたことを書くことになりますが、私にはなかなか想像しにくい変化であり、だからこそ逆に興味を惹かれました。雅也は「自己肯定感が低い」という設定なので、ある可能性を示唆されて以降の変化も理解できなくもありません。しかしやはり、「その可能性が、そんな変化をもたらすのか」という驚きの方が強く感じられました。この部分の描写、一般的にはどんな風に受け取られているのか、少し気になるところです。
ラストの「狂気の伝染」と呼ぶべき展開もなかなかの恐怖であり、想像の余地を残す終わり方なのも良かったと思います。私は観たことがないのですが、「獄中から人を操る」という意味で映画『ハンニバル』を連想しました。観てないので、共通項があるのか分かりませんけどね。
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日常の中で榛村大和ほどのサイコパスと関わる機会はなかなかないでしょうが、社会通念を超越した「狂気」をその裡に内包している人は、割と身近にいてもおかしくないと思っています。この映画で示唆されるような可能性が、私たちの日常とも決して無縁ではないと理解しておくことは大事だと感じました。
最後に。エンドロールを観ていて驚いたことがあります。「岩田剛典」「赤ペン瀧川」とクレジットされたのですが、どこに出てきたのか思い浮かばなかったのです。ネットで調べてみると、ちょい役とかでは全然なく、割とガッツリ画面に映る役でした。どちらの役も、演じているのが誰なのかまったく気づかなかったので、とても驚かされたというお話です。
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実際に起こった連続殺人事件を基にした映画『グッド・ナース』は、「何が描かれているのか分からない」という不穏さがずっと付きまとう異様な作品だった。「事件そのもの」ではなく、ある2人の人物に焦点が当てられる展開から、人間のあまりに深淵な狂気と葛藤が抉り出されている
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